★神主の遠吠え日記☆

2006年04月30日(日) 激論???

《朝鮮日報引用開始》
山本一太議員、独島問題で韓国人気ラジオDJと激論
 MBCラジオ「孫石熙(ソン・ソクヒ)の視線集中」のDJ、孫石熙氏と小泉首相の側近と言われる自民党の山本一太参議院議員が国際電話で激論を繰り広げた。
 孫氏は28日の放送で、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の韓日関係に対する特別談話と独島(日本名竹島)問題について、山本議員に鋭い質問を投げかけた。インタビューは放送前日に電話上で行われ、韓国語にダビングされ放送された。
 まず山本議員は盧大統領の談話と関連、「韓日関係は極めて重要であり帝国主義や侵略戦争など、韓日関係を刺激するだけの言葉があったということに対し遺憾に思う」との立場を示した。
 これに対し孫氏は「それならば過去の日本の帝国主義的侵略問題も認めることはできないということなのか」と問うと、山本議員は「領土問題を帝国主義や侵略主義の問題に直結させるのは行き過ぎた拡大解釈」と主張した。
 孫氏は「独島は日本植民地時代に日本が強占し、韓国に返還したものであるのに、これを再び日本の領土であると主張するのは、帝国主義の状況に戻すということではないのかという認識を持たざるを得ない」と述べた
 山本議員は「日本は戦後、民主主義を標榜し、アジアで経済大国として責任ある役割を務めてきたと自負している。それにもかかわらず、帝国主義という言葉を使われるのはあまりにも現実に合わないこと」と主張した。また山本議員は、「独島問題と関連しさまざまな解釈があり得るが、日本側から見れば独島は韓国から奪った領土ではなく、江戸時代初期から日本が漁業をしていた日本領土であるということが多くの文献によって明らかになっており、これをもとに領土権を主張している」と話した。
 これに対し孫氏は、「第2次世界大戦以降、日本がアジアでどんな役割をしたのかについて、山本議員の意見には同意しない」とし、「独島が韓国の領土であるという歴史的根拠は列挙にいとまがない。帝国主義という表現に敏感に反応されるが、このような表現をさせているのは日本ではないか」と反駁した。
 続いて孫氏は首相候補に挙げられている福田康夫元官房長官の支持率上昇により、安倍晋三官房長官の立地が縮小していることが今回の事態と関連があるという見方もあると指摘した。これに対し山本議員は「まったくそのような事実はない。安部長官の人気は落ちてもいない」と反論した。
 一方、孫氏はこの日の放送のはじめに、山本議員に対し「日本の主な現役政治家が靖国神社参拝問題と独島問題についてどのような考えを持っているのか分かってきたが、やはり認識の差は極めて大きく、歩み寄りは不可能ではないかという印象を持った」と話した。
朝鮮日報
《引用終了》

山本一太氏ではねぇ。主張が弱いんでねぇの?
しかしこのDJとやらも、よく教育されてるねぇ(笑)。韓国政府と同じこと言ってるし。
「独島が韓国の領土であるという歴史的根拠は列挙にいとまがない」って、だから、そんなに一杯あるなら出せよ。んで出るとこ出て勝負したらエエやん。
独島は日本が韓国に返還した?いつ?
だって返還することないでしょ。始めから日本の領土だから。
「認識の差は極めて大きく、歩み寄りは不可能ではないかという印象を持った」歩み寄ろうともしないのはオ・タ・ク!
いいじゃない、国交断絶すれば!困るのはどっち?



2006年04月29日(土) 穢れは“気枯れ”

《産経新聞引用開始》
「清め塩、死者を冒涜」 京都・宮津市の“啓発”に市民反発
 京都府宮津市が全戸配布する広報誌などで「葬式での清め塩は故人の尊厳を冒涜(ぼうとく)することにならないでしょうか」などと廃止を呼びかけたところ、市民から「行政が口出しすべきことなのか」と苦情が出ている。「清め塩をすることは死者をけがれた存在とみなしている」というのが市側の言い分だが、宗教とかかわる葬式への“介入”に「政教分離に触れるのでは」と指摘する専門家も。塩論争はさらに波紋を呼びそうだ。
 同市教委は平成16年、市民の意識調査で「葬式には清め塩を出す」とした人が56・6%に上ったことが「意外に多かった」(市教委)として、“啓発が必要”と判断。昨年6月から市広報誌(毎月約8600部発行)に「人権の小窓」というコーナーを設け、「今まで親しんできた人を、亡くなった途端に、けがれた存在とみなすのは人間の尊厳を冒涜することにならないでしょうか」と否定的な見解を示した。
 さらに、市内の僧侶や葬儀関係者に意見を聴いたうえで、ほぼ同じ内容のチラシを作り、昨年秋に全戸配布。火葬申告に市役所を訪れた市民に慣習を廃止するようアドバイスも始めた。申告の際に配られる専用チラシでは「清め塩の風習をなくしましょう」と、廃止を呼びかけている。
 市民から市役所に抗議の電話も。同市内の男性は「日本人に受け継がれてきた風習で、市役所が口出しすることではないと思う」と批判している。
 同市教委は、「市民に因習にとらわれない生活を勧めたい。廃止を強制しているのではなく、あくまで再考のきっかけとなれば」と説明している。
 清め塩の慣習は、死を「穢(けが)れ」とする神道で、それを払う一つの形として中世ごろに生まれたといわれる。その後、宗教的要素は弱まり、習俗として広く行われてきた。
 日本大学教授(憲法学)の百地(ももち)章さんの話 「そもそも葬式は宗教と密接にかかわる。民間の葬式のやり方に市が積極的に介入するのは、政教分離に抵触する疑いがあるのではないか」
《引用終了》

一部の仏教が廃止を言ったり、人権啓発の組織が廃止を叫んでいるのは知っているが、行政がそれをやるとは!
何でも古来の慣習を否定しようとする。何故慣習になったかなどは考えない。
まして神道では塩を用いてのお清めは必須。
自分ちの葬儀に塩を用意しないのは勝手だが、市民に廃止を呼びかけるなんぞもってのほか!
死を穢れとするかどうかは宗教の問題。
そもそも穢れとは何か理解してないのでは?
葬式は親族も参列者も悲しみにくれ“気枯れ(けがれ)”の状態、そこから平常の生活に戻るために塩でお清めをする。
何故塩を使うか等、清め塩については  こちら に説明されているので参照願いたし。
塩が穢れを祓うものとの認識があって廃止を言うなら、国技である大相撲なんかはどう判断するの?土俵への冒涜?


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