月に舞う桜

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2017年07月28日(金) ヨッテク

初めて「ヨコハマ・ヒューマン&テクノランド」(愛称:ヨッテク)に行った。毎年この時期の金土に開催される福祉イベントで、様々な福祉用具や情報が集まる。ここ数年ずっと行ってみたいと思いつつ、去年までは会社勤めだったので金曜は行けず、土曜日も疲れてしまって断念するのを繰り返していた。

会場はパシフィコ横浜のホールでわりと広かったけれど、秋にビッグサイトで開催される「国際福祉機器展」よりは規模が小さいので、比較的楽に見て回れた。

まず、前から気になっていた電動車椅子「WHILL」を試乗。
この車椅子は近未来的なフォルムで、車椅子特有の無機質なフレームがない。福祉用具的なダサさがなくてカッコいい。
しかも、知り合いいわく、ホームとの間に段差がある電車も自力で乗降できるそう(ただし、全路線で可能というわけではない)。
メーカーの人にいろいろ質問したところ、残念ながら私が電動車椅子に求める条件には合わなかった(重量とか、座面の幅を変えられないとか、手動に切り替えられないとか)。なので、実際に使用することはなさそうだけど、走行がとてもなめらかで惹かれた。

それから、自助具や災害用のトイレなどを見たあと、ボッチャのエキシビションマッチを見学した。
災害用トイレは、便器の中に取り付けられた特殊なビニール袋に用を足し、凝固剤を入れて袋の口を圧着するというもの。
機械のボタン一つで簡単に圧着できるから衛生的だし、袋はそのまま家庭ゴミとして捨てられるそう。
個人宅で使うと言うよりは、災害時に行政が避難所などに置くものだそうで、熊本地震でも実績があるとのこと。見たところなかなか良さそうなものだったので、これからどんどん広まるといい。トイレって、災害時の大きな困りごとの一つだもんね。特に障害者にとっては。

こういうイベントは、実物を見たり試したりできるのもメリットだし、いろいろな企業のカタログを一度にもらえるのもありがたい。持って帰ったカタログ、じっくり目を通さなくちゃ。


2017年07月26日(水) Life is beautiful

相模原市の障害者施設「やまゆり園」の殺傷事件から丸一年。
何を語るべきか整理がつかないまま、それでも、何かを書き残しておかなければならない気がしている。


7月14日、X JAPANのライブに向かう電車内で、私と向かい合う形で知的障害があるらしき女性が立っていた。
そのとき、私はToshlとマイメロがコラボした「Toshl My Melody」のTシャツを着ていた。
目の前に立っていた見ず知らずの女性は、私のTシャツを見て「マイメロ、かわいい♪」と言ってくれた。

それから、その女性は近くにいた知り合いの男性とおしゃべりを始めた。
海の日を含む三連休は何も予定がないので家にいるつもりだ、と男性が言うと、彼女は「家にいるの、いいね! 家族と一緒にいるのがいいよね」と明るい声で返した。
それを聞いて、私は「何てポジティブなんだろう!」と感心したのだ。
ともすると、私たちは「せっかくの連休に何も予定がないのは、寂しく、つまらないこと」と考えがちだけれど、「家族と家にいられるのは、いいこと」と思えるのはとても素敵なことだ。きっと彼女は、人生を明るくポジティブにとらえることができているのだろう。それに、家族を愛し、愛されているのだろうとも思う。そんな声だった。


「障害者は不幸しか生み出さないから、いない方がいい」と考える人は、残念ながら一定数いるのが現実だろう。そのことに対して、私は特段驚かない。

そして、「○○はいない方がいい」という考えは、おそらく社会のいたるところに存在する。
○○に入るのは、ときには「女」かもしれない。「子供」かもしれないし、「年寄り」かもしれない。「外国人」の場合もあるだろうし、「同性愛者」であることも。
「○○はいない方がいい」の対象となるのは、私かもしれないし、あなたかもしれない。「そんな可能性はない」などと、どうして言えるだろう?

障害者を取り巻く様々な問題は、当然、社会の中で取り上げられなければならない。
でも、この事件が障害者差別や障害者の人権といった側面だけで語られることには、以前から疑問を感じている。

この事件は、「障害者の話」なの? 本当に?

相模原の事件は、たまたま障害者が標的にされた。
障害者は、施設職員だった加害者の身近な存在だった。身近だからこそ、憎悪と排除の対象になったのだろう。
数年前まで、私は「互いを理解するためには、接して、知ることが大事」と思っていた。けれど、人の心はそれほど単純でも善良でもなくて、「接したからこそ、知ったからこそ、湧き起る負の感情」というものもある。

けれど、「○○はいない方がいい」という信念を持っているからと言って、人はそう簡単に「殺人」という行動にはいたらないものだ。
「殺したい」とか「殺した方がいい」と思うことと、本当に殺してしまうことの間には、普通はとても分厚くて高い壁がそびえているものではないか?
加害者が、なぜその壁をいとも簡単に乗り越えてしまったのか、私には分からない。
ただ、壁をいとも簡単に乗り越えさせてしまった社会が、かなしく、残念でたまらない。

例えば、衆議院議長宛てに手紙を出していたのに。
例えば、施設内で、「この人たちを殺した方がいいんじゃないか」と呟いていたのに。

なぜ。

19人もの死者を出した事件のわりには、報道が少ないようにも感じている。
例えば、地下鉄サリン事件。あの事件では、13人の死者が出た。
もちろん、事件の重大性を死者の数で比べることはできない。死者が1人であれ100人であれ、被害は痛ましい。どちらが大きくて、どちらが小さいということはない。
それでも、地下鉄サリン事件当時の報道量を思い起こすと、それ以上の死者を出したこの事件は、あまりにも「語られていない」のではないかと思う。

なぜ?

何か、後ろめたいことでもあるの?
直視したくないことでもあるの?

この事件は、「障害者の話」なのでしょうか?


2017年07月13日(木) 「足」が折れかけた……っていうか、折れた

タイトルにある「足」っていうのは、車椅子のことですけどね。
本当に骨折したわけではないので、ご心配なく。

いやー、実は大変だったんですよ!
危うくX JAPANのライブに行けなくなるところだった。

事の発端は、先週の金曜日。
私の電動車椅子は、バッテリー残量が5段階で表示される。その日は図書館に向かっていて、バッテリーのランプは4つ点灯していた。つまり、少し減ってはいるものの、まだまだたっぷり残っているということ。
なのになのに! 図書館の前で急に「ピー」と警告音が鳴って、止まってしまったのですよ! 電源を入れ直しても、うんともすんとも言わない。「もう1mmも動いてやるものか!」って感じ。
スピードが遅くなるとか、変な音がするとか、起動が不安定とか、そういう前触れは何もなく、もうホントにいきなり止まったわけですよ。
止まったのが図書館の前だったからまだよかったものの、横断歩道を渡っているときだったら……と考えたら、怖い怖い!
で、図書館に電話して事情を説明し、建物の中まで押してもらった(電動車椅子は手動に切り替えられるので)。
そして母に電話し、迎えに来てもらった。電話したいので図書館の中には入らず、建物のロビーで待っていたので、日は避けられるもののそこそこ暑い。
運よく、その日はお世話になっている車椅子業者が近くの福祉センターに出張相談に来る日だったので、母を待つ間にセンターに問合せたら、予約なしでも来て良いとの返事。

帰宅して充電してみると、バッテリーは空っぽの状態。しかも、普通なら満タンになるまで2時間以上かかるのに、1時間ほどで充電が完了してしまう。
それでもまあ、満タンにしたら動いたので、福祉センターへ。
結局、電池がたくさん残っているのに空と認識してしまうのか、ランプはたくさん点灯するけど実際は急激に減っているのか、よく分からず。いずれにしても、もう何年も使っているのでバッテリーが疲れているのは間違いないだろう、とのことで、新しいバッテリーを注文した。
車椅子業者は車のディーラーのようなもので、車椅子メーカーとは違う。バッテリーは業者がメーカーに注文し、メーカーから直接うちに届く。
「一週間後(つまり、今日14日のこと)にどうしても用事があるんです!」と言って、急いでもらえるようお願いした。

そして、昨日。
ヘルパーさん同行でラポールへ。途中まですこぶる順調だったのに、帰りにやはり突然ピタッと止まってしまい、ヘルパーさんに押してもらった。
でも、幸いなことに帰宅したら新しいバッテリーが届いておりまして!
よかったぁ、ライブに間に合った!
それでも心配だったので、今日、念のため新しいバッテリーで外出してみた。止まることなく帰ってこれたので、たぶん大丈夫、なはず。

いやー、もうホント、ドキドキだったなあ。
電動車椅子が動かなくなるって、健足者の足が折れるのと同じことだもの。
不具合が一週間前に分かって良かった。一日でも遅れてたら、新しいバッテリーが間に合わなくてライブに行けなかった。

明日はX JAPANのライブ!
車椅子にトラブルなく、無事に帰ってこれますように!


桜井弓月 |TwitterFacebook


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