My life as a cat
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2007年04月27日(金) ほろ苦い事々

自分の調べもので弁護士に電話をしたついでに、ほんの少しマーヴの話をするとその人はほぉ?と興味を持ったのかあれこれと突っ込んできた。が、最後まで聞くとあっさり、「一見彼が被害者のようで可哀そうだけど、それはオーストラリアじゃ助かんないね。あの国はそういうところだから。」と見捨てるように言った。田舎くさい非論理的なシステムの中でメルボルン事件のような一見というより100パーセント被害者ではないかという人々を10年も刑務所に放り込んでしまう国だ。確かにマーヴが無罪を勝ち取る道はあまりにも険しいのかもしれない。でもやっぱり賞罰を受けた後も犯罪歴を背負って残りの人生を少しずつ阻まれながら歩かなければならないことを考えるとあきらめられない。

夜に父が娘のように可愛がっていた知人の子がカナダへ留学するというので、見送りを兼ねて家族みんなで彼女の家が営んでいる居酒屋へ行った。わたしに付きあうつもりか珍しく一緒に日本酒を飲んで飲んで、、、飲みすぎた父は「えっちゃんはこんな小さい時から知ってるのに、さびしいなぁ。そんな遠いところに行っちゃうなんて。」と彼女の母親相手に泣いた。一年ぶりに会った父は小さい男の子のように駄々をこねたりすることが多くなった。今夜の涙は自分にも向けられたものなのだと感じてまた胸が苦しくなった。

ほろ苦い日々の中で仄かに力を与えてくれるのは、これから先のマーヴの人生はわたしがあたたかいものにしてあげるのだという、寂しさに吹き飛ばされそうなか細い決意だけだ。


2007年04月25日(水) 自然?不自然?

近所のベーカリー・カフェで軽いランチを摂っていると、酔っ払いのようによたよたとしたワゴン車が駐車場に入ってきた。運転しているのは髪を汚らしく脱色した顔色の悪いジャージ姿の30歳くらいのオネエチャン。煙草を指に挟んだほうの手でハンドルを操作し、もう片方の手には携帯電話。夢中で何かを喋っていて全く周りが見えていない様子。何度も切り返してやっと駐車して中に入ってきたがトレイを掴んでも依然電話に夢中になっている。カフェ中に放送しているのではないかというくらい声が大きい。
「今はね〜、黒いの3コで白いの4コ。あっ、あれはだめ、可愛くないも〜ん。」
彼女がブリーダーで○コとカウントされているものが血の通った子犬なのだと解りかけたとき自分の体内の血がドクドクと騒ぎ始めて頭上に昇っていくのを感じた。

奄美大島では「自然を守るため」草を食いつくしてしまう野生のヤギの捕獲をするという。最近「自然」という意味が本当にわからなくなってきた。人間の美意識に沿って管理されたものを「自然」というのか、それは「不自然」ではないのか。それとも人間のような強いものがそこを管理していくのが「自然」の摂理なのか。


2007年04月20日(金) 相変わらずなこの国

水曜の朝に寒い寒い成田空港に降り立った。またひとまわり小さくなった母と相変わらずヘンテコな服を着た妹が迎えにきてくれて、通勤ラッシュを外して帰ろうと入った喫煙できるのが普通の日本のカフェで、喉にべたべたへばりつくような煙を吸わされて帰ってきたことを実感した。

昨日は爪にスカラプチャーをつけるという妹にひっついて銀座へ行った。ひとりで歩きまわってマーヴに手紙を書こうと和紙に紫陽花の絵が入った便せんを買ってしまうと、それから何をしていいのかわからなかった。デパートの1階にいる人々は、まえに見た映画の中のマリー・アントワネットのような空虚できれいな顔をしていて、欝病にかかった妹がその中にいるように思えた。

久々に日本へ帰ると浦島太郎のようだとみんな言うけれど、それはまたそこに馴染もうという興味を持って見つめている人だけが持つ感想なのかもしれない。わたしにはもうどこがどう変わったのかわからない、「ただただ毎日めまぐるしく新しい物が生み出される国」ということだけが逆にこの国の変わらないところだと思う。

ここでわたしに元気をくれるのはなんといっても食べ物だ。筍ごはんや昆布の佃煮、セリ入りの卵焼き、めかぶなどを口に入れるとき日本人でよかったと思う。美味しい話ばかりを拘置所で何を食べさせられているのかわからないマーヴへの手紙に書き連ねて、もしかしたらわたしってヒドイ?と悩んで、最後に「いつか絶対あなたを日本に招待します」と加えておいた。


2007年04月15日(日) 一筋の光

帰国の準備も一段落ついて、この週末はナエちゃん&デニス夫妻とたっぷり一緒に過ごすつもりだった。昨日は一年に一度開催されるブディストのけっこう大きなフェスティバルへ行って、屋台で売られているベジタリアン・フードをつまみながら、中国人らしいと苦笑いしてしまうほどせっかちに打ち上げられる花火を鑑賞した。そして車に戻ってみるとブロークインされて着替えを詰めたわたしのバックパックが盗られていた。すっかり気分を害して三人で割られたガラスの始末をして家路に着く途中、楽天的なデニスが言った。「悪いことの後にはいいことがくるから楽しみだな。」と。

それは本当だった。昨夜泊まった彼らの家で午後の時間をまったりとおしゃべりに費やしているとわたしの電話がなった。とると、なつかしいマーヴの声がした。一ヶ月半ぶりに聞く彼の声に卒倒しそうになりながら一生懸命話した。刑務所内の病院は比較的自由で、彼はジムで軽いエクササイズをして、大好物のチョコレートを買って食べて、シンプソンズもちゃんとみて、明日になったらお兄ちゃんからお金が届くので画材を買ってペインティングを始めるつもりだという。夜になかなか寝つけないというものの人間が変わってしまうほどの落胆ぶりはなかったことに胸を撫で下ろした。そしてしつこいくらいに「またパースに帰ってくるよね?」と繰りかえされて、今逃げるように帰国してしまうこと、そうしなければならないことを切なく思った。何があったのか真相など知らなくてもいい。わたしはあなたが悪いことをしたなどというのは絶対に信じないし、何よりもあなたはわたしの大切な人なのだから健康になって帰ってきてくれるのを待っているからと伝えることができて胸がいっぱいになった。

夜に雨の中、東南アジアの屋台のような食堂へ行った。みんなでヌードルをすすりながら他愛ないおしゃべりに花を咲かせた。すっかり萎縮していた胃袋にたっぷり栄養を詰め込んで、久しぶりに腹の底から笑った。


2007年04月13日(金) 家に帰ろう

しばらく帰国することになった。八方塞がりでどこへ向かっていいのかわからず、その上隣人の奇行は度を超えてわたしを震えあがらせる。マーヴがいた時は3人で飲んだりしたこともあっただけに怖いだけでなく不信感に辛くなる。体中に発疹のようなものがあらわれて頭痛や吐き気もひどい。気持ちでは大丈夫と思っているのに体が危険信号を発しているのか。家に電話をかけて1年ぶりに聞こえた母の声にほっとしたのも束の間、父親だけでなく妹までが鬱病のようなものにかかってしばらく仕事を休んでいると知る。わたし達家族は家の中がバリアを張られたように平穏だから、一歩外にでて味わうストレスにめっぽう弱いのかもしれない。とにかく家に帰ろうと思った。何か違うものが見えてくるかもしれないし。


2007年04月07日(土) Halfway back

とうとうマーヴの部屋は空けることになって、静まりかえった部屋でお兄ちゃんとふたり、ぼそぼそと大した量でもない彼の持ち物をまとめた。服でも何でも質の良い物がひとつだけあればいいという人で、浮気性な雰囲気のないそういう品の良さが好きだった。一緒に過ごした部屋の景観がみるみるうちに変わっていくことにどうしようもなく心細くなっていると、いつも必要最小限しか喋らないお兄ちゃんが、わたしの生い立ちを調べるように色々と質問をしてきて、それに答える度にずっと知りたかったことがやっとわかったというような満足げな表情をするのでそれが少し可笑しくて、雁字搦めだった精神が少しほどけた気がした。無言で強く信頼し合っているような男くさいこの兄弟の間には「女」の話題などないのだろう。けれど、どうしようもないくらいシャイな弟がはじめて家に連れてきた女が気になって、それでも突っ込んで聞くことができずにいたのに違いない。

もう一息で終わるという頃、ふと顔を上げるとお兄ちゃんが水を飲みながら窓の外をぼんやり眺めてぼそりと、「あぁ、つかれたな」とつぶやくように小声で口にした。それは人生のあらゆることにつかれてしまったのではないかと想像してしまうくらい重く響いて、人命を預かるプレッシャーの大きい仕事と自分の築いた家族と弟の狭間で責任感ばかりに生きてしまっているのではないかと本当に可哀そうになってしまった。

わたしがキープすることになった、ゴロゴロと寝そべってお菓子を食べたり、音楽を聴いたり、あらゆるふたりの時間を刻んだ大きなベッドに横になったら、マーヴが半分帰ってきたような気がして久々にあたたかい眠りについた。


2007年04月02日(月) あたたかい寝床

千羽鶴を折っている。ほんの簡単な夕飯を作るにも、なんでも手伝いたがって野菜を洗ったりしてくれたマーヴがいないことを実感して、あらゆる生活のことをおろそかにして、ただ堪えるように時間を持て余しているわたしにはうってつけだ。スカイブルー一色の全部同じ鶴。折っても折っても終わらない。そのうち肩が凝ってきて眠ってしまう。

奥さんと子供を残して自分だけが先にここに移住してきた隣人は、マーヴがわたしの周りをうろちょろしなくなったてから妙になれなれしい。休日にどこかへ行こうなどと誘われるたびに寂しさを舐めあうような関係を想像しては悪寒がはしる。夜中に彼がたてる物音などはたまらなくわたしをナーバスにする。今のわたしに必要なのは寂しい人なんかじゃなくて安心して眠れるあたたかい寝床だ。


Michelina |MAIL