My life as a cat
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2005年08月31日(水) 立派になった息子

相変わらずケイ君は叩かれまくり。で、そのケイ君って本当にデキル人なの?と聞きたくなるかもしれないが、デキルから将来を期待され上から叩かれて鍛え上げられているのだ。ダメな人は黙って切られます。

いつまでも社会で自分が一番若手だと思っていたら大間違いで、気付くと手の焼ける年下が沢山いるので驚いてしまう。わたしのグループにはケイ君のようなのが3人もいるので大変。彼らは男の先輩に厳しくされている分、女のわたしにはワガママいっぱいとことん甘えてくるのだ。そして口では「そんなこと自分でやってよ」と言いつつも事実わたしは彼らにとても甘いのだ。

だからわたしは息子達に無償の愛を注ぐ母のような気分でいたのだが、今日は息子その,離吋しが「いつもお世話になってるんで、今夜の事業部の屋形船のイベントおごります」と言ってくれた。用事があったので結局は行けなかったのだけれど、立派になった息子が母の日にプレゼントをくれたような気分で泣けた。


2005年08月28日(日) きっと大丈夫

今日はベストフレンドの結婚式。身近な将来の設計、どうしても叶えられなかった夢、降りかかる災難、壊す勇気を持てないただ生ぬるい日常の中を何年も彷徨った彼女に結婚を決意させたのは、お腹に宿った新しい命によるところが大きいようだ。1ヶ月前に会った時にはまだ煮え切らない様子で、つわりも酷かったせいかやつれていて、結婚を1ヶ月後に控えた女がこんなに疲れ果てた雰囲気でいいのか?と心配になったが、昨日の昼間に電話をしてみるとここまできたら決意はできたと言っていたので少し安心した。今日は彼女が幸せそうな顔をしているといいなぁと少し緊張をしていると白無垢を纏った彼女が浮かない顔ででてきた。近寄って声をかけるとかつらが重過ぎて辛いのだという。あぁよかった、そんな理由で。披露宴でウエディングドレスに着替えた彼女は頭が軽くなったせいか表情もぐんとよくなり、やっぱり誰からも「可愛い」と言われてきたわたしのベストフレンドだった。披露宴には旦那さんの友達が沢山来ていて、彼らのスピーチなどを聞いていたら、なんとなく男同士の友情をとても大切にする人で女に必要以上に甘いことをしないタイプの硬派な人間なのだと悟った。だから彼女はちょっと甘い言葉が欲しかったりで淋しい思いをしたのではないか。でも逆に安心した。長い人生を共にするにはこんな人でいいんじゃないかとわたしは思う。

15年間、沢山の彼女の笑顔や涙を見たけれど、今日は沢山の思い出を全て粉々にして空に向かって撒いたような気分だった。


2005年08月26日(金) スカウト

朝の通勤電車に乗る疲れ顔の「働き者」達の頭上に下がる中吊り広告に「30歳から半リタイア生活」の文字。リクルートが出している「スカウト」というマガジンの広告らしい。広告会社の戦略に意図も簡単に乗せられてしまったわたしはそのマガジンを購入し、ランチタイムにいつものイタリアンレストランの隅の半個室の席で夏野菜のリゾットを口に運びながらこっそりと広げ、恐ろしいくらいの集中力で読む。

結果。日本人の「半リタイア生活」ってオーストラリア人の「レギュラー労働生活」とさほど変わらない。

わたしの職場の人々は働き者だ。営業の男性陣は契約に応じて給料も違ってくるから少なくとも目標に向かって働いている。しかし一日中コピー機にはりついている女性までもが夜の9時、10時まで働いているようだ。しかももう何年も何年も長い間そうして働いているという。一度彼女達に飽きないのかと聞いてみたけれど答えは、「そうだね、たまに飽きるよ」と言うだけで嫌そうではなかったので、世の中には1日の半分をコピー取りに費やす人生を拒まない人種もいるのだと半分納得し、けれど半分腑に落ちない感じがした。

定時にあがってしまうわたしでさえ平日にはもう自分の時間がないと感じる。ゆっくりと考える時間が充分ではなくてそのままどんどん時が過ぎていく気がする。

この会社の人々は文句の無い給料をもらっているからこの仕事をしたくないけれどなかなか辞められないという人もちらほらといるようだ。確かに1人身でなければお金と安定は見方につけておいたほうがいい。けれど、やっぱり自分の好きなことをして年をとっていきたい。


2005年08月21日(日) 神様でもお断り

家のすぐそばをドライブしているとよくブタさんを乗せたトラックと並ぶ。今日のブタさんはきっと屠殺所へ運ばれている最中だと思った。もう丸々太っているし、思いやりの欠片ももらってない。ただの「製品」として扱われていた。炎天下、荷台にギュウギュウに詰め込まれて、なんとか呼吸する隙間を探して顔を動かしては隣のブタさんと鼻がぶつかる。トラックは高速道路のICへ入っていったのでこれからおそらく数時間この状態で殺されるのを待つ。

やっぱり彼らがベーコンになるためにこの世に生み出されたなんて納得できない。神様が与えてくれたから感謝して食べるなんて言葉はうんざり。無宗教なわたしは目の前で罪の無い動物が苦しんでいるのがただ耐えられない。神様が与えてくれても今のところ裕福だからお断りする。


2005年08月20日(土) 合羽橋・浅草

おやつの時間にくれあさんと田原町で待ち合わせ。降りたことのない駅で降りるのはわくわくする。地下鉄の駅の構内から地上に登った途端に鼻に着く焼きそばの香ばしい匂いに思わず「ひとつください!」と言いそうになる。下町の香りぷんぷん。

業務用に買う人が仕入れにくるから安いという陶器やキッチングッズ、ガイジンが絶対喜ぶ日本にしかないであろう、「レストランの前にある食べ物の見本のオブジェクト」を眺めて歩く。日本人って真顔でこういうもの作るのが面白い。

途中のカフェでほどよいボリュームの和風パフェをつつきながらコーヒーを啜り、わたしの勤めている会社のインチキさや、くれあさんの働いていた頃に遭遇したちょっぴり奇異な人の話などをする。

そして浅草方面へゆっくり歩く。日本の夏の日暮れ時ってどうしてこんなに趣があるんだろう。目をつぶっても匂いや湿度や風鈴の音で自分が日本にいることがわかりそう。みやげ物屋をひやかしてお参りをして軽く一杯飲むことに。

適当に入った「母ちゃんの店」は客に媚びないおばちゃんがオーダーを取りに来たかと思えば、はじめから何をオーダーするか予測していたのではないかと思う程素早く出てくる。笑えるようなボリュームの料理に、豪快にあふれんばかりに注がれる酒、、、すっかり楽しくなってしまった。そして物価が安い。母ちゃん、ごちそうさま。


2005年08月19日(金) 病気にならない生き方

昨日の記事の続き。この本を帰宅途中の電車で熟読して家に着くと、母親がぼんやりと座椅子に座っていた。そして突然「肺癌かも」と言う。でもわたしはあまり驚かなかった。一般的にみたらそこそこ健康的な暮らしをしているように見えるうちの家族もわたしからみたらかなり甘いし、両親はもう若くないからそのうち何か来るのではないかとうすうす予感していたから。大抵野菜しか食べないうちの家族のどんなところが不健康なのかといえば化学調味料に鈍感、だらしなくテレビをつけっぱなしで居眠りをする、味付けが濃い、火を通したものが好き、白米を食べる、洗剤の成分などに無鈍着、、、、など。癌かもなどと言われたら驚かなくてはならないのだろうか。「ふ〜ん」とだけ答えると「冷たいね」と非難された。冷たいわけじゃない。もちろん人が病気になって嬉しいわけなどない。でもいつ病気を告白されても驚けない程、健康に対する自己管理能力の無い人(または無鈍着な人)は世の中にあまりにも多い。だからやっぱりね、、、と思ってしまうのだ。

この本の指導に沿って少し今日は体に入るものを改善した。まず朝食はトーストをやめて、おにぎりに。朝のコーヒーはTully'sで牛乳を豆乳に変えて(これはまろやかで美味しいのでおすすめ)、ランチタイムまでは緑茶をやめて水を飲む。ランチはいつもどおり。イタリアンレストランでモロヘイヤとオクラと長芋のトマトソースパスタを。午後もお茶は飲まず、水で水分補給。夕飯までにおかきを2枚、夕飯は奇遇でまたオクラとモロヘイヤを刻んだもの、白米、焼き茄子、小魚の唐揚げで日本酒をおちょこに一杯だけ、麦茶を飲んでお終い。とりあえずの課題は果物を摂ること、油をもう少し削ること、白米を玄米に変えること。

そして出来れば無農薬野菜を食べたい。母方の祖父は間質性肺炎で最後には呼吸が出来なくて苦しんで死んでいった。この病気の原因として医者がよく挙げるのは「家畜を飼っていること」。祖父は家畜を飼っていたからまさに当てはまる。肉食はあらゆる面で良くない。家畜に接する人々はそれだけであらゆる病気になることが多いし、屠殺所の労働者は社会的に差別を受ける、環境に負担をかけ、動物は苦しみ、食べる人の健康も害す。「美味しい」を手に入れるだけにしては代償が大き過ぎる。じゃぁ野菜ならパーフェクトなのか。祖父は農薬を撒く仕事もしていた。撒く人を病気にし、土壌の健康も害し、食べる人の体内にも蓄積される農薬つきの野菜もまた肉ほどでないにしろ暗い影がある。今は近所の人に野菜を頂いて、それだけで充分食事が賄えてしまうから、我が家で野菜を買うことはなかなかない。けれど、機会に恵まれたら是非改善したいところだ。


2005年08月18日(木) 病気にならない生き方

米国アルバート・アインシュタイン医科大学外科の新谷弘実教授の著書病気にならない生き方を熟読。どれも目からうろこ、大いに納得できる論理ばかり。それを証拠に著者のアドバイスに従って食事から生活習慣を改善した元がん患者が病気を再発させたことは一度もないという。

新谷論では全ての薬は基本的に「毒」だという。わたしはまだこんな医者に会ったことがない。化学薬品にはもう痛くていても立ってもいられないという患者を一時的に楽にしてあげるメリットはあるけれど、それは本当に「一時だけ」。根本から治してくれるのは自然治癒力を高めることや、生活習慣を見直すことでしかない。

そして動物性食品が人間と相性が良くない理由。そのうちの一つは単純に人間より体温の高い家畜の肉を人間が食べるとその脂を人間の低い熱では溶かせないので体内にこびりついてしまうからだという。そしてミルクが良くないわけ。人間用に処理された牛乳を子牛に与えると子牛は3日くらいで死んでしまうという。理由も詳しく書かれている。

わたしは動物性のものはあまり摂らなくてほぼ著者のいう「病気にならない生き方」をしていると思うがひとつ驚いたのは市販の「油」があまり良くないということ。わたしはベジタリアンだからと食事に結構油を注いでしまったりしていたのだ。良くない理由というのも納得のいくものだったので今後油を減らすことを心がけよう。

日本は世界一の長寿国と言っても病気のまま生きている人が多いだけだと言う。長生きすることを強く望んでいるわけではないが、少なくとも生きているうちに病気で苦しみたくないと思う。若い今のうちから食生活はしっかりしたいものだ。

お得なハッピー・セットを食べ続けて今得をしても、将来医療費が嵩んだら一生分にしてお得なんかじゃない。そこに痛みも伴うのだからむしろ損をしている。今は健康で、健康でいることに興味がない若者とテレビの「健康法」に踊らされている主婦におすすめしたい一冊。


2005年08月06日(土) 上野をふらふらと

用事があって上野にやってきた。駅だけは見るたびに新しい店が出来ているような気がするけれど、ちょっと駅からでればそこには相変わらずの東南アジアを思い出させる香辛料とスープストックと果物の混じったような匂いと威勢のいい人々の熱気に包まれた街がある。用事はすぐに済み、せっかく久々に来たのだしと少し散歩することにした。屋台と提灯の並んだ不忍の池の周りをゆっくり歩いた。一面広がる蓮華畑がより一層自分がアジアにいることを実感させた。こんな時は自分の黒髪が誇らしい。上野は婚前の父と母がしばらく住んだ街で、子供の頃から車でこの辺にやってくると父は決まって何か思いで話をし、得意気に運転した。リュックを背負って動物を観たり、アートギャラリーを観たりもした。大人になって「東京で上野が一番好き」というアジア系男性2人と立て続けに知り合ってデートしたけれどいずれも初めてのデートが最後だった。

久しぶりに過去を振り返るほどの時間の余裕を持てて精神的にとてもリラックスして、体は疲れて泳いだ後のような心地良いだるさにとりつかれた。何か飲んでから家路につこうと駅ビル内にあるスターバックスへ入ると旅から成田空港に戻った時のような現実に戻る瞬間の気分を味わった。


2005年08月05日(金) 日本男児にお説教

先日話題に出した上司が離婚することになって、今週はずっと、子供と離れて暮らすことがどうにも辛くて泣いた目を腫らしてくる彼の奥さんに対する愚痴聞き役に徹している。奥様タイムのテレビ番組から飛び出したようなありふれた不仲夫婦話でどちらが悪いかわからないけれど、とりあえずは人として目の前のこのやつれてしまった大の男をちょっと救い上げなくてはと「それはちょっと奥さん酷いですね」と少しだけ味方をしてあげた。「そんな酷いことされる原因は自分にはないんですか?」なんてことは今は言うのはよそう。

しかし、久々に参加した日本社会で、わたしは日本人男性に絶望を感じてしまった。この会社の男性が特殊なのかもしれないし、日本社会はこんな男性で溢れているのかもしれないし、それはわからないが、わたしの暮らしているほんの小さな世界の統計では日本人男性は奥さんは「いざとなったら停泊できる港」くらいに考えている人が多い。わたしを食事に誘ってくるのは厚かましい既婚者ばかりで、本気で合う人を探さなければならないシングル男性はそう簡単に声などかけてはこない。一時は単に自分が既婚者に好かれるタイプなのかとも考えたが、どうもこの事業部の女の子みんなが同じような境遇を嘆いていたのできっとそういうわけではないのだ。

今日、電話でしか話したことのない客(若い)がわたしと飲みたいと、わたしの上司に自分の名刺を託し、さらに電話をかけてきてきて今晩あたりはどうかと言う。遂に昼下がりのちょっと静かになったフロアで説教をしてしまった。「毎日遅くまで働いて家族と交流する時間がないんだから、金曜の夜にわたしと遊ぶ暇があったら、真っ直ぐ家に帰ってたまには奥さんと交流を持ったらどうですか!」と。周囲の既婚男性陣は「あぁ耳が痛い」と言い、客もすごすごと退散していった。わたしはこれをスピーカーでも使って事業部中に放送したいくらいだった(笑)。

もう、これから結婚するだろうわたしをこれ以上絶望させないでと彼らに言いたい。たまに珍しいものに興味を示すのは結構だけれど、まず一番大事なものをちゃんとケアしてからね。


2005年08月04日(木) スローリビング

蒸し暑い日が続いているけれど、暑さにはめっぽう強くて、日焼け止めを塗って相変わらず外出の多い仕事を難なく(というよりむしろ外出が好き)こなしている。今日は銀座へ行かなければならなかったので道すがら贅沢ランチを摂ることにした。ホテルの中にある地中海レストランはサービスが良くて、快く"肉抜き"料理を出してくれる。ここの焼きたてのくるみパンも美味しい。こういったレストランでは食べることに集中しなければ悪いような気になるけれど、1人だったので先日買った雑誌を広げさせてもらった。"スローリビング"。日本ではこんな"スロー"を題材にした雑誌が売れ始めているというのをパースから眺めていたけれど「都会でスローとは程遠い暮らしをしている人々に"スローグッズ"を売りつける為の雑誌に違いない」などと冷淡な感想しか持たなかったのに、買ってみるとそうでもない。むしろとても素敵な雑誌だと思った。しかしこんな雑誌を見ながら時間を気にして食事をしているんだからそれこそスローとは程遠い。スローじゃないからこんな雑誌が売れるんだということもよくわかる。それでもわたしは今の忙しい暮らしの中に自分のスローな時間とオアシスを持とうと決めた。きっとこの大都会でこんな雑誌を手に取っている人は同じように思っているに違いない。

クーラーでヒンヤリとしたレストランをでて、熱がめらめらと湧き出しているアスファルトを日陰を選んでとぼとぼと歩いた。仕事はたったの5分で終わりまたとぼとぼと会社へ向かって歩き出した。風鈴売り場で立ち止まり、吸い込まれるように店内に入り、何故か小さなスケッチブックと黒いデザインペンを衝動買いした。何か楽しいイラストが描けるかな。


Michelina |MAIL