うさぎのつぶやき
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今日近所のスーパーに行ったときのこと。
買い物が終わり自転車の前かごに荷物を積んでいたとき、 その横にあるベンチに座っていたおばあちゃん二人の 会話が聞くともなしに聞こえてきた。 その二人は、たまたまそのベンチに腰掛けた隣どおしの 様子。
おばあちゃん「い」 :へぇ〜。で、おたくさんいくつにならはるん?
おばあちゃん「ろ」 :わて?わてはあんた、93ですがな。
おばあちゃん「い」 :え〜ッ!93でっか・・・!!そらぁすごいなぁ。 そんなんにはみえまへんでぇ〜。わこぉおますなぁ。
おばあちゃん「ろ」 :いやいや、そんなことおまへんけど・・・。で、あんたさんは?
おばあちゃん「い」 :わたぃでっか?87になりますねん。でももうあきまへん。 もうそろそろ迎えがくるんちゃうかなぁ・・・。
おばあちゃん「ろ」 :そんなん自分で決めたらあかんねんで。 ほとけさんが用事のある時には呼んでくれはるんやから それまでは精一ぱい頑張らあきまへんでぇ〜。
なんだかとてもほのぼのとした雰囲気でした。 それにしても“おばあちゃん「ろ」”の言葉に思わず反応してしまった私。 ほとけさんが用事のある時には呼んでくれはる 達観した人の言葉だと思いませんか?
この春もたくさんの花々を植えたり咲かせたりしましたが、 毎年必ず買ってくるのが「ビオラ」。 パンジーは花が大きすぎて私の好みに合いません。
今年のテーマは“紫”。 青紫、赤紫、さまざまな紫が、私を、通る人たちを 楽しませてくれました。
今も、もう盛りは過ぎましたが「ビオラ」が一面に 咲き誇っていますし、その下の段には 赤紫の紫陽花が小ぶりの花をたくさんつけ始めています。
ビオラの上段には「クフェア」が濃いピンクの小さな花を つけていますし その横では「アッツ桜」がやはり濃いピンクをチラッと 覗かせています。 それぞれの花の間にはそれぞれの葉っぱのGreenが、 色鮮やかにコントラストを描いています。
咲き終わった花はすぐに花がらをつんであげると、 つぼみの発育もよくなるようで、 次々と花をつけさせる為にせっせと花がら取りをして、 花の入れ替えをするときに根こそぎ捨てて しまっていました。
でも今年は“種”を取ろうと思い終わった花もそのままに していましたらたくさんの実をつけ始めました。 昨日あたりから大きく太った実が爆ぜてきています。

写真の小さな粒々が一個一個の種です。 今日の収穫の分はお隣さんに差し上げました。 明日は又たくさん取れるでしょうから、しばらく乾燥させて 夏になったら撒くことにしましょう。
一昨日弟から電話が入りました。 「ねえちゃん〜、ちりめん山椒ってどうやって作るん?」
同じ大阪に住んでいる5歳下の彼は、未だに独身。
その事が幸いしているのかそれとも災いしてなのかよく 分からないけれど、何でも自分でこなします。 お漬物を作ったり、魚の干物なども自分で作ったりしている ようです。
で、先日田舎の母が縮緬雑魚を送ってきてくれたからと “ちりめん山椒”を作ろうと思い、山椒の実を買ったそうです。
私も大好きなのですが作ったことはありませんでした。 「よく分からないけれど私も好きだから食べたいし、ネットで 調べてみるね。」 「ついでだから家の分も作りたいし、じゃこをたくさん買って 一緒に作ってしまうわ。だから山椒の実だけ頂戴!」 そう言って昨日ネットでレシピを検索して調べておきました。
で、今日、大阪市の卸売市場へ寄り縮緬雑魚を買ってから、 山椒を受け取りに行ってきました。
帰宅後「初めてのちりめん山椒作り」に挑戦しました。
レシピどおりに作ったらとてもうまく作ることが出来 味もexcellence!!

意外と簡単に作ることが出来ましたよ。 レシピを紹介しますのでぜひ皆さんも挑戦してみてください。
=ちりめん山椒=
*実山椒(生の山椒の実) 約1カップ、 *調味料A {お醤油4分の1カップ、お酒・みりん 各大さじ2} *ちりめんじゃこ 300〜500g、 *調味料B {お酒:お醤油=2:1}
※1.ちりめんと実山椒の分量の割合は、これが適量の目安。
※2.このレシピではほとんど甘さがありません。 甘辛いのがお好みの方は、調味料Aのみりんを2倍にし 調味料Bにもみりんを加えて下さい。 私は *実山椒(生の山椒の実)約2カップ *ちりめんじゃこ 500グラム で作りましたので、調味料もそれに合わせて増やしました。
1.実山椒は、房から丁寧に実を取る。 細かくてちょっと大変な作業ですが、枝や軸が残っていると 舌触りが悪くなります。 完璧に取り除かなくてもよいのですが、できるだけがんばり ましょう。 実山椒の分量は、房からはずす前の分量で考えてください。 2. 実山椒を下茹でする。 沸騰したお湯でさっと茹で、ザルにあけて、水気を切る。 湯通しよりも長め、30〜40秒くらい。 ※ 実山椒は日にちが経つと硬くなります。 入手したらすぐに下茹でしましょう。 すぐに調理できない場合は、下茹でをし、乾燥しないよう 密閉容器に入れて冷蔵庫保存すれば 2、3日はダイジョウブ。水気を切って冷凍可。 3. 小鍋に調味料Aを入れて、下茹でした実山椒を入れ、 加熱する(フタはしない)。 ひと煮立ちしたら、火を止めてそのまま置いておく。 4.�\�くて底面が広めのお鍋(行平鍋など)に、調味料Bを 入れ、沸騰させる。 ※ 調味料Bの分量は、ちりめんの3分の1が浸るくらいの量。 ちりめんの量によりますが、 お酒100cc、お醤油50cc(お酒:お醤油=2:1) を目安にしてください。
��調味料が沸騰してから、ちりめんじゃこを一気に入れる。 最初は強火で煮立て→弱火で、煮汁が無くなるまで、 煮付けていく。 煮汁の量が少ないので、木べらでときどきかきまぜること。
��煮汁が1/4程度になったら、3の実山椒の煮汁を加える。
�ぜ兔舛�無くなる直前に実山椒を加えて、全体をかき混ぜ ながら汁気を飛ばす。
※ ちりめんじゃこは乾いているものの方が美味しくできます。 水分が多いちりめんじゃこは、フライパンで乾煎りして おきましょう。 ※ なるべく平たいお鍋(底面積が広いお鍋)で作りましょう。 ポイント→調味料が沸騰してから、ちりめんを入れる /最初強火で煮立てる/実山椒の煮汁を入れる 5.すぐにバットや平たい大皿に広げて、手早く熱を飛ばす。 常温まで冷めたら、熱湯消毒した容器に詰めて、冷蔵庫で 保存。 1ヶ月以内に食べきるようにしましょう。 (→味は落ちますが、冷凍できます。)
実山椒とちりめんじゃこを分けて煮る、というひと手間 かかったレシピですが、香り高くとても上品に美味しく 仕上がります。どうぞお試しください。
「キッチンひめ」より 大人のちりめん山椒
| 2005年05月25日(水) |
◆VAN・石津謙介氏 |
ちょっと見るものがあってTVを見ていたのですが終わった後、他のチャンネルに切りかえたら 「VAN」の創設者「石津謙介」氏が昨夜亡くなったと報じていました。
中学、高校と私たちのころはアイビールック全盛でした。 田舎の町もコッパン・コインシューズ・ボタンダウン・プルオーバー、そして エンブレムのついたジャケット・レジメンタルのネクタイ・・・と いかにも洗練された、アメリカナイズされたファッションで、あふれていました。 そしてポケットに手を突っ込んで、ちょっと前かがみになって肩を揺らしながら すり足気味に歩くという歩き方まで流行していましたし、 そんな若者の必須アイテムは、黒と赤で書かれた「VAN」のロゴの入った 茶色い紙袋でした。
私は中学も高校も制服がありましたし、ずっと部活で、バレーボールをしていましたので 私服で出かける時間など全く有りませんでしたし、もしあったとしても 市販されている洋服を買うなんてことがありませんでしたから流行のファッションには トンと縁がありませんでしたが、それでも高校の制服がブレザーだったので、 IVYルックの専門店で売られていたボタンを買い、付け替えて悦に入っていたものです。
社会人になってからはお給料が出ると必ず、心斎橋まで行き、VANの専門店で、 メンズのボタンダウンシャツやダンガリーシャツ、マドラスチェックシャツなど 買ったものです。 その頃メンズ雑誌「メンズクラブ」(通称メンクラ)というのが有って 毎月流行をチェックしたりなんかしていました。 (未だにそのメンクラは捨てられずに束にして物入れの奥に眠っています。)
当時、「VAN」の会社が今のアメリカ村にありましたので、そのあたりを通ると 石津謙介氏を見かけることがありました。 その頃の「VAN」愛好者にとっては彼は神様みたいな人でしたが とても気さくな人で、私たちが“石津さんだッ!”などと肩寄せて遠巻きにいていると にっこりして爽やかに通り過ぎていかれていました。
『カッコいい大人』そんな雰囲気のある方でしたが、晩年も時々テレビに出られて、 変わらないカッコよさを醸しだされていました。 享年90?歳だったとかで、そんなお年だったのかと、とても驚いてしまいました。 ご冥福をお祈りいたします。 −合掌−
| 2005年05月24日(火) |
◆今日の夕飯は・・・ |
久しぶりに夕飯をUPします。
前日に食事に出かけた日の夕飯の献立は、特に気を使います。 だって、特に会席料理なんか食べた後はまだ、その余韻が残っていますから 何でもない普通の献立だとどうしても貧弱に見えるんだもの。
ということで、ちょっとだけ気合が入った今日の献立です。 今日のメインは「ご飯」
 
●コーンご飯 生のとうもろこしをそぎ落として、出し昆布、お酒、塩をいれ、 もち米を一掴み入れて一緒に炊いていきます ●長芋の黄身和え 長芋を短冊に切り、卵の黄身、薄口しょうゆ少々、隠し味程度のマヨネーズで軽く和えます。 ●きゅうりと若布、じゃこの酢の物
●茄子と豚肉の味噌炒め
それに胡麻豆腐とお味噌汁
コーンご飯はとっても美味しいですよ。 小さいお子さんのいらっしゃるお家はきっと喜ばれると思います。 これを三角おにぎりにして大葉(シソの葉)で巻いて食べるとこれまた美味!。 お弁当などにも最高です。
一度お試しあれ。うさぎからのお勧めです♪。
今日は私の初めての出産記念日です。 つまり、そう娘(長女)のBirthdayです。
その日のことは2002年の5月23日の日記に詳しく書いていますので、 お時間が有りましたら過去ログをご覧ください。
娘は先日の土曜日に出勤をして、今日代休を取ったとかでお休みでした。 で、二人で神戸に行くことに。
三宮のデパートやら地下街をブラブラした後、 食事の時間までちょっと間があったのでクイックマッサージのお店に入り 二人で40分のマッサージをしてもらいました。 地下街やデパートを歩くとどうしてあんなに疲れるのでしょうかね〜。 風の通りが悪いからかしら? ズシ〜ンと体がしんどくなってきます。それは年齢には関係ないと思うのですよ。 娘のほうからクイックマッサージに行こうよ〜と言い出したのですから。 でもって、気持ちよかったァ〜〜〜♪
すっきりしたところで、いつものお店で、会席料理をいただいてきました。 私も娘も鮎が大好きなのですが、生憎まだ解禁になっていないために 鮎にはお目にかかることが出来ず残念でしたが、出されたお料理は 相変わらずおいしくて、お腹いっぱいになってしまいました。
心も体も満足満足の一日でした。
ところで・・・ JR神戸線に乗ったのですが、尼崎付近ではやはり心が騒いでひそかに黙祷をささげた私でした。
昨日、「ベアグラス」(観葉植物)を株分けしました。
数年前、母が小さな鉢植えを買って来てくれたものを宮崎から持って帰って来たのですが 随分根が張ったので、大きな鉢に植え替えたのだけれども、それよりも大きくなってしまい プラスティックの植木鉢でしたが張りすぎた根っこで鉢が割れてしまったのでした。
ザックザックと張ってしまった根を切り取って、小さな稲の苗みたいにして 小分けしてあちこちに寄せ植えしました。 それでもたくさんあまってしまったので、通りすがりの人に貰ってもらおうと 箱に入れ張り紙をして家の前においています。
 
生憎の雨模様で、日曜日ということもあり普段よりも人通りがなく思ったほど 減らないようですが遠慮されているのかしら?
「さぁ、春が来る頃までに楽しいお知らせができるでしょうか・・・?」 そう言って今年の初め日記に同期入社の友人たちのことを書きました。 春の時期は済んでしまい、薫風爽やかな初夏の装いに変わりましたがようやく楽しいお知らせを 書くことが出来るようになりました。
神奈川に住んでいる親友の(こう思っているのは私だけかも・・・)E子から先日mailが入りました。 「6月中旬に時間が空いたので、大阪に行こうと思っている」とのことでした。 早速四国にいるH美に連絡を取り、居所がわかっているほかの友人にも打診してみたのです。 結局5人ほどが出席してくれることになりそうです。 E子と私を含め計7人で、同期会をすることに決定しました。 学校等と違って会社の同期ですので、退社した後の連絡網などがなく、結婚してしまえば 姓も変わってしまうので、どうしても見つけにくいわけです。 おまけに宮崎、熊本、山口、と地方出身者がかなりいましたので、田舎に帰ってしまえば ますます判らないですしね。
ということで、E子は神奈川、四国からH美、それに岡山と能登から一人づつ、大阪に集結することに なりました。 私と後二人は大阪在住ですので、身軽に出かけられますが、他のメンバーは多分日帰りはしないと 思いますので、旅費や宿泊代を考えると、なんだか申し訳ないような気持ちです。
それでもみんな「楽しみだね〜♪」なんて言ってくれています。 集まる日を土曜日にしましたので、生憎と会社が休み。 平日ならば、「OGさま参上!!」と、ちょっと偉そうに会社訪問が出来るのですけどね〜(笑)。 お昼のランチを会社近くのレストランにしようと思っています。 そこから多分会社が見えるはず・・・。 懐かしい思い出話に花が咲くことでしょう。
まだ日にちがありますので、ぎりぎりまでメンバー探しをしてみるつもりです。 本当のところはE子と二人だけで充分に話がしたいところですが、成り行き上こういう形に なってしまいました。 尤もその日の晩はおそらく家に帰らないで話し込んでしまう気がしていますが・・・。
ン十年前、高校を卒業したての私達は今の人達に比べると本当に幼かった様に思います。 両親や学校の先生たちに「社会人とはかくあるべし」みたいなことを懇々と言われ、それを 素直に聞き入れ、全うして初めて立派な社会人に(人間に)なれると思っていましたし 又そうありたいと漠然と思っていました。 都会には悪い人がいっぱいいる、きちんとしないと騙されたり傷ついたりして大変なことになる、 特に男の人には注意をして、知らない人について行ったりしないように気をつけなさい。 どこの親もおそらくそういう風なことを言い聞かせて娘たちを送り出したに違いありません。
そういう時代でした。
騙されずに幸せをつかんだかどうか、お互いに確認しあってこようと思います。
| 2005年05月19日(木) |
◆ゴミ分別で判ったこと |
私の住んでいる大阪市でも、この四月から分別ゴミが始まりました。
これまで普通ゴミとペットボトルなどの資源ごみだけの回収しかなかったのだけれど 容器・プラスティック類の回収が新たに始まったのです。
もう早くから細かく分別している地域の方たちにしてみれば、今頃何を・・・ と思われるでしょうね。 でも言い訳に聞こえるかしらね・・・実際、回収がなかったのだから出来なかったんですよ。
それで判ったこと。 それは「いかに容器プラスティック類が多いかと」いうこと。 生ゴミなどの普通ゴミの量が約1/4に減りました。 逆にこれまで分別していなかった「容器プラスティック」の多いこと!多いこと!
頻繁に使うサランラップ類、買い物をしたときに入れてもらうポリ袋、 お菓子やアイスなどのパッケージ、容器トレイ、 その他にも電化製品などのパッケージの中に入っている部品類が入れてある袋や、 最近では郵便の封筒などにも使われていたりして、まぁ、出るわ出るわ週一回の回収日には、 大きなビニール袋がパンパンになっています。
我が家だけかと思いきや、ご近所の皆様も口々に「普通ゴミ」が極端に減ったね〜と 言われています。 便利になったとはいえ、その代償がゴミとして現れていることを確認させられた気がしています。 そしていかに無造作にゴミを出していたかも・・・。
今日は朝からTVでひっきりなしに出ていた話題。 高額納税者が発表され、昨年度のトップがサラリーマンだったということで、 大騒ぎだった。
年収100億だって!! 40億近く税金払っても60億残ることになる。 年間1億使っても60年は暮らせるわけで・・・。 サラリーマンの厳しさが年々増す中で、経営者でも、親代々からの相続による資産家でもなく 会社に勤める普通の人がトップに躍り出たというのは初めてだそう。 しかも一昨年、その前年度、それぞれかなり上位に名前を残しているそうだ。 100億なんてあまりにも桁外れで想像も及ばない。 でも聞くところによると、かなりな手腕の持ち主だそうで、実力で得た報酬ということらしい。
下世話な疑問だが・・・。 いったいどうするのだろう?稼いだお金・・・。 寄付とかするんかなぁ・・・?。 そういう人は手堅い運用方法とか知っているんだろうけれども、運用しなくても、 それ以上増やす必要ないもんなぁ・・・。
先週娘にもらった芍薬、 三日目の写真です。 頭が重たくて少し下向き加減なのがわかるでしょうか?
昨年の母の日には 額紫陽花「墨田の花火」をもらいました。 花が終わって剪定をしておいたら、こんなに立派な花芽をつけてくれました。
ミニバラのGreen eyesです。 これは蕾から咲き始めは淡いピンクなのですが、だんだんとGreenに変化していきます。もう5年ほどになりますので今年は冬の間に思い切って短く剪定をしましたら、いつの間にかあちこちの若い茎が伸びて、たくさんの花をつけてくれました。
とっても好きなバニーテールです。 ふわふわっとしていてかわいらしいです。
今日は気持ちのよい一日でした。 昨日夏花のポーチュラカを買ってきたので、植え替えました。 それからアゲラタム、これも3株植えましたので、来週あたりには又ご紹介できるでしょう。
□5/1(日) 今日はサイトを立ち上げた記念日。 三年前の今日、ほとんど何も知らないまま、そして何の目的も持たないまま見切り発車の状態で、「ホームページを作る」という最終確認のボタンを押した。
薫風爽やかな、記念すべき一日だった。 以来あれやこれやと色々有りはしたけれど、 サイト名も「う・さ・ぎ」から「PRIVATE USAGI」に変わりはしたがこうやって継続することができている。 たくさんの方々とお知り合いになり、友人としてお付き合いが始まった方、メル友になった方など・・・。 この年になって友人知人が増えるなんて、ありがたい事だ。 先日来PCの故障で、結局初期化されてしまったけれど、新たな気持ちで四年目をスタートさせたいと思っている。
□5/2(月) ついに歯医者に行くことにした。 先日の発熱もおそらく歯が原因だと思われる。 まだ腫れがとれないのでそれが引くのを待って治療を始めましょうということで、取り敢えず痛み止めと抗生剤を処方してもらう。 ところで!私の場合下の前歯が一本足りないと言うことを言われてしまった。
「えェ〜ッ!今までそんなこと言われたことありませんが・・・」と言うと 「よくあることです。別にどうって事ありませんので、心配要りませんよ」とさりげなく言われたが、ちょっとショック。 ま、でも下の奥歯に親知らずが一本老名主みたいにデ〜ンと構えているので、本数は帳尻が合っているわけだ。(笑)
□5/5(木) 母からこの時期恒例の荷物が届いた。 あくまき、にがうり、きうり、干し若布、ちりめんじゃこ、鯛、鯵の干物トマトなどなど。 それに硝子の中に小花をあしらったマグネット3種、これはデパートで見つけたんだそう。 夏らしくて爽やかだから使ってね、と一言添えた手紙と一緒にあふれ出した愛情。
□5/6(金) 娘が一泊のゴルフ旅行に出かける。 細々とした片づけや繕い物をして一日過ごす。
□5/7(土) 夕方ゴルフから帰ってきた娘は荷物と一緒に大きな花束を抱えてきた。 「ママ、これ見て!きれいでしょ。今年はこれにした!」 と母の日のプレゼントに大輪のピンクの芍薬を差し出した。 あまりのきれいさに思わず絶句・・・。 早速花瓶に入れたけれども大輪のためうまく納まらない。 何とか入れ込んで飾ってみた。華やかで立派。
 
□5/9(月) 私が奥の部屋に移動をするより前に、娘も二階に移動をした。 二階は二部屋が「にゃんこ部屋」で、もう一部屋が娘の部屋なのだ。(だった) 彼女が高校を卒業するまで使っていたのだが、その後寮生活に入った為いつの間にか使われることもなくなり物置部屋と化してしまった。 寮を出て我が家に帰ってきてからは、二階に上がることもなく、うず高く積まれた荷物でいっぱいの「開かずの間」となってしまっていた。 花粉症で悩む彼女の為にその部屋を、片付けて大掃除をすることにしたのがGW前。 名づけて「クリーンルーム大作戦」。 PCが入院したためにすっかり時間が出来てしまい、思う存分のことが出来てこのGWはそのことにかかりっきりだった。 で、その部屋の隅っこの天井部分に雨漏りがしていることが発覚、 今日は早速大工さんに見てもらった。 どうも屋根部分ではなく、屋根に通じるドア部分のサッシが少し緩んでそこから雨が入ってくるようだ。 5/11に修理に来てもらうことになった。
□5/10(火) お昼前に運送屋さんが来る。 どこからも荷物が届く予定がないので、首をかしげながら玄関を開けるとなんと! PCが戻ってきた!!のだった。 意外にも戻ってくるのが早かったので驚いたけれども予定していなかったので、諸々のことを済ませてから箱を開けたのは夕方近くになってからだった。 たくさんの線をつなぎ、電源を入れてみた。 その後セットアップが済み、インストールやらDLやらのたびに再起動を要求され 思うほど作業が進まない。 それでも何とかインターネット接続は問題なく行われるようになりほっとっする。
*****
今回のPCの故障はふだんほったらかしにしてる家の中の色々に思う存分手を入れることが出来て、とても充実していたように思う。
□4/24(日) 昼過ぎPCを開けたが立ち上がるもインターネット接続が出来ない。 夕方BiglobeへTEL 色々と説明を受ながらチャレンジするも接続できないまま・・・。
□4/25(月) 朝からこまごまと家の用事を済ませ、お昼近くにほっと一息入れたところで宮崎の友人からTELが入る。 いきなり 「大丈夫?ま、電話に出たということは大丈夫って事やね(笑)?」 何のことかわからず 「ん??何?どうしたん?」とのんびりした返事の私。 「何って!電車の事故が、それもすごい事故があったのに知らないの?」 そこで初めてTVをつけてみる。 どのチャンネルに切り替えても修羅場と化した事故現場の映像が・・・。 安否の気遣いをしてくれた友人にお礼を言って電話を切る。 被害者の数が時間を追うごとに増えていく。 PCのことが気になりながらも、しばらくTVの前に釘付けだった。 事故のことを気にしながらも取り敢えずPCの電源を入れてみる。 昨日と全く変わらず仕方なくSOTECに電話を入れる。 プロコトルを開いてIPをとってみるが認識していないようで、無常にも0が並んでいる。 もう一度BIGLOBEへ連絡してみたら、だめなときはリカバリをかけたほうが良いかもと 言われてしまう。
□4/26(火) もう、多分修理に出さないといけないだろうと覚悟をして午前中のうちに奥の物置にしている部屋から、梱包のための箱をひっぱりだす。 そのついでに部屋を少し片付ける。 その後BIGLOBEへTEL。 くわしく説明を受け電話をしながらあれこれとチャレンジ。 今日もプロコトルでIPをとろうとしたがPCがIPを認識せず。
JRの事故はひっきりなしに被害者の数が増え続け、悲惨な状況となっている。
□4/27(水) 奥の部屋の荷物をすべて出してしまい処分するものと残すものにわけ大掃除をして私の部屋に変身させることに。 そのついでに少し早いけれども、衣類の入れ替えをしてしまう。
午後からSOTECにTEL 実に詳しく手ほどきをして下さるが改善しない。 おまけにとうとう決心をしてリカバリをかけることにしたのだがCDを入れてもシステムエラーが出てしまいもう修理に出す方法しか残っていない様子だ。 そのまま修理の依頼手続きをする。(涙)
□4/28(木) 午前中、運送会社がPCを受け取りに来る。 (しばらくのお別れ・・・涙涙涙) 最近働きすぎて背中から腰にかけて重い。 あまりにも痛いので行きつけの治療院にいく。 針、アイシング、電気治療、それにテーピングをしてもらう。
今日から奥の部屋が私の部屋になる。
□4/29(金) 夕飯後、ベッドから降りる際に踏み台を踏み外して落ちてしまう。(以前息子の部屋として増築したときに大工さんに作ってもらったベッドで、私の腰ほどの高さがあるため上り下りには小さな踏み台を使っている。) で、落ちるときに収納BOXの角で背中を打ちつけ、引きずりながら落ちてしまった。 あまりにも痛いので、病院へ行く。 背中からわき腹にかけて縦長の引きずった擦過傷、右手上腕部にも握りこぶし大の打撲の後が出来てしまった。 消毒と薬を塗ってもらうだけですんだけれども湿布を出してもらうことにした。
□4/30(土) 蒸し暑い一日だった。 夜、敷き毛布と掛け毛布を取り外し綿毛布とタオル地の敷布に替えたら夜中に寒くて目が覚める。 それから毛布を戻して横になるも、寒気がひどく眠れなかった。 まんじりともしないで朝を迎えたが熱っぽくて歯も浮いてしまったようだ。 熱を測ってみたら38.3度、ロキソニンと胃薬を飲んで病院へ行く。
+++ 以上4月までの色々、5月に入ってからは明日に… +++
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