My life as a cat
My life as a cat
DiaryINDEXpastwill


2019年07月25日(木) ただ自然に身をゆだねて

朝のマントンの海に浸かる。大抵の日は波もなく、透明で、水中に魚が沢山見える。生きているとどうしても落ち込むようなことが起きる。避けることはできない。だから心を癒す術を身につける。どっぷり落ち込んで真摯に受け止めて反省したりすることが必要なこともあるけど、どうしてそうなったのか他人の心を覗かずにはわからないようなことは忘れたほうがいい。どう勘ぐったって他人の心の中のことはわからない。話してくれないのならわかりようがない。人生の困難にぶつかっている時に手を貸すのも友達なら、そっとしておいてあげるのも友達だと思う。彼女は職を失った時、わたしは職があって忙しくしていたし、彼女がいまいちと思いながらパートナーと淡々と暮らしている時、わたしは一瞬でも最高と思える相手とデートしてた。だからたまに"元気かい?"とメールする程度にとどめていた。自分のコンディションが悪い時、話して発散したい人と、内に籠ってそっとしておいて欲しい人がいて、彼女は明らかに後者だったから。だから、久々に彼女のほうからコンタクトしてきてくれたことは本当に嬉しかった。でも喜んだのも束の間、わたしの結婚や相手のことを聞き出したかっただけで、彼女自身のことは一切話してくれない。ひたすら片方が舞台にあがってショウを繰り広げて、片方が観客席で観ているというような関係は友達とはいえない。ふと気が冷めて、話すのをやめてしまった。仕事のこともなかなかうまくいかない。仕事が舞い込んできてはこじれて消えていく。誰も面と向かって話してくれないから、何が問題なのかわからない。わたしはまだまだこの社会を理解できていない。いや、何十年住んでみたって理解できるかわからない。今日は妙に魚が沢山見える。落ち込んでるから大群で慰めてくれてるのかな。自然の中に身を置いていると、全ては自然に起きては自然に癒えていくものだと理解できる。


2019年07月20日(土) 43歳のタルト・トリペツィエンヌ

誕生日は国境を越えてイタリアへ入り、いつものお気に入りのレストランでランチを食べて、海で泳いだ。そして夜、明日のわたしのためのバースデーランチ作りにキッチンで格闘するリュカを横目にカウチでひとりで映画を楽しむ。"Green Book"という実話ベースの作品。黒人差別を題材にしたものは過酷なものが多いけれど、これは"Intouchables(最強のふたり)"を思わせるようなハートウォーミングストーリーだった。荒廃したブロンクスでワイルドに生きてきたトニーが、ドクターの奏でる美しい音楽に魅了され、少しずつ彼をリスペクトするようになっていくのがよかった。出身や人種を超えて音楽で繋がるってとても素敵だ。品よく育てられたドクターも躊躇いながらも手を油でギトギトにしてフライド・チキンを食べる愉しみを知ったり。歩み寄るって素敵なこと。先日こんなことがあってそこに深く感じ入った。料理のアトリエで、わたしが講師となった時のこと。いつも大雑把でなんでもボウルに投げるように入れてしまうマダム達が、わたしが作ったレシピ通りに面倒な作業をちまちまとやってくれた。

「あなたは完璧にやりたい人だから、完璧なレシピに従って完璧なものを作るわ」

と冗談めいて笑っていたけど、わたしは本当に嬉しかった。いつもきっちりとしたレシピを作っても省略されてしまったり、どうしてそれをやることが大事なのかと説明したくても言葉がままならなかったりで、わたしが大事にしているところはいつも踏みにじられていた。約2年一緒に料理をしてお互いに少しずつ相手の力を注いでいるところが解ってきたのかもしれない。歩み寄ることの大切さを知って、わたしだって、マダム達の大らかさを受け入れていくべきなんだと深く反省したのだった。

そしてリュカ作のランチ。













アントレはスペインのバルで人気だというタパス。焼いたバゲットにコンデンスミルクを塗ってその上にアンチョビ。甘塩っぱくて和食に通づるものがある。でもやっぱり醤油と砂糖コンビには勝てないだろう。

メインは"ピスト・マンチェゴ"。これはオリーブなしのラタトィユかカポナータと同じかな。鍋一杯作ってくれたからこの先一週間は料理しなくても良さそうだ。それにしても野菜の切り方がすごい。きれいに真四角。年に一度しか料理しない分、そこに費やすエネルギーは膨大なのだ。

そしてデザートはわたし達の大好物、南仏サント・ロペ名物のタルト・トロペツィエンヌ。材料がシンプルなだけに配合次第ですごく味に差がでる。パーフェクトなレシピを見つけるのは簡単ではない。はじめてにしては上出来。次回はわたしが違うレシピを見つけて作ってみよう。

妹からは姪っ子のビデオが届いた。2年前は歩きも喋りもしなかったのに、歌ってるよ。わたしのためにケーキを買って、そして家族みんなで食べたそうだ(笑)。

こうして大した怪我も病気もなく至って健康で43歳になることができた。両親もたったひとりの妹も、愛猫も夫も健在。感謝の気持ちでいっぱいだ。


2019年07月12日(金) コーヒーをめぐる冒険




「コーヒーをめぐる冒険」という好きなドイツ映画がある。どこにでもいるような自分の居場所を見つけられない20歳そこそこの青年の悪運続きの一日を淡々と描いたモノクロ映画。一日のはじまりに夜を共にしたGFが聞く。

「コーヒー飲む?」

「いらない」

彼はもう彼女に興味がなくて、一緒にコーヒーを飲む気がしない。彼女の家を去り、飲酒運転で取り上げられた免許を返してもらいにいく。だが、意地悪指導員にさんざん嫌味を言われた挙句、免許は返してもらえない。やれやれ、とカフェに入って価格を確かめずに

「フツーのコーヒー」

と頼む。これまた奇天烈な店員が

「フツーって何?」

とかつっかかってくる。で、面倒なやりとりをさんざんした後、やっとコーヒーを淹れてもらえる。会計へ行くとそのコーヒーは彼の想像を超えて高い。現金の持ち合わせがなくて支払えない。無情な店員は

「ATMでお金おろしてきたら?」

という。仕方なくATMへ行き、カードを挿入する。そのカードは機械に吸い込まれたままかえってこない・・・・・。 そうやって主人公がたった一杯のコーヒーにありつくまでの話。

今日はまさにこの映画を地で行くような一日だった。早朝ニースのプレフェクチャに向かう。ニースの駅まで着いて、乗り継ぎの間に別のラインの切符を買おうと券売機に近付く。券売機の数が明らかに少ない。電車までの時間に間に合わないとパニックに陥っている人がいっぱい。無事に切符は買えたが、刻印機もこれまた少ない。しかも刻印にはコツがあって、一元のツーリストは何度も何度も首を傾げてトライする羽目になる。前にいた人々を助けてあげる。そして自動改札。これまた機械がうまくバーコードを読み取らない。みんなつっかえて何度も何度も試してる。結局ひとりがうまくバーコードを読み取れて、扉があくと雪崩のようにみんな滑り込んでしまうという杜撰なエントランス。なんとか時間内にホーム内に入る。停まっていた電車に乗ろうとすると何故か屋根から水がぽたぽたと落ちている。濡れないように気をつけて乗り込む。念のためトイレを済ませておこう。トイレに入ると鍵が壊れてる。リュカに外に立っていてもらう。そしてトイレット・ペーパーがない。この国に来てからまともに動く人や物のほうが少ないので期待もしてないが、朝から遭遇するもの全てが壊れてるとさすがに疲れる。そして9時にプレフェクチャに辿り着く。長いラインに並んで、結局できたことは9月にランデヴーがとれただけ。盗まれた滞在許可証については、

「そうね警察に提示求められたらリスキーね。でもわたしは何もできないから」

それで終わり。紛失届を提出して、再発行を頼んだところで、再発行を待ってるうちに更新のランデブーの日になるのが目に見えてる。もうどうにでもなれという気持ちでニースに戻る。ランチだけはツイていた。人気のサンドイッチのお店へ行ったら、なかなか美味しかった。さて、カフェとデザートをしに行くかとお気に入りのレストランへ行くと、食事なしでは入れないという。この店は食事とデザートの価格が同じくらいする。食事してデザートなしはいいのに、デザートだけはダメなんだと。こうしてカフェを逃す。買い物をあれこれと済ませて、夕方ジェラートを食べる。あっ、カフェあった。でも電車の時間まであまりないし、ゆっくり飲みたいから、やめておこう。あとで駅の自動販売機で買って電車の中でゆっくり飲もう。そうしてまた見送る。そして駅へ行くとなんと全ての自動販売機が壊れてた。

こうしてさんざんな一日、結局やっとカフェにありついたのは午後7時。夕飯前だった。

映画で、主人公がやっとコーヒーにありつく場面。この場面のためにモノクロ映画にしたんじゃないかと思うくらい、紙カップから湯気をたてるなんの変哲もない病院の自動販売機のコーヒーはいかにも美味そうだった。わたしのカフェだってそれはそれは味わい深かった。

(写真:ニースの海岸通り)

2019年07月07日(日) やっと戻った




体調回復。昨日は沢山泳いで、沢山眠って、今朝目覚めたら体がすっと軽くて、明らかに浮腫みが原因で増えた体重も元どおり。先週末から体調がすぐれなくて、食欲もないのに体重は日に日に増えて、一週間で2團廛薀后B里重くて、頭もぼんやりしていて、何をしても集中できなくて、何を食べても悦べなかった。用事があって、重い体をひきずって出たニースの街でスリにあい、苦労して手に入れた滞在許可証を盗まれる。わたしのような"アジア系の女"の見た目で、ひとり歩きだとスリの恰好の的となる。だから滞在許可証は財布には入れず、リスク分散で別のポーチに入れていたのだった。それを財布と思って抜いたのだろう。いつもよりぼんやり歩いていたとはいえ、それでも必要な時以外は片手はずっとバッグを押さえて歩いていたのだから、相手はやはりプロなんだ。すぐに気付いてニースの警察に行くも、すごい人だかりでレポートをもらうにも何時間も待つというんで、諦めて家に帰る。翌日近居の派出所に行くもみんな違うことを言い、結局一日に4回も足を運んだ挙句、ここじゃぁ、外国人の滞在許可証のことはできないよ、と突っ返されて終わり。リュカとあれこれ策を練った結果、もうぼちぼち滞在許可証の更新の時期だから、更新しにいってレセピセをもらえばいいかという結論に落ち着く。古い許可証を返却できない場合は25ユーロ支払わなければいけないらしいが、それで済むならそれでいいか。数日間は自分で記入した紛失のレポートとパスポートと滞在許可証のコピーを所持して歩く。派出所の警官によれば、提示を求められたら、盗まれたと説明すればいいよ、という。説明して納得するほど物分かりの良い警官がどれだけいるんだか。そのまま連行されて投獄されたりすると嫌なので、更新に出向いてレセピセを貰うまでは"ほんの近所"でもイタリアには行かないほうがいいだろう(いや、本当はレセピセでも相当不安なのだ。だってそういうことに全く無知な警官が検査にまわってくることもあって、運次第でパス出来たり投獄されたりするから)。めちゃくちゃな国に住んでいると、体調良好でも日々の一挙一動疲れる。これが体調不良だと、もう脱力してそこから動けなくなってしまう。朝、ゆっくりと泳いで、夕方リュカに医療用の足の浮腫みを取る器機でトリートメントしてもらい、夜はひたすら早く寝床に入る。そうしてようやく体調回復した。何が原因だったのか。リュカの推測によれば急に真夏がやってきて猛暑となったから体が着いていけなかったのではないかということ。確かに先々週、先週とけっこう暑かった。それでも今まで暑さ、寒さで体調を崩すようなことはなかった。年のせいなのか。

今日はいつも通り食欲旺盛で活動的。メロン、タルト・トロペツィエンヌ、紫蘇のサルサ・ヴェルデのパスタ、焼きナス、胡瓜のガスパッチョ、何を食べても最高に美味い。じっくりと読書に耽り、庭の野菜の手入れをして、日課の40分のウォーキングもし、編みかけのストールも少し進んだ。体が軽くて何をやっても楽しい。健康な体を失うことに比べたら滞在許可証なんて、取るに足らないこと。幸せのベースに健康あり。この先も慈愛していかなければ。

(写真:わたしの愛する朝の静かなマントンの海)

Michelina |MAIL