過去日記倉庫(仮名)
もくじ|もどる|すすむ
フリフリのおれ的わたし的ベスト2007はこちらより
| 2007年03月09日(金) |
金曜日 / ドライブ |
気温はそんなに低くないんだけど軽くぞくぞくと震えながらの一日。微熱があった。咳もひどくて喉スプレーを買ってぷしゅぷしゅやってたら良くなった。単純。薬を飲んでとてもだるいけど実家に帰ってCDや郵便物を取ってくる。車ではスターズのTodayとBoris栗原ミチオのRainbowをとっかえひっかえ。いやー、このスターズのかっこよさって何なんだろう。ぴしっと鋼の定規で切り取られまくって。石原洋さんのデモーニッシュな歌い方がまたたまらなくいいです。もっとなじって!って感じ(笑)。ライブ見てみたいよな。見に行かないとなあ。
ベスト電器に寄り道し、ぱらちゃん(あざらしゲーム)と遊んで帰宅。しばらく通わないとだめかなあ。ミスドの抹茶ドーナツと金ごまポンデリングを食べてとてもおいしかったのですが、本当はAfternoon Teaの抹茶黒豆パンが食べたかった。上にメレンゲの薄皮が乗ってて泡みたいなのがいいの…明後日食べよう。またもっとみっしり焼けたパウンドケーキとか。うう。夜から乱波洞に行って映画を見る。やはり客の8割方が女性。けっこう詳しくてブラジル音楽好きみたいなお客さんが話してるのに聞き入ってしまった。
映画は短いけどかなり貴重な映像ばかりでおもしろかったです。文字通りディープなブラジルの音楽の入り口をのぞいた感じ。もっともっと見てみたい。とうもろこしをむいたりコーヒー豆をつぶしたりしながら歌う歌がきれいにハモってるのは不思議だったなあ。8月のオリンピア(ブラジル全国芸能祭みたいなイベント)のダイジェストは見ごたえありました。リオのカーニバルみたいな商業的な豪華さはなくて、手作りのお祭り、沖縄のエイサー祭とかビアフェスタみたいな感じなんだけど、いろいろ見れていいなと思いました。
その祭の出し物の中で私がとても気になったのは、渋いサンバとか各地の個性的なリズムのダンスもよかったけど、ペルナンブーコ(北東部)から来た着ぐるみ隊だった。着ぐるみというかはりぼての馬とか謎の人物(これがまたいい感じでしょぼいんだ…)をかぶった奴らがおそろいの振りで踊るわけでもなくうろうろ歩き回り、ときどき見物客を襲ってみたりして、あーこんなのどこでもいるんだなあ(笑)なんて思った。翁長さんの解説によるとペルナンブーコの人形は名物で、地元の祭ではもっとゴージャスなはりぼての人形が披露されるのだとか。おおーそうなのか。音楽が管の入ったどたばたとかわいらしいペルナンブーコの音楽で、とても懐かしかった。よその音楽で懐かしいなんて不思議なんだけど、昔好きでよく聴いていたのでなじんでしまったんだな。
---------
上映会終わってから帰ったけどPCの空きを待つためにまたちょっとドライブ。久しぶりにMephistaのBlack Narcissusを鑑賞。(アマゾンのページ、ジャケ間違ってるんだけど!!)久しぶりに聴いたけどいいなあ…ピアノ・PowerBook・ドラムのトリオなんだけどほぼ2パーカッションのような感じ。スージー・イバラのドラムとイクエ・モリのSEの合わせ方がおもしろいよね。
スージー・イバラのドラムはあーやっぱりこうするよねという、素直な感じがするというか自分が共感しているだけなんだけど、何か壊したりはねのけたりするような形ではなく、もっと丁寧に手の中に抱えたものを触って探すような、また手を加えて火を通してもっとおいしいものにしよう(笑)とか、そんな意識を感じる。まじめな人なんだなあと思う。ぐぐるとかわいい写真があったのでリンク。Electric Kulintangはアルバムが出てるんだなあ。買わなきゃ。どこかで買えないかなあ。
イクエ・モリはもっと遊び心がある感じで生楽器の響きに沿ったり離れたりしている。ラップトップってキーボ−ドとかタッチパッドを指先で触るだけでいろんな音出るけど、身体的でない分むしろ想像力が必要な楽器だと思うんだけどどうだろう。重力とかエントロピーの法則の範囲外の世界ってどんななんだろうな。それにしてもメロディとかリズムのループも無い単純な音の連なりなのに、なんでこんなにすてきなんでしょう。
女性演奏家で好きな人って言われたらまずこの方があがる。あとはピアノの高瀬アキさん、イクエ・モリと一緒にアルバム(このPhantom Orchardは本当に好きでよく聴きます)を出したハープのジーナ・パーキンスとアコーディオンのアンドレア・パーキンス、それに続いてジーナ・パーキンスと一緒にやってるビョークとか(笑)、そんな感じ。こういう感じって言葉で説明したいんだけどとても難しいなあ。繊細でクールとしか言いようがない。しかも正確じゃない。
喉痛い。今週はけっこう車を出した。深夜ラジオ聴いたり買ったCD(10行の!)を流したり遠足の約束をしたり。深夜ラジオで南極に行った女性新聞記者のインタビューを聞いた日はついつい遠回りをしてしまった。1ヶ月毎日毎日夜で、とうとう明ける時の太陽の光ってどんな感じなんだろう。いつもEの線を下回ってぎりぎりまで走ってるんだけどやばいのだろうか。ごめんね車ちゃん。あー6月は初めての車検だわ。
昼にコーヒーを入れて飲んでいくと口の回り方がよくて調子がいいように思える。カフェインパワーですか。紅茶の方がカフェイン多いって聞いたけど、そういうふうにはならない。別の成分なのだろうか。今日も台所で飲料水タンクを倒して水浸しになりながらも(水難の相が…)、軽快な気分で片付けてごはんつくってコーヒー入れて仕事に行った。中毒になるのは嫌だけど、ときどきは飲んだ方がいいかな。
昨夜給油して気持ちが大きくなっていて、帰りに牛肉の巨大なブロックを買って来て焦がして茶色くなった人参スープに投入。今日からこれで過ごす。ビーフシチューって何年ぶりだろうか…今夜は何かお腹がすいてこれでも足りなかった。こわい。
| 2007年03月03日(土) |
土曜日 / 淡彩3本立て |
平日でも通りがわさわさ子供であふれかえるようになりました。春休みですね。バイト先のできあがったシフトを見たら、届け出た休みの他には入りまくっていて、6日とか7日連続勤務の週もあり旋律もとい戦慄しております。考えないようにしよう…月曜日からまたマックでてりたまバーガーが出るのでそれを楽しみにしてる。春だなあ。今日は職場の方がおいなりさんをお重に詰めて持って来てくれてお茶会をしていました。仕事柄集まって休憩を取ることも難しいのでこういう時間は重要かもしれないと思った。
TSUTAYAの半額週間にて何本か借りて見る。昨日今日とトニー滝谷→珈琲時光→ゲルマニウムの夜という淡彩3本立て。まあ、ぜんぜん違う作風・テーマなんだけど色が薄くてきれいだなーと思いながら見てた。特に最後のゲルマニウムの夜は原作が花村萬月で非常にインモラルで暴力的な作品のはずなんだけど、ロングショットが多かったり演出が抑え目だったりであんまり暑苦しくないんですよね。あざとく狙ってない所がよかったのかな。設定からしてぜんぜんリアルじゃないし。素人が出てセリフもすごいたどたどしいんだけど話が過激すぎて違和感がない、っていうわけのわからないおもしろさはあったな。石橋蓮司や麿赤兒が出る所は馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうし。
主役の新井浩文もそんなに存在感があるわけではなくて、Helplessの浅野忠信みたいだったら美しいかもしれないけど、はまらないのがまたよかったと思います。新井浩文の方が好きだし。美形であればいいってもんじゃないし。でも作者の花村萬月はともかく、監督も俳優も日本人だしたぶんそんなに神との葛藤とか無いと思うので、不道徳的な表現もそんなに胸に迫ってこないのが残念でした。まあ邦画では難しい所だと思います。ホドロフスキーとかと比べるとぜんぜん見やすいし。って比べてもしょうがないんですが。
結局毒気だけがあって、うわー馬鹿だこの人たちと思いながら見ていつの間にかストレス発散できてるっていう感じ。どっちかというとよくないなあ。人にすすめるようなものでもないし。(そこは自己責任で…)まあでもしょうがないか。音楽は千野秀一で、たぶんコントラバスとヴァイオリンの弦のデュオの曲がよかったですね。誰が演奏してるか知りたかったのですが映画ではわかりませんでした。ジャズの人なんだろうけどなあ、ぐぐってもわからん。誰なんだろう。
珈琲時光は東京の風景を見るための映画。いろいろドラマがありそうで全然展開していかない作品で、小津安二郎の映画もそうなのかなと錯覚しそうでした(笑)そうじゃないらしいんだけど。浅野忠信のファンでもないし、一青窈もそんなにチャーミングじゃないし、(むしろ母親役の余貴美子さんが好きなのでそればっかり見てた)珈琲って名前が出てくる割にはそんなにおいしそうじゃないし、喫茶店に愛着があるわけではなさそうだし。ただ御茶ノ水と秋葉原の間のあの空間を思い出すことに終始しておりました。一瞬高円寺駅前の通りが出てきてそこがいちばん懐かしかったけど。球陽書房って通ってたなあ。沖縄関係と音楽関係を扱っていて自分にはちょうどよかった。懐かしい。あのパン屋はまだ夜中まで開いているのだろうか。
トニー滝谷はきれいなお洋服がたくさん見れる映画なのだろうかと思っていたのですが、宮沢りえの出番は意外に少ないです。少なすぎ!時間がとても短くて、イッセー尾形の一人芝居に近いものがあった。モノローグですすんでいくし、会話っていうのがほとんどないんですよね。左から右へ横向きに動くカメラにミニマルにセットされたインテリアは生活感が無くてむしろほっとするものがあった。衣装もすごい地味だったなー。音楽も坂本龍一のピアノがつぶやくように鳴り出すのがよかった。
一人で居ることの物語で、単純にさびしいというのでもなく心地よいだけでもなく、要するに当たり前の感じ。見ていてうらやましい所もあるしたまらなく悲しくてこんなことはあってほしくないと思う所もある。この人にとっての愛っていうのが、その人に出会ったことで、自分がいかにたくさんのものを失ったのか思い知らされるということだった、というのが一番共感する所でした。そしてそこに居ないもの失われたものへの思慕とそれを自ら消し去っていく過程も含めての愛。非常に山羊座的なドラマだなと思いました。終盤でたくさんの服に囲まれて泣いてしまった女の子の気持ちはわからないんだけどね。あれは何なのかなあ。
|