My life as a cat
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2010年04月29日(木) 孤独な夜のココア

ホリデイをパースでゆったりと過している。ビーチにピクニック、読書、カフェ、、、誰にも何にも縛られない束の間の自由がありがたい。静寂だったわたしの心と暮らしをあらゆる意味でかき回したアレンが去って、ただ元通りになっただけなのに魂を奪われたように脱力している。ふと、無邪気に小さな裏切りを働いては悪びれずに笑うきれいな顔を思い出しては、小憎らしいと思い、自分とは違う世界の人間だったと思い、神様のほんの遊び心で知り合わされたのだと思い、少し恋しいと思う。

夜な夜なひとりのベッドの中で少しずつ成田空港で買った田辺聖子の短編集「孤独の夜のココア」を読んでいる。どこへいても何をしていても、幸せでも不幸でもふと思い出す過去のやわらかであたたかいひとときとその時間をシェアした恋人。どの話も主人公が20代後半の女性ながらも成熟していて堅実に人生を据え、かといって計算高く出世コースに乗った男性を選ぶのではなく、いまいち世渡り上手でない男性の実直な良さを見抜いて包み込んであげる。静かに心に染み入ってほんわりとあたたかくなるような小説だった。

9ヶ月ぶりに再会したJはそれをとても喜んでくれた。サウスパースのジェッティ付近で夕飯を食べて送ってもらい、別れ際、どんなふうにカウントしているのか(笑)、
「1年と1週間ぶりに会えて本当に嬉しい。」
とにっこり笑って、すっとわたしの体を引き寄せて、頬にキスをしてくれた。


2010年04月03日(土) 儚くも強いもの


















冬の間からカメラを握りしめて桜の開花を心待ちにしていたのに、一本の電話で呼び戻され、誰にも別れを告げることもなく、アレンは一晩のうちに日本を去った。彼が去った3日後に桜満開のニュースが流れた。

木の下に寝そべって、平穏な午後にうつつを抜かして日々をやり過すこともできるのに、どうしてわざわざ戦地などに出向くのか。信念と確信を持って行く人々にとってそれは大きな意味を持つだろう。しかし、アレンは違う。誰かの意向に頷いただけじゃないか。世の中には平穏な暮らしのありがたさがわからない人もいるのだ。か細く続く連絡もそのうちに途切れるのだろう。

アレンのいない週末の静けさが怖い。けれど一方でこんなあっけなく終焉を迎えたことに安堵している。彼のことが大好きだった。美しい目元や口元とは裏腹にあまりにも"男"で、自分の感情は見せてはくれなかったけれど、天真爛漫に日常のあれこれをたくさん話してくれるのが愛らしかった。弟だったらよかったのに。男として付き合うには精神的にもちそうになかった。

母がわたしの部屋にとプランターに根をはった薔薇をいくつかくれた。先日、会社の華道部(部員は若い男子が大半を占めているというのが意外であったが時代の象徴のようだ。料理と一緒で男のほうがこういうものは大胆で最終的にしっくりといいものができそうではあるが、、、。)に誘われ、作品を拝見したが、ぷっつりとちょん切られた花は精気のない表情をしているように感じられた。植物は土に根をはりめぐらしているものがいい。薔薇をもらって以来、家に戻るとすぐに様子を見る。日に日に枯れていくものとつぼみから開花していくもの。毎日姿を変えていく。
農園では冬の間に何度か収穫して根だけ残っていた春菊がゆっくり休んでエネルギーを取り戻したよ!とでもいうようにまたすくすくと大きく伸びていた。何度摘まれても少し休んだらまたすくすくと伸びる。植物の健気なたくましさに励まされる。


Michelina |MAIL