りえるの日記

2007年12月30日(日) 温泉

九州の温泉旅館に
博多から30分程の郊外だが、旅館の中に一歩入ると
大正ロマンのような雰囲気で落ち着く。
喫茶はあたたかみのある木のソファー。
杉の香りのお香が体を包みこむ
温かみのあるオレンジ色の光。
自動ピアノのくぐもった音を聞きながらの読書。

目を閉じて、心を統一することができる空間に
巡り合えることは少ない。
今回の旅館は、お部屋もロビーも読書をする人に
とっては最高の空間。
残念なところは、お食事がイマイチ。
ひれ酒を飲んで、やっと機嫌も回復。

帰りに「ヘアースプレー」を見る。
底抜けに楽しい映画。
こういう映画もたまにはいい。




2007年12月29日(土) オゾン

オゾンの「エンジェル」を見てきた。
駄作。「まぼろし」「僕を葬る」は、
冷たい肌を触っている感触の映画だったのに、
今回は、B級映画監督の作品みたい。
見ながら、腹がたってきた。
ランプリングがほんの少しだけ出ていたのが
良かったぐらい。

お口直しにと思って、「夜顔」の前売りを買った。
「昼顔」のその後の映画。



2007年12月27日(木) 年末年始

年末年始何を読むかは、楽しいイベントとなりつつある。
年明けは、プルースト再読で幕開けしよう。
鈴木訳は読みやすく、去年ハードカバーで買ったので
新年にふさわしい触感の手応え。

帰省移動中は、
「悪魔のような女たち」ドールヴィイ
「黒い文学館」生田耕作
「世紀末画廊」澁澤龍彦

そして、来年は
プラトン、ジョイス「ユリシーズ」
ユリシーズの前に、ギリシア神話も読まなければ。
デカルト「情念論」

と、考えているだけで楽しくなってくる。

最近、仕事が忙しくフランス語がおろそかになっているので
年明けはいつもの調子に戻していこう。






2007年12月18日(火) 喪失

クンデラ「冗談」も喪失がテーマ。
最近の大好きな作家。
彼の作品は愛、哲学、審美観、心理分析等
脳髄を刺激される。

著者のまえがきより

「人は未来の天国を失っても、まだ過去の天国、失楽園を
手にしている。

忘却によりたえず蝕まれている人生に私たちをかたく結び付けて
いる絆が、ノスタルジアである。
慈悲深いノスタルジアと無慈悲な懐疑が、天秤の両皿として
この小説の均衡を保っている。」

この前書きの抽象的ともいえる内容を丁寧に小説の中で
語っていく。

「レディチャタレイ」を見た
原作はロレンス「チャタレイ夫人の恋人」
チャタレイは愛欲に溺れ、堕落するというイメージだが
実際は聖女のように純粋な女性
猟番と身分違いの愛に目覚め、性も開花するという
当時のご夫人方はうっとりと小説に読み耽ったのだろう
愛欲に溺れるなら堕落してほしいと思うので
これは綺麗ごとすぎるのではないかと若干不満。
ここが、イギリスとフランスの違いかな。
私は、やはり「ボヴァリー夫人」のように自己破滅こそ愛欲だと
思いながら、飲み会にのぞんだ一日だった



2007年12月17日(月) 玉砕

仏検準1級は見事不合格で
すこしモチベーションが下がる
次回は、DELFB2を受けようかな。

クンデラ「冗談」を読み始める。
チャプターが短く区切られているので
読みやすい。

やはり、クンデラの世界観は好き。

ピアノの次回の課題曲は
リスト「愛の夢」
メジャーな曲すぎてセレクトとしては、嫌だけど
中間部分のテクニックを完璧に弾くには
かなりの力量が必要。
指の先まで神経を集中して、練習に取り組もう




2007年12月09日(日) 狙い

次に行こうと思っている映画は
「レディチャタレイ」
フランスでもセザール賞をとった話題作。

といっても何人の人が知っているんだろう。

朝日の書評で、フローベール「感情教育」が紹介されていた。
ボヴァリ夫人が良かったので、これも読みたい。



2007年12月06日(木) 体制

「君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956」を
見に行った。
ソ連支配の共産主義政権下にあったハンガリーでの話。
ロシアをこれでもかというぐらい悪者に描いていたのは
少し笑える。
ソ連は、民主主義の国の映画界では
分かりやすい悪代官。

よくある体制に抑圧され戦う男女の話が小さくまとまりすぎて
私は物足りなかった作品。

クンデラを読んでいると、体制の話がよくでてくるので
小説の場面を思い出しながら見た。
自由を奪われた国で冷静に出来事を記述するクンデラ。
デモを先導し連帯を強制する人に共感をもてない
女性サビナ。
少し本流からはみ出している人の物語は好き。



2007年12月05日(水) マニアー

パスカル「パンセ」。
信仰至上主義の精神がしっくりこないので、
読むスピードが遅くなっている。

本を読むのは共感するだけでなく、自分とは違う考えに
ふれる事も大切だと思うから、頑張って読んでいる。

合間にバタイユ「空の青み」を

人間が嫌悪し、狂気ともいえる瞬間を描くことにより、
バタイユは何を語りたかったのだろう。

描写の鋭さでいえば、「マダム・エドワルダ」「眼球譚」の方が
優れている。

狂気が洗練されていうのかな。

プラトン「パイドロス」でも、
狂気(マニアー)というものを、恥ずべきものとも、
非難すべきものとも、考えてなく、
神から授けられる狂気は、人間から生まれる正気の分別よりも
立派なものであると言っている。


私の嗜好は「狂気」と「毒」を感じるかという事が
ポイント。


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