My life as a cat
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2008年04月30日(水) ベトナムの記憶

銀座でたまたま入ったベトナミーズ・レストランはやっぱりイマイチ。東京では東南アジア料理も上品に味付けされていて、現地の大衆食堂のような味を期待して行くと落胆する。店員はみんな流暢な日本語を話す。ひとり黙々と食べながらハノイで訪れた日本語学校のことを思い出した。

銀座の明治屋まで行かなければライスペーパーすら手に入らなかった頃、食材を買い集めてベトナム料理に夢中になっている姪として、叔父がそこの学校でボランティアで教師をしている知人が帰国した際に紹介してくれたのだ。たった一分くらい顔を合わせて、
「一度遊びに来たらいいよ。」
と手渡された名刺を握り締めて、2年後アポイントもなしにベトナムに行った。そこの住所にはもういなかったものの新しい居場所はすぐにつきとめることができた。叔父の知人意外の教員はみんなわたしと同年代の完璧な日本語を話すベトナム人だった。食事に行ったり案内してもらったりして顔馴染みになったけれど、みんなシャイであまり打ち解けなかったように思う。ある日、軽く5分くらい授業に参加してみないかと誘われ教室に入った。生徒はビジネスマンばかりだという。先生が、質問がある人!と言ってもみんな消極的で恥ずかしそうにしている。しかし、初めにいきなり来た質問は、
「日本にいるベトナム人は本当にそんなに悪いことばかりするのか?」
だった。知っているベトナム人はあまり良くなかった。悪いことをする為に来る訳ではないのだ、きっと。選択肢がないだけだ。それに貧困から抜け出したい人々を利用して搾取する日本人はもっと悪い。でも言わなかった。
「悪い人もいるけど、良い人もいる。」
と答えた。みんないつかは日本に行くのかと聞き返したら、一揆に空気が重くなったように感じた。ひとりが、
「みんな行けません。すごく難しいです。この中のほんの数人だけ。」
と答えた。
職員室に戻ったら知人とベトナム人の教員達がもめていた。知人は授業中、日本に来ても男は過酷な労働して、女はダンサーになってしまうという現実を話してしまったのだ。それに対してベトナム人教員達は、
「あなたの仕事は日本語を教えることだけ。夢を壊すことではない。」
と怒った。心底ベトナムとベトナム人を愛している知人には見るに耐えないことだったのだろう。
教員のひとりが隣のカフェに誘ってくれた。作家が集うカフェらしく客を一瞥しながらあの人はこんな話を書いているとか教えてくれた。コーヒー一杯30円。当然彼の分もわたしが払うつもりだったのに、彼がさっさと払ってしまって、気にしないでと言う。彼にとっても痛い出費ではないだろうけれど、わたしが払ったほうが断然簡単だったのに。もうひとつお土産があった。ホーチミンのレストランでウエイターの男の子に、箸置きが可愛いね、と言ったら帰りにそっとくれたのだ。オーナーのパーミションがあったかは知らないが。今はそうではないことが解ったけれど、その時はたかられた経験しかなかったから、それが酷く健気に思えて胸がジンとした。

あの店員達はほんの数人の「選ばれた人々」なのだろうか。銀座の真ん中で法外な賃金で働いているとは考えにくいから、成功したと言える部類の人々なのだろうか。


2008年04月29日(火) 一足先に夏を味わう

朝から張り切って家事に専念。色んなことを感じる。掃除はエコなんて考えると時間も手間もかかる。でも、自分の家をクリーンに保つ為に川を汚すのは嫌だ。掃除機って必要?特に狭い日本の住宅では置く場所を取るし、ハンドルしにくい。ホウキ一本のほうがよほど合理的だと思うのだけど。こんな大きくて場所をとる洗濯機は必要?小さいものは手洗いして大きなものだけコインランドリーで洗えば事足りる。単なる旅人癖かな、こんな持ち運びに困るものは欲しくない。わたしがせっせと働いている間にもお転婆娘(というかおばあちゃんだね、もう)のミュンミュンは雀を捕まえてキッチンまで連れてきて、逃げ惑っているのを追い掛けまわして、その後をわたしが追い、羽だらけになった。幸い雀は無傷。どこかに飛んでいった。ミュンミュンは本当に健康な猫だ。小柄でやせっぽちだけど、生まれてこのかた(8年)具合が悪くて寝込んだことがない。常に食欲旺盛でガツガツするけど、猫一倍小食。運動量も猫一倍。じっとしていられない性格らしい。やっぱり健康の秘訣は運動と小食にあるのかな。

夕方、おなかがすいて冷蔵庫を開けたら茄子があったので焼き茄子を作った。ぺろりと2本。夏の香り、最高だ!


2008年04月28日(月) また出発

4ヶ月ぶりの定期検査の結果が届いた。至って正常なので次の検査は半年後でいい、と書かれていた。誰よりもこれを喜んでくれたのは意外にもマーヴだった。いつも楽観して取り合わないふうだったのに、本当は自分の体にはない器官がどんな風に悪いのか想像もつかず、ただただ恐れていたのかもしれない。
"I knew! I knew that! You see? "
と何度も何度も繰り返して、それは落ち着きのなかった自分の胸をさすって言い聞かせているようだった。

医者を慎重に選んだ甲斐はあったと思う。母の知人はわたしの以前の主治医にかかっていて、不正出血とめまいが酷いと訴え続けたのに子宮筋腫だと診断され続け何年も経って、やはりおかしい、と大きな病院へ行ったら子宮癌で手遅れ。温存できず、子宮も卵巣も全摘出してしまったらしい。生きていてよかったけど、まだ安心はできない。

今日で退社。同僚達がプリンを買ってきてくれて、みんなで3時のおやつにいただいた。人間に恵まれていた。上司も同僚もみんな本当にイノセントでまっすぐ。平穏な日々を送れたことにただ感謝。職場の立地も環境も申し分なかった。ただ仕事が現状の能力維持のようで歯痒かった。マーヴのことで転んでしまったような気がして躍起になっているだけかもしれないけど、息切れするような仕事がしたい。ゲイトまで送ってくれた同僚達との別れが辛かった。こんな思いをして選択したことなのだからエグザムには絶対パスしなければね。


2008年04月26日(土) Broken flowers

いつもどおりのジム・ジャームッシュの歩調でてくてくと進む映画だった。先日、"夢や意志がなくぽっかり口を空けて時間をやり過す人が先進国には多い"などと書いたが、ビル・マーレー演じるドンは正にそんな人間だった。コンピュータービジネスで成功してお金は得たけれど、コンピューターが好きだった訳ではない。若い頃はドンファンだったけれど、これといって記憶に残るような恋愛をしてこなかったのだろう。ある日届いた手紙で息子がいたことを知っても全く心当たりがないといった様子。おせっかいな隣人に背中を押され、また意志もなく過去の女にひとりひとり会いに行き、息子を探す旅に出るといったストーリー。Broken flowersとかけたのか、「過去の女」のひとりはシャロン・ストーンなのだが、娘役が脱いでしまい、シャロンは
「服を着なさい」
とたしなめる役回りなのには苦笑した。

あの光市の事件。判決後の会見の本村さんの言葉は胸に染みた。死刑で解決するものではないと思う。心の健康を害してしまった人々はまず治療を受けてみる価値はないのか。もっと強くならなきゃいけないよ。死刑判決というのは治療しても治らないから諦めましょうということなのでしょう?生まれる環境は選べない。でも生まれもっての悪人なんていなくてその環境によって人格が形成されてくるものでしょう。もし違う環境に生きてきたら、と少年犯罪の場合は殊更そう思う。ただ弁護団のアプローチの下劣さには落胆した。

夕方ぼんやりと散歩に出た。ふと気付いたら雨がぱらぱらと降っていて、わたしは傘をさしていた。そこまでして散歩したかったのかな、わたし?無意識のようでそこには意志があったのか、とひとり笑った。


2008年04月24日(木) インドネシア物産展

昨夜は日本酒一合の後、ストレートのアラック(40度)を1ショット飲んで幻覚見ました。ベッドに倒れこんだものの体が火照って寝付けず、朝になったらブランケットが全部ふっ飛んでいた。

ジャカルタ駐在から戻ったばかりの新しい上司が毎日あれこれあれこれあちらで買った物を持ってきてくれるのだ。アラックでやられてふらふらで会社に行き、ランチはミーゴレンにトライ。あのインスタントのやつ。これってやっぱりおやつでしょう??サイズから言っても小さいものね。インスタント麺を食事として摂るのは日本人と韓国人だけよねぇ。おやつにはドリアン・キャンディ。ドリアン大好き!えっ、おかしいですか?わたしが袋を開けた途端みんなキャァキャァ言いながらマスクを着用。仕方ないからわたしもマスクをしたけど、それでも臭うと苦情がでたので、書庫の棚と棚の間で孤独にこっそり味わいました。

この会社で一番楽しいのは毎日日本全国、世界各国のお土産で溢れかえっていること。外国人は「お土産」という概念があまりないらしいけど、日本人はどこへ行っても、たった一日のトリップでも必ずお土産を抱えて戻ってくる。わたしの中のベストスウィーツは六花亭のドライフリーズされたイチゴが中に入ったホワイトチョコレートかな。


2008年04月23日(水) 森の散策

気候が良いのでランチタイムに同僚と森の散策に繰り出した。オフィスの前方は開発が迫ってきていて、森が切り拓かれて空き地になった状態だけれど、後方はまだ手付かず。裏口から抜けてずんずん森に入っていく。坂道を下りきったら小川に突き当たった。小川沿いの小道をゆっくりゆっくり歩いた。人知れず強く孤独に息吹き続ける生命が美しい。図鑑を持ってくればよかったと思ったけれど、その必要はなかった。同僚のひとりが野草も野鳥も熟知していた。
「湖のほとりの家に住むのが夢」
だとひとりが言い出し、みんなでうっとりする。この森が消失して住宅地になるのもきっともう時間の問題だろう。空気が良くて、敷地が大きいのがこの辺りの土地のウリだろう。野生動物同然に暮らさない限り、こんな自然好きの発想が森を破壊させていることも解っている。一番無理のないエコは都会で質素に暮らすことに違いない。自然を愛することと守ることが相反してしまうのは皮肉だ。


2008年04月20日(日) こんな男とは結婚するな!

図書館で本を物色中、その棚にあるべきでないカテゴリーの本が紛れているのを見つけた。パースには一度手に取ったチョコレートバーを全く違う棚に戻して去る人種がいて、わたしは"Super Market Idiot"と呼んでいたのだが、日本の図書館にもそんな人種がいるらしい。それはさておき、タイトル、「こんな男とは結婚するな!」。いやぁ、そんなの人には好みってものがあるから、余計なお世話じゃない!なんて思いながらも思わずぺらぺらとめくってみる。むむ、こんな項を発見。
「夢を追いかける男は10年後も夢を追っている」

会社にマーヴと同い年の男の子がいる。悪い人じゃないし、むしろ良い人だ。たまに話すけど、わたしは彼と話すとどうしても気分が沈む。夢や意思が見られないからだ。ぽっかり口をあけて日々をやり過ごしているみたい。やりたいことが解らなくてもがいてる様子でもない。口癖は「えぇ、まぁ」。誰と話しててもこんな感じ。世間の雑事全てどうでもいいみたい。先進国で生まれ育った人間には彼と同じような空虚な表情をした人が多い。夢のないことほどの落胆ないじゃない。そこそこの安定と夢とを両立できるスマートな人だったらいいかもね。

夕飯は久々にパスタ。茹でたパスタにパセリーソース(チョップしたパセリーをオリーブオイルに漬けただけ)とシメジを絡めて塩と粗挽き黒胡椒して、最後に小さく切ったレモンを散らす。オイリーだけどレモンが入るとさわやか。一度母が普通のグリーンサラダにレモンを入れて、美味しいと褒めたらいつも入れてくれるようになった。この家ではレモンはちょっとしたブームみたい。


2008年04月18日(金) 発展の恩恵

また暴風雨。憂鬱になりながら出社して、濡れてしまった足元を少し不快に思いながらコーヒーを入れにいったら上司とかち合った。先にどうぞ、と誘導したら"ありがとう"と言って自分のを入れてからわたしのも入れてくれた。"ありがとうございます"と言い返したらなんだかぽっと心が温かくなった。

雨が上がった夕方、ふと茂みから茶色の大きな野ウサギがの飛び出してくるのを目撃した。実家の周りは躊躇なく木を伐採してどんどんゴルフ場や道路ができて発展目覚しい。人生の半分はここに住んでいなかったし、将来も住む気はないにしろ、それでもほんの一時の楽しかった思い出の場所があって、でもそれは一住民の感情と裏腹に消えていく。自給自足に近い暮らしをしていた田舎の人々が現金収入を得ることができるようになると、その子供達はせっせと新しくできたコンビニに通い、家で摂れた米や野菜から離れていく。病気になったら医者にかかればいい。便利さと引き換えに人間が横着になって心が脂肪だらけになるみたいだ。北野武がこんなことを言っていた。
「おなかが空いて何か食べようと食堂の前まで来て、そこでポケットの中にいくらあるか確かめなくて済むくらいだったらいいな。」
わたしもそう思う。それくらいでいい。自然を切り売りしてお金に換えてそれが豊かさなのだろうか。子供の頃、夏になると光を放ちながらフワフワと浮遊してわたしをときめかせた蛍はめっきり姿を見せなくなった。思いがけず野生動物に遭遇するとあぁ、まだ捨てたもんじゃないと安堵する。この町に関して発展がわたしにもたらしたものは排気ガスでしかない。発展と自然が共生できる道は考えられないのだろうか。


2008年04月16日(水) 日本土産

パースの友人達へのお土産やら頼まれ物を買いに銀座へ出た。出会っては別れてを繰り返し続けて、それでもまだお土産をあげる相手が残っていることがありがたい。デパ地下へ行くとあるわ、あるわ、パースにはない繊細Sweetsの山。モノクロ写真が板チョコの表面に焼き付けてあるのなんて面白い。白い部分はホワイトチョコだから全部食べられるんだそうだ。「無駄」にアイディアが注ぎ込まれたものこそ日本っぽい。ドーナッツやロールケーキの売り場には長い行列が出来ていた。こういうちょっと貧乏臭い光景も日本ぽいな。

マーヴを救出するためにレビューボードに書かなければならなかった手紙は、ロウヤーの二番兄の手にかかり魔法のように素晴らしく完成した。華麗な文章捌き。自分で書かなくて正解。わたしが書いたら幼稚園児の手紙と間違われたに違いない。しかし、こんな頼れるお兄ちゃんがいるからマーヴは自主性を欠いて精神が幼いまま体だけ大きくなってしまったに違いない。4歳になる姪っ子になんて、
"大人はわたしと遊んでくれるけど、あなたはわたしと一緒に遊んでいるのよ。
You are not growing up."
などと言われる始末。いつかちゃんと成長するかしら、とそればっかりは悩みだわ。

夕方なぜかちょっと気が沈んで、なぜかデイヴィスに電話してみた。
"Davis,I haven't been together with him for a year. That's so sad."
"Oh,,,,so you haven't had sex with him for a year. That's so bad.”
ですって(笑)。ちょっとぉ、"Sex"なんてただのスポーツみたいな言い方しないで、メイクラヴと言ってくれないかしら。デイヴィスじゃあるまいし。。。
しかし、今は真剣に慰めてくれる誠実な人より、こういうズッコケ人間と話しているほうがいいみたい。


2008年04月13日(日) グラチネ

好きな分野の試験勉強は面白い。難しいけどね。CMで"恋人は君を裏切っても資格は裏切らない"とか言うフレーズがあったけれど、それは本当。資格や学歴、経験は頑張った分だけ着実に自分に返ってくる。明日はマーヴが帰ってくるかもしれないと思いながら、今日を空虚に暮らすのは嫌だ。今日は今日の分に積み重ねられるものが欲しい。

西川治著「世界ぐるっと朝食紀行」という本をぱらりぱらりめくって写真を眺めているうちにムショウに食べたくなったグラチネを作った。スープはにんにくと玉葱、ホワイトペッパー、塩、オリーブオイルだけ。スープストックなどを使わないから玉葱の甘みばかりが出てしまうので、パセリーは生のを使って苦味を(千葉のパセリーはパースのに比べて苦味が弱いみたい)。今日のような寒い日は格別に美味しい。世界の朝食は脂ぎったものが多いのか。しかしそういう物ほど朝に摂って一日のエネルギーにするのが正しいのだろう。"朝からカツ丼なんて食べれない〜"で、夕飯に重点を置く日本人の食事の摂り方は本当はあまり良くないのでしょう。でもやっぱりヨーロッパのコールドミールみたいな夕飯は日本人的には味気なくて嫌だわぁ(そんなことでよく過去のBFともめたっけ)。わたしの一番好きな世界の朝食はホーチミン・シティのバイクの喧騒の中で摂るコンデンス・ミルクの入った甘ったるいコーヒーとフォー。たっぷりミントを入れてレモンを絞ってね。


2008年04月12日(土) 精神安定剤

”健全な精神は健全な肉体に宿る”

有本葉子さんのレシピの中からの大好物。干したにんじんときゅうりをそれぞれごま油で炒めて塩とすりごまをまぶして玄米(わたしのは雑穀ミックスも入ってる)で巻くだけ。

1日たりとも離れたくなかったマーヴともう1年も離れていて、しかもその気持ちは全く変わっていないのだから、なんでなんでこんな何もない凡人が大切に温めていたものを取り上げられなければならないのか、と泣きたくなる時が沢山あった。そして電話で話して笑い出してケロリとして、数時間経つとまた悲しくなったり。わたしの不運はそんなに大切な人に出会えたという幸運のせいだ。この矛盾がわたしの精神を不安定にしているに違いない。ふらふらよろめいてばかりの精神を安定させるには規則正しく食べて寝ることしかないでしょう。


2008年04月10日(木) 残念な男達

4月に入ってピッカピカの新入社員がどたばた走り回りオフィスごと若返ったようだ。ほんの些細なことでもお願いすると"ハイッ!"と返事して走って行く。そんなに急がなくてもいいのに。でも可愛らしいなぁ。わたしにはこんな時が一瞬たりともなかったんですよね、なぜか、、、、。
雨の中久々に同僚とランチへでた。社内恋愛していた彼女のBF(日本人)は春の人事異動で遠くに転勤してしまったのだが、着いて行きたくはなかったのかと尋ねたら、国内移動の次は長い海外駐在がお約束で、どこに飛ばされるかわからないし、、、云々、そして最後にぽつりと、
「はっきり言わないんですよ。着いてきて欲しかったみたいだけど、、、。」
そりゃ致命的だね。
「この会社の日本人は残念な男しかいませんよ。」
と捨て台詞。"残念な男"、わたしはあまりにも的確な評価に笑った。性格は温厚で頭脳明晰、バリバリと儲けなくてもよいし、付き合いも要らないからみんな5時にまっすぐ家に向かう。稼ぎは良く大病でもしない限り一生安泰。これだけ言われたらパーフェクトなのに、人を押しのけて座りたい一心で走ってバスに乗り込んでみたり、人の目を見て話さず相手が横を向いた瞬間に横顔を盗み見ていたり、はっきりしなかったり、、、とにかく些細なことだがとても気になるところでもあり、本当に残念だね。しかし女の子の言いたい放題のから騒ぎを聞いていると面白い。

会社帰り、今日で去るニューヨークのブランチの人と一緒になった。駅前の花屋の前でさっと走り戻ってくるとその手には赤いチューリップが。一瞬にして暗雲立ち込める空がぱっと明るくなったようだ。こんなハンサムはすぐ去っていくのも残念(笑)。


2008年04月06日(日) Gloomy Sunday

「病気にならない生き方」の続編2冊、実践編と若返り編を読んだ。本編を読んだ人には新たな論説が少なく復習のようで物足りないだろう内容だけれど、たまにこういうのを読み返してもう一度だらけた生活を見直すのもいい。
"夫に先立たれた女"と"女ができた男"が若返ると言われる理由。
女は体が子供を産むようにできていて、男は自分の子供を産んでくれる女を庇護するように体ができている。だから庇護してくれる男を失った女は新たな相手を得るため最大限魅力を発揮するようになり、庇護すべき女を見つけた男も最大限力を発揮できるようになるのだそうだ。確かに早く結婚して落ち着いてしまった友人にばったり会ったりすると、子供がいなくても自分よりもずっと年上に見える。
昨日、いつも自家製の有機野菜をわけてくれる母の知人がずっと介護していたお母さんが亡くなった。この知人の作る野菜は見た目も味も絶品なのだが、もとはといえばお母さんの入院費が嵩んで、家計を切り詰めなければならなくなって作り始めたらしい。家計も介護も大変だったようだ。病気になってしまうと、自分だけでなく周囲にも大変な思いをさせるのだから、ならないように心がける謙虚さは持っていかないとね。

「暗い日曜日」というドイツ映画を観て、主人公のイロナの美しさに魅了された。優しいだけでは退屈、悪いだけでは可愛げがない、強いだけでは近寄りがたく、弱いだけでは尊厳がない。全てを絶妙のバランスで持っている女の人はなんて魅力的なのだろう。気まぐれな猫のような足取りで公然と二人の男を渡り歩きながらも、一人が失踪した時には自転車にまたがり髪を振り乱して探しまくり、もう一人が強制収容所に連行されてしまった時もまた同じように自転車にまたがり救いだすために走った。だからこの二人の男は仲悪くならずに済んだのだろう。大きな愛と情は一人だけにじっと注がれなくても十分威力を発揮するものらしい。


2008年04月05日(土) All or Nothing

邦題、「人生は時々晴れ」というイギリス映画を観た。ロンドン郊外、レイバークラスの人々が寄り添う集合住宅に暮らすある家族のドラマ。色褪せた日常をただやり過ごす大人たちとSwear wordを吐くことでしか自己表現できない子供達、これが淡々と中盤まで続くのはうんざりだった。欧米では貧しさの象徴のような魚や緑黄色野菜のないジャンクな食卓と肥満、歯並びの悪さ、こんなのはパースでいくらでも見られる。しかし後半、息子が心臓欠陥で倒れたのをきっかけに眠っていた家族の感情が目を覚まし始める。しがないタクシードライバーで頭も見た目も冴えないつまらない中年男と思っていたお父さんのフィルが妻に向かって、
「僕は君の愛と尊厳を失った。君は僕をカス扱いしている。」
とおんおん泣く。欧米人だな。わたしは大の男が愛だの恋だのに一喜一憂して生きることが本当に愛しいと思う。だから離婚率が高いのだろうけど。
この一件でお互いの心の内を見せ合った夫婦に少し笑顔が戻り、食べることに精一杯だったお母さん(妻)が口紅をひいた。家族が病室に集まり、入院中の息子が魚と野菜を食べたと言って笑う。娘だけがまだ心を開けないまま映画は終わったけれど、ささやかな希望が差し込んだことにほっとした。


2008年04月04日(金) Mask

花粉のせいで肺が苦しくてぜぇぜぇと擦れた危ない感じの咳が続いている。うちの家系は呼吸器が弱くて死因はもっぱらそこでわたしも従兄弟も軽い喘息は持病。鏡の前で春色の口紅をひき、ほんの一瞬顔をほころばせてから、マスクを着けて少しがっかりして家を出る。

という話を数週間前マーヴにしたところ、
「エー!!マスクしてるの?本当に?目立たないの?」
すごい反応してなぜだか笑っている。なにがそんなにおかしいのか。
「日本では電車の中でも会社でもしてる人沢山いるよ。」
それでもお互いに腑に落ちないままその話題は終わった。オーストラリアではそんな人見たことないからおかしいのかな、と単にそう思っていたのだが、今日になって、
「ねぇ、マスクの顔は何?」
などと聞くのでやっとやっと誤解に気付いたのだった。わたしは日本で呼ばれているようにただ"Mask"と言ったのでマーヴの中ではそれはネコやらイヌやらのお面のイメージだったのだ。ネコのお面つけて会社に行くおねえさん、会社に行くと同僚はイヌで上司はトラでとか(笑)、日本はそんな愉快な国じゃありませんよ〜。ただの白いマスクは"Dust mask"とか"Flu mask"と言ったほうがいいみたい。


2008年04月01日(火) Down in the valley

たまたまBSで見かけたのだが、奇妙でいてなかなか面白い映画だった。エドワード・ノートン扮するハーレンはカウボーイの出で立ちで西部劇の夢想の中に誇り高く生きる男。白馬にまたがり愛する女を守るのだというあまりにも純粋な(故に凶器である)正義感の下、若くどこかあきらめたところがあるフツウの現代っ子のGFを荒っぽい愛し方しかできない父親から救い出そうとして状況がこじれ、追い詰められていく。両親に置いていかれた傷が彼をこんな風にしたのか、社会にも町の風景にも置いていかれた感じだ。ハーレンが最期を迎えたのは皮肉にも新興住宅地の新築中の家の中だったが、灰になった彼はGFの手によってValleyを見下ろす丘に還ることができた。マーヴがEdを"I can't stand it"と言っていたが、確かに恥ずかしいくらいの田舎くささがにじみ出ていて適役ではないかと思った。そして後から知ったのだが、GFの弟役を演じたのはマコーレー・カルキン君の弟なのだそうだ。いやはや、兄弟そろってこんなにカワイイのに、確か両親は彼らのギャラのことで揉めて離婚してしまったのだよね。


Michelina |MAIL