ヒルカニヤの虎



 待ち合わせのレストランはもう潰れてなかった

おええええ(仕事が切羽詰まると吐き気が…)

しかしめげずにショートバス感想。忘れないうちに+現実逃避。監督はヘドヴィクの人、でも心の整理箱のヘドヴィクとは違う箱に入りました。ショートバスはセックスアンドザシティとかエロ事師たちの入ってる箱です。

とかく性描写が注目されるようですがエロはほぼ関係なかです。コリーダに負けずぼかしだらけ、でもセックスはツールでしかなくてね。ほんと全然エロくないのこの映画。エロ目的の人はがっかりします。私です(言い切った)。いや本当にすばらしい映画だったんですけど、よい意味で期待が裏切られた…。

冒頭、エポックTVみたいなつくりもののNYの上空をジェットコースターのごときスピードでうねるカメラ、とびこむ小さな窓ひとつ。ここでアタリの手応え。
ゲイカップル(→トリコロール)にオルガズムのないセックス(恋愛?)セラピストにSM女王様に乱交、覗き、エトセトラ。言ってしまえばセクシュアリティの多様性の縮図で、でも今アカデミズムにいない私にはあまり興味がない。ただそこらへんにいる人間の営みが必死で滑稽で悲しくていとおしいだけだ。

この監督は前作からずいぶんと人間の愛し方を変えたのだなあと思いました。見たのがかなり前だから定かではないけど、しかしあの異形たるおのれの怨嗟や情念のカタマリをどう昇華したのだろう?根底にある孤独は同じですが、この映画には信じられるたぐいのやさしさと弱さが溢れています。

停電の夜、NYの街に明かりが灯って、で、それでOKなの?とほんとうは思わないでもない。でもサロン「ショートバス」でのクライマックス、バンドの乱入乱舞に拡声器の歌声(サロンの主人ジャスティン・ボンドが最高であった)だけでもうOKと思ってしまいました。幸せな色の人間賛歌の映画。理屈じゃないよな。
そんなわけでおすすめ。


2007年09月19日(水)



 ストリートには狸がいっぱいだ

いやいや3連休が終われば怒濤の忙しさですよ。知ってたけど吐きそう。

駆け足で先週末の総括。
映画4本と本2冊、3連休はなかなかに文化的でした。精神を育てるという意味の文化。だからつまり読んでたのは小林秀雄とドストエフスキー。なんでやねんと自分でも思う。トイレ行く前に偶然手に取っちゃったんだよな。高校のときなにひとつ理解できなかったなあと便座のうえで読んでみたらえらいこと面白かった。すごいぞ小林秀雄、批評とは愛することなのか。そのまま流れでカラマアゾフ(1)。まったくの序盤です。

土曜は午前に友達の結婚式打ち合わせ、午後会社で仕事して夜は両親の外食にご相伴。
日曜は午前会社出て午後から先輩F宅(本人不在)で映画2本、「変態村」と「死霊のしたたり」。存分にむなくそわるく堪能したところで夜は梅田で「ショートバス」、これはよかった。非常によかったので感想は後日にしたいと思います。
で、ええと月曜、午前中に一週間分のビデオ録画みて午後から先輩F宅でだらだらして、帰り際にちらりとみたスカパー郵送物の表紙が木更津キャッツニャー。ああしまったまちがえてた、と突如ひらめく。1年ちかく封印してあったワールドシリーズ完結編をひっぱりだして鑑賞。日本シリーズは何回もみにいったのにワールドシリーズは映画館に一度も足を運ばず、購入した限定メモリアルBOXは埃をかぶったままでした。
というのも映画見た人の感想に「泣いた」「感動した」が多く、あれあれキャッツそうやって終わるの?という違和感と、あとキャッツをこよなく愛し鑑賞眼にもっとも信頼がおける先輩Kさんが「本気だから私はだめでした」という簡潔なコメントを述べられたため、本気をうけとめる余裕のなかった当時の私はしりごみしたのでした。
でもそれは間違いだったと今は思う。そういうわけで以下感想です。DVDも出てるしネタばれ問題なしと判断。

トーンがテレビシリーズ本編と地続き。野球して、未遂だけど泥棒して、ひさびさに「木更津の」キャッツアイ。お祭り騒ぎオマケつめあわせ、夢の番外編だった日本シリーズと違って。もちろんありえない展開だけれどこれはリアルだと刺さる。本編スケール内でぶっさんが死にきって、ばいばいを言ってわれわれは先に進まないといけないんだな。

ワールドシリーズは生きていくために過去の亡霊(青春)に別れを告げる話。です。私にとって。
面白いこと全部やって22歳で時間をとめたぶっさんと、もう面白いこと全部やっちゃってぶっさんもいないけど生きなくてはならないキャッツたち。だめな若者からだめな大人になったバンビ、アニ、マスター(うっちーは…除いていいのかどうか)は今は場所も気持ちもばらばらで、ぶっさんの最期から逃げて「ばいばい」を言わなかったことを悔いている。久々に木更津に集まった彼らはを球場を作り、ぶっさん(その他大勢)をよみがえらせる、まさに「よみがえり」。でももう違う時間を生きてるバンビたちにぶっさんは必要がない。ぶっさんよりよけいに生きた彼らは22歳のままのぶっさんに合わせられるけれど、それはぶっさんが一番怒ることなので。それが互いの誠意で、生きてる人間はなんて勝手で強くて悲しいんだ。
テレビシリーズを見ていた頃わたしは大学の学部で、当時のキャッツとほぼ同じ年でした。そして今はバンビたちとほぼ同じ年です。なんというかまあ、痛い。もう私にぶっさんの気持ちはわからない。それはだってそうだ。あの頃を超えられないと知っていて、傍らの相手もなくして、余生みたいだと思いながらからっぽでも生きてる。でもそうして生きてれば手に入るきれいなものもたまにはあって、その足し算と引き算がきっと人生なのだろな。

魂ぬけるくらい泣きました。映画館でみなくてある意味よかったのかもしれない。公助はいつだっておいしいところをもっていく。
でも見てよかったよ。
さよならキャッツ。やっぱり大好きだ。

2007年09月18日(火)



 いいかげんなところ

松ちゃん語録ってなんやねん!ヤフートピックスにもんどりうつ私。苦い。それは今までの記録なのだろうか希釈なのだろうか、そしてそれはお笑いといえるか。いわなくてよくなったのか。ならいいのだけど。
ちなみに昔の私の携帯待ち受けは止まない雨はないじゃないシリーズでした。aiの韻が好きだったんだよ。言うてて気持ちええのかしらんけど(浜ちょん)。

そして水曜はおしゃ水。うーん楽しみ方がいまいちわからない。先週も聞いたのですが。うーん。芸じゃないからか?ていうか芸てなに。まあ先々週のザ・ちゃらんぽらん高校時代の話みたいなのがたまに聞けたりするので、聞き続けようかと思います。

「開く」ということと「寂しい」ということについて考えている。秋だなあ。

2007年09月13日(木)



 居心地の悪い世界で

「悲しい歌」のあとに「新しい歌」を聞くと、「ああそれでも生きていよう」と思う。

昨夜はリンカーン見れる時間に帰宅。いきつけの店を紹介するコーナー、ぐっさんと松本で。ボケろボケてくれ!という祈りむなしく松本さんちらし寿司ガチでした。苦い。でも「浜田君には上にカレーをかけてあげてください」はよかった。あと浜ちょんの由美かおるが見れてとてもよかったです(笑顔)。世の中にはまだ信じられるものがあるよ。蛍ちゃんの「東大阪顔」で食ってた鯛茶を噴く。たしかにああいう顔はおる。ダウンタウンはライフワーク、ときどきは指さし確認を。
ネタ帳検問でカナリアが出てました。アソパソマソのネタをはじめて見た。ぎっくり腰は大丈夫でしょうか。



2007年09月12日(水)



 神様がいま僕に電話をかけてきて

「僕の人生は今日が最後の日になる」って言われても大丈夫/こんなに素敵な今日/今日なら。
秋になるとピチカートですね。

そういえば昔、music batonやbook batonやmovie batonなんてものがあったねえと月曜の笑笑で思い出す。そのまま日付がかわるまで漫画ジャンル別ベストを呻吟していた先輩Fは本日会社を休んでおります。おーい。

バトンがはやった当時、悩みすぎてmusic batonはできなかった。本と映画は書いた気がする。けど当時の日記のバックアップを一体どこにやったのか。元データは今沈黙中のFMV(※DLL構成エラー)のなかにあるのですが。修理すんのめんどくせえー。セーフモードはおろか回復コンソールすらきかなくなってやがる。うーん。
話はバトンに戻りますが、最近まったく本を読まなくなった。元々そんなに好きじゃなかったのかも、という気もしてきた。親の趣味で本が身近にあって、こどものころ本しか遊び道具がなかっただけで。選んで好きになったわけではないし。故郷みたいなものだからあれば落ち着くしなんでも読むけど、どうしても手に入れたいとか読みたいとかの執着が薄い。むしろ禁止されてた映画やドラマやお笑いに今いっちゃうのは自分が真実飢えてたからだと思う。

そんな週明け。忙殺とはこのことか。

2007年09月11日(火)
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