過去日記倉庫(仮名)
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フリフリのおれ的わたし的ベスト2007はこちらより
| 2006年03月03日(金) |
NObLUE、土岐佳裕 at GROOVE |
金曜日ですね。バイト面接の結果が出る日だったのでなんか浮ついていたのですが、午後には解決。夜は出かけてライブを見ることにしました。今回はGROOVEにて、ケイドロックのNObちゃんのユニットNObLUE(ノブルー)と横浜から弾き語りの土岐佳裕さんという組み合わせ。中に入るとテーブルに桃の花とひなあられがあって、ほのぼのと春の気分がただよう。そうか、ひなまつりの日だった。久しぶりに会った宮城さんと、沖縄にもひなまつり根付いたかなあ〜やっぱり渡来文化?だから考えるよね、とかそういう話などする。でもひなあられは好きー。
NObLUEはホルンと木琴、歌のNObちゃんとフルートの方(名前失念。ごめんなさい)のかわいらしい女の子にはさまれてウッベと歌のがちゃぴんさんの3人のユニット。うわうらやましい。はじめにエリック・サティの曲、アーモンドチョコレート入りのワルツとへやにひとりの2曲と、あとはメンバーのオリジナル。完全に生音で、ホルンとフルートとウッド・ベースの柔らかいサウンドに、アーモンドチョコ〜で指示文句をリーディングしたり、左右にラジカセを置いて違うSEがかすかに流れていたり、メトロノームでテンポをとるなどのアイデアも豊富で楽しめました。
サティのはピアノ独奏用の曲なんですが、ホルンとフルートというのはおもしろいと思いました。いいなあこういうのつくれて。ジュネの映画ロング・エンゲージメントで主人公の女の子が部屋や浜辺でユーフォニウム(もっと小さめだったけど)を吹いてるのがあって、あれを思い出しました。ユーモラスだけどやっぱりかわいい。オリジナルはやっぱりNObちゃんの歌かなあ。悲しげなのがまたいい。楽器を持って口にあてたまま2人で歌ってた曲がよかったなあ。
ベースはアドリブになることが多くて、中高音を弓で鳴らすのがよく合っていた。がちゃぴんさんの声もいいので歌ものをもっとやってもいいんじゃないか。サティの家具音楽という言葉を思い出したけど(もっともこれは自虐だったらしい…バーで弾いてても誰も聴いちゃいない、俺は家具か?という)、ステージではなくカフェとかギャラリーとかそういう所で、ふっとあらわれる感じでやるとはまるのではないかと思われました。お茶飲みながら見たいな。
土岐佳裕さんはどんな方かは全く知らなくて見ました。小さいギターとピアノを使っての弾き語り。なんかとても緊張しているようで、足踏みしながら歌ってたりしてたんだけど、それも味かな。ライブはだいぶし慣れているようで、すべっても(笑)それはそれで寒くなることもなく、落ち着いて見れました。逆にほかほかしてきてずるい感じ(笑)。曲は若い方だなあという感じのさわやかなものばかり。ギターもピアノも伴奏は簡単なんだけど、聴いていると世界がぐんと広がるようなダイナミズムを感じておもしろかったです。合間のリフとかフレーズとか印象的で、バンドっぽいなあと思った。
終演後つらつらと話していて、土岐さんはけっこう中身?は熱くて体育会系っぽいのがおもしろかったですね。かなり頭のいい方で、バンドのことなんかも考えてやっているんだけど、ステージで歌ってるともうなんか天然という感じなのが不思議。話を聞いてると、集中しようと考えない自然で良い状態、とか無意識にのっている感覚を大事にしてこだわっているとのこと。なんかわかる。それにしてもスピード感というか、反射神経の鋭い方という感じでおもしろかったです。とても素直だし。音楽はそれが大事なんだよなー。
私は引っ越し先でピアノが弾けるのをとても楽しみにしていて、ピアノばっかり見てた。ピアノの曲はおもしろかったなあ。あんなふうにつくれるといいな〜と思った。無力無善寺の話をしてて、イベントで全員出演者が鼻歌なんだとか、DJがワンフレーズで換えていくので踊れないイベントとかはおもしろかったです。今度シュール祭りなんだけどどうしよう、とのこと。シュールか…
| 2006年02月25日(土) |
音楽が好き / 愛が死より冷たいならば死体は命より暖かい |
先日紹介した、コインランドリーで見かけたチラシの銭湯ライブイベント風呂ロックの記事を見つけました。楽しそう…やっぱりレゲエなのか。DJとかでもいいんだけど生演奏であってほしいな。バックに絵があるのがすてき(笑)。次回はたまの方が出るとのこと。
雨が降ってちょっとだけ冷えている。また風邪っぽい…と思いながら体育座りでモグワイ鑑賞。始めの方のボーカルがボコボコ言ってて聞こえづらいのがこわいな。入水して体はうちあげられても言いたいことだけが残っている、その言葉って感じ。あるいは水槽からのメッセージ。部屋であなたを飼っているの。そういうホラー映画なかったっけ…Happy Songs for Happy Peopleっていうタイトルもホラーっぽい。まんなかのBoring Machines Disturbs Sleep、Ratts of the Capital、I Know You Are But What Am I?が好きだ。
その後くらいからやっとふつうにボーカルが入っている曲が出てくると思ったんだけど、見つけきれない。それくらいボーッとしている。特に思い入れがあるわけではなく、TSUTAYAで手当りしだいに借りて入れてる音源のひとつで、なんだっけこれ?と聴き直しただけ。たぶん明日にはまた忘れてる。すごい繊細につくりこまれたノイズがすばらしいと思うしメロディもいいんだけど(supersilenceを聴いた後で、やっぱこういう音楽を通ったものなんだなと気付いたり)、その感触の心地よさが軽く刻印されただけで、内容が具体的に記憶に含み込まれることはたぶん無い。
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内橋和久さんつながりで、Good Girl Bluesの大谷能生のイベントレビューにリンク。宇波拓さんのヒバリ日誌を愛読していたのですが(ライブは未見)、そこにはあんまり音楽、ご自身の考え方などは書いていなかったので、現在の演奏方法に到る経緯がわかってよかったです。あとでまた死霊のコンピュータ(宇波・マッティンのデュオアルバム。全曲6分66秒!のインプロ)を聴いてみるか…今日の題名の愛は〜はこのジャケ内側に書かれた英文のフレーズで、ファスビンダーが言ったように愛が死よりも冷たいならばゾンビは命(あるいは人生、生きていた時)よりも暖かいという言葉とともに泉さんのコワかわいらしいイラストが…
そこで言及されている内橋さんのワークショップというのは神戸ビッグアップルというライブハウスで行われたセッションのことだと思われます。詳しくは大阪ウェブマガジンのインタビューをごらん下さい。また古いですがImprovised Music from Japan のインタビューもリンク)「個々が完成されたミュージシャンとして遇され」というのは、これは最初に自己紹介というか必ず参加者の前でソロ演奏を披露しなければならないというのを指しているのだろうか。
もちろん、演奏スタイルやキャリア、技術の度合いに関わらず平等に、ひとりの演奏者として敬意を払って扱われるということはあるんだろうけど、演奏者にとっては必ずソロ演奏をしなければならない、というのは大きいんじゃないかと思います。私だけかもしれませんが…恐怖に等しいプレッシャーがありました。実際に先月26日に内橋さんを始めとしてセッション参加者の前でやった時は十分にやりたいことができたとは言えなかった。日頃ふつうのセッションでもソロ演奏は苦手なので、何か音が出せただけでもよかったんだけど。
ソロ演奏が苦手、できるならやりたくないというのは非常に重要な問題で、ほとんど基本とか原理にかかわることでしょう。単純に、お前は誰かに自分の演奏を見て/聴いてほしいと思わないのか?じゃあやるなよということで、また内橋さんが必ず口にされる「ソロができなければ意味が無い」というのもよくわかる。ひいては音楽に限らず自己表現ということにも関わってくることで、面倒くさいのでここで書こうとは思わないし、自分の中で結論が出ているわけではない。でもこれは結論とかいうことでもないのかなあと思ったりもします。って何が言いたいのか。
音楽が好きとひとことで言うことにも、音楽の何が好き、どういうふうに好き、というあり方が人によってそれぞれ違っているなと思う。聴くだけにしても、ジャンルというか、いくつかのバンドが共通して表現するスタイルとかポリシーに興味がある人もいれば、アーティストを人間として好きな人もいるし、私のように、その時そこに集まったバンド、そこでその時演奏された曲、その時のひとつの音が出た瞬間そのものに魅了されてやまない超具体的な感性の人間もいたりする。
先にあげた宇波拓さんの話でも具体音表現ということは詰めて考えたことはないのですが、感覚的に共感する所があった。あのスピーカーの上でクリップや米を置いて鳴らすっていうのはパーカッション演奏の発展形というふうに思える。そういう紙とか軽いものをきれいに鳴らすというのは手では難しい。太鼓をプリペアドするのではなく、そこに乗せているものそのものの音を聴かせたいと思うこともある。あるいは楽器の本音をうならせるオブジェクトそのものの音を取り出してみたいとか。
しばらくずっとそんな感じで、音楽を文脈で考えて、抽象的にこういうことを言いたいとか、ハーモニーとかリズムをどう組み合わせて綴って行くかということにはあまり興味が無くなってきた。そういう具体的な音に淫するというのは子供がえり的というが退行→待避→回避になるのかなあ。それもその人しだいだよね。どうすればおもしろいか、どうするのが好きなのか、というのが問題だから。しかし何か決定的に飽きたという所はある。ある程度長く生きて、いろんなことに飽きたというのと同じ当たり前のことなんだけど。まだそれに慣れてないだけで、困惑してどうにかしたいと思っているだけなのかもしれないな。
| 2006年02月23日(木) |
大城真(TV-music) at 乱波洞 / 予定は外堀から |
さきほど拾ったニュース。ガチャピン&ムックのipod(nano)。画像はケースで単体でも買えるとのこと。もう売り切れているかも…やはりフィーチャーされているのはガチャピンか。どこから見ても愛くるしい風体に嫉妬。ムックもかわいいのに。ムックは売れないのかなあ。
美少女ちゃんうらやましい私もレコードプレイヤーを持っていないのでお部屋で聴かせてほしいかもお話ききたいかもでも夕飯は、どうだろう(笑)>■
無職中。ヒマだけどお金がない〜と毎日財布をのぞいて指折りしながら予定を立ててるんだけど、やはりこの頃はたくさんライブを見たり演奏したりしてます。幸せなんですが感想を書いて載せるのが滞っている状態です。あれ?ヒマなのでは?脳のメモリとかバッファも増やせればいいのに。書きやすいものから上げていくという感じになっているのでご了承下さい…たまに昔のが増えているかもしれない。
今日は久しぶりに那覇の乱波洞へ行ってきました。先月25日GROOVEで行われた内橋和久さんのライブに出ていた大城真さんが今回ソロでやるというので見てきました。
TV-musicとありますが、これは映像の信号を音声に変えて演奏するというものです。これ以上詳しいことはわからないのですが…蛍光灯の点滅パルスを使って演奏するオプトラムが直接電球の信号を変換しているのに比べて、こちらはビデオカメラを使っているというのが違いでしょうか。電球など光っているものを映すのですが、その被写体の色と明るさによって微妙に音の違いが出てくるのがおもしろかったです。
演奏方法としては、手持ちのカメラとどういうしかけかわからないのですがブラウン管の横に並べたディスプレイ(どちらも演奏者の方に向けている)に手首に巻いたライト(3色極小豆電球を使ったもので点滅したりする)などをかざして映したりしていました。こうして撮られた映像は後ろに設置したスクリーンで見ることができ、同時にスピーカーから音として聴こえるという状態。またおもしろかったのは何種類かの横縞を並べたディスプレイ。これを映すと変わった音がでる。カメラの特徴を利用したものだと思うんですが、最初見た時は楽譜かな?と思ってた。音符はひとつも無いのに。
大城さんもライブを始めたばかりというので手探りしている感じが伝わった。それがむしろよくて、それはそういう音で見えるのか/そういう色で聴こえるのかという錯綜した感覚をはらはらしながら(笑)一緒に楽しむことができたという感じ。カメラ的にも音楽的にも手慣れてちゃっちゃっと処理されてしまうとむしろおもしろくないのかもしれないな。どうだろう。
また操作は足下でライトの切り替えとかしていて、音はヴォリュームペダルだけのようでした。エフェクターをつけるのもありかもしれないんだけど、そういうのはつけないで(ディレイはありかな…)カメラを通して音を探る方針で行ってほしいな〜と思いました。その方がわくわくするでしょう?
最初に見たGROOVEでの演奏では、あんまりノイズのバリエーション(変な言い方ですが)が無くて、大城さんかっこいいし、見かけはおもしろいけど音としてはこんなものかな?って感じだったのですが、今回は1セット目、2セット目と段違いに演奏として良くなってて驚きました。映像的にも音的にももっとニュアンスの深さが出ていて、美しいものになっていたのが驚き。
特に最後にトーンを落とすと小さくパルスがリズムを奏でていて、それをしばらく聴きながらスイッチオフという流れがドラマチックで鳥肌立った。ずっとドローン的な持続的ノイズばかりだったんだけど、しだいにその音色の幅が広くなり、2セット目ではパルスからビートを取り出したりする所があってスリリング。大城さん自身がおおこれはいいなとある音(被写体)にフォーカスを当てる場面などがあって、この方法はものすごい大きな可能性があるのではないか?と思わせるものでした。これからどうなっていくのか期待されます。
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実は今回はライブはついでで(失礼)、オーナーの石原さんと話すために行ったのですが。久しぶりに奥間さんとも会って、音楽聴いてないねーでかい音つらいわーと年寄りのぼやきのようなおしゃべりをしたり。やっぱりマイミシンほしいな…洋裁したいわー。先月26日に内橋和久さんにみてもらったセッション(ワークショップ)があって、それについてのメールを石原さんより頂いていました。読んでちょっとひっかかる内容だったんだけど、それはトラップだったことが判明…大人ってずるい…まあでも石原さんの考えがわかったからいいかな。ちょうどそのセッションでご一緒したベースの久保田さんもいらして話せてよかったです。
久保田さんはばりばりプロのミュージシャンでD51とかでテレビに出たりされる方なのですが、あのセッションで大事なことがわかった、自分の意識も演奏も変わったし、とてもよかったと語っていて驚いた。うーん上手い方というか音楽の好きな方は違うなあ…自分はけっこう苦しんで演奏してたしなあ。睡眠不足&上京前でヨレヨレで。うっごめんなさいと反省。まあでも自分にとっても、とても有意義ではありました。ああ…こんな嫌な含みのある言い方。なんで素直になれないんだろう。
それで主題は!これからそういうスタイルフリーなセッションのできる場(沖縄ではほとんど見当たらない)を定期的に設けようではないかというもので、やりたいことはやっとこうということで一致を見た次第です。基本は先日一緒にやったメンバーで、オープンにするかクローズドなのかもわからないんだけど、実際にやってみて決まってくるのかな?もう来月からやるのだろうか。やるんだろうな。なんか仕事も決まって無いのに…外堀から埋まって攻められながら立ち位置が決まってくる感じになってきた。そういうものなのかな人生は。でもなんか夢がひろがっていく予感もあり…
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