回り道のついでに
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2005年06月30日(木) 夜を待つ犬


 ネコに会ったのは春の初めだった。
 
 俺は期待してなかったし、ネコにも希望は与えていない。

 それなのに、と大きい犬は思った。
 気が付けば自分のテリトリーに、微かなネコの匂い。
 
 あの日、ネコはするりと俺に近づいてきた。
 テリトリーを侵して、足元で丸くなった。
 小さいからだが、あまりに冷たくなっていたから、温めてやった。
 それだけだ。

 大きい犬は主人を失くしたばかりで、新しいテリトリーに緊張していた。
 次の主人はまだ決まっていない。
 不安があった。
 それ以上に寂しさがあった。
 ネコが求めるのは熱だけだと分かっても、気まぐれなネコを手離せない。

 ネコは寒がりだから、夜一人では眠れないのだろう。
 それで俺のところに来るのだ。
 俺の横に居ない時には、誰かがあの寂しがり屋のネコを温めているのだ。
 ネコはいつも、何か他の匂いを纏って来る。
 俺が居なくなっても、ネコは温かくなりさえすれば眠れるのだろう。

 俺はネコがまったく好みじゃない。
 自分と同じくらいかもっと大きい体の犬が好きなのだ。
 すべすべの短毛で、耳が垂れてる娘。
 優しくて、あんまり吠えない、目が綺麗な犬。

 こんなに小さくてふわふわした長毛は、全然違う。
 丸くなると更に小さくなる。
 小さいくせによく動く。
 目がビー玉みたいに光る。
 ちょっと可愛いとは思う。

 気温が上がってきた。
 夜は短くなって、寒くなくなってきた。
 ネコはだんだん姿を見せなくなった。
 
 俺がこのまま主人を持たず、
 一人ぽっちで最期の夜を迎えることがあったなら、
 その時隣にいるのはネコがいい。
 そう思ったときもあったのに。

 そんな俺の気持ちを無視して、夏は来る。
 熱くて無情な夏だ。
 別れの時が、近づいているのか。
 
 今夜は雨。
 少し肌寒い。
 
 今夜あたり、ネコの忍び足が聞けるかもしれない。
 大きい犬は寝た振りをしながら、
 耳を欹てて待つことにした。
 

 
 


2005年06月29日(水) ネコ2


 寒い夜だったからだろうか。
 互いにぬくもりが欲しかったのかもしれない。
 それで何度も熱を分け合ったのか。
 
 それとも大きい犬は見抜いたのだろうか。
 ネコの正体に気付いてしまったのだろうか。
 あたしはどんなに頑張っても、犬にはなれない。
 ネコはネコのままだ。

 あたしは少しだけ後悔していた。
 一度きりにすればよかった。
 そしたらちょっと暖かい夢みたいに思えたのかも。
 犬のあの温かさに触れてしまったら、もう他の誰かじゃ温まれない。
 あの大きいからだなら、あたしの全てを包める。
 
 犬はもう、ネコに向かって吠えない。

 もうすぐ夏が来る。
 雨の匂いがするから、夏が近づいているのが分かる。
 気温が、体温と同じくらい上昇すれば、犬の温もりが要らなくなるかもしれない。
 犬もネコなんか求めなくなるかもしれない。
 あたしは大きい犬の熱を、忘れられるかもしれない。

 ネコは期待することにした。
 望んでしまうくらい、ネコの中に犬のテリトリーが広くなっていた。
 離れるのが怖くなる前に。

 犬のテリトリーに、こっそり自分の匂いをつけた。
 風が水を運び、春と大きい犬の匂いを消していった。
 
 
 


2005年06月28日(火) ネコ

 寂しいのだろうか。
 ふと、そんなふうにネコは思った。
 大きい犬は寂しくてあたしを抱くのだろうか。
 あたしはどうだろう。

 一目見て、ネコは大きい犬に興味を持った。大きい犬の逞しい身体は猫にはない魅力だった。ネコは自分から相手のテリトリーに入った。

 あたしは何故、あの犬を選んだんだろう。

 ネコは相手を深く知るのが怖かった。そして相手に深く知られるのはそれ以上にもっと怖かった。この犬に捉まってしまったら、二度と木には登れなくなる。爪を失う。ネコには予感があった。
 
 何もなくても、大きい犬はあたしを抱いたかもしれない。本来犬にはそうした性質がある。そんなことも知らないほどあたしは子供ではない。

 一番最初に ごめんね と言った。
 大きい犬はずるい。

 お前なんか相手にはしない、と釘をさしておいて、それでも優しくネコを温めた。

 



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