2006年10月31日(火)...車窓

 ホームに落下した蛾がもがく様子をただじっ、と見ていた。動かなくなった其れは枯葉と良く似ていて、踏み付けたなら、かさかさと小気味の好い音がするのだろうか、と少し思った。

2006年10月30日(月)...大教室

 触れる理由を持たない温もりを視野に入れたまま、90分を過ごす。数日置きに顔を合わせていても、数10センチ先の他人が振り向くのは配布物がある時だけで、其処に言葉が存在したことは無かった。手を伸ばせば届く、其の、内在する眼に見えない規制が心臓の底をちりちりと焦がす。

2006年10月29日(日)...妄執

 あの頃の幸福が余りに鮮烈に焼き付いていて、進んだ時間に納得が出来ない。極彩色に染まる視野と縺れ合う電柱、点滅する信号機と反転を繰り返す横断歩道。そんな目まぐるしく禍々しい、美しい世界で剥き出しにされた何かは酷く荘厳で、今では何処かに消えて仕舞った緊迫を畏怖していた。

2006年10月28日(土)...忌み違え

 何処まで逃げれば、安息が手に入るのだろう。何時まで待てば、楽になれるのだろう。有りの儘の許容を求めることが正しくないと云うならば、どうか殺して。

2006年10月25日(水)...些細

 陽射しの暖かさが翳を浮き立たせて、煌めきに追い付けない感情がゆるゆると下降し始めたのが解った。其れでも、きらきらと美しい世界に助長される様引き摺り出された不幸は取るに足らないものばかりで、深くに埋められた禍々しさが喚起される様子は無かった。きっと、こんな日を幸福と呼ぶのだろう。

2006年10月24日(火)...虚脱

 肌寒さが現状を嘆かせても、結局は其の途方も無い虚無に恋恋として居る。

2006年10月20日(金)...禁句

 吐き出した言葉が、呪いの様に染み付いて取れない。

2006年10月16日(月)...非常階段

 今日もまた、あの頃と何ひとつ変われないまま、壁の向こう側に広がるざわめきや、打ち寄せ遠ざかる足音にゆらゆらと溺れている。其処には、羨ましいだとか惨めだとかいう感情は微塵も無くて、何時もただ透き通る様な平和が何処までも続いていた。壁に触れていた頬がぞっ、とする程にその温度を失っても未だ、寒さと惰性が鬩ぎ合うだけで立ち上がる気にはなれない。

2006年10月15日(日)...了承

 午前8時のスターバックスは未だひとも疎らで、昨日の幸福が覚めやらぬカップルが2組、進んだ日付に感情を取り残したまま、白けた朝の疲労感を持て余して居た。
 9枚の千円札と硬貨をテーブルに並べて、ホットチョコレートを口に含む。適当に待ってて、と渡された1万円は留めて置く為の有効な手段で、金額で其の長さが解って仕舞うまでに慣らされたのか思うと、少しだけ厭きれた。疑念も反発もなく機械的に、したいこと、と、しなければいけないことを洗い出してゆく。きっと連絡が来るのは19時前後で、其れまで今日は遠出をして紅葉が見たい。

2006年10月14日(土)...低迷

 ふっ、と世界が落ちてゆくのが解った。脳味噌がその熱を奪われて、じんじんと悴む。ふわふわと遠ざかった天井がちかちかして、思わずブランケットを頭まで被った。開け放した窓からは、ヘリコプタの舞う音がしている。

2006年10月13日(金)...5年目

 結局、如何にも為らない場所に転がっている理由が、ふたりをより一層孤独たらしめている。呼吸をする度に吐息に混ざる名前が呼び掛けになる筈も無くて、溜め息に乗せた擦り切れた、如何して、に答えが無いことも解っていた。

2006年10月11日(水)...時雨

 不鮮明な視野は世間を遮断して、思考をどんどん閉塞させてゆく。疑問符ばかりが肥大して、もう如何にも為らない。

2006年10月10日(火)...絶不調

 飲み干した錠剤は思いの外強くて、5分も経たないうちに視界から均衡を奪った。小刻みに揺れる世界に、胃がひくひくと熱を持ち、喉がその痞えを取ろうと嗚咽を繰り返している。

2006年10月09日(月)...振り出し

 其の呟きに含まれる祈りも掠れて、少し、疲れ過ぎたのかもしれない、と思った。

2006年10月08日(日)...C4F非常階段、共有

 錆が付くように少しずつ積み重なる疲労の意味に気付くつもりは無かった。浮遊する水面はねっとりと生暖かくて、纏わり付く心地好さが起き上がる気力をゆっくりと奪ってゆく。全てを赤黒く染め変えるまで漂ってしまえばいい、其の願望にも似た諦めは、付着した重みに負け沈むことと等しい選択なのだろうか。見え透いた結末の途中に期待する新たな居場所と均衡を思うと心がちりちりと疼いた。明日にも手放せる筈の砦に敢えて甘んじているのは、現状を紛らわす術。

2006年10月07日(土)...幻惑

 頭が酷く痛む。頻度を増した眩暈が日常を徐々に蝕み始めていた。脳髄を突き抜けてゆくスパークが、足元を溶かしてゆく。ぐにゃぐにゃと柔らかい地面はまるで、ゼリーみたいだ、と思った。世界が真っ白な平面に変わり、青や緑、赤や黄のノイズが群がる羽虫のように視界を遮る。鼓膜に染み付いた話し声が取れない。

2006年10月06日(金)...世間体

 とろりとした許容に潜む緩やかなけじめに、画策の薫りがした。

2006年10月04日(水)...雑談

 放たれた其の言葉は柔らかな咎めを含んで、注意を喚起していた。気付かぬ様眼を背けていた疚しさが露呈して、心臓がひたひたと熱を失ってゆく。

2006年10月01日(日)...予習

 アルファベットが粗雑に削られた版画の様に鋭利さを残したまま、余白を抱いている。電子辞書を片手に読み下しながら、馴染めないな、とひとりごちた。

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