ヒルカニヤの虎



 散歩して紅茶を飲もうか

先週末はザ・ちゃらんぽらんエンジョイに行って来ましたよ、という日記をきのう書いていたのですが会社のマックちゃんが凍ってすべて消えてしまいました。萎えるわー。
まあネタばれというほどのものでもなく、さらっと備忘録。毎月あたらしいネタをおろすのは大変だろうなとおもんぱかったうえでやや辛口です。


前説;アームストロング、氷点下。せっかくの機会なのだからちゃんと力量のわかるものをやればよいのに。先輩いじりも客いじりも関テレのADを超えてない。

漫才;オープニングのモンキーマジックでテンションが鰻登る。テーマは芸人の遺言状とは?ネタくる時間はないよね最近お忙しいし。多分おなじテーマでフリートークしたほうが面白い。モト冬木に歩み寄っていただくのは笑いました。

フリートーク;「ヘレねえ」爆笑。きよし師匠ネタは珠玉のガキ使フリートークと比べてしまうので不利ですが、吉本大運動会たのしみです。
あとは高校時代の体育剣道思い出ばなし、流れでジャイアンの空手部乱入と野球部乱入。藤原の胸ポケットにはボブ。全裸で手にワセリンぬって運転、ゲームフェス(?)のコスプレばなし、そんなもんでしたっけ?(すでに曖昧な記憶)

コント;控え室。世界陸上の監督と選手、これは面白かった。起承転結の構造よりは空気を楽しむ感じ。たぶんアドリブ満載で、大阪にようおる「ほたえる」「いちびる」アホ2人。あらゆる水準が残念な感じに低くて、でも走るのだけめっちゃ速い。時事といえばそうなのだけど、底辺からのダイナミズムが前面に出ててよかったです。彼らがよくいう「所詮」、このまなざしがあれば芸人として私は愛せる。最後もきれいにオチて、ぱちぱちぱち。

クイズ;囚人服で「お前がこの絡みおとしてみろ」と詰め寄る藤原は芸人殺しであった。藤原の人見知りがどれほど酷いか、というV。クイズの解答ボケはどうでもよかっ(略)このへん白目むいててあんまり覚えてない。私はどちらかといえばジャイアン寄りなので藤原の行動は奇々怪々ですが、藤原寄りの先輩Fは気持ちわかるけど普通実行はしないと言ってました。Vまわってんのに相方に「いやや」メールを送る30歳はどうか。

その他;ブリッジ、ロミー藤原となんか井本のDSみたいなの。エンディングは藤原さん30歳おめでとう(4回目)。…そんなもんか?

総括;東京在住で土曜の夜に用事がなくてチケットが定価で手に入れば毎月いくかもしれない。お客さんがよく笑うのはいいけど、なんでも笑えばいいってもんでもないだろ。甘いと優しいは違う。あとフライング笑いが妙に多かったのが気になりました。しょっぱなのボケで即笑うと次のかぶせが潰れてしまうよー芸人殺しだよー。

次の日は寄生虫館に行ったり渋谷の∞ホール(と見せかけてまんだらけ)に行ったり。
月曜は大阪で笑いの花道in北海道と漫才真ナントカ。漫才〜のほうがえらい面白く(麒麟、ティーアップ、フット、中川家、カウスボタンほか)、笑いの花道のザ・ちゃらんぽらんを半ば見逃しました、ごめん。
さて今日はおしゃ水です。

2007年09月26日(水)



 愛というのじゃないけれど

ぼーっとしている。ぼーっと。脱皮する前の青虫のきもち。

木曜日は∞。藤原さん30歳誕生日でした。うん、いやわかってるよ仕事だ、わかってる。おしゃ水でもやってたし。でもしてやられた感が半端やない(この言い方はガキ使周りではやってる?)。来週も再来週も、来年のジャイアン井本の誕生日もトークやっててください。もうそれだけだ。明日はエンジョイ。
あ、あとmixiで組体操の最下層コミュできたら絶対に入ると思った。人に踏みつけにされ顔は見えず土まみれ、小石は膝に食い込み背骨は湾曲。あの頃の屈辱が思い出される。



やはり秋冬になるとメンタルがガタ落ちです。昔の夢を見、見てもどうしようもなく、なにをすることもない。明けない夜はないけれど暮れない日もない。時間は過ぎてしまうし、止めたいなら自分のいのちで贖って止まるしかない。でも気付かず過ぎてしまったものはどうしたらいいのかな。だれしもだれしも。
今年もまた内省の時代、外部環境だけが問題じゃなかったなと去年の自分を顧みておもふ。去年の今頃は鬱でした。今年はまたちょっと別種の駄目さ加減でなにかが足りてない。というか年をとるということはなかなかに手強いな。

2007年09月21日(金)



 待ち合わせのレストランはもう潰れてなかった

おええええ(仕事が切羽詰まると吐き気が…)

しかしめげずにショートバス感想。忘れないうちに+現実逃避。監督はヘドヴィクの人、でも心の整理箱のヘドヴィクとは違う箱に入りました。ショートバスはセックスアンドザシティとかエロ事師たちの入ってる箱です。

とかく性描写が注目されるようですがエロはほぼ関係なかです。コリーダに負けずぼかしだらけ、でもセックスはツールでしかなくてね。ほんと全然エロくないのこの映画。エロ目的の人はがっかりします。私です(言い切った)。いや本当にすばらしい映画だったんですけど、よい意味で期待が裏切られた…。

冒頭、エポックTVみたいなつくりもののNYの上空をジェットコースターのごときスピードでうねるカメラ、とびこむ小さな窓ひとつ。ここでアタリの手応え。
ゲイカップル(→トリコロール)にオルガズムのないセックス(恋愛?)セラピストにSM女王様に乱交、覗き、エトセトラ。言ってしまえばセクシュアリティの多様性の縮図で、でも今アカデミズムにいない私にはあまり興味がない。ただそこらへんにいる人間の営みが必死で滑稽で悲しくていとおしいだけだ。

この監督は前作からずいぶんと人間の愛し方を変えたのだなあと思いました。見たのがかなり前だから定かではないけど、しかしあの異形たるおのれの怨嗟や情念のカタマリをどう昇華したのだろう?根底にある孤独は同じですが、この映画には信じられるたぐいのやさしさと弱さが溢れています。

停電の夜、NYの街に明かりが灯って、で、それでOKなの?とほんとうは思わないでもない。でもサロン「ショートバス」でのクライマックス、バンドの乱入乱舞に拡声器の歌声(サロンの主人ジャスティン・ボンドが最高であった)だけでもうOKと思ってしまいました。幸せな色の人間賛歌の映画。理屈じゃないよな。
そんなわけでおすすめ。


2007年09月19日(水)



 ストリートには狸がいっぱいだ

いやいや3連休が終われば怒濤の忙しさですよ。知ってたけど吐きそう。

駆け足で先週末の総括。
映画4本と本2冊、3連休はなかなかに文化的でした。精神を育てるという意味の文化。だからつまり読んでたのは小林秀雄とドストエフスキー。なんでやねんと自分でも思う。トイレ行く前に偶然手に取っちゃったんだよな。高校のときなにひとつ理解できなかったなあと便座のうえで読んでみたらえらいこと面白かった。すごいぞ小林秀雄、批評とは愛することなのか。そのまま流れでカラマアゾフ(1)。まったくの序盤です。

土曜は午前に友達の結婚式打ち合わせ、午後会社で仕事して夜は両親の外食にご相伴。
日曜は午前会社出て午後から先輩F宅(本人不在)で映画2本、「変態村」と「死霊のしたたり」。存分にむなくそわるく堪能したところで夜は梅田で「ショートバス」、これはよかった。非常によかったので感想は後日にしたいと思います。
で、ええと月曜、午前中に一週間分のビデオ録画みて午後から先輩F宅でだらだらして、帰り際にちらりとみたスカパー郵送物の表紙が木更津キャッツニャー。ああしまったまちがえてた、と突如ひらめく。1年ちかく封印してあったワールドシリーズ完結編をひっぱりだして鑑賞。日本シリーズは何回もみにいったのにワールドシリーズは映画館に一度も足を運ばず、購入した限定メモリアルBOXは埃をかぶったままでした。
というのも映画見た人の感想に「泣いた」「感動した」が多く、あれあれキャッツそうやって終わるの?という違和感と、あとキャッツをこよなく愛し鑑賞眼にもっとも信頼がおける先輩Kさんが「本気だから私はだめでした」という簡潔なコメントを述べられたため、本気をうけとめる余裕のなかった当時の私はしりごみしたのでした。
でもそれは間違いだったと今は思う。そういうわけで以下感想です。DVDも出てるしネタばれ問題なしと判断。

トーンがテレビシリーズ本編と地続き。野球して、未遂だけど泥棒して、ひさびさに「木更津の」キャッツアイ。お祭り騒ぎオマケつめあわせ、夢の番外編だった日本シリーズと違って。もちろんありえない展開だけれどこれはリアルだと刺さる。本編スケール内でぶっさんが死にきって、ばいばいを言ってわれわれは先に進まないといけないんだな。

ワールドシリーズは生きていくために過去の亡霊(青春)に別れを告げる話。です。私にとって。
面白いこと全部やって22歳で時間をとめたぶっさんと、もう面白いこと全部やっちゃってぶっさんもいないけど生きなくてはならないキャッツたち。だめな若者からだめな大人になったバンビ、アニ、マスター(うっちーは…除いていいのかどうか)は今は場所も気持ちもばらばらで、ぶっさんの最期から逃げて「ばいばい」を言わなかったことを悔いている。久々に木更津に集まった彼らはを球場を作り、ぶっさん(その他大勢)をよみがえらせる、まさに「よみがえり」。でももう違う時間を生きてるバンビたちにぶっさんは必要がない。ぶっさんよりよけいに生きた彼らは22歳のままのぶっさんに合わせられるけれど、それはぶっさんが一番怒ることなので。それが互いの誠意で、生きてる人間はなんて勝手で強くて悲しいんだ。
テレビシリーズを見ていた頃わたしは大学の学部で、当時のキャッツとほぼ同じ年でした。そして今はバンビたちとほぼ同じ年です。なんというかまあ、痛い。もう私にぶっさんの気持ちはわからない。それはだってそうだ。あの頃を超えられないと知っていて、傍らの相手もなくして、余生みたいだと思いながらからっぽでも生きてる。でもそうして生きてれば手に入るきれいなものもたまにはあって、その足し算と引き算がきっと人生なのだろな。

魂ぬけるくらい泣きました。映画館でみなくてある意味よかったのかもしれない。公助はいつだっておいしいところをもっていく。
でも見てよかったよ。
さよならキャッツ。やっぱり大好きだ。

2007年09月18日(火)



 いいかげんなところ

松ちゃん語録ってなんやねん!ヤフートピックスにもんどりうつ私。苦い。それは今までの記録なのだろうか希釈なのだろうか、そしてそれはお笑いといえるか。いわなくてよくなったのか。ならいいのだけど。
ちなみに昔の私の携帯待ち受けは止まない雨はないじゃないシリーズでした。aiの韻が好きだったんだよ。言うてて気持ちええのかしらんけど(浜ちょん)。

そして水曜はおしゃ水。うーん楽しみ方がいまいちわからない。先週も聞いたのですが。うーん。芸じゃないからか?ていうか芸てなに。まあ先々週のザ・ちゃらんぽらん高校時代の話みたいなのがたまに聞けたりするので、聞き続けようかと思います。

「開く」ということと「寂しい」ということについて考えている。秋だなあ。

2007年09月13日(木)
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