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  ぱすてぃす〜後朝 -18禁-

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  イタチ里抜けのとき

  百年の恵み
  長期任務の小隊長を命じられるテン
  百年の孤独-6話
  初めての遠距離恋愛なテンカカ
  たーにんぐ・ぽいんと-8話
    テンゾウの帰還

   香る珈琲、そして恋 -キリリク話-
 四代目とカカシの絆を知って、
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 【2部】 ぶらっく・るしあん-4話
 【3部】 ぶれいぶ・ぶる7話
 【Epilogue】 そして、恋

  あふろでぃーて-5話 -キリリク話-
 くるみ


  a`la carte
  -暗部なテンカカとヤマカカの間話-

  春霞-4話
  暗部を離れたカカシとテンゾウ
  ちぇい・べっく
 -可愛いお嬢さん-
4話
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  久しぶりのカカシとの任務
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  波の国任務の少しあと
  てぃままん-3話
  波の国と中忍試験の間

  月読-5話 -キリリク話-
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  月読 後日談


  テキーラサンライズ−19話
 ぎむれっと前日譚


   ぎむれっと-40話 -キリリク話
  かっこいいカカシと、
  惚れ直すテンゾウ
 ※途中、18禁あり
  プロローグ  本編  エピローグ



  La recommandation
 du chef
-ヤマカカな話-

  再会-Reunion-  第二部





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2008年12月25日(木)
あふろでぃーて 4) -18禁-


「先輩」
背後からテンゾウの声が聞こえる。
低く、艶のある声が、オレが呼ぶ。

「ボクの好みなんて、いいんです、先輩は知らなくて」
テンゾウの言葉に、オレは足を止めた。
「その気になれば、なんだって調べ上げることができる先輩の」
近づいてきたテンゾウが、背後からオレを抱きしめる。
夜気の冷たい空気をはらんだ髪が、耳をくすぐる。
「唯一の盲点がボク……」
温かい唇が耳朶を柔らかく挟んだ。

下腹で育った熱が、全身に散らばる。

「……なんて、とても光栄です」

微妙にじらし気味の、この往来での愛撫とも言えない行為は、テンゾウのどんな感情を表しているのだろう?

「おまえ、ほんとは怒ってる?」
「いいえ」
答えとともに耳に吹き込まれる息に、背筋が粟立つ。
「怒ってるでしょ?」
「いいえ」

抱きしめる腕の力が強くなる。

「そうですね……あの夏は、怒ってました、いえ、むしろ落ち込んでいました。でも今は」
ああ、そうね、あれからずいぶんたったような気がしていたけれど、あれはまだ3年前のこと。
なんだか、1年1年が早くて、そのくせあれもこれもがとても遠く思える。
「こんなにボクのことで、オロオロする先輩を見る事ができて、なんだか得した気分」
くすり、とテンゾウが笑う。
たった3年、されど3年。

「テンゾウ」
「はい」
「オレ……もう、だめ」
「はい」
テンゾウの腕が離れ、オレたちは瞬身で移動していた。

そのまま、服を脱ぎ捨てながらキスを交わし、裸になるや抱き合ってベッドにもつれ込む。
テンゾウの肌は熱く、擦り合わせた互いの熱はもっと熱く、それだけでオレは喉を鳴らす。
「会いたかったです、先輩」
テンゾウが里を発ったのは、確か9月の末。
オレの誕生日当日には、二人とも別々の任務が入っていて「遅ればせながら」なんて言いながら、テンゾウが祝ってくれた数日後が、出立だった。

三ヶ月ぶりのテンゾウの匂いにぞくぞくしながら、うっすらと汗ばんだ肌に鼻をすり寄せる。
オレの頭をテンゾウが抱き込んだ。
反対の手が背筋をつつとたどり、ひとしきりオレの尻を撫で回す。
温かいテンゾウの手が気持ちいい。
指先が合わせ目にそって移動する。

欲しくて欲しくてたまらないのに。
相反する感情が沸き起こり、オレの身体は緊張した。
この身を明け渡し委ねることに対する抵抗なのか、それとも、男の性としての抵抗なのか。
思わず、背に回していた腕に力がこもる。
「先輩」
オレの髪に顔をうずめるようにして、テンゾウが囁く。
「怖がらないで」
怖がっているわけではない、決して、そうではないのだが、一度、竦んだ身体は容易には緩まない。

「すみません、先輩を狼狽させるつもりはなかったんです」
手を止めてテンゾウが言う。
わかっている。勝手にアレコレ考えたのはオレだ。
それに、この強張りはそのせいではない。
「大丈夫、そんなんじゃない。ただ……」
ただ、なんだと言うのだろう。
欲しいのはほんとうのことだ。なのに、ぽっかりと空いた暗い穴を覗き込んでいるような、そんな気持ちが湧き起こってくる。
「ただ……久しぶりなだけ、だ」
言い訳にもならない戯言を口に載せ、オレはテンゾウと視線を合わせた。
「でも、先輩」
表情を探るように、テンゾウが目を細める。
「なんだか、泣きそうな顔……してますよ」
「それも、久しぶり、だからだ」
強引に言い切って、オレは顔を寄せた。
唇が重なってもテンゾウの視線はオレを捉え、オレもテンゾウを見つめていた。

ずっと会っていなかった。
きっと、こういう日々が遠からずやってくる。
それでも、テンゾウはオレを好きでいてくれるだろうか?
今までのように、会えばオレを抱くだろうか?

テンゾウの瞼がゆっくりと閉じ、舌先が唇を割った。
腰に当てられた手に、ぐいと抱き寄せられる。
舌を絡め、吸い取られ、甘噛みされ、次第に頭の芯がぼぅっとしてきた。
そのまま首筋をたどり、わき腹をかすめ、下腹に顔を埋められる。
「っと、テンゾウ」
「はい?」などと言いながら、しっかりと天井を向いている一物を掌に包み込まれ、ついでに臍の辺りを舐められ、オレは「ひっ」などと叫んでいた。
そのままきゅうと吸い付かれ、舌先で鈴口をこじ開けられ、背筋を快感が駆け上る。
思わずテンゾウの頭をぎゅっと掴んでいた。

その体勢のまま、突き入れられた指に体内を探られ、オレは背を浮かせて声を上げる。
さっきまでのもやもやした気持ちなど、どこかに消し飛んで、理性もどこかに消え、ただ快楽の渕に身を沈める。
ああ、そうか、さっきのあの暗い穴は、この底なしの愉悦の入り口なのか、などと、ぼぅっとした頭で考える。

別れ話じゃなくて良かった、とか。
テンゾウの誕生日って、10月じゃなかったのか、とか。
なんで、そんな勘違いをしたのだろう、とか。
そうか、胡桃がすきなのか、とか。

さまざまな想念が湧き起こり、弾け、最後にはただ快感に身を委ね、翻弄されるばかりのオレが残った。

テンゾウが欲しいとか、入れろとか、もっと奥がいいとか。
恥ずかしいセリフもたくさん言ったが、それ以上に、なりふりかまわずむしゃぶりつきながら腰を振り、気持ちいいと繰り返したことのほうが、恥ずかしいかもしれない。

だがそれ以上に、あとからテンゾウに、
「先輩が、妙にためらいがちなときって、それを振り切った後が、すごいんですよね」
と笑顔で指摘されたことが、恥ずかしかった。そして、
「そんな先輩が、ボク、大好きです」
と付け加えられて、思わずグーで殴ろうかと思った。

が、気づいたら、あれやこれやの不安やら懸念やらはどこかに霧散していて、自分で自分に呆れたのだった。



2008年12月20日(土)
あふろでぃーて 3)


ええっと……。

「8月は、けっこう里外任務が入っていまして。初めて先輩と里で過ごした年、たぶん、2年目ぐらいの夏だったかと。先輩が勘違いされていることを、あとになって、知りました」

それって……。
あの、テンゾウの不機嫌にまったく心当たりがなかった、あの夏のこと……か? だよな。
あとになって、知りました……?
ってことは。

「なに? おまえ、オレがおまえの誕生日を忘れていると思ったから、不機嫌だったの?」
テンゾウの頭が、さらに下を向いた。まるで、水揚げに失敗した切花のようだ。
ああ、そうか。
なんだ、そうだったのか。

あの夏の日、反省したオレはその後変わったかと言えば、変わらなかった。
相変わらずテンゾウが先回りしてオレを気遣い、オレは気づかぬうちにテンゾウの神経を逆撫でし、不毛なケンカを繰り返す。
たまに発奮して奢ったり、食事を作ったりはするものの、テンゾウの部屋にいればたいてい上げ膳据え膳、任務服の洗濯までしてもらう始末。いや、付き合いが長くなった分、テンゾウの気配り範囲が増えた、とも言える。
ベッドでのことは相変わらずだが、あのころより年をとった分、オレの身体はごつくなったし、昔はもう少しすべすべしていた皮膚も年相応にくたびれてきた。

反してテンゾウは、成長してどんどんいい男になる。
背こそオレより少し低いが、それだってこの先、どうなるかわからない。
根はマジメだが、茶目っ気があって退屈なヤツではないし、何より、心根がまっすぐでやさしい。
可愛くて気がきいて、しっかり者の女に惚れられたら、オレの出番なんてない。
だいたい、テンゾウが寿司好きなことを、付き合って2年もたつまで知らなかったオレだ。
里でのんびりするよりも、ともに任務に出ている日のほうが多かったから、という言い訳は成り立つが。
それにしても、2年も気づかないなんて鈍感すぎるでしょ。
だから……いつ捨てられても仕方ない。
オレはどこかでそんなふうに思っていたのかもしれない。
いや、心の底では、怯えていたのかもしれない。

「すみません。もっと早くに言うべきでした」
うなだれたままのテンゾウに、オレのほうが泣きそうになる。

遠くない日、おそらくオレは暗部を離れることになるだろう。
早くて再来年、遅くともその翌年には、うちはサスケとうずまきナルトが揃ってアカデミーを卒業する。
その前にオレに上忍師としての経験を積ませようと、三代目はここ二年ほど、オレを下忍認定試験に駆り出している。
ま、今のところ結果は全滅。アカデミーに戻った者、忍を諦めた者、あるいは親が忍で親の元で修行を積むことにした者、それぞれだが、年々、結果報告を聞く三代目の眉間の皺が深くなっているのには気づいていた。
試験に通らなかったのだから仕方ない、そう思うのだが。
きっとオレの退路を断つ意味で、早晩、暗部から離し正規部隊に据えるだろうと予測している。
そうでなくても「写輪眼のカカシ」などという二つ名が他里にまで流布しているのだ。

グラスに半分残っている、「愛の女神」を見る。
女神と言うには地味な赤だが、以前、文献で見た遠い異国の古代に作られた焼き物の赤を思い出した。
情熱に任せて焼き尽くす赤ではなく、深く懐に包みこむようなあたたかな赤。
アティック・ローズの色。

テンゾウの温もりをすぐ側に感じていられる日々も、きっとあとわずか。

細いグラスの足を持ち、くぃと傾ける。
ひときわ香るウォールナッツ。

隣でテンゾウが、ふっと吐息ひとつ、顔を上げ、グラスを手にした。
こんなガラスなど簡単にへし折りそうな手なのに、その動きはとても繊細だ。
くぃ、と彼もグラスを空ける。
「おいしいですね」
マスターに向かって微笑んだ。
「お客さまのお好きな木の実のリキュールがございましたので」

え? とオレはテンゾウを見る。
今のマスターの発言は……。
「お好きな」は「木の実のリキュール」にかかるのか?
いや、「お好きな木の実」の「リキュール」なのか?
いやいやいや。どっちにしろ、オレしらないし。

テンゾウはオレを見て、ふっと口元をほころばせた。
うわ、なんだか年上みたいに笑うよ、こいつ。
「ウォールナッツ、ボク、好物なんです」
「へ?」
「はい、胡桃です」
そう言えば、テンゾウが里にいるとき常備している固焼きのパンには胡桃が入っていた。
厚切りにしてチーズを載せて温めたり、薄くスライスしてスモークした鮭や生ハムといった、ちょっと香りにクセのある食材とレタスなどを挟んだりして、よく間食にしている。
香ばしくて、だからオレも気に入っていたのだが。
そうか、好きだったからか。って、当たり前だろ、ソレ。
なんで、気づきもしなかったのか、オレ。

これが潜入捜査任務だったら、それこそ相手の趣味嗜好から日常の癖、閨で好む体位まで調べ上げる自信があるのだが、どうしてこう、テンゾウに対しては後手後手に回るのだろう?

でも、どういうわけかテンゾウは落ち込みから脱したらしく、
「そろそろ帰りましょうか」
と上機嫌で言った。
「あ、ああ」と間抜けな顔で答えたオレは、改めてマスターの顔を見た。
会計よろしく、というつもりだったのだが、マスターは「いえ」と答える。
「今日の分は、いただいておりますので」
オレはまた「へ?」と言いそうになって、あわてて口をつぐんだ。
席を立ったりしなかったから、テンゾウがこっそり会計をすませたとも思えない。
「そういう、お約束になっております」
「ごちそうさまでした。さ、行きましょう、先輩」
追求する暇もなくテンゾウに促され、オレは首を傾げつつ、「ごちそうさま」と挨拶した。

何がなにやら。
今日のオレはテンゾウに振り回されている。

磨き上げられた木製の重たい扉を開けると、年の瀬の冷たい風が路地を吹き抜けていった。

「おまえ、胡桃好きだったの?」
「はい」
「知らなかったよ、オレ」
「言ったことないですから」
ニコニコとテンゾウは機嫌がいい。
言われなくても、普通、気がつくもんでしょ。
心のうちで、オレはブツブツ呟く。

「先輩のクルミも、もちろん好物です」

オレの?
胡桃? って?

――!

オレは、腹立ち紛れに足を速める。
あはは、と笑いながら、「冗談です。いや、本音かな」とわけのわからない言い訳をしながらテンゾウがついてくる。

また風が吹く。
うなじを通り抜ける冷たい空気に、体がぞくっとする。
と同時に、感じるテンゾウの視線。

ぞわ、と下腹に熱が集まってきた。



2008年12月18日(木)
あふろでぃーて 2)


一瞬呆けたオレをよそに、アイツはクスリと笑うと、
「すみません、遊びの度が過ぎました」
と言った。
「ご馳走していただけるなら、寿司、食べたいです」
や、クルミとかくるみとか胡桃とか、から離れられるなら、オレは歓迎だ、と思いつつ、尋ねた。
「へえ、おまえ、ナマの魚とか好きなの?」
「はい。好きです。鮪の大トロとか」
「肉の脂身苦手なのに、鮪はいいの?」
「……そう言われてみれば。魚は大丈夫です。鮪、カンパチ、大好きです」
「オレは、ヒラメやホタテ、だなぁ。あ、タイラ貝もうまいな」
「秋刀魚は? 新鮮な秋刀魚の刺身もうまいですよね」
「オレは、焼き魚派だな」

そんな会話を交わしながら、オレたちは寿司屋ののれんをくぐったのだった。

鮪の大トロが好きと言ったわりに、あの時、アイツは〆サバとか、それこそ秋刀魚とか、安いネタばかり頼むもので、とうとうオレが、「くろマグロの大トロ、5人前握って来い」と言ったら、寿司屋の親父は「よっしゃ〜」と張り切っていた。
ドンと出されたつやつやの霜降りが載った握りを、「え〜」などといいながら、アイツはうまそうにもぐもぐとほうばった。
それを見ているオレも幸せな気持ちになりつつ、ガリを肴に酒を飲んだ、なんてくだらないことは覚えている。

以来、アイツの誕生日前後、互いに里にいれば寿司を食いに行くのが恒例となった。
だが、今年は無理そうだな、とオレはカレンダーを見る。
アイツ――テンゾウは、年末近くまでかかる中期任務に従事していた。

*   *   *   *   *

「ただいま、戻りました」
と言って、自分の部屋に入るテンゾウに、オレは「お帰り」と笑う。
ここは、テンゾウの部屋。
だが、ここ数日のうちに帰還するのはわかっていたので、毎日部屋に通っていたのだ。
テンゾウは装備を解くのももどかしい様子でオレを抱きしめ、
「あ〜。カカシ先輩だ〜」
と当たり前の事を言った。敵の変化だったらどうするの、今頃、あの世に向かう道を歩いているところだよ。
「お帰り」
と、重ねて言うと、へへ、と笑う。
任務のときはキリリとしていて、近頃ではむしろ強面と言ったほうが相応しいテンゾウが、オレの前でヘニャッとしているのを見ると、心の底から幸せな気分になる。
そう告げると、「お互いさまですよ」と笑うのだが、オレはそんなにヘニャッとしてないぞ、と思う。

「メシどうする? 内メシがよければなんか調達してくるし、外メシがよければ出かけよう。今年は誕生日の寿司、いけなかったからなぁ、なんでも付き合うよ」
そう言うとテンゾウは、ちょっと言いよどんで、
「明日に差し障りがないんでしたら、行きたいところがあるんです」
と答えた。
「明日は休みだから。どこでも」
「じゃ、決まりですね。ボク、シャワー浴びてくるんで、ちょっと待っていてくださいますか?」

で、テンゾウに連れられて来たのは。
「ああ、ここか」。
以前オレの隊にいた虎面と来た事がある。だが、それも3年、いやもう4、5年も前になるのか?
「虎面のお墨付きをいただいて、たまにひとりでくるんですよ、先輩のいない夜とか」
照れたようにテンゾウが言う。
そう、ここは、もとは虎面が開拓した渋いバアだ。
「こんばんは」
と挨拶するテンゾウにマスターが「いらっしゃいまし」と返し、オレを見て目を細めた。
だが、オレへの言葉はない。オレが以前、来た事があるのをテンゾウが知っているかどうか、あるいはテンゾウに知られていいかどうか、判断がつかないからだろう。
「お久しぶりです」
だからオレのほうから挨拶すると、マスターはニッコリと笑った。でも、口をつぐんでいる。
「ボクの先輩です。前に別の先輩がお連れしたことがあったと思うんですが」
テンゾウがそう言って初めて、マスターは口を開いた。
「はい。覚えております。とても粋なお方だったので」
そう言って、マスターは前にオレが座った席を指し示した。
「どうぞ、こちらへ」
分厚い一枚板のカウンターのやや壁より。
ちょうど、マスターの後ろの壁に飾られた、幾何学模様のポスターがきれいに見える場所。
一度、来ただけのオレが座った席を覚えているのか、このひとは。

数分後、きめ細かに泡の立ったビールで喉を潤した。
「サルッシャがございますが」
「ああ、いいですね」
いっぱしの常連気取りのテンゾウが、なんだか可愛い。
「どうしましょう、ジャガイモと炒めますか?」
「えっと。あっさりめがいいので、ソテーしてもらえますか?」
「かしこまりました。では、焼きトマトを添えましょう」
ここの料理は、うまい。和食派のオレも思わず箸ならぬフォークが進んでしまう。
そんなこんなで満腹感にため息をついたとき、テンゾウがオレを見た。
「先輩」
すみません、と頭を下げる。
「は? どうしたの?」
「ずっと、言えなかったんですが」
その言葉に、ぞっと背筋が寒くなった。

珍しく、こんな店に連れてきて、おまけに「先輩のおごりですよ」などと念押しもせず、もっとも誕生日祝いに誘ったのはオレだから、そんな必要もないのだが。
……もしかしたら、別れ話か、とオレは考える。
ま、仕方ないね。
テンゾウ、いい男だし。
キュゥと痛む鳩尾をなだめ、オレはニッコリと笑顔を向ける。

いいよ。
オマエの幸せはオレの幸せ。
オマエに抱かれるのは好きだったけれど。
それがなくちゃ、生きていけないというわけでもない。

ほんとうは、わぁ〜、と叫びたいオレがいたが、そこは押さえつける。
押さえつけなくちゃいけないだろう。こういうときこそ、忍の本領発揮だろうが。

なのに、テンゾウは「あ〜」と言ったまま、額を押さえた。
「あの、先輩。もしかしたら誤解されているかもしれないと思うんですが」
「誤解?」
「ボクがいいたいのは」
そう言ったとき、マスターが
「食後にいかがですか?」
とカクテルを進めてきた。

「アフロディーテ。愛の女神です」

オレもテンゾウも、マスターの顔を見て、それから、グラスに口をつけた。
アルコール度数は高いが、チンザノやカンパリのかすかな甘みや苦味と共に香る薫り高いウォールナッツの香ばしさ。

思わず、ほっと息を付いていた。

「愛の、女神ね」
オレはテンゾウを見る。
「すみません、先輩。ずっと言いそびれていました」
「ん、何?」
「ボク、誕生日、一応公式には8月10日なんです」

……は?

「10月8日じゃなくて?」

……はい、とテンゾウはうなだれた。




2008年12月17日(水)
あふろでぃーて 1)


キリ、コリ……。

規則的なその音のするほうに目を向ければ、新人の暗部がひとり。
オレの視線に気づき、「すみません」と頭を下げた。
別に咎めたわけではない。
ただ……ここにいないアイツを思い出しただけなのだが。
それに、任務中ならともかく、詰め所での雑談中だ。音が迷惑というものでもない。
だが、まあそれなりに上の立場のオレが視線を向ければ、咎められたと気を回すものなのだろう。悪いことをした。

「それ、胡桃?」
「はい」
「握力、弱いの?」
堅い殻を持つ木の実を二つ。手の中で弄ぶのは手軽な握力増強法……らしい。そんな話を聞いたことがある。
「はい。どういうわけか」
確かに握力が弱いと、暗器の扱いにも不便だろう。クナイでの応戦にも力負けする。
近づいたオレに、新人は手を開いて見せる。
肉付きは薄いが、骨格はしっかりしていた。まだ成長期だから体ができてくるにつれ握力も追いついてくるだろう。
「ま、これから、だね」
白い掌にころんと並んだ胡桃、ふたつ。
「胡桃って、ヒワイだよね」
「は?」
「いや、形状が。ヒワイじゃない?」
古参のヤツらが、クスクス笑っている。
「ひわい……ですか?」
じっと己の掌を見詰めていた新人の面からはみ出した耳が、血を上らせて朱に染まる。
「おいおい。カカシ。やめとけ」
「新人くん、まっかになってるじゃないの」
今まで黙っていた、ってことは、オレの戯言に乗ったも同然なのに、と面をしていても誰とわかるヤツらを振り向いた。
「おまえらなぁ」
「”憧れのカカシさま“の偶像を壊しちゃぁ、いけねえな」
「何よ、それ」
「だから、おねえ言葉はやめろって」
ドッと彼らが笑う。
新人は、ポカンとオレを見ていた。
「ま、暗部って言っても、こんなものよ。気楽に、気楽に」
は、はあ、と言葉を詰まらせる彼に手を振って、オレは詰め所を出た。

胡桃ねえ……。

その殻の形状との相似を、最初に指摘したのは、実はアイツだ。
付き合いはじめて1年、いや2年だったか? 任務も絡んでの付き合いだから、まあ、それなりいろいろあって、一進一退しつつ、お約束のような誤解によるあれやこれやも越え、しっくり馴染んできたころだ。

派手なケンカこそしないが、ムッツリと不機嫌になるアイツをもてあましたオレが逆ギレしてしばらく口もきかない、という不毛ないさかいは何度か経験している。
あれも、そんななかのひとつだ。
だが、ほかのときと違い、今もってその原因がなんだったか、わからない。

余計な事を言わないせいで、ついつい見過ごしてしまうのだが、アイツは実はやきもち焼きで独占欲が強い。オレも、そういった感情は持ち合わせているが、アイツが先回りして気を使ってくれているのだろう、滅多なことでは沸点に達する事がない。
だが、オレのほうはどうも、気づかないところでアイツの感情を逆撫でしているらしい。
だからたいていは、後になって「あ、もしかして」と思い当たる節があるのだが、あのときばかりは、まったく心当たりがなかった。

あの日――。

夏真っ盛りの猛暑だった。まぶしい太陽が地を焼き、森のなかさえ草いきれでむせ返るほど。
なのに確か前日が立秋とか。こんなに暑いのにバカバカしいと笑いながら、見上げた空には確かに秋に見られる巻雲があったのを覚えている。

ちょうどオレの隊は里内の警備に当たっており、セルはオレと鳥面、アイツと虎面。
このセルは毎度決まっているので、この組み合わせが問題だったはずはない、と思う。
そして彼らが戻ってきたとき、オレは鳥面のヤツと詰め所にいた。と言っても、別に鳥面と話をしていたわけではない。鳥面は暗器に関する書物を読んでいて、オレは読みかけのイチャパラを顔に載せて居眠りをしていた。
夜の警備の隊も、アイツと虎面が戻ったあと詰め所にやってきたので、彼らが戻ってきたときには鳥面と二人。そして直後、夜の警備の隊が来たので、異常なしの報告と申し送りをして、オレの隊は解散、という流れだった。
だからとオレも着替えて、暗部棟を後にした。翌日は待機と言う名の休日だったから、当たり前のように一緒に過ごすだろう夜に少しばかり気持ちと身体が高揚していたのも、これまたはっきりと覚えている。
「今日は、どうします?」
とアイツが聞いてきたのも、オレと同じ気持ちだったからだと思うのだが。
「そうねぇ、外メシ? 内メシ? どっちがいい?」
とオレが答えたあたりから、空気が不穏になった。
いや、もしかしたら棟を後にした時から不機嫌だったのかもしれない。
「先輩はどちらがいいんですか? ボクがメシ作りますか? って言っても、あなたがメシ作ることってないですけどね」
「……おまえは何、食べたい?」
「天ぷら」
「え?」
「って言ったら、付き合ってくれますか?」
妙にとげとげしい、いや、奥歯にもののはさまったような、というのがピッタリのの物言いに、オレも正直、イラッときた。
「いいよ。付き合うよ、たまには天ぷらだって食べたいよな」
それでも最大限、譲歩したつもりだった。なのに、アイツは。
「もういいです」と言って、スチャッときびすを返したのだ。

オレのほうはあっけにとられ、振り向いた瞬間、アイツの背中が消えた。
路上でぼんやり突っ立っている上忍というのも間抜けな図だが、あのときのオレがまさにソレだ。
「なんだ、ありゃ」
と、口に出したのも覚えている。

1週間ぐらいで機嫌は直ったようだったが、微妙にへこみ気味だった。
理由を聞いても教えてくれない。
だがオレも、一応は考えた。
付き合いも馴染んでくると、ついわがままが出る。気の回るアイツに甘え過ぎていたかも知れない。
そうでなくても、自分が年下で後輩だからと、一歩ひいたところのあるヤツだ。恋人同士なのだから関係ないとは思うものの、そんな心配りが妙に居心地いいのも事実だった。
そういえば最近、メシ作ってくれるのはいつもアイツだっけ、とか、外メシにも連れて行っていなかったっけ、とか、いやそれ以前に、アイツが里にいると家に入り浸りで上げ膳据え膳じゃないか、とか、心当たりばかりが、ぞくぞくと出てきた。
ベッドのなかでは、もちろんご奉仕もすれば要求にはなんでも応えるオレだが、それだけですむなら、プロの女性のほうがずっといいだろう。
こんなんじゃ恋人として失格だ、と反省したものの、挽回の機会もないまま9月に突入し、アイツは1ヶ月余りの里外勤務に就いた。
もどってきたのが10月半ば。
そこでオレは、遅ればせながらの誕生日祝いと言って天ぷら屋に誘ったのだった。
が、ヤツは妙な顔をした。

それはそうだろう。
今まで誕生日祝いなどしたことがない。たまたまその前後にどちらかに任務が入り、祝う機会がなかったからでもある。だが、挽回といったらそれぐらいしか思いつかなかったのだ。情けない事に。

「天ぷら。食べたいんだったら、オレに遠慮しなくていい。誕生日なんだから」
「いえ、別に。特に天ぷらが食べたいわけでは……」
「じゃあ、何が食べたい?」
と尋ねた後、アイツが答える前にあわてて釘を刺す。
「オレってのは、なしだ」
「え〜」
と苦笑するのに、
「どっちにしろ食べるんだから、それじゃ祝いにならないでしょ」
と答えた。
「どっちにしろ、食べていいんですね」
ウフウフという笑い声が聞こえそうなほどニンマリするヤツは、なんだか可愛い。こういうところ、けっこう無防備なんだよな、とオレは思う。
微妙に歳の差を感じ、それがまた愛おしさを後押しする。

「もし、なんでもいいんでしたら」
そう前置きして、は
「クルミ」
そう言った。
「クルミって、クルミ?」
「はい」
「えっと……」
「アレって、いきそうなときの先輩の玉に似てますよね」
「はぁ?」
「ですから」
「いや」
「似てますよ」
断言されて、オレは言葉を失った。
「冗談です」
「え?」



2008年12月07日(日)
ぎむれっと――または、ろんぐ・ぐっどばい エピローグ


「よって、面を外しコードネームをつける」
綱手さまの声が執務室に響く。
「その間は名を”ヤマト”と名乗れ」

カカシさんとの仲を徹底的に引き裂こうした上層部が、ボクがこの任につくことを、よくぞ許可したものだ。
それも、初代さまの力あってのこと。
そう思うと、あの研究所での地獄の日々も、報われようというものだ。
だが、油断は禁物。
ボクの公式の記憶には、カカシさんとの私的な交流はいっさい残っていないことになっている。

慎重に。

今度こそ、二度と理不尽に引き離されないように。

ボクは病院に続く道を歩く。

また、あのひとは無茶をしてチャクラ切れを起こし、入院しているらしい。
この2年ほど、とくに浮いた噂はない。その辺はぬかりなく情報収集していた。
里の戦力として高ランクの任務を請け負うことも多く、里にいる時間も少なかったようだ。

――まだ、ボクを好きでいてくれるだろうか。

不安と期待がないまぜになる。
あの村で、あの状況で、ボクに「好き」と告げてくれたのだ、あのひとは。
気が多いと思われているが、ほんとうは純情なひとだ。それはボクがよく知っている。
だから、気持ちを違えることなどないとは思う。
だが、ひとは生きていれば、日々、いろいろな出来事に遭遇する。
その過程で、何がしかの気持ちを育む相手を見つけることもある。
それを、裏切りとは言うまい。

――でも、ボクは。ずっと、ずっと思っていました。ただ、あなただけを。

ボク自身は、あの抜け忍の村の任務後、里外の任務につき半年後に里に戻った。
だが、そのときは先輩が里の外に出ていて会えず、その三ヵ月後、また中期の任務が入ったとき、気づいた。
――ボクらの任務は、互いに里で会わないように組まれている。
きっと、先輩も気づいたことだろう。

だが、ナルトの元上忍師である先輩と、九尾を抑える初代様の力を受け継いだボクは、必ずいつか接点を持つ。
そう信じていた。だから、じっと時を待った。
そして、実際、そのとおりになった。

ざまあ、見ろ。

もうすぐ、病院だ。
ボクはどんな顔をして、会えばいいんだろう?
ああ、違う。
記憶はないことになっているのだから。

お久しぶりです、先輩、とでも言って、笑えばいいだろうか。

見上げた空には、白い雲がひとつ、浮かんでいた。


−−了−−

ギムレット(gimlet)
ジンベースのショートドリンクタイプのカクテル。ジン3/4、ライムジュース 1/4が基本だが、フレッシュライムを使い甘味にホワイトキュラソーを使うなど、作り手によってレシピが異なる。
副題となっている、ろんぐ・ぐっどばいは、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説のタイトルから(邦訳『長いお別れ』)
この物語の謎の中核をなすセリフでもある「ギムレットには早すぎる」というセリフが登場する。



2008年12月06日(土)
ぎむれっと――または、ろんぐ・ぐっどばい 40) Side K


「え〜」
「え〜、じゃない」
五代目が眉間に皺を寄せる。

里に帰り着いてまず報告を、と向かった火影の執務室で、早速、次の任務依頼書を押し付けられた。

「オレ、今もどったばっかりですよ」
「十分、休んできただろうが」

それはそう、ですが。

暗部棟に寄ったテンゾウは、まだ来ていない。

「オレとヤツを接触させておくとまずい、とか?」
ギロリとにらまれる。あ、図星。
「あいつの記憶が勝手に戻ったことが、問題となっているんだ」
「勝手に? え?」
「術をかける前には伝えることができなかった。術に影響を与える恐れがあったからな。だが、里に戻ったら、ヤツの記憶は戻すつもりだったんだ」
ダン、と五代目が机を叩く。
「なのに、あいつは」
「え、ええ? 戻すつもり?」
「あいつが開発した術を、改良して、記憶を戻すことも可能にした」
お、さすが五代目、と思ったが、この状況でのその発言は、さすがにいかがなものかと思ったので、言わなかった。
「だから、術をかけた。だが、記憶というのは繊細なメカニズムに基づいている。下手な先入観を植え付けると、術が効かないこともある。だから、言えなかったんだ」
「じゃ、あいつの記憶が戻ったのは」
「あいつ自身が自己暗示をかけた」
はぁ、と綱手姫は片肘をついて、額を押さえた。
「術をかけている途中で、気づいた。だが、やめるわけにはいかんだろう。それこそ、危ない。術後の確認では、術は効いていた。だから任務にいかせた。うまくいけば、私の一存で、内々に収めることもできるかと思ったんだ」

なるほど。
だが、そんな裏事情を知らないオレは、パックンに託した報告書にテンゾウの記憶が戻ったことも書き添えてしまった。
つまり、火影である綱手姫の術に対抗するようなテンゾウの行いが、上層部で問題になっている、と。
しかも、その原因となっているのが、オレ。
「つまり、当分、引き離しておけ、ってことですか」
「察しがよくて助かる」
オレは任務依頼書に視線を落とした。
「今夜、出発しないと間に合いませんね」

――すまない。
小さく呟く五代目の声が聞こえた。
「ま、公認ではないカップルなんて、こんなもんでしょ?」
オレの軽口に、しかし、綱手姫の眉間の皺は深くなっただけだった。

執務室を辞してから、オレはテンゾウを探した。
が、暗部棟にはおらず、部屋にもおらず、まったくもって所在が掴めない。
任務に出る前に、話だけでもしたかったんだがな、と思いながら、オレは部屋に戻った。
いい加減、出立の準備をしなければならない。

「……手紙」
走り書きのようなメモがドアに挟まっていた。
わずかにテンゾウの気配が感じられ、オレは引き裂きそうな勢いでメモを手にする。
開いたソレが白紙なのに苛立って引きちぎろうとしてから、あわてて解の印を組む。
と、字が浮かび上がってきた。

――カカシさん。
   すみません。急な里外任務が入りました。
   詳細を記している暇はありませんが、事情は察してくださると思います。
   何があっても、ボクは戻ってきます。
   四肢を切断されても、記憶を封じられても、必ず、戻ってきます。
   待っていてください、とは言えません。
   でも、次の再会のとき、もしカカシさんがまだボクに愛想を尽かしていなかったら。
   きっと、僕たちは三度、出会えるでしょう。

「三度、出会えるでしょう?」
最後の一文を声に出して読む。
はあ?
つまり。
あいつ、また、記憶を封じられるってこと?

そんなにオレとアイツの関係は、邪魔なわけ?

くっそ〜、とテーブルを叩き、そして、ふと気づいた、ごくごく小さく記された封印の印。
何だ、二重に封印されていたのか。
さっきよりも少し複雑な印を組む。

――五代目が、内密に謀ってくださいました。
   ボクは一応、記憶を消されたことになりますが、消されていません。
   ただ、里外の任務はほんとうのことです。
   また、しばらく会えなくなるでしょう。
   離れているのはつらいですが、ずっとあなただけを思っています。
   再会のときを楽しみに……。

「くっさ〜」
呟いたオレの声は、なぜか震えていた。

どうあっても、オレたちは引き裂かれるのか?
オレたち個人の思いなど関係なく?
それが里の意志か?

ていねいに、メモを折りたたむ。
そして、忍服のクナイホルダーにしまった。

それなら、それでもいい。
それで、里を抜けたりはしないさ。
それは、この身のうちに燃える火を否定することに繋がる。

今になって、父さん。
あなたの気持ちがわかるような気がします。
里に否定され、それでも燃え続ける火の意志を、あなたがどんな思いで見つめていたのか。

でも、オレは。
オレには、テンゾウがいる。

あのとき、あなたにはオレしかいなかった。
忍ではあったが、子どものオレ。
オレの手は、あなたを支えるには、きっと小さかったのでしょう。
それは、とても残念なことだけれど……。

だからこそ、父さん。
オレは置いていかれるつらさを知っている。
だからオレは、あいつを置いていったりはしない。

待っていてくれとは言わない、とテンゾウは書いていた。

待っているさ。
いつまでも。
待っている。

待っていてくれ、とは言えない、おまえだと知っているから。

待っていてやるさ。

それが先輩の甲斐性ってもんでしょ?



2008年12月05日(金)
ぎむれっと――または、ろんぐ・ぐっどばい 39) Side T


「そう、その調子」
カカシさんの声に、子どもたちが額にくっつけた落ち葉に意識を集中する。
思わず寄り目になっている子もいて、なかなか笑える光景だが、これはれっきとしたチャクラコントロールのための訓練だ。
「あ。落ちた」
一人の子どもが声をあげ、それに釣られるように何人かが葉を落とす。集中が途切れたのだろう。
「難しいよ」
「ん〜。難しいと思えば難しい。簡単だと思えば簡単。さ、もう一回」
「えー。お手本、お手本」
「そうだよ、お手本見せてよ」
わいのわいのと何人かがはやし立てる。
「お手本? そっか〜」
と言った途端、カカシさんの全身が落ち葉に包まれた。
「うわ!」
そして、ハラハラと散らばり落ちる。
「いない!」
「嘘!」
みんな、完璧、カカシさんの術中にはまっている。
なんだかんだと言っても、7班の上忍師をやっていただけのことはある、手馴れたものだ、とボクは感心した。
「あれも、術のひとつですか?」
縁側に座ったボクに、並んで座っているハギが尋ねる。
「ごく基本の術をいくつか組み合わせたものですね」
ほぅ、と頷くハギは、守り番の任を辞し後進の育成を行う旨を長に申し出ている。ハギの後任が見つかり次第、申し出は受けいれられると聞いた。
「なるほど。ひとひとつは単純でも、組み合わせることで応用が広がるということですな」
そう、戦闘のための術を必要としない村に必要なのは、術を極めることではなく、それぞれが基本を身につけ、それを応用する知恵を育むことだ。

「で、先輩。いきなり背後に現れないでくれますか?」
ハギが驚いたように振り向く。
「おお、そこに」
座敷の暗がりで、へへ、と笑うカカシさんが拝むポーズをとる。
「ちょ〜と、交代してくれる?」
「はいはい」
ボクは応えて立ち上がった。
どこに行ったと騒ぐ子らの元へ。
「さ、ちゃんと訓練すれば、君たちにもできるようになるよ」
ほんと? と口々にさえずる。
「でも、そのための基本だからね、コレは」
人一倍落ち着きのない子どもの額に、落ち葉を一枚。
照れ笑いする子の顔が、先輩の元弟子と重なる。

この間、モズは額に落ち葉を張り付かせたまま、じっと目を閉じている。
この子の、この集中力はたいしたものだ。長ずれば、どんな状況下でも己を見失うことなく決断を下すための力となるだろう。
次期村長……己の運命をまだモズは知らない。
だが、この子なら。
そう思ったとき、モズはパチリと目を開いた。ハラリと落ち葉が地に舞う。
「トキ。東に新しい木が芽吹いた」
「声が聞こえたかい?」
「うん。聞こえた」
もしかしたら、其の木は、もう老木となった樹に替わり結界を守る樹に育つかもしれない、とボクは思う。
「その木と、気を通わせてご覧?」
うん、とモズは頷いて、また目を閉じる。
モズに必要なのは、いっしょくたに流れ込んでくる木々の声を選別し判読することだとカカシさんは考えたのだ。
どうにかして、ひとつひとつの気配を探れないだろうかと持ちかけると、モズはやってみると答えた。
そして、その成果は徐々に現れている。
モズは新しく開ける世界が嬉しくてたまらないようだ。

「トキ、できたよ。1分間」
別の子どもが、ボクの袖を引く。
「よし。じゃあ、次は2分間だ」
「え〜」
「え〜じゃない。それができたら、休憩だ。オヤツがあるよ」
オヤツ、オヤツと言いながら、子どもたちはまた真剣な顔になった。

あの日、帰宅すると、子どもたちが待っていた。修行をつけ、一日が過ぎ、暮れた夜、無事、捕虜たちを尋問部隊に引き渡した。暗部二個小隊が付いている。まず問題はないだろう。
そして今日も、朝から訪れた子どもたちと過ごした。

明日早朝。ボクらは村を出る。
ボクらの出立は、守り番と長以外には知らされていない。
日が暮れ、子どもたちが「また明日ね〜」と帰っていく。
最後まで残っていたモズが、じっとボクの顔を見る。
「トキ。ずっと覚えているから。トキが聞かせてくれた声も、ほかのことも。ずっと覚えているから」
ああ、とボクは答える。この子は気づいている。
「もへじさんのことも。もへじさんが教えてくれたことも。全部」
先輩は黙っていた。
「ありがとう」
しっかりした声で言って、モズはきびすを返した。
「モズ」
走り出そうとした刹那、先輩が呼び止めた。
「ありがとう、はこっちだ。キミと会えて良かった。ありがとう、モズ」
ううん、と背を向けたままモズが首を振り、ダッと走り出す。

「子どもを泣かせて、どうするんですか」
小さくなる背を見送りながら言うと、先輩は
「あの子は、いい村長になるだろうね」
と見当違いの答えを返してきた。

長からは、挨拶無用と伝えられている。
「部屋を片づけて、少し散歩でもするか」
「そうですね」
答えながら、ボクらはこまごまとした生活の匂いを、ひとつひとつ消す作業を始めた。
水瓶も貯蔵庫も空にして、髪の毛一本たりとも残さぬように掃き清め、その後、軽く土遁を発動し、適度にホコリをかぶせる。
ボクらの存在が明日以降、村でどのような扱いになるのかは知らない。
ただ、潜入先を去るときには現状復帰、つまり、ボクがこの家に入ったときの状態の再現、という原則を守るまで。

背嚢を負い、先輩とボクは平屋の戸を開け、そして閉めた。
さようなら。
一時とはいえ、ボクに安息をくれた棲家。
さようなら。
御伽噺の世界のようだった村。

ボクは行く――。

この村も、この村に住むひとびとも好きだけど。
ボクは木の葉の里の忍。
そして、はたけカカシの後輩。木遁のテンゾウ。
己の内にある火を消すことはできない。
先輩と出会い、教えられ、灯し続けた火は、やはり先輩とともにあることを選ぶ。
恋人だから、というだけではなく。
同じ火を灯すひとだから。
だれよりも、綺麗で力強い火を灯し続けるひとだから。

チチチッ。

夜だというのに、鳥の声が空高く響いた。
まるで、先輩の放つ雷切のようだ、とボクは思った。



2008年12月04日(木)
ぎむれっと――または、ろんぐ・ぐっどばい 38) Side K


「おはようございます」
朝の挨拶の声にオレは目を覚ました。
いつも来るモズの高い声ではなく、大人の声だと認識しながら、けだるい身体を反転させる。
部屋のなかには、障子越しに朝の光が差し込んでいる。

まだチャクラは完全には回復していない。だが、この程度のチャクラ残量で戦闘を続けることもしょっちゅうだ。
そういう意味では、慣れた疲労感と言える。それ以上にすみずみまで満ち足りた充足感に精神が高揚していた。今すぐにでも次の任務に向かえそうなほどハイな自分を自覚し、ひそかに苦笑する。
――は。なんてお手軽なオレ。
そんなにもテンゾウに惚れていたか、と問えば、そんなことにも気づかなかったのか、と応じる自分がいる。

土間との間の、普段は開け放していることの多い引き戸をわずかに開け、テンゾウが顔を出した。
「先輩、長の家に、里からの書状が届いているそうです」
「ん、わかった。今、支度する」
事を終えた後、テンゾウが熱く絞ったタオルで身体の隅々まで清めてくれたので、風呂は使っていないが問題はないだろう。
身体を起こし、オレは正規服を身に纏った。
現金なことに、昨夜、寝る前は熱っぽく疼いていた左目も、今日はなんの違和感もない。
額宛で押さえながら、やれやれとため息をついた。

そういえば。
あの、コピーした技を検証してみる必要があるな。
うまくいけば、とんでもない新術を開発できるかもしれない。
そう簡単な話ではないのはわかっているが、新しい術について考えるときの高揚感というのは、格別だ。
テンゾウと同衾する高揚感ともまた違っていて、やっぱりオレも忍なんだな、と当たり前のことを実感する。
「お待た〜せ」

数分後、長の家につき、過日、通されたのと同じ座敷に通された。
驚いたことに――。
「パックン!」
ちんまりと座布団の上に座っているのは、パックンだ。
なぜ、オレのところに来ず……と問いかける前に、歯をむき出したパックン流の笑顔に気づいた。
――あ、そういうこと。
「……悪かったね」
ボソッと呟くと、パックンは「なんの。耳のいいのは、犬という種の特徴だ。そう急ぐ書状でもないと伝えられておったし夜も遅かったゆえ、ちょいと休んでから届けた」と、ボソッと返して来た。
――あの声、聞かれちゃったか……。
なんだか、親に閨を知られた気分で、ひとりオレは赤面する。
「パックン。ご苦労さまだったな」
そんなオレの内心などおかまになしに、テンゾウが手を伸ばしてパックンの額から鼻筋にかけて指先でくすぐる。パックンもされるがまま目を細めながら尻尾を振る。総じてオレの忍犬たちはテンゾウが好きだ。

「おお、朝からお呼び立てして」
長の声に、オレたちは礼をした。
「パックン殿が届けてくだされた書状によると、本日夜、ヤツらの身柄の引渡しを行うとのことじゃ。ただし、村に入っていただくわけにはいかぬので、前もって決めておった地点まで運ばねばならぬ」
「では、オレと彼とで」
「いや、手の空いている守り番も助成いたす」
「かしこまりました」
「そして、こちらが」
長が二通の書状を差し出す。
片方はテンゾウ、もう片方がオレ宛だ。

「解」
封印を解いて、書状を開く。
隣でテンゾウも、同じ行動をとる。

あの村へは、オレからの報告をもとに正式の報告書を送ったそうだ。
結界は、五代目の判断で、当分あのまま残しておくことにしたという。
そして二日後に、里への帰還が命じられた。
表向きは、抜け忍たちが木の葉の里に拘束されるまでの間、この村にいて不測の事態に備えるように、とあった。
だがほんとうは、オレの回復の時間を見越してのことだろう。身柄を引き取りに来る木の葉の尋問部隊が、よもや途中でヘマをするとは思えない。つまりは、まぁ、骨休めといったところか。
テンゾウを見ると、ボクを見て頷いた。テンゾウの書状も同様の内容なのだろう。
「二日の後、我々はこの村を去ることが決まりました」
オレの言葉に長は頷く。長宛ての書状にも、そのことは書かれているはずだ。
「何もないとは思いますがの。あと二日。よろしくお頼み申します」
「いえ、こちらのほうこそ。お世話になります」
「お体のほうは?」
「おかげさまにて」
「では、ご随意に村を散策されるもよし。何かご不自由があれば、お申し付けくだされ」
「いえ。もう既に過分のお心遣いをいただいております」
ほんとうに、いろいろな意味で、毎日毎日、長自らが食材を届けてくださらなくても……と言いたいところなのだが。
どことなく三代目を思い出させる村長に懐かしさを感じているのも、また事実だった。
「ほんに……子どものころに見た夢が目の前に蘇ったような日々でございました。忍、という方々の真髄を垣間見、感じ入った次第。このとおり、御礼申し上げます」
綺麗な所作で頭をさげる長に、こちらがうろたえる。
「そんな。どうか、お顔を上げてください」
「闘うことを使命とされている方々とは、この村のありようは相容れぬやもしれませぬ。ですが、この村がこうしてひっそりとあり続けることができるのも、あなた様がたのような忍の方々のご助力によるのかもしれぬ、と思うようになりました」
里を抜けた者と正規の忍は、確かに本来、相容れぬ存在だ。だが、オレはこの村が好きだ。だからと言って、抜け忍になろうとは思わない。でもこの村に何かあって、もしオレに出助けできることがあり、それが里の意に反することでないなら、きっと助力を押しまないと思う。
「私はこの村に生まれ育ち、長の命を受け申したが、もし生まれ変わることがあれば木の葉の里に生まれ変わってみたいと思いまする。もっとも、落ちこぼれでしょうがの」
笑う長に、オレも笑みを返す。
「ご存知ですか? 木の葉の里では、落ちこぼれほど素晴らしい忍になるのです」
「おや、では、合格、ということですか」
ははは、と笑い声が座敷に響く。パックンも歯をむき出して、シッポをパタパタやっていた。
「里に戻られましたら、火影さまによろしくお伝えくださいまし。あの方のご判断がなければ、この村は私の代で滅んでいたやもしれませぬ。お救いくださって、感謝していると」
「かしこまりました。必ず」
そして、長はテンゾウに向き直った。
「テンゾウ殿。いろいろ気苦労の多いお勤めであったかと思いますが、ありがとうございました」
「いえ、私も多く、学ばせていただきました」
相変わらず、ソツのないヤツだ。対人関係においては、オレより優秀だと常々思っているが、今回も再確認した。
「これは内密のことでございますが、私の一存でお伝えいたしたいと存じます」
「はい」
「モズが、この村の次期村長となります」
「え?」
思わずオレも内心で「え?」と言っていた。
「先日、その徴が現れました」
「徴……ですか」
「現村長が次の村長を指名する、と伝えられておりますが、それは違うのでございます。形式上、そうなっているだけのこと。村長は、この村長の家の、長だけが入ることのできる間に祭られている鷺の像が使命するのでございまする」
「あ、では、鷺が降り立つというのは」
「はい。真にございまする」

へえ、とオレは長を見つめる。
なんらかのカラクリはあるのかもしれないが、それがこの村を存続させている要である以上、カラクリを解くことそのものがタブーなのだろう。

「ですが、モズはまだ子ども。あと、少なく見積もっても15年ほどは、私が勤めなくてはならないようで、ほんに、難儀なことでございます」
ここで、ちょいと悪戯心が疼く。
「では、次の長が決まらぬうち、あるいは、次の長が未熟な子どものうちに何かあったら?」
隣でテンゾウがにらんでいる。ぶしつけだと怒っているのだろうが、すまん、オレはテンゾウほど、気配りのひとじゃないんだよ。
「次の長が決まらぬうちには、現村長には、何も起こりませぬ。次の長がまだ子どもだったとしたら、知恵を授ける者が必ず身近に現れまする」
「なるほど」
それが崩れたら、すなわちこの村の崩壊。長もそれを知っているからこそ、今回、異例のこととして木の葉の里に任務を依頼したのだろう。
「モズはテンゾウ殿に心酔しております。そして、修行を見ていただくにつれ、はたけ様に畏敬の念を抱いております。どうか、この2日、短い時間ではございますが、モズに忍の心得をご伝授いただきとう存じます。それが、きっとこの村の未来を救い、木の葉の里の未来にも益成すものと信じます」
テンゾウはオレを見た。軽く頷いてみせると、長に向き直る。
「かしこまりました」
綺麗な所作で頭を下げるテンゾウに、オレもあわてて倣った。



2008年12月01日(月)
ぎむれっと――または、ろんぐ・ぐっどばい 37) Side T –18禁-


「お帰り、テンゾウ」

あまり真剣味のない”バカヤロウ”という罵声を背に、汚れたシーツを剥ぎ取っていたボクに、先輩が声をかけた。
使っていなかったほうの布団に横たわり、掛け布団に鼻先までくるまっているから、くぐもった声だった。だが、決して聞き逃したりはしない。
その声を聞いた瞬間、不意に喉元に熱い塊がこみ上げてきた。
瞬き一つで決壊してしまいそうなほどで、ボクはことさら顔を背け丸めたシーツを土間に運んだ。
とりあえず、洗濯用の金だらいに洗剤を入れ、ばしゃばしゃとかき回す。
ツンと痛む鼻の奥に、大きく息をついた。

こんなところで泣くなんてボクのキャラじゃないな、と心のなかで苦笑する。
だが、ポタリ、と水が跳ねたかのように金だらいに雫が落ちる。

これは、歓喜だ。勝利のファンファーレだ。

ボクが何を賭けたか。
そう思うと、笑いがこみ上げる。
ボクの記憶が戻った、その事実だけで、ボクはこの先一生、先輩を想っていられる。
パシリにされようが、振り回されようが、かまわない。
そんなことなど、屁でもない。

丸めたシーツを洗剤を溶かした液につけて、ボクは部屋に戻った。

「そちらにお邪魔してもいいですか?」
返答はなかったが、掛け布団の端が持ち上がった。
もぐり込んだボクの頭を先輩が抱え込むように抱きしめる。

「初めてのときも……こんなふうに抱きしめてくださいましたよね」
「そうだっけ?」
「ええ、そうでした」

緩んだ拘束に、ボクは押し付けられていた肩先から顔を離す。
間近に紅蓮の瞳と濃いグレーの瞳。

「綺麗だ」

あの日も、思った。綺麗だと。
ボクの内に燃える炎と同じ色だと。
「地獄の炎の色だそうですね」
先輩が瞼を閉じる。ボクはそっと口付ける。
「ボクの内なる炎も、この色です」
合わさった睫を掻き分けるようにして、舌先を差し入れ愛撫する。
ぶる、とカカシさんが身震いする。
ボクの唾液に濡れた睫は、まるで泣いたあとのようだ。
「たとえ地獄の炎の色をしていても、木の葉の里にあれば、それは火の意志となります」
今度は、右の睫。
ボクの肩を掴んだ先輩の指に力がこもる。
睫を愛撫するように舌先を滑らせ、眼球を突付く。
くぅと喉のなる音とともに、脚が絡んできた。
大腿部に当たる熱に、また情動が膨れ上がる。

「すみません、我慢できません」
断りを入れてボクは腰に手を回し、まだ熔けたままのそこに指を突き入れた。
はぁ、とカカシさんが息をつく。
「あやまるな」
かすれた声が返ってくる。
「体勢を変えるから……指」
ボクが手を引くと、そのまま腕のなかで体が反転した。

背後から抱き込むようにしながら、膝を割る。
まるでねだるかのように突き出される腰に煽られ、前戯もなしに繋がった。
まだ先ほどの余韻を残した襞は柔らかく、ボクの情動を受け止め絡めとる。
抱き込んだ右手で乳首を弄り、左手で滾る熱を包み込むと、強く締め付けられた。
切なそうな吐息が聞こえるだけで、拒絶はない。それをいいことに、左手を緩く動かすと、体がくねった。
「ああ」と絶え入りそうな声に、「やめますか?」と尋ねる。
「やめ、るな、もっと、だ」
そして、テンゾウ、と小さく呟くのに、胸が締め付けられた。

そうだ。
ずいぶん、長い間、会わずにいた。
この村で再会した夜、先輩を抱いたけれど、それはボクであってボクでないボクだ。
ボクらの営みは、ほんとうに半年振りぐらいなのだ。

この任に着く前も、ボクは中期で里外の任務についていた。
出会った頃のように、会えば寸暇を惜しんで肌を重ねる、というほどではなかったが、やはり久しぶりに会った日には、一日、ベッドのなかで絡み合い睦みあうことも珍しくなかった。
そうやって、互いの無事を確かめ、生きている証を確かめてきたのだ、ボクらは。

どれだけ、不安にさせただろう。
どれだけ、さびしい思いをさせただろう。
どれだけ……我慢させただろう。

「カカシさん……」
「ん?」
「ありがとうございます」
あなたがボクを好きでいてくれたから、ボクはこうして記憶を取り戻すことができました。
言葉にして告げることのない思いをこめて、ボクは礼を言う。

そう、五代目が術をかけるその刹那、ボクは自分に強く暗示をかけた。
もし。
もしも。
もしも、先輩がボクを、「好き」と。
ボクのことを好きだと、告白してくれたら。
ボクは思い出す。
術の呪縛など、ものともせずに、思い出す。

照れ屋で、その実、臆病で純な、いとしいこのひとが、もし、告白してくれたら。

言葉など不確かで、いくらでもつくろうことができるものだ。
だが、言霊とも言うように、気持ちを込めた言葉には、魂が宿る。
先輩の魂の宿った言葉を聞けば、どんな強力な術も呪縛も、ボクは跳ね返してみせる。
そう、誓った。

先輩は、ボクに向かって「オレ、おまえが好きだよ」と。
どこか、歌うように、そう言った。
間違いなく、ボクの耳はその言葉を聞いた。だから、思い出した。

これが、勝利でなくて、何が勝利か。

腕のなかで上昇する体温と心拍。
息づく命を抱きしめる――なんて、幸せなんだろう。
「気持ち、いいですか?」
問いかけると、はぁはぁというあえぎと共に、先輩が頷く。
壊れそうなほど、きつく抱きしめ、尖った乳首をつねり、はじけそうな熱を握り込んでせき止め、ボクはひたすら先輩を貪る。

「テンゾウ」
かすれた声がボクを呼ぶ。
「なんです?」
「壊れる」
「壊しません」
「気持ちよすぎて……壊れるよ」
いとしさのあまり、思わず肩先に歯を立てていた。

ああ、と長く尾を引く先輩の声が、夜気を震わせた。