| 2021年10月17日(日) |
通院日の朝、息子にご飯を作り出したのが午前5時、その後の記憶がなく。息子から聞くと母ちゃんはぬくぬくしたいと言って布団に包まって、いつの間にか寝てしまった、と。そして何度起こしても何か変なことばかり言ってびくともしない、と。結局私が目を覚ましたのは出掛けるべき時刻の10分前で。慌てて身なりを整えて玄関を飛び出す。息子が半ば呆れ顔で笑っている。学校の前まで一緒に行き、そこで手を振り別れて私は駅へダッシュ。 しかし電車の中でも立ちながらうとうとしてしまい。気づいたら降りるべき駅に着いており。ここでもまた慌てて飛び降りる始末。私は一体どうなってしまったのだろう。私はというか私の身体はと言うべきか。自分で自分の身体を持て余してしまっている。鈍く頭痛が響く。
カウンセリングで話をしていて、加害者たちの話になった途端「身体に力が入っちゃってるわよ」とカウンセラーから声を掛けられる。力を抜いて、と言われても抜き方が分からない。そもそも力が入っているということを自覚できない。 悔しいなあと思う。どうして被害から何年何十年経ってもこうなのだろう。いい加減解放されたい。過去の呪縛から。そう思うのに、身体は克明に当時を記憶していて、反応してしまう。頭では「それはもう過去なのだ」といい加減判っているはずなのに。身体がちっともいうことを聞いてくれない。 それにしても。歩くたび左の踵が痛む。骨挫傷していると整骨院の先生に言われた箇所だ。じっとしていても痛む。治って来ていたはずなのに、どこでまた傷めたのだろう。自覚がないところが何とも情けない。
翌日、息子を連れて都内へ。被写体になってくれている若者の一人が主演舞台を務めるというので出掛ける。慣れない道行き、あまりの人の多さに閉口する。息子と二人手を繋ぎ、ひたすら電車に乗り、たったか歩く。 舞台は。フランク・パブロフの「茶色の朝」を思い起こさせるような内容で。いや、実にふざけた、テンションの高い舞台、なのに、その端々から「茶色の朝」の匂いが零れてくるのだ。私は隣に座って観ている息子の様子をちらちら見ながらも、その匂いにすっかり囚われてしまった。息子も観客のほとんどもくすくす笑っている。私だけが笑いきれずにいる。 帰宅すると、息子がおもむろに、ビニール袋をかぶりにっと笑った。私は写真を撮って主演を務めた若者に早速送信。「うわー嬉しいなあ」と返事が返って来る。いい舞台だったよ、とメッセージを送る。
瞬く間に時が過ぎていく。明日が今日へ、今日が昨日へ、まっしぐらに飛んでゆく。私はその速度に追いつききれていない。まったくもって。くるくると風車の如く風に廻されている気がする。 船を出すのなら九月、と歌ったのは中島みゆきだった。九月十月に体調を崩す友人たちを見ていると、あの歌をどうしても思い出す。そして、先に逝った友たちのことも。 |
|