My life as a cat
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2008年03月27日(木) 友の引越し

クリスマスを最後にぷっつり音沙汰がなかったアレックスからメールが届いた。なんと家を購入してやっと引越し終えたとのこと。もう大好きだったCOMOの彼の家のバルコニーで沈む夕陽を眺めながらワインを飲むことは出来ないのはちょっとさびしいけど、これからのわたしの人生もっともっと素敵な場所に沢山出会えると期待しよう。家の購入で桜満開の日本を見に来られなかった彼のために引越し祝いを買いに行こう。


2008年03月25日(火) アマチャンズ

妹が駅でスコーンを買って帰り、ふと手書きで記入された賞味期限が3日前に切れていることに気付いた。たった100円くらいのものだが、ひとこと指摘してあげようとお客様相談室宛にメールを送ったところ、なんと謝罪に伺いたいので差し支えなければ住所を教えていただきたいなどという返信がきたらしい。わたしはそれを聞いて本当にこの国はどこかおかしいのではないかと憤慨した。ここまでしたがるのは触れ回られたら困るから口止めのつもりなのか。故意に消費期限や原材料を改竄して客を欺くような行為は嫌悪する。けれど、商売というのは立派な精神だけではやっていけない難しさがあるのだろうし、ましてこの件は恐らく書き間違え程度のものだろうし、じゃなくても3日「賞味期限」の切れたスコーンで腹をこわすことなどあるまい。しかし、こういうことが明るみに出れば世間はや〜ね、コワイわねと連発し、もう絶対買わないわ、と言う。自分の身だけは守られているという平和ボケであらゆることに無鈍着で、ばったりと出くわした悪者を罵って終わるような大人が多いのだから、子供が無差別に人を傷付けたりすると今度は世間が悪いなどと言い出す。あまりにも人任せ。「お客様は神様」という精神を弱みと見てつけこむような人が多いのが窺がえたことも気持ちが悪いし、売る側も謝罪して返品交換して次回に繋げるくらいの誠意は見せてもつけこまれてだらしなく頭をさげるべきではなく、それくらいの折り合いはつけるべきだ。

友人のハリソンにマーヴと結婚してコーヒーマシーンを買ってもらう約束があるのだと話したらものすごく笑われた。
「そんな高いものじゃないし今すぐにでも買えるでしょ!」
はぁ、はぁ、これだからパースからでたことのないオージーのアマチャンは困るわね。値段じゃないのよ。いつこの国から溢れるかわからない外国人同士のカップルにとって簡単に持ち運べないものを購入するというのは、けっこうな決意がいることなのよ。愛着が沸いたものを手放して帰国してゆく人の、残された物の、切ない姿を沢山見たもの。


2008年03月24日(月) Easter egg

パースはイースターホリデーで今日まで4連休。毎年誰かしらクリスチャンの友人がイースターエッグのチョコレートをくれたから今年は何もなくてちょっとさびしい。と思っていたのだが、我が家の年老いたウコッケイさんがあまりにも同じ場所にずっとうずくまって動かないので、具合でも悪いのかと抱きあげてみるとなんと久々に卵を生していた。今年はチョコレートじゃなくて本物のEaster eggをいただきました!


2008年03月23日(日) 「つがい」の解釈

「喪失の国、日本 −インド・エリートビジネスマンの日本体験記」
という本を読んだ。90年代の日本体験記なので風俗が少々古いこと、日本人が書いたフィクションだというような論争はあるものの、どのみち興味深く存分に楽しむことができた。日本人がインドであれだけ衝撃を受けるのだからその逆も然り。特に「つがい」に対する記述など自分の周囲の人を思い出すとぴたり合点がいく。

インドでは男女は互いに一対の神であり、別れはごくわずかな例外をのぞいて死別以外にない。それどころか、かつては夫が死ねば妻も共に焼かれたものだ。神の愛に終わりがないように人間の愛にも変更も終わりもない。それがヒンドゥー教における「つがい」の解釈である。しかし日本のつがいには終わりがあり、それはいとも簡単に、突如としてやってくる。

マーヴの友達のインド人の男の子は単身でオーストラリアに移民していたが、大学をでたら親がずっと前から決めていた女の子と結婚するのだと言って(婚前に一度別の女の子と遊びたいなどとも言っていたが結局願望だけにとどまった)、就職が決まったら奥さんが突然やってきたのだ。わたしはよく知らない人といきなり同じ未来を見つめて暮らしていくという感覚が不可解だったけれど、それから1年後、彼は、
「結婚っていいね。毎日女の人と寝られるんだ」
と当たり前だけれど、なかなか珍しい感想を述べてくれた。奥さんのことを心から尊敬して愛しているようで"選べない"、または"選ばない"という不自由はかえって幸福なことなのではないかと思った。当然だが他のカップルと同然、夫婦間の問題もあるようだけれど、彼らには別離という選択はない。ひとつひとつ丁寧に問題を解決していこうという姿勢に心を打たれた。こういう点でわたしはマーヴと出会ったことは幸運だったのではないかと思う。彼はインド人でもヒンドゥーでもないし、相当ウエスタナライズされているとはいえ、中国人と日本人の関係のようにベースの部分で通ずるところはあるようで、こういうところの考えは近いものがある。欧米人とそして自分の関係に対する見切りのはやさに疲れてきていたから、マーヴのアイディアは斬新でいちいち驚きながらもすっかり影響を受けて選択の余地を感じなくなり、悩みはしても迷わない、逆に精神的な開放を享受したのだった。


2008年03月20日(木) That's what friends are for

朝からたっぷりと力強く雨が降り続けて、愛猫を友に小部屋に籠るのに最適の一日。いつか会社を辞めた時に同僚がくれたローズのお香を焚いてベッドの上でごろごろ音楽鑑賞。"That's what friends are for"は80年代、ディオンヌ・ワーウィックとHer friends(スティーヴィー・ワンダーやエルトン・ジョン)がエイズ・エイドを目的に歌った曲。

今週は同僚のお母さん(離婚してひとりで暮らしていた)が倒れて、いつも手厚く面倒を見てくれる彼女が来なかった。そのうち、ランチタイムの仲間との囲碁を楽しみに大きなお弁当を持ってくる嘱託のおじいちゃんの奥さんも具合が悪くなって、次の日はお弁当がなかった。
「あんた人生はなんとかなる思っとったらなるんよ。」
といつか頼もしく言ってくれたのに、出来合のお弁当を食べる姿はやっぱり寂しそうで、いつもより体が縮んで見えた。春からの転職先を見つけた同僚は期待と不安にそわそわしはじめた。周囲に渦巻くあらゆる感情に動揺した一週間、同時に、日々ただすれ違うだけように見えた人々との繋がりの尊さを思ってこの曲が心に染みたのでした。

Keep smiling, keep shining
Knowing you can always count on me, for sure         
That's what friends are for      
For good times and bad times     
I'll be on your side forever more 
That's what friends are for 


2008年03月17日(月) 寒緋桜

物の序でに上野公園を散歩。パッと目を惹くこの木は寒緋桜というんだそうだ。韓国冷麺(美味しかった〜)も食べて上野を満喫しました。

"Excuse me"
と背後から声がするので振り返ると黒髪でコバルトブルーの綺麗な目をした青年が立っていた。道を聞くので外国で迷うのは心細かろうと詳しく詳しく親切に教えてあげた。そのうち彼がスペインから来た交換留学生だとかなんちゃらと聞き、しかし段々本当は道に迷ってなどいないのではないかと思いはじめた。日本人の友達が欲しいだけなのではないか。もっと悪く考えれば日本人の女の子は簡単なので味をしめたのか。しかし、いずれにせよ、こんな下手に計算したアプローチの仕方をするなんて全く日本人的。ラテンの血も廃るわね。

すごいタイミングだが、今読んでいるのはスリランカ人留学生(今では大学の講師まで務めてる!頑張ったわね。)の書いた日本滞在記。留学生も国際交流もWelcom、しかし就職、永住はお断り。どこの国でも同じようなものだろうけれど、日本ほどシステムの閉鎖的なところはないかもしれない。盲目な欧米崇拝主義もダークスキンの彼などは困難を極めたようだ。日本を愛しているからこそ、この国の問題点をしっかり見据えた意見には共感するばかりだった。

(写真:おじいちゃんはストレッチ中)


2008年03月14日(金) 六人の侍、七人の小人

面識のないマーヴ兄兇判蘚渡叩バリスターなだけあって言葉足らずの兄気茲蠅眞覗害活な喋りっぷり。"Big Mouthの弁護士以外なら"と言いつつもかなりの"美人好き"で親が連れてきた見合い相手を片っ端から全部断って彼らを呆れさせ、アメリカに妹を訪ねて行ったら一晩だけ金髪のお友達ができたとかいうやんちゃエピソードも耳にしていたせいか、すぐに緊張はほぐれ打ち解けることができた。妹とはすっかりメルトモになってしまったし、兄気箸發燭泙謀渡辰馬辰后7残錣澆鵑雰鬚笋で明るくのびのびと育った感じがわたしの好きだったマーヴの空気で心地いい。6人も子供がいたらさぞかし騒々しいだろうと思うが、逆に6人もいたからみんなそれをわきまえて聞き分けよく、せっせと勉強して奨学金などを得て進学して親に負担をかけなかったようだから出来の良い子供達だ。マーヴを見ていても自分のわがままを通したりすることはなくて、わたしがNOと言えばじっと我慢していたりするので、逆に気の毒になってこちらが折れてしまったりする。更に興味深いのはママはヴェーガンなことだ。子供達には普通に何でも出すらしいが、卵を割ったりお肉を切ったりすることはできず、それはヘルパーがやっていたという。それにしても仕事を持って、6人の子供を持って、ヘルパーがいたとはいえ子供達に"おふくろの味"をちゃんと提供したのだからパワフルだ。
「よ〜し、こうなったらわたしは7人産むぞ!!」
と意気込んだら、マーヴはスゴ〜イとまるで他人事のようだった。


2008年03月12日(水) 曇天

夕方の駅構内のカフェで、前の席に二人の中学生の男の子がやってきた。坊主頭でベーコンのはみ出した大きなバーガーと山盛りチップス、コンビニの袋の中には少年マガジン。前を向くだけで視界に入るので眺めていると、二人の手の動きが妙に忙しいと思い、そのうちそれが手話だと気付いた。楽しそうだった。声を出して喋っている人々よりもよほど賑やかな雰囲気。いつから聞こえないのか、もしかしたら"聞こえる"という感覚を知らないかもしれない。子供というのはどんな苦境に遭ってもちょっと時間が経つと全て忘れてしまったように笑ったりするからいじらしい。先週はただただ落ち込んでいたマーヴが今週になってまたケラケラと笑ったりするようになり、それは逆にわたしを打ちのめした。わたしは政治の不安定な国の人々が一様にする社会の規律で何かを諦める時の暗く哀しい表情を知っている。だから彼がどんな顔で色んなことを諦めたのか想像できた。勤勉なインテリである彼のお兄ちゃんすら、わたしがパースに戻った時、よく戻ってこられたね、僕達は無理だよ、と言った時もあの表情を浮かべていた。日本人として生まれ育って無能なままその上にあぐらをかいて生きてきたことを指摘されたようでたまらなく疚しい気がした。どんなにしても生まれる場所や境遇は選ぶことができない。ふと永井荷風の言葉を思い出す。
「光栄ある、ナポレオンの帝政が、今日までもつづいていたなら、自分はかくまで烈しく、フランスを愛し得たであろうか。壮麗なるコンコルトの眺めよ。それは敗戦の黒幕に蔽われ、手向けの花束にかざられたストラスブルグの石像あるがために、一層偉大に、一層優婉になったではないか・・・・・」
どうにもならないことを嘆いても前進できない。敗北と痛みが人生を美しく導きますように。


2008年03月06日(木) 日光浴

「桜の開花予想なんてしなくたっていいわよ。いつか絶対咲くんだから。」
朝のニュースを見てぼやいている母を尻目に家を出る。祖父母の家のほうの田舎道には敵わないが、うちの近所で咲き始めた梅の花も心踊らされるには充分だ。どこかの民家の庭に道路側の通行者に見せびらかすかのようにクチバシを向けて置かれている実物大のアヒルのフィギュアの横を通過する瞬間に、毎回驚き仰け反るのが日課。わたしの反射神経というものは学習能力がないらしい。

天気がいいのでランチは外へ出た。日光浴をしながら読んでいるのは。。。
久坂葉子作品集「女」
自作の小説を遺書のようにしてたった21歳で人生に見切りをつけてしまった人らしい(わたしが生まれる前のこと)。鋭敏な感受性を表現する端的な言葉はその凝縮された短い生涯のようだ。人生なんて苦しいのが当たり前よ、死にたいなんて若気の至りのよ、あまりにも浅はかで短絡的ね、とみくびりながらも一度ページを開いたら引き込まれ、彼女の苦しみが体に突き刺さってくるようだ。

後からやってきた同僚と「退職金」の話になる。
「あと3年働けばたんまり出るから、それを持って海外遊留学かな。で、ガイジンと結婚ね。あ、待って、やっぱりアライさん(元同僚)みたいなハーフがいいかな。日本人と欧米人のいいとこどりね。で、30才で再就職。20才の時と同じように新しくスタートするの!」
わたしがパースでぼんやりしている間もずっとずっと健気に働いてきて、たまに、見送るばかりで、、と送別会を嘆く彼女が人生初のロングヴァケーションへ経つのを嬉し涙を流して見送ってあげたい気分だった。


2008年03月04日(火) これから

マーヴの裁判は全てにおいてフェイル。当人の落胆は測り知れなくて、電話越しの声は完全に精気が抜けていた。誰もが予測しなかった結果に、改めて外国人留学生という立場の弱さを実感した。学費だってオーストラリア人の倍は取られて、技能を持たなければ住まわせてはくれないから勤勉に能力を磨く、そうやってきた外国人も何か問題があれば守ってくれるものはなくたちまち弱い立場に追いやられる。どこの国でもこれは多かれ少なかれ同じだろうけれど、それにしてもやるせない。日曜日の夜にテレビでやっている弁護士夫妻を主体にしたコメディが面白いのでたまに見ているのだけれど、その一話にこんなのがあった。平凡な仲むつまじい家族がいた。ある日、父親が痴漢の罪に問われ警察に連行されてしまう。罪を認めれば起訴されず、5万円の罰金を払ってすぐに釈放される。認めなければ裁判まで数ヶ月拘束されるか、あるいは保釈金を積んで塀の外で裁判を待つか。父親は潔白であったが、痴漢の裁判で無罪を勝ち取れる確立は3パーセントと言われているくらい低いものだから、弁護士までもが認めて罰金を払ってしまうことを勧めた。結局、言われるままにして一見元通りの平穏な生活が戻ったように見えたのも束の間、前科がついてしまった父親はそれに気を病むようになり自殺した。一番の懸念はそこで、マーヴが"相変わらず"自分の知っているマーヴであることに胸を撫で下ろしてこの一年を過してきた。

しかし、この湧き上がる力はなんなのだろうか。自分の身を庇う為に彼をこんな困難に落とし入れた人々を憎いと思うこともあるが、そういう人々はこれから同じような困難に遭うのだろうし、大体それまでの人生が粗末なものであったに違いない。その点マーヴにはいつでも親密な良い家族と友達という「宝物」があって真っ直ぐ生きてこられたのだ。彼の周囲に墨汁が染みるように浸透した不運は人間を強くした。わたしは泣くこともせず、負けるものかといつもと同じ一日を過し、彼にも
「あなたはこれから人一倍幸せにならなきゃいけないのよ!!」
と声を張り上げた。


Michelina |MAIL