index about update mail

 ☆ この日記は作者、出版社ともに非公認の二次創作物です。
 ☆ 閲覧される場合は、「about」をご覧ください。また、同好の方以外には、非公開となっております。
   リンクを貼ってくださる場合は、「about」のリンクについてをご参照ください。
 ☆ キリバンは特に定めていませんが、それらしい数字に当たった方で何かリクエストがあれば、上記バーのmailから、お気軽にご連絡ください。


 notice


  ◆更新◆
   イエイガー・マイスター    現在2)


    *拍手返信*
   返信
  

 2015/10/23の拍手の方へ
  4並び踏みのご報告、謝謝
  もし、まだこちらに
  来ていただけているのなら
  キリバンリクエストを
  お待ちしています


 最近の更新

 イエイガーマイスター
 現在 2) 20/10/21 New!
 現在 1) 20/10/21
 過去 4) 20/10/21
 過去 3) 20/10/21
 過去 2) 20/10/4
 過去 1) 20/9/15
 プロローグ 20/9/1

 お婿にいった四+カカのお話
 「ぶる〜む〜ん」は
 「無月の浪」さまサイトで
 公開中。
 「無月の浪」さまはこちら



MENU


  hors-d'oeuvre
 -過去の拍手お礼SS-
  春雨-2話
  桜宵-4話
  テン子シリーズ
  カカシとテン子のど〜でもいいヒトコマ


  a sirial -暗部なテンカカ話-

  あんしゃんて-9話
  二人の出会い

  びとぅぃーん・ざ・しーつ-12話
  二人の“初めて”または物語の始まり
  ぱすてぃす〜前章
-18禁-
  ぱすてぃす
  びとぅーん・ざ・しーつのその後
  ぱすてぃす〜後朝 -18禁-

  猩々   おまけ -18禁-
  モジモジしている二人の一歩
  マラスキーノ 後日談
 ホワイトデー話

  らすてぃ・ねーる-12話
 ※4 に、テンカカ以外の絡みあり
  任務に出た二人
  カカシの過去を垣間見る

  恋女   後顧   おまけ
  ストーカー被害に合うテンゾウと
  嫉妬な先輩


  九夜十日
  イタチ里抜けのとき

  百年の恵み
  長期任務の小隊長を命じられるテン
  百年の孤独-6話
  初めての遠距離恋愛なテンカカ
  たーにんぐ・ぽいんと-8話
    テンゾウの帰還

   香る珈琲、そして恋 -キリリク話-
 四代目とカカシの絆を知って、
 テンゾウは……

 【1部】 だーてぃ・まざー-4話
 【2部】 ぶらっく・るしあん-4話
 【3部】 ぶれいぶ・ぶる7話
 【Epilogue】 そして、恋

  あふろでぃーて-5話 -キリリク話-
 くるみ


  a`la carte
  -暗部なテンカカとヤマカカの間話-

  春霞-4話
  暗部を離れたカカシとテンゾウ
  ちぇい・べっく
 -可愛いお嬢さん-
4話
  ※2,3に、ごく軽くテンゾウ女体変化あり
  久しぶりのカカシとの任務
  聖牛の酒-3話
  波の国任務の少しあと
  てぃままん-3話
  波の国と中忍試験の間

  月読-5話 -キリリク話-
 月読の術に倒れたカカシを心配しつつ、
 イルカ先生の存在が気になるテンゾウ

  月読 後日談


  テキーラサンライズ−19話
 ぎむれっと前日譚


   ぎむれっと-40話 -キリリク話
  かっこいいカカシと、
  惚れ直すテンゾウ
 ※途中、18禁あり
  プロローグ  本編  エピローグ



  La recommandation
 du chef
-ヤマカカな話-

  再会-Reunion-  第二部





拍手お返事は上記返信にて
 
あぺりてぃふ
ごはん

  何かありましたら下記から。
  個別お返事をご希望の場合はアドレス
  を明記ください。


ごはんにメイル


2007年03月31日(土)
あんしゃんて 5


帰路を襲われることもなく、ボクたちは無事に里に帰りついた。
カカシ先輩は、なんでもない顔で任務報告のために三代目の執務室に赴き、そこから病院に直行した。
というか、医療班によって強制連行されたのだった。
別に面会謝絶というわけでもなかったので、翌日になってボクは先輩の病室を訪ねることにした。
コレと言って、理由があったわけではない。強いて言えば、元気な顔を見たかった……そんなところだ。
だが、このときボクは気づいていなかった。
それが、ボクにとってどれだけ稀有なことか。

任務を離れた時間にまで、同じ暗部のヤツらとつるむ趣味はボクにはなかった。
鍛錬や術の研究は当たり前の日課だったが、それ以外では、部屋でひとりぼんやり過ごすことが多かった。
ただ穏やかに無為の時間を過ごすことが、ボクにとっての贅沢だった。
だから、飲みに誘われても余り嬉しくなかった。
ボクに気を使う相手に、ボクも気を使わなくてはならず、でも互いの気遣いはなぜか、ほとんどかみ合わない。
ただ、気まずい時間ばかりが流れる、そんな飲み会なら、ボクを放っておいてくれと思ったものだ。
実際、しばらくたつと、みなボクを放っておいてくれるようになった。

この前の演習のあと、カカシ先輩に強引に引っ張っられて飲みに行ったときは、億劫だとか面倒だとか言うより先に、びっくりしてしまった。
連れて行かれたのが、里の外れの屋台のおでんやだったから。
怪我でずいぶん昔に引退した忍が趣味でやっているというが、おでんはうまかった。
芯まで味のしみた大根やこんにゃく、各種練り物に餅入り巾着、牛スジもあれば魚のスジもあり、店主の気まぐれで、つぶ貝や、里芋、ゆり根と、そのときどきで具材は変わるらしいが、味は絶品。そして頼めば、おでんの汁で卵雑炊や煮込みうどんまで作ってくれる。
「こういうの、邪道なんですけどね」
と苦笑する元忍は、いかに若い忍たちが腹をすかせているかを、よく知っていた。
確かに空腹だったボクは、たらふくおでんを食べ、雑炊も煮込みうどんも食べ、もちろん酒も飲み、気づいたら、先輩と肩を組んで、里外れから里の中心部に向かう道を歩いていたのだった。
「明日は待機で、あさっては臨時の詰め番だからね」
そう言って、ボクを部屋の前まで送り届けた先輩は、そのまま地を蹴って闇に溶けた。
別に、何も話さなかった。暗部に配属になってどうとか、この隊はどうとか、そんなことは何も。
ただ、「ロールキャベツがおいしいです」とか「おでんの豚足って、初めて食べましたけど、いけますね」とか、そんなことを言うボクに、先輩は「オレは、ここのいわしのつみれが大好きなの〜、でもって、今日は黒はんぺんがあって、すんごく得した」と、幸せそうに笑った。
普通のはんぺんとは異なり、魚の骨ごとすり身にした黒はんぺんは、海から遠い木の葉の里ではなかなか手に入らない食材らしく、カカシ先輩はほんとうに嬉しそうに食べていた。

ボクは、そんなふうに自分と一緒にいて、他人が嬉しそうにしているのを初めて見た。
もしかしたら、ボクの気づかないところでカカシ先輩は気を使っていたのかもしれない。
でも、少なくともボクには、先輩もただただおいしいおでんを食べられて幸せ、というふうに見えた。
というより、そういうふうにしか、見えなかった。
そのことで、ボクはずいぶん救われたのだが、それを自覚するのは、もっと時間がたってからのことだ。

ただ、カカシ先輩が入院したと聞いて、咄嗟に見舞いを思ったのは、屋台の一件があったからだ。
自覚していたわけではないが、それがあったから、普通のひとのようにボクは見舞いを思いついたのだ。

その病院前で、ボクは面をしていないポッチャリ系と再会した。
友人だという忍と一緒に見舞いに来た彼は、外出用の正規部隊のベストを着ていたボクを見るなり、
「あ、あのときの猫面」
と言った。面もしていないし、そもそも暗部服でもないのに、よくわかったものだと感心するボクに、
「それぐらいわかるよ」
と彼は笑った。
「カカシさんのとは意匠が全然違うけど、ボクのも狗面だから。割と鼻は効くんだ」
「そうそう、こいつ、見かけは秋道家なんだけど、嗅覚は犬塚家並なんだぜ。どっちとも血縁はないけど」
友人だという忍の、いっそぶっきらぼうとも言える言葉が、ふたりの遠慮のない間柄を実感させた。
「オレがしくじって、カカシさんに負担かけさせたからさ、見舞いぐらいしないと、って言ったら、付き合ってくれたんだ」
そう言う彼のふくらはぎからすねにかけて、包帯が巻かれている。
「ああ、君が怪我した……」
普通、怪我をした自分を上役の部隊長が背負って移動したなど、恥以外の何物でもない。なのに、彼は悪びれず、
「ああ、オレのせいで、ほんと、オレんとこの隊長にも部隊長にも、迷惑かけた」
と、言った。そんな彼をポッチャリ系が笑う。
「だからっておまえ、ベッドから5メートルも離れて立つことないだろう?」
「それとこれとは別だよ。カカシさんのそば近くには寄れない、畏れ多くて、ダメ。オレ、気絶する」
ブンブンと手を左右に振っている。
「だって、怪我して負ぶってもらったんだろ?」
「だから、そういうのはもう、仕方ないんだよ。自分でどうこうできないから。そこで抵抗したって、余計に迷惑かけるだけだし。あのとき、『オレは傀儡、オレは傀儡』って自己暗示かけてたんだぜ。そうでも思わないとさ」
はぁ、と彼はため息をついた。
「でも自分の足で歩いて、そばにいくなんてのは、ダメ。目がつぶれる」
「変なヤツ」
ポッチャリ系の呟きにはボクも同感だったが、それとは別に、暗部にも、こういうヤツがいるんだ、とも思った。
自分の非を隠そうと汲々とするのではなく、非は非と認める……そんな彼の居場所がここにある、そう思うと、ボクはなんだか浮き立つような気持ちになった。
見舞いを終えて帰るところだった彼らと、今度、飲みに行こうと約束した。
そんな約束を交わすのは初めてのことなのに、そのことにも気づかないほど、自然に「じゃ、今度」と答えていた。

「あ〜、タイクツ、退屈、ねえ、テンゾウったら」
特殊な結界を潜り抜け、病室に入るなり詰め寄られ、思わずボクはのけぞる。
「げ……元気ですね、た……カカシ先輩」
「あ〜、いま隊長、って言おうとした〜」
「すみません」
なぜ、謝らなければならないのか、実はわからないのだが、絡まれたら謝っておけというのは、鳥面と虎面から叩き込まれているので、反射的に謝った。
「さっきね、ヒガタが来た。テンゾウに、よろしくって」
「ヒガタ?」
「知ってるでしょ? ポッチャリ系の狗面。テンゾウ、この前の任務で一緒だったじゃない、でもって、おしゃべりしてたじゃない」
ヒガタというのかと、ボクは思った。名前は聞いていなかったからだ。
「イナダもね。別に、怪我したのイナダの不注意ってわけじゃないのに。律儀だよね〜。で、ついでにテンゾウによろしくって」
ああ、もうひとりの彼はイナダというのか、とボクは思った。
「先輩は、あの、ふたりとは?」
「同じ隊になったことはないんだけど、あいつらの所属してる隊とは、前にも一度、一緒に任務についたことがあるから」
「一度」、その言葉がひっかかった。
たった一度の任務で、覚えるものなのか? それとも彼らが特異だったのか?
「一緒の任務についた隊の忍、全部覚えてるんですか?」
「覚えてるよ、そんなの当たり前じゃない。テンゾウ、覚えてないの?」
「いえ……覚えてはいますが……名前までは……」
それに、ボクが共に任務にあたった忍の数と、先輩のソレとは確実に桁が違うはずだ。
それに名前は相手が名乗らぬ以上、知りようがない。
「もしかして、現役暗部、全員顔見知りとか」
「当然じゃない。オレが何年暗部にいると思ってるの?」
里に常駐せずに、諜報を行っている分隊も少なくないなか、それは相当なことではないかとボクは思った。
「ちなみに、正規部隊の上忍も特別上忍も全員顔見知り」
あ、と言ったきりボクは言葉をなくす。
「中忍は……そうだね、最近は中忍試験の監督もしなくなったから、新しい人は直接は知らないな」
「間接的には?」
「だって、書類は回ってくるでしょ?」
たしかに、アカデミー卒業後、下忍になった者と、中忍選抜試験の後、中忍になった者、あとは適宜、特別上忍、上忍になった者のリストは暗部に回覧される。
ということは、このひとはいま木の葉の里で忍として登録されている者全員を記憶している?
「でもね〜。一度でも一緒に任務しないと、なかなか難しいよ、本人特定するのは」
記憶することは記憶しているのか。

「じゃ、ボクのことも?」
おそるおそる尋ねると、先輩の目が弓形になった。
「うん。下忍になったときから。そのあとも目立っていたし」
大きな任務の場合は、任務内容とともに携わった忍の名も、暗部には回覧されるのだ。
このひとは、そうやって自分の後輩にあたる忍たちの動向に、常に気を配っていたのだろうか。
確かに、情報収集の基本だ。それはわかっている。
わかっていてもなお、それを当たり前のように徹底してやっている忍がどれだけいるだろうか?
「なかなか華々しい戦歴だったよね」
たまたま振り分けられた任務が、そういうものだった。
あのときは、このまま目の前の道をまっすぐ進めると思っていたのだ。
「そのあと、いろいろあって2年近く入退院を繰り返してました」
そう……2年。まるで闇に閉ざされたようだった時間。

研究所で実験体として過ごしていたときのことは、実は記憶が曖昧だ。
始終何かしらの薬を投与されていたので、そのせいもあるのだろう。
助け出されてから半年あまりは錯乱状態だったから、これも断片的な記憶しかない。
ただ衰弱していた身体は、適切な栄養補給によって順調に回復していった。
忍としての才を見出され訓練をするようになってからは、錯乱も収まった。
今思えば、ボクは長いこと眠っていた感情というものに直面し、もてあましたあげく、再び、眠らせたのだろう。
そして、どんな戦場に放り込まれても、自分を見失うなうことのない忍となった。
下忍らしくないとも言われたが、事情を知っている数少ない上役は、苛烈な過去を持つ分、ボクは忍として強いのだと言ってくれた。
あまり覚えていないとはいえ、わずかに思い出せる限りでも研究所でのあれは、間違いなく生地獄だった。
それも無駄ではなかった、そう思うと、少しは救われた。
救われたのに……。

「それはおまえが暗部に配属になったときに、知った。事情を知ったのも、そのとき。突然、名前見なくなったから、死んだか、極秘任務についたか、と思っていたんだ」
先輩は静かな声で言った。
「初代さまの遺伝子が、目覚めたんだってね」



2007年03月30日(金)
あんしゃんて 4


「カカシさん、今回、ずいぶん無茶したな」
一緒に任務に就いた別の隊の暗部に話しかけられたのは、里への帰還の途中――水場で休憩をとっていたときのことだ。かなり年上のようだが、先輩に対して「さん」づけをしているということは、暗部に入ったのはカカシ先輩より遅いのだろう。

里内警備を除くと、カカシ先輩の部隊に配属となって初の任務で、先輩は総勢12人の部隊長を務めていた。
いつもと比べてどうだったのかなど、ボクには判断がつかない。
ただ、初めてその戦いぶりを最初から最後まで見て、確かに無茶をするひとだとは思った。

初日は、事前に入手していた情報の確認とさらなる情報収集を行い、その結果、奇襲で一気に敵の戦力をそぐことが決まった。
そこまではいい。セオリーどおりだ。問題は、昨日の戦闘だ。
カカシ先輩は囮となって敵の只中に踊り込み、その大半を消した。
代わりにかなりのチャクラを使って疲弊し切っていたはずなのに、昨夜、
「突破口は開けたから、明日、夜明け前の総攻撃で決着をつけるんで、よろしく〜。あ、そうそう今夜はイチャパラ禁止ね」
狗面を後頭部にまわし、素顔をさらした姿で軽口を叩いた。疲れのカケラも見せずに。
そして今日も、先頭に立って突き進んだ。
あげく、足にかなり大きな傷を負った暗部の一人を、彼が所属する分隊の隊長と交代で背負って移動している。

この休憩は医療班と合流するためのものだが、むしろこれ以上、先輩に負担をかけないための配慮に近い。

「部隊長もかねてるから、それでも、まだ抑えていたみたいですけどね」
別の暗部が割って入ってきた。なかなか体格がいい、というか、はっきり言ってポッチャリ系だ。
「まあ、そうだな。部隊長が潰されたんじゃ、作戦変更を余儀なくされる。本人は、あまり好きじゃないみたいだがな、部隊長の位置」
「『好きに動けないんだもーん。オレ、男とヤルときは騎乗位が好きなんだよね』って言ってたの、オレ、聞いたことありますよ」
別の暗部が、また割って入ってきた。彼は、なぜかボクの神経に障った。珍しいことだ。
年上の暗部は、はぁ、とため息をつく
「そういうことを言うから、誤解されるんだよな」
「セックスの体位と戦闘と、おんなじなんでしょうかね、あの人のなかで」
「まさか、そんなわけないだろう? カカシさんの軽口はいつものことだ」
年上の暗部が、呆れたように返す。
「お願いしたら、『仕方ないなぁ』って相手してくれた、って噂、ホントですかね」
「そういうこと、あんまり言いふらさないほうが」
憮然とした声は、ポッチャリ系だった。
「言いふらしてないだろ?」
鼻白む相手に向かって、
「『って、噂、ホントですか?』って聞いてる時点で、広めてるのと同じじゃないか?」
ポッチャリ系が負けずに言い返す。
「だって、みんな知ってるぞ」
「オレは知らなかったよ」
ボクは、少しだけこのポッチャリ系を気に入った。だから彼を援護するつもりで口を開いた。
「ボクも知りませんでした」
「あ? おまえ……カカシさんの隊の?」
さすがに、隊の者の前で無責任な噂話に花を咲かせていたのに気づいたのか、バツの悪そうな様子になった。
「ま…あ、新人なら知らないかもしれないけど。そういう噂一杯あるんだから」
「いえ、噂の大半は聞き及んでいます。どれもこれも噂で、確たる証拠はありません」
当たり前のことを言ったつもりなのに、彼はいきり立つ。
「でも、噂があるのは本当だろ? それにカカシさんは気にしないし、噂」
何かが、ボクを刺激した。思わず、ダンと地を叩き、そんな自分にボクは驚いた。
となりでポッチャリ系もオロオロしている。

「ああ、全部、噂。噂に過ぎないな」
のんびりした声で、年上の暗部が言った。
「そして、本人は、まったく気にしていないのも事実だろう」
「ほらみろ」
「だからと言って、身内に近い暗部が面白がって噂をするのはどうかと思うがな」
軽口を叩いていた彼は、肩をすくめただけだ。
「あのひとは」
と年上の暗部は言いかけて、しばらく口をつぐんだ。何かを思い出しているようだった。
「外野は無責任に好き勝手なことを言う、と、身をもって知っている。だから、噂など気にしない。そして、周囲が自分をどう見ているかも気にしない。そんなものに振り回されない自分でいたいと思っているんだろうな」
「わかるひとは、わかってくれる、そういうことですか?」
ポッチャリ系の言葉に、年上の暗部はまた口をつぐんだ。こんどは何か、考えているようだ。
「むしろ、だれにも理解されなかったとしても、自分がわかっていればいい……いや」
そこでまた口をつぐむ。
「そういう、突き放した感じではなく……そうだな。自分が自分に恥じなければいい、そして、それをわかってくれるひとがいたら、嬉しい……そんな感じかな」

その言葉は、なぜかボクの心に突き刺さった。
ズキン、と。
理由は、わからない。でも、この言葉を覚えていよう、とボクは思った。

「暗部のなかにも、カカシさんを胡散臭く思ってるヤツもいる。それは事実だ。これだけ多様な人間が集まっているのだから、当たり前だろう」
そうですね、とポッチャリ系が言った。
「考え方の違う人間もいて、当たり前ですね」
そう言って、チラと軽口を叩いた暗部を見る。見られた本人は気づいていなかったが、
「オレは別に……嫌いで言ってるわけじゃないです」
と、拗ねたように言う。案外、若いのかもしれない。
わかっているさ、というように、年上の暗部がその肩を叩いた。
「あのひとをいろいろ言うヤツも、信頼できないとは言わない。冷血漢だの、鬼だのとも噂されるがな。少なくとも、暗部に本気でそういうことを言うヤツはいない。まぁ、暗部の外では……仕方ないさ」
暗部自体が畏怖の対象なのだ。
そのなかでさらに突出していれば、それはさらなる畏怖の対象になる、ということだ。
「医療班が来たようだ」
これで話は終わり、というように、年上の暗部は立ち上がった。

ボクが戻ると、ふてくされているらしいカカシ先輩を前に鳥面と虎面が腕組みをしていた。
「ですから、おとなしく……」
「なんでオレまで運ばれなくちゃならないのよ?」
はぁ、とふたりがため息をつく、ということは、このやりとりを散々繰り返していたのだろう。
「ケガ……は、してませんよね?」
ボクの言葉に鳥面が振り返った。
「でも、チャクラが切れかけている」
え? とボクは先輩を見た。顔は面に隠れているが、のぞく首筋や指先はいつもにも増して白いような気もする。
「切れてない。だって動いてるよ、オレ」
「普通は、完全にチャクラが切れる前に身体が動かなくなるってのに、無駄にコントロールいいから、ギリギリまで動けてバッタリ行くのが隊長です」
ええ? と言うボクに、今度は虎面が振り返った。重々しく頷く様子に、決して冗談でないことを悟る。
「里までは帰れる」
「不測の事態があったら、どうするんですか」
仁王立ちでビシと言い放つ鳥面に、先輩が肩をすくめた。
「さっき、丸薬飲んだ。だいぶ回復したから」
はぁ、と鳥面はため息をつく。
「隊長が、離脱するわけにはいかないでしょ。不測の事態があったら、尚さら、でしょ?」
それから、先輩は急に身を縮めた。
「ちゃんと計算してるよ。チャクラ切れで倒れるなんて、みっともないから」
小さな声で、まるで言い訳でもするように付け加える。

さっきの年上の暗部の話を思い出す。
“自分が自分に恥じなければいい。そして、それをわかってくれるひとがいたら、嬉しい”

トクン、と心臓が騒いだ。

「わかりました」
気づいたら、ボクは言葉にしていた。
「何かあったら、ボクが援護につきます。隊長の状態によっては有無を言わさず拘束して里に送ることも、ボクなら可能です。そのときは、諦めて運ばれてください。でも、ギリギリまでは、援護します」
鳥面と虎面と狗面が、そろってボクを見た。驚いているのだろう。
しかし、いちばん驚いていたのは――ボクだった。
まるでボクではないボクが、言葉を紡いでいるようだ。でも、ボクの意志を無視して、ではない。
むしろ、いつも言葉になる前に胸の奥底に沈んでいってしまう想いが、思わず言葉となって溢れてきたようだった。

ふっと鳥面が、気配を緩めた。
「じゃ、任せた」
虎面も、ボクの肩をポンと叩いて立ち去る。
後に残された先輩は、面を上げてボクを見た。
色違いの目が、ひたとボクを捕らえる。

ほんの少しだけ、わかった。
感情が欠けているのではなく、ボクはずっとずっと押さえ込んでいただけなのだ。

トクン。

でも、このひとと会って、ボクは思い出した。

トクン、トクン……。

この心臓のざわめきは、ボクの感情の振幅と繋がっている。

「わかった。オレも、おまえに任せる」
そう言って、先輩が笑ったとき。

この時――ボクは確かに、喜び、という感情を取り戻した。



2007年03月29日(木)
あんしゃんて -3-


扇型の陣形を取る。
中央に狗面の隊長、その左に鳥面、右にボク。

敵は、下忍を中心に中忍上忍を含む総勢、30人ほど、ボクらを特定の地点に誘い込もうとして、トラップを仕掛けている――という設定だ。
演習場の到る所に、先ほど虎面がトラップを仕掛けた。
そのなかを、陽動役の隊長が進み、ボクと鳥面がトラップを起動させつつ、破壊していく。
つまり、ちょうど敵の罠に嵌って誘い込まれた格好を装うのだ。
誘い込まれたと見せかけて、実は意図的に敵の陣中に飛び込んでいくときに使われる手だ。

ボクが加わったことで、フォーメーションが変わる。
そのための訓練を兼ねた……おそらくは、ボクの能力値の確認だろう。

最後、結界を伴った大掛かりな罠を解除すればボクらの勝ち。
罠にかかれば虎面の勝ち。

「じゃ、行くよ」
隊長が走る。そのスピードにあわせて鳥面とボクが左右を走る。
トラップを解除するのは、そう難しくない。
難しいのは……。
「速い!」
ともすると、隊長のスピードについていけずトラップの解除が遅れそうになる。
ボクは珍しく焦っていた。

「くそっ」
チャクラを練り細い蔓草を先に走らせ、強制的にトラップを起動させ、その攻撃から隊長を守る。
走りながらのコレは、かなり細かいコントロールが必要になるが、ほかに方法がなかった。
見ると鳥面もワイヤーを繰っている。が、次第にボクよりも遅れがちになる。
このままでは隊長の左側のトラップ起動が遅れる。
ボクは隊長の背後に移動し、左側にも蔓草を伸ばした。
おかげで、最終地点に到着した時、ボクはへとへとだった。

だが、ここに最後の罠が仕掛けられている。
隊長は、無造作に立っていた。結界の種類と範囲を確かめているのだろうと思い、近づこうとする。
途端、隊長に背後をとられた。間一髪、変わり身で逃れる。

なぜ、隊長が?

スタートしてから一度たりともその姿を見失いはしなかった。身代わりは在り得ない。

ボクは慎重に分身を繰り出す。
周囲を伺う隊長の背後を逆に狙おうとして――。

――っ!
首筋に当たる冷たいクナイの感触に、これが演習であることも忘れ、ボクは肝を冷やした。
振り返れば、狗面の隊長の姿……の向こうに鳥面と虎面。
改めて視線をやった分身のボクの前で、ボンと隊長が消えた。

「影分身?」
「そ」
「え? スタート前から?」
「うん」
「ええー!!」

本気で驚いた。
あのスピード、身のこなし。いくつか防ぎきれなかった武器が隊長に向かって放たれたのを、鮮やかにかわしながら進んでいたのが……影分身?
いや、本体の能力までをもそのまま映すから影分身なのだとわかってはいるのだが。
「だって、そうしないと全体像が把握できないじゃない」
ああ、なるほど。
はなっから、ボクがこの状況の中でどう動くのか、それを見るのが目的だったのか。
ならば鳥面が遅れたのも、わざと?
無言のまま視線をやると、鳥面も面を外した。
「あたしじゃ、隊長のスピードについていけないから、短い距離ならともかく、まずこういう役はやらないんだ」

はぁ、とボクは曖昧な返事をする。完璧、騙されたことを知って、少し感心してしまった。

枝にすわり込んだボクを、隊長が覗き込む。
「怒った?」
目の前で、狗面が傾いでいる。
なんだか、子どもみたいだと思う。
「怒ってはいません」
そう、怒りはない。
「疲れただけです」

ボクの返事をどう受け取ったのか、「ごめ〜んね」と隊長が言う。
「でも、やっぱり実戦の前に、適応力やスピード、見たかったから」
そして、さらに狗面が傾いだ。
「機嫌、直して。ね?」
その仕草に、ボクはさらに疲労を覚えた。

どうも、このひとはよくわからない。
言葉のひとつひとつ、動作のひとつひとつが、ボクを軽く混乱させる。
ボクの背後を取ることのできる実力にそぐわない。
何か意図があるのかと思ったが、どうもそうでもないらしい。

そこでボクは、改めて思い出した。
そう、このボクが、背後を取られた、それも二度までも。
いままで、そんなことのできた忍はいない。たとえ上忍といえど、それだけはできなかった。
気配には人一倍敏感だ。
それが持って生まれたものなのか、後付けの特殊能力のもたらす余波なのかはわからない。
ただ、わずかな空気の流れや震えに反応するセンサーのようなものが、ボクには確かに備わっていた。
――なのに、このひとは。
最初は、確かに油断があった。けれど、二度目はボクも警戒していた。
それでも、まったく察知できなかった。木の葉一枚揺らすことさえなく、ボクの背後に立ったことになる。

「完敗です」
自分の行動のひとつひとつをすばやく検証した結果導き出されたのが、それ。
完全なる敗北。それは実力の差だ。

ボクの言葉に、隊長は「えー」と言った。
「別に、勝負じゃないのに」
「じゃ、なんですか?」
「言ったでしょ? 適応力やスピードを見たかったって。それだけ」
確かに、そう言われた。
「もう、どうしてそう、すぐ、勝ったの負けたの、言うのかね〜みんな」
呆れたように言って、隊長は面を上げた。

「スピードはオレについてこれるぐらい速いってわかったし、形勢を判断して臨機応変に動くこともできるし、楽しみだね〜、これから」
そう言って、隊長はニコッと笑った。
「よろしく」

ボクは戸惑った。
笑顔を向けられたことなど、ここ最近ではほとんどない。
前の隊では、隊長はボクを扱いかねて、いつも不機嫌だった。
同じ隊の忍も、新入りのボクをなんとか溶け込ませようと心を砕いてくれたのだが、それがボクには重荷だった。
気を使われているのはわかるのだが、どうしていいのか、わからないのだ。
戸惑っているうちに、みな、「こいつは、こういうヤツだ」と距離を置くようになる。

このひとも、きっとそのうちそうなるだろう……と思っていると、ぐいと腕を掴まれた。
細い割りに力はある。ボクは引っ張られて立ち上がった。
「じゃ、演習終わり」
そのまま暗部棟に戻り、着替え、解散……になるかと思ったら、また腕を掴まれた。
「さ、飲みに行こう」
「あ、あたしは、失礼します、用があるので」
「自分も」
鳥面と虎面が消える。残されたのは、隊長とボク。
「あ、あいつら逃げた。ふん、いいもんね」
ボクは阿呆のように呆然としていた。どうも、普段のこのひとには、調子を崩されてしまう。

「隊長? どこへ」
逃げませんから、と約束して、ようやく腕は放してもらったが、ずんずん歩いていく隊長は行き先を言わない。
「隊長」
「隊長なんて呼ばないでよ。任務中でもないのに」
「でも……じゃ、はたけ上忍」
途端に振り向いた隊長が、うろんな目でボクを見る。
「それ、嫌い」
いえ、好き嫌いの問題では……。
「カカシでいいって」
「でも、先輩ですし」
「関係ないよ」
でも、ボクのほうが立場は下だ。
「えっと……カカシ先輩」
黙っている。
反対されなかったから、それでいいということにしよう、とボクは思った。



2007年03月28日(水)
あんしゃんて -2-


「出て行け」
任務から戻るとすぐ、ボクは隊を放り出された。
「指示なく勝手に動くヤツは、いらない」
入院しないですんだ者たちが、気まずそうにボクを見る。みな、面は外していた。
「三代目には報告済みだ。追って沙汰があるだろう」
そう言うと、隊長だった男はボクに背を向ける。
ボクは背に向かって一礼した。

まさか、暗部をクビになることはあるまい。
その権限は、火影にのみある。だからボクは落ち着いていた。
ただ、少々、困ったことになったなとは思っていた。
おそらくそういう態度こそが、上司だった男を怒らせる源となっていたのだろうが、ボクはそれに気づくことができるほど、大人ではなかった。

「じゃ、その子、もらってもい〜い?」
背後から、のんびりした声が聞こえた。

トクン。

心臓が反応する。
この声は、あの、狗面だ。

「なんだ、カカシか?」
振り返った男が、呆れたような顔をした。
「こいつ、使い勝手、悪いぞ。なに考えてるか、わからないヤツだし」
「へーき」
「おまえも物好きだな」
「うん」
「火影さまが、何とおっしゃるかは、知らんぞ」
「これから、お願いする。さ、いこ」
そう言って、カカシと呼ばれた男は、背後からボクの手をひいた。

トクン、トクン。
心臓の音がうるさい。

引きずられるような格好で詰め所を出て行くボクの目に、驚いた隊員たちの顔が映った。
ボクは、彼らに会釈した。一応、同じ隊だった先輩への礼儀として。
彼らも、あわてたように会釈を返したところで、パタンと扉が閉じられた。

「あいつはね〜、悪いやつじゃないんだけど、頑固で、融通利かないんだよね」
耳元で聞こえた声に振り返ると、ボクとそう変わらない若い男が立っていた。
白銀の髪、鼻まで覆う口布、閉じた片目を縦に走る古傷。
開かれた右目は、濃い灰色をしていた。

面の奥で燃えていたのは、閉じられたほうの瞳か……。

「あ、オレ。カカシ。はたけカカシ」
それだけ言うと、すたすたと火影の執務室への廊下を歩き始める。
後ろに回された狗面が、ボクの斜め上を見ていた。
ボクも後に続く。心臓の音は、収まっていた。

噂は知っていた。いい噂も悪い噂も。
でも、その主が、こんな……と思いかけて、ボクは首をひねった。
こんな、なんだろう? ちょっとカワイイ? のんびりしてる? いや、なんか……変? う〜ん、変調子?
的確な形容詞が咄嗟に浮かんでこない。とにかく、予想の範囲を超えていた。
目元に傷はあるし、髪はあちこちはねているけれど、総じて整った顔をしているらしいことは、口布をしていてもわかった。
ただ、それを美形とか、美青年とかと呼ぶのは、ためらわれる。二つの理由で。
ひとつは、あの荒地での任務のときに見せつけられた、圧倒的な強さのため。
そしてもうひとつが、この……なんというか、周囲を妙に脱力させる雰囲気のため。

「入れ」
三代目の声に、まず彼が入り、ボクが続く。
「ふむ」
ボクを目にして、およそのことを察したのだろう。三代目は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、デスクのこちら側に回った。
「おまえは、それでよいのか? テンゾウ」
ボクが答える前に「え〜、そっちが先ぃ?」という、寝とぼけたような声が響く。
事務処理を手伝っていたらしい忍がクスッと笑う。
「はい。使っていただけるなら、ボクは」……どこでも、と続けようとしてやめた。
このひとと一緒に任務ができる、そう思うと、また心臓が騒ぐ。

「カカシよ。なぜ、テンゾウを望む?」
三代目の呼びかけに、彼は「ん〜」とクビを傾げ、しばし沈黙する。
「理由は、3つあります」
何か突拍子もないことを言われるのではないかという予想に反して、思いのほか真剣な声が真面目に答える。
「一つは、ご存知の通り、オレの隊に暗部除隊願いを出している者が一人いること。年齢的なものもあり、アカデミー事務職への転属を希望しています」
「ふむ。そうじゃったな」
「もう一つは、彼の戦闘スタイルにあります。オレは近距離、中距離タイプですが、得意なのは接近戦」
「おぬしのそれは、趣味じゃろうが」
「否定はしません」
「毎度毎度、派手なワザを使いおって。面の意味がわかっておるのか?」
「この髪でまず目立ってしまうので、面をしていても意味がありません。いっそ目立つなら、他の忍の目くらましになるぐらいとことん目立ったほうがいいですから」
「そういうところは、四代目と似ておるの」
「はい、師匠の教育の賜物です。そして師匠の師匠は、三代目のお弟子さん。ということは、これは三代目譲りですね」
カツン、と三代目のキセルが、ヘラヘラ笑っていた男の頭で炸裂した。
「った〜」
涙目になってしゃがみこむのに、三代目がふぅとため息をつき、ボクを見て苦笑した。
「コレはこういうヤツなんじゃ」
けれどその目は、慈愛に満ちている。

「で、続きはどうした?」
「っと? どこまで話しました?」
「おぬしの趣味が接近戦、というところまでじゃ」
「そうでした。で、鳥面は薬草、毒に強く、戦闘スタイルは女だてらにオレ同様の接近戦。虎面はトラップ、結界に強く、男には珍しい幻術タイプ。彼の」
と、視線がボクに向く。綺麗な弓形の眉と、やや釣った目がボクを捕らえた。
「木遁は中距離でしょうが、潜在的なチャクラ量を考慮に入れると、意外と攻撃距離は伸びるのではないかと考えます」
「ふむ。その才を伸ばしてみたい、と?」
「ええ。大技も使えそうですし、そういう意味ではオレの隊に最も欠けている能力をもっているかと期待しています」
「なるほどのぅ。して、三番目の理由は?」
「え? それは、気に入ったからに決まってます」
三代目はまた、ため息をついた。
「それが本音じゃな」
「彼のチャクラは、まっすぐでしなやかです。うまく術に還元していかないのは……記憶のせいでしょうか?」
彼の語るボクは、まるでボクのことではないように聞こえた。
「ふむ……なるほど……」

三代目は、しばしボクと彼を見つめていた。
「おぬしに託すのも、よいかもしれん。上層部は反対するじゃろうがの」
「珍しい能力者を同じ隊に配置することを、ですか? でも、オレのコレは、うちは一族がいます。珍しいのは後付という点だけですから」
「そう言うな。拗ねておるように聞こえるぞ」
三代目は、またまたため息をついた。

「よろしい。おぬしの申し出、承知した」

その瞬間、また心臓がトクンと鳴った。
その意味をボクが知るのは、もっとずっと後のこと――。



2007年03月27日(火)
あんしゃんて -1-


前方に広がるのは、どこまでも果てのない砂地。
この先、忍の早駆けで3日ほど移動した位置に、砂の里がある。
けれど、ここは火の国の領土。
夜盗と化した抜け忍4人を始末し、残る3人を追って、ボクの所属する部隊はここまで来た。

この荒れた地で水遁は不利だ。
発動はするだろうが、どの程度の威力を保てるか、経験の浅いボクには判断が付かない。
おまけに仲間のふたりは負傷し、もうひとりは毒にやられた。
チャクラの消耗が激しい者もいる。
2個小隊の戦力は、おそらく半減、否、もっと悪いかもしれない。
しかも残った3人のうち、ふたりは火遁を使う。
もうひとりは水遁使いだが、彼は莫大なチャクラを有しているらしく、先ほどの山間の戦闘でも、あやうくボクらは全滅しかけた。
増援を求める式を送ったが、果たして間に合うか……。

「決して、死に急ぐでない。よいな」
暗殺戦術特殊部隊への配属を拝命したとき、火影さまはそうおっしゃった。
特殊な生い立ちを持つボクを火影直属という形で、自分の手元に置き、ボクを守ろうとしたのだとわかっていた。
たとえ暗部の任務が過酷なものだったとしても、ボク自身を生かせる道はここにしかない。
だから、ここで生きてゆけ――。
あのとき、ボクは「はい」と答えた。事実、自ら死を望んだことは、一度もない。
が……案外早く、ボクの人生は終わるかもしれない、とチラと考える。

確かに死に急いではいないが、生を実感しているかというと、実はよくわからないのだ。
三代目の思いとは裏腹に、あのときボクは暗部配属にほっとしていた。
――これで、空っぽな自分を表に出さずにすむ。
そう思って。

面こそが、盾。
ボクを守りボク自身を覆い隠す。

ボクは、なるべく目立たぬように生きていきたいと思っていた。
そして、ボクの性質は、割と周囲に違和感なくとけこめる。
ただ、それ以上、他人と深く関わることができない。
関わりたくないのではなく、どう関わっていいのかわからないのだ。
よく、穏やか、と他人から評されるボクだけど、それは違う。
おそらく感情というものが、ボクには欠けているのだ。
だから、どんな事態に遭遇しても怒りを覚えない代わり、喜びも感じない。

忍としての訓練を始める前は、少し違っていた。
闇に怯え、光に竦み、他人の温もりに安堵すると同時に緊張し、ボクはたびたび錯乱した。
あれは確かに感情というものだったと思う。でも、あれが感情なら、いらないとも思う。
あのころのボクは、ひどく脆い精神を抱えて右往左往しているだけの、愚かで非力な生き物でしかなかった。
あそこに戻りたくはない。


砂地のところどころに突き出た岩をうまく利用して、敵は身を隠していた。
隊長の手がすばやく指示を出す。
ボクらが散開しかけたとき、四方八方から火の礫が襲いかかってきた。
ボクは印を組み、水壁を作る。
ボクからは一番離れた位置にいる申面も水遁使いだが、荒地が災いしてか水量が足りない。
水壁の届かなかった中ほどのひとりが咄嗟に結界を張ろうとした。
が、わずかに遅い。
「まずい」
とっさに両手を組み、木遁で水壁の陰に引き入れた。

ボクの術にも、いつもほどの威力はない。
チャクラは充分なのに、それがうまく術に還元されていない。
術が地形に邪魔されているのか、それとも、精神が状況に戸惑っているのか。
いずれにせよ、絶対的な経験不足だ。

申面の身体がゆらりと倒れかかる。
このままでは防戦一方だ、そう判断したボクは隊長の指示を待たず、跳んだ。
「バカ!猫面、戻れ」
罵声など、気にせず、飛び込んで行く。
威力は今ひとつだが、距離が近ければ木遁も攻撃に使える。

岩陰の敵を視認した途端、恐ろしいほどの水流がボク目掛けて襲い掛かってきた。

流される!

身構えたボクは、そのとき、信じられないものを見た。
ボクの目の前にもうひとつの水流。
それがボクを襲おうとしていた水の圧を相殺し、弾き返している。
巨大な2つの水流が龍のようにねじれ絡まり天に向かい、白いしぶきが降ってくる。

その片方の源に立つのは、見たことのない狗面の忍。
肩に焔の刺青を確認する。
増援だ。

ボクは、岩陰目がけて術を発動した。
ぐわ、という敵の声。
――まず一人。

遠くで、ギャッと言う声があがる。
増援部隊のだれかか、ボクらの隊のだれかが動いたらしい。
――二人。

残るひとりは、ボクに攻撃をしかけてきた水遁使い。

「土遁! 追牙の術」
敵の潜む岩陰に回り込もうとしたボクは、砂中から現れた犬たちに手足を拘束された男を見た。
と同時に、何千羽もの鳥が鳴いているかのような声。
なのに、どこにも鳥の姿は見えない。
こんな地鳴りのような鳴き声なら、天を鳥が覆っていてもおかしくないのに。

ボクと敵の間は18メートルほど。

だが、この術らしき鳴動が何なのかがわらないうちは動くべきではないと判断し、ボクは視界が効くように岩の上に移動し、身を伏せた。

稲妻?
それは、地を這う稲妻に見えた。
雷遁か?

白銀の稲光が刃のように伸びて、敵忍を貫く。

「いぬ……面」

驚愕の表情のまま、敵忍は事切れていた。
その胸を突き破っている、白い腕……。

トクン。

今さらのように鼓動が早くなる。

トクン、トクン。

男の腕は、しっかりした筋肉に覆われてはいるものの細かった。
成人ではない?

トクン、トクン、トクン……。

男が腕を引き抜き後方に跳ぶのと同時に、犬たちがさっと男に並ぶ。
敵忍はそのまま地に伏した。

「だいじょ〜ぶ?」

血に濡れた手をだらりと下げて、男が岩の上のボクを見上げた。
大きいの小さいの、ゴツイのスカシてるのひょうきんなのと個性豊かな8つの顔と、狗面の男。
揃って、同じ角度で傾いている。

男の面の奥で、片目が燃えていた。



2007年03月25日(日)
恋女 〜おまけ


「先輩? なに、やさぐれてるんですか?」
慰霊碑の前で、今は亡き師匠に泣き言を訴えていたカカシに、呆れたような声をかけたのは。
「テンゾウ? え? おま……え? なんで?」
「先輩、ちゃんとした言葉になってません」
いつもと変わらぬ冷静な口調で指摘し、テンゾウは花束を慰霊碑の前に置く。
「今日は、ボクが大蛇丸の研究所から助けられた日です」
「あ」と言ったまま、カカシは口をつぐんだ。

テンゾウが助けられた日――あの、おぞましい研究所が暴かれた日。
すなわち、ほかの多くの、いつ死したともわからない実験体の、名目上の命日だ。
ほとんど身元もわからずじまい、無縁のままの霊を慰める、ささやかな祭祀が執り行われたはずだ。
おおっぴらに弔うことはできないので、わずかの関係者だけが列席する。

「テンゾウ……」
かがんで花を置き手を合わせたテンゾウは、カカシを振り返ると立ち上がった。
慰霊碑に刻まれているのは、研究所を暴くとき、命を落とした忍の名だ。
彼らは、大蛇丸によって研究所に仕掛けられていた精緻なトラップにはまったり、無造作に置かれていた強い毒薬の瘴気に触れたりして、世を去った。
だが、もっと過酷な死に方をしたのだろう実験体の多くには名もなく、慰霊碑にも残されることはない。
それでも、テンゾウはここに花を供えにきた。
どんな想いがその胸の内を過ぎるのか、本人ならぬカカシにはわからない。

けれど、カカシは「同じだ」と思った。
生きてきた過去は、まったく違うけれど。
この碑の前に立つときの気持ちも、きっと違うけれど。
ここへ来たいと思う、その心情だけは同じだ、と。
それだけで充分だと思えた。

無言のまま歩き出したテンゾウに、カカシは追いつく。
「帰ったら、しよ?」
カカシの言葉と同時に、テンゾウの足元がもつれた。
「せ……先輩」
そしてため息をつく。
「勘弁してください。ボクのコレは、あなたのソレに触発されるんですから」
「コレとかソレとか、わかんな〜い」
カカシは、笑いながらテンゾウの手を引いた。
「素直に、勃っちゃいました、って言えばいいのに」
返ってきたのは、はぁ、という呆れたような声だけ。
「テンゾウも欲しいよね、オレが欲しいって思ってるんだからさ、絶対、欲しいよね、オレのこと」
何も答えぬ後輩にカカシはますます上機嫌になる。
「このまえだってさ、シャワー浴びながら散々ヤッテ、それからベッドに入って散々ヤッテ。もう、オレ、次の日、腰抜けちゃったの、覚えてるでしょ?」
だってソレは先輩が、とモゴモゴ言うのを聞こえないふりでカカシは歩く。
翌朝、半分は自分の責任ながら身体を起こせない事態を認識したカカシは、緊急の指令が入ったらまずかったと青ざめ、テンゾウに指一本触れるなと言い渡した。
それからというもの、この後輩は律儀に指1本触れてこない。
いや、カカシが欲情さえしなければ、テンゾウは別に興奮もしないので、こんな命令は成立しない――はずなのだが。

「今日は、いっぱい、しようね、久しぶりに」
高らかに宣言するカカシに対して、テンゾウは無言のまま眉間にしわを寄せる。
「だいじょーぶ。ここんとこ、ちゃんとスクワットの回数も増やして腰鍛えたから、対策ばっちり」
ああ、どうして自分はこの後輩の前で、時々、こんなふうにハイになってしまうんだろう、とカカシは思う。
ハイになった挙句、振り回して、弄んでいるような気がしないでもないが、決して意識してやっているわけではない。

「いっぱいするのは、ボクも、やぶさかではないのですが……」
テンゾウが言いにくそうに、言葉を継ぐ。
「あの……緊急の任務が……」
ピィッと空気を裂く、鳥の声。
え? とカカシは立ち止まった。
「えぇ? うそ」
「いえ……生憎、ほんとうです」

眉毛がハの字になっている自覚のあるカカシは、同じように眉毛がハの字になっている後輩の顔を見て、盛大に噴き出した。
「あ〜、オレたちって、報われない」
はぁ、と言うテンゾウの肩を叩いて、カカシは言う。
「じゃ、チャッチャと片付けちゃいましょうかね!」
跳躍するカカシに続いて、地を蹴るテンゾウが笑った。
ああ、こいつのこういう顔、好きだな、とカカシは思う。
先生とは全然違うけど。でも、同じように、身体の奥のほうから、ほっと暖かく湧き出てくるものがある。

――せんせ。オレ、もう少し、こっちで頑張ります。

才には恵まれていたが、ひとの縁に薄い若き忍の頬を、春のかぜが、そよ、と撫でて過ぎた。
それはまるで、在りし日の、師の指先のようだった。



<了>





2007年03月24日(土)
恋女 〜後顧


テンゾウにつきまとっていた人妻の影は、半月もしないうちに木の葉の里から消え去った。
夫が、子どもと妻を先に火の国に帰したらしい。本人はまだ事業の後始末があるので、残っているようだが、忍装束市場への参入については当面、引くことにしたようだ。
もっとも、このまま諦めるかどうかはわからない。
新しい素材を開発して、また乗り込んでくるかもしれない。
だが、いずれにせよ、先の話だ。

カカシがその家の前を通りかかると、犬小屋は庭からなくなっていた。
犬も火の国に連れ帰った、と近所の主婦が問わず語りに言うのを耳にして、カカシはひそかにほっとした。
その後、立ち飲み屋の女主人から聞いた、もう少し詳細な話では、犬は捨て置くといった母に子どもが猛然と食ってかかり、あわや家出をしかける騒動になったそうだ。
子どもに反抗された母親は、「男の子なんて産むものじゃない」と、あちこちで愚痴を零していたとか。

自分が余計な口出しをしたばっかりに、とカカシは少し憂うつだった。

あのとき――。
子どもがほんとうにあの仔犬を側におきたいと、真剣に願っているのが伝わってきて、嬉しかっただけなのだ。
こんなふうに強く思ってくれる子どもに拾われた犬は幸せになるし、そういう犬は飼い主にも必ず幸せをもたらしてくれる、そう信じたから、口を出した。
それが、思わぬ波紋となって広がり、挙句、テンゾウまで巻き込んでしまった。
一般人相手に予想もしなかった事態とはいえ、これでは忍失格だ。
カカシは内心、自分を責めていた。

試供品を試着しての任務報告も、もちろん私情を挟まず書いたつもりだ。
だが、やはり備考の一言は、余計だった、と思う。
あそこには、嫉妬のカケラが多少なりとも混ざっていた。

――オレも、まだ未熟だね。

だれも傷つけたくない、死なせたくない、泣かせたくない、そう思って、出来る限りのことをやってきたつもりだったが、まだ足りない。
自分の贔屓だとわかった途端、行きつけの遊郭は狙われ、太夫は危ない目に合う。
店主も太夫も、忍を客に取っている以上、それは承知と意地も張りも見せてくれるが、カカシとしては、やるせなかった。
強くなり名が知られるのは、里のためには喜ばしい。
けれど、諸刃の剣となってだれかを傷つける、それがもどかしい。

テンゾウなら。
背を預けても大丈夫、と思ったほどの男だ。生半可な相手に負けるはずがない。
だから、不安はなかった。どんなに情を注いでも、大丈夫、そう思えた。

けれど、任務でどうしても過去に縁のあった忍と、肌を合わせなければならなくなった。
回避できればとも思ったが、時間がなかった。
テンゾウを傷つけた。
彼は、任務に関わることだから、と、のみ込んでくれた。
ほんとうは、治まらない気持ちもたくさんあっただろうに。
つらい想いをさせた、と、カカシもつらかった。
それなのに、また巻き込んでしまった。
しかも、今度は相手が一般人で、事態はカカシにもよくわからない、そんな状況だった。
テンゾウが具体的に何か被害を被ったわけではないが、腹立たしくてならなかった。

それでも、やはり、テンゾウはカカシを責めない。
一言も、責めずに、ただ、抱きしめてくれる。

自分が、テンゾウに深く深く囚われて行くのがわかる。
こんなふうに、だれかを思うのは……。

そう思い至って、カカシは身震いする。
これは封印したはずの感情だ、と。

情事には長けていても、ひとりの相手と長く深く関係を紡いだことが、カカシにはない。
ただ、ときどき、思うことがある、もし、四代目が生きていたら、と。
きっと自分は命も情念も何もかもを、彼に捧げていただろう、と。
彼には妻がいたから、おそらくずっと片想いだっただろう。
それでもきっと、自分は迷いとも後悔とも無縁のまま、幸せだっただろう。
それは、恋というよりは信仰に近いのかもしれない。それならそれでもいい。なんと名づけられようと、その想いに生涯を捧げて悔いなし、だったはずだ。
かのひとは、カカシの気持ちを知っていたのか知らなかったのか。
「カカシはなんでもキッチリと突き詰めすぎるから、心配だよ」
と、時々、言っていた。とても優しい、包み込むような目をして。

四代目を失って、カカシのなかで何かが壊れた。
自分よりも師は年上だから、先に逝くだろうとは思っていたが、それがこんなにも早いとは予想もしていなかった。
もちろん、里の復興のため全力で任務をこなした。泣き言など言っている暇などなかった。
けれど、壊れた何かは、同時にカカシの箍を外した。
そして、浮名ばかりが増えた。

テンゾウに対する感情は、かつての師へのそれとは違う。
けれど同じぐらい強く、自分を捕えている。
いつの間にか、逃れられないほどに強く。

怖いとは思わない。
が、無二の存在として位置づけることは、まだ、ためらわれた。

このまま、情事の相手として、ただそれだけの相手として、終わったほうがいいのではないか。
そんな想念が掠めていく。
今さら、そんなことを考えるなら、もっと前に引き返していればよかったのだ。
そうも思う。

覚悟もなにもないまま、ただ、想いばかりが募る。

――せんせぇ……。

子どものころのように、呼んでみる。

――こんなオレに、あなたはなんて言いますか?

あれからずいぶん、年月もたつのに、自分は何も変わらない。
成長したと思っていたのに、ぜんぜん、変わっていない。
こんな自分は、もういっそ……。

――そっち、行ってもいいですか?



<了>




2007年03月23日(金)
恋女 -後- 18禁


「そんなの、あたりまえじゃない」
カカシは、サラリと流す。
「だったら、なぜ」
「だって、あのひと、本気でオレを欲しがってたわけじゃないから」
え? とテンゾウは目を見開いた。
「ちょっとした潤い? そんな感じかな」
んん〜、と伸びをしながらカカシが言う。
「でも、テンゾウを見る目は、違ってたよ。それが“乙女心”と“生身の女”の違いなんだろうね」
え? あの会話を聞いていたってこと?
「どっちが大事ってことじゃなくて、本人にとって、どっちが切実かってことなんだろうけど」

鳥面の言葉ではないが、降って湧くが如く自分に恋をした女がいる、という実感は、あまりなかった。
けれど、それなり切実だったから、ストーカーになってしまったのかもしれないとテンゾウは思う。その気持ちはわからないし、受け入れられもしないが、あの子どもと仔犬のためにも、彼女が不幸にならずにいてくれれば、と思う。
そう思うことが、すでに傲慢なのかもしれないと承知しつつ。

「ところで。本気で欲しがれば、わかるんですか?」
さきほどの会話で気になった言葉を、テンゾウは拾った。
「それは、わかるよ。オレだって人間だもん。応えるかどうかは別だけどね」
「だったら、なぜ、くの一に……手を出さないんですか?」
「出さない。って決めた。最近」
「最近?」
「ビンゴブック、載っちゃったから。オレが手を出したら、それだけで標的になる」
「それまでは?」
「それまで? ここ何年かは、手なんか出したことはないよ。オレに本気になるくの一、いないから」
そう言ってから、カカシは少し遠い目をして、闇を見つめた。
「昔は、性愛なのか情愛なのかは曖昧だけど、オレのことをとっても可愛がってくれて、本気で欲しがってくれたくの一が、何人かいた。だから、求められるままに、寝た。喜んでもらえると、オレも嬉しかった。でも、みんな死んだ。九尾のときに」
ああ、そうか、とテンゾウは思った。
改めて、思い知った。

彼は、その恵まれた才故に、同世代のだれよりも早く忍となった。
スリーマンセルの仲間や、四代目火影となり九尾を封印して死した師匠のことばかり言われるが、それ以外の忍と任務についたことも少なくなかったはずだ。そして、それは多くの場合、カカシよりずっと年上で、だから、みな……九尾と戦い、命を落としている。
彼にとって幼少を共に過ごし、同士でもあった忍の多くは死んでいるのだ。
それは、いくら年が近かろうとも彼と同時代を共有した忍はほとんどいない、ということを意味する。
その証拠に、今カカシの部下についている鳥面も虎面もカカシより少し上だが、忍界大戦の実態を知らない。だが、カカシはそのさなかに下忍から中忍、そして上忍となり、その現場で戦っていた。
カカシの抱える孤独の一因を、テンゾウは垣間見た思いがした。
それは、自分が抱える孤独と、似ているようで、まったく異なっている、とも思った。

「あ、いるね」
テンゾウの部屋近くまで来て、カカシが囁いた。見ると服装は夕方見たときとは異なっている。一度帰宅して、また出てきたのかもしれない。
「子どもを、置いて出てきてるんでしょうか」
深夜というほど遅くはないが、それでも夜には違いない、こんな時間に家を空けて大丈夫なのだろうか、とも思う。
「どうする?」
カカシが歩みを止めた。
女は気配を消しているカカシとテンゾウには気づかず、アパートを見上げている。うっすらと口元に浮かぶ笑みと思い詰めたような眼差しが、アンバランスだ。
「……ボクとしては、彼女に見せ付けてもいいんですが」
「ダメだよ、だめ」
思いのほか強く、カカシが拒んだ。
「同情……ですか?」
カカシならのってきそうだと思っていたテンゾウは、意外な思いで尋ねた。
「まさか。同情なんかしないよ。でも、ああいう輩は下手に刺激しないほうがいい」
「じゃ、瞬身で……」
言いかけたとき、彼女がふたりに向かって歩き出した。視線は足元に向けられているが、口元には笑みが残っている。
カカシに手をひかれ、テンゾウは暗がりに身を潜める格好となった。その目の前を、彼女は横切るように歩く。気配を消しているのだから当然と言えば当然だが、まるでテンゾウの実態など目に入っていない様子に、うっすらと寒気を覚えた。
テンゾウの手首を掴むカカシの手に、力がこもる。
少し先の角を曲がる彼女の背を見送るように、ふたりはじっとしていた。
「オレも……」
彼女が立ち去った後の闇に向かって、カカシがポツンと言う。
「テンゾウにつれなくされたら、あんなふうになっちゃうかもしれない」
え? とテンゾウはカカシを見た。
「カカシ先輩?」
「監視でもするみたいに追い掛け回して、気味悪がられても気づかなくて」
「先輩! バカなこと言わないでください」
そんなこと、させるものか、とテンゾウはカカシを抱きしめた。
「テンゾウ、ここ外」
「わかってます!」
「うん……バカなこと言った」
カカシの頭がテンゾウの肩に乗せられる。
唐突に、カカシも自分に恋をしているのだ、とテンゾウは悟った。
確かにカカシは、その本性も本心も掴みにくい。だから細かいことは、わからない。思いもよらない反応が返ってきて、戸惑うことも多い。
けれど、自分に向かってくるこの感情は、わかる。
吹き荒ぶ嵐よりも強く、狂おしいこの感情なら……わかる。
テンゾウが腕を緩めると、カカシはそっと離れた。そのまま無言で歩く。
部屋に入ったところで、カカシがテンゾウを見た。
共有する過去はないけれど、今このとき、同じ感情を分け合っている、それでいいじゃないかとテンゾウは思った。

「シャワー、貸して」
そう言ってバスルームに向かうカカシを、テンゾウは追った。
ベストやアンダーを剥ぎ取るようにして裸にすると、自分も服を脱ぎ、押し込むように一緒に入る。
カカシは何も言わなかった。
頭からシャワーを浴びながら、抱きしめた。
濡れたこめかみや瞼や鼻先にキスをする。くすぐったがるのもかまわず、わき腹や背筋をなで上げる。ボディシャンプーをあわ立てて、身体中に塗りたくる。
合間になんども、抱きしめた。
カカシの息が早くなり、下肢に熱が集まるのを確かめる。
テンゾウの腿にこすりつけるように腰を揺らめかすのが、いとおしい。
好きにさせながら、掌で背から尻を撫で回した。
硬く鍛えられた筋肉を確かめ、その谷間を探る。
指を埋めると、カカシが喉の奥で呻いた。
のけぞった顔に飛沫が降り注ぐ。白い肌にうっすらと傷跡が赤く浮かぶ。
もどかしいのか、しきりと身を捩りながら、カカシの手がテンゾウの背を彷徨っている。
ゆっくりと指を出し入れすると、はぁ、と吐息のような喘ぎが唇からこぼれ、桃色の舌先が覗いた。
「はやく……」
うっとりした顔でカカシがねだる。
その身体を反転させると、すがるように壁に手をついて腰を突き出してきた。
「ね……はやく」
きれいに反った背筋に一瞬、見惚れてしまう。扇情的な姿態に、血が騒ぐ。
「テンゾウ……」
カカシのかすれた声に、煽られる。
「ほしい……はやく」
切なげに背が一層、反った。
猛った自身を押し当て、ゆっくりと体重をかける。身体が開かれていくにつれ、カカシの背がよじれ、指が平らな壁を掴むかのように曲がる。
声を殺しているのは、バスルームが響くからだろう。それでも堪えきれず上がる呻き声に、隠し切れない悦びがにじんでいる。
深く埋めると、がくんと頭がのけぞり白銀の髪からしぶきが散った。
カランを回して湯を止めると、それまで湯音にかき消されていた荒い息が、大きく聞こえる。
壁が滑るせいで、崩れそうな身体を背後から抱き、腰をうちつける。
それでも足りないと、叫びたかった。
これは、恋だ、だから、こんなにも欲しいのだ。
手の中に、カカシの興奮を確かめ、先端を握りこむと締め付けられた。
すべすべした感触を味わうように指を滑らせると、「あぁっ」と思いもかけぬ大きな声が響く。
「先輩?」
耳朶を噛みながら囁くと、泣きそうな声で「なに?」と返ってきた。
「気持ちいいですか?」
喉の奥が鳴り、コクコクと頭が振られる。
「もっと?」
「ん……もっと……」
思わず口元が緩むのをテンゾウは感じた。
際限なく欲しがって、求めて、それが受け入れられる自分たちは、幸せなのだ。
たとえ、明日をも知れない身だったとしても。
未来を約束できない命だったとしても。
この瞬間、自分たちが共有しているこの感情は、“幸せ”というものだ。

腕のなかにカカシを確かめ、テンゾウはまた耳朶を噛む。
快感に竦む身体が、いとおしい。
「ボクも、もっと欲しいです」
テンゾウ、と甘い声が答える。
恋する者の、声だ、とテンゾウは思う。

降って湧くが如く……恋に落ちた男たちの息遣いだけが狭いバスルームに満ち、夜は静かに更けて行った。



<了>


恋女
いも焼酎と米古酒をブレンドした甘口で口当たりのよい焼酎。芋特有の匂いがほどよく抑えられ、まろやかな香りを持つ。



2007年03月22日(木)
恋女 -中-


「報告書は?」
「出した。こっちも気になったけど、報告書は出さないと」
テンゾウの隣に陣取ったカカシが憮然と言う。
ということは、とっくに3人で飲んでいるのは気づいていたのだ。
「だから着替えもせずに、そのまま来たってわけね」
「悪い?」
自分のグラスが来るのも待てず、テンゾウのグラスでビールをかけつけ3杯。
「正規部隊での任務だったんだから、いいでしょ」
カカシの前に新しいグラスと、刻み海苔のかかったマグロの漬け丼が置かれる。
「いただきます」
カカシが両手を合わせ、丼飯をかっ込む間だけ、静かだった。

「ごちそうさま」
また両手を合わせ、いきなりカカシはテンゾウに向かい合うように身体をひねった。
「やっぱり、あの人妻、テンゾウに手を出そうとしてたんだ」
「やっぱり?」
「この前、サニーの散歩にテンゾウ付いてきたじゃない。あのときのあの目つき、絶対、テンゾウを狙ってるって思ったんだよ」
はぁ、と鳥面がため息をついた。テンゾウもため息をつきたい気分だ。
どうして、自分に向けられた色目に気づかず、余計なことに気づくのだろう、とテンゾウは思う。
「なーにが、吸湿性通気性にすぐれた生地です、だ。動きにくいったら、ないよ、まったく」
「はい?」
「これだよ、これ」
カカシがアンダーを引っ張る。
「試供品なの。これ着て、任務して、評価を下すの。これが今回のオレの仕事」
はぁ? と3人の声が重なった。
「だって、実際に任務のときに着てみないと、機能性とかわからないじゃない? だからって適当なヤツに着せても、そんな差異なんて関係なかったりもするでしょ?」
それは、そうだ。未熟であれば、己の限界なのか道具や服に起因する不都合なのかなど、見極められないのが常だ。
「だめ、ですか? それ」
虎面の言葉に先輩は大きく頷く。
「確かに、吸湿性もいいし、通気性もいいよ。でもね、伸縮性に欠ける。おまけに、熱に弱い。ちょっとこすれただけで、これよ」
ベストを開いて見せると、熱に解けたような穴とその周囲には繊維のクズ。
「一般人ならいいよ。でも、オレたちはそういうわけにいかないでしょ? 多少、ほかを犠牲にしても動きやすくて丈夫でなければ、意味がない」
焼酎をボトルからグラスに注ぎポットの湯で割り一気に煽って、カカシは肩をまわす。
「オレ、任務して肩こったの、初めてだよ」
「あ、それは……困りますね」
「ね〜」
そうか、あのメーカーの参入は、当分、無理なのかと、テンゾウは安堵した。
「おまけに、なに? 奥方はテンゾウに手を出そうとしていたって?」
カカシがグラスをタンと卓に置き、また焼酎を注ぎ、湯で割り、くいと煽る。
「冗談じゃない」
目が怒りに燃えている。
「い、いえ、先輩。ここは穏便に」
「そうです。火の国の大手企業を敵に回すわけには」
ギロと、額宛に隠されていない右目が3人を順繰りに見る。
「だ〜れが、敵に回すって言った?」
いっそ、その目が怖いです、とテンゾウは思うが、口にすることはできなかった。
「オレは、試供品について感じたままを報告しただけだよ。ただ、所見のところに「個人的印象なれど、入札を有利に運ぶために、奥方が色仕掛けで木の葉の忍に迫っている可能性あり」って、書いたけどね」
あちゃ〜、と3人は頭を抱える。
火影はカカシの性格もわかっているから、報告書の内容をそのまま鵜呑みにすることはないだろうが、後々のために利用することは、充分に考えられた。
「テンゾウに手を出そうなんて、10年早いよね」
いえ、100年たっても無理です、とテンゾウは心の中で答えた。

結局、しばらくして散会した。
鳥面も虎面も、申し訳なさそうな顔をしていた。
相談はうやむやになったが、きっと遠からずあの一家は木の葉の里から引っ越して行くだろう。

「恋する女って、怖いね」
歩きながらカカシが言う。
「そう……ですか?」
「オレたちが忍で、ダンナの命運を握ってるってわかってて、テンゾウに迫るんだよ。下手したら、ダンナの足、引っ張るんだよ。それも見えなくなっちゃうんだよ」
そうですか、としか、テンゾウは答えられない。
カカシに対する自分の情愛は、確かに恋だが、やはり狂信に似ている。
もし自分の想いがカカシを追い詰めることがあったら、自分は迷いなく命を断つだろう、というほどに。
だから、彼女の気持ちはわからない。
夫の首を絞めることになるような恋?
果たしてそれが、恋と呼ぶにふさわしいかどうかさえ、自分にはわからない。
でも、カカシは切なそうな顔をして、言う。
「だって、あのひとだって、打算だけで結婚したわけじゃないでしょ? 再婚だって言うし、いろいろ大変だったとも聞くし。たとえ打算だとしたって、不幸になりたかったわけじゃないでしょ? どうすれば今の生活を守れるかぐらい、わかってて、それでも止められないわけでしょ?」
どうだろう、とテンゾウは首を傾げた。
恐怖はなかった。気色悪い思いはしたが、こちらは忍だ。怖くはない。ただ相手の切羽詰った心情は、とても息苦しかった。
「きっと、寂しかったんだろうな、って思うよ」
カカシは天を仰いだ。雲に覆われた空は、夜でもうっすらと灰色がかっている。
「熱烈な恋愛の果てに、前の奥さんから奪った男だって、10年も立てば、自分よりも仕事優先。寂しくても、つらいことがあっても、抱きしめてもくれない。最近、あのダンナには愛人がいる、って噂もあるしね。そんなとき、目の前に若くて、やさしそうな男がいたらさ、ふらっとくる気持ち、わかるような気がするよ」
「でも、そんなふうな感じではなかったですけど」
寂しくて哀しい女には、まったく見えなかった。むしろ、ふてぶてしく、生命力が強く……。
「だ〜か〜ら〜。おまえは未熟なの」
カカシは笑った。
「そうでしょ? そういう心理を利用した任務だって、いっぱいあるんだから」
言われてみれば、とテンゾウは思った。
潰したい敵を篭絡させるために、くの一が何をするか。
相手が女性だったり、男性でもその性癖によっては、仕掛けるのが年若い男の忍である場合も決して少なくはない。
「だったら、先輩は」
気づいたら、テンゾウはずっと気になっていた疑問を口にしていた。
「先輩に向けた、彼女の気持ちに、気づいていたんですか?」



2007年03月21日(水)
恋女 -前-


恋というのは天災のようなものだと、鳥面が言った。
理屈ぬきで、ある日、突然降って湧くが如く、ひとは恋に落ちる、と。

ここは、木の葉の里に一般的な、忍御用達居酒屋の一席だ。
カカシに急な単独任務が入って3日目の今日、テンゾウは、どこぞで軽く食事でもしようとそぞろ歩いていた。と、バッタリ鳥面と会い、それなら、と虎面も呼び出し、ひさしぶりに隊長抜きで部下同士が交流を深めている……のは表向き。
「ほんとのところ、どうなのよ」
という言葉で、鳥面の尋問が始まり、そして高らかに判決が下された。
「あんたのそれは、恋。まごうことなき、恋」

テンゾウ自身も自覚はしているが、改めて他人に指摘されると多少、動揺する。
「あのひとが相手じゃ、苦労は絶えないな」
ため息でもつきそうな声で、虎面も言う。
「任務を離れたあのひとは、悪いけど……苦手だ」
虎面ならそうかもしれない、とテンゾウも思う。
緻密な観察眼と豊かな想像力を礎に多彩な幻術を繰り出す彼は、男には珍しいタイプの忍だが、任務を離れると根っからの常識人だ。任務時のキレ具合も半端でなければ、任務を離れたときの脱力さ加減も半端じゃないカカシは、天敵のようなものだろう。
――ボクだって呆れてしまう……ことがないわけじゃない。
最近、慣れてきたばかりか、そんなところもカワイイと思ってしまう自分が少し不安ではあるが。
「彼に関する噂なんて、あんたも知ってるとおりロクなもんじゃない。特に、プライベートに関する部分は誇張されてもいるけれど、まったくの的はずれってわけじゃないし」
鳥面の言葉に、テンゾウは頷いた。それも、嫌と言うほど知っている。
「だいたいこの前の任務で、思い知ったんじゃないの?」
確かに、思い知ったけれど。だからと言って、嫌いになれるわけではない。
「で? そんなことは承知のうえで付き合ってるあんたが、いったい何の相談?」

相談、というほどのことではない。強いて言えば、そうなるかな、という程度だ。
それに、多少はカカシとの付き合いに関係はあるが、直接、カカシに関すること、ではない。
「先輩がたのご意見を伺いたいんですが」
テンゾウがそう言ったとき、虎面が「任務に関わることか? 私的な事柄か?」と問うてきたので、「私的なことで恐縮なんですが」と答えただけだ。
なのに、なぜかふたりともカカシに関する相談だと決めてかかっている。
いつかはテンゾウが相談をもちかけてくると予想でもしていたかのようだ。
今さら、カカシのことではないとも言い出しづらくてテンゾウは口ごもった。
「あのバカ、浮気でもした?」
「仮にも隊長に向かって、バカはないだろう」
虎面にたしなめられて、鳥面はしかめっ面をする。しかし虎面の「仮にも隊長」という言葉も、さりげなくバカにした話ではないのだろうかとテンゾウは思う。もっとも、カカシ本人は気にしないだろうが。
「隊長だろうがなんだろうか、バカはバカよ。任務を離れた話なら、バカ呼ばわりで充分じゃない」
ふたりの言い合いを打ち切るようにテンゾウは口を開いた。
「いえ。浮気は……してないと思います、たぶん」
「たぶん?」
「確認したことは、ないですから」
鳥面はじっとテンゾウを見て、ふん、と言った。
「まあ、確かに女に色目使われてもさっぱり気がつかない鈍いヤツだし。相手がのしかかってきても、単に命を狙われたと勘違いして反撃した挙句、怪我させるアホウだし」
過去に、そういうことがあったのだろうか。そう考えると、カカシと自分の関係は奇跡のようなものではないか。
「最近、花街にはご無沙汰だし」
「ええ。なんでも自分を狙う他里の忍がいて、迷惑がかかるから控えていると」
「はぁ?」と鳥面がテンゾウを見た。
「あんたがいるから、じゃなかったの?」
「ボク、ですか?」
「あんたっていう恋人がいるから、遊びも控えてるんだとばっかり……」
ギリギリと歯噛みする鳥面に、思わずテンゾウは後ずさる。
「落ち着け。それより、その話、ほんとうなのか? 他里の忍に狙われているというのは」
「ええ。太夫のことは守れるけれど、やはり戦闘があったりすれば店の名に傷が付くから、と」
「ひいきの店や太夫の名が、漏れている、ということか……」
「そんなの、分かりきってるじゃない。あれだけ派手に遊び倒していれば。だいたい、自分の部屋にいるより遊郭にいるほうが……あっと……」
言いかけて、鳥面はあわてて口をつぐんだ。
「その噂はボクも知ってますから」
テンゾウは苦笑した。
カカシに関する噂のひとつ、曰く――彼は任務が終わるとそのまま遊郭に向かい、そこから次の任務に赴く。そのために、彼の行きつけの店のいくつかには予備の暗部服や正規部隊のベストが預けられており、厳重に管理されている。
「さすがに、暗部服やベストが預けられているっていうのは、嘘だけどね」
疲れた声で、鳥面が付け加えた。

「ところで、相談っていうのはなんだ?」
「あ、そうだった。話がずれちゃってたじゃない」
「その……カカシ先輩のことじゃないんです」
は? とふたりが顔を見合わせる。
「ああ、言われてみれば、ひとことも隊長の名は出てきていなかったか」
冷静沈着な虎面が、わずかに動揺している。自分の思い込みを恥じているのだろう。そういう男だ。
「実は、ボクを付け回している方がいまして」
「は?」「え?」
そうなのだ。最近、テンゾウはストーカー被害の憂き目に合っている。
「あんの大バカは、あんたにストーキングしてるの?」
「いえ、ですから、カカシ先輩のことじゃないと、先ほども」
「あ、そうだったわね」
鳥面の「大バカ」発言に疑いなくカカシの名を返したことに、テンゾウ自身も気づいていない。虎面だけが、ひっそりとため息をつく。
火影直属、木の葉の精鋭、暗部のなかでも抜きん出た任務達成率を誇る部隊の実態がコレとは。
「もともとカカシ先輩を気に入っていらしたようなんですが、先輩があの通りなので、どうやら標的をボクに変えられたようで……」
「なにそれ? どこで知り合ったの?」
「いえ。ですから知り合ったのはカカシ先輩です。捨て犬を拾った母子がいて、たまたまそこに行き合った先輩が仔犬の訓練をお手伝いしているんです」
そう、例のカカシを餌付けしようとしていた母親だ。
「先輩に色目を使っているのは知っていたので、けん制のつもりでボクも同行したんですが……。どうやら若い男好きな方のようで、カカシ先輩が無理なら、ボクでもよいと妥協されたらしく」
あっはっは、と鳥面が卓を叩いて笑う。
「いいよ、それ。浮気しちゃえばいいじゃない。年上の人妻……情事の相手としちゃ、最高」
「ボク、真面目に困っているんですが……」
「悪い、悪い。それにしても、なんでストーキング?」
たまたま任務帰りに買い物をしているところでバッタリ会ったことがあったのだが、そのときに部屋まで付けられたのだ。
「なんで、気づかないのよ」
「いえ、付いてきているのは知っていたんですが、同じ方向に用があるのだとばかり」
一般人だし、殺気も感じられないし、で、テンゾウも余り気にしていなかったのだ。それを油断と言われれば、返す言葉もない。
「で? 具体的には?」
「部屋を出たところで何度か顔を合わせてます。向こうは偶然を装っているつもりなんでしょうが……」
「まだ手は出してきていない?」
この辺りにお住まいなんですか、と腕を取られそうになったときには、咄嗟に交わしたが。
ねっとりと絡みつくような視線には、背筋が寒くなった。
「一般人なので、どうこうされるということはありえないんですが。逆に、対処もできないわけでして」
「忍だってことは知ってるの?」
「ええ。最初に行き会ったとき、先輩は正規部隊のベストを着用していたということですから」
「あ、もしかして今日も?」
実は、部屋に戻ろうとしたら彼女の姿を見かけたので、行き先を変更したのだ。
「案外、深刻かもね」
鳥面が真面目な顔になり、腕を組んだ。
「相手のことは? 調べたのか?」
それまで沈黙していた虎面が聞く。
「はい。ご主人は火の国の大手洋服メーカーの創業者一族で、現社長の弟。木の葉の里には、新規販路獲得のために、3年前に越していらしたそうです」
「ってことは、任務服の受注に新規参入しようとしているわけ?」
「はい。でも奥方は、完全な専業主婦であまりご主人の事業にも関心はないようです」
しばらく記憶を探るように視線を宙に固定していた虎面が、そういえば、と口を開いた。
「噂は聞いたな。入札の権利を獲得するために上層部に取り入ろうとしているのがいるとか。アレだろ? 奥方は再婚で、かなり年下」
テンゾウは頷いた。
「カカシ先輩に対しては、なんというか……アイドルに憧れる若い女性のような雰囲気もあったんですが、ボクには少し違っていて……」
「実をとった、と。そういうことね」
鳥面の言葉に虎面が首を傾げた。
「ああ。男のあんたにはわからないかな。猫面って、成熟した女から見ると、こう……おいしそう、なのよ。ガタイも一見細身の隊長よりいいし、男臭いじゃない? で、純朴そう」
なるほど、と虎面が頷く。
え、そうなんですか? とびっくりしているのは、テンゾウひとりだ。
「つまり、隊長相手には『見てるだけで幸せ』でも、猫面相手となると直截的に『抱いて欲しい』って、なるわけよ」
「それが高じて、ストーカーか……」
「ダンナは仕事仕事。子どもはかわいいけど、だんだん自分の意のままにはならなくなる。優雅な身分だけど、なんか虚しい。そんなところに突如現れた、王子様ってとこ?」
「いや、王子様は隊長だろ? 王子様を夢見ているうちは満たされていたのが、突然、オスの匂いをさせた若い男が現れて、って感じじゃないか? 夢見がちな乙女心ではなく、生身の女が反応した、というところだろう」
なるほどとテンゾウは虎面の言葉に唸った。オスの匂いというのは、よくわからないが、虎面の言葉には説得力がある。
「とすると、根が深いか……」
虎面も腕組みをする。

「だ〜れが、オスの匂い?」
「うわぁ!」
突如、降ってきた声に、3人が3人とも椅子から飛び上がった。
「せ、せ、せ、せ、先輩!」
にっこり笑う、カカシがそこにいた。
返り血こそ浴びていないが、かなりくたびれた正規部隊のベスト姿で。
にっこり……。
背筋が凍りそうな、笑顔を見せて。



2007年03月20日(火)
らすてぃ・ねーる 12 最終話


「らっしゃい、あら、お揃いで」
女将さん――そう言うと彼女は、やですよぉ、といつも笑うのだが――の笑顔がボクらを迎えてくれた。
「おう、にいさん」
「コンバンハ」
ヘラっと笑う先輩の右手は、しっかりとボクの左手を握っている。
しかもボクが逃げないように、指まで絡ませて。
どうしちゃったんだろう、このひと、という不安と、手なんて繋ぐの、記憶のなかでは生まれて初めてなんですけど、という戸惑いとがごっちゃになって、ボクはどんな顔をしていいかわからなくなる。

「えっとね、オレ、冷酒ね。と、エイヒレと青菜炒め……」
先輩は、今日のおすすめが書かれた黒板を見る。
「うん、やっぱり煮豆腐。それから……」
先輩が考えている隙に、ボクは「焼酎、オンザロックで。あと、豚肉のしょうが焼き」と注文する。
「ご飯、つけましょうか?」
「お願いします」
「オレ、焼きむすび食べたい」
これはメニューにはない、特別注文品だ。
「はいはい。3個で足りますか?」
女将さんは笑い、先輩も嬉しそうに笑う。

「あー、若造にはやさしいなぁ」
オヤジたちからのブーイングを女将さんは、まぁまぁ、といなす。
「にいさんたちはいくら食べても、すぐにおなかが減る年頃じゃないですか。シンさんは、食べたら食べただけ、お腹が出ちゃうだけなんですから」
「や、こりゃ一本取られたな」
ゲラゲラと笑いが店内に満ちる。

ああ、ここはいい。空気が優しくて、暖かい。

ボクは今回の任務を思い起こした。
後味のいい任務など、ありえないけれど。今回のも、後味は悪かった。
確かに盗賊と化した元軍人たちは、敗走していたこの1年、殺戮や略奪を繰り返してきたけれど、もとはといえば、本国の王族とその一族の独裁に耐えかねて、クーデターを起こしたのだ。
そして娘たちは無事、逃げ延びた村人に返したけれど、彼女たちの身に何もなかったとは、とうてい思えない。
生き延びてよかった、と単純に喜んでばかりもいられないのだ。
そしてあの抜け忍と、身代わりにされた中忍。忍の末路を見るような、あの一幕。
なんの迷いもためらいもなく判断を下し、任務を遂行した先輩にだって、そんなことはわかっている。
そして、自分が任務以上に踏み込んで何かをできるわけではない、ということも身に染みて知っている。
そして先輩は、そういうことを「どうでもいい」と切り捨てない。
ただ、ひっそりと己のうちに抱える。やりきれなさ、理不尽さ、むなしさ、怒り……全部、抱える。
ボクという恋人がいながら、必要とあらば他の男ともためらいもなく肌を重ねる自分に一番傷ついていたのも、きっと先輩なのだ。

ああ、だから。先輩は……そして、ボクも。
この暖かく優しい空気が、恋しかったのだ。
自分もまた人間なのだと、ただの若造に過ぎないのだと、確かめるために。

相変らず先輩とボクは、カウンターの下で手を繋いでいたけれど、オヤジさんたちは気がつかないのか、見てみない振りをしているのか、何も言われなかった。

運ばれてきた青菜炒めを、利き手でない左手で器用に箸を繰りながら、先輩は口に運ぶ。
「やっぱり、野菜だよね」
山盛りの青菜――季節柄、菜の花の仲間だろう――が、見る見る減っていく。
ボクも、箸を伸ばして摘む。ほんのり苦い味は、春を感じさせた。
合間にエイヒレを摘みながら、先輩は冷酒を口に運ぶ。
「はい、しょうが焼きとご飯」
丼に盛られた白米に腹が鳴り、先輩が笑った。
豚肉は脂身のほとんどないモモ肉だ。いつの間にか、しっかり好みを把握されている。
片手を繋いでいるので、多少、食べづらいが、ボクは利き手で箸をもっているのだから、贅沢は言えない。

ひとしきり食べることに専念して一息つくと、先輩がジーパンのポケットから何かをつまみ出した。
「ああ、さっきの犬小屋の」
錆びて崩れかけた釘だった。あのまま庭に捨てず、ポケットにしまったのが先輩らしい。
「捨てようと思って、忘れていた」
そう言って、赤茶けたそれを見る。

「あいつ……ね、ずっと里の外で仕事してたんだ」
あいつというのが、上忍を指しているのはわかった。
「今回のネタを掴んできたのもアイツ。昔から、ほとんど里の外を転々としているタイプでさ」
なるほど、暗部のなかでも戦場ばかりを移動する外回りの部隊にいたのか、とボクは思う。
そして、盗賊の一味に抜け忍が加わっているという情報は、彼がもたらしたものだったのだ。
「じゃ、今回、そのためにわざわざ一度、戻って、それから……?」
「うん。ほとんど、トンボ返り。家族にも合わないまま」
家族がいたのか。妻子なのか、両親兄弟姉妹なのかはわからないが。
「それで、噂にも疎かったんですね」
そう、と先輩は答え、冷酒のグラスを口に運んだ。
彼にとって、先輩は里の象徴だったのかもしれない、とボクは思った。
だから、許せる、ってことではないけれど。

「ね、カクテルって作れる?」
先輩の呼びかけに、女将さんは笑顔を深くする。
「あたしがやっても似合いませんけどね。一応、振れますよ」
シェイカーを振る真似をする。その手つきは、鮮やかだ。
「う〜ん、シェイクするんじゃなくて、ステアで作るカクテルなんだ」
「いいですよ、なんでもござれ」
女将さんが笑顔で答える。
「おいおい、またにいさんが気取ったこと始めたぜ」とオヤジたちが茶々を入れる。
「だから、いつまでたっても、女を見る目がないんだよ」
お決まりのセリフに、先輩がにんまり笑う。
「その代わり、男見る目、ありますから」
「あはは。ちげえねえ」
あっさり流されて、ボクはえっと固まった。
思わず挙動不審になりそうな自分に、落ち着け、落ち着け、と言い聞かせる。
いや、深くは問うまい。こういうことは、問い詰めては墓穴を掘る。

やっと心を落ち着かせたボクと先輩の前に、オンザロックのグラスが置かれた。
クセで匂いを嗅ぐと、香ばしい洋酒独特の香りと甘い香りが立ちのぼった。
口に含むと、焦げたような香ばしい味わいと、花のような爽やかな甘さが広がる。
「なんですか? これ」
「ラスティ・ネール」
先輩はそう言うと、さっきのさび釘をカウンター下のゴミ箱に放り込んだ。

「ね、釘ってさ、硬くて強いけど、雨風にさらされると錆びるよね」
「ええ、まあ金属ですから」
「錆びると、周辺の板もダメになったりするじゃない?」
ボクはさっきの犬小屋を思い出した。
「なかは、ボロボロでさ」
まるで、あの抜け忍みたい、とボクにだけ聞こえる声で先輩が続ける。
「でもね、知ってる? ちゃんと妥協しないで作った釘はね、表面が錆びても、中は錆びないでしっかりしてるんだよ。ボロボロに崩れるさび釘との違いって、なんなのだろうね」

ボクは、とうとう最後まで名前を知る機会のなかった上忍を思い出した。
家族ともほとんど合わず里の外を転々とし、過酷な任務をこなし、確かに彼は、やさぐれて見えた。
あの中忍3人組も、胡散くさく思うほど。
でも、彼は芯から木の葉の忍だった。
仲間を大切にし、部下を大事にする、ある意味では、ごく当たり前の上忍だった。

「オレは、たとえ表面が錆びはしても、中までは錆びない釘でいたいの」
ポツンとそう言うと、先輩はその強い酒をあおった。
「ねえ、焼きむすびまだ?」
「はいはい、もう直ぐですよ」
女将さんが柔らかい笑顔を向けてくる。
「こういうひとたちがさ、生きて暮らす里を、オレたちは守るんだから」
そう言ってから、ボクを見て、先輩はニッと笑った。

「はい、焼きむすび。一個オマケです。後輩さんにどうぞ」
「ありがと」と先輩が言う。
「あたしも久しぶりにカクテル作れて楽しかったですから。お礼です」
「次は、シェイカー振ってもらおうっかな」
う〜ん、木の葉の里は、人材豊富。奥が深い。
これがこの日、ボクが学んだことだった。

焼むすびは、紫蘇やら縮緬雑魚やらゴマやらが混ぜ込んであって、おいしかった。
ニコニコと2個めの焼むすびを頬張りながら先輩はボクを見る。
「あのね、関係ないんだけどさ」
「はい、なんですか?」
「酒飲むと、もっとじんじんしてくるんだよね〜」
お願いです。そういうことを嬉しそうに言わないでください。せっかく感動していたのが台無しです。
「あ〜。しあわせ」
先輩がボクの手をギュッと握る。

待機の3日間は、こんなエロくてカワイイ先輩を拝めるのかな、とボクは思った。
確かに幸せなことだ、とボクは甘くて度数の強いカクテルを飲み干した。
焼むすびには、ちょっと合わなかったけれど……それは、それ。



<了>


Rusty nail
ハイランドモルト・ウィスキーとドランブイをステア。ヒースの花の香りや蜂蜜から作られるリキュール、ドランブイを使ったこのカクテル、甘い飲み口の割りに度数は高く、ウィスキーファンの男性に好まれる。錆びた釘、という意味を持つ。



2007年03月19日(月)
らすてぃ・ねーる 11 -18禁-


達して弛緩した先輩の下肢を拭い、それからもう一度、抱きしめる。
「テンゾウ、いけなかったよね」
ええ、と答えながら、髪をすく。
ほんとうは、今すぐにでも繋がりたいけれど、少し時間をおかないと……。
指先をうなじから首筋にすべらせると、先輩の頭が少しのけぞる。
「……気持ちいい……」
そのまま背筋をたどる。脊椎、腰椎、と指先で確かめる。
先輩はボクに委ねきっている。
「どっちが好き、ですか?」
「ん? どっちって?」
うっとりした声で聞き返してくるのに、そっと指先で示す。
「こっちと、それから、こっち」
そう言って、大腿を押し付けるようにする。
先輩は、ん〜、と真剣に考えている。
照れ隠しに怒ったり、恥ずかしがって無口になったりしないということは、もう、理性のカケラも残っていないということだ。

「どっちも」
そう言って、くふんと鼻を鳴らす。
「ね、だから」
ボクは指先で撫でる。
「ね、テンゾ」
甘えた声で、ねだられる。
「舐めても、いいですか?」
以前、布団から蹴り出されそうになったことがあるから、一応、お伺いをたててみると、今日は「うん」とあっさり答えが返ってきた。そして、先輩が布団のなかに潜り込む。
“?”と思っていると、今度は布団から足が突き出てきて、続いて下半身が顕になる。
ボクに馬乗りになった先輩の格好。目の前には刺激的な光景。
「オレ、も。舐めたい」
先輩がそう言うや否や、熱く柔らかいものに包まれた。

うわー、うわー、うわー。
叫びそうになるのを必死で耐える。
先輩、初心者にはちょっと……コレは……えっと……言っても、聞こえないか……ああ、やばい……ってか、限界……もう、知るか!
理性の最後の一片をかなぐり捨てて、ボクは心と身体の赴くまま、先輩を味わう。

いつも思う。
ほんとうに先輩は、ボクを焚き付けるのがうまい。
意識してやっているわけではなく無意識らしいから、余計始末に終えない。

先輩とこうなるまで、自分は相当に淡白だと思っていたし、わずかに関わりのあった相手からもそう指摘されていた。なのに。
最近、ボクは自分がケダモノだと思い始めている。
際限なく先輩を欲しがり、喰らい尽くすケダモノだ。

とても憧れて、すごく尊敬していて、だれよりも守りたいと思うのに。
こんなときのボクは、先輩を骨の髄までしゃぶりつくしたくて、自分を抑えることさえままならない。

気がつくと、先輩が態勢を変えて、上からボクを見下ろしていた。
口の周りが唾液やら、なにやらで光っている。先輩は、それをぐい、と手首のあたりでぬぐうと笑う。
「ね、もういいでしょ?」
そう言って、ボクの返事も待たず、浮かせた腰を沈めてきた。
眉をきゅっと寄せて、何かを耐えるように。でも、やはり薄く開いた唇からは、桃色の舌先が覗いている。
先輩が完全に体重をかけると同時に、ボクは思わず、呻いていた。先輩も、呻き声をあげる。

だれよりも強くて、容赦なくて、でも、エロくてカワイイ、先輩。
優秀さゆえに、ときどきとても哀しい、先輩。
腰を両手で掴んで突き上げると、あられもない声をあげて髪を振り乱す。
もう、先輩は声を堪えることはしない。
こんなとき、つらくても、哀しくても、決して泣きはしない先輩の、声にならない慟哭を聞く思いがする。
こうやって、全部、洗い流してくれればいい、とボクは思った。



「ねぇ、じんじんする」
笑いながら、先輩が鼻先をボクの肩に押し付ける。
日はすっかり暮れて、窓の外は真っ暗だ。
「すみません」
タガをはずしてしまった自覚のあるボクは、殊勝な態度で謝る。
「テンゾーったら、や〜らしいんだもん」
楽しそうに笑いながら言われても、別にへこみはしないけれど。
「先輩の教育の賜物です」
しゃくなのでそう返すと、「え〜、オレのせい?」
キャラキャラとさらに笑われた。
「それより、腹減った」
「ああ、頂き物がありましたね。持ってきます?」
先輩は、少し考えてから「あれは夜食にしよう」と言った。
「飲みに行こうよ」

「へ?」とボクは間抜けな返事をしてしまった。これから?
「あの店、行こう。あそこ、つまみもおいしいから。ああ、最近野菜足りてないから青菜炒め食べたい。串焼きもいいな。シシトウと椎茸。あ、でも、煮豆腐も捨てがたい。やっぱり、こんな日は、米の酒だよねぇ」
どこかハイになっている先輩に圧倒されてしまう。
「え、ええ、いいですけど。身体……大丈夫ですか?」
「だ〜いじょうぶ。じんじんしてるだけだから。行こうよ。手繋いで。オレに女見る目ないって説教するオヤジたちに、男見る目ならありますよ、って自慢してやるんだ」
先輩、大丈夫ですか? ボクはただただ、上機嫌な先輩の笑顔を眺めていた。



2007年03月18日(日)
らすてぃ・ねーる 10 -18禁-


桃の花のような色が、チロリと唇を湿らせて引っ込む。
単に唇が乾いているだけなのだとわかっていても、落ち着かない気持ちになる。
苛立ちはボクのなかに残っていたけれど、それも、もうどうでもいいという気分になってくる。

顔を近づけると、先輩の目がまん丸になった。
何を驚いているのだろう、と思いながら、唇を重ねる。
舌先で先輩の唇を湿らせ、上唇と下唇とで先輩の下唇を挟んだ。
ゆっくりとくすぐるように舌先を這わせ、それから少し吸って離れ、今度は角度をつけて唇を重ねる。
ボクが差し入れるより早く、先輩の舌がボクの唇を割ってきた。
軽く噛むと、ん、と喉が鳴る。
少し強く噛むと、反射的に顔を引こうとするが、ボクに顎を掴まれているので叶わない。
そのまま吸い付くと、先輩が身じろぎ、両手がボクのシャツの両肩を掴む。

体温も脈拍も、ある一定まであがるとそのままの状態を維持するが、入れ替わりのように情動が伝わってきた。
触発されて、ボクの理性も風前の灯火。

捕らえていた顎を解放し、ボクはまた先輩と少し距離を置いた。
切なそうな顔で、先輩がボクを見る。
最中の、気持ちよさそうな顔を思いだす。

「欲しいんでしょう?」
もう、恥も外聞もないというような顔で、先輩が頷く。
シャツを掴む指先にも力が加わる。
「服……きつい。脱ぎたい」
「どうぞ」
子どもが泣き出すときのように、先輩の口がヘの字になる。

それでも欲望のほうが勝るのか、膝立ちの姿勢になると、先輩は掴んでいたボクのシャツから指を離した。
そして、決まり悪そうな顔になってもぞもぞとジーパンを脱ぐ。
「シャツも」
と言うと、への字のまま唇が尖った。

しばらく指先が彷徨うのを、さてどうするのだろう、とボクは眺める。
ボクが怒っていると思い込んでいる先輩は、しばらくためらった後、膝立ちのままシャツのボタンを上からはずしていく。まるでストリップティーズだ。
ボタンをはずし、先輩がボクを見る。
ボクが何も言わずにいると、ふっと息をつき、シャツを脱ぎ捨てた。

「濡れてる」
下着一枚になった先輩に、思わず言葉が出てしまった。
先輩の情動がさらに強くなる。
「テンゾ……も、脱いで」
情欲にまみれた声で、先輩がねだる。

あぁ、かわいい。
任務を離れると、いつも、かわいいひとだと思うけれど。
こんなふうに前戯めいたやりとりをするのは初めてで、そして今日の先輩は、いつも以上にかわいい。

たいてい酒が入っているから、そこまで気が回らなかったけれど。
抱きしめて、キスして、そのまま押し倒して、というのもいいけれど、こういうのもいい。
もどかしくはあるのだけど、悪くないとボクは思った。
先輩もなんか嫌そうな雰囲気じゃないし。いつもより、興奮しているみたいだし。
「ね……脱いで」
はいはい、仰せの通りに。

「テンゾ、も、濡れてる」
そう言って、先輩が手を伸ばすから、ボクはあわててその手首を掴んだ。
「どうして?」
と先輩がボクを見る。
「続きは、ベッドのなか、です。でないと、肘やら膝やら、すりむけちゃいますよ」
うん、そうだね、と先輩は器用に膝歩きで回れ右をすると、ベッドカバーをめくり、掛け布団をめくり、ベッドに這いあがると、ボクを振り向いた。
「もう、怒ってないね」
そう言って、ニコッと笑う。

その笑顔にやられた。

思わず背後から襲いかかりそうになる自分を、やっとの思いで抑える。
無闇矢鱈にフェロモン垂れ流さないでください、と言いたい。
声を大にして、言いたい。

布団のなかに潜り込み、先輩とボクはようやく抱き合った。
「テンゾ、も、興奮してる」
嬉しそうに、先輩が言う。
そんなに嬉しいですか、と聞きたくなるほど、ご機嫌な声だ。
「そりゃ、先輩が欲情してれば、ボクも触発されますから」
「やっぱり、オレのせい?」
そう言って、くすくすと笑う。
笑いながら、腰を押し付けてくる。
そのやらしい動きを、やめてくださいと言おうとして、思いとどまる。
「ああ、やっぱり、テンゾウがいい」

先輩の言葉に、ボクは任務のときのアレを思い出した。
忘れていた嫉妬心が、また頭をもたげてくる。
「だれかと比べましたね?」
先輩は、しまったというような顔をした。
「えっと……」
ごまかそうとしても無駄です。
「うん、ごめん」
あっさり謝られると、怒るに怒れない。

「どうせだったら、同じようにしましょうか?」
先輩の下着を引き下げ、同じように自分のも引き下げ、一緒に手の中に包み込んだ。
先輩が、あぁ、と吐息のような声をあげる。
「だめ、オレ、すぐいっちゃう」
「いいですよ、いっても」
「ほんとうに、ほんと」
「ええ、わかってます」
先輩はイヤイヤと首を振った。
「ほんとに。テンゾウが、ちょっとでも、動いたら」
「我慢しなくていいですよ」

先輩はボクの肩に顔を埋めた。
「なんか、オレばっかり、がっついてるみたい」
先輩の声は上ずって、掠れている。
「ボクには、遠慮なく、がっついてください」
そう言って、銀の髪の間から覗いているいつもより赤味を増した耳を噛んだ。
ビクンと反応した拍子に、刺激が下肢に伝わる。
そのまま先輩は緩く動き始めた。

「気持ちいいですか?」
コクコクと肩のところで頭が上下する。
髪がくすぐったい。
「ごめ、ん……ほんとに」
「いいですよ、いって」
ん、と返事とも喘ぎともつかない声とともに、動きが激しくなった。

ボクは先輩の昂ぶりに合わせて、自分のなかで膨らんでいく熱を感じていた。



2007年03月17日(土)
らすてぃ・ねーる 9


先輩はスタスタとベッドのほうにいき、もたれるように床に腰を降ろした。
ボクも向かい合って、座る。

「言いたいことは山ほどありますが……言うべきことは、ありません」
ボクの言葉に先輩は目を見開いた。
「先輩、言ったじゃないですか。また同じような事態になったら、同じことをする、って。先輩のその意志を変えられないなら、言う言葉は何もありません」
先輩は黙っていた。
「そりゃ、言いたいですよ、ボクだって。ほかの男に身を任せるな、とか。触らせるな、とか。でも、任務中のことに口出しするわけにはいかないです」
「怒った?」
「怒りはしませんが、ずっとムカついてはいました」
「そうだよね」
「正直、まだムカついてます。なのに、あなたは節操なく色気振りまいて、餌付けされそうになってるし」
「はい? 餌付け?」
先輩の目が丸くなる。
気がついてないというのは、ある意味、最悪だ。
「いえ、いいんです、こっちの話ですから」

それより、ボクも先輩に聞きたいことがあったのだった。
「先輩のほうこそ、どんな気分だったんですか?」
「何が?」
「ボクの目の前で、任務とはいえ、他の男といちゃついた、ということに関して」
先輩はベッドにもたれる姿勢から、上体を起こし、立てた両膝の上に顎を乗せた。
「オレに、それを言えって?」
「ぜひ、聞きたいです」
先輩は膝に顔を埋めた。しばらく沈黙が落ちる。
窓の外でカラスが鳴き、もう夕刻なのを知らせてくれる。

「やらずに確かめることができれば、ってオレも考えた」
膝に顔を埋めたまま、それでもようやく先輩は口を開いた。
「でもね、それはやっぱり難しいんだよ。チャクラの質っていうのは、そんなに変わるわけじゃないけど、でも指紋とか掌紋みたいに、一定でもないんだよね。よく似たチャクラを持ってるヤツだってこともあるわけでしょ」
「そうですね。得意技が似通っている忍は、チャクラも似てますものね」
「あとは、瞳、ね。瞳にも紋様があって、それも指紋と同じで一人一人違うんだ。でも、さすがにオレも、全員の瞳孔をコピーしているわけじゃないから。本来、写輪眼はそういう使い方しないし。前もってわかっていれば、可能だけど、さすがにね」
「やれば、わかる、っていうのは、なんなんですか?」
「うーん。それこそ、勘なんだけど。いや、もっと動物的な本能に近いかな。野生動物が縄張りを確認するみたいなの」
「ああ、野良猫とか、よく相手の匂い嗅ぎ合って、確かめてますよね」
「匂いだけじゃなくて、こう、皮膚感覚とか、いろいろ混ざり合って、ね。まず、オレの場合、100発100中なの」
実証済なんですか? 思わず問い詰めそうになった質問を、ボクはのみ込んだ。

「オレ、けっこう昔から狙われやすくてね。馴染みの太夫に変化したくの一に、襲われそうになったりとか」
「ええ? 刺客、ですか? ビンゴブックに載る前から?」
先輩は、初めて顔をあげてボクを見、そして笑った。なんだか切なくなるような笑みだ。
「ちが〜うよ。オレのタネを欲しいっていうくの一に、狙われるの」
あ、とボクは言葉を失った。
「まあ、最近は刺客も増えたけれどね。なんかみんな、閨を襲えばなんとかなる、って思ってるみたいでさ」
それは里の中にいる先輩を狙うのは、難しいだろうから、手っ取り早く、遊郭を張り込んで、ということなのだろう。
「オレの馴染みってわかると、店にも太夫にも迷惑かかるから。ここんとこ、行ってないんだ」

あ、それで。

「で? 先輩はどうだったんですか?」
「あ、やっぱり覚えてるのね、最初の質問」
「はぐらかそうとしても、無駄です」
先輩はまた、膝に顔を埋めた。

「ノリ、悪かった、って言ってたでしょ? あいつ」
「ああ、ええ、そうですね」
「なんかね、だめだったんだ」
「だめ?」
「うん。これは任務だって言い聞かせないと、だめだった。たいていは、最初の数分でわかるんだけど」
ああ、それはそうか。終わってからわかっても意味ないのだ。
「それが、わからなくて、焦った」
先輩は自嘲するように、ふふ、と笑った。
「オレも焼きがまわったなぁ、なんて思った」
「ボクがいたから、ですか?」
先輩は、ん〜、と唸った。
「でも、テンゾウ以外のだれかを残す気にはなれないよ」
それに、と先輩は続けた。
「そういうことじゃなくて、生理的に身体が嫌がっていたんだ。テンゾウ以外のだれかに触れられたくない、って」
そういうと、先輩は顔をあげて笑った。泣き笑いみたいな顔で笑う先輩に、急に胸が熱くなる。

つらかったのは、ボクだけじゃなかった。
先輩も……。

そう思った途端、ボクは先輩を抱きしめていた。
先輩だ、いつもの、やっと馴染み始めた先輩の感触だ。
腕の中の先輩を確かめ、ようやく里に帰ってきたことを実感する。
体の隅、意識の底にわずかに残っていた緊張が、解けていく。

先輩の腕がボクの背にまわった。
「テンゾウ……」
少しかすれた先輩の声、少し早くなった脈拍、少し上がった体温……どれもほんの少しの変化だけど、ボクには伝わる。
「欲しいですか?」
抱き込んだまま尋ねると、先輩の心臓の鼓動が一気に早くなった。
ボクの肩に顔を埋め、頬を摺り寄せてくる。
宥めるように背中を撫でると、くふん、と鼻を鳴らす。
シャツの裾を引き出して手をもぐりこませ、指先で素肌をくすぐるようにすると、ビクンと背がはねた。
「欲しいですか?」
もう一度、尋ねる。先輩の答えはないが、今度は体温が上がった。
笑いたくなるほど雄弁な身体をギュッと抱きしめ、次に肩を掴んで押しやった。

腕の距離分、離れた位置から見る先輩は、何かを訴えるような潤んだ目をしていた。
ボクはちょっと意地悪な気分になる。
「欲しくないんですか」
唇が震えるように動きかけ、次に、キッと結ばれた。

下腹のあたりがムズムズしてきて、先輩が欲情しているのがわかる。

ボクがじっと見つめていると、先輩の視線はだんだん下がっていく。
完全にうつむいてしまった先輩のつむじが見えた。2つある。だから、あんなふうに髪がはねるのか。
「今日のテンゾウ、やさしくない」
「やさしくないボクは、嫌いですか」
うつむいたまま頭が左右に揺れる。
「嫌いじゃない、けど……」
「けど?」
口をつぐんだ先輩の肩がわずかに上下する。
呼吸が荒くなりつつある。
「お……おこって、る?」
「怒ってませんよ」
先輩が、不意に顔を上げた。頬にも少し赤味がさしてきている。
「あれは、任務ですから」
駄目押しのように言葉を付け加えると、先輩の眉が下がった。
「怒ってる、やっぱり怒ってるよ、テンゾウ」

先輩の脈はさらに早まり、体温もまた上がる。

右手を肩から離し、先輩の顎を掴む。
ほんの少し開いた唇から、誘うように舌先が覗いていた。



2007年03月16日(金)
らすてぃ・ねーる 8


暗部服から正規部隊のベストに着替えてから、棟を後にした。
――はたけカカシと付き合うというのは、そういうこと、か。

「先輩?」
声をかけると、背後の気配が固まる。
付いてきているのは知っていた。立ち止まると、先輩も立ち止まる。
追跡じゃないんだから、と苦笑しながら、ボクは先輩のところまで戻る。
「ボクの部屋、来ますか?」
先輩は黙ったまま、考えるふうに首をかしげた。
「先輩の部屋でもいいですよ。あ、夜になったら、あの立ち飲み屋に行きましょうか。そしたら、先輩の部屋のほうがいいですね」
んー、と言ってから、先輩はほんの少し笑う。
くそぅ、カワイイじゃないか。
「ボク、一度部屋に戻ってから行きますから」
「ん、じゃ、先、帰ってる」
先輩はきびすを返した。

任務のときと、そうでないときの先輩の落差は激しい。
慣れたつもりだったけれど、やはり先輩のことは掴みきれない。
何が悲しくて、後輩の背後をこそこそと……それも気配だだもれだったし。
普段、あれだけ完璧に気配を消せるひとが、ああやってだだもれってことは、ボクに気づけと言っているのと同じなのに。なのに、ボクが気づくと固まる。あれは、なんなのだろう?

「ようご帰還か?」
部屋に向かって歩いていると、イナダに会った。
「今夜、どうだ?」クイと杯を傾ける手つき。
「悪い。先約あり」
イナダは目を見開いた。
「女か?」
「そんなんじゃないよ」
疑わしそうな顔をするイナダに思わず笑みがこぼれる。
「ほんとに、女じゃないって」
このとき、ボクは少しどうかしていた。任務中にあんなことがあったせいで、だれか……友人だと思っている相手に、先輩のことをのろけてみたかったのかもしれない。
もちろんほんとうにのろけることはできない。いや、できないわけではないのかもしれない、先輩からはボクらの関係を隠せとは言われていない。でも、大っぴらにしてもいいとはどうしても思えないのだ。
でも、ちょっとだけ。ちょっとだけなら。
「隊長と約束、してるんだ」
「なんだ……」とイナダは気の抜けたような返事をしてから、「え?」と目を見開いた。
「隊長と、って、それはそれですげぇな」
「おまえだって、隊長と一緒にメシ食ったり飲んだりしたことあるだろう?」
「オレらの隊長とカカシさんじゃ、違うよ」
「カカシ先輩とだって、一緒にメシ食ったじゃないか」
「それは、あれだ。オレらの隊長とカカシさんが一緒にメシ食いに行くのに誘ってもらったからじゃないか。ふたりでなんてないよ」
すげえ、すげえとイナダが言うので、ボクはだんだん恥ずかしくなる。
「今度、カカシ先輩と飲むとき、一緒に来るか?」
イナダは、ぶんぶんと手を振る。
「いやいい。畏れ多い。ってか、オレ、緊張して潰れる」
「普通のひとだよ、飲んでるときは。任務離れると、案外ぼ〜っとしたひとだってのは、知ってるだろ?」
「うん、知ってる。でも、いい。遠くから、こう……仰ぎ見てるだけで、おなか一杯な気分」
頑なに拒むイナダがおかしい。
でも、暗部のなかでさえこんな調子なのだから、やはり大っぴらにはしないほうがいい、とボクは改めて思う。
「変なヤツ」
「おまえにだけは、言われたくない」
「じゃ、今度また飲みに行こう。ヒガタも誘って」
「おう」
じゃ、またなと友人は去って行った。

私服に着替えて先輩の部屋を目指していると、どこからか声がした。
「おーい、こっちこっち」
見回すと、表通りから路地を入ったところで、シャツにジーンズ姿で手を振っている先輩。
「何やってるんですか?」
一軒家の庭先で、トンカチを振り回している。先輩の部屋まで、あと500mほどという位置だ。
「うん、犬小屋をね、修理してあげてるの」
先輩の傍らには、仔犬を抱えた子どもがいた。
「前の仔が死んじゃってから、ずっとそのままだったらしくて、傷んでるんだ」
そう言って、錆びた釘を引き抜く。
ボロボロと崩れるそれを指先でつまんで、先輩は難しい顔をした。

「新しい板使ったほうがいいね。ほら、ここ。腐っちゃってる」
子どもは顔をあげると、
「ママに聞いてくる」
と言って、駆け出した。その後を仔犬が追う。
「この前ね、捨てられてたあの仔を前に、だだこねてるところに行き会ってさ」
先輩はトントンと釘を打ちつけながら、話し出した。
「母親は、そんな血統書もないような犬って言ったんだけど、子どもがね、引かなくて。ちゃんとしつけをすれば、血統書なんかなくても、家族の一員として恥ずかしくない犬になりますよ、って思わず口出しちゃったんだよ」
へえ、とボクは先輩の顔を見た。なんか、先輩らしくないというか。もっとも先輩は忍犬使いだし、忍犬たちに手縫いのマントを着せているのを見ても可愛がっているのは確かなのだが。
そんなふうに、一般人に関わる先輩というのが、ボクの想像を超えていた。
「で、口出した手前、仔犬のトレーニング引き受けて、ついでに犬小屋を直してあげる約束したんだ。よし、と」
子どもが、板切れを抱えて戻ってきた。
「使えそうなのある?」
「……そうだね、うん、これがちょうどいい」
トントンと軽快なトンカチの音。
「じゃ、これで古いペンキ落としてね」
サンドペーパーを子どもに渡す。
「はい、おまえも」
ボクにも手渡される。
三人でせっせとサンドペーパーをかける傍らで、仔犬がはねる。

それからペンキを塗り終え、ようやく犬小屋が完成した。
「ペンキが乾いて、匂いがしなくなるまで、使えないからね」
子どもは元気よく頷いた。
「ありがと」
そしてボクを見る。
「おじちゃんも、ありがと」
お、おじちゃん……ですか? ひそかにボクは傷ついた。
まあ、でも子どもから見たら、ボクらはおじちゃんかもしれないな、と自分を慰める

「犬小屋まで直していただいて、ありがとうございます」
家のなかから上品な女性が姿を表し、ボクを見ると先輩に物問いたげな視線を向ける。
「あ、オレの友人です。今日、約束してたんで。こいつにも手伝わせちゃいました」
まあ、お友達まで、と言いつつ、先輩に流し目をくれる女性に、ボクは納得した。
そういうことか。
まったくこのひとときたら。
まあ、そのおかげで命拾いした犬がいて、その犬から多くのことを学ぶ子どもがいるんだから、よしとしよう。
「お茶を入れようかと……」
「あ、すみません。これからこいつと予定があるんで」
先輩のこれ、天然だろうな。このひとの流し目にも、たぶん気づいてないよな。
自覚なしじゃ、怒るわけにもいかないけれど、任務のときのアレのあとにコレでは、ボクの忍耐力も限界かもしれない。
「まあ。残念……じゃ、ちょっと待って下さいな」
女性はそう言って、パタパタと家のなかに戻った。
「ママね、さっきからご馳走つくってたんだよ」
子どもが、無邪気に言う。
「サニーが来たお祝いしましょう、なんて言って」
「仔犬、サニーって言うの?」
ボクが問うと、子どもはうん、と答える。
「おひさま、って意味だよ」
金茶色の犬にその名はとても似合っていた。
「おにいちゃんが言ったとおり、とっても頭いいんだ」
おにいちゃん? え? 先輩はおにいちゃんなんですか? ボクがおじちゃんなのに?
追い討ちをかけられた気分だ。

「これ、少しですけど」
母上が戻ってきて差し出したのは、密封容器に詰められた色とりどりの……コレ、なんだ?
「え、すみません、そんないいのに」
先輩はしきりに恐縮しているが、この女性、先輩を餌付けしようとしてるな、とボクにはピンと来た。
きっと料理の腕には自信があるのだろう。
「また、散歩させに来ますから」
愛想よく言って、先輩はその家を後にする。

「得しちゃったなぁ〜」
先輩は上機嫌でボクと一緒に部屋に戻った。ボクの不機嫌に気づかぬはずはないのに。
「ローストビーフに、これは」と、クンと匂いを嗅ぐ。
「フォアグラのパテだ。すごいなぁ。ちしゃのサラダに、サーモンのムース」
へへ、とボクを見て先輩は笑った。
「豪華なつまみが手に入ってよかったね」
すみません、先輩。ローストビーフは言葉から内容が分かりますが、ほかはまったくです。

「とりあえず、冷蔵庫にしまっとこ」
冷蔵庫の扉を閉めると、先輩はくるりとボクに向き合った。

「言いたいこと、いっぱいあるよね、テンゾウ」



2007年03月15日(木)
らすてぃ・ねーる 7


「最初、彼を疑ったのは、隠されていた結界が、顕になっていたからなんだ」
「隠されて? 結界が、か?」
「ああ、オレたちが最初に探したときは、徴がなかった。結界のうえに結界を重ねるようにして隠していたんだと思う。村でひぐらし要を名乗る中忍と会って移動してみると、隠されていなかった」
「だれかが、解除した、というわけか」
「だから、他にも何か出てくるかと思って、再度探りにいかせた」
「でも報告は……ああ、そうか、『村には、変わりない』だったか。じゃ、これを見つけたのか」
鳥面と虎面が頷く。
「そう。最初のひとつだけだったら陣営に残っただれかが解除したとも考えられるけど」
「離れたところだとしたら、解除の機会があったのは、陣営を離れたあいつ……そういうことか」
「でも、時限式の結界ということもあるから、可能性は五分五分」
部下に疑われていた上忍は、要を見た。

「だから、オレは彼を観察した。そうしたら、彼のほうはどうも、あんたを疑っている節がある。キミも村に入る前に、あの死体を見つけた?」
先輩に問われ、要は頷いた。
「だれかが入れ替わっていると、思いました。でも、誰がそうなのかわからないから、打ち明けることもできないし」
「でも、下忍時代から一緒だった仲間なら、気づかぬはずがない、そう考えたんだ?」
「はい」と要はうなだれた。
「それで、わたしらんとこにまで、情報収集に来た、と」
鳥面の言葉に、要はさらにうなだれる。

「だから、入れ替わり候補からは、外した。あとのふたりに関しては、圧倒的に情報がない。だから、雷切を囮にすることにしたんだ」

「彼は千早と入れ替わって、どうするつもりだったんでしょう?」
中忍が言う。
「抜け忍……ですよね」
「木の葉に潜入するつもりだったんでしょうか?」
「あるいは、逃げ続けるのに疲れ、木の葉の里の忍として新しい人生を始めたかったか」
先輩の言葉に、その場の皆が、口をつぐんだ。

「オレも、疑われていた?」
上忍が問う。先輩は答えなかったが、彼にはわかったのだろう。
「アレは、そういうことか」
くく、と自嘲めいた笑いを零しながら、上忍はボクを見た。
「災難だったな」
それからカカシ先輩を見る。
「おまえも、な」
それから、ふっと息をついた。

「俺は、役得だったがな」
それは、彼の本音のように思えた。

*     *     *     *     *

「あれが、オレの任務だったの」
ボクらが今回の任務の裏について詳細を知ったのは、里に戻ってからだった。
「どうも、盗賊たちを火の国まで引っ張ってきたのがいるらしい、って」
「早い時点で加わっていたんですね、だから、盗賊化したあいつらが1年も敗走できたんだ」
「うん、正解。でも、それは極秘情報でね。忍が関わっているってことは、火の国にもあいつらの本国には知られちゃまずかったのよ。ま、隠れ里の立場としちゃ、そうだよね」
「で、盗賊の捕獲と同時に、抜け忍の始末」
「そーゆーこと」

「入れ替わりに、いつ気づいたんですか?」
ボクの質問に先輩が、んん〜と首をかしげた。
「最初から、可能性は考えていたんだ。小隊が消息断った、って聞いたときに。全滅したか、あるいは、って」
「確信したのは?」
聞いたのは鳥面だ。
「村を見回って、それでも小隊の消息が掴めなかったとき、だね」
「相手を特定したのは、わたしたちが荷物を取りに行ったあと、ですね」
「いや、だから、まだ特定はしてなかったよ、あのときは」
「そういうことを、言ってるんじゃありません」
ずん、と鳥面が詰め寄った。先輩が上体をわずかに引く。
「隊長が、何やったかなんて、おみとおしです」
う、と言ったまま、先輩は鳥面を見る。
「作戦立案は隊長の役目ですから、それは問いません。でも!」
鳥面がこぶしを握るのをボクは横目で見て、どうやって止めようかと思案する。
「なぜ、彼を……よりによって」
先輩の口の形が、「う」から「あ」に変わった。
「気づかないとでも、思ってたんですか?」
「あ、え〜と」
「酷、じゃないですか」
先輩は黙っていた。
「目の前で、なんて、そんな」
ボクは虎面を見る。驚いた様子がないのを見ると、鳥面から話でも聞いたのか、それとも彼は彼で気づいていたのか。

「えっとね。入れ替わりの候補については、二通りの選択肢があったんだ」
先輩が話し始めたので、鳥面も口をつぐんだ。
「入れ替わったあと自分が動くのに一番、都合いいのは、リーダー格の上忍。でも上忍相手に、そう簡単にはいかないかもしれないから、その場合は隊のだれか……今回は3人とも中忍だったから、そのなかで一番、戦闘力の低いヤツ。だから、オレはそのふたりを念頭においていた」
「え、じゃあ、あのおとぎり千早って中忍のことは、最初から?」
「うん、一応はね。でも、ひぐらし要がいきなりクローズアップされちゃって、オレもだいぶ迷った。あの時限式の結界が計算のうえだったとしたら、あの抜け忍は、そうとう頭の回転の速いヤツだったんだろうね」
「あの、ひぐらしって中忍は、けっこう出来るやつみたいですね」
「うん、アカデミーの成績は中の中だけど、下忍時代に頭角現してきたみたい。実践に強いタイプなんじゃない? 中忍になったのも、3人のなかで一番早かった」
「最近、里外任務についてたんですか?」
ボクの言葉に、先輩は「そうらしいね」と頷いた。
「半年ぐらい、長期で里外任務についていて、戻ったばかりらしい。元スリーマンセルの仲間ふたりが、任務に出ると聞いて、無理やり立候補したって聞いたよ」
「一緒の任務につきたかったんでしょうか?」
「そうじゃない? だから余計に、仲間を疑えなかった」
そんな心理に付け込んだのが、あの抜け忍だったのだ。

「ま、そんな状況だったからね。早く特定したいと思ったんだ。とにかく、消去法で行くしかないわけだから。幸いなことに、あいつは元暗部で知り合いだったんで」
「寝てみればわかる、と、そう思ったんですね」
ボクの言葉に先輩が、肩をすくめる。
「前にも、なんどか、やったからわかる、と」
問い詰めるボクに、先輩はうなだれた。
「はい、そのとーりです」

気まずい沈黙が流れた。

わかっている。ボクが文句を言う筋合いではない。
でも、やはり“ムカツク”。

「でもね」と、カカシ先輩は顔をあげた。「今度、もし、こういうことがあったら」
その目は宙に向けられており、ボクら3人のだれのことも見ていない。
「それでもやっぱり、同じようにするよ、オレは」
見えない何かを見据えるような先輩に、ボクらは何も言えない。
「それが最善の方法なら、そうする」
そして、先輩はうつむいた。
「それでもやっぱり……ごめ〜んね、かな」

また、しばしの沈黙。

「報告会終わり。任務は無事終了。3日間は待機ね」
沈んだ空気を払拭するような明るい声で先輩が言う。
「あ、ボーナスでるかもよ」
「え?」
「元将校たちは全員生け捕りにしたでしょ? 本国が喜んでね。死体でも上等だと思ってたらしいけど、生きていれば、いろいろ使い道もあるし。それで正規の金額に上乗せした額を払ってくれるって話」
「へえ。太っ腹ですね」
「逃走している間、いろんな国に潜んでいたわけじゃない」
「あ、そうか。情報が手に入る」
「そ。もっとも火の国については、ちょっと記憶をいじらせてもらったけどね」
いつの間に、とボクらは顔を見合わせた。
「ボーナス出たら、イチャパラの初版本買おうっかなぁ〜、あれ、レアもんの誤植があるんだよね〜」

ああ、いつもの先輩だ。
ボクはくらくらと眩暈を覚える。
もっとも、このおちゃらけのお陰で、ボクたちは任務のときの感情を引きずらずにすんでいるのかもしれない。
「じゃ、解散」



2007年03月14日(水)
らすてぃ・ねーる 6


翌日は撤収の用意をして、村の最終見回りをした。
表向きは盗賊の生き残りがいないか。
真の目的は、変わり身によって入れ替わったのが誰なのか。
昨夜のことは、朝、手短に先輩に報告した。
先輩はもちろん、鳥面と虎面の「村には」という下りに気づいていた。

ボクらは、それぞれツーマンセルに分れ村の四方に散る。
先輩の影分身がボクに付き、本体は上忍と要のセルをつけ、ボクの分身は、中忍ふたりをつける。
これは打ち合わせどおり。

小半刻もたたず、ピィ−と呼子の鋭い音が響き、先輩の影が消えた。
ボクは東へと急ぐ。
少し遅れて北や西へ散った者の気配も、こちらに向かっている。

最初に到着したのはボクだった。
先輩は、どこかに潜んでいるらしく姿は見えなかった。

目の前には黒焦げの死体、これが昨日虎面と鳥面が「みつけた」と言っていたものだろう。
そして、死体をはさんで対峙している上忍と中忍。
上忍は、足の怪我を庇っているせいもあり、分が悪い。
「これは、あなたですか?」
上忍を糾弾する鋭い声が、空気を裂く。
「あなたは、だれですか?」

ほどなく、他の4人も到着する。
先輩はまだ、姿を表さない。
「なんだ、これは」
「何があった」
口々に、中忍ふたりが声をかける。
「ここに結界を見つけたから解除したら、死体が」
中忍二人は死体を見、要を見、それから自分たちのリーダーを見た。
じり、と彼らが要に近寄り、上忍に対峙する格好になる。

――おいおい、どうして、おまえら揃いも揃ってリーダーを疑うんだ?

「オレらは、下忍時代から組んでいた仲間だ」
「仲間を間違えたりしない」
「あんた、最初から怪しかった」

やはり、今回の任務のために集められた息の合った3人組とにわか仕立ての隊長だったのか。
元暗部のこの上忍、おそらく上忍師の経験がないのだろう。
暗部を抜けてからも、戦場を転々としてきた口かもしれない。
いまひとつ、仲良し3人組とのコミュニケーションが図れずに、不協和音を奏でていたのだろう。

果たして入れ替わりは、だれなのか……。
4人を注視する。

そのとき、かすかに鳥の囀りを聞いた。
気づいたのは、ボクら暗部と上忍。
さえずりの方向は、中忍の背後――

……と、中忍のひとりが、すばやく後ろを探り、さりげなく要の前に出た。
まるで上忍から要を庇うような格好だが……。
見ようによっては、先輩の雷切から身を守ろうとした、とも見える。
果たして無意識なのか、意識してなのか。
ボクは、その名前も知らない中忍を見た。
昨日の夜、話をしたときも、彼があまり口を開いていなかったのを思い出す。

チッチッチという音が少し大きくなる。
明らかに、その中忍の気配が揺らいだ。

――こいつ、先輩の雷切を知っている?

おかしいじゃないか。
一緒に任務に就いたこともないのに、知っているはずがない。
もちろん、知識としては知っているだろうけれど、かなり遠いあの音を聞いて反射的に“雷切”と結び付けられるのは、実際に術を目の当たりにした者だけだ。

鳥面も虎面も気づいたようだ。
しかし、動こうにも中忍3人は固まっている。
先輩は、どうするつもりなのか。

「ぐはっ」
血しぶきが上がった。

「な、あんたは!」
突き飛ばされた要がしりもちをつき、もう一人の中忍が、強張る向こう。
忍刀で、中忍の肩を切り裂いた先輩の姿があった。

「何を!」
肩を押さえ、膝をつきかける中忍を、背後から先輩が拘束した。
「お前はだれだ」
鉤爪が、顔面を掴む。

「何するんだ」
「おい、やめろ」
叫んだのは、ふたりの中忍。

鉤爪が一閃すると、そこに現れたのは、見知らぬ男だった。
はがされた組織が先輩の鉤爪にひっかかって宙を舞い、風に乗って消える。

「雷切は、囮か」
男の口から、ツゥーと血が流れ落ちる。
「これまで、か」
毒を仕込んでいたのか、ごふ、と男が血を吐いた。
「まずい、自爆するぞ」
上忍の声に、ボクらは跳躍した。中忍ふたりも、地を蹴る。
足を怪我している上忍を、木遁で空中に巻き上げたとき、ドンと爆発音が響いた。
結界を張って爆風を遮る。
ゴォと黒い煙があがり、収まったときには、忍の姿は消し炭と化していた。

「こいつ……だったのか」
「ああ」
「いつ、入れ替わっていたんだ?」
「戦闘中でしょ? たぶん、そっちの中忍かばって意識がそれたときじゃない?」
「式を握りつぶしたのも」
「おそらく」
上忍はがっくりと膝をついた。
怪我をした足が痛むのか、あるいは……。

爆発に巻き込まれ、かつて中忍だった黒焦げの死体は、跡形もなくなっていた。
ただ、ひしゃげたタグだけが、さらにひしゃげて残っていた。
上忍は、まだ熱いタグを拾い上げる。
「千早、すまない。俺が到らなかったばかりに」
要も、もう一人の中忍も、立ち尽くしている。

おとぎり千早。
名前を知ったときには、もう彼はこの世にはいなかった。

「いつ気づいた?」
「確信したのは、さっき。雷切に反応したから。もっとも、最初は彼を疑っていたんだけどね」
先輩の視線が、要に向けられた。
「でも、キミはこいつを疑っていた」
と、上忍を指す。
「だから、キミは違う、と判断した」

「どういうことだ?」
上忍が聞く。ボクも聞きたい。



2007年03月13日(火)
マラスキーノ 後日談


「相手って、何? 奥方のほうだったの?」
立ち飲み屋に、テンゾウと一緒に来たのは、2日後のことだった。
「はあ。ええ。まぁ……なぜか」
うわあ、これって、これって、と、眼帯をしていないほうの右目を見開いたカカシに、テンゾウは困ったように眉を下げる。

王族――外交官でもある王の弟君が妻女を伴って交渉に赴き、意外とスムーズに和平交渉は成立した。互いに、内紛には疲弊し切っていて、どこで手打ちにするかタイミングをはかっていたのだろう。
ただ、こうした裏には揉め事が大好物な黒幕や強硬手段に出たいタカ派がいて、彼らが交渉を妨げるために暗殺という手段を取ることは、ままある。だから警護が必要だったのだ。

「結果的には楽な仕事だったんで、半日の奥方のお守りが一番キツかったです」
「何したの?」
「え? 普通に買い物です」
内紛の渦中にあったのは国境で、交渉の場である首都は安全だと聞いていた。そして、かの国の首都は、ファッションとグルメの街だとカカシは思い出す。
「買い物ばかり、です」
そう言って、テンゾウは甘いチェリーのリキュールの入った小さなグラスを干す。
「女将さん、ボク焼酎、ロックで」
「だから、女将さんって柄じゃないですって」
笑いながら女主人は、グラスに氷を入れ、焼酎を注いだ。

「どうして女性って、ああも買い物となると精力的になるんでしょうか」
そのときのことを思い出したのか、テンゾウはため息をつく。
「服に靴にバッグに帽子、宝石、チョコレート……」
「奥方、ご機嫌だったでしょ?」
「はい。お人柄はいい方なんです。えらぶったところがなくて、ボクにも『何か欲しいものがありますか?』なんて聞いてくださって。挙句、食事までご一緒してしまいました」
あちゃー、これは絶対、気に入られたんだ、とカカシは後輩の横顔を見る。
真面目一徹の後輩が、まったく奥方の好意に気づいていないのが、幸いなのかどうか、微妙なところだ。

落ち着いているせいで年齢より上に見られがちだが、テンゾウはハンサムだ(とカカシは思っている)。
キリッとした眉と口元が男らしい(とカカシは思っている)。
鼻筋も通っていてかっこいい(とカカシは思っている)。
目は大きく黒目も大きくて、可愛い(とカカ……以下略)。
それが、男らしい眉と口元といいバランスをとっている。まるで、テンゾウの性格そのもののような容貌。
奥方は、確か若く、まだ二十代の半ばだったはずだ。若く見目のいい男を引き連れてのデートは、さぞ、気分良かったことだろう。
「それで、そのレストランで奥方がコレを召し上がったんです。ボクも一杯いただいたら、意外といけたんで」
「で、おねだりした、と」
テンゾウはあわてたようにカカシを見た。
「ねだってなどいません。そんな失礼なことしません。ただ」
「ただ、何?」
自分の声が尖っているのがわかる。
「オレも焼酎。お湯割りね」
ぷいと顔を背けて女主人に言うと、彼女はクスッと笑って、グラスを取り出した。
「ただ……」
「だから、何よ?」
「はい、お湯割り」
トンとグラスを目の前に置きながら、女主人がメッと目元でカカシを叱った。
後輩をいじめちゃいけません――わかっている、わかっているけれど、面白くない、とカカシは思う。

しばらく沈黙があった。
「先輩にも飲ませたいな、って」
呟くような小さな声だった。
「先輩、甘いの嫌いだけど、酒だといけるかな、って」
そこでテンゾウは顔を上げて、カカシを見た。
「に……仕事のときは、なるべく先輩のこと考えないようにしてるんです」
――あ、こいつ今、任務って言いかけた。
どうでもいい突込みを入れる自分が相当情けないという自覚はカカシにもあったので、心のなかだけにとどめておく。
「でも、一度思い出したら……と言って、まさかどこで買えるのか聞くわけにもいかなくて……そうしたら、奥方が店の人に頼んでくださったんです。『半日、息抜きさせてくださったお礼です』って、渡されたときはびっくりしました」
その奥方が、芯から上流階級の女性でよかった、とカカシは思った。そういうひとは、かえって無体なことはしないものだ。そうでなければ、きっとテンゾウはホテルにでも連れ込まれ、ガッツリ喰われていただろう。
もっとも、テンゾウのほうで反応しない、という場合はあっただろうが。それはそれで、やっかいな事態になった可能性もある。

「お返しには、少し早いけれど」
「お返し?」
「あれ、違ったんですか?」
「何が?」
「えっと」
と言ったきり、テンゾウは口をつぐんだ。
カカシは首を傾げたが、「そういえば」というテンゾウの言葉に、気を逸らされた。

カカシが、テンゾウの言いたかったことに気づいたのは、翌日。
なんだか、みなが浮ついていると思い、詰め所で新米の暗部を捕まえた。
返ってきた言葉は、
「今日はホワイトデーじゃないですか」
言われてみれば、そんな行事があったっけ? カカシの認識は、その程度だった。
「先輩、バレンタインデーにチョコ、もらわなかったんですか?」
「だって、オレ、甘いの嫌いよ。受け取るわけないでしょ」
「え?」
新米暗部は固まった。
「ま、まさか、先輩。毎年、それだけの理由で断ってるんですか?」
「ん〜、義理で渡されても面倒じゃない、そういうの。甘いの嫌いなのは本当だから、『そういう気は使わなくていいからね』って断ってるよ」
え? 義理じゃない……と思いますよ、とは、さすがに言えない新米暗部。
「それに、バレンタインデー自体、復活したの最近だから。オレ、けっこうその日、里を離れていることも多かったしね」
九尾の事件のあとしばらく、復興に忙しい里では、そんな行事に大々的に製菓業界が乗り出すほどの経済力はなく、割とひっそりしていたのだ。
「そう……でしたね」
浮かれる自分を恥じるようにうつむく新米に、カカシは苦笑した。
恋する男の気持ちは、どんな時代でも同じだ、と、やはり恋する男であるカカシは思う。
自分は別に、新米いじめをしたいわけではないのだから。
「で、何? バレンタインデーに告白してもらえたの?」
問いかけに、途端、新米は真っ赤になった。
「はい!! だから、オレ」
「頑張って、お返ししてあげなよ」
意外そうに目を丸くした新米に、カカシは微笑んだ。さらに真っ赤になった彼は力んで答える。
「はい!! 今日は木の葉レストランを予約しました!!!」
「無事に任務終わってよかったね」
そっか〜、すっかり忘れてたな、と思いながら歩き去るカカシの後姿を、新米暗部は見送った。
カカシ先輩って、意外と気さく? いや、優しい? 噂とはずいぶん違うんだな、と思いながら。

――あ、あれ? なんか、今……。
カカシは立ち止まった。
何かがひっかかった。

う〜ん。と腕組みして、考える。

「あ、そうか。あれ、2月14日だった」
そう、テンゾウにパスティスを飲ませた日。
「え? じゃ、もしかして?」

――甘いの嫌いだけど、酒ならいけるかな、って。
テンゾウはそう言っていた。
あの時、意味がわからなかったが、もしかしたら。

ホワイトデーはバレンタインデーより少し遅れて、と言うより、九尾の一件から里が復興した最近になって、ようやく定着し始めた行事だった。
もともとはチョコのお返しにキャンディーとかマシュマロをあげるはずで、その裏には、チョコレート業界だけにおいしい思いはさせないぞ、という製菓業界の熾烈な争いがあるのだ。
「なるほど、レストランを予約ねぇ。そういう返し方もあるんだ……」

今年の2月14日は、テンゾウと一緒に任務についていた。
子どもが絡む任務だったので、かなり気を使った。戻った途端、テンゾウに手を引っ張られ飲みに行き、そのまま酔っ払ったテンゾウにお持ち帰りされたので、チョコレートとは縁なく過ぎて幸いだった。
義理とはいえ、相手の好意を断るのは気が引けるんだよオレも、とカカシは思う。
でも、一度でも一緒に任務をした相手は覚えている自分が、顔も思いだせないような相手からチョコレートを受け取る気にはなれない。
顔を覚えているような相手は、カカシが甘いものを嫌いで受け取らないことは、最初から知っている。
後輩にはああ、答えたけれど、正直、毒殺はいやだ。だから、受け取らない。

でも、テンゾウも受け取った気配はなかった。
自分が引っ付いていたから、今年は彼もチョコレートとは無縁だったのかもしれない。
暗部の死神、と言われる自分が引っ付いていたら、どんな猛者でも、テンゾウに近寄りたくはないだろう。
申し訳ないと思う反面、余計なムシが着かなくてよかったとも思う。

でも、あの日、テンゾウは何も言わなかった。
いや、あのころテンゾウはカカシとの関係を、カカシの気まぐれか遊びの範疇でくくっていた。
だから、何か言うはずもないのだ。

でも……とカカシは考える。

後になって、カカシの本心をテンゾウは知ってくれたはずだ。
ソツのない後輩の頭のなかで、どんな思考が繰り広げられたのか、自分にはわからないが。
あれこれの挙句、カカシがパスティスを飲ませた意味を深読みした可能性はある。
で、お返しのつもりで、マラスキーノを手に入れた。

「ええー!! まずいでしょ、オレ」

なんとかフォローしなくっちゃ。
焦るカカシは思わず屋根伝いに移動しようとして、思いとどまった。

その後、里の中を一陣の銀色に光る風が吹き抜けて行ったという噂が立った。
それは、ホワイトデーの奇跡と呼ばれ、翌年には、その風を見た者は幸せになる、という噂に成長することになる。



<了>




2007年03月12日(月)
マラスキーノ


「らっしゃい」
ぞんざいな言葉の割りに柔らかい声音は、酒屋に併設の立ち飲み屋の女主人のものだ。
「あら、久しぶり」

彼女のサバサバとした気風に惹かれ、カカシは気が向くと、この立ち飲み屋に足を向けていた。
どういうツテがあるのか、この店には諸国のさまざまな酒が揃っているのも魅力だ。
かつて滞在していた国、通過しただけなのに印象に残る国、そんな国の酒を見つけては、1杯2杯と飲む。
客層も、この辺の商店主や職人のほかは、商用で立ち寄ったらしい他国の商人が多いのも、特徴だった。
ここで年配の連中から「若造」とからかわれながら酒を飲むのが、カカシは好きだった。

一応、任務服ではなく一般人の服装をして、写輪眼を隠すために眼帯をしているが、自分が忍だということはバレているかもしれない。
それでもオヤジ連中は、カカシをただの若造として扱う。
ほんとうだったら、ここにたむろしているオヤジたちなぞ、100回ぐらい瞬殺できる自分に向かって、
『かっこつけたって、それに惹かれてやってくる女なんて、それだけのもんだよ』
『もてるからって、いい気になったら、おしまいなんだから』
などと言う。かと思えば、
『にいちゃん、男の価値はな、スタミナだよスタミナ。どんだけいいタネを残せるかなんだ』
と、説教を垂れる。

別にカカシは自分の見目がいいとも思っていないし、もてるという自覚もない。
なのに、オヤジたちはカカシのことを、見目のよい優男で、もてもてだと思っている。
自覚がないだけという突っ込みは、この際、本人には通じないので、置いておく。
スタミナ、というのは、ちょっとカカシには痛い。タネ云々のほうでは、もちろんない。
客観的に見て、カカシにスタミナがないわけではないのだが……。
むしろ、平均値以上にあると言っていい。ただ、大技を使わざるを得ないことが多いだけに、もっとスタミナがあれば、とつい思ってしまう。
スタイルのいい女性が、「あと、3センチ、ウエストが細かったら」などと気にするようなものだ。

いずれにせよ、オヤジたちの指摘の一部はカカシのコンプレックスを刺激し、あとはまったく的外れ。
普通だったら辟易するところなのだが……。
そんな彼らに、カカシは父性を感じていた。

だれにも言ったことがないし、言うつもりなどないし、知られたら憤死ものなのだが。
ほんの少しだけ、記憶の中に残る父サクモや四代目のことを、カカシは彼らに重ねていた。
個性はまったく違うが、カカシに対する視線が、とても似ていると感じたのだ。
言葉や態度はぶっきらぼうだし、言われる内容は見当違いなのだが、その目はやさしく、包み込むようで……。

「ひとり?」
ここへ来るときはひとりだから、カカシは ん?と首をかしげた。
「後輩さんは?」

ああ、そうか。
彼女はテンゾウを見ているのだ。
テンゾウがカカシを訪ねてきて、一緒に酒を買いにここへ来た。ちょうど、一ヶ月半ほど前のこと。
あの日が始まりだった、とカカシは思う。

「留守」
短く答えると、女主人は微笑んだ。
「あの方、一週間ほど前にこられたんですよ」
え? とカカシは顔をあげた。ついでに「ビールを」と注文する。
カカシはこの10日、里を離れていた。暗部服から中忍以上が着用する任務服に着替え、国家間会議の警護に当たったのだ。
「最初、先輩には内緒にしてください、っておっしゃって」
「内緒に? どうしてだろう」
独り言のように呟けば、
「そう思うでしょう? だから、あたしも言ったんですよ。そうしたら、なんだかもごもごと言ってたけど。あれは、要は、恥ずかしいってことなんでしょうね」
「恥ずかしい? そうなの?」
「ええ、たぶん。勝手に先輩のテリトリーに入ってしまって、とか言ってましたけど、結局は恥ずかしいってことだから。あたしは、はいはい、内緒にしときますよ、ってお答えしたんです」
悪戯っぽい笑顔に、カカシは苦笑した。
「内緒にしてないじゃない」
「いいんですよ。結局、内緒にしなくてもいい、ってことになったんですから」
「そうなの?」
「ええ、それにね。きっと、知ってほしかったんじゃないですか?」
「何を?」
いやだ、わかってないよ、このひと、と女主人は笑った。
「それぐらい、気に掛けてるってことじゃないですか」

そっか。また、すれ違ってばかりだから、心配したのかもしれない。

「やだね。何、思い出して、にやついてるんですか」
からかわれて、カカシも苦笑する。
「あのね。内緒なんだけどね」
女主人は、笑顔のままカカシを見る。
「オレ、あいつに惚れてるの」
カカシの言葉を受けて、彼女の笑顔は、いっそう深くなった。
ああ、このひと、こういうことに偏見ないんだ、とカカシは思った。
「大事、なんでしょう?」
「うん。大事すぎて、どうしていいか、わかんない」
「ほんと、このひとたちったら」
女主人はカラカラと笑った。
「いいですねぇ、若いってことは。後輩さんも、おんなじこと言ってらっしゃいましたよ。あら、いやだ、こっちは、ほんとに内緒にしとくはずだった。あらあら、どうしましょう」
あらあら、と言いながら、奥のほうにしつらえた小さな厨房に彼女は消えた。

同じこと? え? 大事ってこと?

かぁ、と頬がほてるのを、なんとか気力で沈めたところに女主人が戻ってきた。
「はい、これ。預かっていたんですよ。珍しい酒が手に入ったからって。もし先輩が来たら出してあげてください、って」
カカシは、小ぶりな瓶を見る。
「マラスキーノ? へえ。チェリーのリキュールじゃない」

そういえば、3日ほどの里外任務で、そっち方面にテンゾウが行ったのは知っていた。
暗部2個小隊での、王族の警備だった。
公式行事なら、もちろん正規の軍隊が警備につくが、表向き物見遊山、その実、内紛のある地域を平定するために秘密裏に相手方のトップと合うのが目的だった。だから暗部が配備されたのだ。
最初はカカシも同行するはずだった。急に正規部隊から依頼があって、借り出されなければ。
結局、テンゾウとは別の任務で、それぞれ里外へ。カカシのほうが任務期間が長かったから、その間にテンゾウは里に戻り、カカシが帰ってきたら、入れ違いでテンゾウは里外任務。

――ま、そんなもんでしょ。

それにしても、そんな緊張を強いられる任務の合間に、よく酒など手に入れる暇があったものだとカカシは苦笑した。
「ごめーんね。あいつが、酒、持ち込んじゃって」
「あら、ちゃんと持ち込み料、払ってくださいましたよ。そんなの気にするような店じゃない、ってお断りしたんですけどねえ」
あれま、そんなとこでも出来たヤツなんだ、とカカシは感心するより、呆れた。
「なんでもね。お仕事が順調に運んで、半日ほど余裕ができたんですって。それでお取引先の方のお相手がてら、少しだけ観光ができたとか」
ふーん、和平交渉、うまく行ったんだ、とカカシは納得した。
「お取引先の方のお相手がてら」というのは、たぶん私服での警護についたのだろう。SP代わりのようなものだ。
ただ、面をつけるわけにはいかないので、受ける側の忍のリスクがあがる。
だから、私服での警備というのは破格の契約料になる。それを払えるだけの相手だった、というわけだ。

「甘い酒、苦手?」
「いいええ。酒屋に苦手はありません」
「じゃ、付き合って」
封を切って、女主人と乾杯する。
「あら、いい香り」
「うん。たくさんは飲めないけれどね」

早く帰って来い、テンゾウ。

「今度、後輩と一緒に来るよ。それまで、取っておいて」
「はい、大事にとっておきますよ……らっしゃい」
ガラリと引き戸が開いて、5人ほどが入ってきた。みな、地元の商店主だ。
「熱燗つけて」
「オレ、ビール」
いきなり店内が賑わう。
「お、兄ちゃん。また、洒落たもの飲んでるな」
「はあ、まあ」
「そんなだから、遊び女みたいなのしか、よってこないんだよ」
「おかげさまで、彼女できません」
「しょうがないなぁ」
ガハハと笑い飛ばされて、カカシも笑う。

――彼女とは、縁がなさそうです。
   だって、オレ。男の後輩にメロメロですから。

その日も、オヤジたちの酒の肴になって、カカシは自室に戻った。

テンゾウ、早く帰って来い。
待ってるから。
早く。

天上に向かって手を伸ばし、呟いた。

そしてにわかに自分の所業に照れて、布団を被る。
「おやすみ」

どうか、無事、帰ってきますように。
あいつは強いけど。
でも、やっぱり心配だから。
だから、つい保険をかけてしまう。

帰ってきたら、一緒に、こうしよう、ああしよう。
日常のなかに、散りばめておく。
帰ってきたら、笑い話になるように。

恋する男なんて、こんなものさ。




<了>


Maraschino:
チェリーを原料とし、蒸留と、ろ過を繰り返すことで無色透明なリキュールとなる。濃厚な香りが特徴的。



2007年03月11日(日)
らすてぃ・ねーる 5


「あの……はたけ上忍は、花街専門って聞いていたんですけど」
思い切って、というように要が聞いてきた。
「そうなの?」
「あ、噂です、噂」
「ふうん、そんな噂があるんだ。意外とわたしらみたいに身近にいる者には入ってこないんだよね、噂って」
「そう、なんですか?」
もうひとりの中忍が聞いてくる。
「ね、どんな噂があるの? 隊長には内緒にしとくから、さ。教えて」
え? と中忍たちは顔を見合わせた。
「えっと……筆卸しに高値がついたとか」
それはボクも知っている。
「任務が、終わると1週間ぐらい居つづけるはたけ上忍を、太夫が取り合うとか」
へえ、居つづけ、ねぇ。
「店同士の争いになるとまずいから、はたけ上忍に頼んで、上がる店の順番を決めてもらったとか」
「一番、格式の高い桜花楼の太夫が、身請け話を蹴ったのは、はたけ上忍に懸想していたからだとか」
「へぇ……すごいねぇ。知らなかった」

「あ、でも」
ひとりの中忍が、言葉を継ぐ。
「そういえば、最近はあまりその手の噂、流れてませんね」
「そうだっけ?」と要。
「そうだよ、だってほら、天変地異が起こるんじゃないかって」
「あ、ああ、そういえば」

ボクと虎面は目を見交わした。
こいつ? 最近、里にいなかった?
ほかの噂にはやけに詳しかったのに?

といって、それが確たる証拠になるわけではない。
ないのだが、さっきの上忍といい、この要といい……気にかかる。

「さっき……その……ボクらの隊長、はたけ上忍を誘っているみたいに見えたんですけど」
聞いてきたのは、要だった。余程、それが気になるらしい。
「そうなの? 今までも、そんな気配あったの?」
「いえ、ボクらには、そんなことは……」
別のひとりがあわてて付け加える。
「そう見えたんなら、そうなんじゃない?」
要の視線が、ボクを捕らえる。
「彼は、あの場に残ってたんですよね」
要のベストを別の中忍が引っ張った。もう、よせ、と言っているのだろう。
「じゃ、彼に聞いてみる?」
「あ、いえ、いいです」
と要が答える前に、もうひとりが答えた。
「すみません。もう休みます」
要を、ふたりが引っ張るようにして、彼らは離れて行った。

鳥面はその後ろ姿を見送って、ボクらのほうに歩いてくる。
「どう、思う? 今の」
「好奇心を装って、探りを入れに来たのは、確かだな」
「何を探りたかったんだろう?」
「あのひぐらしとかいう中忍、やけに隊長と上忍の親密度を気にしていたように思えたんだが」
そこでボクは、先ほど上忍に感じた疑問を口にした。
「上忍もひぐらし中忍も、ここ最近、里を離れてた、という印象を受けたんです。派手な噂というのは、早く伝わりますが、地味なものは伝わりが遅いものです。最近、隊長が大人しい、なんていうのは、木の葉の里のなかでこそ面白おかしい噂になっても、そう外に流れるものではない、かと」
「どちらかが、入れ替わりか?」
「断言はできません。他のふたりが、絶対、入れ替わりではないという証拠もありませんから」
「猫面の言うとおりだな」
鳥面が何か考えるふうに、手の甲を顎に当てる。
「……あぁ、失敗した! もう少し、あいつらの上忍に対する真意を探っとくんだった」
「いや、でも、わかったことがある。あの上忍とは、気心が知れるほどにはセルを組んでいないということだ。今回、たまたま、か。せいぜい、小さな任務を1回とか2回」
鳥面は頷いた。
「対して、中忍同士は親しいようだ」
「下忍時代のスリーマンセル組かもしれないね」
「里を離れていたのが、任務だったのか……あるいは、もともと里の外の者なのか」
「ほかのふたりは、ほんとうに本人なのか」
ボクらはしばし沈黙した。

「隊長が動くのは、明日?」
「おそらく」
「何か、掴んだのかな」
ボクらは、天幕のほうを振り返る。

「とりあえず、仮眠をとろう」
虎面はポンとボクの肩を叩くと、少し離れた所に横たわった。
「少しでも、身体を休めておかないと」
寝ようとしないボクに、鳥面も声をかける。
「でも……隊長ひとり」
「大丈夫。仮に入れ替わった忍が、わたしらを殺すつもりなら、とっくに仕掛けてきてる」
「そうですね」

横たわると、途端に疲労を覚えた。
先輩の白い指がチラついて、眠ろうとする意志をかき乱す。
これは作戦のうち、そうわかっているけれど、ボクはひどく自分が傷ついているのを自覚した。

あの上忍は当たり前のように、先輩を抱き寄せた。
3年ぶりと言っていたけれど、それまではいつも、あんなふうに当たり前のように、処理に付き合わせていたのだろうか。
そういえば、ずっと先輩と一緒の隊だったはずの鳥面は、彼のことを知らないようだった。
としたら、ツーマンセルで動くときの相手だったのかもしれない。

ボクが知り合う前の、先輩の過去に嫉妬しても仕方ないのはわかっている。
けれど、その過去がこうして現在につながってくる。

「わかっていたはずよ」
鳥面が、言葉をかけてきた。
「はたけカカシと付き合うってのは、そういうこと。これからもっと、あるよ、いろいろ」
「はい」とボクは答えた。わかっていたはずなのに。
「さっきはごめん。あの状況で、あんたが隊長を止められないのわかってる。だから、あれは八つ当たり」
「ボクなら、大丈夫です」
ボクは目を閉じた。

大丈夫、とボクは自分に言い聞かせる。
ボクとて、嫉妬もする。苦しくもなる。
けれど、それはボクは生身の、生きている人間だからだ。
ボクにも、そんな生々しい感情がある、ってことじゃないか。

あの場にボクを残した先輩の気持ちだって、わかる。
ボクだから、残したのだと。ボクだから、いてもいいと。何かあったら、先輩を守る、と。
あのとき、ボクを見た先輩の目の強さと哀しさ。
あれがすべてじゃないか。
それがわかるから、ボクは大丈夫……。



2007年03月10日(土)
らすてぃ・ねーる 4 -18禁-


その瞬間、術を発動しなかった自分を、ボクは褒めてやりたい。

「怪我してるのに」
どことなく、甘えたような口調で先輩が言う。
「怪我とコレとは別だ、おまえも知ってるだろ?」
肩を抱き寄せた腕とは反対の手が、先輩のアンダーの胴回りから下に潜り込んむ。
先輩は、チラとボクを見る。
ボクをけん制する強い視線だった。
同時に、哀しそうにも見えた。

「おまえも、ほら」
ふくらみかけた股間を、先輩の大腿にこすりつけるようにして、彼が先輩に半分乗り上げる。
先輩の手が伸ばされた。
白くて長い先輩の指……ボクに縋りつき、ときに肌の上を滑る指が、ボクの知らない男を悦ばせる。
その事実に打ちのめされそうになりながら、それでもその場を動きはしなかった。

上忍の息はすぐ荒くなり、半ば先輩を押し倒す態勢になった。
先輩の顔は見えないし、息遣いさえ聞こえない。
中途半端に脱げかけた男のアンダーのボトムに、自分の感情が冷えていくのがわかる。

「なぁ、いっぺん、入れさせろよ」
意外なことに、切羽詰った声は切なげだった。
ただの処理、というより、これではまるで……まるでこの上忍、先輩に懸想しているみたいじゃないか。
「だ〜めだよ。そんなことしたら、動けなくなっちゃうでしょ? コレで我慢して」
息こそ乱していなかったが、先輩の声は少し上ずっていた。

手の中に、互いを重ね合わせて包み込んで刺激し合うやり方を、先輩から教えられた。
最初の時……の翌日。
毎回、受け入れるのはさすがに身体に響くから、と。
あのとき、腰をくねらせながらボクのものに擦りつけるようにしていた先輩は、声を堪えつつも時折喉を鳴らした。
片方の手をボクの背に回し、その指が食い込むほどで、それは先輩の息遣いが荒くなるにつれて、強くなった。
先輩のほうが先に上り詰めたのだった。
「ごめん」と言うと、ボクの肩口に顔を埋め息を殺す。同時に、手の中でドクンと強く脈打ち、弾けるのがわかった。
くっ、と呻く先輩に煽られて、急激に快感が膨らんだのを鮮明に覚えている。

「おまえ、ほんっと、そっちの貞操は、守る、よな」
息が荒いせいで、途切れがちになる言葉に、ボクはえっと耳をそばだてた。
そっち、って、どっち?
「貞操、じゃないよ……別に」
「そうか? ん……はっ……」
あとはただ、荒い息と湿った音だけが闇のなかに響いた。

先輩の狙いはどこにある? ボクにはまだ読めない。
先輩のすべてを読むには、ボクはまだ未熟だ。
気がつくと、最初の憤りとも苛立ちともつかない感情はすっかり収まっていた。

「今日は、ノリが悪かったな、無理させたか?」
ほどなく達した上忍が、後始末をしながら言う。
「そう?」
「いかなかっただろ?」
「年、かな、オレも」
「なんだよ、5つも若いくせに。まあ、おまえは昔から遊郭専門だったからな、こんなのは、興も乗らないよな」
「そうでもないよ」
密やかな先輩の声は閨の睦言めいて色っぽく、ボクは自分の気持ちが乱れそうになるのを、必死でコントロールしていた。
「最近は、どうだ? 相変らず、お盛んらしいが」
「ないしょ」

ああ。そうか。
おぼろげながら、ボクにもわかった。

ここ半年の、はたけカカシにまつわる噂は「あのカカシが、花街に足を踏み入れていない。天変地異の前触れか?」というものだ。
この上忍がそれを知らないというのは、最近、里にはいなかったということだ。
もちろん長期任務についていた可能性もある。しかし、そうであったとしても、まるでトンボ返りさせるように、今回の任務のリーダーに彼を据えるものなのか?

そしてボクは思う、この上忍が今回の先輩のターゲットなのかもしれない。
暗殺なのか、監視なのか、それとも、他の何かわからないが、彼を知っているから、先輩が選ばれた。

二人が身じまいを終えたところに、鳥面と虎面が戻ってきた。
「村の様子には、変わったところはありませんでした」
「ありがと。休んでいいよ。テンゾウもね」
ボクらは、その場を退いた。

少し離れた木陰につくや、鳥面がボクの肩を掴んだ。
「あんた、あの場にいて、何、ぼっとしてたの」
「え?」
「え、じゃないでしょ。あの匂い。隊長、何やってたの」
「あ、ああ……処理?」
「バッ……」
バカといおうとしたのだろう、ボクに詰め寄る鳥面の肩を、虎面が抑えた。
「声が高い」
鳥面が、くっと言葉に詰まる。
「それより」
「ああ、そうだったね。あの小隊、だれかが入れ替わってる、十中八九」
虎面も頷いて、言葉を続けた。
「さっき、村を見回って気づいた。一番、ひどく焼けていた村の東側から、山側に5キロ入ったところに、結界を見つけた」
「ああ、だから『村には』だったんですか」
「寝る前に見回ったときは、気づかなかった、というより、あの時は結界ごと隠されていたのかもしれない」
「ここも……そうでしたよね。で、何かあったんですか?」
「ドッグタグをつけた、死体」
「忍?」
「たぶん。タグもひしゃげていて判読不明だし、死体も黒こげで……」
鳥面は、途中で口をつぐんだ。ボクも虎面も気配を感じ、鳥面から離れ、くつろいだふうを装って腰をおろす。

「あ、あのぅ」

声をかけてきたのは、要だった。
他の中忍2人もいる。
「なに?」
「みなさんの隊長は、もしかして『写輪眼のカカシ』ですよね」
そういえば、最近、先輩の名前がどこぞの国のビンゴブックに載ったと聞いた。
暗部が名前売れてどうすんのよ〜と本人は苦笑していたけれど。
暗部だったから今まで見過ごされていただけで、ずっと正規部隊にいたならもっと早くに載っていただろう。

「そうよ」と答えた鳥面に、中忍は顔を見合わせ、「ほら」「だから言っただろ」などと言い合っている。
ボクと虎面は顔を見合わせた。
こいつら……カカシ先輩に興味津々で探りに来たな。
確かにビンゴブックに載るような忍と、任務で一緒になることなどそうそうないだろう。
ボクよりも少し若いらしい彼らが、好奇心をかきたてられるのもよくわかる。

「正規部隊のひとじゃないんですか?」
「正規部隊の一員として動くこともあるよ」
「そうだったんですか……」
「僕らの隊長とは顔見知りなんでしょうか」
「さあ、そうなんじゃない?」
相手をしているのはもっぱら鳥面。こういうことは彼女に任せておけば大丈夫だ。
「僕らの隊長、元暗部って噂があって……ほんとうだったんでしょうか?」
「さあ。聞いてみれば? あんたらの隊長に、直接」
3人はふるふると首を横に振った。

「どんなひとなんですか?」
「どんな?」
「その……強いんでしょう?」
「ああ、うちらの隊長? 強いよ」
「でも、さっき……」
彼らも、上忍と先輩の間の微妙な空気を感じ取っていたのだろう。
「さっき、なに?」
とぼけた鳥面に問い返されて、3人はいえ、と口ごもった。

――あ〜あ。鳥面に遊ばれちゃってるよ。



2007年03月09日(金)
らすてぃ・ねーる 3


キンと空気が引き裂かれるような違和を感じ、飛び起きた。
封印を破って、だれかが村に入ったのだ。
見張りを交替して眠っていたらしいカカシ先輩も、すぐ隣で臨戦態勢だ。
もちろん反対側には鳥面が、やはり背の忍刀に手をかけている。
「ここから四時半の方角です」
見張りに立っていた虎面が、スッと音もなくボクらに並ぶ。

「ひとりだね」
「はい、気配はひとりです」
「封印が、解かれた様子もないね」
「村人でしょうか?」
今回用いた封印は、場を強力に封じ込める類のものではない。
むしろひとが接触し、そこを越えたことを、ボクらに伝えるためのものだ。
だから、一般人でも普通に村に入ることができる。
ただ、忍だったら解術してから入るのが普通だ。
「盗賊の生き残りかもしれません」
ボクの言葉に、先輩が頷いた。
「どこかに隠れていた可能性はあるね。探ろう」

散、の言葉に、ボクらは散った。
村への最短距離を鳥面が、北のほうへ迂回して虎面が、南へ先輩、一番遠い村の東側に回りこんだのがボク。
こちら側は、盗賊たちが火を放ったとき風下になったのか、ほとんどの家が焼け落ち、畔も煤けている。
以前は、野生動物もいたのだろうが、今は気配もない。
包囲網を縮めるようにして、ボクらはそれぞれ村の中心近くにある庄屋へと向かう。
と、鳥面のチャクラにボクの種が反応した。
小さな村だから、距離はそう遠くない。ボクは焼けた畔を走った。

そして見たのは、ちょうど庄屋の玄関前にあたる位置で鳥面に相対している忍だった。
正規部隊が身に付けるベストを着ている。
気がつくと、虎面も狗面の先輩も、闇の中に居た。

「木の葉の暗部の方たちですね、僕は中忍のひぐらし要です」
頷くボクらに、彼は続けた。
「昼間、戦闘の気配がありました。夜になっても、盗賊たちに動きがないから、何かあったと思い探りに来たんです」
そしてボクらを見回す。
「封印はあなたたちですね。敵か味方かわからないので探ってみたところ、解かなくても村に入れそうだったので」
ふっと口を閉ざした彼は、じっとボクらを見詰めた。
「隊長はどなたですか?」
カカシ先輩が、右手を肩のあたりに上げた、と、いきなり彼が詰め寄った。
「なぜ、里から何の指示も来なかったんですか !?」

「え?」
と思わず反応したのは、先輩以外の3人だった。
「あくまでも噂の確認という指令だったから、盗賊たちが村を狙っているらしいことに気づいた4日前、指示を仰ぐ式を送ったのに、返事がない。そのうち、彼らは村に火をつけた。我々はまだ表立って動くわけにはいかないから、潜伏したまま助けられるだけの村人は逃がしたんですが……」
彼は、うなだれた。
「村の半分は、やられました」

ゴクリ、と喉が鳴った。これは、もしかして……。

「遅れて、申し訳なかった」
カカシ先輩の答えに、ボクら3人は緊張する。
彼らが送ったという式は火影様の元に届いていない。だからこそ、ボクらが出張ってきたのだ。
けれど、先輩はそのことを伏せた。それに……この口調。

『はたけカカシが、まともな話し方をするときは、要注意』

時と場合によって、注意の方向性は諸々なのだが。
今回のこれは、ある意味、超一級の危険信号だ。

――今回の任務、何か裏が?
そう悟ったボクらは、すばやく視線を周囲に投げたが、ボクら以外の気配はやはり感じない。

「盗賊たちは?」
「捕獲して、正規部隊に。捕らえられていた者も保護して、逃げた村人の元に送り届けた」
要がほっとしたように、緊張を解いた。

彼の属する小隊が潜伏していたのは、ボクらの野営地から村をはさんでちょうど反対側だった。
夕方、いくら探しても見つからなかった徴は、ちゃんとあり、そこが結界で覆われていることも明らかだった。
ボクらはまた、すばやく視線を交わす。
――やはり何か裏がある。

「戻りました。やはり昼間の戦闘は、木の葉の暗部でした」
要の声に、リーダーらしい男が顔をあげた。二十代後半ぐらいに見える細面の眼光鋭い男だが、4日の潜伏にしては憔悴した顔をしている。
「やっと……か」
むこうずねに巻かれた包帯とわずかに残る血臭で、彼が怪我をしているのがわかった。
「ちょっと、ヘマしてな。このザマだ」
「いえ、これは僕を庇って……」
要があわてて言うのを制し、彼は続けた。
「カタはついたのか。ついたんだろうな、カカシだろう? その狗面」
元暗部だったのか、どうやら先輩を知っているらしい。
とはいえ、暗部でない中忍たちがいる前で、先輩の正体を明かすのは、どうかと思う。
カカシ先輩は気にするふうもなく面を外し、「ああ」と答えた。
「なら、撤収だな」
「ま、夜が明けてからでいいでしょ」
「そうだな」
頷いた先輩は、鳥面と虎面を振り返った。
「あっち撤収してこっちに合流。あ、そうそう、もう一度、村、見回ってきて。よろしく〜」
ボクらの荷物を取って来い、と先輩は言っているのだ。
普段だったら、あ〜、また、隊長楽しようとしてる、などと軽口を叩く二人も無言で消える。
ボクは他の中忍に悟られないようにしつつも、密かに周囲を警戒した。

「おまえら、もういいぞ、休んで。俺が起きているから」
はい、と3人がその場を離れる。要がチラッとボクを見たが、何も言わず消えた。
そういえば、他のふたりの中忍は名乗らなかった。目の前の上忍は先輩の知り合いだから、今さら名乗る必要もないのだろうけれど。
小さな違和。別に、名乗るのが礼儀というわけでもないのだが。

「久しぶりだな、カカシ」
「そうだね〜3年ぶり?」
先輩は上忍の隣りに腰を降ろし、ボクにも座れと手を振る。一見、いつもと変わらない。
上忍は、その場に残るボクを見た。
「そいつは?」
「いいの、こいつは」
鈎爪やプロテクターをはずしながら、先輩が答える。
意味不明なやりとりだ。先輩と余程親しかったのだろうか。
「いい? 部下だから?」
先輩は「うん」などと答えている。
上忍は一瞬、目を見張り、それからくっくっと笑い出した。
「なんだ、そういう趣味に目覚めたのか?」
「そういうわけじゃないよ。でも、まあ、ここはほら、まだ100%安全とは言えないから」
「護衛は必要か?」
「そう、無防備になるしね」

なんだか。
すごく。
……ムカツク、というのはこういう感情を指すのか、とボクは思った。

この、親しいというよりは無遠慮に馴れ馴れしい上忍の態度も、それを受け入れている先輩も。
できることなら、先輩を引きずってでも、ここを立ち去りたい。
できないなら、一発殴って立ち去りたい……殴るのは、やはり上忍のほうか?
けれど、ボクはそこに留まる。
今は任務中。どんなにムカついても、これは先輩の作戦の一部かもしれない。
だから、ボクは気持ちを切り替える。無理やりにでも。
先輩に座れと指示された後、去れとは言われなかった。そのことに意味がある。
ムカムカしながらも、忘れていなかった。

――何か裏がある。

「なら……こいつの目は気になるが、それも趣向か」
上忍は呟くと、先輩の肩を抱き寄せた。



2007年03月08日(木)
らすてぃ・ねーる 2


気配を探るが、それらしきものはない。
八方に散ったカカシ先輩の忍犬たちも、途方に暮れたように戻ってくる。
たとえ結界を張っているとしても、今回の敵は忍ではないので、少なくとも同胞にはわかるようななんらかの徴を残しておくはずなのに、それもない。

先輩とボクは探索も兼ねて、焼かれたまま放置されていた村人たちの死体を、北のはずれにある墓地に運んだ。
このまま供養していいものか判断がつかなかったので、使えそうなシートを敷き、死体を改めた後、上からもシートをかけた。
そのなかにも、忍らしき死体はなかった。

まさに、小隊は消えたとしか思えない状況だった。

ただ、最後に戻った一頭が、別の気配を探し当てた。
「この村にあるのと同じ匂いがある。尾根をひとつ越えた向こうだ」
「まさか、逃げ延びた村人がいる?」
向かった先は、少し前に廃村になっていたらしい、さっきの村よりもずっと小さな村だった。
元はやはり同じように農業を中心に、家畜を飼って暮らしていたのだろう。
家は荒れているが、人の気配はする。
「同じ?」
「同じ匂いだ」

先輩は、しばしの思案の末、結論を出した。
「あの子たちを、この村に送り届ける」
先輩は忍犬に指示を出して先に行かせ、ボクらが再び先ほどの村に戻ったときは、もう準備ができていた。
「聞いてみたら、村に何かあったら、あの廃村になった村に逃げる、という決め事があったようです」
その何かは、きっと天災などの災害を想定していたのだろう。決して、盗賊の焼き討ちなどではなく。
「じゃ、しゅっぱ〜つ」
先輩の声を合図に、ボクらは歩き出す。
体力的に弱っている少女たちは荷車に乗せ、使える道具や食料を別の荷車に載せ、年かさの娘は、それぞれ大きな荷を背負う。そして、荷物を積んだ荷車を先輩とボク、少女たちをのせた荷車を残った2人が、押していく。

さっきは怯えていた彼女たちも、すっかり落ち着いていた。
カカシ先輩のことも、正視しないまでも、それほど怖がってはいないようだ。
「隊長。プロテクター、どこかで洗うか、予備と取り替えればよかったのに」
鳥面が、呆れたように言う。
「そうだったね〜」
気の抜けたサイダーみたいな先輩の声とガラガラという荷車ののどかな音が、茜色になった太陽に照らされた山道に響く。春の近い山は新芽を出し始めた木々に覆われていて、清清しい空気に満ちていた。
「なんか、下忍時代を思い出すな」
虎面が、呟く。
「ああ、農作物の収穫とか。引越しの手伝いとか」
鳥面も、懐かしそうに言う。
「屋敷の庭掃除、雑草刈り」
「あの頃は、なんでこんなしょぼい任務なんて思いましたけど……」

先輩より少し年上の二人の下忍時代は九尾の前だったのか、とボクは思う。
九尾に襲われた後の3,4年、激減した忍を補うように、下忍にも容赦なく高ランクの任務が振り分けられた。
今は、班の戦闘力が偏らないようにセルを組むようになっているが、一時、班によって戦闘中心の班、里内のDランク任務中心の班と、能力によって振り分けられていたこともあったのだ。
先輩は、忍界大戦のさなかに下忍になってすぐ中忍に上がっているから、もしかしたら、もっと過酷な下忍時代を過ごしたのかもしれない。

「あ〜、そう言えば。一度、子守りってのをやったことがあったなぁ〜」
「隊長が?」「隊長が?」
鳥面と虎面の声が重なる。
「さるお屋敷のお坊ちゃまたちで、5歳を筆頭に4歳、3歳っていう年子でね。何して遊ぶって聞いたら、忍者ごっこ、って答えられて。困った困った」
「忍者、ごっこぉ〜?」
ボクら3人は盛大に吹き出した。
「ねえ。忍が忍者ごっこしてどうすんのよ、みたいな情けな〜い気分でね」
「で、どうしたんですか?」
虎面の質問に先輩は、「仕方ないから、したよ」と答える。
「普通に組み手するのと同じようにして、手加減しながらやった」
すぐに中忍になれた先輩にとって、それはまあ、別の意味で大変な任務だっただろうとボクは同情しつつも、トウ、とか、ヤア、とか遊んでいる子どもたちの姿を思い出し、そこに子ども時代の先輩を当てはめて、思わず笑ってしまう。
「あ〜。何笑ってるのかな、猫面くんわぁ〜」
「あ、いえ、なんでもありません」
「ま、いいか。でね、続きがあってね、その家の使用人が途中で様子見に来て、『おまえら、どこのガキだ、どこから屋敷に入り込んだ』って怒鳴るんだ。ちょうど先生は依頼人と席はずしていて、いくら子どものオレらが『仕事で子守してます』って言っても、信じてくれないの」
「え、額宛していたんですよね?」
「してましたよ〜」
「それでも?」
「うん、だってそのころオレなんか5歳だもん。年の割りにチビだったしね」
あ、と二人はようやく、思い至ったらしい。
「5歳って、お坊ちゃまも……5歳?」
しばしの沈黙の後、ぶっと吹き出した。
「あ〜。どうしてそこで笑うかなぁ〜」
「隊長、セリフ棒読みです。怖いです」
ノンキなボクらの会話に、娘たちもクスクスと笑いを零していた。

ゆっくり歩いたので、尾根を越えたときは暗くなりはじめていたが、もう村は目と鼻の先だった。
「ここからは、大丈夫でしょ?」
娘たちは頷く。一番年嵩らしいのが、比較的元気そうな少女に「村に先に行って、大人を呼んできて」と言いつける。少女は走り出した。
娘と言っても、農作業も手伝っているのだろう、平地になれば荷車ぐらいなんとか引っ張っていくこともできそうだ。
ちゃんと家まで送り届けたいが、ボクらは暗部。面をつけているとはいえ、こうやっているのも、ほんとうなら異例中の異例なのだ。

「このことは言いふらしちゃ、だ〜め。いいね」
もう、血濡れの先輩も怖くはないのか、娘たちは「はい」と答え、深くお辞儀をした。
彼女たちが顔をあげたときには、もうボクたちの姿は消えている。
そして、二度と会うことはない。それが、彼女たちにとっての幸せだ。

その後、正規部隊と合流し、捕獲した軍人崩れの盗賊を引き渡したのち、ボクらはまた村を探索した。
村には、なんの気配もなかった。
庄屋の水道を借りて、それぞれ汚れを落とし、最後にだれかが村に入ればわかるように封印を施した。
敵陣に切り込む前に構えた仮の陣から荷物を運び出し、村を見下ろせる位置に、腰を落ち着ける。
「しょうがない、今日は野営だね。交替で仮眠をとろう」
木遁で仮宿を作ってもいいのだけど、状況の見えない現場の只中なので、それは避けた。
村から盗賊たちの姿が消えれば、異変を察知して何か動きがあるかもしれない、という期待もある。

先に寝ててい〜よ、という先輩の言葉に、ボクら3人は身を横たえた。
「ねえ」と、鳥面が抑えた声で話しかけてくる。
「あんたと隊長、なんかあったの?」
ボクは表情だけで、問い返した。
「この前、偶然、隊長に会ったのよ、外で。そしたら、隊長のじゃないひとの匂いがしたんだ、かすかに」
この鳥面のくの一も、めっぽう鼻がいいのだった。それで薬草や毒に詳しく、特別上忍になっている。
「そんときはわからなかったんだけど。今日、わかった。あれ、あんたの匂い」
そこまでわかっているなら、何もボクに改めて聞くこともないのに。
「あんた、なんか無体なこと仕掛けたんじゃないよね」
あ、そっちの心配か。ボクが無理やり強姦でもしたと思われているのか。
ボクはやはり無言のまま、首を横に振った。
「じゃ、合意?」
答えないボクに、彼女はふっと小さく笑う。
「ふ〜ん、合意なんだ。確かに、何かトラブル抱えてるって感じじゃないしね。むしろ、隊長、上機嫌だし」
「上機嫌?」
聞き返したボクに彼女は頷いた。
「あんたとバディ組むようになってから、ずっと機嫌はいいのよ。で、今回は、上機嫌。もっとも不機嫌でも、あまり変わらないけど、任務を離れた小さなとこではね、割とわかったりするんだ」
彼女は、最初、別の隊長のところで先輩と一緒で、先輩が分隊を任されるようになったとき、彼女も一緒にそこに配属になったと聞いている。つまり、付き合いが長い。
「せいぜい、喧嘩しないようにね」
彼女は言うだけ言うと、ボクから離れ、眠りに入った。

そうか。これからは、こういうことにも気をつけないといけないのだ。
こういう関係は、隠しても自然と知られてしまうものかもしれないけれど。
あのカカシ先輩のことだから、伝説がもうひとつ増えたところでどうということもないのかもしれないけれど。

ボクは春近い山の夜の、苔むした匂いを確かめるように深呼吸し、眠ることにした。



2007年03月07日(水)
らすてぃ・ねーる


銀色の髪をなびかせたカカシ先輩の身体が、敵陣に踊り込む。
突如、陣形を崩された敵が、あわてふためく間も与えず、忍刀で相手を切り伏せながら突き進む。
毎度のことながら、その姿に、ほれぼれとする。

このひと月、先輩は単独や正規部隊の応援で、ボクたちとは別の任務に就いていた。
だから先輩とのバディも久しぶりだ。
こんな状況なのに、ボクは気分が高揚するのを抑えられない。
戦闘の場にあって感情が昂ぶるなど、すっかり忍根性が染み付いてしまったと思う。
それほど、先輩の戦いぶりは凄まじく見事だ。

無防備にさらされている背を守りながら、ボクは術を発動する。
取りこぼしたヤツラは、ほかの2人が仕留めてくれる。

今回の敵は、軍人崩れの盗賊たちだ。
1年ほど前、某小国で軍部の一部急進派が中心となってクーデターを企てたものの失敗し、敗走した。それが、火の国の国境近くまで流れてきたらしい。
盗賊とはいえ、もとは訓練された兵だ。忍とは違うが、戦いにくさでは、どちらがどうと言えるものでもない。
軍隊は、場合よっては忍よりやっかいなことがある。
チャクラを使った忍術に関する詳細な知識をもたないがために、こちらの力量を見極めることが出来ない。
ある意味、怖いもの知らずなところがあり、階級の高い、つまりは戦闘能力にすぐれた軍人ほど、その傾向が強い。だから、忍相手には通用するハッタリがきかない。
そして意外なことに、彼らは精神的にも強く、幻術にもかかりにくい輩が多い。
たとえかかっても「これは現実ではない」という判断力に優れている。
だから、期待したほどの効果を発することができなかったりする。
盗賊に成り果てて1年たっているので、軍人らしさは抜けているが、それでも叩き込まれた技術や精神は、なかなか抜けるものではない。

実は、これだけの人数に暗部4人で相対するには、大技を使ってせん滅するほうがよほど楽だ。
しかし、今回はなるべく生け捕りにして本国に移送するのが約束になっていた。
それと、もう一つ。
盗賊たちが潜伏しているという噂を確認するために、上忍をリーダーに中忍3人の小隊が一週間前に派遣され、消息を断っている。
せん滅してしまったのでは、もしかしたら生きている彼らを巻き込む可能性もある。

だから、敵の戦闘力を削ぎ、戦意を喪失させることが必要だった。
なら、力技で行くしかないのだ。

ボクは、ひたすら前へ前へと進む先輩に付き従った。

と、突然、先輩の足が止まる。
ぶわ、と先輩の体内で膨れ上がるチャクラを感じた。
「テンゾウ」
乾いた声が聞こえる。
「はい」
「悪い。オレ、切れるから」
そう言うや否や、先輩は跳躍した。

見れば前方には、焼け果てた民家がいくつか。
農業を営み家畜を飼い、ほそぼそと自給自足の暮らしをしていたのだろう山間の村を焼き放ち、自分たちの砦にしたようだ。
そして木の葉の正規部隊も、情報ではあの村近くに潜伏していたはずだ。
農民たちは逃がれることができたのだろうか。
そして同胞たちは……。

「あ〜はい。好きにしてください」
はなはだ緊張感を欠く返答だが、どうせ、先輩は聞いていない。
こんな先輩にも、慣れた。

実は、“こんな先輩”は、密かにボクの恋人だったりする。
任務中に、それが原因で気を逸らせることはないが、以心伝心具合が以前よりも増しているのは、何か関係があるのかもしれないと思うことはあった。

「いた!」
先輩が、統領たちの根城を見つけた。
この村の庄屋なのだろう、焼け崩れた家々に比べるとやや大きく造りも比較的頑丈だ。
その家の一番広い部屋で、彼らは卓を囲んでいた。
村人たちから奪ったのであろう食材でしつらえた食卓は、なかなか豪華だ。

先輩は「切れる」と宣言したとおり、まさか昼日中から襲ってこないだろうと油断していたらしい盗賊の統領と側近たちのなかに単身踊り込んだ。
そしてもとは、佐官や将校クラスだったと思われる10人ほどを、一刀両断に。と言っても、もちろん殺してはいない。彼らには、本国での裁判が待っているのだ。
全員を木遁で拘束し終え、さらに薬で眠らせてから、家のなかの気配を探る。

「先輩、裏の小部屋」
と言った時には、先輩の姿は部屋から消えていた。

小部屋では、足かせをはめられた若い女性たちが、貧しい食事をしていた。なかには、まだ少女と言ってもいい年齢の者もいる。
突然飛び込んできた先輩に彼女らは怯え、隅のほうに固まっている。
「だいじょーぶ。いま、それはずしてあげるから」
と、先輩が足かせを指さして近づこうとすると、彼女たちが固まったまま後ずさる。

「あ〜」
先輩が返り血を浴びた自分のプロテクターを見た。
そして、追いついてきたボクとあと2人を振り返る。
「はずしてあげて」

無言で頷くボクらにも彼女たちは怯えたが、鳥面のくの一が、「怖がらないで。いま、助けるから」と声をかけると、女性だと気づいたようで、少しこわばりが解けた。
「家族は?」
話は彼女に一任して、ボクらはテキパキと鎖を切る。
「死んだ」
「逃げたひともいるけど」

鳥面が、先輩を振り返る。

「式を飛ばして、指示を仰ごう」

「家は、ある?」
「焼けちゃった」
「うちも」
「北のハズレだから焼けなかったけど……家ん中、滅茶苦茶にされたから」

「じゃ、この家でいいか。どこかもう少し広くて日当たりいい部屋、あるでしょ。そっちに移動。二人、残って。彼女たちの護衛ね」
「はい」
二人の声が重なった。
「テンゾウ!」
ボクにだけ聞こえる声音で名を呼ぶや、先輩はふわりと消えた。
その瞬間、彼女たちがまたビクンと身体をすくめるのを視界の端に収めながら、ボクは先輩を追った。

あ〜あ。とボクは思う。
彼女らの記憶のなかではきっと、カカシ先輩は白銀の髪を持つ血濡れの悪魔とか死神なんだろうな、と。
助けても、割りに合わない。
先輩はそんなことは気にしないけれど。

ほんとは、とっても優しいひとなんだよ、と教えてやりたい。
ちょっと甘ったれで好きモノだけどね。でも、ボクとしてはそんなところがカワイイとも思うんだ。

「いま、な〜んか不穏なこと考えてなかった?」
屋根の上でボクを待っていた先輩の視線が尖っているのが面越しにわかった。
きっと、子どもみたいに口を尖らせているはずだ。
「不穏なことって、なんでしょう」
笑いを堪えてしらばっくれると、先輩は「もういい」と背を向けた。

「さて、と。消えた小隊はどこかな」



2007年03月05日(月)
猩々 おまけ-18禁-


上半身だけベッドに乗り上げて、不安定な下半身をテンゾウに抱えられて、カカシは天上を見ている。
ここの天上を眺めるのも二度目だ、などと思う。
目下、後輩に喰われている最中の、暗部分隊長。
両足をそれぞれの肩に担がれ、最も性感帯の集中している一体を、後輩に探検されちゃってま〜す。

一生懸命くだらないことを考えようとする。

なんだか今日は、気持ちが身体についていかない。
先ほど一度、帰ろうと決心したものだから、そこでスパンと気持ちも切り替わってしまったのだ。
だから、身体ばかりが昂ぶっているのに気持ちのほうは、うろたえている。
要は、まだ冷静な部分を残しているため、カカシは、この状況が恥ずかしくてならないのだ。

「先輩」
テンゾウが、内腿に頬をすり寄せる。薄い皮膚が髪にくすぐられ、その刺激にぞくっとした。
遅れて唇が押し当てられる。
舌先が皮膚をすべり足の付け根をくすぐる。
心地よさに、カカシの背が浮いた。
身体は素直に与えられる快感を受け入れ、もっと欲しいとねだっている。

――オレ、いっつもこんなに、浅ましく欲しがってるの?

体内の一点をテンゾウの指先が捉え、ゆっくりとした刺激を与えてきた。
じんと痺れるような熱をもった感覚が腰周りから集まってきて、カカシは吐息をつく。
自分がテンゾウの指をきつく締め付けているのがわかる。
まるで逃すまいとしているかのようだ。

「気持ちいいですか?」
返事を求めない声で、テンゾウが聞いてくる。

――だから、そんな声で呼びかけないでよ。

いつもの自分だったら、気持ちいい、と甘ったるい声で答えているのだろう。
もっと、なんて言ったこともあったような気がする。
そうだ、テンゾウがパスティスに酔っ払ったあの夜。
これ、好きなんですね、なんて言われて、うん、なんて答えた。

――うわーー、こっ恥ずかしいことを!

内心でわたわたするカカシをよそに、テンゾウは態勢を変えた。
そっと担いでいた足を下ろされる。
今度は、ぐっと身体を折り曲げられ、腰が浮いた。
両足先が視界の隅で揺れている。

「あ! だ……ヤメろ!」
思わず命令口調になったのは、テンゾウがあらぬところを舌先でくすぐったからだ。
思わず蹴ろうとした足をすばやく押さえつけ、テンゾウが
「どうしてですか?」
と聞いてきた。
「この前は、させてくれたじゃないですか」
「この前はこの前! 今日は今日」
有無を言わせぬ口調で言い切ると、テンゾウが黙った。押さえつける力も弱まる。
その隙にカカシはテンゾウの布団に潜り込んだ。

熱が集まって、じんじんと疼いてくる。
我が身を両腕で抱くようにして、カカシは身体を落ち着ける。
この前……散々舐めまわされたんだっけ。
あのときは自分の意識もイッちゃってるようなものだったから、平気で舐めさせた。
汚いとか、そんな理性の入り込む余地はなく、柔らかく湿った舌先に翻弄されて、声まであげた。
もしかしたら、物欲しげに腰を振ったりもしたかもしれない。

――最低!

何が最低なのか、実はよくわからないのだが、ただ、「最低」という言葉だけがカカシの頭のなかでぐるぐるした。

しばらくして、テンゾウも上掛けをめくり布団のなかに入ってきた。
「……すみません」
悄然としている。
謝られるようなことをしたわけじゃない。ただ、自分の気持ちが追いつかなかっただけだ、とカカシは思う。
ただ、それを素直に告げることができない。

「先輩」
テンゾウがそっと手を伸ばして、背を向けるカカシを抱き込んだ。
冷え切ったテンゾウの肌が、カカシの良心をチクチクと突っつく。
カカシの両腕の上に、自分の手を重ね、テンゾウは肩先に顔をうめる。
「ボク、ちょっと有頂天になってました」
少し緩んだカカシの指にテンゾウの指が絡まる。

「先輩が欲しいと思ってくれたとおもって。ボクだけ突っ走っちゃいました」
すっかり反省モードの後輩は、ひとり反省会を開いている。
「違ったんですか? もしかしたら、ボク、先輩だったら勝手に発情するのかもしれないなぁ」
発情って、発情って……。
怒鳴りかけて、あやうくカカシは思いとどまる。

そうだった、この後輩の、少しおかしなスイッチの入り方は、実験の後遺症なのだ。
普通に己の感情や感覚、情念と結び付いて、欲情するのとは、少し違っている。
きっと、性衝動に対する受け取り方も、違っているのだろう。

「違わないよ。テンゾウ。オレ、欲しいと思ったもの」
ぎゅっと背後から抱きしめる力が強くなる。
「今日、テンゾウとしたいなぁ、ってずっと思っていたもの、ただね」
絡めた指をそっと口元に持っていき、カカシはテンゾウの指に唇で触れた。
「ちょっと、気持ちが追いつかなかっただけ。それだけだよ」
カリとテンゾウの指の節に歯をたてる。ビクンと後輩の身体が反応した。

「明日は? ゆっくりできる?」
「はい」
「じゃ、さ。今日は、ゆっくり……ね」
歯を立てた指を口に含み、ああ、この指が、さっき自分を愛撫したんだ、と思った途端、背筋がぞくりとした。
この指に、身体の奥をまさぐられるのは、気持ちいい。
大好きだ。

「先輩」
「な〜に」
「いえ」
また、体温が上がったとでも言うつもりだったのだろう。
カカシはクスッと笑うと、テンゾウの手をそっと自分の股間に導いた。
ゆっくりと言った先から、これだよ、と自分でも呆れながら。

焦がれるように待っている自分に、
――今日は、ゆっくりゆっくり。
とカカシは言い聞かせた。
明日は休みだし。
夜は長いのだし。
テンゾウは今日も優しいし……。

こんな幸せな夜が自分にもあるなんて、夢のようだとカカシは思う。
ま、狸に化かされたんじゃないことを、祈ってましょ。



<了>




2007年03月04日(日)
猩々 −後−


――で、オレ、なにやってんの?

せっかくやってきたテンゾウの部屋で、またもカカシはだらだらと飲んでいる。
――あいつが、部屋に入るなり、何、飲みます? ビールも日本酒も焼酎もありますよ、なんて言うから。
反射的に、「ビール」と答えてしまった自分が恨めしい。
そしてテキパキと冷凍庫から霜のついたグラスを取り出したテンゾウが恨めしい。
さらに暖房を効かせた部屋で飲む、キンキンに冷えたビールがうまいのも恨めしい。

さすがにイチャパラを読もうという気にはなれなかった。
と言って、何を話しているかというと、今度は他愛もないことばかり。
ちょっと続いた会話は、カカシの忍犬に関する話題だけだった。
そこから話がそれて、使役する動物の適正の話になった。
盛り上がったのは、それぐらいだ。
あとは、なんだかだらだらしているだけ。
気がついたら深夜に近い。

――この雰囲気だと、今日はイチャイチャはなしだね〜。
残念な気もするが、いつもいつもがっつくわけにはいかない。
見たところ、テンゾウはそういう方面での欲求が薄いようだ。
――あまりがっついて、嫌われたら……嫌われはしないまでも、呆れられたら。
それは、悲しい。
カカシは、よし、と決意した。己の未練を断ち切るように。
「じゃ、オレそろそろ、帰るね」

立ち上がりかけたら、テンゾウは虚を突かれたような顔をした。
――あ、あれ?
中腰のまま、カカシはテンゾウを見やる。
――あれ? オレ、判断誤った?
テンゾウの表情は、わずかに険しくなっている。
――か、帰っちゃダメ? え? もっと一緒にいたいとか、思ってくれてた?
中途半端な姿勢のまま、カカシは動けない。
――ど、どうしよう。
テンゾウが、目を伏せる。落胆しているように見える。
――あ、しまった。「な〜んてね」とか言って茶化しとけば良かった?
でもそれも、タイミングを逃してしまった。
数秒後、テンゾウは視線をあげ、数秒前と同じ態勢――立ち上がることも、再び腰を下ろすこともできず固まったままのカカシを見て、気配を緩ませた。
「先輩」
手を引かれた。
「帰る、なんて、白状なこと言わないでください」
思いのほか、真剣なテンゾウの顔があった。
「抱かれたのが気まぐれだ、って言うんだったら、そう言ってください。そうなら、ボクはこの手を離します」

――え? 気まぐれ? こいつ、そんなふうに思ってたの?
驚いた拍子に、カカシはストンと腰をおろしてしまった。
それでもテンゾウの手は離れない。
――ぜっんぜん、伝わってなかったの、オレの気持ち。
カカシの見開いた眼を、テンゾウが見返す。
このまま弄ばれたと思ってくれたほうが、ほんとうはこの後輩のためなんじゃないだろうかと、今さらながらにカカシは思った。
――オレみたいな男に付きまとわれちゃ、こいつの将来、決まったようなものだし。
弄ばれたと思っているなら。伝わっていないなら。
帰る、と一言言えばすむ。
ごめーんね。
それですむ。

そう思うのに、言葉が出てこない。
身体が理性を裏切って、すでに湧き立っている。
テンゾウに掴まれた手首が、熱い。そこから伝わる熱に、酔いしれている。
このまま、この腕に身を委ねてしまえと、囁く。

「テンゾ……」
「先輩には、今、恋人いますか? あるいは、操を立てたい相手、いますか? いるんだったら、ボクは引きます」
カカシの瞳の奥を覗き込み、本心を暴こうとする、強い眼差しだった。
――瞳術持ちでもないクセに、なんなの、この眼力。
「でも、そうでないなら、引きません。絶対に。最初のときに聞いておくべきだったんです。いろいろ前後しましたが……ボクは、単なる浮気相手ですか?」
直球勝負で来た。
その球は、敏腕選手の腕から放たれる剛速球だ。いや、写輪眼でも追えない魔球だ。

「浮気相手じゃないなら、先輩に特定の相手ができるまででいいですから」
「できるまで、って……」
「先輩、優秀な忍ですから。子孫を残さなくてはなりません。その機会を奪うことはボクにはできません」

う、とカカシは言葉に詰まった。
そんなことをチラと思うことはあっても、現実問題として考えたことはなかった。
――子孫……残せって言われるかな?
はたけサクモは優秀な忍だった。自分はその血を引き、天才と呼ばれた。
――今は暗部の死神だけどね。
後付の写輪眼のことはあるけれど、はたけサクモ、はたけカカシと続いてきた血筋はやはり里にとって、残すべきと思われているのは、わかっていた。
「だって、それ言ったらテンゾウもでしょ?」
「ボクは……DNAが傷ついていますから。偶然、子どもができたら要観察対象になるだけ、でしょう」

ああ、この後輩は……。
ほんとうに。
ほんとうに……。

――なんて哀しくて、なんて強靭なんだ。

だから、惚れたんだ、自分は。

「先輩には先輩のお考えがあるとは思いますが」
急に口調が改まる。この状況に似合わなくておかしい。でも、テンゾウは真面目な顔をしているから笑うわけにはいかないと、妙なところでカカシは葛藤する。
「酔った勢いでとか、その場の雰囲気に流されてとか、そういうのはイヤなんです。たまにはちゃんと……」
そして、言いよどむ。言おうかどうしようか迷う顔で、視線がカカシから外れる。
けれど、それもわずかの間で、テンゾウはまたカカシを見つめた。
「ちゃんとボクに……甘えてくださいよ」

……陥落した。
たとえ気まぐれの遊びだったとしても、絶対、今ので自分は落ちたな、とカカシは頭の片隅で思った。

「テンゾウが恋人じゃないんだったら、恋人いない」

我ながら、拗ねたような口調に呆れてしまう。
が、テンゾウはしばらくカカシの言葉を咀嚼するように視線を飛ばしてから、急に赤面した。
「えっと、それは……」
視線が上を向き、左にそれ、下を向き、それからようやくカカシに戻ってきた。
まだ顔は赤いが、まっすぐにカカシを見る。
「先輩」
そこにいるカカシを確かめるように、呼ぶ。
「そんな顔、しないでください」
自分がどんな顔をしているかなど、カカシにはわからない。
そんな顔って、どんな顔よ、と問い詰めたいような、怖いような。

「この前は、ボクも酔った勢いでした」
そう言って、カカシの手首を強く引く。
前のめりになった体が、テンゾウの腕のなかに拘束された。
「今日も、まぁ、酒は飲んでますが……酔った勢いじゃありません。先輩、会いたかったです」
ふぅ、と吐息が耳元をくすぐる。
「立て続けの単独任務で、無理してるんじゃないかと、ずいぶん心配しました」
背に回された腕に力がこもる。
――今日はベスト脱いでおいて、よかった。
アンダー越しに、テンゾウの体温が伝わってくる。自分より、3度ほど、高い体温。
「今日、会えてよかったです」
「うん……オレも」
ざわざわざわざわと、血が湧き立つ。
「少し、興奮してきました?」
「え?」
「体温と心拍数、あがってます」

カカシは反射的に拘束から逃れようとしたが、ダメだった。
「だめ、です」
ギュッと抱きしめられた。
「あ、またあがった。だから、暴れないで。お願いです、落ち着いて、聞いてください」
耳元で囁かれ、カカシは身をよじる。
「ボク、自分からは情動を覚えないんです。聞いたことありますよね、ボクが不能だって噂」
意外なテンゾウの言葉に、カカシはとりあえず、少しだけ理性を取り戻した。
そういえば、そんな噂があった。
「あれ、ある意味、ほんとうなんです。相手の情動に触発されないとダメなんです、それも、波長の合う合わないがあるみたいで。合わない相手だと、まず、ダメです」
――ええ? それ、何? 相手からさかってこないとダメってこと?
下世話な言葉でテンゾウの発言を解釈したカカシは、自分の顔が熱くなるのを感じた。
――なにそれ? 何? オレがさかったから? だから?
なまじ少しだけ取り戻した理性があれこれ解釈するもので、あれやこれやがカカシの頭のなかでグルグルする。

「だから、先輩。先輩が欲しいと思ってくれないと、ボク、何もできません」

――なんだよ、じゃ、あんなことやこんなことも、全部、オレのせいだって言うの!
狸だ、狸。三代目も真っ青な狸だ、こいつ。
何が、恋人いるなら、引きます、だ?
浮気相手ですか? だ?
こいつなんか、こいつなんか、こいつなんか、オレの気持ちも、わからなかったくせに〜〜〜〜!!!

「先輩、また、体温あがりましたよ」
嬉しそうな声が忌々しい。

「……久しぶりに」
怒鳴りつけてやろうとした、その刹那、耳朶を軽く噛まれ、カカシは息をのんでしまった。
「喰っちゃっていいですか? 先輩のこと」




<了>


猩々之舞
滋賀県の川島酒造が蔵元。馥郁とした吟醸香と喉越しの良い、杜氏入魂の淡麗純米大吟醸。



2007年03月03日(土)
猩々−前−

暗部時代のテンゾウとカカシ〜サスケがアカデミーに入学するころ

「このところ、忙しいですね」
日本酒で唇を湿らせながら、テンゾウが言う。
「そうだねー。なんか、小競り合いが多い」
カカシは、この10日余り、単独任務をこなしていた。
テンゾウの顔も詰め所で一、二度見かけただけで、ほとんどすれ違っている。
おかげで、一緒に飲むのも久しぶりだ。
「あ〜、オレきっと働きすぎて、早死にするなぁ。何しろ、ビジンハクメイって言うでしょ?」
テンゾウは猪口を口に運びながら、真面目な顔で「そうですね」と答える。
「あれ? そこ笑うとこよ」
「え? そうなんですか?」
目を丸くする後輩に、カカシは「冗談の通じないヤツ」と口を尖らせる。
「ビジンハクメイのビジンって、美人だったと思うんだけど。どこが冗談なんだろう」と、カカシの横顔を眺めながら呟く後輩の独り言には気づかない。
「合間には、里内警備の当番も回ってくるしね〜」
里の警務部隊を率いているのはうちは一族だが、火影直属の暗部は主に、火影屋敷や里境の警備を担当し、その一貫として、うちは一族とは別に里内の巡回警備を行っていた。
警務部隊の動きも含め、里内に不穏な要素がないかを、巡回しながら観察するのが役目だ。
「任務がたてこむと、当番制もきついですよね」
「里内っていえば」
ふっと、カカシは最近ずっと気になっていたことを口にした。
「……近々、なーんかありそうな予感がするんだよね」
何、と特定できるわけではないのだが、妙に鼻がムズムズするような空気を感じる。
「え? 里内?」
「う〜ん、なんだろ。自分でもよくわかんないんだけど」
しばしの沈黙が二人の間に流れた。

「そういえば、今年はうちは本家の次男が、アカデミーに上がるそうですね」
テンゾウの言葉に、そういえばそうだった、とカカシは思い出す。
うちはイタチの弟—サスケ。
「あれ? じゃ、うずまきナルトと同じ歳?」
九尾を封印され、狐憑きと忌み嫌われている子どもは、教師のせいなのか、本人の資質のせいなのか、常に落ちこぼれている、と報告されている。
「あの子……ナルトは、忍になるんでしょうか?」
テンゾウが、彼には珍しく憂いを含んだ顔で問いかけてきた。
複雑な出自と言う意味では、テンゾウもナルトと似たところがある。何か思うところがあるのだろう。
「なったほうがいい、とオレは思ってるよ」
珍しくキッパリ言い切るカカシに、テンゾウはまた目を丸くした。
その目が可愛い、とチラっと思ってから、カカシは続ける。
「忍にならなければ、里の住人からは攻撃されないかもしれない。でも、いずれは己のなかに封印されている九尾とは、対決しなくちゃならない事態が起きるかもしれないからね。それには、忍としてのスキルがあったほうがいい、とオレは思ってる」

カカシの師で、ナルトに九尾を封印した四代目火影は、木の葉の里の未来を信じていた。
ちょっと……いや、かなり……脳天気というか、変なところのあったひとだった。
それでも師は、一番大切なこと――ひとはだれも、生まれてきただけで価値があり、生きていく意味を持っているということを、叩き込んでくれた。
忍は任務においては道具だが、同時に、“今”という時代を生きる個人で、そういう個人の集まりが社会を築き、次代にこの世をつないでいく。ある意味、とても単純で、とても大切な理を教えられた。
その時はわからなかったが、今ならわかる。
師は、里を愛し、ナルトを愛し、弟子であった自分たちを愛していてくれたのだ。そのために、命を賭けた。そのために、ナルトを器とした。

四代目火影の志を、最も理解し受け継いでいなければならないはずの忍のなかにも、師の想いをわかっていない輩は多い。ナルトがときに迫害されるのは、だからだ。

けれど、カカシはそのことを憂いてはいなかった。
師は、カカシに言ったことがある。
「あのね、カカシ。ひとには器というものがあるんだよ」
と。
「たとえば、1合の枡が受け入れることができるのは1合の酒。でも、5合のトックリは5合の酒を受け入れることができる」
あれは、残暑が和らぎ始めた時期で、師はカカシを相手に晩酌していた。
確か、産み月の近くなった師の妻が暑さ負けして、大事をとって入院していたときだ。
「だからね、カカシ。1合の器は5合の酒を受け入れられない。溢れてしまう。それは仕方ないことなんだ」
少し酔ったふうの師は、カカシをいとおしそうに見た。
「おまえも大きな器を持つ者だけど。小さな器を持つ者を見下してはいけないよ。それは持って生まれたものだから、どっちが上でも下でもないんだ」
あの、少し後、師は逝った。
だから、この言葉は今もカカシのなかに鮮明に残っている。
そして、いろんな場面で、いろんな意味を示唆してくれる言葉となった。

「あのね、テンゾウ。四代目が九尾を封印するために選んだのがナルトだったってことに、ちゃんと意味があると、オレは思ってるんだ」
「意味……ですか」
「そう。九尾を受け入れられるだけの器をナルトは持っている」。
「器……」
「うん、器」

テンゾウは沈黙した。自分の考えに没頭しているようだったので、カカシは手酌で静かに酒を飲む。

久しぶりに顔を合わすのに、自分たちはなんでこんな色気のない話をしているのだろう。
ほんとうだったら、どちらかの部屋でイチャイチャしていてもいいはずなのに。
いや、つまらないわけではない。決して、こうしていることに不満があるわけではない。
ただ、戸惑っている。
ちょうど任務を終えて解散したテンゾウと行き会って、「ナイスタイミング!」と思ったのに。
なぜか、出てきた言葉は「『酒酒屋』でも行く?」だった。
どういう理由で、よりによって「酒酒屋」だったのか、自分にもわからない。

――今まで、どうやって誘ってたんだっけ?
思い出そうとするが、思い出せない。それもそのはず、こういうことは以心伝心、魚心あれば水心、なんとなくそういう雰囲気になってうまくいく。花街では、いつもそうだ――それが今までのカカシだった。
だから、求め、焦がれた経験がない。

すれちがっていた間、会いたいとは思った。
緊張を強いられる単独任務をこなし、疲れ切って里に戻り、体力を回復させるためだけに休養をとり、そしてまた任務に出かけていく毎日だったから、あまり考えずにすんでいただけだ。
こうやって本人を前にすると、なんだかもどかしくてならない。
ただの先輩後輩のように酒を酌み交わしているのが、嘘臭い。

「だったら、先輩は……」
テーブルを見つめたまま、テンゾウが口を開いた。
「ボクが大蛇丸の実験体で、それで生き残ったのは、それがボクの器だったからだと考えますか? そのことに、何か意味があると思いますか?」
質問を言い切ってから、テンゾウは顔をあげた。
絶望の渕を覗いたことのある者だけがもつ貌だった。穏やかななかに宿された、底の知れない暗い双眸。
――こいつの、こんな顔、初めて見た。

カカシはその暗い双眸をまっすぐに見詰める。こういうとき、決して目を逸らせてはならない。
一度でも目を背けたら、きっと二度と、捕まえられない――相手が、敵でも味方でも。

「テンゾウは生き残るだけの器をもっていたから、生き残った。そのことに意味はある。たとえ、オレにもテンゾウ自身にも、わからなくても、意味はあるよ」
テンゾウは黙っていた。
見慣れた顔。男らしく鼻筋も通っていて、しっかりした骨格の顔。
彼の大きな目も、大きめの口も大好きだと思う。その口が動いて、先輩、と自分を呼ぶ声も、とても好きだ。
――こんな暗い眼して。
これが、どちらかの部屋だったら、抱きしめることができるのに。
抱きしめて、今のテンゾウだからオレはおまえが好きなんだよ、と言えるのに。

「大蛇丸の実験体としてテンゾウが拉致されなかったら、今のテンゾウはないでしょ?」
「ああ、まあ、それは、そうですね」
「そうしたら、オレとテンゾウの接点なんてなかったかもしれない。テンゾウには酷かもしれないけど、オレ、テンゾウの木遁好きだし」
後輩が、「好き嫌いの問題ですか」と呆れたように呟いたのは聞こえたが無視した。
「テンゾウ、いなかったら、アイコンタクトなしでフォローしてもらえる後輩もいなくて、オレ、もっと大変だったし」
自分で言いながら、これでは単に使い勝手のいい後輩だと言っているだけではないかと、カカシはため息をついた。

使い勝手のいい後輩は、しかし気にするふうもなく、空になったカカシの猪口に日本酒を注ぐ。
暗い眼差しは消えていた。
「もう少し飲みますか?」
カカシがカウンターに片肘をつき掌で頬を支えているせいで、下から見上げる格好になる。斜め下から見るテンゾウの表情は、とても優しい。
「う〜ん。飲みたいような気もするし」
オレの部屋、行こう、と言えばいいだけなのに、その一言が出てこない。
テンゾウは、そんなカカシを見つめている。
カカシの表情を読もうとしているようにも思えるし、ただ返事を待っているだけのようにも見える。

「先輩」
テンゾウは、優しい顔のままカカシを呼ぶ。そして、ほんの少し笑った。
「もしよければ、これからボクの部屋で飲みませんか?」
え? とカカシは上体を起こした。
自分の考えを読まれたのだろうか、と様子を窺うと、テンゾウの顔から笑みが消えた。
「あ、いえ。ここで飲んでもいいですが」
さりげなく視線が逸らされる。カカシはあわてた。
「行こう、テンゾウの部屋」
え? と今度はテンゾウが聞きかえしてきた。
「だから、行こうよ」