My life as a cat
My life as a cat
DiaryINDEXpastwill


2019年08月31日(土) 北のエコロ

8月最後の日。マントンのビーチへ。子供の夏休みが終わって、大人も新年度が始まるせいで、8月末日まで大賑わいだったビーチは、9月に入った途端ポイっと見捨てられたようにぱったり人が退いて、水がひんやり冷たくなるのだった。まだ人もまだらな春の海は、これから来る夏への期待で明るいのに、9月の海はなんでこうも物哀しいのか、と昨年思った。

ランチはイタリアン・レストランで。手打ちのタリアテッレは文句なく美味しかった。しかし、半分も食べずにおなかが満ちた。残りは持参のコンテナ(タッパ)に詰めて持ち帰る。そう、出掛ける際にはいつもコンテナを2つくらい持参する。フランスではプラスティック・バッグは有料だからバッグやバスケット持参で買い物に出るというのは普通なのだが、わたしのようにコンテナ持参する人はなかなかいない。しかし、例えばケーキひとつを家まで持ち帰るたった数十分のために箱や包み紙を使ってゴミを出すなんていやだ。レストランでももう大抵食べきれないと分かってるし、そう気取ったレストランに行くこともないし、どっさり皿に残していくなんて行儀が悪い気がするし、作ってくれた料理人に"不味かったのか?"と思わせるのも嫌だし、かといって無理矢理お腹に詰め込むのも体に悪い。お腹が満ちたら、後は持参したコンテナーに詰めて持ち帰り、翌日の前菜にでも出すのが精神衛生上、環境衛生上いちばんいい。いつも行く近所のパティスリーなどでは、大変喜ばれる。コンテナーなら中に入れて蓋をするだけ、箱に入れて、包んで、テープで止めてという作業がないから楽だし、あちらはお金も節約できるから。あちらから"コンテナは?"と聞いてくる(笑)。あんなに空腹だったのにタリアッテッレ半分も食べられなかったのはなぜ?お店の人に聞いてみる。

「このパスタは何グラムくらいなんですか?」

「200〜250gだね」

思わず吹き出す。家では生パスタ1人前は具やソースや付け合わせによるけど80〜120gくらいとしている。そりゃ食べきれないわ。

帰り道、閉店したEric Kayserの跡地に最近できた"Jean-Luc Pelé"でケーキを買って帰ることにした。エリック・カイザーのようなちょっと洗練された雰囲気のチェーンのお店。ケーキを選んでわたしはトイレへ。リュカがオーダーする。トイレからでていくとちょうど会計を終えたリュカと店員が爆笑していた。店を出て何があったのかと聞く。こんな会話。

L:「ミルフィーユとプラリネのシューをひとつずつ。このコンテナに入れてください」

店員A 「・・・・・。お・・おーけー」(ちょっと迷いながらコンテナに入れる)

店員B 「彼、フランス語話せるの?(と店員Aに耳打ちする)」

L:「うん、フランス語話せる!」

店員A 「もしかして北のほうの出身?」

L:「え???なんで????」

店員A「だって・・・・。コンテナに入れてなんて初めて頼まれたんでびっくりしちゃって。北のエコロの人なのかと思って・・・・」

ここで一同爆笑。

L:「あぁ、これはね、僕の日本人妻がゴミを出すのが嫌いで、僕にエコな暮らしを紹介してくれたの」

店員A・B「へ〜、日本人か」

わたしも爆笑。"北のエコロ"って。確かに南下するほど能天気でそんなことには関心のない人々が多いという印象はある。それにフランスの北にひっついてるようなベルギーという国にはエコロ政党もあるくらいだからな。まぁ、なにはともあれ、この夏にオープンしたばかりのJean-Luc Peléで初のエコロの人となれたのだ、光栄ではないか。


2019年08月30日(金) 夏の食卓の記録


































夏の食卓の思い出写真。
(左上)夏のフルーツバスケット。この蛇のようなズッキーニは緑色のものよりパリっとした食感。緑色のより価格も高くて、これはとびきり美味しいとこの辺りの人は言うのだが、わたしは緑色のほうが好きだ。ともあれ、この辺りではみんな庭でぼんぼんできるようで、よくお裾分けを頂くので買ったことはない。ズッキーニを生で食べるようなレシピもあるが、それもいまいち。火を通したほうが余程美味しいと思うのだが。

(右上)適当冷蔵庫の余り物ランチ。ズッキーニをローズマリーとチリで和えたマリネは友人達に大好評だった。ラザーニャはじっくりグリルしたナスとまたまたズッキーニ。でもその季節はそればっかり食べてるっていうのがわたしは大好きで、これが田舎暮らしの特権だと思っている。おにぎりの具は庭でできたゴーヤの佃煮。庭では枝豆、モロヘイヤ、オクラなんかもできてきた。桃はスペイン産。冬野菜なんかは太陽燦燦と降り注いでただ大きくなんてしまうようなスペイン産のものは味が薄く感じて、安価でも手に取らないのだが、夏の青果はスペイン産のほうがかえって美味しかったりもする。スイカや桃はスペイン産が好きだ。

(左下)たまたま見かけた蚤の市で運命の出会い。このスウェーデンからきたナイフとフォークにひとめぼれ。小ぶりなサイズと形がなんともいえない。それにしてもリネンの皺が・・・。どうしたらうまく延ばせるのだろう。

(右下)ズッキーニの花のベニエ(ドーナッツのような生地の揚げ物をそう呼ぶ)。これちょっと油っこいけど、泳いだ後の空腹にするりと入ってしまうのだよな。いつも決まった屋台で買うので、お兄さんはわたしの顔を見ると指を1本立てる。毎日のように1個ずつ買ってくアジア顔の女は憶えやすいんだろうな。ドミニクに、なぜイタリアでは屋台でズッキーニの花のベニエが売ってないのか、と訊ねたら、

「家でお母さんが作るようなものだから」

という答えだった。イタリアのはフランスのよりも衣が薄くてカリッとした感じなのだそうだ。


2019年08月18日(日) ヴァカンスの後




ニースでリュカと再会。過去の悲しい記憶にいつまでも囚われているわけにはいかないけど、どうしても人との日常的で一時的な予定の別れさえ、もう二度と会えないかもしれない、と胸のどこかで感じてしまう。だからちゃんとわたしの元に帰ってきてくれた時は本当に嬉しくて、泣いてしまう。お土産を沢山携えて、こんがり日焼けして2.5埖僚鼎眩えていた。

一緒に帰宅して、スイカを切る。食べながら彼がしみじみこんなことを言い出した。

「君は僕が去る前も綺麗だったけど、帰ってきたらもっと綺麗になってた。それで悟ったの。君は本来はとても綺麗な人なのに僕が日々ストレスを与えてきたのだろうって」

「・・・・。で?」

「僕、これからはスイカの種も食べるよ。スイカの種をきれいに取り除くのに30分もかけて君を呆れさせたりしないから」

だって。いや、ストレスがあるとしたら原因はそこじゃないんだけどな(笑)。こういうズレがそもそもストレスなのかもな。そう考えるわたしの前で、小さく切ったスイカを大事そうに口に運んでいた。

2019年08月15日(木) The Shape of Water

ビーチで恋に堕ちる。あの人は人魚だったのかもしれない。人魚といったら美しい女性を真っ先に思い浮かべる人が多いのだろうが、その人は男性でもそれはそれは美しい雰囲気だったのだ。夕暮れ時いつもと違うビーチへ繰り出した。国境をほんの数メートル超えたイタリアのビーチ。友人が"Rock"と呼ぶこのビーチは岩がごつごつ。みんなオットセイのごとく岩の上にごろごろと寝転がって、気が向くとそのまま水にジャンプしている。水にジャンプして入るのはいいが、水から上がる時がなかなか難しい。うまくどこかに手をひっかけてよじ登ろうにも足をひっかける場所もぬるぬると滑る。一度目はなんとかひとりでよじ登った。そして二度目。前にダイビング・スーツを着た男性がいて、彼がよじ登るのを背後で待っていた。なんとかやっとよじ登ったその男性がこちらを振り向いて、にこりと笑いながらわたしに手を差し出したのだ。すっとした目鼻立ちで細身の長身。彼の背後に夕陽があって、彼の長めの髪が金色に照らされて輝いていた。岩の上にかがんで手を差し出す彼の姿があまりにも美しくて、一瞬くらりとして、そのまま水に潜ってしまいそうになった。手を掴んでひょいっとひっぱってもらうと、簡単に水から上がることができた。

"Merci, Grazie"

どこの人なのかと思いながらお礼を述べるとにこりと笑った。全てが夕陽の色に染まっていて、その人の目の色も髪の色も知ることはなかった。少し歩きだしてから振り返ると、もうその人の姿は消えていた。わたしは岩に寝転んで、しばらくその情景と握った手の感触を思い出してぼんやりした。この一瞬の出来事は夕陽に染まるこのビーチの風景と共に強く記憶に刻まれたのだった。

陽がすっかり沈む頃、ビーチに現れた大きな満月の迫力に感激して、ビーチを臨むテラスで夕飯を食べていたら、向こうで花火も始まった。日本と同じでこの花火を境に少しずつ夏が終わっていく。夏の日々があまりにも美しくて、もっと長続きしてほしいと願うのに、季節は無情にどんどん前に進んでいく。


2019年08月10日(土) L'Avenir

ちょっとした行き違いでリュカに腹を立てながら、ビーチに向かう。いつもは朝食に途中でクロワッサンを買うのだが、今日はふと黒っぽいカンパーニュが食べたくなった。朝のマルシェで一切れだけパンを切ってもらって、隣の人だかりができてるフロマージェリーで一切れだけチーズを買おうとしたのだが、何せ人だかりでやっと自分の番になったのは30分後だった。30分も待って"チーズ一切れちょーだい"などというとフランス人やイタリア人はずっこける。いつのかわからないような食べ物が沢山詰まった冷蔵庫はいやだ。アンチョビとかオリーブとか酵母とかちょっとした保存食と発酵したものだけ、あとはその日食べる分だけ買って野菜室は空を心がけてる。だから何かを腐らせて廃棄するようなことはない。このほうがよほど健康的で経済的なのよ、心の中で反論する。

そうしてやっとビーチに辿り着いて、持参したカフェとチーズとパンで朝食。時間裂いた甲斐あって、最高に美味しかった。少し気分を持ち直してゆるゆると泳ぐ。今日は波ひとつなく穏やか。水はいつもエメラルド・グリーン。そうしてしっかり泳いでさて休憩という段になってふと思い出した。

「そういえばわたし朝はすごく怒ってたんだ」

怒りはすっかり消えて、怒っていたことすら忘れていた。自然の下で体を動かす癒し効果の大きさを思い知る。

ビーチではどうしても自分より年配の女性達に目がいってしまう。いつも会う70歳くらいかと思われる女性はとても美しい。自分の体を大事にケアしてきたのだろうと明らかにわかる。皺はあってもスリムで、でも苦しい努力を感じることなく、かといって諦めも感じない。髪もきれいに結っている。この人はいつも朝日の中で1時間くらい過ごしてひきあげていく。40代以降は諦めるか諦めないか、どちらを選択するかが大きく見た目を左右する。そして諦めたか否かは人目に明らかなのだ。精神の癒しだけでなく、皮膚も労わらなければ。触発されて、帰りに日焼け後の肌を潤すためのローションを買った。

夜またまた映画の中のイザベル・ユペールに触発される。この人本当に素敵。いつも服装が若くても年老いても違和感なく着られるような形とデザイン。痩せてるのに貧乏くさくならないのはそう多くない髪をふんわりとさせてるからだろう。若作りに血の滲むような努力をしているみたいな痛々しさはなく、日々自分を労わって生きてきたみたいな自然な若さ。こんな人になりたい。

この映画"L'Avenir"とてもよかった。20年同じレコードを聴き続けたって、自分を取り巻く全てのことが音もたてず静かに静かに変化していってある日突然姿を現す。世情も人の心も生命の営みも変化しないものはなにひとつとしてない。イザベル・ユペールの演じる哲学教師のナタリーがそんな中を涙を見せながらも淡々とかいくぐって暮らしていく様子が胸に染みた。


2019年08月05日(月) 夢の窓




本気の夢は努力して夢ではなく現実に変えるべきものだけど、漠然とした夢や希望は心の中であたため続けるよりも大いに語ったほうがいい。西オーストラリアのパースを訪れた時、その空の大きさと風景の煌めきに圧倒されて、良い出会いにも恵まれたこともあって、決めた。

「ここに住む」

夢にする必要はなかった。お金さえあればかなうことだったから。ただ一年くらいの予定だったのが、その後長々と住み着くことになったのだが。

「フランスに住んでみたい」

とも口走った。ただこれは漠然とした夢だった。お金があれば叶うといっても、仕事を辞めて貯金をはたいて・・・・とかして突っ走ってしまうほどの何かにとりつかれたわけではなかったからだ。フランス映画の世界が大好きだったし(わたしがティーネージャーだった80年代、90年代には今よりもよほど一作品ごとにずっしりと中身が詰まって重みのある映画が沢山あった)、ピーター・メイルの"A year in Provence"の世界観にうっとりとして、地中海を見下ろす古い山村の風景なんかは憧れだった。いつか一年くらい住んで四季を肌で味わえたら、そんな夢だった。だけど、それを人に語ったことで物事は展開していく。リュカは初めて会った時から、それはもうひとめぼれといった雰囲気でぐいぐいやってきたのだが、わたしのその漠然とした夢を聞きつけてチャンスだと思ったらしい。こうして漠然とした夢は現実となったわけだ。

だから、最近お気に入りのレストランのお気に入りのシートに座ってぼんやり脳裏に浮かんでる夢を口にしてみる。

「窓から海の見える家に住みたい」

これは子供の頃にも考えた。でもやっぱり日本人だから"窓から海の見える家"は良いことばかりじゃなくて津波とかそんな想像も過る。コート・ダジュールに住むようになってからは、この夢はそう非現実的ではないように感じるし、津波の想像が頭を過ることもなくなった。これも本気になれば叶いそうだけど、本気で叶えたいわけでもないから単なる夢なのだ。少なくとも週に一度くらいはこの席に座って、食事をすることができる。それで本当は十分満足しているのだけど。

あとは友人達と話している老後の生活の話。

「80歳以上の老人だけでキャンプを作るの。一時に10人。ひとり出て行ったとか、死んだとかしたらその分別の人を入れる。もう男も女も関係なくて、ある人は手がない、ある人は視力がない、ある人は腰痛でよく動けない。だから10人合わせて一人の人間として機能するの。日々食べるものも、足の良い人が山でハーブを摘んで、手先の器用な人がパスタを練ってってみんなで少しずつ分担して。若くて健康な人に頼っておんぶにだっこで暮らすんじゃなくて老人だけで力を合わせて暮らすって素敵じゃない?」

これはわたしの案なのだが、ドミニクが合いの手をいれる。

「80歳過ぎたら男も女もなくなるの?」

「そう。100歳くらいになると血液型もみんなO型になるというように、男も女もただの人間のになるんじゃないかな?」

「ふ〜ん・・・(納得いかない様子)」

「あのね、このキャンプはヒッピーのスタイルじゃないからね。フリー・セックスもドラッグもありませんよ」

「えーー!!!そんなのやだやだ」

(笑)80歳過ぎてもう無理でしょー。

なんだかんだいってもドミニクはこのキャンプの話がけっこう気に入った様子で何かと話題に出すのだ。

「ねぇ、君のキャンプではさぁ・・・」

などと。死ぬまで人と協力しあって自立して生きられたらいいのに。

2019年08月03日(土) ひとりになった

リュカの里帰り。一緒に行きたい気もあるけど、日本から頑張って連れてきたクロちゃんを2週間も誰かに預けていくのも気が重くて、かといって一緒に連れていったところでリュカの家には別の猫がいて、クロちゃんは猫嫌いなんで難しい。わたしはあちこちに旅に出たいというほどこの地に馴染んでもいないし。そんなこんなでひとり残ることになった。昨日リュカに銀行に連れ出され、彼に何かあった時にはわたしが口座のお金を使えるように手続きして、書類を大事にとっておくようにと渡された。「何かあった時」なんて想像したら不安になってきて、同時にこの2年間ろくに休みもとらずに頑張って働いて、わたしの書類のことやら生活のことやらあれこれと面倒を見てくれた彼に感謝の気持ちでいっぱいになって涙がぽろぽろ溢れてきた。

「今までありがとう。これから2週間ひとりで暮らすのは不安だけど、これを機にもう少し自立できるようにがんばるから」

そういってみたものの、彼の友達や隣人などもみんな心配して、何かあったら連絡しなさいとオファーしてくれる。家族も親戚も遥か海の向こうという身にはありがたい。

友人の車に乗り込み去って行ったリュカを見送ると、家は静まり返った。週末は隣人のドミニクもナタリアもここにいないから本当にひとり。リュカのPCをあけて、沢山ダウンロードしておいてくれた映画の中から邦画を選んで観る。夕飯は残った煮物に茹でたパスタを放り込んで、映画を観ながら。さっきまで泣いてたのは誰だっけ。次第に自由きままな独身の時の暮らしが蘇ってきて楽しくなってきた。夏の夜は長い。夕飯を食べて、映画を観終わってもまだ外が明るい。畑へ野菜を見に行く。明日は畑仕事に精をだそう。リュカが帰る頃にはトマトやオクラが収穫できそうだ。

(写真:イギリスの作家さんの手作りのグラスを買った)


Michelina |MAIL