VITA HOMOSEXUALIS
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2015年10月01日(木) 一回だけの出会い

 その年の暮れ、私はまた『薔薇族』を見て手紙を出した。

 しばらくすると返事が来た。私が住んでいるところからさほど離れていない住所が書いてあった。私は「会いたい」という葉書を出した。相手も電話は持っていないようであった。

 二回ほど葉書のやりとりがあり、ある寒い日の午後、私は彼を訪ねて行った。指定された電車の駅で待っていると、打ち合わせた時刻に青年がぶらぶらと歩いてきた。明らかにこちらを見ている様子だった。私は「失礼ですが、DDさんでしょうか?」と声をかけた。

 「そうだよ」と少しかん高い、か細い声が答えた。彼の顔を見ると、私は軽い失望を覚えた。目が小さく、低い鼻がひしゃげたような、頬にあばたのある、じゃがいものような顔だった。彼は袢纏のようなものをひっかけていた。足が細いと思った。

 私は彼の後について行った。彼の住んでいるところは、私の住み処よりはマシだったが、やはり古い木造のアパートで、彼はその狭い二階に住んでいた。部屋の中には火の気がなかった。本棚にぎっしりと本が並んでいた。

 「学生さん?」私は聞いた。

 「大学やめちゃったんだ」彼は答えた。

 「たくさん本読んでるんですね」というと、「あまりじろじろ見ないでください」と言われた。彼は東北から出てきて東京六大学のひとつに入ったが、大学の生活にむなしさを感じて退学し、そのときは写真植字の工房で働いているという話だった。

 その当時の大学には、まだ大学紛争(当事者は「闘争」と言った)の名残があった。セクトの残党が激しく内ゲバを繰り返している頃だった。彼はそんな学園に倦んだと言っていた。

 「おとことセックスしたことあります?」彼は突然聞いた。

 私はその「セックス」の意味がわからなかった。お互いにペニスを手や口で弄んで射精に至った経験は何度もあった。しかし私は純粋な「おとこ同士のセックス」とはアナルセックスのことではないかと思っていた。それならば経験はなかった。私はあまり経験のあることを知られたくないので「ちょっとつきあったことならあるけど」と答えた。

 「オレはあるよ」彼はぶっきらぼうに言った。「いろんなおとこと寝た」

 しばらくして日が暮れると「お酒飲みに行こうか?」と彼は誘った。それで私たちは電車で池袋まで行き、小さな居酒屋で少し酒を飲んだ。酒を飲むと頬が熱くなって、少し足下がふらついた。私たちはよろけながら彼のアパートに帰った。

 「寒いじゃない」彼は言った。「暖まろうよ」

 私たちは体を近づけて抱擁した。私と彼の息遣いは荒くなった。私たちはお互いに着ているものを脱いだ。全裸になるとお互いの体がほてっているのがわかった。彼は激しく私の肩や乳首や脇腹に唇を這わせた。私も彼に絡まった。

 私たちは敷きっぱなしの布団の上に倒れ、お互いをむさぼりあった。私も彼も勃起し、先端から透明な粘液が絶えず流れ出ていた。私は少しだけ彼の肛門に自分のペニスを当てた。しかし、それは中には入らなかった。彼もまた私のアナルにペニスを立てた。それから私たちはシックスナインの格好をし、お互いのペニスを頬張りあった。

 しばらくしてお互いに射精した。

 私たちはまだ少し息をはずませながら並んで寝た。

 「なんでおとことやるんですか?」私は聞いてみた。

 「やっぱり、さびしいからじゃないかと思う」彼はぽつりと言った。

 「おれ、田舎に帰ろうかと思う」

 彼のまなじりに涙がたまり、すうっとひとすじ、耳の方に流れた。

 時刻はまだ宵の口ではあったが、私はのろのろと服を着、彼のもとから去った。

 ひとりでアパートに帰るとき、彼の数年間の東京での生活を思った。雪深い北国の村から上京して大学に入り、そこで何があったのだろうと思った。私にはよくわからなかったが、彼がその生活に傷つき、おとこの体を漁ることでその傷を癒そうとしても、それは癒されなかったのだと思った。

 それからしばらくして、私は再び彼のアパートに行ってみた。

 そこは空き室になっていた。


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