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コミュニケーション。
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2020年02月24日(月)




寝坊した休日、夫はえらく機嫌がよかった。
お気に入りの嬢からうれしいメールでも来たのかもしれない。


理由はどうあれ、言ってくれたことは嬉しかった。
「笹原家の前半、後半」
というので、どういう意味?と聞いたら、
最初はお前とふたり、そして息子、ここまでが前半。
娘が生まれ、またさらに娘が生まれ、今後半。



「前半はとても長かった」
そうだね、わかるよ。
(私は初めての)二人暮らし、初めての子育て。
二人暮らしが終わるなぁと思って、お礼を言ったことも覚えてるし、
その後の子育てはとてもつらかった。

でも、娘が生まれてから夫はだいぶ協力的になり、
2番目の娘が生まれてからまた変わった。
私はとても楽になった(汚部屋だけど)。


見えてるものは違うけど、同じような区切りを持っているんだな、と思った。
夫は最初からちゃんとした夫とか父親ではなかったが、
父親にならなければいけないと思っていたことは察していて、
間違いではなかったなと思った。



夫は今、上の娘と買い物にでかけたけど、
帰ってきたら、
「後半とはどういう意味ですか、もうすぐ終わるんですか?
ユミちゃんと新しい家族を築くんですか?」
と問いつめようと思っている。



そう、夫のお気にいりの人の名前はユミちゃん。
元カレの本命もゆみちゃんであった。
10年越しで同じ名前の女に出会うとかある?
同人なら百合だろうが!(怒)

全くの別人であることは当然なのだが、
「私の男はみんな『ゆみちゃん』にとられるのかよ」と男友達に送信した。



2020年02月19日(水)




祖父が死んだのは最近のはずなのだが、何年前かもおぼろだ。
小さいころは一緒に住んだこともあったし年に何度も行っていたが、
母と祖父母の仲が決定的になってからは電話のみになり、
そこに祖父が出ることはないし、
私が一回り以上年上の男と結婚してからまたあちらが怒り、
そのうちに祖父は要介護になり、もちろん母が手伝うことはなく、
一切なく、
祖父は祖母に看取られて死んだ。


母は祖父が嫌いであった。
娘の私から見て憎んでいるとまでは思わないが、
彼女の心身の健康のためには物理的な距離が必要だった。
母から祖父母への恨み言を長年聞かされて、
自分たちも多少なり嫌な思いをさせられてきた私は、
祖父が死んでも何の寂しさもなかったし、接してこなかった罪悪感もなかった。
どう手を尽くしても伸ばしても、分かり合えないことはわかっていた。


一時期は、そうは言っても礼儀というものもあるし、
なんといっても私は孫で、可愛がられた記憶もあるし、
今なら大丈夫かもしれないと思ったこともあるが、
そのたびに人生に口を出され、ダメ出しをされ、
あげく結婚したときには葬式に来なくていいとまで言われたので、
8割がた諦めた。

残りの2割で通夜には参列し、初盆にも行ったのだが、
私の息子と娘に対し、
息子にのみ話しかけ、話題はほとんど息子についてにしか出ず、
娘はだんまりにならざるを得なかった数時間を経て、2割が消え去った。



祖父母と暮らした時期は、幼稚園のころで、
記憶が妙に鮮やかで、祖父の言動、祖母がしてくれたことは残っている。
それだけは大事にしようと思っていた。
CMと私たちに合わせて、普段からは想像もできないセリフを言ってくれた祖父。
からだを温かいタオルで拭いてくれ、自分で拭けると、
「とても上手、自分でできると気持ちがいいわよね」と声をかけてくれた祖母。
(同じように自分の娘にも言ってくれたらこうはならなかったのだが)


子どもたちに接するとき、祖母の真似をすることもあるし、
あんたたちのひいおじいちゃんは厳しかったけど、
こんな一面もあったよと話すこともある。


ただ最近、私のもともとの記憶力が少ないことに加え、
歳月も過ぎ、思い出せないことが増えた。
祖父の声である。
CMを真似してくれた声はなんとかギリギリ思い出せる気がするが、
普段の会話の声が怪しい。


そのことを自覚して初めて、寂しいと思って、
祖父を思って、泣いた。


雪絵 |MAILHOMEBLOG

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