あたたかなおうち



 寝言

夜、布団の中で
今日あったいろいろなことを祐ちゃんに報告する。


考えたこと、感じたこと、
日常の中で起こったささいな出来事。


それでね、それでね…と子供のように私は話す。
祐ちゃんは優しく相槌を打つ。


腕枕している手が
ゆっくりと頭をなでていてくれている。


そのとき祐ちゃんが突然口を開いた。
じゃあ、それ黒板に書いて
私は驚いて祐ちゃんを見つめる。


祐ちゃんがはっと気づいて決まり悪そうに笑う。
私も笑う。
寝ぼけてたんだね
笑いながら優しい気持ちになる。


祐ちゃんは夢の中でも先生なんだね。

2004年11月29日(月)



 清潔

祐ちゃんが泊まりにきた。


お風呂に入った後の祐ちゃんがとても好きだ。

男の人とは思えないくらいのきれいな肌と、
男の人特有の腕の筋肉。

清潔なたくましさが一層際立つ。

しかしどうしてこの人は、全く男臭くないんだろう。




2004年11月24日(水)



 結婚記念日

今日は両親の結婚記念日だった。
22回目の。


電話をすると、すぐに母の機嫌の良い声が聞こえた。


私はおめでとうと言い、母はありがとうと言う。
今日は一日父とデートしてきたのだという。

あら、よかったねぇと私は言う。
母は照れながら嬉しそうに話す。


私はそんな母が本当に可愛いと思う。


父は今日見た映画の話をする。
少し酔っているのだろう、饒舌になる。


二人が歩んだ22年という月日のほとんどを
私は一緒に過ごしたきた。



幸せを形にしたようなふたり。

あんなふうに人を愛したいと心から思う。



2004年11月23日(火)



 保険

祐ちゃんが生命保険のパンフレットを持ってきた。
学校でもらったんだ
と言って。


私は、保険についてよく知らない。


生命保険は、就職したら入るものなの?
結婚したり子どもができたら入るものかな


インターネットでいろいろな保険を調べながら祐ちゃんが言う。


自分のために入るものじゃないからね
死んじゃった後のことなんだから
自分に守るものができたら入るんだよ



守るもの、か…
私は祐ちゃんの横顔を見ながら聞いてみる。


守るものができたの?


祐ちゃんはちらりとこっちを見て、
目を細めて言う。
そうだね
と。優しい声で。

2004年11月19日(金)



 筆談

久し振りにサークルに参加した。
引退してからすっかり顔を出さなくなった。


少し遅れていくと、メイが小さく手を振っている。
ほっとして、私は笑顔で隣に座る。
まわりはもうほとんどが後輩ばかりだ。


会議中、声を潜めてメイと筆談をする。
たわいのない話。
ふたりでくっくと笑う。


その時、メイが小さく声を上げた。
あっこれ
私は笑って頭を掻くしぐさをする。
メイはおどけて私の肩を押す。


良かったね、華
私の左手を見ながら、穏やかに笑って
メイはさらさらと綴る。

2004年11月18日(木)



 連絡

11時を過ぎても祐ちゃんから連絡がない。
何かあったんだろうか。
電話をしてもつながらない。


心配だな…


そう思っていたときに電話が鳴った。


ごめん、飲み会に連れてかれて
祐ちゃんが息を切らして話す。
走りながら話しているんだろう。
ああ、そうか、良かった…
そかそか、大変だったねぇ
今から行かせてもらってもいいですか?


今日は祐ちゃんがうちに来るかもしれないと
私が期待していたことを、知っているんだろう。


本当は、こんな時間に来るなんて大変なはずなのに。
本当は、私が来てもらう立場なのに。
『行かせてもらってもいいですか』なんて。



かなわないなぁ、祐ちゃんには。
電話を切って、お風呂を溜めながら苦笑する。



2004年11月17日(水)



 探し物

朝、出掛ける前の忙しい時間に、
祐ちゃんはいつも何かが見つからないと騒ぐ。


今日は原チャの鍵だった。


あれれ
どこいったかな
メイの彼氏も一緒に探す。


クッションをひっくり返して、
ヘルメットの中を見て、
テーブルの上にもない、
ソファの横にもない、
床には…ない。


探し物をしているというのに
ほのぼのとした空気が流れる。
もはや朝の風物詩だ。


あ。
上着のポケットに手を突っ込んで、祐ちゃんがつぶやく。


みんなで小さくほっとする。
メイの彼氏はもうマンガに目を移している。


いってきます
祐ちゃんが子どものように言う。


さて、今日も一日頑張ろう。

2004年11月16日(火)



 依存

彼氏のいない友達の姿が、眩しく映ることがある。


私は、依存している気がしてならない。

友達に恵まれていても、
きちんと日常をこなしても、
将来の夢があっても、

祐ちゃんがいつも私の中にいる。


もしかしてもう、
一人では生きていけないのではないだろうか。


そんな話をすると、
祐ちゃんはちょっと困った顔をして、
何も言わずに頭をなでてくれた。



寝るときに、
電気を消して手をつないでから、
祐ちゃんが言った。

寂しいこと言わないでさ
え?
ひとりで生きてく、とかさ

寝返りをうって、こちら側を向いて、
祐ちゃんが私の頭をぽんぽんとたたく。

一緒に生きていきましょうよ


そうか。
人は支えあって生きていくんだ。

2004年11月15日(月)



 左手

おめでとう

祐ちゃんの手に小さな箱がある。
私は驚いて祐ちゃんを見上げる。

てっきり一緒に買いに行くものだと思っていた。
今まではいつもそうだった。





左手に

小さなダイヤのついた華奢な指輪。


2004年11月14日(日)



 誕生日

今日、21歳になりました。


私を支え、励まし、
共に歩んでくれるすべての人たちに
心から感謝します。


ありがとう。


2004年11月13日(土)



 パンフレット

目が覚めると、
祐ちゃんはもう出掛ける準備をしていた。


服装を整えて、上着を着てから、
祐ちゃんはテーブルの上のパンフレットに目をとめる。

私が最近、ジュエリーショップでもらったものだ。
手に取り、パラパラとページをめくる。
ところどころしげしげと眺める。
何度も。記憶するように。


誕生日に、私の欲しいものをと思っているのだろう。


たまらなく嬉しくなる。
私は泣きそうになりながら、
必死でまだ眠っているふりをする。

2004年11月11日(木)



 親離れ

祐ちゃんのいない朝。
一人で目覚めることに、違和感を覚える。


少し笑ってしまう。


昔は、家族以外の人と眠るなんて
考えられないと思っていたのに。


今やきっと母親と眠るよりも
祐ちゃんと眠るほうが安心するのだろう。


不思議な感じがする。

2004年11月10日(水)



 誕生日

実は、もうすぐ誕生日を迎える。
21歳になる。

何が欲しい?と祐ちゃんが尋ねる。
手紙!と私は答える。

ああ、そうだ…
2年前にも同じ会話をしたことを思い出す。




何が欲しい?と聞かれて、
手紙が欲しい、と答えた。
祐ちゃんの整った字が、とても好きだった。
手紙でいいの?ケーキとかにしたら、と祐ちゃんは笑った。

サークルのみんなが開いてくれた誕生会に
本当に大きなケーキを二つも焼いてきてくれた。
みんなで笑った。
とても上手だった。

でも
誕生会が終わって、家に帰ると、
郵便受けにちゃんと手紙が入っていた。



祐ちゃんと一緒にいたら
私は幸せに時間を過ごし、
幸せに年を重ねていける気がする。




2004年11月09日(火)



 日常

久し振りに祐ちゃんが私の家に泊まった。


ちゅちゅと遊んでやって
というと、ころころと遊んでいる。


私はご飯の準備をして、テーブルに運ぶ。
祐ちゃんはまだ遊んでいる。


私は思わず微笑む。


はいはいご飯ですよー
母親のように優しい声で言う。

2004年11月08日(月)



 仲直り

バイトの後、祐ちゃんの家に行った。

いつも通りにソファで本を読む祐ちゃん。
いつも通りにただいまと言う私。
何でもない会話を交わして
いつも通り、私はまかないのお弁当を食べる。



ごめんね!
ううん、ごめんっ!



ふたりで笑う。


いえいえこちらこそ…、
いえいえいえこちらこそ…、
いえいえ…


笑いながら手をつなぐ。



これで喧嘩はおいまい。

これからが本当のいつも通り。

2004年11月07日(日)



 おうちに帰ろう

この間喧嘩をして
祐ちゃんの家にはしばらく行くまいと思った。



昨日のお昼に、メイと遅いランチに行った。
メイがゆっくりと将来の話を始める。


私たちが卒業する再来年には
あの家に誰もいなくなるのかなって思うと
寂しくて。



デザートの杏仁豆腐を口に運びながら
メイは続ける。


きっと今の私たちの暮らしは、すごく特殊なことなんだよね。
年をとってから、あの頃は毎日毎日
楽しいことばかりだったなぁって思い出すんだろうね。



メイの言葉は、私をあたたかく包む。
意地を張っていた気持ちがするすると解ける。
どうしてこの子は、
いつも私の欲しいものを与えてくれるんだろう。


店員さんが、熱いジャスミンティーを注いでくれる。


やっぱり、今日も祐ちゃんの家に行こう。
みんなのいるあのうちに帰ろう。



2004年11月06日(土)



 喧嘩

祐ちゃんは忙しいから
祐ちゃんは疲れてるから
負担にならないようにしよう


そんなことばかり考えているから、
ときに、私の中の糸が
音を立てて切れる。


いつもは決して口に出さない言葉が
涙とともに、溢れ出してしまう。
止めることができない。


自分が大嫌いになる。


そんな私を、祐ちゃんはきつく抱きしめる。
押さえこむように。







2004年11月05日(金)



 お寿司

昨日は私たちの記念日だった。

特別な日に行くお寿司屋さんがある。
親方ひとり、お手伝いひとりの
こぢんまりとしたお店だ。

扉を開けると
いつものように二人が笑顔で迎えてくれた。

祐ちゃんと親方は世間話をしている。
私は耳を傾けながら、たまに相槌を打つ。

お寿司は勝手に出てくる。
まるでわんこそばのように
こちらがストップをかけないと、親方は延々と握り続ける。

あっ私はもう結構です
あわててお皿の前に手をかざす。
もういいの?じゃあもう2つだけ食べようよ
親方は大きなお腹で笑いながら、すでにうにを握っている。

親方は食べさせ方を知っている。
気がつくと、いつもお腹が苦しくなるほど食べてしまう。

帰り道、苦しい苦しいとうめく私に
祐ちゃんはくすくす笑って手を差し出す。



2004年11月03日(水)



 上着

祐ちゃんの家に泊まった。

昨日、居間に脱ぎ捨てたはずの上着が見当たらない。
おかしいなぁ…
ふと上を見ると
丁寧にハンガーにかけてある。

あっ、ありがとう!!
メイの彼氏にお礼を言う。
メイの彼氏はパソコンに向かったまま
振り返らずに言う。
ああ、落ちてたから
当たり前のように。

私は笑顔になる。
華、行こうか
玄関から祐ちゃんの優しい声がする。
私は上着を取って、ぱたぱたと玄関に向かう。

さりげない思いやりが溢れる
あたたかい人たちとの、あたたかい暮らし。


2004年11月02日(火)



 冷蔵庫

私の冷蔵庫は真っ白で、
もらったポストカードやら手紙やらが
マグネットでぺたぺたと貼り付けてある。

その中にある、小さなカードの言葉。
久し振りに手に取り、ゆっくりと読み返す。

『いつでも帰ってらっしゃい
  特急で
 交通費、入れておきます   母』


交通費は今でも使わずにとってある。

それはなんて幸せなことなんだろう。

2004年11月01日(月)
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