My life as a cat
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2005年05月28日(土) Narita Express

遠くへ行ってしまう友達とランチをして、ヒンヤリとした石畳に腰掛けてバブルティーを飲んで沢山話して午後を過ごし、夕方に東京駅で別れなければならなかった。出発10分前にホームに到着したピカピカで快適そうでそれだけで"長旅"を想像させるようなNarita Expressを見ただけで友達が果てしなく遠いところへ行ってしまうような気持ちになって心の中でぽろぽろと涙がでてきた。色々なものがあふれていて楽しい半面、日本社会にフィットできない思考や性格を抱えて孤独感もつきまとう東京の生活からわたしを救い出してくれるのはやはり外国人だったり、日系人だったり帰国子女だったり、日本を離れてみた経験のある人だったりする。でもそんな人々はすぐにどこか遠くへ行ってしまう。Narita Expressが去って線路にぽっかり穴があいた瞬間、堪えていた涙がぽろぽろと流れてきてしまった。

人間泣いたりするとすごく疲れるもので、すぐ反対側のホームに来た電車に乗り家路に着く途中、深く深く眠ってしまった。


2005年05月27日(金) 不注意カップル

忙しかった一週間の締めくくりはさっさと定時で仕事を切り上げて銀座へ繰り出し、気の合う友達と美味しい日本酒と美味しい料理で乾杯し気分も爽快。こんな気候のいい日は飲んだ後の散歩も気持がいい。銀座一丁目の桜通りを新富町に向かって陽気におしゃべりしながら歩いていた。そして横断歩道で信号待ちをしていると背後には若いカップルと3歳くらいの男の子がいて母親と男の子が1台ずつ乳母車をひいて2人の赤ちゃんを連れていた。そして突然背後からガラガラという音がして振り返ると赤ちゃんを乗せた乳母車が道路に飛び出した。わたしは悲鳴をあげ、すぐに父親が走って止めて赤ちゃんは無事だったのでほっとしたのもつかの間。その後、またわたしは衝撃を受けてしまった。若い父親が乳母車から手を離した男の子を「何やってるんだよ!」と怒鳴りつけて殴ったのだった。男の子は血管がきれてしまうのではないかというほどの金切り声をあげて泣き出し、それに動揺した母親も乳母車から手を離してしまいまた乳母車が道路に滑っていったのだった。わたしが急いで止めて母親に戻すと「すみませんでした」と言って乳母車の取っ手を握ったものの、また泣いている男の子に気をとられてストッパーを下ろさずに手を離していたので見るに見かねてそこに戻ってわたしがストッパーを下ろした。さすがに何て不注意な大人なんだと頭にきた。子供に乳母車をひかせるという自分の不注意を棚にあげ、子供を殴る父親も最悪。わたし達はちょっと酔いが覚めていやな気持になった。


2005年05月26日(木) 嬉しいお土産

部長は突然背後からやってきてわたしの机に誰かのお土産のお菓子を置いていくので、てっきり甘いものは嫌いなのだと思っていた。が、今日逆に美味しくて大好きだからわたしにも分けてあげようと思って持ってくるのだということを知って感激。父も外でもらった美味しいものなどはどんなに少量でも家族にも食べさせようと持って帰ってきて、母はそれが父のいいところだといつも賞賛するのだけれど、わたしも共感。そういうのってすごく嬉しい。


2005年05月25日(水) 女性限定お別れ会

数少ない女性社員が一人辞めるということで気前のいいマネージャー陣が「女性だけで飲んでくれば」とお金を出してくれたので事業部全体の女性のみ(20人くらい)でお別れ会が行われた。職場では女子社員とは殆ど交流がないし事業部のあるフロアは広すぎて端まで見渡せないくらいなので、ましてや誰がどこで何をやっているかなど知らなかった。が、集まってみると、なんだかすごい。まず、オール若くてキレイ(先天的に)。そして後天的にも"キレイ"にしている。髪も肌も爪もピカピカ。そしてみんな明るくてはきはきとしていて抜け目なく感じが良いという第一印象を与える。つい先日まで"ライバルはカンガルー"だったわたしは随分遠くへ来てしまったなぁという感じがした。

和食と聞いていたのに、焼肉のような肉のオンパレードだった。生肉を見ただけで気持ちが落ち着かなくなり、心臓がドクドクと音を立てた。

わたしは端のほうで日本酒を片手にサラダをつつき、若くて元気でお喋りな新卒社員のコ達の話に耳を傾けていた。彼女達は社会に対して擦れた見解などなくてわたしがうんざりとしているような点にも何の疑問も感じていない。書店の女性向けの本のコーナーへ行くと20代後半のOLの行き詰まりを題材にしたような本が沢山あるけれど、彼女達もいずれはそんな壁にぶちあたるんだろうか。今は将来のヴィジョンもこれといった信念もなく、周囲の人々との調和だけを意識している彼女達は無邪気で楽しそうだった。人との衝突も無い代わりに交わりも無くていつもぼんやり遠い世界のことなどを考えてしまうわたしはここには自分の居場所が無いように感じた。

ウーマンリブなんて欧米から無理やり持ってきてしまったに過ぎないものなのではないだろうかと思った。日本には世間で言われているほど男女共々個人の意識がそこにないように思う。


2005年05月23日(月) 中華歓迎会

何故マネージャーが幹事?と不思議に思っていたわたしの歓迎会は同グループのマネージャー以上部長以下(といってもみんな30代後半くらい)と、そしてもう一人女の子をと部長が適当に声をかけてきた全く無関係部署のわたしと同年代の女の子というメンバー6人で中華レストランでこじんまり行われた。確かにグループだけでも大人数で収集がつかないので納得。日本の中華なんて久しぶり。パースの中華には何故かあのターンテーブルが無いのでこれを囲んで向かいあうのがなんだかいい気分。多少肉も入っていたものの、野菜も多いので普通に食べることが出来た。会話も盛り上がり、日本酒を注がれるがままにガンガン飲んでしまった。普段はあまり話す機会も無い人達なのだけれど、部長がマネージャー達に助言していた。「Michellinaさんは結構モノをはっきり言うタイプなんで中途半端なことしてるとビシっと言われちゃうんで気を抜かないように」と。へ〜、わたしってやっぱりそんな印象なんだと思った。

途中、毎晩恵比寿で朝まで豪遊しているというちょっとワルな雰囲気のマネージャーがうちの若い衆を呼んでやる!と言って呼び出されてきた若い衆がなんとも恰好いいので(同グループなのに顔も名前も知らなかった!)わたしはうっとりと彼が南仏に住んでいた頃の話に聞き入り、最後に「クロワッサンってどう発音するんですか?」と質問して苦笑いされた。

こじんまりとした会だっただけに一人一人と沢山話せて少しだけ性格が見えてきて楽しい会だった。


2005年05月21日(土) 完全菜食インド料理屋へ

夕方の早い時間にさなちんさんと銀座で待ち合わせて完全菜食のインド料理屋にトライ。静かな店内には川のせせらぎのような音だけが横たわっていて、店員はもう一目でヨガや瞑想をしているに違いないと思うような見た目だった。味のほうは、う〜ん、、、ちょっとわたしには薄味すぎる。まだまだ修行が足りないのかも(笑)もっと敏感な味覚を養わなければ!?でもベジタリアンの間では有名なところなんだそうだ。白ワインを2人で1本開けてちょっと気分もよくなったところでわたしのお気に入りの居酒屋へ移動。気候がいいので移動するのも気持がいい。着いてみたら混んでいてあっさり入れなかったので八重洲のフジヤホテルのロビーで「悪女」(by 中島みゆき)の気分で座って待った。

居酒屋に入ったときにはおなかは6割満たされていたので小さなつまみを摂って日本酒を飲んだ。もちろんベジ!な話題をベースにあれこれあれこれ可笑しなことを言っていたらあっというまに帰る時間が来てしまった。「飲み足りないねぇ」と言いながらしぶしぶ別れた。ちなみにこの会は「未練たらたら世捨て人の会」と命名されました(笑)。

この後、「悪女」は「裸足で夜明けの電車でぽろぽろ泣いてしまう」わけだけれど、わたしは「靴を脱いで夜更けの電車でぐぅぐぅねてしまう」。携帯に電話をかけてきたマーティンに「ちょっと酔ってるんだけど話したいことがいっぱいあるのー。」と言ったら゛Disgusting!!゛と言われ逃げるようにさっさと電話を切られてしまった。


2005年05月20日(金) 退屈しのぎ

わたしが日本にステイすることを密かに願っている母親はちょっと期待を込めて「会社にいい人いないの?」と聞いてくるけれど、残念ながら会社に入って1ヶ月、しつこくわたしを誘ってくるのは既婚者の上司のみ。マジメに働く良い旦那であり優しいパパでもある彼がわたしを誘う理由など、ただ単に退屈しのぎに過ぎない。マジメに会社に尽くしてきてもはや無趣味である(若いコと遊ぶのが趣味と言われたらそれまでだけど)彼との会話には深みが無くてそれこそわたしも退屈してしまう。毎日のように誘いを受けるわたしも悲惨だけれど、彼の人生も少し悲しい。わたしは仕事が出来ない人は嫌いだけれど、仕事しか出来ない人も見ていて痛々しいと思ってしまう。価値観など人それぞれだけれど、世の中には素晴らしいことが沢山あるから、その人から仕事を取ったら空虚になってしまったりするのはちょっと残念だと思う。人間関係においてあまり道徳など重んじるほうではないので、家庭がある人が他の異性と遊ぶなんて!とかそんな風に思っているわけではない。仕事も家庭も遊びも一生懸命楽しんでいる人など動物としての人生を精一杯謳歌しているようでむしろ見ていて面白いと思う(もちろん誰も傷つけないことが前提で)。けれど、誘った若いコを退屈させてしまうんじゃ、もうどうしようもないじゃないか、遊ぶ権利無しだと思う。彼がもっと家庭や日常生活に楽しみを見出せますように。


2005年05月19日(木) 禁煙ビル

今日初めて知った。わたしが働いているピカピカのインテリジェントビルディングはビル全体が禁煙だと。しかし!なぜ今日初めて知ったかといえば、わたしが働いている事業部に喫煙所が設けられているから。こっそり設けているだけあって、トイレの個室2つ分くらいの広さの小さなものなのだけれど。ビルが禁煙なのはよかったが、ビルの前の中庭に喫煙者がたむろってしまうのが問題。ここは緑もあって天気のいい日は木陰でお弁当食べるのがわたしの楽しみなのに、タバコの煙を嗅ぎながら食べるのでは美味しくない。。。

しかしこういった新しいビルが「禁煙」を提唱しているというのはわたしなどのかなり強いタバコ嫌いの人間にとっての未来は明るい。


2005年05月18日(水) ベジ歓迎会

わたしがいる事業部には人がじゃんじゃん入って来るので歓迎会などは一切しないことにしていたらしいけれど、わたしは珍しく「女性」なので特別大歓迎会を開いてくれるらしい(笑)。

女性の間で密かに「貴公子」というあだ名がついているマネージャーがいて、なぜ貴公子なのかというと、まず見た目がとても恰好いい。韓国俳優ファンが好みそうな正統派美男子。そして仕事ぶりが極めてマイペース(悪い意味ではない)、そして何事にも動じなくて常に冷静。今日その会の幹事である彼に何が食べたいかと聞かれたのでもちろん「菜食でお願いします」と答えて貴公子を悩ませてしまった。

しかし、学歴こそ高いけれど、魂はガテン系の彼らが野菜をつついている姿など想像しただけで笑ってしまう。さて、貴公子はどんなところを見つけてくるのだろう。


2005年05月14日(土) 半日ツアーガイド

仕事を午前中で切り上げて東京へ遊びに来た友達のガイドをすることに。まずはランチに銀座で美味しいお寿司を食べながらお土産を交換して出発。もうこの一週間で要所は随分と周ってしまったようなのでどこへ連れて行こうかと悩んだ。とりあえず三越のデパ地下を通って美味しそ〜なSweetsを眺めながらそのまま地下鉄へ入り、代々木公園へ。週末の原宿駅はもう降りただけで嫌気がさすが今日限りツアーガイドとして我慢しよう。代々木公園をのんびり散歩したらいよいよ佳境の!竹下通りへ。ちょっと一段高くなっているあの入り口からウジャウジャ沸いている人ごみを見ただけでめまいが。。。「あの有名なクレープを食べたい」というリクエストがあり、若者に紛れてクレープを買った。でもなつかしい。原宿でクレープなんて何年ぶりだろう。気分はすっかり中学生に戻ったものの、わたしには一番具の少ないクレープでさえヘビーでげんなりしてしまってやっぱりもう体は中学生じゃないんだと悟った。若いコ達は更にアイスクリームなどがプラスされているやつを食べていた。スゴイなぁ。コンドマニアでオバカなアイディアのコンドームを眺めてケラケラと笑って、、とやっていたらもう外も暗くなってきた。やっと原宿を脱出できてほっとしたところで、恵比寿ガーデンプレイスで東京の夜景を眺めてまた銀座に戻ってわたしの超お気に入りの居酒屋へ。カウンターに座り厨房で繰り広げられる興味深い料理技を眺めながら日本酒を飲み、アイディアの詰ったこじんまりした料理をつつくのは最高。友達もとても落ち着く居酒屋だと言って喜んでくれたので良かった。


2005年05月13日(金) 慈善営業

いつもはお弁当を持って会社へ行くのだけれど、今日は作る時間がなかったので外食をすることにした。毎日外食の同じ部の男性陣に「美味しい店」を聞いてみたらじゃぁ一緒にくれば?と誘ってくれたので着いていく事にした。が、忘れてはいけないのはわたしはベジタリアンなのだ。でもこの働き盛りのわんぱく男性陣が「野菜大好き!」なんて言うのも想像がつかず、大丈夫かなぁと思っていたのだけれど、わたしがベジタリアンだということを知っている上司がわざと「じゃぁ今日はとんかつにする?それとも焼肉?」とかいいながらも(笑)結局イタリアンにしようと言ってくれたのでほっとした。

食事中にでたのが「ダイエット」の話。全く太っていない彼らがGW中についてしまった贅肉を取らないと。。。などと話していた。ははぁこれが彼らの見た目が垢抜けている理由なのかぁとちょっと刺激を受けた。営業職は見た目も肝心だからそういう意識も必要だろう。今度機会があったら彼らに「ベジタリアンの薦め」をしてあげようかな。これがわたしの慈善営業(笑)。


2005年05月11日(水) Telepathy

帰宅途中に電車の窓から見える景色の中にEx-BFとデートした場所があって、毎日そこを通る時は何故か本から顔を上げて窓の外を見てしまう。今週は仕事がハードで心身共に少し疲れ気味で、そんな時は人からは"潔い"とか評されることが多いわたしも少し過去に執着してしまうもので彼はどうしてるんだろうと考えていた。

ぐったりと家に着いて余り物の食事をつまんでメールボックスを開いて目が覚めた。わたしの気持ちが海を超えてはるか地球の裏側まで飛んでいったらしい。彼から短い、短いE-mailが来ていた。

「僕はそんなに変わってないけど、ある意味すごく変わった」と。どういう意味だろう。そしてわたしがオーストラリアにいる間、わたしに何度もメールを送ったとも。それは全くわたしに届かなかったので彼はすっかりわたしのことなど忘れてどこかで幸せにやっているのだろうと半分嬉しく、半分淋しく思っていたので本当に驚いてしまった。

曖昧な近況報告が気になって迷ったけれど返事を書いた。わたしは本当はすごく変わったのに、もし彼が変わっていなくて、それなのにわたしだけがすごく変わったら可哀そうだと思って彼と別れてから会った人々や新しい夢などについては言うことができなくて「わたしはあまり変わっていない」と書いてしまった。


2005年05月10日(火) 女性専用車両

男女平等が浸透しはじめて、男だって痴漢に合う日本で「女性専用車両」ってなんだか変。「レディースデイ」などのただ女性にお得なサービスとはちょっと違う。誰だって受け付けない見た目の人間とピッタリ体がくっついてしまうのは気持ち悪いけれど、かといって基本的に男と女の2種類しかいないこの世で女性専用車両というのもちょっと気持ちが悪い。そしてこれが痴漢対策の根本的な解決策となるのだろうかと疑問に思う。

今朝JRの車内に放送が入った。「痴漢行為は犯罪です」!!これはいいのではないか? 痴漢してるそばからそんな放送が入ったらその手も止まる!? 大体、痴漢など気の弱そうな人ばかり。いざとなったら言い訳がつくように紛らわしく責めてくる。そんな人々にはこんな車内放送で充分効き目があるのではないだろうか。


2005年05月08日(日) 母の日

妹と相談し、「花も団子も」、でもどちらかというと「団子」という母への贈り物はケーキに決定。銀座へ出て、過去に一度買って帰ったら喜ばれたキルフェボンのケーキを買った。

帰りにほんのちょっと寄った八重洲ブックセンターのエレベーターの中ではお母さんと"PERTH"と書かれたTシャツを着た息子(小学生くらい)がパースの話で盛り上がっていたのでわたしもジョインしたくてたまらなかった。この親子、しばらく住んでいたらしい。男の子は「あーぁPerthは今14時25分だね。みんなガヤガヤ遊びほうけてるんだろうな。」なんて言っていた。わたしのパースでの日曜日の14時25分は。。。飲茶を食べ終えて腹ごなしにJames St.をのんびり歩いているかな。東京の曇り空を見上げて少しだけパースを思った。

夕方妹と車に乗って、わざわざ母の日に実家に戻ったりすることはしない"無愛想な一人息子"を持った叔母にもケーキを届けた。母も叔母もとても嬉しそうだったけれどその姿がいつもよりも一段と小さくなっているように見えた。


2005年05月07日(土) Mulholland Drive

David Lynch監督のマルホランド・ドライブをDVDで鑑賞。説明し難いミステリアスなストーリー。でもひとこと、面白い!青いBOXを”Key”に過去と未来が行き来して、未来からかけた電話が過去に繋がり、、、あれ?ともう見ていて頭が痛くなってしまう。結局女の過去の失恋に対する執念が交差した未来で自分を捨てた恋人と違った形でめぐり合い結ばれるという展開を作り出したのではないかというのがわたしの解釈なのだけれど。

この後も"Swimming Pool"というまたまた頭の痛くなるようなミステリーを見てしまった。


2005年05月05日(木) 青山・表参道

友達と表参道で会うことに。久々に降りた表参道にはわたしの知っているものなど何もない。「以前富士銀行があったところ」で待ち合わせをして道行く人を眺めながら友達を待った。なんと外国人の多いことか。わたしはどうにも青山・表参道が好きになれない。約10年前に友達に連れて行かれた美味しくも無いのに高くて気取った雰囲気のパン屋は店員がみんな甘い雰囲気の白人男性であり、周囲を見回すときれいにマニキュアを塗って服を着せられた小さなブランド犬を連れているような女の人が沢山いた。ここはわたしの居るべき場所ではないと思ったけれど、それでもその時住んでいた場所のせいでこの界隈がテリトリーで、その後も愛着の持てないこの街を随分と徘徊した。

そして今日友達が連れて行ってくれた裏手のカフェも驚いたことに客の8割が外国人で店員も日本語の全く出来ない人ばかりだった。日本語でオーダーすると英語で返事がくる。一杯850円もする美味しくないグラスワインを飲み、頭痛を起こしながら渋谷まで歩いた。わたしは10年経った今でもこの辺りに生息するリッチな外国人と外見に気合いを入れた日本人が理解できないでいる。


2005年05月02日(月) Manhattener's

猫好きにはたまらない久下貴史のブランドManhatterner'sのギャラリーへ出かけた。銀座の奥のほうに隠れるように立地しているこのギャラリーは予約制で客が来るときだけOpenするようだ。おやつの時間に予約を入れのんびりと銀座の細路地を歩いて向かった。途中でスーツを着た黒人男性に道を聞かれてすごく頑張って日本語を喋っていたので英語でいいよと言ってあげたらみるみるうちに嬉しそうな表情に変わりすごい勢いで話された。何度もThank youと言われながら別れて、わたしはギャラリーへ。これが想像していたものと違ってかなり小さなものだったのでわずか10分くらいで見学終了。ちょっとがっかりだったな。

夕方に友達と一杯飲むことに。長々アメリカで暮らしていた彼はアメリカを愛している。その理由の一つはアメリカという国が世界で強い(軍事力など)から自分を守ってくれることだというようなことを話していたのでわたしはゲッと思った。わたしの韓国人の友達は志願して兵隊に入り3度の戦争へ行き、人を殺してしまい、自分は無傷で帰還した。だからもう一生働かなくても食べていけるお金はある。けれど彼は毎晩敵が襲ってくるという悪夢に魘され隣で寝ているGFに噛み付いてしまったこともあるという。だから大抵は朝まで眠らない。「強い力で人を制したって幸せになんかなれるのかしらっ」と言ったら彼も「う〜ん。。。」と動きが止まってしまった。大体、アメリカ国民は守られてなんかいない。敵を沢山作られ、危ない目にばかりあってるではないか。


Michelina |MAIL