プラチナブルー ///目次前話続話

Bar雀
May,4 2045

間接照明の光が、奥行き7m程の店内の壁伝いにあり、5つの弧を天井に映し出している。
天井のダウンライトは北斗七星をイメージしたような配置で、磨きぬかれた木製のテーブルを輝かせていた。
シックな革張りの椅子と、カウンター奥、いわゆるバックバーのカラフルなボトルの色とが、
コントラストを奏でるかのように並んでいる。

バーテンダーの、いやオーナーのセンスの良さを感じさせるには充分な雰囲気の店だ。


「どうした、ふたりとも立ちすくんで」
「お好きな席にどうぞ」

雄吾がドアを閉めると、詩織のビジネスライクな声で、一寸止まった時間が再び動き始めた。

奥に2人連れの男性客が座っている。

中央付近の椅子を最初に引いたのは雄吾だった。
私の背中をそっと押すように、引いた椅子に座らせてくれた。

「ほら、誠也も、突っ立っていないで座れよ」
「は、はい」


「リカは、アルコールは大丈夫なのか?」
「うん。家族でワインを飲んだことしかないけど」

母や姉を見る限り、アルコールへの耐性は強い遺伝子のようだ。
同じ質問を誠也にもしている雄吾。
カウンターでは詩織がおしぼりの準備をしている。
すっかりバーテンダーの仕事が板についている感じだ。

(何でまたこんなところで働いているのだろう。進学したって聞いていたのに・・・)


詩織が雄吾におしぼりを渡した。

「こちらへは、初めてですか?」
「うん。後輩の友人がいると聴いてね」
「ああ、なるほど、龍正先輩の・・・」
「ええ、しかし若い女性のバーテンさんも珍しい」
「私が任されているのは10時までで、そこからは忙しくなるので先輩が・・・」
「なるほど、実は今夜来たのは・・・」

来店した経緯を雄吾が詩織に話し始めると、詩織は言葉を交わしながら、
リカと誠也にもおしぼりを渡し、テーブルに布製のコースターを置いた。


詩織は口元に微笑を浮かべてはいるものの、一瞬、横目で私のほうを見た。
それはまるで、
「なんで、アンタが誠也とここに居るのよ」
と、語りかけているような気がした。

誠也は、ただ黙って詩織の横顔を見つめている。

「ジントニックを3つ」
「はい」

詩織がカウンターの向こうで身を翻してグラスを用意し始めると、雄吾は首をひねった。

「あのバーテンさん。何処かで会ったことがあるような・・・」
「部長。アタシと一緒に、誠也君の観戦をしていた女子高校生ですよ」
「あ、あの時のか・・・」
「はい」
「・・・っことは、誠也」
「ええ」

ようやく誠也が言葉を搾り出すように発した。

「あちゃ〜。道理でテンション低目なわけだ」

雄吾は左手で自分の顔を掴むようなポーズで、2度3度、頭を横に振った。


テーブルにグラスが3つ並んだところで、雄吾が椅子を60度ほど右に回転させ、

「それでは、リカの麻雀と、誠也の未来の恋に、乾杯しよう」

と音頭を取った。

「かんぱ〜い」

なんとなく不穏な空気を感じていたアタシは、部長の気遣いで心が穏やかになった。
グラスがぶつかり合う音色が心地よく響く。

「はい、誠也君もかんぱ〜い」
「ん、乾杯。さあ、飲むぞ」

と云うや否や、私の持つグラスから音色の響きが消える前に、誠也はジントニックを飲み干した。

あっけに取られた私を他所に、

「おいおい、豪快な奴だな」
「ええ、体育会系ですから」
「酔っ払っちまったら麻雀どころじゃなくなるぞ」
「大丈夫っす」

会話しながら、部長は詩織に人差し指でおかわりのサインを送っている。


「リカ、麻雀は面白いか?」
「うん。楽しいよ〜、あがれる時は・・・ね」
「ははは」
「部長は、いつ頃から始めたんですか?」

部長と誠也の麻雀を始めたきっかけから現在までの話を聞き入りながら、
腰を落ち着けて30分くらい経っただろうか。

「ああ、誠也君、耳が真っ赤だ」

私は誠也の赤い耳を掴んで振り向かせた。
普段は二重瞼の大きな瞳が、眠そうにうつろになっている。

「リカしゃん、麻雀打つか〜。あ、この耳、ロン」

私の右の耳を指先で掴み、ろれつの回っていない声の彼。

「あはは、できあがっちまったな、誠也。ちょっとトイレだ」

部長は私と誠也の頭を撫でながら、奥にある化粧室に入った。

奥の2人連れの客についていた詩織が、雄吾のためにおしぼりを準備し、私達の前に来た。

「なに、アンタ達、つきあっているわけ?」

唐突に詩織が私達に言葉をぶつけてきた。

(なにを言い出すかと思えば、この子は・・・)

私は心の中では即座に否定したものの、変換する言葉を失った。
すると、誠也の左腕が私の腰にのび、そのまま体ごと彼のほうへ引き寄せた。

「詩織・・・お似合いだろ? 僕達…」

失望の裏側
May,4 2045

「お似合いだろ?僕達・・・」

誠也が吐いた冗談に、詩織のポーカーフェイスが崩れていく。

(ちょっ、ちょっと待ってよ。誠也君・・・洒落になってないから それ・・・)

詩織の口元が動く前に、フォローしようとした瞬間、店の電話が鳴り始めた。

『はい、Bar雀でございます。・・・あ、おはようございます。先輩・・・
いえ、5名様です。・・・ええ、・・・はい・・・かしこまりました。・・・出しておきます。』


詩織が受話器を置いたときには、雄吾が席に戻ってきた。
おしぼりを受け取りながら、雄吾は詩織に向かって話しかけている。

「そろそろ、麻雀が打ちたいんだけど、龍正はまだかい?」
「ええ、先ほど先輩から、本日は欠勤する旨の電話がありました・・・」
「あら、そうなんだ。残念だな〜それは」

詩織は申し訳なさそうに雄吾に一礼したあと、奥にいる2人の客にも説明に向かった。

(ふ〜、部長、ナイスタイミング)

「部長、その龍正さんという方がお休みだと、打てないんですか?」
「うん、そのようだ。仕方がないから、今度にするか」
「う、うん・・・」

私は玩具を取り上げられた子供のような気分になった。

(あ〜楽しみにしていたのにな)

「誠也、歩けるか?」
「空は・・・飛べますが、・・・歩くのは絶対、無理っす」
「おいおい、そのでかい図体を誰が運ぶんだよ」

「冷たい水とおしぼりを持ってきてくれる?」

今度は雄吾が申し訳なさそうに詩織に手招きをしている。

「あらあら、誠也君たら・・・どうぞ、奥の部屋のソファーを使ってください」
「すまないね、これから稼ぎ時の時間だというのに」
「いいんですよ、田頭さん、Closedのボードを出しておくようにと電話でいわれましたので・・・」
「ありがとう」
「こちらからどうぞ、少し間口が狭いですけれど・・・」

詩織はカウンターの後方の小さな扉を左手で示した。
雄吾は上着を脱ぎ、誠也の腕を肩に回し、詩織の後に続いた。

壁にかかる時計の針は、8と9の間で短針と長針を重ねている。

(アタシのゴールデンウィークは1時間足らずで終了か・・・こんなことになるなら、お姉ちゃんと一緒にロスに帰ればよかった・・・)


私はグラスに結露した水滴を指で2回なぞり、ハンカチで包んだあと口へ運んだ。

しばらくして、雄吾が部屋から出てきた。
詩織は、再び奥に座っている2人の客のところへ向かい、領収書を書きながら会話をしている。
私は部長の上着の両肩の部分を広げ、腕を通すのを手伝った。

「ご苦労様でした」
「ああ、介抱する相手がリカなら、ソファーで添い寝してやれるのにな」
「きゃはは、じゃあ次は、アタシがべろんべろんに飲んでやる」
「おう」

今夜、初めて会ったというのに、雄吾部長といると、張り詰めていた気持ちがほぐれる。
きっと、お姉ちゃんと同じ年ということもあるのかもしれないし、
サークルでの会話で、ある程度、想像していた人物像と相違ないからなのかもしれない。

(こんな人がお兄ちゃんだったらよかったな)

「悪かったな リカ。楽しみにしていただろ?」
「ん? 麻雀?」
「そうそう。俺と誠也は、リカに会えることが楽しみのひとつだったから・・・ほら、麻雀はいつでも打てるからな」
「いいな〜。アタシね、この間、本物の麻雀牌に触る夢を見たんだ」

私は、先日見た不思議な夢の話を部長に話した。
記憶を辿るように、身振り手振りを交えて。
雄吾は煙草に火を付け、天井に向かって息を吐いた。

「へ〜」
「なんかね、触ったこともないのに、ツモった牌がなんだかわかったの」
「盲牌(もうぱい)のこと?」
「うんうん、それそれ。で、確かめたかったんだ。その感触を」
「なるほど、で、なんだったんだ その牌は・・・」
「え〜とね・・・ こんな感じの牌」

私はその親指に感じたイメージを言葉にしようとしたけれど、
上手く説明できずに、両手の人差し指で自分の口の上から、外側45度に弧を描いた。
そう、それは三毛猫の髭というよりも、100年前の男爵の髭に近いイメージだ。

「ああ、髭ね、髭 それは”東”だったんだろ?」
「すっご〜い。部長、超能力者?」
「あはは、髭は基本だよ。基本」
「きゃはは、おもしろ〜い」

「お話し中のところを、すいません」

話に夢中になって、詩織がカウンターの前に来ていたことに気づかなかった。

「ん?どうぞ?」

雄吾が灰皿に、2度3度煙草の灰を落としながら、カウンターのほうへ体を向けた。

「実は・・・奥のおふたり連れのお客様も、麻雀を打ちにいらっしゃっていて、
よろしければ・・・ご一緒しませんか?という伝言をいただいています」
「ほんと?」

思いもよらぬ申し出に私は無意識に言葉を発した。

詩織が、私の言葉には黙ったまま頷き、

「いかがですか?田頭さんは・・・」
「おう、折角のお誘いだ。リカ、デビュー戦、いってみるか」
「うんうん、いくいく」

私は心の中では、兎のように飛び跳ねていた。

「それでは、おふたりをご紹介します。どうぞ、さきほどの奥の部屋へ」

カウンター経由で、その入り口の小さな扉を雄吾の後に続いて前屈みで入った。
部屋の中は、12畳ほどの広さだろうか。一面の白い壁に、窓はどこにもない。
右手のソファーには誠也が眠っている。
中央にあるテーブルに向き合うように、2人の男が座っていた。

「お誘い、ありがとうございます」

雄吾がふたりに向かってお辞儀をしながら前に出た

「こちらは、田頭さんと、辰巳さん」

詩織が、まず、アタシ達2人を先方に紹介した。

「そして、こちらが・・・光宗さんと、河合さん」

(あ、この2人、お姉ちゃんの結婚式で・・・確か、新郎側でピンクレディーのUFOを踊った人達だ)


「よろしく」
「よろしく」

ほぼ、4人同時に挨拶を交わした。

「お飲み物が必要な時は、おっしゃってください」

詩織は、入り口右手の、誠也の眠るソファーに腰を下ろした。


交錯の行方
May,4 2045

5月4日 21:25 Bar雀

「リカちゃんが好きな席を選んで」
「じゃあ、アタシ、ここにする」

初めて触れる麻雀牌、私が想像していたよりも大きく重かった。
卓上に伏せられた4枚の牌をそれぞれが選び、東を引いた私は入り口を背にする手前の席を選んだ。
対面に部長の田頭雄吾、左側に河合晃一、右側に光宗陽介が座った。

4人が、簡単な挨拶を交わした後、卓上右側に裏返しで8行に並べられた牌を、晃一が中央に押し出すと、
私以外の3人がそれを混ぜるように両手を伸ばした。

「ほら、リカちゃんも混ぜて」
「え? アタシも?」

雄吾に声をかけられ、慌てて両手を前に出したものの、何をしていいか分からない私。

「これはね、洗牌(シーパイ)といって、トランプでいうところのシャッフルみたいなものだよ」
「へ〜そうなんだ」

右側に座っている陽介が、私のほうに顔を向け柔らかい声で教えてくれた。

「何回、かき混ぜるの?」
「ん〜、適当に混ぜて、後は自分のところに裏返して積んでいくんだよ」

今度は、晃一と名乗った左側の男が手本をみせるかのように、自分の手前へ、
裏返しにした牌を4枚6枚12枚と、あっという間に18枚程を2行作った。
それらを両手で少し前に出すと、手前側の18枚を両手小指で挟んだ後、手前に引くと、
全ての指で持ち上げ前の山に積み上げた。

私も見よう見まねで手前に牌を並べるものの、裏返すのがどうも面倒だ。
3人が積み終わった頃に、ようやく18枚の2行を自分の前に並べることができた。

それを少し前に出し、手前に引き、小指で両側を挟んで持ち上げようとした瞬間、
牌が4方に飛び散った。

「あはは、最初はそれをやっちゃうんだよ」

雄吾が卓上に散乱した牌を裏返して、私のほうへ滑らせながら言った。

「ご、ごめんなさい・・・」
「いいよ、初めてなんですか?」
「・・・は、はい」

私は声をかけてくれた陽介に謝りつつも、両手だけは慌しく動かした。
元の18枚ずつを目の前に並べ、再び挑もうとすると、

「慣れるまでは、半分ずつ山に積むといい」
「・・・は、はい」

晃一に言われるまま、9枚程度なら、なるほど、簡単に山に積むことができた。

「じゃあ、東を引いたリカちゃんがサイコロを振って・・・」

雄吾が卓上中央に置いたサイコロを、私は右手で振った。

「え〜と、9だから自分のところからね」
「サイコロは右回りに数えるんだよ」
「2だと右、3だと対面、4だと左、5だと自分、6だと・・・」
「9の時は自分の山の左側から9枚目を2トン(4枚)ずつね」

右も左もわからず、おろおろとしていると、私の前の山の左側から9番目と10番目の場所にスペースをとり、
10番目牌と11番目の牌を取り出すように雄吾が教えてくれた。

4枚ずつ右回りに3回取ったところで、

「親はちょんちょんね」

と、晃一が言った。

「ちょんちょん?」

と、きょとんとしている私に、

「親の13枚目と14枚目はひとつ飛ばしで一枚ずつ取るんだ。」

と、晃一は取るべき場所を指差し教えてくれた。
続いて、陽介が下山から1枚、雄吾が上山から1枚、晃一がその下の牌を取り出した。
自分の目の前の牌を起こして見やすいように並べ替えた。

「並べ替えるのを理牌(リーパイ)っていうのは知ってる?」
「ううん、初めて聞いた」

なんだか、ウェブの麻雀で一人前に打てるようになったつもりでいた私だけど、
実際の牌に触ると素人丸出しに映るのだろう。
なんだか、急に可笑しくなって私は笑ってしまった。

「どした・・・急に」
「ううん、なんだか初心って、こういうことをいうんだろうなって」

私は素朴に思ったことを口にした。

「みんな初めはそうだよ、なあ、晃一」
「ああ、俺も何度も山をぐちゃぐちゃにしたよ」
「・・・だってさ、先輩方だって、そうらしい、よかったなリカちゃん」
「うん」

「ドラは、手前に残った左側から3枚目を開いて」

雄吾に言われるがまま、開いた牌は北。ドラは東だ。これは私にも分かった。

そして、理牌(リーパイ)した配牌を見て、私は小さく笑った。





(やった、ドラが2枚ある)

アタシが最初に切った牌は、南だ

(アタシの伝説の始まりよ)

私は心の中で意気揚々と呟くと、牌を目の前に置いた。
パチーンという心地よい音が部屋中に響き渡った。

初アガリ
May,4 2045

5月4日 21:30 Bar雀



私は、第一打に南を切った後、積もってきた牌は、
2ソウ、4ソウ、2萬、牌は横に伸びず、縦に重なっていった。
4順目でトイツがすでに、5つ。

(チートイかな〜)
ソウズの6778から7を切らず、8を切ると、

「ポン」

と、下家の陽介が仕掛けてきた。
私は、初対戦の緊張のあまり、陽介の声がかかるまでは、3人の捨て牌は見ていなかった。

彼の捨て牌には、南、8ピン、8ピン、白と並んである。
対面の雄吾は、北、1ソウ、發、6ソウ。
上家の晃一は、9ソウ、白、北、8ピン。

それぞれの3人がどんな手を作っているのか全くわからない。あれこれ考えていると、
次に6ソウを切るつもりだったのに、間違えて隣の7ソウを捨ててしまった。



「あ・・・」
「ん?どうした」
「あ〜ん、切り間違えちゃった・・・」
「あはは、慣れるまでは、自分の手に集中してもいいよ」
「う、うん」

私は、他の人の動きがあると、妙に気持ちが焦ってしまう。
チートイかな〜と、さっきまで、そう思っていたのに、陽介が切った2ソウに、

「ポ、ポン」



と仕掛けた。続いて、陽介の切った六萬を雄吾がポン。
なんだか、慌しくなってきた。

上家の晃一が5ソウを捨てた。


(これをチーすると、役が無い?? あれ?東で上がれるんだっけ・・・)


私は、頭がパニックになってきた。

「鳴く?」
「う〜ん、ううん。鳴かない」

5ソウを指差し、笑う晃一に、私は山に手を伸ばした。

(あ〜ますます分からなくなってきた。あ、自分で8ソウ切ってるからフリテンになってしまう)

中のツモ切りが2度続いた後、三萬ツモで、ソウズの7・6を落とすことにした。
陽介と雄吾はツモ切りが続いている。

11順目に、雄吾の手が止まった。煙草をくわえたまま、左右の河をチラッと見た後、
私を上目遣いで見た。
気のせいだろうか、くわえた煙草の口元が笑ったようにも見えた。

「あ、ポン」
「うわ、ドラポンかよ」
「やった〜鳴けた〜」


ドラの東が鳴けた私は、急にドキドキし始め、他の人の捨てる牌を一打一打集中して見つめた。

「怖いな〜獲物を狙う目だよ、お嬢さん」

晃一は牌を捨てるスピードが極端に落ち、他家の捨てた牌に合わせ打っている。

「まだ、開幕早々だ」
「ドラ鳴かせちゃったしね」

陽介と雄吾はノータイムでツモ切りしている。

(2人ともテンパイしてるのね・・・でも、どこで待っているか全然わかんない)

陽介が、五萬、一萬・・・そして三萬とツモ切りした。

「ロン」




アタシの初アガリは・・・18,000点

「げ、インパチかよ」
「あはは、リカちゃん、トイトイまでついてるよ」

「ねえねえ、インパチってなに?」
「親のハネマンをそう呼ぶんだよ」

「へ〜、インパチ、インパチね、わ〜い」
「すげ〜な〜」
「痛てて・・・」

私は、他の人の声が心地よいBGMとなって、初めて自分であがった牌をいつまでも眺めていた。

大人と子供の狭間
May,4 2045

5月4日 21:35 Bar雀

東1局に私が18,000点をあがると、1本場の前の洗牌が始まった。
象牙で造られた牌をかき混ぜぶつかり合う音は見た目以上に大きな音だ。

先ほどまで、誠也の横に座っていた神谷詩織が、4名分の小さな籠を用意し、
それぞれ、4人の右側のサイドテーブルに置いた。

「チップを用意しましたので、両替をお願いします。」
「壱萬円分だったかな」
「はい」

ジパング国のここ50年間の経済成長率は年2%。
消費者物価指数は50年間で100倍上昇した。
今から7年前に通貨の1/100のデノミネーションが実施され、
流通している貨幣対価は50年前の単位とほぼ同じだ。

祖父の話によれば、
『変わったのは、1,000円札と2,000円札がコインになり、紙幣は伍千円札と壱萬円札の2種類になった』
とのことだ。
もっとも、ウェブマネーの普及で、現金を見る機会はほとんどなくなったけれど・・・


4人が携帯端末をつけた左腕を詩織に指しだすと、彼女は精算機用のリモコンを使いデータを送受信した。

「ありがとうございます」
「ゲーム代は1ゲーム500円だっけ?」
「はい、1ゲームごとに500円コイン1枚を場所代として小箱からいただきます。」

光宗と河合が、詩織と交わす会話で、私はゲーム代なるものの存在を初めて知った。

(店は1ゲーム2,000円[500円×4人分]の収入になるんだ・・・へ〜)

「辰巳さんは学生さん?」
「は、はい、・・・いや、いいえ違います」

不意に、光宗に尋ねられ、つい自分が学生だと勘違いした私は、すぐに否定した。

「3月に高校を卒業したばかりなんです」
「じゃあ、OLさん?」
「う〜んと、仕事は・・・していません」
「そうなんだ、この人手不足の時代だから、引く手あまたでしょう?」
「それが、先月、面接で落ちちゃいまして、今は無職です」

私は誰に悪びれるわけでもなく、事実を伝えた。
4人の前に牌が積みあがった

「それじゃあ、Free雀荘で飯を食っていくつもり?」
「いえ・・・そういうわけでは・・・」

河合が、理牌しながら、訊いてきた。
私は河合から受けた質問の返答に言葉を濁した。
これから先のことを説明するのが面倒だったのもあるけれど、
なにより、洗牌が終わり、親の1本場の配牌を並べ替えるのに集中したかった。



(並べ変わった後の配牌にドラが2枚。アタシは心が躍った)

「ほらほら、晃一、彼女を困らせるまで訊くなよ」
「あ、ごめんごめん」
「すいませんね、綺麗な女の子を見ると話が止まらなくなる奴で・・・」

私は、『綺麗な』・・・という言葉に気を良くしたものの、『女の子』という箇所に子供扱いされたようでカチンときた

(ほんとアタシって面倒なオンナね)

「いいえ、ありがとうございます。並べ替えるのに必死で・・・ ごめんなさい」

私は色々な感情を織り交ぜながら、極自然に、2人に微笑みかけた。

(きっと、円香お姉ちゃんなら、スマートに受け答えするんだろうな〜)

美しく、強く
May,4 2045

5月4日 21:45 Bar雀

東1局 1本場 東家 43,000点持ち



ドラ2の配牌は手に入れたものの、急所の3ソウと東か發を重ねなければ成就しそうにない展開。
無駄ツモが続いたところで、上家の河合から仕掛けが入る。

「白 ポン」
「二萬 ポン」


捨て牌からマンズのホンイツが本線。
その動きに呼応するかのように、対面の雄吾が3順目に動いた。

「六萬 ポン」

河合がマンズのホンイツ手なら、六萬は急所のはず・・・
雄吾の仕掛けによって、配牌から動かなかった私の手が進み始めた。

東、東と立て続けに急所の牌が流れ込んでくる。



私がソウズに染めようかとも感じられるほど、場の雰囲気はソウズが安い。
だが、肝心のソウズを全く引けない。ツモ切りがその後も続いた。
W東ドラ2のまま、誰も使えそうにない一萬とのシャボ待ちにも受けられる。
ドラの7ソウを使いきれるように、一萬か7ソウが鳴ければ、8ソウを切ることにした。


対面の雄吾は、マンズを絞りながら牌を切り出している。
私にとっては好都合だった。

(ひょっとして部長、アタシにアシストしてくれているのかしら・・・)

だが、上家の河合からは、マンズ以外が切り出されるものの、
急所3,5,7のソウズは捌けず、5順が過ぎた。

6順目に下家の光宗の捨てた一萬を私は仕掛けた。

「あ、その一萬、ポン」

「ポン?」

一萬を鳴いた私の動きに、皆の手が一瞬止まる。
光宗、南。雄吾、8ソウ。河合、西。

そして11順目に待望の3ソウをツモって5ソウ打ち。
ようやく聴牌が入る。

東家 リカの捨牌


そして12順目、7万ツモ切りの同順、

「あるのか?こんな待ち」

河合が6ソウをツモ切りした。




「ロン 12,000の1本場で、12,300点」

私が手牌を倒すと、


「あ、隠れW東ドラ2かよ・・・」
「うわっ 手が付けられないな」

リカ 55,300点
光宗  7,000点
雄吾 25,000点
河合 12,700点


「まったく、美しいだけじゃなく、その強さは反則だよ、辰巳さん」
「あはは、ありがとうございます」

「そういや、俺と光宗の同期で椎名遼平ってのがいるんだけど・・・」

東1局 2本場の洗牌をしながら、河合が相変わらずの口調で話しかけてきた。

「そいつの奥さんが目茶苦茶美人で、辰巳さんと良く似てるんだよな〜」
「河合は美人も人妻も大好きだからな」

下家の光宗も牌を混ぜながら会話に加わる。

「おいおい、大好きなのは美人のほうだよ・・・人妻は・・・ちょっと好きなくらいかな」
「あはは、河合さんて面白い」

対面の雄吾も肩で笑いを堪えている。

「美人と人妻と、そして女装がお好きなんですね」
「げ、女装の趣味まで見破られているのか、鋭いな、辰巳さん」
「だって、良くお似合いでしたよ、2人とも、お姉ちゃんの結婚式で」

「お姉ちゃん?ってことは、やっぱり遼平の義理の妹さん?」
「あらら、似ているとは思ったけど・・・そういや、辰巳さん、お姉さんも麻雀打つの?」

今度は、光宗が尋ねてきた。

(何で、この人、私のことじゃなくて、お姉ちゃんのことを訊くんだろう)

私は、またしてもテンションが下がった自分に遭遇してしまった。

「う〜ん、どうなんだろう。お姉ちゃんと麻雀の話をしたことがないから・・・」


(そういや、子供の頃に、お爺ちゃんのカジノでよく遊んでいたな・・・)

私は、突然、忘れかけていた記憶を、継ぎはぎに思い出し始めた。
確か、地下にあったOn-line Casino Barのカウンターのボタンを押して、
いきなり現れた画面にびっくりしたんだっけ。

『これはね、オンラインゲームっていってお金を賭けられるの』
『ねえねえ、お姉ちゃん、これはなんてゲーム?』
『麻雀っていうのよ』
『へ〜、お姉ちゃんって何でも知ってるんだ』
『リカ、どの人が勝つか賭けてみようか』



(・・・あ、お姉ちゃんは、麻雀を知っていたはずだ。)

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