てくてくミーハー道場
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2012年02月15日(水) |
『中村勘太郎改め六代目中村勘九郎襲名披露 二月大歌舞伎』昼の部(新橋演舞場) |
平成24年2月。
この公演だけは、何があってもはずせません。
客枯れのニッパチ(でも、これも昔の話。今はそういう季節感ない気がする)でありますが、新橋演舞場、久々に(オイ)連日満員御礼でございます。
今月は平成中村座もお休みだし、ぼくもここに全力を注いでまいりました(のわりに、浮気多くねえ?)
(以下、普通の濃さの字では書けない)先月は東京だけでも五座(!)で歌舞伎を上演してたんだけど、なんと、このぼくが、ル テアトル銀座しか行かなかったという・・・。熱冷めたな〜我ながら・・・(__ )
ぐちゃぐちゃ言っとらんと、早速感想まいりましょう。
『鳴神』
ごめんなすぁ〜いい(T△T)・゜゜*・
観てないです(…)
開演時刻を間違えてました(久しく演舞場に行ってないせいだす)
七之助の絶間・・・初役のは観てないから、ぼくにとっては初見だったのに・・・ごめん七之助。いつか必ず観ます。
『土蜘』
まあ、今月の昼は、これだけ観ればね?(コラ)
といっても、これ、初役じゃないのよね。
最初に浅草で演ったのを、もちろん観ています。
勘九郎(おおっ、未だ慣れない/笑)の“浅草伝説”はてんこ盛りにありますが、これもその一つ。
全身に力が漲ってたなあ。
今月も「充実の」と言って良い漲りっぷり。
そして、周囲を固める皆さんも、相当なご馳走っぷり。
番卒だけでギャラが(←興ざめ!)
下世話な話はともかく、新勘九郎のすごさは、ギネス役者であるじじんちゃま(先代の勘三郎)よりも役の幅が広いと言える点。
確かこの『土蜘』の智籌なんてのは、先代の勘三郎も、今の勘三郎も、演ってないはずだ。
花道に“誰にも気づかれず”(まあ、知ってる人は「その時」になると揚幕の方見ちゃってるわけだが)出てくる技量、そして第一声が現吉右衛門くりそつだったことに、身がぞぞぞ。
はたと気づけば、そうか、この人は播磨屋のDNAも入ってるんだった(それはお父さんもだけど)
梨園の血が濃すぎるなあ(まあそれも、お父さんとお母さんが音羽屋系と成駒屋の縁を結いてしまったからなのだが)
いや、決して悪い意味では言ってないですよ。
第一、この人の芸の充実ぶりと驚異の好感度(笑)は、彼の“血”よりも、ひたすら日頃の努力と態度によるところが大きいと言わざるを得ん。
悪いとこなしってのも気持ち悪いが(コラ! ひねくれ者!)
とにかく、今後ずーっと楽しみでしょうがない。この期待にいつまでも応え続けてほしいものである。
『河内山』
『土蜘』が重厚な幕なので、一睡もしないために(おい)朝から何も食べずに観通して、終わってほっとして三階名物「めでたいやき」を食べてしまったのが運のつき(えっ?!)
前日の半徹夜がたたりまして、途中気を失ってしまった(T△T)
河内山が松江侯をやりこめるとこ・・・なぜかたいてい寝てしまうんだよなあ・・・。なぜだ? そんなに退屈な場面とも思えないのに・・・。
まあ、その前の場での松江侯は、ちゃんと観られたので良かったけど。
ここはこれまたお父さんそっくりで。
声だけじゃなくて、せりふの言い方が、くそ憎らしいぐらい(お下品ですわよ、ておどるさん)写実でうまいんだよなあ・・・なんでこんなに自然にしゃべれるんだろ? 不思議でならない。
ちなみに、主役の仁左サマは普通に良かったのだが、ぼく的にはやはり、河内山は播磨屋ですな・・・。これはもう仁(ニン)の問題であるから、仕方ない。
それでも十分満足でしたが。
あと、隼人が早18歳になりまして、浪路という大きな役をするまでになったわけですが、顔立ちが美しいことは美しいのですが、男の子としてしゅっとしてる美しさなので、女方はいまひとつ似合わない気がした。残念であります。
お芝居自体は素直にやってて良かったけど。
印象に残ったことは、こんぐらいでしょうか。
とにかく! 絶間を見逃したことが大失敗でござった(>_<。)お許し召され
え? リベンジしないのかって?
・・・・・・そこまでは(コラッ!)
「祈・再演」ぐらいにしとく。
さあ、次回(つっても、明日じゃないよ)は、さらに競争率の高かった夜の部ですよ!
ドキドキ。
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