過去日記倉庫(仮名)
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フリフリおれ的わたし的ベスト2007はこちらより


2005年09月07日(水) Le Quan Ninh 聴きはじめ / まわる / Bones in Pages

シガロス新譜入荷のメールが届く。もう少しで付録CDに1曲入ってるRockin'onを買う所でした。あぶねえ。あーはやく聴きたい。ヤン・ティルセンのとも一緒だよ。えへへへ。またアマゾンからジョエル・レアンドルのライブ盤の入荷が遅れるとメールが来ては?と思う。あっ、いつの間にぽちしてたんだろう。Ingar Zach(読めない)のソロも一緒だった。確かにすごいほしかったんだけど忘れてました。大丈夫か?

Le Quan Ninhの参加作を鑑賞中。いやもう初めからステキすぎます。試聴してわかってましたけど、秒殺されて涙目でプルプルしてます。これについて何か書くなんてオロカ!って感じ(馬鹿)。ミッシェル・ドネダさんとか一緒にやっているんだけどとりあえずレカンニンさんの音しか聴こえません!弓奏のサウンドのバリエーションが幅広い(コントロールできるものなんだなあ…)のと、ドラムの上に何か乗せてたたくのがこの方のスタイルだと思うんだけど、いいなあ〜いろいろ乗せるものがあって、って感じです。あの京劇の鉦、名前すらわからないけどほしいです。カウベルみたいに数種類使いまくってるのが本当にうらやましい。

ていうか、太鼓の上でシンバルとかころがすの楽しいんですよねー。まあノイズの極みなんですが、重力をうまく使ってころがして鳴らし続けるのが楽しい。それをいっぱいやってるのが聴けて嬉しいです(笑)。あっこの人もこれが好きなのね!とわかって 感激。もしもお会いする機会があったらタメ口で話しかけてしまいそうでこわいくらいだ(大失礼)。私は灰皿を使うのが好きなのですが、あのお皿とか輪っかが回って倒れて地に伏す直前の、あの斜めに回ってる瞬間が好き。あれをいつまでも引き延ばしたい欲望にかられる。

それ以外にも、なんかもうほぼ全て特殊奏法というかエフェクティブな音(何の音なの?って感じ)で、ああこういう方っているんだなあと思った。音楽学校できちんと打楽器の演奏を学んだ方なんだけど、それでこういう奏法にいきつくのかなあ。通常のドラムセットではなくドラムをすべてスタンドにセットしてその上に何かが乗っているのがデフォルトという想像もつかない(初めからこんなことやろうとは思わないよなあ)形態で、それを十分に使いこなしてこの方らしいスタイルが出せているのがすごいと思う。まさにポストフリー。脱構築ってやつ?お国柄なのだろうかやはり…

いやそれにしてもただたたくだけではない、美しくチューニングされているのにはため息をついて聴き入るしかないです。メロディックに鳴らされる鉦もいろいろ試して選ばれたものなのだろうな。普通のドラムのテクニックよりももっと自然というか、重力とか反動にあんまり逆らわない演奏のし方をしてるような音。と言っても昔のフリーみたいにスティックをたくさん持ってきてどさっと落とすだけとかアクション的なパフォーマンスとも違って、とても注意深く人力を用いているような感じがする。先日書いたコンタクト・インプロヴィゼーションは別分野ながら自分としてはこの辺にリンクしています。使うのではなくて、ものの重さや硬さなどといったものと協調するようにして音を出したいと思う。


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以下はメモ…
ときどき聴きにいくブログ赤ちゃん赤ちゃん赤ちゃんこの赤ちゃん誰?の方はおもに写真を見にいきます)のまわるまわる。実際に聴いてみてこうなっているのかーと。先日見た横川理彦さんの演奏みたいな所もあっておもしろかったです。これはいいな…詩の譜面?をつくって複数の人で読むとかどうだろう、デュオとか集団で朗読とか、と考えたりしたことがあったのですが、サンプラーがあったらひとりでできちゃうんだなあ。んー。

Bones in Pages。先日大野一雄さんの本の話で、命の根源のイメージについて考えていたのですが、どうしても勅使川原三郎さんのダンスが思い浮かぶのはこれが見たいからなのか?と思った。単純…全部じゃないけどテレビでやってて、初めてコンテンポラリーダンスを見たのがこれだったっていうのもあるな。本の山の間から勅使川原さんと宮田佳さんと山口小夜子さんがふわっと立ち上がったり通り過ぎたりっていうのを見た。巨大なガラスの破片が体を貫通している(!)衣装もこの作品だったかな…ぐぐって過去の公演の記録を読んでみると生きたカラスを使ってて、今回も出てくるみたいですね。

公式のサイトもあるんですが、コンテンツが少ないので割愛…別の作品ですがわかりやすい感想が嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕さんのページ。この方のサイトはいちおうブックマークしてるんだけど定期的に見に行くことがなくて、こうやってぐぐった先で何度もお見かけしてこんにちはという感じなのがおもしろいです。

またレビューのブログでよかったのが稲岡達さんという方のine's daypack過去の文章のサイトも合わせて。先日の伊藤キム&白井剛の禁色のレビューでもっともまとまっているのがここの文章でした。これからも読ませてもらおうと思います。Bones in Pagesのレビューも読めるといいなあ。


2005年09月04日(日) 大野一雄 魂の糧 / 即興演奏 /コンタクト・インプロヴィゼーション

沖縄台風来るんでしょうか。海は荒れ始めてるけどサーファーがここぞとばかりに集っていたり、のんびりしたものです。でも入社以来の休日出勤なんだよねー。それはぜんぜん大丈夫で、ニューオリンズの台風のニュースを呆然としながら見る今日この頃です。

スープ皿と呼ばれる地形に、軍事予算のしわよせで治水工事もままならないという状況。車を持っていない人たちが閉じ込められてしまうという話を聞いて、米国でもNYや大都会ならいざ知らず車を持ってない人たちがいるんだと驚く。自分達を助けろと銃で主張しなければならないなんて、どんな場所なんだいったい。

私の大好きなニューオリンズファンクのドラマーのシガブー・モデリステさんはだいぶ前からLA在住ときいているので大丈夫なんだろう…ミュージシャンでも避難できた方とそうでない方が分かれてしまうというのはつらい。たぶん山岸潤史さんとかは大丈夫なんだろう。ファッツ・ドミノは安否確認がとれた。アーマ・トーマスはまだわからない…ああ、アール・パーマーは、ワイルド・マグノリアスの人たちはどうしてるんだろう。


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大野一雄 魂の糧を読んだ。大野一雄さんの写真とご子息の舞踊家・大野慶人さんのコメント集です。舞踊家の著作は何冊もあって、土方巽などの踊り手自身の文章というのも非常に興味深いものなのですが、こちらは家族そして同業者とはいえ、大野さんご自身ではない方が語る大野一雄というのがとてもおもしろかったです。最初の一冊にするのは反則かもしれませんが、大野さんという方のことがわかってよかったです。

特に代表作のラ・アルヘンチーナ頌の解説が載っているのがよかったですね。これもご本人が語るとまた違うのでしょうが…慶人さんは舞踏の起原的作品と言われる禁色の舞台で土方巽と共演しており、先日専門誌で記録の残っていないその作品を言葉で再現する(!)ということをしてらっしゃった。証言者、アーカイビストとしてもなくてはならない方なのだろうと思う。

印象に残った部分をいくつか。この本は大野一雄の踊りを体のパーツや動きの特徴、またモチーフに焦点を当てて語っています。ここでおもしろかったのは大野さんは踊りの作品をつくる時にまずノートに言葉でイメージを掘り下げる作業を行うのだそうです。実際に創作メモの写真もあって、軽くプロットを組み立てている感じです。イメージを表す言葉とそれをつなぐ矢印の動きが興味深い。踊りの人はこうやってつくってるのだろうか?

前半の部分は踊りの専門的な要素があって、踊らない自分にはよくわからなくてふ〜〜〜んと読むだけだったのですが、後半の大野さんのとりあげたモチーフや、それの生まれた経歴が語られた所がとてもおもしろかったです。たとえば大野一雄さんというと「私のお母さん」、白塗り・女装で踊っている方というイメージなんですが、これは大野さんの踊るということの根源が女性のイメージにあるということであると。ドレスで踊る時とタキシードで踊る時の動きは当然ながら違うのだろうけど、タキシード(男装?)で踊る時には死のイメージが立ち上がってくる、というのがおもしろかった。

女に変身するというよりも、命の根源にさかのぼりたい、自分の踊りを愛するものに捧げたいということ。対極の向こう側にとびこえるダイナミズムということなのだろうか。私が命のイメージを思い浮かべる時は、産まれた子どもそのもので、それもやっぱり男の子だったりするので自分の違いを感じておもしろく思う。そういうものだろうか。自分は踊り手ではないのでどう表現するのかとかはわからないけど、作品としてひかれるものというとそういうのが多い。

また最も印象的だった部分は、大野一雄の舞台の上の愛ややさしさは特別なものであって、日常の中には無いものなんだっていう所だろうか。家族である慶人さんのひとつの謎でありつつ、芸術家としてはわかる所もあるというのがおもしろかったです。これは踊りに限らず芸術家には珍しくないことだろうなと思う。むしろ特徴というか、日常で何の疑問も無く愛ややさしさに満たされていれば(でもそういう人ってほとんどいないか…)そもそも何かつくりたいって思わないだろうし。

特にダンスや音楽といった、絵画や工芸品といったものとして残らないもの、その時限りで消えてしまうものをつくろうという、創作というより蕩尽と呼ぶ方が似つかわしい行為の動機には、圧倒的な(何かの)欠落、不在とそれへ渇望が存在する、と思う。特に即興というのは永遠に失ったものを取り戻す、とか終わったことを繰り返す方法なのではないかと思う。それは惰性ではなくて(惰性というほど簡単だったらどんなにいいだろう)不可能であることをくつがえす挑戦なのであって。未知、未来へ向かう行為は過去、縛りの世界からトランスすることなのだろうと、書いてしまうと当たり前でしかないなあ…でもそのダイナミズムを自分の中で感じてみる。その動きの中に自分があるのだろうから。

死なないですむのが即興演奏だ(多田雅範さん)と言う聴き手と演奏者の間はそんなに遠くはないんだろう。そういう日常生活とは異次元の空間とか約束ごとに託す気持ちっていうのは何なんだろうなと思うけど。そこでなら思うままに死に、失うことができるということなのだろうか。その望み。それにしてもこの蟹座的表現にしびれる。自分も蟹座なので。

ここからは付け足しのメモ。この本を買った桜坂劇場の本棚にもう一冊ダンスの本があって、どっちを買うか迷った。コンタクト・インプロヴィゼーションという本で、私はまだ作品としてみたことはないのですが、デュオやグループでお互いの力を借りて踊るというものらしいです。時代的に社会的な意味合いを持っているもののようですが、バレエなどの既成のダンスを見直してオルタナティブなものをつくろうという所に興味があります。あと技術的に、重力に対抗するのではなく利用するといった考え方とかおもしろいと思います。

でその分野の最前線を報じる著作が出ているというのを知って、メモとして貼っておきます。(いとうせいこうさんの先見日記)これは先日買ったDDDというダンス雑誌にも載っていたのですが、ダンスと武道の出会いということで、アイデアとしてはそんなに目新しいものではないんだろうけど、実際の現場の様子が見てみたいと思った。本屋で見るのが楽しみだ。


2005年08月30日(火)  叩 

先日好きなバンドが自分と同じ誕生日という話を書いたのですが、こちらも私と同じ誕生日のマックス・ローチ(ds)。アンソニー・ブラクストン(sax,cl,fl)とのデュオ・ライブアルバムOne In Two-Two In One。79年のジャズフェス。Hathutにもマックス・ローチのアルバムがあるんだと思って買ったのですが、思いのほか音響的な演奏が多くておもしろかったです。

特に冒頭のシンバル(チューンド・シンバルというクレジットがあり)&ゴングプレイがすばらしい。セットの仕方も入念に準備されているのが感じられる。でもどうやってるのかが見えないので私にはわからないのですが(涙)。後半にはグロッケンの演奏も聴けます。ひとつひとつ鍵盤をミュートした音がおもしろかった。指で押さえてるのかな?ドラムソロになるとあのばたばた・どこどこの硬いノリのいつもの感じになるのでああやっぱりマックス・ローチなんだなーと思う。ブラクストンさんのサックスも柔らかい感じで聴きやすいように思いました。フリージャズのアルバムにしてはとっつきやすくていいと思いました。

飴屋法水さんのインスタレーションの終わった後の話を読んでいます。箱の外の話細馬宏通さんのブログより)と中の話大友良英さんのブログより)。あーやっぱりこういうことがあったんだなあと思いながら読んだ。画鋲の音ってどんな音なのかな?mixiだともっと詳しい話が読めるようで、退会した自分はちょっと悔しいのですが…まあ実際に行かなかったし、足りないくらいでいいかなと思う。箱の他にも君が代をモチーフにしたインスタレーションとかおもしろそうでした。言葉で説明するのはちょっと難しい感じですが…

松本健一さんのサイトがあったので見てみました。あーWEGで吹いてる人、と思っていたのですがいろいろ即興のワークショップをやっている方だった。私が数年前ネットを始めてフリージャスについて調べてる時によく名前をお見かけしたのだった。昔通ってたHot Music Schoolでも教えてらっしゃったのだなあ。あっ今見たらいつの間に板橋文夫さんとか井野信義さんとか室館彩さんとか講師が増えている!いいなあ…沖縄じゃなかったら通えるのに(馬鹿)。ここは発表会がおもしろいんですよね。この顔ぶれによるどスタンダードの演奏が文字通りのスーパーセッションになってて見応えがあります。外部の方も入れる(有料)と思うのでお好きな方はぜひ。

話がずれてしまいましたが、秋につの犬(ds)さんが沖縄にいらっしゃるらしいです。つの犬さんといえば自分の中で激しく気になっているパワートリオしか思い浮かばず、今から胸がときめいてしょうがないです。載ってる写真もすてきだ。スケジュール見ると違うっぽいけどね…

国立No Tronksのブログ
にも載っていましたが、これがSJMのかわいしのぶ(b)さんが入ってるんですよ!!彼女が年下とわかって驚愕しているのですが…ファンクがとてもうまいベーシストの方です。SJMはハードコアのバンドなんだけど、ドラムのまつだっっさんとともに日本最強のファンキーなリズム隊をつくっていました。解散後にナインインチネイルズからオファーが来たという話もきいております…このバンドは即興的でゲストも毎回交えて演奏しているようですが、つの犬さんと一緒だとどうなんだろう。気になって気になってしょうがない。と思ったらおーらいレコードからアルバム出るみたいです。やった!待ってる!

ってまだ話ははずれてて、このサイトのツノ犬速報!の所ですごくちっちゃい字で書いてある「命に叩が含まれて居る事」に私もびっくり、感動した次第です。今日いちばん書きたかったのはこれでした。つの犬さん教えてくれてありがとう。ああ、知らなかったよ。たたくって漢字で書くのあんまり好きじゃないので。命って両手を広げて片足で立つことじゃないんだね!調べたら命の部首は「ひと」。ひとやねとかひとがしらとも呼ばれていてにんべんと同類で人を表しているみたい。起原は何なんだろう?

叩くことに関する一説。僕は音楽を(つくらない)という曲 from左岸・右岸(Bishop Records) / 河崎純(b)+国広和毅(vo,reading): 僕が聴くのは 僕が壁をとんとんとん! と叩いて 君がとんとんとん! と返す その音! でもそれは音と呼ぶにはあまりに単純な波形のため あえて振動と呼ぶことにしよう その振動はときをこえることがある 初期振動が大きければ 遠く 行く というものでもないし 小さければむろん 行かない 振動がときをこえるのは 最初の試みの一回と あとは経験と勇気に裏付けられてからの無限回 でも音楽は鳴らない たとえ鳴ったとして! 鳴ってはいけない


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