読書記録

2025年11月29日(土) 編めば編むほどわたしはわたしになっていった / 三國 万里子



 ずっと息苦しさを感じていた少女は、いかにして編みものの世界に自分の居場所を見つけたのか? 読む人それぞれの「あの頃」がよみがえる、極上のエッセイ集。


 書きたいこと(あるいは書かれることを待っている何か)を探し、拾いながら、物語の糸のようなものをたぐりたぐり進んでいくと、いつの間にか歩いた分の地図が作られ、しかるべきゴールにたどり着く。
 それはわたしのセーターの作り方にとても近いように思います。
 ざっくりと計画は立てても、最後の段にたどり着くまではただ手を動かして、形を追い続けるしかない。
 それでもやがて最後まで行き着くことができるという、自信というか、予感のようなものがわたしを導いてくれる。
 そして編み終えるとそれまでとは少し違う自分になって、次の製作に取り掛かる用意ができていく・・・・・そういうところが。












2025年11月23日(日) スモールワールズ / 一穂 ミチ



 夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。向き合うことができなかった父と子…。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描く連作集。『小説現代』掲載を単行本化。  


  ネオンテトラ
不妊治療に疲れてきたときに知り合った姪の同級生

  魔王の帰還
姉の離婚問題と野球少年の暴行事件
(コレ、大和郡山市が舞台??)

  ピクニック
初孫の誕生に喜んだ祖母に突然の揺さぶり症候群の疑い

  花うた
兄を殺した受刑者との文通
残された者の痛みにもランクがあるのだ

  愛を適量
離婚して以来 会っていなかった娘が突然訪ねてきた
トランスジェスターだという

  式日
後輩の絶縁した父親が自死した
葬式に呼ぶ人もいないので来てくれないかと夜中に電話があった



なんか・・・みんな心に刺さる話








2025年11月16日(日) おひとりさま時代の死に方 / 井上 治代



 親や自分のお墓をどうする? 死後の手続きには何が必要? 市民団体の活動も踏まえつつ、おひとりさま時代の「死と葬送」の悩みに答える。近年、支持されている「樹木葬」についてもイギリスや韓国と比較しながら紹介。



ひとりで死んだらどうなるのか?
「骨」は歩いて墓に入れない
家と墓はどう変化してきたか?
死亡届の「届出人」は誰がなる?
任意後見契約、いつすればいい?
「友人に頼んである」では、ダメ
連帯保証人以外の選択肢
配偶者喪失感を癒す墓参り
親族に頼むか、第三者に頼むか

まぁ、盛り沢山でおひとりさまになってしまったらしておくことがたくさんある

私も常々、思っていることだけれど自分で棺桶には入れない
本当に おちおちしてられんわ!!





2025年11月12日(水) 真鶴 / 川上 弘美



 失踪した夫を思いつつ、恋人の青茲と付き合う京は、夫、礼の日記に、「真鶴」という文字を見つける。“ついてくるもの”にひかれて「真鶴」へ向かう京。夫は「真鶴」にいるのか?


 置いてゆかれたその後も、愛していた。愛することをやめられなかった。ないものを愛することは、むずかしい。愛している、そのこころもちが、こころもち自身の中に、はいりこんでしまう。袋が裏がえるように、こころもちも、裏がえってしまう。
 裏がえった愛は、それでは愛の反対のものになるのか。
 ちがう。
 愛の反対は、憎しみか。あるいは、愛と同義なのが、憎しみか。どちらにしても、そんなすっきりとしたものには、なってくれなかった。
おぼろな、よどんだ、漠然とした、異質なものに、それは、なった。




例えば、
 池に石を投げたとしてさざ波はどれくらい続くのだろうか
 石の大きさや、投げた人間の力加減とかで違ってくるんだろうな、というそんな読後感。










2025年11月07日(金) 凍空と日だまりと / あさの あつこ

 おもみいたします

 5歳で光を失い、揉み療治を生業としているお梅。1年先まで申し込みが埋まっているが、今すぐ主の腕が動くように療治してほしいという武士が現れた。彼から「張りつめた者」の気配を感じたお梅は…。『読楽』連載を加筆修正。


 十丸
お梅の用心棒
人には白い大きな犬に見えている

 先生
お梅に揉み師の才を見出した者
人には白茶の天竺鼠に見えている



 お梅が盲いたときから、ずっとお梅の近くにいて、ときに支え、ときに励まし、ときに救ってくれた。先生と十丸がいなければ、お梅は江戸で生きてはいけなかっただろう。

 心のままに生きる。それがどれほど難儀なことか、お梅だってわかっている。心のままに生きることが正しいわけでも、幸せなわけでもないとも解している。けれど、人は心に背いて生き続ければ必ず歪む。心身がねじ曲がり、軋む。酷ければ折れて、砕け散る。











2025年11月02日(日) 雫 / 寺地 はるな




 中学の卒業制作で出会った4人の同級生たち。
 30年後、ビルの取り壊しに伴ってひとつのジュエリーリフォーム会社が営業を終え、物語は五年ごとの過去にシフトしていく形で構成されている。
日常のささいな不安や違和感を丁寧にすくい取る、“つながり”と再生の物語。



 わたしはいつもまちがったほうを選ぶ。だから、自分で選ばないほうがましなんじゃないか。そう、思いはじめていたけど、それこそがきっとまちがいだった。
 人生は0×クイズではないから、そんなにわかりやすい二択にはなっていない。最初は正解だと思ったものが長い時間をかけて不正解になっていくことだって、ものかしたらあるのかもしれない。その逆もまた。正解か不正解かを決めるのは、選択したあとの自分の生きかただ。


晴れてよかった。人々は人生の折々でそう口にする。でも、わたしは雨の日が好きだ。雨の雫は空から地へと降り注ぎ、やがてあつまり、川となり、海に流れつき、また空に帰る。なにかが終わって、なにかがまたはじまる。傘を開いて、一歩踏み出した。
 今日が、雨でよかった。


 きれいな青い色のしずくの形をしたネックレス、いいだろうなぁ。









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