舌の色はピンク
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2021年11月30日(火) アンチ喪中

晴れ。苛立つようなさむさ。
エアコンがろくに効かない。

妻は元気とは言い難いが、調子の崩れた様子もなく済んでいる。
義弟から連絡が入った。義父には知らせないと、話がまとまったようだ。

各位へ喪中はがきを送ろうか迷う。
まだ年賀状の用意はしておらず、
また12月初旬には間に合うから送るべきではある。
ただ、この喪中という風習については、
由緒正しい伝統とは言い難いいわば俗習であると
なにかの本で読んだ。
そもそも日本の死生観は神道、儒教、仏教が入り組んでいる。
体系だった宗教観に律されているわけでもなく、
ただ「そういうものだから」と作法に従う例が多いだろう。
これはこれで、軽んずるべきではない礼儀ではある。
文化背景がどうあれ、弔意を示す意味で
祝賀の一切を謹慎するのも妥当だ。
一方で、悲しみが押し寄せるからこそ幸せな気分に浸りたい、
といういかにも現代人的感性も否定すべきではないと思う。
自分の立場でいえば、
ただでさえ精神の調子を崩しやすい妻がいる。
その妻が暗い感情に染めあげられているさなか、
友人たちから年賀状が送られてくる楽しみを
何もこちらから断つことはないだろうと思えるのだ。

古くは…といっても昭和においてすらまだ、
年賀の挨拶とは門戸を訪ねるものであって、
これを葉書で済ませるとは横着も甚だしく、
どうしても行かれない場合においてのみ
通用していたものらしい。
そりゃあそうだ、郵便物を配達するインフラが整って初めて、
年賀状という風習が成り立つのだ。
当然、神道にも儒教にも仏教にも、
本来的な取り決めなどあろうはずはない。
時代を経ていくごとに移動技術も発達して、
人々に都市型生活が定着して来た頃
ようやく年賀状文化が立ち現れてくる。

愛する家族がなくなった、
その悲しみに明け暮れるさなか、
脳天気に「おめでとう」などとやられたら
何がめでたいものかと憤る、
それ自体はしごく自然な感情だし、
避けられるなら避けるべきだろう。
ただそれは、あくまで受け取る人間側の心情が主体だ。
だから、喪に服したい人は服せばいいのだし、
いいや自分はおめでとうを受け取りたい、
と思った人は堂々と年賀の挨拶したらいいのだ。

“一律”が馬鹿げている。
“喪中とはそういうものだから”として
形ばかりを重んずる方が、
かえって伝統や風習の価値を貶めている。


以降は12月2日に振り返って記述したもの。
簡略化して記す。

勤務の昼休みを前に、通夜が今夜であり
告別式が明日と連絡が入る。
妻は今日発つことを決意。
自分も会社を急きょ早退。
各種引継ぎを済ませ、明日明後日の休みも取得。
急いで帰宅。
13時、弁当だけ平らげて支度。
洗濯。ホテルの予約。着替えの整理。
一通りを済ませて14時すぎに出発、東京駅へ。
カツサンドを購入。
新幹線で4時間。
小山田浩子を読んだ。
かつスマホで妻と、帯をギュっとねを読んだ。
19時過ぎに広島駅へ到着。
妻にトイレで着替えさせ、タクシーで斎場へ。
10分で着く。
ちょうど、義弟と義従弟がUVER EATSを受け取っていた。
一緒に控室へ案内され、親族と挨拶。
ご遺体の顔を見させてもらう。きれいな死に化粧。
遺影は僕ら夫婦の結婚式で撮影された写真。
義母、義弟はほがらかな様子。
UVERで届けられたお好み焼きをいただく。
各位の近況をちらほら。
妊娠の報告はとても喜ばれた。
お義祖父さんに伝えられてよかったが、
お義祖母さんに間に合わなかったのが悔やまれる。
あらためてご遺体に挨拶。
明るい声が思い出され、涙がにじんだ。
明日の予定を聞き、おいとますることとなった。
が外は雨。タクシーを呼んでもらった。
義祖父、義祖母とともに夜の街を10分。
ホテルに到着。なかなかこじゃれている。
チェックインは外国人…東南系の方が担当してくれたが
物腰丁寧で説明もわかりやすく、
こちらの質問にも親切に受け答えしてくれて
抜群の接客だった。妻も気に入っていた。
部屋もしゃれていた。減点要素が全然ない。
しばらく休んでから外出。雨はほとんど止んでいた。
すぐそこが繁華街。
というかピンク街。
夜の商売の人々と、ヌラヌラしたサラリーマンたちが闊歩。
途中で離脱。
コンビニでパンなどを購入して帰宿。
食べてシャワー浴びて荷物ちらかして漫画読んで入眠。


2021年11月29日(月) 完全の殺意

さっむ晴れさっっっっむい。
居間を暖めるはずのエアコンの風が冷めている。
室外機が冷え切ってるのか。
調べてみると、エアコンの温度調節を高めるほど
室外機への空気が冷やされるから
結果的に暖まりにくくなるという知見を得た。合点がいく。

ワイドショーで、
もし電車内での無差別的な凶行に見舞われたら、
という特集をしていたらしい。
「電車は燃えないって。考えてみればそうだよね。
だから、火の気より煙に注意しろって」
しかしそれは、あくまで先般の事例に則った場合だ。
僕は昔から思うのだけれど、
あの手の凶行、殺意が完成されてないんじゃないか。
電車内はいい例だ。
完全なる犯人は、あらかじめ車両内を歩いて行く。
ガソリンなり灯油なりをポタポタ垂らしながら。
5分やそこいらのことならそう気づかない。
気づいても、誰も取りざたしない。
車両連結部には、グレーに塗った紙パックのジュースを置いておく。
もちろん、ジュースの代わりにガソリンが入っている。
中継地は多いほど効果てきめんだから、
動きの鈍そうな老人の足元の衣類を濡らしておく。
で、最後に任意のスポットにガソリンをぶちまけて火を放つ。
これなら、下準備しないのとでは大違いだろう。
怖ろしいことだ。
だが安全のためには、
自分の身や市民の身を守るためには、
このくらいのシミュレーションはしておきたい。
シミュレーションしておくことで、
上記の「5分やそこらなら気づかれない」「誰も取りざたしない」だって、
覆しうるだろう。
「そんな怖ろしいことばっかり考えてるの」と笑う連中があるが
もはや笑い捨てるべき妄想とはいえないだろう。

弁当はホイコーロウ風の炒めもの。
豚バラと茄子のバルサミコソテーににするつもりが、
茄子を買い忘れていたのだ。無念。
急きょキャベツを引っ張り出したのだった。


朝から頭痛。
月曜日の頭痛率高すぎる。
ストレスでもないと思うのだけど。
生活習慣に違いがあるわけでもないのに不思議だ。
ただ珍しく、午前中には収まった。
コーヒー多めに摂っといたのがきいたか。

弁当は美味しく、
仕事は割合ノンストレスで、
今夜もシチューを食べれるぞキャッホッホと浮かれていた
残業前の休憩時間に妻から連絡。
今電話できるか、と、
産婦人科に行った帰りの時間でのそれはかなりの恐怖だったが、
結果的には、産婦人科では何も問題なかったらしい。
ただ先日、玄関先で転んで骨折したという妻の祖母が、
容態が急変したらしく、今日お亡くなりになったらしい。
お会いしたのは二度。電話ではそれなりに話してきた。
いつでも明るい声を聞かせてくれたことを思い出し泣きそうになる。
が僕の方が悲しんではいられない。
ただでさえ今は不安定な妻にとって
長年慕ってきた祖母を亡くす衝撃はいかほどだろう。
彼女にとって、身内の不幸は初めてのことだ。
そして悲しみは、義母にとってが最も心配される。

妻には、まずはいったん自分の心身を第一に考えろと諭した。
それがお義母さんにとっても最善なはずだ。
自分の気分を落ち着かせること。
何も考えられないなら考えなくていい。
それから今回最も頼れる相談相手は自分の弟だぞと念押しした。
僕は義理の家族ではあるが、家族問題には立ち入りにくいところもある。
また、悲しみの実感がくる前に、事務的な手続きを整理しておくように指示した。
すくなくとも忌引きについてだけは今日中にやるだけやらなければならない。

僕の方は、会社では配偶者の祖父母が亡くなっても忌引きは適用されないらしい。
ただ、急きょの有休はとれなくもない。
少なくとも1日はとれるだろう。
新幹線で行って帰ってするだけなら間に合う。
もしも通夜が明後日となったならば、2日の休みを取得する予定を立てた。

退勤後、妻に電話。
ゲームをして気を紛らわしているという。
どうにか考えずにいられているようだ。
続けて母にも連絡した。
妻の心境の方を心配していた。

帰路、お義母さんとLINEでやりとりした。
娘さんのことは心配いらないから
ご自身のことを優先して欲しいといった旨を伝えた。



帰宅してまずは夕飯の支度。
シチューと冷凍食品のソースカツを用意した。
それから事務的な話をした。
僕が気になっていたのはお義父さんへの連絡だったが、
まがりなりにも家庭の事情につき
詳しくはここへは書き残さないでおく。

シャワーを浴びて、最低限の家事だけして、
今夜のところはバナナジュースもアニメもなく、
大人しく寝室へ。
向こう数日は忙しくなりそうだ。


2021年11月28日(日) 寝具買い物、蕎麦、読書

休日トーストを食べ、布団を選択し、掃除機がけ。
週に一度の掃除機かけは今のところ
引っ越し以来皆勤できている。
洗濯物を干し、支度をして妻と家を出た。

快晴。空が青すぎる。
絶対に中野区より空が青い、と妻は言いきった。


荻窪についてまず、タウンセブンで寝具を見た。
西川チェーンの寝具は品質には信用が置けた。
だが値が張る。
店員さんは、いかにも老舗店の知識豊富な老紳士で、
なかなか実用的な話も聞けたが、
タオルケットのサイズ違いをカタログから参照できずにしまった。
店員さんによる提案の一つで、
ダブルのベッドに対して
掛け布団をそれぞれシングルで1枚ずつというのは、
僕らにはなかった発想だった。
僕らは商品にあたりをつけられたことに満足して、
いったん店を出た。
フロアを昇り無印良品へ。
これで十分だろうと思える寝具を発見できて安心した。
即日配送も可能だから、
その気になればベッドが届くぎりぎりまで粘れる。

それでも一応ニトリも見ておこうと、
中央線に乗って新宿へ。
ニトリの入っている高島屋は遠い。
それでも街を歩きながらならいいのだけど
商業用の建物の通路を延々歩かされる時間は
無駄としか思えず
精神がいちじるしく摩耗するし
わかりやすく気分がむかむかしてくる。

さいわいニトリは空いていた。
以前来たときは、まだオープンしてから間もなかったからか、
人が充満していて有るきづらかったほどだ。
これならば、と全フロアを覗いてみた。
そんなには悪くないソファが2万円ほどで売っていた。
ただ妥協は妥協で難しい。
妥協する中でもベスト、というモノを探してしまいたくなる。
2万円でこのサイズで…となると
もうちょっとデザインがいいものだってあるだろう…
そう思ったらもう買えない。
今日のところは見送った。
本命の寝具は、こちらでも収穫があった。
シーツ、ベッドカバー、掛けぶとんを
それぞれ無印とニトリの通販で買うことになりそうだ。


荻窪へ戻り、毎度食べ損ねているスパイスカレーの店へ。
今日も営業していない。
土日の昼は休業なのか。何も案内はないが…。
今度は平日夜をねらうことにする。

ランチ先をブルーベルに切り替えたがこちらも臨時休業。
妻の身体の具合はあんまりよろしくない。
いったん座らせてから、昔何度か行った蕎麦屋に向かった。
僕は蕎麦を好まないし、この店は高い。
その上混んでいる。
ただランチライムに間に合うようでもあり、
妻が他の選択肢をよしとしなかったから、
今日のところは折れた。
せいろは1000円超え、
天重は2500円超え。
不意のランチとしては高くついた…が、
天重は信じられないような美味さだった。
海老も衣の揚がりもタレも、
ご飯と愛し合っている…。
もはやラブストーリーな味の良さ。
さらには、一口だけもらった蕎麦の美味いこと。
よくいう、うどんはどうあれある程度美味いが
蕎麦は不味い美味いに大きな開きがあるというのを
強く実感した。
これは美味い。
一口といわず三口ほどいただいた。
ふだん食い意地の張っている妻も、
蕎麦嫌いのきみが美味しがってくれるのは嬉しいと、
今回ばかりは食べさせてくれた。

帰り道、やや遠回りをしてミニストップに寄った。
妻が大学時代に初めて一人暮らしをしたマンションの
目の前にあるミニストップ。思い出深い。
ソフトクリームを一つだけ買って分けて食べた。
空気は冷えているが空が果てしなく青い。
幸せだ、いい日だと妻は笑って言った。
が僕が一口、二口食べるにつれ、
独り占めできるものかと思ってたと、口をとがらせた。
美味しい、今日はいい日だと僕も笑った。


14時ごろ帰宅。
洗濯物の配置を替え、シーツを裏っ返し、
乾ききるのを待つ。
今日は昼寝がしたいのだ。
そのためには寝具が乾ききるのを待たなければならない。
なんとか15時には体裁が整った。
二人で漫画を読み始め、
30分ほどしてウトウトしてきたらから昼寝。
僕は40分間ほどで目を覚ました。
少しだけゲームをして、それからOKストアに買い物しに行った。

夕飯はシチュー。
シメジをあほほど入れる。二袋分。
しかし煮るとすぐにかさが減り、
あれだけあったシメジよどこにと訝りたくなるほど
行方をくらますのよな。
今回は牛乳の代わりに豆乳を入れてみた。
全然問題ない。むしろ美味い。
もっと早くやってればよかったくらいだ。
健康的には抜群なわけだし。

あと鶏むね肉を長ネギと一緒に
スイートチリソースで炒めてご飯のおかずにした。
今週のダーウィンは奇天烈な魚。
身体が細長く、顔はさらに細長い。
掃除機の先端ノズルという例えがはまっていた。
生態はろくなやつじゃなかった。
獲物は掠め取るし。
大きな魚に執拗にまとわりついて
輪郭を一体化させるようにして騙し討ちとか。
番組は好意的に見せようとしてたけど。


食後も妻はダウンしていた。
夫が足りないとごねる。
「3体は要る」
「夫が」
「うん。私のために働いてくれる夫と、
でも休ませてあげたいから休む用の夫と、
あとずっと私の側にいてくれる夫と…」
「あと外へ買い物しに行ったりする夫と…」
「4体要る…」

なにか毒にも薬にもならないようなテレビ番組でも
つけておいてくれというから一通り回してみたが
Eテレの能くらいしかない。
これも
「陰気」
の一言で切り捨てられ、
やむなく録画ストックの中からザ・ノンフィクションを再生した。
北海道の牧場に嫁いできた女性とその一家の12年間を追っている。
長男が中1、次男が小学校6年生の折、
友達夫婦の小6の双子が二人とも不登校になったとのことで、
一時的に引きとり。牧場の手伝いをさせつつ
生活の面倒を1年間見ていた。
りっぱな人だ…。
双子は北海道の学校には通えていたようだったが、
小学校卒業と同時に地元へ帰る。
その卒業式の翌日、牧場には二家族と
クラスメイトたちが大集合していた。
誰も彼もが泣いている。
大号泣。
なかなか見ない画だった。


ほどなくして入浴。
今日も天井の換気扇から水滴がしたたっている。
「やっぱりね、難しいみたい」
妻は妻で調べたようだ。
入浴中だけ換気扇のスイッチを切る、という手立てがあるらしい。
なるほど、これは悪くはない。
大きく開けられる窓の換気能力に頼れば、
夏場に比べてカビへの警戒をちょっとは怠れる今、
少なくとも試す価値はあるだろう。
さっそく明日やってみることにした。


入浴後、間を開けずにバナナジュース。
気まぐれにバニラオイルとラム酒を、
ほんの香り付け程度に加えてみた。
だがアーモンドミルクの風味が強く、負けてしまった。

とらドラ、22話。
ずっと亜美ちゃんだけまともでエライ。
そして前回視聴時は意識しなかったけれど
BGMが橋本某さんなんだな。
要所要所で流れる音楽がお見事。
演出で泣かされちゃうのよな。
いや泣きはしないのだけれど
感動の波を勢いづかせる。

小山田浩子ちょっと読んだ。
読みにっく。
文章書く人間にとってはおもしろい文章だ、
でもそうじゃない人間にとっては退屈なばっかりじゃないだろうか。

昭和史も読んでる。
ちょうど、双亡亭壊すべしの因縁の数々とリンクする。
双亡亭壊すべしは二日間で8冊も読んでしまった。
面白い。ここまで息継ぎなし。急、急、急できてる。
タイトルのピンとこなさで敬遠してきたけど
読んでみるとこのタイトルのかっこよさに感電する。


原神、何週間も火魔女聖遺物掘りし続けて、
ようやく星5の炎ダメ%が出た…長かった…。
しかもサブオプが会心率ダメHP%という特盛り。
スゲエ。いよいよ螺旋36突破なるか。


ちょっと創意から離れぎみ。
かろうじて割拠だけ、数行ずつ投稿し続けてる。


2021年11月27日(土) 親の終活、和菓子、夜散歩

快晴。
休日トーストたいらげて
はりきって9時半過ぎに図書館行った。
リサイクル図書のイベント日なのだ。
が、どうやら10時からだったらしい。
一度出て、西友で買い物を済ませ、
コンビニにも寄って母親に渡すための
先日の写真を現像した。便利な世の中だな。

なんだかんだで10時は過ぎた。
そしたら、リサイクル図書のための部屋の前に
10人ほどの列ができていた。
時間さえ見誤らなければ…。
だいぶ時間が惜しまれたが大人しく待つ。
だが先客の面々は随分じっくり見ている。
僕の後ろに並んでいた爺さんが職員を一喝した。
「部屋、スカスカじゃねえか。これで待ってろってえのか」
職員は、すいません、お待ちいただいております、としか言えない。
そりゃそうだ。不憫だ。

15分ほど待ってようやく入室。
じっくり吟味のうえ、東京に関する本を4冊ほどと、
バレエを人文学的に批評してる本、
昭和史についての本などを頂戴した。

一度帰宅して、今度は西荻へ。
肉屋で肉を、八百屋で野菜を買い、
加えて前から気になっていた和菓子屋に行った。
列ができている。
販売品がいまいち外からは伺えない。
本業は餅屋のようだった。
行列は10人にも満たなかったが時間がかかった。
それも、僕の後には誰も並ばなかった。
タイミングが悪かったようだ。
10分程待ってようやく買えた。
おはぎ二つに黒豆大福、いちご大福。
これで1000円近く。
洋菓子より単価は安いものの、
おもいがけない出費となった。

TSUTAYAでDVDを返し、新たに1枚を借りた。
漫画本も。
双亡亭壊すべしを10冊。

帰宅後、安く間もなく昼飯。
といっても簡単だ。
鶏もも肉と長ネギを加えればいいだけの、
出来合いのサムゲタン。
これに、冷凍ご飯を電子レンジで温め直して加えて食べた。
かなり美味かった。
安いし美味いしなかなか健康的だから
この冬の間ちょいちょいやっていきたい。

昼飯後、妻と双亡亭壊すべしを読みながら待機。
13時、義祖父母から電話。5分くらい。
とりあえず義祖父の声が聞けてほっとした。

ほどなくして僕は家を出た。
高円寺時代より20分ほど遠くなった実家へ自転車を走らせる。
寄り道なし、大きな信号待ちもなく進んだところ、
目算どおり約55分で到着。
月に一度の運動にはちょうどいい。
はじめ15分ほどは寒いが
徐々に身体が暖まり
最後の10分ほどは暑いくらいだ。

親には妻の妊娠が正式なものになったと報告した。
第一子を孕んだ折には、
それと知らず雪の中空手の寒稽古をしていたらしい。
しかも組み手までしていたとか。
あとで発覚して笑い話にしたそうだけど
相手からしてみたらたまったもんじゃないな。
でも仕方ないよな、気づくもんじゃないもんな…。

先月分と今月分を合わせて現金3万円置いてきた。
現像した写真も。
金とイベントごとと月に一度の顔見せと、
あとはよもやま話の聞き手になれていれば
それで息子の義理は果たしたつもりでいるが、
今度親が病気で倒れでもしていったならわからない。
祖母は認知症の気がまだ出てきているようだ。
だからといって、行動を制限させたくはない。
祖母はもうじき90になる。
ならばもう好きにさせて、
それで亡くなるなら満足だろうと思う。
車の運転はしないし。
人さまに迷惑はかけるかもしれないが、
害はなさないだろう。
母親はここ数ヶ月、部屋の整理をしている。
自分を慕ってくれている人に手伝われて、
無駄なものを処分して、
部屋をカフェのように作り変えたいらしい。
しゅうかつもあるからね、と発言の合間に混ぜていた。
終活。
たぶん、遺言も用意しているのだろう。
我が家にたいした財産はない。
せいぜいが15坪の持ち家だけれど、
これは長兄に行き渡るのが自然だろうと思う。
すると長兄は公平な、
公平すぎるほど公正な判断を下して、
兄弟の経済を都合するだろう。
しかし仮に長兄が全てを占めても、
次兄も僕も文句はしない。
兄弟間にそういう信頼関係はある。

整理をしているさなか、
僕のプラモデルが出てきたという。
母が捨てかけたところ、
長兄が止めたらしい。
多分アイツのだから、捨てるにしても一度聞いてみたほうがいいと。
Zガンダムとνガンダムの1/100プラモデル。
ぎょうさんあったプラモデルを
高校時代に処分しまくって、
最後まで残していたのがこの二体だ。
思い出深い。
捨てる前に手に取れてよかった。
これで惜しくない。処分してもらうことにした。

実家に残しっぱなしにしていた漫画も
ほとんどを処分してもらうことにした。
今更買い集めにくい古めの漫画だけ持ち帰ることにした。

予定よりだいぶ遅れて実家を発った。
練馬を経由して、千川通りから中村橋、
上鷺宮を過ぎて環八へ入り、
井荻を越えて荻窪へ。
高円寺の病院に行っていた妻は、
僕が帰宅してから十数分後に荻窪へ着き、
疲れてはいたがこれを迎えに行くことにした。
妻の書き置きを見たから。
居間のテーブルにこれ見よがしに置かれていた書き置き。
カンタンに描かれたオンナノコが
いかにも元気なげな立ち姿で、
死ぬ…死ぬ…。
と言っている。
本当に余裕がなければこんな絵は描かない。
まだ余裕があるのならと茶化すつもりで、
な
を足して
死なぬ…死なぬ…。
に書き換えて、その上オンナノコが身体から
強力なオーラを放っているように線を描き足してやった。

ただどうあれ弱ってはいるのだろう。
その見当は正しかったようで、
迎えを随分感謝された。

帰宅して絵を見た妻は
「かっこよくなってる!」
と叫んで写真に撮っていた。
僕も気に入ったから、捨てずに廊下のボードに貼っつけた。


ほうじ茶を淹れておはぎを食べた。
「これまで幾度となくきみから聞かされてきてさ。
もう毎回言わなくていいよって、飽き飽きしてたら
なんか逆にわかんなくなっちゃったんだけどさ。
つぶあんとこしあん、どっちがいいんだっけ?」
「つぶあん」
妻がつぶあん、僕はこしあん。
あんも餅の具合も最上等で美味しかったけど
僕らが馴染んでいるおはぎではなかった。
見た目もきれいだし。
おはぎなんてものは、もっと見た目がきちゃなくて、
味も粗雑な感じの方が、らしいんじゃないかと意見し合った。


夕飯はサバの味噌煮。美味い。
魚かァとがっかりしていた妻も、しっかり平らげていた。
インスタントのはまぐりのお吸い物もよく合っていた。
柚子の香りが嬉しい。


21時を過ぎて、妻が散歩に出たがった。
体調は持ち直してきたし、
気分的に外歩きしたいという。
「行ってらっしゃい」
「一緒がいい」
「僕はこれでも今日トータル3時間自転車こいでるんだけどな…」
「きっと楽しいよ」
30分ほどで切り上げるからという言葉を信じたわけではなかったが、
いかんせん散歩は好きだ。付き合った。
バスで荻窪へ向かうルートをなぞり、途中から外れた。
環八に出て、妻が前から気になっていたという
デザイン事務所をのぞいた。
活版印刷のサンプルが展示されていた。
小ロットで受注してくれるらしい。
妻は、ここ知ってるとぼやいた。
「文フリで見たことある。
ていうか、買ったよ、私」
奇妙な縁だ。
おそらく、実際にそのうちここを尋ねて、
製品の相談をする機会もでてくるだろう。

この時点で引き返せば往復30分の散歩で済んだが
遊び場公園この先400mという案内板に惹かれ
妻は先へ進みたがった。
南荻窪の知らない区画。
見ごたえのある家が多い。
目当ての公園は、だだっぴろい敷地に
ちょこんと井戸が据えられていた。
なんらかの敷地を公園化して、
井戸だけ撤去できていないという体だ。
ボール遊び禁止。遊具もない。
遊べる時間は17時まで。
なんて管理的なんだろう…。
裏手には荒れ果てた林が広がる。
ここもひっくるめて何らかの用地だったのだろう。
こんな一等地に、いや一等地だからこそなのか、
何者かの権利が働いている。
その先にもあほみたいな豪邸がちょこちょこある。
なかでも群を抜いて化け物じみたお屋敷があった。
敷地の全貌は伺えない。
門の先にずっと道が続く。
天使な小生意気で見たような、規格外のお屋敷だ。
妻がかるく調べてみたところ、
戦前および戦時中に三回総理大臣を勤めた政治家ゆかりのものらしい。
あれこれ観察したかったが
万全のセキュリティが敷かれている。
面倒事になってはかなわんと退散した。

結果的には1時間以上の散歩となった。
帰宅後。一息ついてからいちご大福。
これは美味し過ぎた。
…が、買ってから時間が経っていたのが悔やまれる。
皮がやや固くなっていた。
今度こそは作りたてを食べよう。


入浴。
とらドラ、バナナジュース。
双亡亭壊すべしを読んで寝た。


2021年11月26日(金) 専門家の誤謬、成人男性への警戒、「男卑女卑」

快晴。
でも洗濯は諦めた。
なぜなら朝から唐揚げをつくっていたから…。
昨日のうちに下味仕込んでおいた鶏もも肉の水分とって、
小麦粉片栗粉まとわせて揚げ焼き。
すっかりこの揚げ焼きには慣れた。
今日はさらに、ネギダレも用意した。
少量の油で長ネギとニンニク炒めて
醤油酒黒酢砂糖で煮詰める。
砂糖よりハチミツにすべきだったと後から思った。
弁当の唐揚げをべしょべしょにしたくないから
タレの水分は控えめ。
濃い味のついたネギとニンニクをのせたくらいの仕上がり。
これにキャベツとミニトマト。
朝のうちからお昼が待ち遠しいったらなかった。

実際美味かった。
がやっぱり弁当だと格が落ちる。
美味いは美味いけど。
揚げたては激ウマだからな。


仕事で不意打ちの加残業。
…かと思われきや免れた。
でもこれで1時間長引いたとしても受け入れられたろうな。
今回のはちょっとした不運の積み重ねというか、
誰に非があるわけでもないものだから受け入れられる。
立場的にはトバッチリに過ぎないけど。
恨まずに済むっていいな。


夜はサムゲタンのつもりが、
妻のリクエストで今日もぶっかけに。
つわりはこっから3週間ほどがピークのようだ。
僕の方はインスタントラーメンにした。


たまひよの記事に誤りがあったと話題に挙がっていた。
妊娠出産育児系はかなりデリケートなのだろう。
しかし、原文を読んでみたところ、
「誤ち」が見受けられるような書きかたでもなかった。
「うっかり誤解されかねない」文章ではあった。

今回は専門家による指摘が発端で燃え上がったらしい。
専門家には正しい知識、正しい情報があるのかもしれないが
正しい読みができるとは限らない。
今回の批判は的外れだった。
しかし、発言自体に非はないからややこしい。

たとえば、
「公園で遊ぶとケガをするかもしれません。気をつけましょう」
こんな意見があったとして。
これに
「公園で遊ぶこととケガすることとを結びつけられるエビデンスはありますか?
公園に行かなければケガしないで済む、だから子どもは公園に行かせるべきじゃない、
という見方ができてしまいます。
安直なコメントは控えてください」
と噛み付いたなら、これは不当だと大体の人は思えるんじゃないだろうか。
言ってること自体にはそう間違いはない。
ただ、つっこみどころが不当なのだ。ずれている。
しかしこの指摘した人間がその道の専門家となると、
途端に全面的な信頼を寄せ付けてしまう。
的外れに気づきにくくなる。


妻が、男女の犯罪率について不思議がっていた。
凶悪犯罪は男性ばかりに引き起こされているのか。
僕は、数字を見たわけではないが
たしかに男性ばかりなのだろうと応えた。
もちろん、無差別でなければ女性だって、放火もするし恋人を刺しもする。
毒を盛ったりひき逃げしたり、はたまた虐待もあるだろう。
ただ少なくとも、怨恨ひいては因縁のない他人相手に
どれだけの危害を加えるかといえば、
成人男性に比べてよりキケンだということはないだろう。

僕は、成人男性が警戒されるのは仕方ないと思う。
ましてや幼い子どもがいる人々にとっては。
「声をかけただけで事案発生」
とする現代の行き過ぎたような過剰反応は、
男性とくに独身男性にとっては笑い話になりがちだけれど、
女性とくに子持ち女性にとっては過剰でも何でもない、
という見方を、
男性側がろくろくできていないのは問題だ。
「そういう目で見られるから子どもが転んでても何もできねえよ」とか
「生きてるだけで加害者扱いされて、どっちが弱者だ」とか
「自意識過剰な女が多すぎる」とか
どれも的はずれだ。
それら意見の一つひとつは、ある立場からすれば正しい。
単純な話、それを言ってる本人の立場からすれば正しい。
だが相手の立場を度外視している。
幼稚で非社会的で独りよがりの意見に過ぎない。
でも「正しい意見」という価値にすがって、
強固な鎧をまとってしまう。
「正しい意見」のインフレーションに気づかずにいる。
ガキなんだな。

ところで、成人男性が警戒されるのを是とするのは、
あくまで犯罪を軸にした場合で、
この命題の軸は男に据えるべきではない。
社会的逸脱、社会病理という観点からは、
たとえば自殺率とか引っ張ってきたら
たやすく男性の方を「社会の被害者」と扱えてしまうから。

そもそも男と女をやすやす比べるなよっていう。
男と女を比べたい連中の比喩はいつもずれている。
みんな同じ人間だよ、もみんな別々の人間だよ、も
どっちも正しくきれいごととして成立するが、まやかしだ。

この前なんとなく、
自分がSFのディストピアを描くとしたらを
ふわあと考えてみて、
「男卑女卑」の社会を思いついた。
男はこれこれこういう理由で卑しい。
女はこれこれこういう理由で卑しい。
だからどちらも等しく卑しい、ではなく、
それぞれはそれぞれの理由で独立して卑しい。
平等ではないが比べるべくもない。
男はある観点から徹底的に社会的差別をされ、
女はある観点から徹底的に社会的差別をされる。
またトランスジェンダーは尚更卑しく差別される。

ジェンダーギャップ、男女格差を埋めようとする理念の行き着く先は、
「男尊女尊」だと思われるのだけど聞いたことない。
でも「男尊女尊」を目指すべきでしょう。
その目的地への道筋を明快にするために
「男卑女卑」の社会像を見せつける、
これはアリだと思われたのだ。

「男らしさ」と「女らしさ」が非対称な美徳であるのが好きなのだ。


2021年11月25日(木) 読んだり食べたり

快晴。
本当なら洗濯するところだけど
昨日妻がやってくれたから今日はサボり。


ひさびさに岡本かの子読んでる。
家霊って文庫本だけど、表題作以外は読んだことある。
老妓抄すさまじいな。
小説でも強力な文章のあるページには折り目つける僕だけれど
これは全ページに見どころ満載だから
かえって一つも折り目つけていないという。


出勤時点からもうカツカレーが食べたくて食べたくて仕方ない。
キッチン南海が閉まって以来ご無沙汰だったけど
かの店のものが跡地の近くに出店しているのは知っている。
ただ遠い。
遠いっつっても徒歩10分ちょっとだけど
昼休みに行って、並んで食って帰っては忙しい。
でもせっかく日和だしな!
気分もノッてるし、
何より木曜日に歯医者がないのは夏ぶりなんだ。

で行ってみると案の定、店の前に列。
しかし並んだのを最後に、それから5分近くは誰も並ばなかった。
以前だったらひっきりなしに客が足されて、
それでも回転数が異様に早いから次々に列が捌かれていく調子の良さがあった。
店内の席数は前よりやや少ない。
で厨房の人数は半数となっている。回転が悪い。
結局30分待ってようやく店内へ。
以前は着席から十数秒で注文品が出たものだけれど
そっからさらに5分ほど待った。
そして登場したカツカレーは、以前のものと相違ない。
見た目もボリュームも、味も変わらない。ほっとした。
ガツガツくらった。
食べ終わってみると12時53分。
小走りをまじえて会社にもどった。

きっかり1時間、ただならぬ眠気。
糖質の成果。
襲来という表現がぴったりくる。
今眠ってしまえたらどれだけ幸せなことか…
と夢想するにとどめたけど
今度やってみようかな。休日に。
昼ドカカカッと食って、風呂入って昼寝。
ぜいたくだこりゃあ。


マイホームヒーロー、
ブレイキング・バッドをスッカスカにしたような
序盤のサスペンスドラマから、
鋼鉄の鼻っ柱みたいなストーリーテリングに
ノワールアクションを加えて大分ましになった。
ただアクションとして割り切ってみると
今更主人公がチンピラを殺そうが何しようが
全然大したことに思えないし
葛藤の描写には白けるばかり。
あと絵が上手い。
序盤は絵についても魅力ないなと思ってたけど
ここまでただ上手くなってると
スーツのシワを見てるだけでも楽しめる。


夕飯はうどん。
妻にはぶっかけ、僕の方は豚バラと長ネギ、卵を加えた温かいうどん。
先日録画しておいたNHKの番組を見た。
江戸時代の工芸職人。
見事な動きのからくり人形や、時計、
そのほか多様な発明をしている機工分野の天才で、
幕末には佐賀藩に招聘されて兵器の開発に携わったりもしたが、
明治に入ってからはまた趣味の発明に没頭し、
なんと80歳を過ぎてから上京、会社まで興している。
その会社が東芝の前身の一つでもあるというから驚きだ。
からくりサーカスの才賀家を思い出す。
たぶん、参考にしているのだろう。


食後妻はダウン。
横になれるよう居間にいくらかのクッションを整えて、
ハイスコアガールをあてがった。
妻は7巻くらいまでは読んでいたはずだが
当時はまだ完結しておらず、最終巻までは読んでいない。
1巻からおとなしく読み直していた。


とらドラ16話。殴り込みじゃあい。
大河おおあばれ。この話が観たかった。
アニメーションの作画もスバラシイし、
こっからみのりんが動き出せるという展開がおみごと。

就寝を前にほんの数行小山田浩子を読んだが、
昼にちまちま読んでいる岡本かの子と競合するのでやめた。


2021年11月24日(水) 性的搾取、限局、なること

快晴。
妻は休みをとっているから洗濯を任せた。
弁当は玉ねぎ炒めて牛肉解凍して一緒に炒めて
焼肉のタレをかぶせて煮詰めただけのもの。


昨日の話、性的搾取についても話したんだった。
法律上がどうあれ、現実に起きた損害がどうあれ、
潜在的な性的被害者は女性の中に数多くいる。
そうした人たちにとって、
「性的搾取」「性的消費」は
かなり上手い表現として受け入れられた。
けどこれは上手すぎた。
なまじっか、多くの、広い意義を内包し得たために、
意味が不確定なまま乱発されてしまった…。

って話は一旦置いといて。
区分、限局の話。
名前がつけられて世界は整理されていく。
ごったにだった塊が、切り分けられて独立する。
空に虹が浮かぶ。虹は七色となる。
しかし”花は自分の名前を知らない”。
ここに他者性の神秘がある。

“be”.
なること。
本質と表象。
名前は本質ではないが、
本質を規定し、保証する。
本質は、本質の時点では”何物でもない”。
空。
無。
全であり一、一であり全。
梵我一如。

名付け、ひいては言語によって、
本質は「何物か」を規定される。
「何か」から「何物か」へ。
「何か」ははじめからそれであるのに、
名付けられて「何物か」に”なる”(be)。

あーこんがらがる頭狂いそうになる。
ちょっと、試しに実証してみよう。

動物になること。労働。
これに適用すると…
呼び名において(言語による区分において)
人は動物になる(”be”)。
動物においては、生きることと労働とは不可分である
(言語により切り分けられていない。一色の虹。虹は空)。
存在と生きることも不可分であり、”労働”とは”ある”ことと変わりない。
労働が労働として解放されるとは、
“本質としての(何物かでしかない)<労働>”が
“言語による規定的な(何物かとされている)<労働>”から
解き放たれることである。

非唯名論者としてのプラトン(実在論)。普遍性の存否。

あーこんがらがる。


夕飯はもうメンドーだから
冷凍パスタにした。らくちんだ。
わっかりやすく美味いし。
サラダはつけた。
サラダ菜とトマトとリンゴ酢だけのサラダ。
なんか芳しいアルコールの風味で美味しかったけど
これリンゴ酢が発酵してるのか?


冷凍メロン、溶けかけがシャーベットじみてて
シャリッと鋭い甘味が口内を刺す気持ちよさある。
バナナジュース。
とらドラ15話。シリアス色強くなってきた。
就寝前の漫画はなし。


2021年11月23日(火) 妻文学フリマ、フェミニズム、家族

祝日だが出勤。
妻は文学フリマにサークル参加。

朝は早めに出て、西荻TSUTAYAで漫画とDVDを返却。
街に人通りがない。
祝日の朝の醍醐味だ。
外気はもう冬の白さ。
けどまだ風は鋭くなくて、ただただ外歩きが気持ちいい。


昼飯にはラーメンを食べたくなった。
ただ何度か使ったことのある店が休みだったから、
どこに入るかは迷った。
いつも行列のできている店が今日はすいており、
おぉじゃあ入ってみるか、と足を踏み出しかけてから尻込み。
嫌な予感。
店の外からはどんなラーメンを提供するのか全く伺えない。
ただ、思い出してみると行列はいつも男性のみだった。
行列のできるラーメン店というのは、それなりに女性やカップルも多いものだ。
この店にできていた行列の客層は服装もスマートではなく
なんていうかモテなさそうな立ち姿が並んでいた。
二郎系な気がする…。
普段ならこれから入る店の検索なんぞしない(生きるのがつまらなくなる)が
今回ばかりは調べてみた。二郎系だった。
あぶねえあぶねえ。
二口でウェップってなるからな。
しかし外からでもわかるようにしておけよ。

でいろいろ悩んだ結果
別の背脂こってり系の店に入った。
濃い目が食べたい気分ではあったのだ。
とはいえあんまり濃い目でも困る。
そのややこしい気分を汲んだように、
メニューにはあっさりラーメンがあった。
背脂系ラーメン屋のあっさりラーメンは全然あっさりではなかった。
おそらくここの普通のラーメンは
わかりやすくドロドロしたものなのだろう。
あっさりラーメンは世間一般と比べれば濃いが、
じゅうぶん常識的な濃さではある。
なんだかんだで、今日の僕の気分にはピッタリだった。
ただカウンター前に貼られた、
豚の背脂は実はこんなに健康なんだぞという発破がかった文章が
やたらうさんくさかった。


退勤後、荻窪で妻と合流した。
今は電車によってひどく疲労してしまうらしく、
ロータリーで休憩した。
5分ほど休んでからルミネをかるく冷やかし、帰路へ。
スパイスカレーを食べたかったが目当ての店は休業していた。
断念し、バーミヤンへ向かった。

文フリは成功といえる首尾だったようだ。
売れ行きは芳しく、バックナンバーを含めて53冊売れたとのこと。
浮わついていない社会評論でこの数字は相当優秀だろう。
当人も実に満足げだった。

ただし、お客がそれなりに来ていたのと
歩き疲れを警戒して、
会場買い歩きはほとんどしなかったらしい。
買ったのは2冊だけ。
そのうちの一冊、お隣のサークルでお付き合いで買ったという、
フェミニズムについての冊子を読ませてもらった。
サークルは男性一人で、過去には都知事選に出馬したこともあるという30代の男。
しかし一方的なマシンガントークで、
何を言っているやらろくろく要領を得なかったようだ。
冊子は、「フェミニズムを辿る」という自前の書籍の上澄み、
基本となる部分を最低限にまとめたもののようで、
まったく読み応えがなかった。
小学生のよくできた自由研究みたいっつうか。
情報の切り貼りで体系だっておらず、
資料を再編成した資料でしかないのに、
資料としての有用性もあまり認められないような粗末さ。

しかしいい機会ではあるし、
妻とフェミニズムについて語ってみた。
現在はフェミニズムも随分と細分化されているはずだ。
妻は金銭事情や労働条件といった明らかな不利益を
まず優先的に是正してもらいたいという即物的な立場でいる。
こうした立場は、声を上げている女性それぞれで差異があるはずだが、
聞き手はフェミニズムという大枠で捉えがちである。
本来ならばもっと細分化されるべきであり、
実際ちょっとでも勉強すれば(調べれば)
細分化された名もつけられているのであろうけれども、
聞き手には浸透していない。
ただ、時代を経るにつれて、細分化は進む一方である。
であるならば、時代を遡るにつれて、
細分化される以前の、根源的なフェミニズムを追えるはずである。
フェミニズムを是とする立場も非とする立場も、
まずはそこから思想の成り行きを辿り直してみたら、
きっと議論が進展しやすくなるのではないか。
そうした理念を込めて、
この「フェミニズムを辿る」は上梓されてるんじゃないか…。
と僕は語ってみてやった。
更には、かつては戦場に赴いて命を落とす、
あるいは領地に攻め込まれて防衛しなければならない男たちが、
生活環境のあらゆる面で優遇されていたとしても
それは世界的歴史的に見て妥当である、少なくとも正当性はあったが、
これが平和な現代に適用できるかとなれば話は変わってくる。
それでも高度経済成長期には、
男たちの戦場は会社へと変遷した、
彼らは”企業戦士”なのだという理屈がまかりとおったが、
皮肉にも女性たちが労働者として企業勤めできるようになった今、
やはり従来の見方は通用しないはずである。
ただし、今この時点で戦争が勃発したとなれば、
「男性だけに赤紙が届く」。
そうした現実が訪れた際に、
男性は、そしてフェミニストはどんな声をあげるのか、
はたまたあげないのか、
といった話をした。
そこから、ここしばらく話題の温泉娘、玉袋なんとかまわりの話題を展開しつつ、
餃子、春巻き、エビチリ、あんかけチャーハンをそれぞれ平らげた。
妻は、男性一人でフェミニズムの研究だか運動だかをしている
(おそらくはツイフェミを敵視している)
この書き手が、自身の立場や動機づけを表明していない実状を、
卑怯であると直感しているらしい。
それはもしこの書き手が女性であったとしても、
ほとんど同じように「土足で上がり込んできて」という反感は
もつだろうとのことだった。

「きみは帰納的に、
自身が被っている不利益を是正させたいから、
それが女性の立場の向上に結びつくこととなっている。
“自分がたまたま女性だから”。
ところが聞き手は、とくに男性である聞き手は、これを演繹的にとる。
主語を”女性”として聞く。
そして”女性であるあなたは”という論法で議論する。あるいは聞き捨てる。
ここにズレがある。
ズレの発生自体は愚かしいとも思わないが、
ズレに自覚的でない連中が多すぎる。
同じルール、同じ土俵で闘っていない。
一つのボールを取り合っていない。
誰ももうネット上で議論の真似事なんかするな」
という語りで結び、帰宅した。


妻がゲームをしている横で、
今日妻が売り上げた本の残りを1冊買い取り、読んだ。
読み初めてすぐ、肩版の不備に気がついた。
これについてはすぐにツイートさせた。
また執筆者四人のうち一人目にあたる人の原稿に、
脱字や組版上の不備が目立った。
おそらくは元々のテキスト時点で、いつも問題があるのだと思われる。
それをいつもなら校正しているはずの組版担当者が、
今回は時間不足、寝不足、注意力散漫のなかで
見落としまくってしまったのだろうと思われる。
ただし内容は、その組版担当者が書き上げた原稿が最も面白かった。
今回のテーマである「働く」に最も沿っていた。
蟻にしてみても働き蟻は一部であり、
多くのアリはキリギリス的である、
人間にとって働かないとは何か、
遊んでいれば働いていないのか、
何もしなければ働いていないのか、
これは言語の領域によるものであるのか。
人であること、動物になることとは何か…。
しかしやはり時間がおっつかなかったに違いない、
結論が飛躍的で理解が及ばなかった。残念。

もし次回のテーマが「家族」であったなら
きみは何か書けるかと妻に問うと、書けないとの答え。
おそらくは僕も書けないだろう。
そこから、クラナドの話をした。
あれは「父になる」「家庭を築く」話だが、
実はそのテーマに真正面から取り組んだ物語は少ない。
というか自分がパッと挙げられない。
所与の家族についての家庭問題はいくらでもドラマになっている。
また、築かれつつある家庭におけるドラマも多くある。
その中間となると育児モノになりがちで、
それは「家庭が築かれていく」経過を描いてはいても
「家庭を築く」人間の話にはならない。
せいぜいが過去のエピソードとして語られる程度で、
現在進行形に「家庭を築く」話は斬新だった、
クラナドがウケた一因はそこにあるんじゃないかという話をした。


「武士道の系譜」を読み始めた。
これ
「フェミニズムを辿る」
と類似的だなとおかしくなった。


入浴後、今夜は漫画もアニメもなし。
バナナジュースだけ飲んで、
1時半過ぎに寝た。


2021年11月22日(月) 巨悪

雨。
出勤時は曇り。
毎日のように使っているトートバッグの側面に
折り畳み傘を収納できるポケットが備えられているのに
今日気づいた。
ちょうべんりじゃん。
これまでもったいなかったとか
今更気づいて恥ずかしいとかより
ちょうべんりじゃん嬉しいって気持ちがまさった。

弁当は昨日の残り。
鶏肉のトマト煮込みを野菜中心に
詰めただけ。
やっぱ月曜は楽にしないとな。

定期忘れた。またやっちまった。
土曜日に妻に貸したままだ。
ウッウッ 720円…。
720円あったら
食材のランクをめいっぱい上げられるのに ウッウッ…。


マイホームヒーローを読み始めた。
ちょっとダークでえげつない感じの漫画が読みたくて
検索してみたら各所で絶賛されてたから。
どこにでもある普通の家庭、
普通のサラリーマンである主人公が
諸々のめぐり合わせから殺人を犯してしまい
どうすればこの犯罪が露見しないか、
家族を守れるか…というハラハラドキドキが売り物のサスペンス。
今のところ超つまらない。びっくりする。
小学生向きという感じ。
でも僕が小学生の頃は
こういう漫画読んで
なんてしょうもないのだろうって怒り狂ってたから
小学生相手でも人を選ぶ。


夕飯、茄子の蒲焼き。
ヘタだけ切り落とした茄子をラップにくるんで
レンジで3分加熱。
温かいうちに包丁で切り開き、
油を引いたフライパンで両面に焦げ色を付けたら、
醤油砂糖料理酒を煮詰めたタレをかけて
山椒振ってできあがり。
これに味噌汁つけりゃあもうかんぺきよ。

また玉子サンド作った。
明日妻にもたせるよう。
10枚切りが買えなかったから
5枚切りをパン切り包丁で切り割ってみた。
すごくキレイにできた。できたよー。

抹茶のケーキの残りを美味しく平らげた。
美味しいケーキは
無糖アイスティーを美味しく飲ませてくれる。
ちょっと逆説的だけど
あの甘味を口に運んでから
アイスティーを口に入れるまでの数秒間が
まったくもって幸福なんだよな。

入浴時、新生児の死亡率について話した。
産まれてさえしまえば
亡くなるのは1100人に1人程度の割合。
日本は世界でもトップらしい。
そっから派生して、じゃあ世界では、他の国では…
と中国の事情へ話が及び、
ここ数日世間を賑わせているテニスプレイヤーの失踪について語った。

失踪は昔との比較が難しい。
高度に情報化された社会では、
わずか一日連絡がとれないだけで行方不明、
二日連絡がとれないだけで事件性あるいは事故が疑われる。
これが携帯電話はおろか、電話すら普及していなかった時代なら、
話はだいぶん変わってくる。

また、巨悪についての話もした。
オリンピックなんてもう辞めてしまえ、
という考えをもつ人々による反感の正体の一つには、
本来ただスポーツの祭典であるべきオリンピックが、
利権やカネまわり、政治に絡め取られていて、
醜い思惑が不快であるし、それにより損をする人、
振り回される人が後を絶たず、破綻している…
そういった見方があると思う。
しかしまた一方で、
個人商店が経営難に喘いでいれば、感情的に味方してやりたいなと思う。
彼らにしてみても、オリンピック需要を当て込んで
商売のプランを練ってきた点でいえば、
これも利権の端くれであって自己都合の塊であるのに。

どんなに大きい組織も人の集まりからできている。
だがその人々は、組織の肩書を負っている限り、
個人…私人とは見なされにくく、組織の皮膚として人の目には映る。

自営業の経営者には、それをする権利や権力がないだけで、
もし巨大組織の上層にある人と立場が入れ替わったなら、
自己都合を軸にやることは大差ないだろうとも思う。
つまり人格ではなく、システム、秩序の問題なのかと見える。

大きな組織、端的にいって国家や国際的な大企業は、
敵視しやすい。
その敵視しやすさによって
批判にバイアスがかかり
正当性は歪められてしまいがちなんじゃないか、
そういった話をした。


とらドラ、14話目。つなぎの回。
一期がここまでだったんだっけかな。

かぐや様は16巻目。
こっから石上メインになってくのよな。
この漫画の美点の一つは
主人公格二人に恋のライバルがいないとこ。
少女漫画でも一般ラブコメでも、
なかなかお目にかかれない。
早い話、恋のライバル配置したら
それなりに話も展開しやすいわけだから。
がまた一方でこの漫画は人気が出てしまったから、
作品が異様に長引いた。
そして問題が浮上する。男キャラが少ない。
そこで、会長が焦点から避けられた結果、
石上に女キャラが集中する…という構図が
この後の展開の一因としてあると見ている。

レンタルはここまでにしておいた。妻も承知した。
完結したらまた続きを読むかも。


2021年11月21日(日) もてなせ義母義弟

休日トースト、ミネストローネ。
どうにも妻は、食べると具合が悪くなるらしい。
食べれるけど食べたら不調子になる。
口と胃が不一致なんだとか。
朝のスープは当面なくていいということになった。
こちらは楽ではある。


午後の来客のために掃除を仕上げ、
妻の身体の事情から早めに昼をとった。
妻にはぶっかけ。
僕の方はカツオ節だけのせた素うどん。

義母と義弟は13時半の予定を
ちょっとだけ早めて来た。
義母は電車とバスを乗り継ぎ、義弟は自転車で…
という予定が翻ったようだ。
荻窪から二人でタクシーに乗ってきたとのこと。
家に招き入れ、間取りを案内した。
この家は見れば見るほど見どころがある。
それなりの時間をかけて、
細部にまで興味を示していらした。
全体的にはベタ褒めだった。
とくに庭がお気に召したようで、
これについてはほとんど誰もが異を唱えないだろう。

居間にて腰を下ろしてもらい、
妻がコーヒーを淹れている間に
抹茶のケーキを仕上げた。
庭に栽培しているミント乗せて、
冷凍ベリーと黒豆をあしらっただけで、
かなり可愛い見た目となる。
味も良かった。
スポンジの食感は今一つだったけれど…。

歓談は庭から見える鳥や花についてから始まり、
この家での生活について、
それから義弟の生活についてと話題が移っていく。
義弟もすでに彼女と同棲しており、
結婚式のプランも練っている。
8月21日だそうだ。
入籍についてはまだタイミングを決めかねているとのこと。

話の合間にバナナジュースを出した。
完熟バナナと牛乳とアーモンドミルクと豆乳。
アーモンドミルクの味がやや強かった。

口の中が甘ったるくなったところで、
鴨のスモークと柿のわさびソースがけ。
これはなかなか好評だった。
味が強い、というところさえクリアすれば、
旨味の塊みたいなものだからさもありなん。

しょっぱいものを食べたところで、
メロンとシャインマスカットを出した。
今しがた引越し祝いにといただいたもの。
メロンは熟れ熟れ。見るからに甘い。
大皿にキレイに盛って皆で食べたが、
妻は飲み食いの末もののみごとに不調子に。
その流れで妻は妊娠の件を伝えた。
お義母さんは一瞬驚きを見せてから、
パアアアァッと顔を明るくしてみせた。
その表情の移り変わり方が
うちの母親と同じだったから興味深かった。
まだ安定期前でわからないから
くれぐれもまだ喜ばないように、
という旨を
ところどころ婉曲的に、
ところどころダイレクトに伝え、
一通り承知してもらった。

お義母さんは当時ほとんどつわりがなかったらしい。
妊娠初期にはそれと気付かず東南アジアに旅行していて、
リンボーの棒を飛び越えるジャンプまでしたのだとか。
ただ現状における妊娠にまつわる話題の繊細さは
暗黙のうちに了解されており、
早々と別の話題になっていった。

義弟にはシャーリーテンプルを出した。
クランベリージュースと解釈したようだったが、
訂正はしなかった。
そらそうよね。

広島に住まう義祖父母へテレビ電話をするという予定もあったが、
義母がどれだけ電話をかけてもつながらない。
15時半ごろからかけはじめて、
スマホと家電とに5分おきくらいにかけるが出ない。
今日は一日中家から出ないと言っていた、
もしかしたら何かあったんじゃないか…
と心配する義母の予感は正しく、
16時近くなってようやく電話がつながった
義祖父によると、義祖母が家の前で転んで
救急車を呼んだらしい。
家の前で転んだだけのこととはいえ
なにぶん高齢者であるし、
以前にも身体を怪我してはいるから
安心はできない。
それでも意識はある、大事には至っていない…
とのことだから一旦は連絡を終えた。
何もできることがなかった。
それどころか、
何もいえることすらなかった。
心配です、とか、
大事に至らないならよかった、とか、
そういう空虚な言葉だけが宙に浮いた。

ちょうど頃合いということで
お二人は席を立った。
帰りはバスでもタクシーでもなく、
駅まで歩いて帰っていった。

見送り後、妻はダウン。
寝るよりかはゲームをしていたいとのことで、
させておいた。
僕はOKストアへ買い物に。
戻ってきてからは妻の横で読書。
お義母さんからLINE。
今日の挨拶と、義祖母の具合について。
なんでも骨折してしまったらしい。
何もできることはないが
何かあれば言ってくださいねと、
わかるようなわからんようなコメントを返した。
妻はダウン中につき僕が返事の一切を託された格好だが、
横を見ればゲームしている。
「ゲームしているなあ」
「してる」
「LINEでは、きみの具合やお祖母さんの具合について
話してみているけど、
実際には、ゲームしているなあ」
「こういうダウンの仕方だってあるよ」
「うん、ある。あるよ」
そう、あるのだ。
何も世にはばかることはない。


ただ、本当につらくなると
テレビゲームもできないという。
そこで二人用カードゲームを検索してみた。
が僕の方が面白がっても仕方ない。
ページのURLを妻に送ってみた…つもりが、
間違って義母義弟とのグループLINEに送ってしまった。
慌てて送信取り消しをしたが一瞬遅く、
既読1。
おそらくお義母さん。
おかげで僕が、心配は上っ面だけで
本当はゲームだけしていたいという軽薄野郎に…
なってしまいかねなかったが、言い訳はしなかった。
きっとわかってくれる。


夕飯は鶏肉のトマト煮込み。
ニンニク一片をオリーブオイルで炒めて、
鶏肉、玉ねぎ、ニンジン、茄子、シメジを順々に炒めていき
最後にトマト缶をあけて煮込む。
トマト缶は昨日のアラビアータの残り。
煮込みは炊飯時間と同じく50分くらい。
塩で味付け。ブラックペッパーはきもち多めに。
妻が食べやすいよう、
いつもより柔らかくすべく長く煮込んだ甲斐あって、
よく売れた。

食後、余していたメロンを食べた。
完熟特濃。
ねっとりした甘さが舌を蹂躙する。
ほんの一口でお腹いっぱい。
妻は1/8をペロリ。
まだ1/2コ残っている。
調べると、最小単位にカットして冷凍保存が勧められるらしい。
その通りにしてみたが、
なにぶん熟れに熟れきっているので水分量が多い。
カットしたての状態でパットに置いて
冷凍庫に入れたけどこれでいいのかわからない。

さらに玉子サンドを作った。
ちゃんとレシピを見てつくった。
ゆで卵の黄身だけをペースト状になるまで潰して
マスタード、塩胡椒、砂糖をよく混ぜる。
白身を刻んで和える。
パンに挟む。
…うまかったけど、
単にゆで卵を塩コショウマヨネーズでぐっちゃぐちゃにしたのと
あんまり変わらんなこれ。


人類学の本読み終えた。
感想に困る。
面白かったけれど漫画部分がやはりいらない…
わかりやすく図示されたというだけで…


とらドラはようやく面白くなり始めた。
文化祭編、文化祭のラブコメのノリがキッツいなーくらいしか
ろくろく覚えてなかったけど、
みのりんがキレるとか
大河パパの振り回しとか
これまでのお気楽調子が崩れていく展開はこっからなんだな。
アミちゃんの一人振り回されない常識人ぷりも。
タカスくんは主人公として別に魅力ないけど
あれはあれで高校生らしいガキくささでいいと思う。
思慮、分別が働ききらなくていいのだ、あのくらいのガキくささで。


かぐや様の方も文化祭編が終わった。
ウルトラロマンティックは、
あれは若い読者向けの青い展開ではあるけれど、
ただただ一人の人間のために
目の前の空間をまるごと塗り替える、
世界を一変させてしまうというのは
そのへんの男子一帯が見習うべき心得だ。
男女関係における男、かくあるべきという姿。
ただこの誤ったやつはサプライズの方面にいっちゃう、
さいあくフラッシュモブみたいなバカげた悪道にまで
転がってしまいかねない恐れがあるけれど…
中学生あたりはキケンだな。
その頃にこのテのロマンティックを植えつけられると
何年も時を経てそれらしい機会が訪れた際に発症する。


ところで伊丹十三の「女たちよ!」読み終えた。
食と女が8割か。面白かった。
最後にあった「これから花婿となる男に向けた教訓的小話」は
彼の創作なんかな、ヒジョーによかった。
一つ二つってやつ。


2021年11月20日(土) 思い出せない土曜日

休日トースト。ミネストローネ。
妻は残した。
その分まで食べて朝からお腹いっぱい。
洗濯。
明日の来客を踏まえ、
今日のうちに布団を洗う。

妻は高円寺の病院へ。今日は呼吸器科。
12時半過ぎに帰宅すると同時に、
昼飯のアラビアータを出してやった。
ミネストローネとややかぶりだけど、
妻はアラビをこよなく愛してるので。


食後は図書館に寄ってから荻窪へ。
ブックオフと西友、富澤商店。
戻ってきたらもう15時近い。何もしてないのに。へこんだ。
そっから抹茶のジェノワーズを焼いた。
明日のためにケーキづくり。抹茶のショートケーキ。
ショートケーキは一晩寝かせるとテキメンに美味くなるのだ。
まずはスポンジ生地だけ。
18cm丸型に型紙を敷き込む。
冷蔵庫から卵3つを出しておく。
無塩バター12gを、牛乳17mlに浸して湯煎で溶かしておく。
薄力粉65gと抹茶小さじ6は、合わせて振るっておく。
オーブンを180度で余熱。
ボウル大に卵をほぐし、きび砂糖90gを加え湯せんにかけ、
もったりするまで泡立てる。
粉類を加え手早く混ぜ、牛乳バターも加えツヤが出るまで混ぜる。
18cm型に流し入れて、180℃のオーブンで22分焼成。
粗熱をとったら冷凍庫へ。
続きは夜。

15cm丸型のレシピを18cm丸型にするのは
ただ比率を計算するだけだからいいのだけど
焼成時間は別だ。誰も教えてくれない。
それに今回は元々のレシピが、生地が多めに仕上がるものだった。
そうした悪因の結果、ふくらみの悪い仕上がりになった。
次回にいかそう。


そっから西荻へ。
TSUTAYAで返すもん返して、借りるもん借りた。
肉屋で牛肉と鶏肉、ハチミツを買い、
土曜日の2割還元で320円割引券もらった。
ほんと破格だな…
一週間もたないからまた火曜か木曜に来ることになるわけだけど…。

肉はいいとして
八百屋をめぐるがクレソンが買えず。
一度帰宅してから洗濯物を取り込み、
横になりたがる妻をなだめてベッドシーツをセットして、
それからOKストアへ。
無事買いたいもん買えた。
帰ってきてから、掃除。
夕飯作り。
休憩時間がないから
考えようによっては平日より忙しい。
主婦が言うところの忙しさ、
こういうところがあるんだろうな。
ここに子どもの世話なんてもんが加わるわけで…。
学校行かせてようと、
学校関連の面倒がまたぎょうさんあるわけで…。
嘆くわけだ。


夕飯はクレソンと鶏肉のスープごはん。
今日はたっぷり1時間以上煮込めたから
もうスープが美味しくて仕方ない。
コンソメと塩だけで十分美味いところに
ニンニクチップ乗ってるからな。うっまうま。


食後、ケーキの組み立て。
冷凍庫でやや固くなったスポンジ生地を3枚にスライス。
黒蜜と水をよく混ぜ合わせたシロップを用意。
生クリームにグラニュー糖を加え七分立てにし、
熱湯大さじ1で溶いた抹茶(小さじ5)を加えて
柔らかく角が立つまで泡立てる。
スポンジ生地の表面にシロップを塗って、
泡立て直したクリームを塗り、スポンジを重ね…と繰り返す。
側面にもシロップを塗ったらナッペ。
黒豆とミントの葉を飾ったら完成だけど
その最後の仕上げは明日やる。


自分の時間。
原神して本読んでPC。
あとシャーリーテンプルを用意してみた。
富澤商店でナントカカントカシロップを買えたので。
カシスなどのベリー数種やレモン果汁などが
ミックスされたシロップで、
これを炭酸水で割る。
しかし、高円寺のドッグベリーでよく飲んでいたような味にはならない。
いわばかき氷のようで、ややお子様っぽい。
そこでスパイスを加えてみることにした。
水を少量沸かし、
カルダモン、シナモン、クローブをちょっとずつ溶かす。
これを注ぐと、いっきに大人っぽい味になった。
がこの風味は
自家製ジンジャーエールに近い。
もちっと研鑽が必要だ。


この日記は
なるべく当日に書いてるけど
土日の日記はだいたい月曜に書いてる。
から、あんまり出来事は思い出せない。順序も。

妻のつわりがかなり辛くなってきたようだ。
まだ吐いてはいない。
が喉元まではこみ上げたりするという。
「軽い車酔いがずっと続いている感じ」
という妻の表現はしっくりきた。
気を紛らわすのが一番とのことで、
意味のあるなしを問わず
ほとんど一日中会話している。


2021年11月19日(金) ねだる、ゆする

花金。
朝、ダンボールを出しそこねた。大ショック。
8時半では遅かったのだ…。
週によって差があるようだ。
しかしペットボトルとカン・ビンと、
ダンボール古紙が同じ日ってのは
今もって嫌気が差している。
なにも理不尽な話ではないから
受け入れるべきなんだけども。

弁当はビビンパ。混ぜればいいってやつ。
一人前を二人分のご飯にあてるから
焼肉のタレをちょっと足した。
ほうれん草のナムル、目玉焼きも。

出勤時ブランキーを聴いた。
昨日の夜も聴いたのだけど、
いくつかの曲はほんとカッコイイだけだな。
カッコイイでブッちぎってて、
それ以外の意味を削ぎ落としてて、
ほんとカッコイイ。


夕飯はカジキマグロのバジルソテー。
ニンジンを添えてイタリアンパセリを飾った。
やわらかうま。

入浴後、バナナジュース、とらドラ。就寝時にはかぐや様。
安定のルーティン。
寝る直前、妻がどうしても
うどんつゆが飲みたいとねだるから応じた。
だだあま。
醤油とめんつゆとみりんとだしの素だけで
具も何もない汁は
それはそれでそれなりに美味い。
麺が一本だけほしいともねだられたが、さすがにない。
しかし乾麺の供えさえあれば、
一本二本という運用もできはする。
今度買ってみよ。

ところで
ねだる
は
強請る
と書くのか。
ゆする
も
強請る
だよな。
漢字じゃわからないじゃない。ね。


2021年11月18日(木) 朝から揚げものカツサンド、自己紹介


快晴。でも日中ににわか雨との予報。

朝っぱらからカツサンドをこしらえる。
妻のリクエストだ。
日がな訪れる吐き気にウェップとなりながらも
味濃いものを食べたいらしい。

まずは豚ロースを叩き塩を振り酒をなじませ、
数分待つ間にパットに小麦粉、別容器にパン粉、卵を用意。
フライパンに油を入れて熱する。
肉の水気を拭き取って、順ぐりに衣をまとわせる。
揚げる。
揚げている間にキャベツを千切り。
トーストを1分だけ焼く。
揚がった肉は油を切ってキッチンペーパーの上へ。
ここに時点でたっぷりウスターソースをかける。
マスタードに少量の砂糖とケチャップを混ぜたものを
トーストに塗りたくって、
キャベツを乗せて、カツ、またキャベツを乗せる。
しっかりつぶす。
パン切り包丁でカット。
ラップにくるんで出来上がり。
だがカットの前にもっと時間かけてつぶすべきだった。
形がいびつ。
でもめちゃ美味しそう。

その傍ら洗濯物も干したし、
朝食も用意して食べ、
燃えるゴミも整理して出して、
そっからキッチンをキレイにした。
えらいえらすぎる。


歯医者では前歯の小さな欠けを治療した。
これを削る際にえらいしみるので、
麻酔を二度打ってもらったが
どうにも効きにくい部位のようで
結局痛みに耐えて治療した。
先生は、我慢せず麻酔を重ねましょうかと言ってくれたが、
痛いだけで何も危険というわけではないんですよねと確認をとると、
そうですとの答え。
ならば問題ないと踏み切ったわけだ。
しかし身体の他の箇所の痛みと違い、
歯に関しては脳に危険信号が送られてるのが実感できる。
それをこうまで無視するのは初めての経験だった。
他に類を見ない、かなり怖い数分間だった。


昼休みが30分余っていたから
コーヒーを買ってカツサンドを食べることにした。
ただし前歯一帯に麻酔が効いているから、
ちょっとでも薄らぐのを期待して時間ぎりぎりまで
食べるのを待った。
この都合があるからいたずらに麻酔を重ねなかったのだ。
美味かったね、カツサンド。
いや麻酔のせいで味わいきれなかったけど。
カツサンドにコーヒーは正義だな。
虎に翼とはこのこと。

うちの会社は15時に15分休憩があるから
そのタイミングで
一切れだけ残しておいたカツサンドを改めて味わった。



夕飯はもつなべ。
スーパーで売ってる、キャベツとニラ足して
茹でるだけのパックのもの。
麺つゆとみりんをやや足した。
もんくなく美味しかったが、
妻の方は、食欲はあるものの食事自体が疲れるようで、
一部を残していた。

食後、オーケーストアへ。
妻の要請に従いレモン果汁入り炭酸水を大量に買い込んだ。
妊娠で酸っぱいものが食べたくなるというのは、
まぁ人によって差があるのだろうけれども、
単に吐き気めいた気持ち悪さがあるから
サッパリしたものを摂取したい、
またはそれ以外のものが摂取しにくい、
程度の消極的理由なんじゃないかとかねてから推量していたが、
妻の場合はまさにそれのようだった。
ついでにバターだの調味料などを改めて買った。
このお店は本当に安い。し、レジ前に列もない。
自宅からは自転車で3分。きわめて優秀だ。
ただ今日は、サバをおいていなかったのがショックだった。
明日の食材にほしかったのだけど、サバ。
しかたない…か。
21時閉店で来店が20時40分だもんな。
でもほかの魚は軒並みあったのにな。サバ…。サバ…。

帰宅後、妻にリンゴを出してからちょっとだけPCをいじり、
一緒に一冊だけかぐや様を読み、
入浴してバナナジュース入れてとらドラを観た。
近頃のルーティンになってる。


昨日の続き。何者かであること。
クラス替えした初っ端とか
あるいは飲み会とか、
なんらかの集まりに加わたりたての時点で発生する
「自己紹介」。
要はあれがイカンのだ。
名前、趣味、好きなナニナニはと言って、
箇条書きできる意味内容を説明していく。
あんなものは自己紹介ではない。
あれは話題の因子を提供しているにすぎない。
その点で機能は果たしているが、
あれを自己紹介と呼び習わすのは悪しき慣例だ。
自己紹介ははじめにやってそれっきり、ではなく、
人と接する限りずっと、人は
「自己紹介し続けている」。
人の性質は静的ではなく動的なのだから。
情報じゃなく、目の前にいるその人を見ること。
説明じゃなく、今ここにある自分を見てもらうこと。
データは死だ。
死ぬ、という動詞的な死ではなく、
生きていない、という名詞的な死。

そっから連想して。
女を口説くためのテクみたいなマニュアルで、
まぁ今でもあるのか知らんけど、
いにしえからの典型的な常套手段で
「夜景の見えるレストラン」
がある。
もっと今どきらしいふさわしい例もあるだろうが
いかにも象徴的だからこれでいく。
もてない男が落としたい女を
「夜景が見えるレストラン」に連れていく。
そういうものだからと信じ込んでいく。
これが、データの死の例だ。
生きていない。
手段と目的の転倒がある。
演繹と帰納の取り違えでもある。
これは単なるマニュアル否定よりも根が深い。
…はずなのだけど思考が足りていない。
相手を見てないぞーとか
状況と条件だけセットしたって場が生きてねーぞーとか
これじゃ典型的なマニュアル否定どまりでは?
出直してこよう。


時間、時間、時間。

小説読みたい。本読みたい。ゲームしたい。
映画観たい。アニメ観たい。漫画読みたい。
絵を描きたい。
文章描きたい。
部屋をきれいにしておきたい。
部屋の整理をしたい。
東京都史をまとめて考察したい。
散歩したい。買い物したい。
友達を家に招きたい。
レシピ新作にチャレンジしたい。
ケーキ焼きたい。
庭でホウとまろびたい。
食べたい。考えたい。

「眠りたい」が入らないのが幸いだ。
ただそれだけに、睡眠時間は確保しておかないと、
知らぬ間に身体が弱りかねない。


2021年11月17日(水) 川上弘美、誰かが誰かであること

朝はトースト、ミネストローネ。
弁当はチンジャオロースだからほとんど手間なし。
家ではもう何年間も
「行ってきます」と「気をつけてね」のやりとりを
毎朝三回ほどはするが
今朝は初めてお腹に向かって「行ってくるね」と言ってみた。
妻は笑いながら嫌がった。
まだ意識したくないらしい。わかる。


出勤のお供は川上弘美の文庫本。
この作家のことを何も知らずに読み始めたけど
もののみごとに内田百�里鯑Ы韻靴討い襦�
文章酔いした。
内田百�里領醋�を
完全に自分のものとしているのは見事だし
正直なところ嫉妬もあるんだけど
これはダメでしょうってレベルでそのまんまで
なんていうか
イラストレーターによる絵柄の模倣の数々が思い返された。
いやバンドサウンドでもあるし映画でもある、
表現の世界においてはつきまとうパスティーシュの問題は、
これはもう主観性で判断されるものだと思う。
僕はこの作家の文章はアウトだと判断した。
気持ち悪い。グロテスクだ。
どうあっても内田百�里留討�色濃く添う二重性。
川上弘美から内田百�里貌�る人はいいだろうけど
内田百�里�ら川上弘美には入れんでしょう。
むりむり。
面白いし感嘆できるしなんだかんだで読むけどさ。
この人は敵だと思った。


昼飯はチンジャオロース。
待ち遠しいったらなかったぜ。
めちゃうま。
冷えても美味いんだもんなチンジャオロース。

どうしても和菓子が食べたくなって
神保町はすずらん通りをうろちょろ。
昔からある和菓子屋で、名物らしい
フレッシュムーンというのを買った。
カステラ生地にバタークリームだって。
買ってから思ったけどほとんど洋菓子じゃん。
バター強いし。そりゃ美味いわ。
美味いけど繊細さがなくて…
もう買わないかな、美味しいけど…
雑な味好みの人への土産にはいいかもしれない


なにかこう
自分を売り出すにはやはり
自分が何者であるかを
相手に認知させるべきであるという
そういう当たり前の話の
 当たり前
がいよいよ気に食わない。
ネットの強みであった匿名性の価値は今や地に落ちて、
ことさらSNS上では何者かであることが求められる。
それは立場や肩書きでなくてもよく、
あるい趣味であったりあるいはコンセプトであったり、
一つの指向性が示されていればよい。
がそれはいかにもビジネス的な(市場的な)思考で
とことん気に食わねー。

人は何によってその人であると特定されるのか?
容姿を失った世界(ネット上の世界/文章の世界)で。
あらゆるプロフィールに加え名前すら剥ぎ取られてもなお、
その人である「その人らしさ」は残るんじゃないか?

「いい年して”本当の自分”みたいな身勝手な価値に
縋ろうとしているみっともなさ」って言説は
今やありふれすぎてて
むしろ主張する方に躊躇いがあるほどだけれど、
もう一歩二歩踏み込んで、
その言説の土台となる構造については
本当に考えてみたか?

誰かが誰かであること。
近代以前には、視点次第では
「誰でも良かった」
という見方がまかり通る。
そこにあるのは役。
共同体における役割を果たし遂げていればよかった。
アイデンティティは土地、共同体に根ざしていて、
個々人に求められるものではなかった。
ところが自我、個人が導入されると、
「誰かであること」
が重要になってくる。
ことさらに、都市においては。
そこでは、個々人は土地に根ざされない。
生涯的な共同体も担保されない。
常にまなざされる舞台において、
人は自らの役柄を発見し、
その役柄をアピールすることで、
他者とコミットしていく…

この「役割」「キャラクター」を拒否するということは、
すなわち都市を舞台とした演劇の拒否であって、
いわば「モブ化」する。
現代人はモブ化された人物とのコミットをためらう。
どう接していいかわからないし、
自分にどんな利益、あるいは不利益がもたらされるか
予測不能であるから。
合理的精神はモブ化された人物を排除する。

ひるがえって、
何者かになろうとしない人物は、
他者とのコミュニケーションを
自ら阻害しているともいえる。
そうだ。
おれのことだ。

何者かであれとは
いたって空虚な要請だと思う。
「目の前にいる”この人”」
「その人と相対している”この時間”」
という現実態だけを信じていたい。
空海さんもそんなようなことを言っていた。

「割拠」のテーマの一でもある。
だから、
現実態を最優先しない主人公には
これからお灸を据えていくことになる。


日中に妻からLINEが入った。
とびっこ、明太子が食べたいという。
残念ながら魚卵はNGだ。
改めて調べてみても、やはりリスクがある。

夕飯はペペロンチーノ。
キャベツとイカを足した。美味い。
テレビはソーイングビー。
司会格の賑やかしの男、
あれ本当に賑やかすだけなんだな。
今更だけど。
全然裁縫についてのコメントはないもんな。
コメディアンかなにかなのか。
しかし、人物の紹介をあてないのは
この番組のいいところだ。


食後にはリンゴを食べた。
夕方に妻の友人が届けに来てくれたという。
引っ越し時に手伝いしてくれたから我が家の位置を知っている。
夫婦で近辺に来る用事があったから車で寄ってくれたのだそうだ。
本当に夫婦なのかは定かでない。
11月上旬に入籍という話を妻伝いに聞いただけだが、
すでに戸建てを購入したそうだからもう、そういうことなのだろう。

リンゴは5つ。
今やブレンダーがあるので持て余しはしない。
1コはカットしていただき、
さらに1コは煮立てて柔らかくしたあと冷蔵庫で急冷、
入浴後にバナナジュースに混ぜて頂いた。
シャリシャリいう食感が心地よかった。

とらドラ7話を見て寝支度、
寝る直前にはかぐや様6巻を読んだ。
どちらもラブコメなんだよな。
どちらもこれから中盤に入っていくけど
とらドラはこっから加速していく。
そうなるとかぐや様と競合してくる…タイミングずらすべきか…


2021年11月16日(火) ロマン殺し

朝、忙しい。
洗濯物まわして
鶏もも肉パプリカ玉ねぎニンジンの
豆板醤炒めをつくって
トースト焼いてネストローネ出して
食って
弁当仕上げて
洗い物して
洗濯物干して
歯磨きして
着替えて
荷物まとめて…
なにげに「食って」が時間かかるんだよな。
今いい家に住んでる、その実感を得るのに
食事時間はうってつけだからもったいない。

家を出る直前、行かないでと妻がごねる。
ふざけてシュッシュ、シュッシュとジャブを打ってくる。
「強いぞ。こっちは人間二体分なんだぞ」
「なんで攻撃力に換算してんだよ」
腹に子がいると思うと何もし返せず打たれるままだった。


昼飯美味かった。やや薄味か。
野菜が多くてスバラシイ。


夕飯はチンジャオロース。
量は遠慮なくドカッとつくる。
クックドゥーによる素をつかってるけど
牛肉に醤油みりん胡椒で下味をつけて
仕上げにはオイスターソースを足すから
量が増えても対応できるのだ。
が、何分下味だから味の調整が後からしづらい。
いや当然薄いぶんには調整できるのだけど
なんだか下味は濃くしてしまいがちで、
結果今日も濃い目のチンジャオロースが仕上がった。
めちゃくちゃうまいけど…。
塩分過多だ。

食事中はNスペの洞窟探検ドキュメンタリーの続きを見た。
世界にも類を見ない巨大洞窟、龍の巣に
何百個ものライトを設置して暗闇という暗闇を照らし
全貌を明らかにしようとしていた。
で明らかにしてた。
そういうことってしていいのかな、
僕はあんまり好きじゃないです。
龍の巣は龍の巣でいいのに。
全貌が明らかにされるとちょっと白けてしまう。
そう考えると探検家というのは、
ロマンあふれるように思えてロマン殺しでもある。


食後、OKストア。
ずーっとOKマートだと思い込んでた。
こっからはちゃんとOKストアと表記する。
水や油、洗剤、バター、食パンなどなどを買い込んだ。
家を出てから帰るまで25分。
ネットスーパーは結局1度しか利用してないが、
あれもなんだかんだでトータル15分くらいはかかる。
荷運びの苦労がないのは便利だけど
受け取ってうんぬんを足すともう少し時間はプラスされるし
そのくらいなら
実物が見れる上にずっと安くちょっとした運動にもなり
夜気を感触できる平日スーパーも悪くはない。
ただ水の6本セット、…とアイスティー6本セット、
および米10kgとかなってくるともう自転車ではムリだから
年末にまた一回お世話になろう。そうしよう。


帰宅して、物をしまったり洗い物を済ませると21時15分。
退勤から3時間、帰宅して2時間。
まあ…テキパキ動いてるからこの時間で済んでるわけで、
こっから自由時間を3時間確保できると思えば十分か。

今日もシュークリームを食べた。
入浴後にはバナナジュース。

戯れに、今日摂取した野菜類を数えてみる。
朝のミネストローネで、
[人参、玉ねぎ、キャベツ、ベビーコーン、しめじ(、トマト缶)]
弁当で、
[人参、玉ねぎ、パプリカ、サラダ菜]
夕飯で、
[ピーマン、タケノコ、サラダ菜、トマト、鶏むね肉]
だから重複除いて10品目か。で量は結構摂ってる。
野菜に限らなければ、これに加えて
パン、バター、米、鶏もも肉、鶏むね肉、牛肉、
シュー生地(バター、卵、小麦粉)、クリーム(栗、生クリーム、ラム酒、砂糖)
バナナ、珈琲、豆乳、牛乳となる。
全部足して27品目。
バランスの良い食生活としては一日30品目が目標なんだっけか。多いな。
ていうか砂糖って入れていいのか?
それなら塩も入れていいってことに…。
塩、胡椒、油を入れりゃあ30品目達成だ。
うん達成達成。いいよいいよ。


一通りやること済ませてからは
久しぶりにちょっとだけエロゲした。
サクラノ詩の続き。
テーマをがんじがらめにしておきながら
物語的面白さもドラマ性も確保するのほんと見事だな。
エロシーンはいらないが…。


今夜もかぐや様を読んで寝た。


2021年11月15日(月) 憎悪の対象(レス)、おめでた確定

快晴。


昼飯は昨日のたこ飯。
やはり美味い。
サラダも美味い。
サラダ菜に茹でたニンジンと、
皮目を焦がしたパプリカ、
柚子胡椒をきかせた鶏むね肉。


宮本から君への完全版3巻を読みきって、
復讐について考えてみた。
理非ではなく、
実際的な復讐の手立てについて。

しかし相手を想定できなかった。
今現在、憎しみの対象はない。
憎たらしい相手がいないわけではないが、
憎悪の標的となるような、
端的に言って敵はいない。
別にめずらしくもないだろうけど。
ただ、敵がいない身の上というのは、
どことなく弛緩した感じがあって、
燃え盛る憎しみの炎に身が焼き焦がされるあの感覚、
あの生命力が懐かしくもある。

個人でなければある。
GoogleとAmazonは
早く潰れてしまえばいい。
それに代わる次世代型が台頭しようとも、
前例はあればあるほどいい。
“帝国”の像が弱まる。


満を持して妻が産婦人科にかかり、検査の結果、
正式に妊娠と判明した。
正直な感想は、嬉しいでも不安でもなく、
妻の身体が無事で良かったという安心感だ。
今は切迫流産だとかの心配もなく、
ごくごく”普通に”妊娠しているという。
それが何より喜ばしい。


夕飯は冷凍餃子。
先日西荻の、持ち帰り餃子専門店で買ったもの。
これが劇的なウマさだった。
10分焼きゃいいだけだし
20コ入りで550円くらいだったし
自分で作る必要なくなってしまうなこれ…
月に一回はお世話になろうかしらん。


食後せわしくミネストローネをこしらえた。
妻に飲ませる朝のスープとして。
玉ねぎ刻んでレンジで3分あっためたら
少量のオリーブオイル中火で炒めて
同時にトマト缶煮といて
ニンジン刻んで煮て
しめじ入れて煮て
ベビーコーン刻んで煮て
キャベツ刻んで煮て
玉ねぎが色づいてきたらこれも煮て
10分ほどしたら塩コショウで味をととのえる、だけ。
もっと調味料に凝るほど美味しくなるけど
入れなければ入れないほど健康的なんだよな。

調理している最中に妻が寄ってきて
今日撮影したという胎内の写真を見せてもらった。
まだ姿はわからない。袋の段階だという。
出産予定日は7月14日だそうだが、
これは2週間後の来院で正式に決定させるらしい。


従兄弟が去年に続きマグロの大物を釣り上げたそうで、
親戚一同に送るというが辞退した。
妊婦に生魚は食中毒のリスクがつきまとう。
加えて水銀の摂取量も危ぶまれる。
あれ美味しいから名残惜しいけど、しかたない。


昨日のシュークリーム食べて
バナナジュースを飲んで
かぐや様を読んで寝た。


2021年11月14日(日) 自由が丘ショッピング

快晴。
布団を洗濯し、OKマートへ買い出し。
なんだかんだで西友より安い。
どっちも使っていくことになりそうだ。

道すがら、住宅地の庭々を眺めて、
自分はきっと造園や園芸は好きだと直感した。
木々を切ったり形を揃えたり、
「できそう」な感覚がある。
この「できそう」という感覚は強靭で、
菓子作りをし始める動機づけにもなった。
ほとんど確信みたいな自信。

昼飯はチャーハン。
多めの油でニンニクとキャベツを炒め、
冷凍イカを加えたチャーハンには、
もはや中華だしなどいらない。
入れ忘れただけだけど。
いや実に美味かった。


食後一息してすぐ、自由ヶ丘げ向けて出発した。
昨夜に続いて今日も妻とともに荻窪駅へ歩いて向かう。
毎日通っている道だが妻と歩くと景色が変わる。
名もない木、名もない花であった植物たちが
次々とその正体を暴かれていく。

丸の内線から副都心線を経由して自由ヶ丘へ。
中目黒にしても代官山にしても、
東横線の駅へは
これまではどこから行こうとしても
必ず2回は乗り換えが必要で
とくに渋谷での乗り換えが大儀だったけれど
荻窪からは丸の内線から新宿三丁目で乗り換えれば
乗り換え一回で着ける。すばら。

電車内の液晶ディスプレイ案内では、
自由ヶ丘駅は
「自由が丘」と表記され、
続く中国語案内では
「自由丘」と表記されていた。
見慣れているあまり見過ごしがちだが、
「が」にせよ「ヶ」にせよ、
意味のある文字ではない。
少なくとも意味を説明できない。
外国語話者に向けて、
「自由が丘」の「が」は何だと聞かれても答えられない。
とかなんとかぐるぐる考えて、
いちばんしっくりくるのは
「マスク・ド・---」の「ド」だと思った。
まあ、こっちのほうがしっかりした助詞なんだろうけど…

自由ヶ丘は学芸大学近くに一人暮らししていた当時、
ちょいちょい自転車で来ていたから思い出深い。
やや吉祥寺化(女性版)しているきらいはあるものの、
今でもそれなりに好きな街ではある。

今日は明確な目当てをもってやってきた。
何店舗か家具店を冷やかしてから、
本命のジャーナルスタンダードファブリックへ。
妻がもう何年も欲しかったというダブルのベッド。
マットレス込みで19万するが許諾した。
妊娠がなければ渋ったろうけれども、
ことここに至っては仕方ない。
こっからさらに布団、シーツを買い揃えると
トータル25万はいく。…が仕方ない。
その分、ソファを安物で済ませることにした。
こちらも10万から考えていたから、
それを2、3万で済ませるとあらば、
かなり節約にはなる。

購入手続きまではしなかった。
こちらが今使っているベッドの処分が決まり次第
正式に購入という手はずにした。

そっからは気楽に歩いた。
自由ヶ丘はどの通りにも店が立ち並んでいるだけに、
どう歩いても楽しめてしまうから
いっこう地理を覚えられない。
おそらくこれまでろくに歩いたことのない通りには
次々にインスタ映えする店や施設が現れた。
その一角に古民家カフェがあった。
客がぞろぞろ行列をなしていたから入店は諦めたが
店先から様子をうかがわせてもらった。
大繁盛しているだけあって、雰囲気ある。
純和風のお屋敷めいた広めの邸宅が開放されて、
トータル三十畳はあろうかというスペースで
多くの若い男女が和気あいあいとしている。
靴を脱いでくつろげるのが和風カフェの強みだ。
しかし今やさほど羨ましくもない。
雰囲気作りの参考にはなる。
内装は物足りない。
照明はうちの方がおしゃれだし
ちゃぶ台は量産型で安っぽく味気ない。
元の家のポテンシャル頼りという感じだ。
とはいえライト層の客をつかむにはこれで十分なのだろう。
大繁盛しているし。

どのカフェにも寄らなかったが
妻はどうしてもレモネードが飲みたいとねだり、
元タピオカ系店舗であるのだろう怪しげな浮ついたジュース屋で
おそるおそるレモネードを買ってみたところまずまず美味しかった。
甘くなくて。砂糖不使用らしい。蜂蜜だけ。
しっかりレモンの酸味があって、十分な味だった。


帰ってからノンストップで夕飯の下準備をして
洗濯物を取り込んでシーツをセットして
夕飯の支度をしながらシュークリームの準備をして
ちょっと時間の空いた5分間にお義母さんへの返信をしたり
洗い物も順次済ませて僕はもう本当に偉かった。
妻はゲームしていた。
身重で気持ち悪くしているからしかたない。

夕飯は蛸飯。
これは数週間前に妻にせっつかれて買ったもの。
高かったけどそれに見合う美味さ。
まぁ直感で、炊く前に醤油とみりん足したのだけど。
紅しょうがが嬉しい。
なるほど蛸には紅しょうがが合うと、
思えば僕らの誰もが知っている。
あと、もやしの鶏胸肉と大葉の炒めもの。
妻がどっかで見かけたレシピで、
見ながらやってみたけどところどころ手順が不十分で
あんまり上手くいかなかった。
まずはじめにオリーブオイル100mlで大葉を揚げるのだが
その大葉はオリーブオイルに香りを移すためだけのものであったらしい。
しかしレシピにはその大葉をどうするか書いてなかった。
そのオリーブオイルでもやしを炒める。
それからもやしを冷やすのだが、
この余ったオイルはやはり使わないらしい。
なのに何も書いていない。
そのほかにも穴が多かった。
次回のために改変レシピ書いておこう。
鶏ささみ肉に生姜スライスを乗っけて、
熱湯をかけて4分放置。
その後、ひっくり返してまた熱湯かけて4分放置。
ただしこちらは茹でた鶏むね肉でもOK。
大葉は生で5-10枚を残しておきつつ、
5-10枚をオリーブオイルで揚げる。
鷹の爪、もやしを入れて1分でサッと炒める。
もやしは冷水に浸す。
もやしを塩コショウで味ととのえて、
鶏肉と和えて、タバスコ数滴で味を引き締める。
生の大葉を乗っけてできあがり。

大葉とオリーブオイルの味の相性は抜群。
それは大葉のジェノベーゼで証明されてるもんな。

食後はシュークリームの仕上げ。
今回は市販のマロンペーストをつかったわけだけど
これをマロンクリームにするにあたって
先に少量の生クリームで
ペーストを柔らかくしておくべきだった。
生クリームすべてを9分立てにして、
それをペーストと合わせたものだから
ペーストが混ざりきらず
部分部分固くなってしまった。
シュー生地はシュー生地で、
生地時点では上手くいったのだけど
天板に平べったく絞ってしまったから
ボリュームが出なかった。
結果、クリームを注入しにくいシュークリームになった。
渋々、上部三分の一をカットする出で立ちのシュークリームにした。
味は良かった。

シュークリームのお供は
妻のカフェイン摂取量に配慮してほうじ茶。
食べながらとらドラの5,6話を見た。
先が長い。
クリスマスあたりが面白かった記憶がある。
文化祭のノリは辛かった。


入浴後で妻はゲーム、
僕はやるべきことを全部済ませてからは
寝室にこもって読書した。
部屋の電気は落とし、
ピンライトを間接照明代わりにして、
iPhoneで音楽をかけてのリラックスタイム。
1時近くなって姿を表した妻に羨まがられた。
「なんか優雅だね」
「きみはゲームでもしてればいいだろ」
「なんでそういうこというの…嫌いなの…」
そのまま妻も10分ほど
ゆったりした時間を楽しんでいるうちにまどろみ、
久しぶりに漫画を読まずに寝た。


2021年11月13日(土) 2周年記念ディナー、少女像

珍しく妻が8時に目を覚ました。
外で子どもたちが騒がしくしていた。
おそらくは我が家の木に何かを引っ掛けてしまって、
それを取ろうと道から画策しているらしい。
協力してやることは容易いのだが、
そうすると彼らの貴重な経験、思い出のジャマにもなる。
道端から人の家の木を
なんらかの方法でつついて
目的を遂げようとする、
そのかげがえのない時間は尊重してやりたい。
で放って置いたら30分ほどで去っていった。
成功したんだろうか。


朝は休日トーストにワンタンスープ。
今日はディナーに焦点を当てている。
朝多めに食べて、昼をやや遅らせて、
あいまに一切間食をしないことでコンディションを整えるわけだ。


食後図書館がてらのスーパーの買い物から帰ると
妻が庭を掃除する手はずを整えていた。
1時間ほど一緒に掃除した。
主には枯れ葉の回収と草刈り。
妻がいろいろと買った土いじりの道具を紹介してもらいつつ、
その利便性を堪能したりした。


昼飯はチャーハン。
ネギ油をこしらえて、ニンニク、キャベツを炒めて、
冷凍イカも足して仕上げたチャーハン。
美味しすぎた。
中華だしを加えるまでもなくしっかい味強かった。
忘れてただけだけど。


食後、ゲームをしたがる妻を放っておき、
僕は西荻窪へと繰り出した。
八百屋で野菜を買ってからのち、TSUTAYAへ寄った。
リザとナントカと恋するキツネが200円で売っていた。
この映画はホントに大したことねー凡作というかほとんど凡作なんだけれど
劇中で歌われる曲がよくって
少なくともあと一回は観るだろうと思うと
同じ値段なら買っちゃえと思いきった。
パッケージなしの布ケースで場所も食わないし。
で、とらドラの続きを借りた。あとかぐや様を10冊。
1週間で見きれるのかしらん。
映画は諦めた。


帰ってきてからは
ゲームしてる妻を眺めながらレシピ本呼んだり
ごろごろしたり本を読んだり
調べ物したり掃除したりと
こまごました生活を楽しんだ。

妻は今日裁縫に勤しむ予定だったが
午前中に届くはずだったアイロンおよびアイロン台が
いっこうに届かないという。
もう15時近かったの調べさせてみると、
どうやら別の家に届いているようだった。
配達完了の写真を見るとおそらくは隣家のようで、
おそるおそる二軒隣の家の玄関先を伺ってみると、
たしかにこちらの荷物が置き配されていた。
なんの張り紙もなくまた住人の気配もないから、
サッと回収した。
配達は運送業者ではなくAmazonによるものらしい。
正確にはAmazonから手配された個人事業主となる。
だからAmazonに文句いうのは筋違いという…
きわめて歪なシステムのひび割れを実感した。

できればモロッコ雑貨店を覗きたかったが
妻が本調子ではなかったから諦め、
18時半に家を出た。
荻窪へ向かう途中には児童相談所がある。
いずれはここの厄介になるのかもしれないと想いをはせつつ、
それはそれとして、
この施設入り口際にある少女像が問題だった。
10代前半と思しき少女が等身大でリアルに彫刻されている。
で出で立ちがいかにも少女という格好なのだが
なんとミニスカートがめくれている。
それは風でフワッとたなびいた瞬間の切り取りで、
まぁ溌溂とした健康的な表現に見えなくもない。
おそらくは昭和の時代の産物であろうから
当時の感覚を鑑みれば自然ともいえる。
だがよりにもよって児童相談所だ。
子育てに関するあらゆる相談事には、
あらゆるケースの性被害も少なくないだろう。
少女像まではわかる。
ミニスカートでもいい。
しかし衣服がはだけて足を露出させているその像は、
これはもうイチャモンにあたるかどうかの土俵にも上がらない、
明らかなアウトだろう。
この像については
妻もかねがね反感に近い違和感があったらしい。
妻はスカートの方には目がいってなかったようだ。
ただ少女の体つきと、やけに艶っぽい顔つきが、
否応なしに性的な印象を与えているという指摘で、
やはり児童相談所にはふさわしくないと結論づけていた。
僕らはまだ第三者だが、
利用者から文句いってないんだろうか。
いってないとも思えないけれど。


予約時間に合わせ19時の数分前に到着。
イタリアンレストラン、ドラマティコ。
店舗が変わってからは初めての来店となる。
だから2階に通されて驚いた。
以前は1フロアだったので。
今日はディーナーコースに加え、アラカルトを2品頼んだ。
妻が妊婦?につきアルコールはなし。
代わりに注文したキノットという炭酸ジュースが
やけに美味しかった。
柑橘の香りと説明にあるがベリー系な風味を感じる。
アミューズは小魚のフリット、パセリのソース。
レバーのなんとか。
アジとトマトのスープ。
スープが尋常ならざる美味しさだった。
アジは姿も味も嗅ぎ取れなかったけれど、
たしかに魚介ダシのスープではある。
それから、皿にひっそり添えられていたドライトマトが
あんまり甘くてビックリした。
丁寧に干されて旨味が凝縮された自然な甘さ。
トマト嫌いの妻も驚いていた。

アラカルトでオーダーした、
イクラを添えた鮑とジャガイモのカクテル仕立ては絶品だった。
ジャガイモはピュレッピュレで、ムースのようにまろやか。
コンソメジュレは薄味でさりげない。
アワビの弾力を楽しんでいるところへ
イクラのふつふつした感触が追いかけてきて弾ける。
これは一つの小宇宙。
できれば真似してみたい。
似たようなものはできるはずだ。

コースの前菜はボルチーニ茸と白子のフリット。
濃厚。
美味しかったけど重かった。
妻は、IKURAという恵比寿にあったイタリアンを引き合いに出して
その濃厚さを懐かしんだ。

続けてアラカルト2品目の、フォアグラのソテー。
ジャンボマッシュルームが下敷きになっておった。
ひっさしぶりのフォアグラ。
これにはもう、お帰りという感想。
お帰りなさい。我が口へ。
フォアグラはシンプルであればあるほどいい。
へたに肉に合わせるより
マッシュルームというのはちょうどよかった。
25年ものバルサミコソースも上品な甘味があって
感動的だった。

パスタの一皿目は…ええとあれは…
キノコたっぷりのペペロンチーノみたいな…
オイルがやたら美味しかった。
麺はアルデンテよりさらにほんのわずか固めで、
このパスタにはよく合っていた。

二皿目はこの季節のスペシャリテとのこと。
渋皮栗のラヴィオリ、マスカルポーネソース。
上に甘くないチョコレートが散らかしてある。
絶品だった。
栗の味がほとんど感じられず、
チョコレートが強すぎるとも思えたが、
それぞれは知っている味なのに
初めて味わう組み合わせの妙があって、
口に含むたび多幸感があった。

メインは仔鴨。ポーチドエッグが付け合わせ。
トリュフがこれでもかって盛られてて香りが芳醇。
見た目通りの美味しさ。
「思えば、こんなに多く鴨を食べたひと月はないね」
「たしかに」
「あるとしたら、初めてのウェスティンか」
「?」
「ああ、スカイラウンジのね」
「そっか、一日中食べてたもんね」
妻は鴨をやや残した。
食欲はあるものの噛むのに苦労したようで、
今はそういった食べ物が入らないのだという。

デザートは固形上じゃないプリンめいたソースに、
木苺のわらび餅やシャインマスカットやらが
浮かばせられていた一皿。
お茶受けにはクッキー。それにマシュマロ?
コーヒーとともに堪能。
心地良い満腹感。

食中どこかで、
きみは店員さんへの応対が穏やかでいいよね、と
妻がしみじみ言ってくれて嬉しかった。
これまで食事の席を共してきた男性のなかには、
むやみに横柄、高圧的な手合がたびたびいて、
妻はそうした人間の態度を極端に嫌う。
「食事そのものばかりに気がいって
食事の時間が意識されてないんだろうね」
と指摘すると合点がいったようだった。
妻、ひいては女性の方は、
食事そのものと同じかそれ以上に、
食事の時間を大切にする。
だから
「誰と一緒に食べるか」が大事であるし、
「どのように食べたか」というシチュエーションや
雰囲気、出来事も食事の価値を加減させる変数となる。
だが一部の男性にとっては、これが意識されていない。
だから食事中に店員へクレームを入れることで
食事の時間が台無しになる、といった悲劇にまで
気が回らない。
回ったとしても「だってそれは俺のせいじゃないだろう」
という頭でいる。
僕はそのあたりを完全に意識化、言語化できるが、
妻ほどには、そういった連中を敵視もしない。
彼らが正しくないとは言いきれないから。
もてないだろうとなとは思うけど。


それから、先日配本で頂いた
人類学漫画の本について所見を述べた。
妻は大学における人文学研究者についての
前途について嘆き、
僕は研究者という立場肩書きが
門外漢にとっていかに空虚になっているかを述べた。

21時に食事を終えた。
会計は21000円。
アルコールなしとはいえ、かなり良心的な料金だ。
今回の料金は、
妻のご祖父母から頂戴した小遣いから支払われる。
正月に「お年玉」との名目で送られてきたのだ。
さすがにお年玉をもらう年齢でも立場でもないと
二人で笑ったのだが、
美味しいものでも食べてねというメッセージには
温かみがあった。
それから11ヶ月とっておいたわけで、
今日ようやく、結婚記念2周年という祝いに
そのお金を遣えてよかったと思う。

21時半前に帰宅。
コース料理を食べに行ったのに、
徒歩圏内だから帰宅時間が遅くないというのは
不思議な感覚だった。
最低限の片付けだけして、
妻は心身を落ち着けたいということでゲームをした。
僕はバナナジュースを入れて
その時間に付き合った。

かぐや様を一冊だけ読んで寝た。


2021年11月12日(金) 朝ドラ、誹謗中傷

快晴。
朝のスープはワンタンを温存して豚汁にした。
しかしどっちも傷みやすそう。

NHKの朝ドラが嫌い過ぎる。
通年主題歌がうるさいし
芝居もうるさい。
そのくせ朝ドラの番宣多すぎる。
なにかとかこつけて番宣する。
NHKここまでひどくなかったと思うのだけど。

毎日8時からは仕方なく民放にチャンネルを回して、
8時15分になったらNHKに戻す。
その時間から始まる番組も番宣うるさいから
あまり好きではないのだけど。
ゲストもハズレが多い。
今日は湊かなえ。大嫌いな作家だ。
伊坂幸太郎ほどではないが、
両名ともラノベの方がずっとマシという
痛々しい文章を書く。
この二名を好む人間が周囲にいないとも限らないし
それで友達付き合いを見限るつもりもないけれど
作品を嗜好する目線においては徹底的に見下す。
「人それぞれの楽しみ方がある」
「面白さを理解できていないのではないか」
「単に好みの問題でしょう」
といった安い見識では到底保護しきれないほど
作品の質が低い。
その低劣の本質は人間の描写で、
きわめて安い人間がきわめて安く描かれている。
まるきし表面的な。幼稚な。
それでいて
「人間のおそろしいところ濃縮。えぐり出してみました」
みたいな風情でいる。最悪。
中学生でも恥ずかしくなるような
あっさい人間の切り口。
もうこんなん好む人間は税金払わなくていいんじゃないかな。
税金払わないでいいから社会からポイだ。

…ってくらい嫌い。
ここ以外で口走ったら
社会からポイされるべきはお前の方だとかなんとか
逸脱の構図を指摘されてしまうだろうが
ここは僕のアジールなので悪口は遠慮なく血走る。


水谷隼を読み終えたので
宮本から君へを持参して出勤した。
でエレファントカシマシのEasy Goを聴いた。
沁み入るぜ。
宮本から君へがドラマ化したときには
かなりの不安があったけど
オープニングだかエンディングだかで
この曲が流れて衝撃だった。
シンクロ率つうか。
もうこれっきゃねえって感じだったもんな。


弁当はガパオライス。
出勤した瞬間からもう食べたくてしかたなかった。
皮目を焦げ付くほど焼いたパプリカがいい仕事してる。
大葉はいつも遠慮してしまうが
もっとたくさん入れていいはずなのよな。


誹謗中傷について。
今どきはかなりデリケートな扱いが求められる。
上の記述でも、
「作家として」(作品を創出した主体として)
僕は湊かなえと伊坂幸太郎が大嫌いだが、
罵ってる側がそう限局してみせたところで、
傍からは個人攻撃ととれなくもない。
昨日だか一昨日に瀬戸内寂聴が亡くなったとの報。
なにかと背景のある人でもあり、
また悲劇の感が薄い高齢の往生とあって、
ネット上では流言雑言も飛び交っている。
僕自身は、背景だとかはどうでもよく
ただ単に発言の一つひとつが気に食わないから
好きではなかった。というか嫌いだった。
それにしたって、
亡くなったばかりの人を指して
叩ける要素をネタにして
まるで玩具のように扱うのは抵抗感がある。
これが湊かなえ大先生だろうと
伊坂幸太郎超先生だろうと同じことだ。
しかし作品は叩く。
その作品群の総体としての作家名も荒っぽく扱う。

…とかなんとかいっても整理しきれないな。
言い訳クサイ。
人前で披露できるレベルの持論には達してない。
ここだけの話だ。


帰りは今日もブックオフに寄った。
土日にわざわざ来るよりは時間のロスがない。
22時閉店に対してはギリギリだが滞在時間は5分で済んだ。
結局とらドラは買わなかった。
3500円程度で揃うとはいえ、やはり場所を食うのが問題だ。
代わりとばかりに、かぐや様は告らせたいを1巻だけ買った。
妻に読ませて好反応だったら続きはレンタルするとする。


夕飯、豚汁うどん。
好きい、豚汁もうどんも大好きなのおお。
美味しいのおおおおお。
あったまるしよお。
こんなん外で食べれたら最高だよなあ
大晦日にやってみっかな。


妻に読ませたかぐや様は好反応だった。
僕の方は宮本から君へを少し読んで、
2時くらいに寝た。


2021年11月11日(木) 飯、生活

快晴。洗濯物干しが気持ちいい。
ここ数日朝に提供してきたワンタンスープの
ワンタンが尽きたから
同じ具材である豚ひき肉を団子にして冷凍してあったのを
キャベツとともに煮てスープにした。
今冬はずっと妻にスープを提供し続けてやるつもりだ。
滋養栄養、身体への熱供給。


歯医者。
本命の虫歯治療は終わったから、あとはついで。
地味に詰め物が取れていた奥歯に改めて詰めてもらった。
詰め物詰め物といって、
いったい何を詰めてるのだろう。


夕飯は豚汁。ブリの照焼。
やや偏った飯が前後にあるから
今日は健康食。

夕飯の支度は
炊飯時間である48分と一致させたい。
今日は13分余ったから、
その間に鶏むね肉を調味料とこねて
ワンタンの皮に包んだ。
この鶏むね肉は明日の朝弁当作りのために使うが
3割ほどは余る予定のもの。
それを先に処理したわけだ。

予定していた時間ピッタリで夕飯を提供。
ぶり大根は薄味になったが、
へたに濃くなるより風味を味わえる。
豚汁はベストな仕上がり。
肉からも野菜からもよく味が出ているし、
味噌の加減もちょうどいい。
これで漬物があったら至高だった。
でも漬物も塩分摂取の点では足したくないのよな。
漬物そのものがメインにならないと。


食後、妻から構って構ってとそそのかされる。
タバコを辞めて以来
切り替えの時間を持て余しがちのようで、
気を紛らわす意味でも
とにかく一緒に何かしていたいようだ。
隣にいてくれるだけでもいいというから
僕は
宮本から君へ
を本棚から引っ張り出して読んだ。
手持ちは完全版?の分厚いやつ。
表紙の絵がキレキレ。
躍動感ある宮本のアップ。
こんな絵、新井英樹にしか書けんよ…。


今日もバナナジュース飲みながら
とらドラを観た。
続き…買っちゃおうかな!
もはや費用というよりスペースの問題なんだよな。
バナナジュースは現在、豆乳8割牛乳2割にしている。
それにほんのちょっとの蜂蜜。
こりゃーかなりの健康飲料だ。
二人分つまり二杯で費用は100円相当くらい。
悪くない悪くない。


水谷隼読みきった。
似たようなプロット多くてもったいない。
オチも弱いし。
でも舞台設定や文章は申し分なく上手い。
図書館行けば借りられるとはいえ、これは買いだね。
神保町まわっても売ってないけど。


2021年11月10日(水) 20211110

10月から年月日を示す数字八桁が特異な日ばかりだな。
 今日が20211110
 明日は20211111
 お次は20211112
頭おかしくなるぜ。

上の
「お次は」
は、お察しの通り
本来「明後日は」にすべきところを
文字数合わせるためだけに三文字表記となるよう
小細工した結果です。
そういうことって、ある。

クレイジーナントカさんの
「おれの おれの おれの話を聞けェー」
って歌、
高校生だったか初めて聞いたとき
ちょっと面白ぇーじゃん
と思ったのにそっから
「5分だけでもいい」
て続いて アレこれは て不安になりながらそのまま聴き続けてみたら
二番だか三番だかで
「2分だけでもいい」
ときて ウワーだめだろ て絶望した。
曲に歌詞をのっける都合上、
「5(ご)」か「2(に)」の一音にする必要があるから、
ここは「5分」「2分」としているのだ。
「1分」でも「3分」でも「4分」でも、
モーラが一つでも増えたら乗らない。
だから「5分」「2分」。
つまり、意味するところひいては表現の核よりも
表層的な方を優先しているわけで、
いやあ白ける白ける。
当時ティーンエイジャーならではのスピリッツが燃え盛り
異様にむしゃくしゃして
部屋の中を暴れまわるほど不快だった。
今でもあの歌は嫌い。

ただ文章書いててもこんなことは多い。
なんでもかんでも自制しているわけでもないから
上記の「お次は」くらいは通したっつうわけで、
その線引きの位置づけによってセンスがあらわになる。


そうそう。
ある信条とか表明した立場について
極端に徹底しなければならないかのごとく認識する連中が世にはいる。
わかりやすいのがヴィーガンに対しての
やっすいツッコミ。
大豆加工などで代替的に食肉めいた料理をいただこうとする人らへ
「結局食べたいんじゃん」とか、
あるいは
「肉食べないのはわかったけどハーブは良いの?」
とか
矛盾点を鋭く突いたつもりでいる鈍い頭脳の面々の
やっすいやっすい
誰にでもでき
誰にでも思いつき
誰の心も打たない
あほ丸出しのツッコミ。
僕自身はヴィーガン思想にもその立場にも
なんら理解を寄せるつもりはないが
それにしたって
彼らの主張やその意義についてある程度の解釈はできる。
が詳しくは今は置いといて。
結局コレも「限局」の話だ。
仕分け、整理、線引き。
もうちょっと術語をきっと重ねられるな。
しばらく考えよ。

で

本日11月10日は結婚記念日。
レストランでのお祝いを週末にやるから
今日は言葉をかけあっただけだけど。
快晴で気持ちいい。
入籍日の前日にやった結婚式の日和がこんなだったから懐かしい。


弁当は鶏もも肉の照り焼き。
醤油と砂糖はいつも目分量だけど
今日はコレ以上ないってくらい
ベストでジャストなバランスに仕上がって
ウッマウマだった。
ただ朝時間がなくて
弁当箱にサラダ菜を詰めそこねたのが悔やまれる。


夕飯はレトルトカレー。
なんでもかんでも自炊する我が家ではご馳走にあたる。
ウン一応記念日だからな。
妻はバターチキンカレー、
僕はグリーンカレーにした。
レトルトでは流石に具材が弱い。
冷蔵庫に常備してある水煮タケノコをバターで炒め
塩コショウしたものを足した。
サラダにはオリーブオイルでかるくソテーした柿を添えた。
いずれも大正解の美味しさ。


日常のルーチンからの脱却。
たぶんいちばん求めてるのは「誘い」だ。
いま、友人…というより友人的な間柄の関係筋から、
「おうちでパーティーするからおいでよ」
と誘ってもらえたなら、
1%のメンドくささと10%の緊張、
5%のためらい、5%の後悔に弱りつつ、
残りは全部、生の実感に満たされるに違いない。
そのパーティーには何らかの目的が付帯されていてはならない。
パーティー自体が目的でなければならない。
なるべくなら、いつものお決まりのメンツといった少人数よりも、
ちょっと知らない人がいるぐらいの方が望ましい。

自分でやればいいのだろう。
今の家ならできなくもないし、やったろかしら。
だが三四人ならまだしも、
それ以上となると今はまだコロナが危ぶまれる。…。


今夜もとらドラ!を観た。
バナナジュースを飲みながら。
あと一回観たらこれで買ったDVDの視聴分は尽きる。
続き買うか? それとも借りるか。


2021年11月09日(火) 限局

雨。
今日で結婚式からちょうど2年。
お義父さんから祝いのLINEが届いた。
妻は父と半絶縁している。
複雑な事情と感情の結果だが、
少しずつ緩和されていけばいいと思う。
あくまで少しずつだ。
まだ当面は僕が連絡係となる。


弁当は豚ロースソテー。
ソースは玉ねぎとニンニクを炒めて
ケチャップとウスターソースを煮詰めた。
美味かった…。
たまにやろ。


いわゆる人権派って
社会のことどうでもいいんだろうなって思える瞬間がある。
考えなしに人権を主張している連中。
彼らの人権意識は自分の身の回りの世界に集中していて
その外をろくろく考えない。

子どもを産めとか育てろとかいう既存の価値意識に対して
NOを表明できる時代になった。
アップデートされた価値観とかいう。
「子どもを産まなくても私は私」
「何も悪いことじゃないよ」
「あなたの価値はそれで計られたりしない!」
なんていう、いかにもキラキラした、
人権的に正しいようなフレーズが横行している。
これは一面的には正しいが全面的に正しいともいえないはずなのに、
そこんとこをつつこうものなら非人間的、前時代的、
レッテルを貼られて排除されてしまう。

「限局」がキーワードだ。
限る。
多くのこれは論法において、見えざる秩序を働かせている。
去年流行った「分断」と似たような属性にあるが、
実態や状況を表すよりかは、やはり論法だ。


退勤後、今日こそはとイタリアンの予約をした。
無事に席は確保できた。
楽しみで仕方ない。

高田馬場で途中下車し、ブックオフで
咲-saki-やら初恋の世界やらを買い足して、
レジに行ったら会計を打ち間違えていた。
本来よりも200円ほど安くなっている。
スーパーでもなんでも
こういうことってたまにあるけど
僕はちゃんと申告します。
10円でも安く買えるよう店をめぐったりしてるわけだけど
気づいてしまった以上は仕方ない。
自分の心の醜さと向き合うことになったら
金じゃ都合できないし。

そんな最中に妻から連絡が入った。
彼女は彼女で今買い物に繰り出していて、
できれば荻窪で落ち合い一緒に帰ろうというから承諾した。
着いてみると妻はヘトヘトのていで、
買い物中にまた気持ち悪くなってしまったらしい。
ひとけのなくなったところでマスクを外し
夜気を吸って吐いてしたらちょっとは楽になったようだった。
今日買い物していたのはついでらしく、本命の用件は、
中野坂上にあるかかりつけの産婦人科に飛び込みで行ったとのことだった。
しかし医者からは、今の時点ではまだ早すぎると、
診察料もとられず帰されたらしい。
10月7日時点から数えて4週ちょっとの現在でそうなるのか。
あらためて、来週15日月曜に予約をとったそうだ。
スーパーのだけ寄って帰宅。
夕飯は豚肉のバジルオイルソテーを
たっぷりのキャベツにのせて。
二人とも食欲旺盛でばくばく食った。

一息入れてバナナジュースを飲み、
風呂に入り、
それからさらにきしめんを食べた。
食べ過ぎ。
しかし庭への窓を開け放って
とらドラ!の2話をみながらすするきしめんは
なんとも幸せな気分に浸らせてくれた。


今夜も咲を読んで寝た。
そろそろ続刊が尽きる。


2021年11月08日(月) ピロリ菌検査提出日

7時半起床。快晴。
今日は午前休をとってある。
いつもよりのんびりと朝支度。
トーストにヨーグルト。
妻のための弁当には冷凍しておいた鶏団子を茹でて、
その茹で汁にワンタンを入れて塩コショウ、
ごま油ひと垂らしして小ねぎを散らしたら
りっぱなワンタンスープになった。
うまい…。
肉たっぷりワンタン嬉しい。


洗いものを一通り済ませて西荻へ。
今日は西荻の西友が5%オフ。
だがこれに縛られるのもそろそろ癪だ。
よほどの買い物計画がなければ気にしないようにしよう。
二百円やそこらの差で人生が窮屈になる。

9時半に戻ってきて、病院への準備だけ済ませて
そそくさ家を出た。
荻窪から飯田橋へ。
飯田橋から水道橋へは一駅歩く。
今日の清々しい日和で、
読書しながら歩いていかないなんて手はないぜ。
めちゃきもちよかった。

11時までの受付にぎりぎり間に合わせる格好で着いた。
病院では提出すべきものを提出するだけだったから
ほんの10分程度で終わり。
会社のある神保町へはそっから10分も歩けば着く。
まだ出勤するには早い。
時間があるので散歩し、昼飯先を探したが、
店に入るよりは外でパンでも食べようと思いついた。天来の妙計。
路地裏の小さな古いサンドイッチ店でロースカツサンドを買い、
コンビニで紙パックのカフェオレを買い、
専修大学併設のカフェでビーフカレーパンを買って、
そのまま構内のフリースペースで
日差しと風を浴び浴び、水谷隼を読みながらたいらげた。
幸せな時間。

12時25分に出勤し、自席で一眠りこいた。
20分ほど眠れた。
昼寝にしては深く眠れたようで、
チャイムとともに起きてからもしばらく眠気が
頭全体に乗っていた。


退勤後、週末に行きたいと予定しているレストランに連絡したが不通。
10年前に何度か行った荻窪のイタリアンで、
結婚記念にはうってつけなのだけど。
ただ懸念はある。
妊婦にはNGな食べものはそこそこ多い。
最低限でも生ハム、生魚、非加熱のチーズは
コースから避けてもらうよう伝える必要がある。


駅からの帰り道、20分近く歩くから
度々妻に電話している。
すると妻の方も今、夜道を歩いているという。
今日は新宿にウォーキングシューズを買いに行ったらしい。
そのテストを兼ねてただ南へ歩いていったら富士見ヶ丘に着いたそうだ。
来た道を戻っているだけなのに
知らない町だからか迷子の感に見舞われているようであたふたしていた。


夕飯は中華粥。
予定通りワンタンの皮を揚げた。ごま油で。
具のメインである鶏もも肉は少量。
こちらもごま油で少々皮目を焼いた。
レンジで戻したどんこは切り刻み、
戻し汁は出汁にして、さらに中華だしを加え、
塩コショウで味付け。
ウーン美味しい。
ワンタンの皮がいい仕事している。


食後、バナナジュース。
でっかいバナナ買ったらバナナの割合増えて
ねっとり濃厚で驚いた。
そりゃそうなんだけど。


入浴後、洗濯物を部屋干ししながらとらドラを再生した。
先日DVDを一枚目だけ買ったのだ。
オープニングとエンディング見れるだけでもいいと思って。
居間で調べ物していた妻も、見るともなく見ていた。
続き買おうかどうか悩む。
要所要所が良いんだよな。
お寒い部分もあるが…。


2021年11月07日(日) 母 古希祝い

曇りのち晴れ。
朝飯だけ食べて、すぐさま西荻へ。
鮮度の問題から昨日買わなかったハマグリを探し回る。
が…ない。
魚屋も開いていない。
アッチコッチ回った末、近所のOKマートでかろうじて、
小さいハマグリを買えた。これでよしとする。
午前中はずっと料理の準備。
妻は荻窪に、母に贈るための花を買いに行ってくれた。
昨日にも買ってくれたのだが、
「華々しいもの」という唯一の条件を満たしていない
ひっそりしたバラの鉢植えだったから、
これは流石にと難色を示したところ、
鉢植えは一応私も欲しかったからこれは私が引き取る、
また新たに買う…と転回した結果、
みごとに華美な花束を買ってきてくれた。

昼飯にはピザを食べた。
250度のオーブンで8分暖めるだけの冷蔵品。
がこれが美味い。
これから母をもてなす時間に
相伴あずかるつもりだから、
一枚を半分に分けて終いにした。


母は予定より30分ほど早く着いた。
バス停まで迎えに行くと、
このバスもシルバーパスで無料だったのだという。
3日に70歳となった母は、
今月から都営地下鉄、都営バスの運賃が無料になった。
ここまでも200円程度で来れたとのことだ。

家の案内は妻に任せた。
この家に招く初の来客となる。
居室以外の一通りを見せて、居間に落ち着かせた。
今日のもてなしおおよそは
僕の振る舞うご馳走によってなされる。
まずはハマグリのお吸い物。
丁寧に出汁をとって蓋付きの漆器に注ぎ、お麩、三つ葉を浮かせて。
お次は小鉢で、小松菜の煮浸し。こちらは薄めの味つけ。
油揚げの油でニンジンを炒めて、どんこ少々を足して、
サッと煮た小松菜を乗せたもの。
キャロットラペにはかるくローストクルミを和えた。
また、スパイスはクミンだけでなく
カルダモンとオールスパイスをほんの少し足した。
続けて漆器に盛った鯛のもみじおろしポン酢。
玉ねぎスライスは十分に辛味を抜いておき、
真鯛の刺し身を重ね、もみじおろしと小ねぎを乗せて、ポン酢を注ぐ。
口の中をサッパリさせたところで高野豆腐。
少量のコンソメの含め煮にして、
どんこ、タケノコ、小ねぎ、刻み生姜のとろみ餡かけ。
海老を添え、深みのある鉢で提供。
鴨肉と柿スライス。普段はケーキ用に使っている黒い皿に。
スライスした柿を軽くオリーブオイルでソテーして
薄めにスモークされた鴨肉と交互に並べる。
ソースは、醤油と少量のナンプラーを煮詰めてワサビを溶かしたもの。
ふろふき大根で口直し。
丁寧に炊いた大根に、
熱したみりんで溶いた白味噌をグラサージュ。
最後はいろり鍋。鶏もも肉とセリと煮ただけの鍋。
国内産のブランド鶏を2時間煮ただけあっていい出汁でてる。

トータルはそれなりの量になるから
残していいというつもりで提供したが、
母はご飯のおかわりまでした。
全体的に好評だった。やった甲斐がある。
デザートのみ妻に任せた。
抹茶パフェ。
生クリーム、大納言小豆、コーンフレーク、
黒豆、抹茶アイス、白玉。
白玉は僕がこしらえたもの。
これも美味しく好評だった。


食事しながら、母からいろんな話を聞いた。
勤め先の学校の愚痴やら、主催しているコンサート、
不動産のよもやま話、兄や甥の近況…
年配者に向かって話をしていく僕らではないから、
ごく自然な流れで、しゃべり好きの母の話を聞きっぱなしでいた。
最も我々をおののかせたのは、
母がYoutuberになったことだ。
なにか勘違いをしているのではないかと思われたが、
本当にチャンネルを開設し、4本の動画を公開していた。
長らく続けていた太極拳を下地に、
体と心をめぐる気の話などをしているようだった。
10年ほど前にブログを始めたときにも驚いたけれど
今回はその比ではない。
しかも奇妙な変装までしている。
素顔を晒すよりはいいが、ピンク髪のカツラにサングラス。
いちじるしく異様だ。
それでも当人が楽しんでいるなら何よりである。
面白かったのは動機づけで、
彼女は承認欲求から動いているのではない。
すこしでも固定視聴者をつかんで、
ゆくゆくは副業で営んでいる占いの方に
誘導したいというのだ。
なるほど彼女らしい。
つくづく思考が商いでできている。
それはビジネスではなく、肌感覚とともにある商いの精神。
この人はこうして70年生きてきたのだ。


食事を終え、会話も一段落ついたところで、
妻の妊娠…?を伝えてみた。
本来なら安定期まではまだ明かしたくもないが、
今時点でも母の喜ぶ話題ではあり、
また彼女は人生経験を豊富だから心配ないだろうと踏んで。
これが妻の方のご家族となると、
何分まだこの世代に子をなした事例がないという事情も手伝って、
過大な期待が寄せられてしまうことになるから、
こちらは慎重に、安定期に入るまでは伝えないと決まった。

「まだ確定じゃないけど」と散々念押ししたから
母も込み入った話はしなかったが、
伝えた瞬間にはわかりやすく
パアアァッと顔を輝かせた。
喜んでもらえてよかった一方で、
いうなれば、
 よくやった!
的な…前時代的な価値観ありきとなりかねないから、
妻への配慮もあり、こちらも話は深入りさせなかった。

それから花束をやり、写真を撮って、
土産を持たせておいとまとなった。
タクシーを手配してやるつもりだったが
彼女はこれを固辞して、
行きと同じくバスと電車を乗り継ぐ経路で帰っていった。


妻はやはり疲れたらしく、ダウンした。
僕は延々と洗いものをして、
それからは先日配本してもらった本を読んでいたが、
妻の勝手に付き合って一緒に漫画を読んだり、
何もせず過ごしたりなどした。
ところへ親戚から連絡が入った。
従兄弟の一人が入籍したそうだ。
めでたい話が続く。
母にとっては実に嬉しい一日だろう。
と思っていたらその母から電話がかかってきた。
今日の件については随分喜んでいた。
また、さっそく土産のわらび餅も開けたそうで、
これも美味しい、おしゃれだと喜んでいた。
写真まで送ってきていた。
実に美味しそうだ。
絶対に食べたい。
近日中に僕もわらび餅を買うことにした。
わらび餅、作りたいしな。


夕飯は昼と似たような献立。
残りもので確認できる味は、やはりいずれも美味しかった。
天才…。

食後に妻と義母が電話しているところ、
少々代わってもらって挨拶した。
昨日いただいた花の礼だ。
花はわからないが気持ちは嬉しい。
いつでも来てくださいねと伝えた。本心だ。
今日を経たことで客をもてなす確信が得られたから。
お義母さんは、娘が禁煙できているかどうかを気にしておられた。
かなり大変そうだがちゃんと続けていると言うと驚いた様子だった。
今は妊娠という事情も加わったから、もう完全に禁煙コースまっしぐらだろう。
だが妊娠についてはまだ言えない。

妻の弟くんもじきに入籍する。
挙式にあたっては、へたすると
妻の出産時期とかち合う可能性もある。
やはり早めに伝えておく必要があった。
安定期に入る直前を目安とした。


それから図書館から借りてきた妊娠出産についての
ガイド本を二人で読んだ。
女の負担は大変なものだ。
単純に、損な役回りだ。
この
「単純に損」
という極めてシンプルな話が、
一部の男性に伝わっていない気がする。
高邁なフェミ思想や立派な人権意識、
勉強を必要とされる人文理論などは置いておいて、
まずはこの
「単純に損」
だけに焦点を絞っても、
入り口としては悪くないと思うのだけど。
どうにも
「複雑な損」
に話が傾きがちなのよな。


妻は今は食欲があり、
それどころかずっと何かを食べていたいくらいだという。
とくに朝、もっと食べたいらしい。
それも何かこう、肉だとか…
とリクエストするから跳ね除けたが、
しばらくして一考し、
手持ちの食材から
ワンタンスープという最適解を導き出した。
中華粥にワンタンの皮を揚げて入れようと計画していたから、
そのためだけにワンタンの皮を買ってある。
さらに一昨日の担々麺のための豚ひき肉が余っている。
ワンタンなら肉の量も少ない。
体を温めたいに飲ませるスープとしても、
ワンタンスープはうってつけだ。
天才…。

夜も更けていたが
せっせとワンタンをこしらえた。
ひき肉はチューブ生姜とニンニク、醤油、酒、胡椒で
2分ほどこねたのみ。
包み始めてから、ワンタンの形がよくワカランことに気づいた。
途中から三角形にしてみたらそれらしくなった。


今夜も咲を読んで寝た。


2021年11月06日(土) 掃除の日

晴れッ!
喜び勇んで洗濯をしまくり布団を干した。
午前中は在宅しておいて、お義母さんから贈られた花を受取り。
9日が結婚記念日だからと、そのお祝いでくれたものだ。ありがたい。

図書館行って返すもん返してリチャードクレイダーマンを借りた。
明日客として招く母が好きなピアニスト。
あと妊娠出産のガイド本を一冊。
西友は5%割引日。高井戸東に行って米とか買った。
昼飯はサンマにたっぷりの大根おろし。うますぎる。
もうこれさえあればいいって気になってくる。
しかし妻は相変わらず焼き魚を好まない。
妊娠時に焼き魚は食べないほうがいいとかないのか、
などとぼやいていた。

飯食ってからすぐ荻窪へ。
やはり嫌いだこの街は。つまらん街づくり。
ブックオフで本を少々仕入れた。
あとは西友とおなかすいたで食材をしこたま仕込んだ。
湯たんぽも買った。
蓄熱式の、水の入れ替えの要らないものを。3500円くらい。
しかし母へのプレゼントが買えない。
どれもこれもピンとこない。
そのまま西荻へ向かった。
雑貨店などいろいろめぐったが、
結局めぼしいものが見つからず何も買えなかった。

帰宅後、掃除。
妻とともに、引っ越し以来放っておいた
最後のダンボールを開けて始末したり、
細々した物を処理できて充実感があった。

夕飯は担々麺。
挽肉と青野菜だけ自前で用意して、
麺とスープは出来合いのものを。花椒はいらんねえ。

食後も掃除。
21時を前に、理想的なところまでできた。
バナナジュースを入れて映画鑑賞。
先週と同じ監督の、三部作二作目。
蜂蜜。
冒頭数秒で映像美に胸打たれる。
森の風景が映し出されている遠方の奥から人影が歩いてきた時点で、
あぁこの映画はきっとこの人物が画面手前に歩いてくるまで
ずっとこのまま映し出すぞと直感した。
その通りだった。
全編に渡ってゆったりした映像の流れ、
細部に沁み入る音の鳴り、
ちょっとした光線のゆらぎなどを楽しめる。
途中で寝た。
映像版イージーリスニングだ。
シナリオを追っていかないもったいなさもあったから
また再度観ることになるだろう。

季音って名前を思いついた…けどちょっとおたくくさいかな。
おキネちゃん呼ばわりが可愛いと思われた。
できれば古風な音がいい。
フネもいい。おフネちゃん。
しかしこちらはいい漢字がない。


2021年11月05日(金) 一面においては正しい

快晴。
今日も会心の秋晴れ。
気分も良くなるってもんよ。


昼、弁当のホイコーロウをガッガッガッと平らげて(美味かった)、
図書館寄って朗読CDとレシピ本返却して、
妊娠関連の本はいまいち弱かったから借りずに出て、
九段下駅のカリグラフィー専門店に行って
母の古希祝い用のレターセットを買った。
手紙書くつもりはないから一言二言程度だけど。
後で写真を納めて贈るわけだ。


しごと。
今の上の方針と最もギャップを感じるのは、
上はあくまで仕事を「業務」の中において、
その完結性を高めたいとしている点で、
それはある一面では確実に正しいのだけれど、
全面的に正しいとは僕は思わない。
出版物を扱っている以上、
著者の思惑や読み手の感受というものを僕は大事にしたい。
だが、完結性の高い業務においては、これらは全く優先されない。
「やると決められたことをやる」「それ以外のことはやらない」
これが鉄則で、そっからはみ出した取り組みの一切は悪とされる。
まったく一面においては正しい。
でも、一面においてだけでしょう。
それをさも全面的に理法として適用しているもんだから面白くない。
早い話、明らかな誤字や作画ミスがあっても、
「編集部から指示されていない以上ウチは知らんぷりする」
という判断をとるケースが多い。
まったく、まったく一面においては正しい。
これがこちらから編集部へお伺いを立てるとなると、
ある政治が発生する。
そうカンタンに話は済まない。
その時だけの件とはならず、事例になる。
あちこちへ事情は波及する。
目に見えてデメリットが生じる場合もあるし、
見えにくい損失が生じる可能性もある。
わかる。
わかるけどダメ。
もう全然ダメ。
そうしていると仕事に魂を込められなくなる。
そっちの影響、そっちへの波及を全然考えられていない。
結果、腑抜けができあがる。
職場には腑抜けばっかりだ。
今は、決まりごとを徹底して守る人間だけが評価されている。
まったく一面においては正しい。
愚かだね。

創作者、制作物を愛していない人間の手によって
作品が世に送り出される嘆かわしさ。
思えばあの人の
 ネタバレが全然気にならない
という性情は伏線だった。
 未完結の作品は無価値
とする見方も同じくで、
つまるところ作品を生きた事物としてではなく、
もっと表層的な、所与の、器物のような扱いをしている。
精神のEDつうか。
言い出すといくらでもぼろくそに叩けてしまうな。
自重自重…。
ここの手記では自重する必要はないけれど
あんまりいき過ぎると精神に悪影響がでかねない。
自分の精神の安定のためだけに、
ある程度は愚痴も吐くし、
ある程度は悪徳を自重する。
ここはそのためのスペースなのだ。


ちはやふる。
やっぱくどい。
この漫画を芯から好きな人というのはきっと、
すなわち原田先生が好きな人だろう。
原田先生のキャラクターにノレるかノレないかが分水嶺と思われる。
すごくよくできた良いキャラだと思う。
ある意味では理想的中年像で、
おっさんかくあるべしという
愛嬌と格好良さ、
さらには欠点までを兼ね備えている。
しかし、女性的だ。
女性の描くおっさん像だ。
僕はノレない。
ぼかぁこのキャラは好きじゃない。


前々から狙っていた
西荻駅前の熊本ラーメンを食べた。
注文は野菜ラーメン。
野菜に味がとってかれて魅力がよくワカランかったな。
ノーマルのラーメンにすべきだったか。

店員さんが若く、明らかに不慣れで、
案内はたどたどしいし動きの一つ一つが覚束ない。
声だけでも張れれば断然違うと思うのだけど、
こういうときに軽妙なオッサン然として
「あんちゃんガンバレヨッ」
てな励ましを与えてやりたいのに、できない。
度胸というより貫禄の問題だ。
僕に言われてもピンとこないだろう。


妻、今夜は飲み会だった。
もちろんアルコールは飲まず、
食べ物も控え気味に…というのは本人から自重してるとして、
それでも心配ではあった。
いいかげん参加だけはしておかないといけない会社の集まりだったそうだ。
無事に戻ってきてほっとした。


数日前に原神で胡桃と護摩の杖引いたのが
じわじわ多幸感。
あーいうのって普通は引いた瞬間に
ヨッシャー!とかいって
白目向いて痙攣、
脳汁ドバドバ分泌されるのを楽しむもんだと思ってたけど
自分は瞬間的には平熱で
そっから何日間もじわじわほのかに幸せな気分になれるようで
これは良い、健康的だと思った。


いい名前を思いついた。
かなり条件を満たしている。
とくに音がいい。


2021年11月04日(木) 懐妊?

晴れ。
秋の会心の晴れ。

弁当は妻の分のみ。
豚肉をキャベツと炒めて
レンジであっためたジャガイモも足して
コンソメ塩コショウで味付けしたもの。
ご飯には牛そぼろ。


昼は歯医者。
滞りなく銀歯が嵌った。
今日は4890円。
支出が続くーゥ。


また仕事で馬鹿げた流れに付き合わされてる。
わざわざ書き残すのも馬鹿馬鹿しいから
もういいかとも思ったけど
やっぱり苛立たしいので
精神衛生の都合上ここに書く。

先日の、他部署の余剰人員をこちらの部署で使うという話が本格化して、
案の定(あまりに想像通りに)面倒事が露出してきている。
彼女の座席に作業環境を整えなければならないという都合は
こちらが渋った理由の一つであったはずなのだが、
彼女に作業を教えるにあたって、
彼女の席では”密になるから”それは避けて、
こちらの部署内で教えてくれろという。
まさか本当に”密になるから”なんていう馬鹿げた理由ではないだろう、
なんらかの事情や謀略があると察するのだが
トータルひっくるめて馬鹿げている。
こちらから「ください」と引っ張ってきた人員ならまだしも、
向こうの都合から始まったことであるのに不都合を押し付けられている。
こんな事情に振り回される当人も可哀想だし。
おそらく向こうは、ゆくゆくはこちらの部署に吸収させてしまいたいのだろう。
その思惑を直感したからこそ、
早い段階で
「命じられたなら承知するが」
という言葉で応じてみたのにそのときははぐらかされた。
つまり、
“その人員はいらないからお前の部署によこす、
ただしそれは命じたものではなく、
あくまでお前の部署が、いるというからよこしたのだ。”
という決着にするつもりなのだ。汚い。汚い…。
向こうからの意向を取り次いでいる無能先輩も
向こうそのものも引っくるめて
もう全然信頼できない。
信頼できないと思わせるような立ち回りをするのが、
まさに馬鹿げている。
もう十分辞める理由になるな。
でも全然伝わらないだろうな。


荻窪に寄ってブックオフで
ロメールのDVDがないか物色してまわったが、ない。
さらに咲-saki-の抜けてる巻探しをして
結局は怜-toki-の2巻を買ったが
帰宅後確認してみるにこれは間違いであった。
2巻がダブった…。


夕飯はブリのガーリックステーにするつもりが、
やけにブリが高かったばかりに諦めた。
代わりにタラの照り焼き。ニンニク強めで。
味噌汁とよく合う。美味かった。


食後、妻が
「これ陽性かなあ」
とおそるおそる見せてきたそれは
果たして妊娠検査薬であった。
うっすらと線が出ている。
説明書には、薄くても出ていれば陽性と記述されていた。
早期発見の検査薬だからまだ確実性は求められないが、
数日前から気分の悪さを訴えていたこともあり、
可能性は高いと思われる。

妊娠か…。
時期や時節や時勢を鑑みて、
なにやら複雑な心境……
に、
なるかと思われたがまったくなかった。
前々から計画立ててもいたし、
かといって全然できないじゃないかと嘆くほど苦戦もしておらず、
不安も焦燥も達成感も今はなく、
いわゆる「実感がない」が正直なところだ。
子をなすことよりも、目の前の妻の体調のほうが心配される。
身重とあらば食生活をはじめ
生活習慣のことごとくを見直す必要がある。
もともと心身ともに健康を逸しやすい妻だから、
これからはさらにデリケートな身柄となる。
とかなんとか思案していたところ、
まだ確定じゃないからね、と妻に念押しされた。
来週の土曜にでも産婦人科にかかり、
そこで正式な結果が判定される。
できていたとしても、早期流産は十分にありうる。
だからぬか喜びしてはならないし、
安定期に入るまでは周囲にも言えない。
「できていようとできていなかろうと、
できていて思わしい結果にならなかったとしても、
すべて受け入れていこうね」
と言葉をかけて、互いに了解し合った。

ただ、なんというかこれは、言いたくなる。
主に友達に報告したくなる。
いや実は妻がね、と。
言わないけども。
ただ言わずにいるのも騙しているような感じだ。
無事に安定期に入ってくれればいいと願う。
もう気が早い。

一通りの話を終えてから、
妻はゲームを買いたがった。
割と久しぶりではあるし、
長時間プレイはしないというから承知した。
2000円くらいのインディーズゲーム。
3D酔いが心配される。
時間帯は遅かったがバナナジュースを豆乳で入れてやった。
バナナは妊婦に必要な食物繊維も葉酸も摂れる上、
ビタミンB6がつわりの症状を軽減させるらしい。
豆乳も妊婦にはいいみたいだから、抜群の飲み物だ。
ブレンダー買ってよかった。
毎日のように飲ませてやろう。


妻の知人である出版業の方から本が届いた。
ちょっと前に漫画製版の助言?をしたのが見事出版され、
その配本をよこしてくれたのだ。
ウーン美しい。
わずかでも自分が関わってるとなると
異様に良く思えてくる。
中身は文章と漫画が半々。
装幀の立派さに比べると
まぁ漫画パートはやや見劣りしてしまうけれども
十分形になっている。
僕は、本は中身がすべてと思っているから、
平気でページの端を折るし風呂でだって読む。
だけどこれは流石に大事にしたい。
就寝前の時間をつかって読むとする。


2021年11月03日(水) 丸の内、自動化回転寿司

快晴。
祝日だが出勤。
退勤後に丸の内で妻とショッピングする予定を見越して
ちょっと若めの服で家を出た。


妻の昼飯は鶏肉とキャベツのニンニク黒胡椒炒め。
僕の方の昼飯は、悩みに悩んだ挙句
キッチンジローにでも行くかと九段下駅まで歩いていってみたものの
祝日につきお休み。
というか周辺の飲食店軒並みお休み。
まあな、オフィス街だもんな…。そうなるよな。
昼食難民となってしかたなく吉野家へ。
カルビ丼と味噌汁、サラダ。
まあ、ウマイかマズイかでいえばウマイけども、
なんの面白みもない味。
金と、それ以上に貴重な食事機会を逸したのが悔やまれる。
かなうなら一回たりとも飯をハズしたくない。
内臓器官のために挟む健康食ならまだしも
味付け濃い目の外食で無駄打ちってのはゼロにしたい…。


祝日だから
最近の傾向として
早上がりが許されるかとも思われたが
各部署の意向以前に上からそのお達しが今回は下されなかったから
忙しくもないのに定時までいた。
まぁこちらは仕事がなくはないのだけど
他部署は明らかに終盤3時間くらい暇を持て余していてカワイソーだった。


退勤即、神保町から大手町へ。
駅構内を長々歩き丸の内KITTEへ。
妻と合流。
近年グッドデザインを受賞した品物の数々を取り揃えたショップで
いろいろと物色してみたものの、2年前とそう変わらない。
他の雑貨店でも似たようなところがある。
これはHakoaのショップで顕著で、
ある時期にググッと新作が増えたっきり、打ち止めになってしまった。
ただ今はこちらに、和雑貨を求める需要がある。
そういう目で見てみるとちらほら面白い物品もあった。
が僕の方はろくろく買わず。
妻の方があれこれ買っていた。

ショッピングの雰囲気を味わうだけでも
本日の目的は達せられたつもりでいる。
アンテナの感度が高まるのだ。
本当なら丸ビルまで足を伸ばしたくもあったが
各所は20時で閉店。
おとなしく西荻までまで戻って、駅前の回転寿司に入った。
入店して即座に客案内の装置があり機械操作で座席へと誘導され、
席についてからは一席に一機設けられた端末操作で寿司を注文する。
目の前に板前はおらず、レーンはあるが寿司は回転していない。
ただ端末操作で注文したら、
二分とかからず厨房から寿司が高速で流れてくる。
皿を受け取ったら、受け取りましたのボタンを端末でタッチする。
掛け声も呼び声も要らす、店員とのふれあいは一切ない。
コロナ禍に最適化された接客法ともいえるけれども、
おそらくはコロナがなくてもいずれはこうなっていたという、
ある種の合理性の極致を見た。
味も悪くはないし、二人で4500円なら高くもない。
だが二度とは行かないだろう。

つまりまー この感覚は
TSUTAYAやBOOK OFFみたいなもんだ。
各地に展開されたこれらの店舗は、個人経営で商売していた
レンタルビデオショップや古本屋を
次々とことごとく駆逐していった。
もともとその分野を愛好していた面々からすれば、
いくら資本力に優れたそれら店舗が
一見安かったり一見使い勝手がよかったりしても、
その業界での培われてきた流儀や伝統、
広くいって文化が死んでしまう憂いがあり、
大勢に抗っていたい一方で、
駆逐されてしまったならばもはや受け入れざるをえず、
むしろ愛すべき店々を食いつぶしていっただけに
その分だけ頑張ってもらおうとする心理まで働きかけてきたところへ、
今度は新手のサービス、配信主体のビジネルモデルに押されて
「さんざん駆逐してきたはずの」TSUTAYAやBOOK OFFが
今度は駆逐される側にまわるという、
自由競争のあまりに自然な成り行き。

僕(ら)には、回転寿司とはこういうもんだって
一端のこだわりがあるけれども、
その時点でも本来の寿司って文化からはかけ離れてる。
そもそも寿司を回転させるって意味わからないしな。
で、その回転寿司が新たな時勢に塗りつぶされる如く
まるまる様変わりしてしまったとしても、
これはもう、「そういうもの」なのだ。

…と踏まえた上でなお、
各世代は自分の世代の「懐古的正当」の感覚を、
肯定しきっていいと思う、
その主張を僕はかかげてる。
今回の回転寿司の件は、今度いくどとなく思い返すだろう。
うん、来てみてよかった。


久しぶりにちはやふる読んでる。
30巻くらいまでは持ってるから、
そっからの続きを。
やっぱ脂っこい…。
感動シーンとか名言みたいな
決めゴマの置き方に食傷する。
いや面白いし上手いし、
決めゴマはものすごーくキマッてるのだけど、
ずっと焼肉食わされてるみたいでウェップってなる。
このへん、あさひなぐは見事だったと思う。くどくなくて。


2021年11月02日(火)

晴れ。
お洗濯が気持ちよくって小さなしあわせ。
弁当は茄子と豚ひき肉の豆板醤炒め。
ニンジン、鶏胸肉、リーフレタスだけ添えて、
オーソドックスなシンプル弁当。

電車に乗り込む際に緊張感を伴うようになった。
先日の京王線の影響がしばらくは続くだろう。
それは他の乗客にとっても同じで、
皆で似たような怯えと疑いを
互いに向けながら乗り込む電車というのは
なかなか不思議な感覚だ。

実際にはあまり怖がれない。
交通事故のほうがよっぽど怖い。
確率もそうだし、もし遭遇したときの被害も、
きっと交通事故のほうが多大だ。
世間的に交通事故がなめられすぎてる。
ミギーの言葉に耳を貸せよ、
言ってたろ寄生生物による殺戮リスクなんかよりも
交通事故に気をつけろって。


仕事は余裕あり。暇がある。
仕事における暇と
私生活における暇は違う。
さらいは、私生活における暇も一緒くたには語れない。

暇の重要性。
平日の予定と予冷の間、
スケジュールの隙間の時間に空白が生じることがある。
または休日に、ぽっかりと至適の行動が見当たらないことがある。
それらの暇は不純な暇で、
なにかしなきゃ、
何をしたらいいのだろう、
何もしないのも時間がもったいない…
と意識してしまうような、追われるような感覚が伴い、
これには全然価値を認められない。

そうではなく、たとえば閉鎖空間で、
何をする要件もなく、
また何もできないような暇な時間。
これこそが尊い。
たとえば新幹線での移動中にスマホの電源が切れて、
手持ちの本もなく、
また話し相手も居ないような状況。
眠るでもなくただぼんやりと時間を過ごし、
風景を眺めたり、
座席のまわりの細工を見たり、
つまらない考えごとにふけったり…
といった時間が心を救うのです。

というか
スマホがあるともう最悪。
時間を無駄にしない、
という目的意識はほとんど逆効果で、
おおよその人間はおおよその場合において、
隙間時間のスマホで
自分を無駄にして
ドンドンと腑抜けの馬鹿になっていく。
時間の無駄遣いより自分の無駄遣いを恥じろ。


今日初めて
 骸
って漢字を書いた。
残骸と書きながら、
あぁ多分この字を書くのは初めてだなと
奇妙な感覚に見舞われた。
知ってるのに書いたことはない。
外国人が驚きそうだ。
あれだけ多くの漢字を覚えておいて、
実際に書くことはないのかと。
逆に、
英語圏の人が英文書きながら
 このスペルは初めて書く
とか言い出したら
 エーなんのために覚えてんだよ
って思っちゃいそうだもんな。


夕飯は冷凍餃子。味の素の。
ラー油買っておいて…良かった…
美味しすぎるぜ。


原神、祈願がフータオピックアップとなった。
例によって妻に引かせてみる。
しょっぱなですり抜け、モナを引く。
恒常の5人のうちでは一番美味しい。
それから50連させたところ見事にフータオを引いてくれた。
さらには護摩の杖も出たし、
これまでで最もフィーバーって感じだった。


「瞳をとじて」完成。
投稿。
無反応。
いいけどね…いいけど…。
完成させるのが第一なのだ。
自分は出来に納得している。
でもう次を見据えてる。
次は現代のおとぎ話。御髪山。


2021年11月01日(月) バレエ観劇したい

晴れ。夜には雨。
眠気を感じながら7時20分に起床。
弁当は唐揚げ。
昨日の夜に仕込んでおいた鶏肉を揚げる。
あぁなんていい匂いなのだろう…朝から…。
ニュースは昨日の続き。
トップは選挙結果、続けて京王線刺傷事件。
犯人の映像を見て、
さらに供述を見て、
何も言えないとうなだれた。

 死刑になりたいと思った、
 人を殺せば死刑になると思った

多くのところで取りざたされているけども、
まず第一に
これは犯人のそのままの発言ではなく、
調書的なコードに乗った言葉並びが報道されているにすぎないのだから、
ことを単純化しちゃいけない。
この発言をそのまま受け取って
ああだこうだ言う連中の浅ましさといったらない。
第二に、
ああだこうだ言ったところで
それは犯人には織り込み済みの意見にすぎない。
一番ありがちな「じゃあ勝手に死ねよ、人に迷惑かけるなよ」的な。
なんにも響かない。なんにも左右しない。

そのようなことを考えていたら、
何も言えないとうなだれた。
ああだこうだ勝手な批評している連中には文句あるけど。
ただしまあ、
犯人に対してではなく犯人像、
ひいては将来的に犯人になってしまいかねない予備軍に対して
風潮や秩序を整える意味では、
雑多なノイズにも意味がないとは言えない。
まあ、そんな人々に対しても
「じゃあ勝手に死ねよ、人に迷惑かけるなよ」
みたいなしょうもない意見が
ほんのわずかでも響くとは到底思えないけど…。


アマプラにロメールが入るらしい。
ほんと癪だな。
ザ・シネマの方はサービスの開始が去年で、
その売出しの先鋒がロメールだったようだから、
一旦様子見てから版権まわりを整えて…
とするとちょうど今くらいの時期になるのだろう。
ニッチな弱小サービスを楽勝でつぶすわけだ。
もっとも、商売の世界は拓けていて
これこそ自由競争の実現だと冷ややかに見つめられなくもない。
どちらも作り手であるわけでもないし
ましてや初めに世に送り出す劇場ですらない。
加えて、本家アマゾンに意向があり
実はアマゾンジャパンがどうこうじゃないのかもしれない。
まだまだ怨念でものを見てるのか。
でもその自覚をもったうえでなお憎いのだよな。
アマゾン憎い。
すっごいわかりやすい少年漫画の悪役だと思うのに、
まわりが
「でもやっぱり便利だから、不本意だけど使っちゃう」
とか
「使わない意味がわからない」
みたいな意見ばかりで辟易する。


弁当美味かった。
トマトを添えたのが天才。
ミニトマトはなかったけど
小ぶりのトマトがあったから丸ごと入れてみたのだ。
唐揚げにはトマト。
旨味が倍加する。


年に一回の、ストレスチェック調査票が配布された。
前年は提出しなかった。
自身で整理できているストレスを
ことさらに顕現させて
まざまざ再認識するのは逆効果と思われたからだが、
その後人事部から、次回は出してくださいねと念押しされた。
会社として提出率の数字はシビアなのだろう。
向こうがそういうのだったら遠慮はいらぬ、
次がきたらボロクソに本音っからのストレスを反映させてやろう…
と、いうつもりでむしろ待ち望んでいたくらいなのだが、
実際には拍子抜けするほど問いがあっさりだった。
こんなもんだったか…?
なんかもっと濃厚だったような。
あんまり詳細的だと逆効果だって再検討されたのか。
とりあえず遠慮なしで答えていった。




月曜日は頭痛がする。
今日はカフェインを摂取していたのに
結局午後から頭が痛みだした。
何もしたくない…が飯は作る。
煮込みうどんにするつもりが、
なぜだか今夜は肌寒さもなく陽気だから、
妻の勧めに従いぶっかけにした。
それだけだと寂しいから
鴨肉も添えた。
先日と同じく、かるく焼いた柿とワサビのソース、
それにカマンベールチーズを添えて。
チーズの風味はかき消されてしまっていたが、
まろやかさが…とろける食感がマシマシになった。
食後にはケーキも食べた。
バナナジュースはおあずけ。


妻に奇次創作を読んでもらった。
昨日も読んでもらったのだが
頭が働いていなかったというから
改めて。
そして感想をいただく。
面白かったと前置いてから、
「長い」
「主題が見えない」
「サビがほしい」
「わかりにくい」
「若い子のほうが楽しめる気がする」
「男が面倒くさい、うるさい」
「面白いエピソードやネタが散逸していてもったいない」
といった指摘を頂戴した。
今更書き上がったモノを改変はしないが、
大いに参考になる。ありがたいことだ。
こちらからは正式なタイトルの相談をした。
『瞳をとじて』でいいものか決め兼ねていたところ、
それでいいと言ってもらえたから腹は決まった。
明日完成させるとする。


いいかげんバレエを観劇したい。
積年の想いをとうとう去年かなえてやるかと意気込んでいたのが
コロナで躱されてしまっていた。
しかし東京の新規感染者数はとうとう一桁となり、
これまで通りの感染対策さえしていれば
2時間半の観劇もかなうのではないか…と目論んでいる。
ロシアを拠点とするキエフバレエ団が2年ぶり来日ということで、
調べてみたところチケットはまだある。
ねらうはA席13000円。
ただ座席の位置取りが、選べるだけに悩ましい。
舞台近くの側面寄りか、
舞台から離れた中央席か。
今すこし調べてみてから決めるとする。

咲を読んで寝た。


れどれ |MAIL