遠くにみえるあの花火に
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2004年09月30日(木) 世の中にはいろんな共同生活がある

台風一過。
それにしても曇り空の日というのは、どうしてこんなに眠いのだろう。
目が覚めない。
頭の中に、もやもやっとした霞がかかっている。
ずいぶんな質量の霞。やわじゃないやつ。

お昼を目前にして晴れ渡る空。
台風が過ぎたあとは、大掃除のあとみたいにぴかぴかだ。





世の中にはいろんな共同生活があると思うけど、
私が私の旦那さんとしている共同生活は、
どう呼べばいいだろう?

特に夫婦めいてもいないし、特に友人めいてもいない。
仲のいい兄弟みたいでもないし、恋人の延長という感じでもない。

それとも私がよくわかっていないだけで、
夫婦ってこういうもんなのかもしれない。

こういうもんって、
たとえばお互い怠惰な気持ちなのに、
ちゃんと朝ごはんつくったり夜ご飯つくったり、とか、
代わりにお皿洗ったり、お風呂の準備したり、とか、
でも今日はどうしても眠くて眠くてしかたないから、
お風呂も入らずに、ぐーぐー寝てしまうとか。

リラックスしてるけど、ちゃんと相手のために動く、ってこと。
文句とか言わなくて、かわりに
よしよしってすること。


夫婦が100組いたら、100通りの夫婦のあり方があるんだろうな。
で、私たちのは101通り目なんだろう。
だから夫婦めいていないと感じる。

私の知ってる夫婦は、私の両親くらいなものだからね。


まだ共同生活は始まったばかりで、
これからどうなっていくか分からない。
そのうち文句ばっかり言って、よしよしすることを忘れるかもしれない。

でもそういう風になったらなったで、
それもまた一つの私と彼との夫婦関係ってことになるんだろうなぁ。

血のつながっていない誰かとずーっと暮らしていく。
それって、経験が無いだけにどうなるか先が見えない。

大学時代、友人と二人暮しをしている知り合いがいたけど、
どんな気持ちだったんだろう?





最近話題のプログ。
私もちょっと試してみたいと思い始めています。。。





2004年09月29日(水) 大人になる時間

ひどい雨。
また台風が近づいている。
おもしろいくらいに急カーブを描いて、
日本列島に向かってきている。

それはまるで台風を引寄せる磁石みたいなものが、
九州あたりにひっついているみたいだ、と思う。

ぐいーんって、曲がってる。
おかしいなぁ。





今日はずいぶん真面目にお仕事に取り組む。
月末なので、いくぶん仕事量が増してきているから。





来月あたり、友達と飲み会をすることになった。
今からめぼしい人たちに声をかけなくてはいけない。

久しぶりの飲み会。
うれしいなぁ。

私が一人の大人になる時間。

飲み会は私にとって、
お酒を飲んで、成人らしく振る舞う時間だ。

それはちょっぴり孤独で、ちょっぴり自由になる時間。
きちんと一人で立つ。
そういう時間も時には必要なのだ。


楽しみ★










2004年09月28日(火) 【800字小説】ひとりひとり

ゴザンス800字小説
お題は(旅立ちの朝/部屋で/あの人が)



「ひとりひとり」

うすく紫色にそまった朝焼けは、いつ見ても美しい。
引越してきたばかりの部屋のベランダは、東向きに面していて地上9階建てのマンションの最上階にある。
あの人はそこで煙草を吸う。
片手にはコーヒーの入ったマグカップを持ち、濡れた髪のままぼんやりとしている。

新しいマンションで、新しい生活が始まろうとしている。
あの人が部屋の中に戻ってくるまでに、私は朝食をととのえ、テレビ番組の代わりに、軽いピアノの音色で部屋の中を満たす。

私はあの人の肩越しに紫色の空を見つめながら、あの人が早く振向いてくれないかと願う。
部屋の中はもう充分にととのえられていて、あたりにはこうばしいパンの香りがしている。

あの人は、煙草を吸いながら何を思うのだろう?
まだ明けて間もない空の、そのずっと向こうを見つめながら。

だんだん明けてゆく空は、紫色から徐々に白とブルーの空になっていく。
「ねぇ。」
私は結局、あの人の腕にそっと手をかけて、あの人をこちら側へ連れ戻す。
「ゆーちゃん、きれいな朝焼けだねえ。」
あの人はにっこりと笑顔で振り返り、そんな風に言う。
「ごはんできたよ。一緒に食べよう。」
私は苦笑まじりにそう言って、濡れた髪のあの人を部屋へいざなう。

今日からふたりの生活だね。
心の中だけでそうつぶやいて、私は目でそれを伝える。
あの人は向かい側の席で、新しく注がれたコーヒーを飲みながら、やさしくうんうんとうなづく。

あの人の笑顔の向こうに見える空は、今日も晴天だと確信に満ちた光をそそいでいる。

あの人が食器を洗っている間、私はベランダでぼんやりするだろう。
ひとりひとりで、ふたりどうしだ。





2004年09月27日(月) こころの中はまだ夏で、

旅行の間にいくつか本を読みました。
これはメモとして。

銀色夏生さんの「庭を森のようにしたい」
恩田陸さんの「球形の季節」
ダフネ・デュ・モーリアの「レイチェル」

以上の三冊。

しかしながら、タヒチの陽射しというのは読書には向いていません。
あ、タヒチに行ってきたのです。
ポリネシアに浮かぶ、小さな島々からなる国。

かといって水上コテージのすばらしい部屋の中は、
外とは対照的に薄暗くて、夜更かしも読書もままならないのでした。

それで昼間は海へぼちゃんとつかり、夜は眠るという生活をしていました。
読書は夕方の、日が落ちるまでの時間に。
あと、飛行機の中と。

銀色夏生さんのエッセイを読むと、いつも心がきゅっと引き締まる。
そして読みやすく楽しい。
娘のカンチとのやりとりなど、はらはらしながら読む。

恩田陸の話も、とてもおもしろい。
想像の中の街が、自分の後ろ側にずーんと広がる感じ。


あまりにタヒチと関係のない本を読んでいたので、
読みながらいつも変な気分になった。
もうすこし、夏らしい、からっとした本を持っていけばよかった。


日本に帰ってみればすっかり秋の気配で、
洋服も雑貨も、NEW ARRIVAL!!の文字が躍っている。

もしかしたらもうすぐ、
金木犀が街をつつむのかもしれない。

けれども私のこころの中はまだ夏のままだ。
あのタヒチの陽射し。こういうのを青空と呼ぶんだなぁと思う空。
うすいエメラルドグリーンと、ふかいセルリアンブルーが重なる海。
そして満天の星空。
写真の中に入り込んだような景色だねと、
言いあいながら目を細めて眺めた景色。

最後の楽園とよばれる島は、
永遠に夏のまま時が止まったような島だった。
ずーっとここにいたら、本当にどこかで
時間のねじがゆるんでしまうんじゃないかと思える。

あるひとつの魔法。
あるいは誰かの大きな夢の中なのかもしれない。


タヒチの現地のことばで「こんにちは」は「イアオラナ!」
アとオを同時に発音するような感じで、
イオラナ!と言ってるように聞こえる。

でも圧倒的に、おはようございます!こんにちは!と
日本語で話しかけられる回数の方が多く、
それは、島に訪れている観光客(多くがハネムーナー)の、
半分くらいが日本人で、従業員は皆、
日本人向けに日本語の教育がなされているからなのだろう。

ホテルには日本人スタッフもいて、
言葉の心配もあまりしなくてすむ。

そういう意味では、とてもリゾートナイズされていて、
日本人のいる海外には行きたくない、という人には
むむむっと思うかもしれない。


向こうの人は、皆すれ違うたびに笑顔で挨拶をしてくれて、
こちらもつられて笑顔で挨拶を返すような、
そうするうちに、自然とこちらからも笑顔で挨拶をしていて、
それがあたりまえのようになっていた。

あたたかい国特有の陽気さ。


いいなぁと思う。
ひとりで読書するより、誰かと歌っていたいような時間。

タヒチでの時間はそんなふうだった。



日本の空はあいかわらずの曇り空。
それはとても読書向きで、とても心安く、
私にとっては、日常の時間で。

徐々に徐々に、こころの中の夏を過ぎ越し、
こころの中に秋をもたらしたいと思う。


日本の時間。

それは平らかで落ち着いた時間。


2004年09月24日(金) ただいま


ただいま。

ずいぶん遠くへ行っていました。
まだ心がその遠い場所にあるような気がします。

ねぇねぇ。

声をかけられても、まだ遠く、眠りに落ちたままです。



ずいぶんめまぐるしい時間をすごしました。

あるいは、ずいぶんゆったりした時間を。




そこだけ時間が止まったように、
あわあわとしています。

あわあわ。


日本に戻ってきて、まず最初になにをすればいいのか
さっぱりわからず、途方にくれています。

とりあえず、日本的慣習にのみこまれながら
社会人らしく立派なご挨拶などをこなさなくては、
こなさなくては、
と念じています。


どうなるでしょう。


もうすこし落ち着いた気持ちで日記が書けるといいのですが。

旅行記なんかも書きたいですね。
これまで飛んだ日付の日記は、

結婚式のあれこれ、
新婚旅行のあれこれ、

ということで埋めようと思っています。



さて、いつ書けるのでしょう。









2004年09月15日(水) タヒチの旅



朝、歌声で目覚める。
男の人の声。なんだろう。

テラスへ出てみると、カヌーに乗った男の人と女の人。
男の人がこぎ、そして歌っていた。女の人がお盆を持ってテラスへ上ってきた。
「カヌー・ブレックファースト!」
すっかり忘れていたけど、そんなオプションをつけていたのだった。

テラスのテーブルに、陽気なおばさまが朝食をつぎつぎと並べていく。
マグロのサラダ(タヒチ名物)、パン、コーヒー、
パイナップルのジュースなどなど。


(マグロのサラダ)


見たことのないきれいな色の鳥が、テラスのてすりに止まる。
海がおだやかな表情をみせている。
遠景には山々。
朝のはじまりがいつもこんな風ならなぁとうっとりする。
タヒチの人ってみんな歌がうまいのか、今朝のあの人の歌声もステキだった。
ここの人たちは、日が昇ると起きだして、日が沈むと眠る、
そんな生活をしているに違いない。
歌いながらカヌーをこぎ朝食をとどける。
なんて素敵な仕事だろう。






2004年09月14日(火) タヒチへの旅

新婚旅行はタヒチでした。
そう、タヒチ。
あのゴーギャンのタヒチ。よしもとばななのタヒチ。


タヒチ・エア・ヌイ航空の飛行機
羽根の先についている白い花は、タヒチの花。
すごく甘くて強い香りがする。

そもそも旅になんの目的ももたず出たので、
ただのんびり、時間とお金と日本のことは忘れて過ごす。
観光もする予定がなかったし、とくに行きたい場所もなかった。

一日目。
首都パペーテに到着したら、
そこはもうまぶしい太陽が白く降り注いでいる場所だった。
タヒチとはそういう場所なのだということを、
この頃はまだ知らなくて、そのスコンと抜けるような青空に心が踊った。

なれない空港で日本人ガイドを探し(たくさんいるのです)、
私たちはそこからモーレア島へ移動するために、
また別の小さな飛行機に乗り換える。



モーレアに行くための、国内線の航空券

すごく小さくて、ワゴン車の中とそれほどかわりないような狭さでした。
操縦席と客席のあいだには仕切りもなく、座席は一列ずつ2列あるだけ。
エアコンもなく、かわりにうちわが前の席の背もたれにささっていて、
それをぱたぱたと仰ぐのでした。



こんなおもちゃみたいな飛行機。
まだ髪が長い私。

飛行機はぐいんと急上昇し、10分くらい飛んだあと、またぐいんと急降下し、
あっという間にモーレア島に到着。
高所恐怖症の夫は、ただもう、びびっていました。
私はというと、小窓からみえる海の美しさに大興奮で、
カメラのシャッターを夢中で切っていました。
色の種類に詳しければ、
あの何層にもわたる海の色を表現できるのでしょうが・・・。

到着後、ホテルまで旅行会社の人が車で運んでくれる。
その間も、車の窓からモーレアの山々を写真に収める。




このホテルには日本人スタッフが男女それぞれ1名ずついて、とても安心。
サマードレスを着てとても日に焼けている。
そしてきびきびと働いていてかっこいい。
(おそらく、現地の人たちよりも労働において真面目で几帳面なはず)

このホテルに2泊する。
とりあえず着いてから夕食の予約を入れ、部屋の中を検分し、いざ海へ。
海といっても水上コテージなので、
そのままテラスからびる階段をおりるともう海の中へぼちゃんっ。
ベッドはキングサイズだし、
床の一部がガラスになっていて、水色の海がゆらゆらと光を反射している。


海は浅くて、腰ぐらいまでしかないので、安心してばちゃばちゃと泳ぐ。
信じられないような紫のようなピンク色の魚がいて、それをずーっと追いかける。
魚たちは警戒心がなく、近寄っても逃げない。
海がほぼ透明で、底まで良く見えた。




ここのお風呂は猫足のバスタブ。
でも蛇口をひねると砂交じりの茶色い水だったので入らなかった。
かわりにシャワー。
海からあがって、シャワーをして、ぼーっとしていたらもう夕方。



夕暮れ時、テラスで読書をする。



夜の食事の間に、タヒチアンダンスのショーがあった。
写真にとるも、よくわからない。。。
ビデオに収める外国人も。





食事は普通においしい。
この日はバイキングだった。
フランス領なので、フレンチもどきみたいなものもあるし、
魚介が豊富なので、魚を使った料理も多かった。
パスタなんかもあった。

夜は波の音を聞きながら眠る。








私はこの日何を考えていたのだろうか?
タヒチの日差しをあび、タヒチの海を見、何を感じていたのだろう?
あまりにも異国で、ただただそのことに圧倒されていた。
特に現地の人と会話をかわすというわけでもなく、
ハプニングも起きず、ただ旅先に来たのだという高揚感があるだけだった。
隣には見知った夫がいて、(でもまだこの頃は夫というよりも恋人のようだった)
挙げたばかりの披露宴のことを思い出し、
そして既にそれが遠いことのようで、驚いていた。

驚いて、そのことばかりに気をとられていた。
まだ結婚したという実感がわかず、タヒチまで新婚旅行にきたというよりは、
日本の離れ小島にでも遊びにきたような感覚だったのだと思う。






2004年09月10日(金) かわりなくにぎやかな夜




お父さんお母さんへ

ついにこの日がやってきましたね。
いつもにぎやかな我が家は、今夜もかわらずにぎやかでしたね。

そのにぎやかさの中には、楽しいこともあれば、
喧嘩やいさかいなどもありました。

覚えていますか?

中学の時、バスケ部に入ることに反対されて喧嘩になり、
それでも結局バスケ部に入ったこと。

他にもあげればきりがありませんが、たくさんの思い出の中に、
笑顔や涙がありました。
けれどそのどちらにも、
二人の惜しみない愛情があることをいつも感じていました。

これまで長い間育ててくれてありがとう。
家族の大切さやあたたかさをたくさんもらいました。

うまく言葉では言い表せませんが、とても感謝しています。
お父さんやお母さんがつくってきたようなあたたかい家庭を、
私も彼とつくっていきたいと思います。

何かでつまづいたり、困ったりしたときには、また相談にのってください。
いつまでもお元気で笑顔をたやさいお父さんお母さんでいてください。
いままで本当にありがとうございました。
今日でひとつ区切りをつけて、また明日からよろしくお願いします。





■結婚式前夜、布団の中で携帯電話から手入力しました。

両親への手紙を披露宴で読もうか読むまいか、ずっと迷っていて、
忙しさもあって、結局手紙をしたためるまでにはいたらず、
そのことが前日の夜まで気になっていて、
こんな形で日記に書き込んだのでした。
しかしながら結局、披露宴では両親への手紙は読みませんでした。

こういうことって、言葉にしてしまうと陳腐な気がして、
書き終えて読んでみて、さらにその思いは強まったのでした。
感謝の言葉も、書き連ねると・・・

さりげない言葉が、心を振るわせることは数多くありますが、
それは日常で、さりげなく発したいと思うのです。

でも、両親への手紙を披露宴で読まなかった本当の理由は、
きっと泣いて泣いて読めないだろうと思ったからでした。

思い入れが強すぎるのです。




2004年09月09日(木) これを不安と呼んでもいいなら

むー。

なんだかいろいろ不安なのです。

結婚をする彼とは、一度だけケンカをしたことがあります。
ケンカ。
というよりは、叱られたのですが。


情緒不安定になってるんだと思いますが、
その時のことを思い出すと悲しくなるのです。
うううっと涙がこみあげてくるのです。

とにかく涙もろくて、
ささいなことで泣けてきます。

感動しても泣くし、
心細くても泣くし。

こういう気持ちはマリッジブルーなのかな。

不安?
これを不安というなら、
とてもとても不安です。

誰もいない、さざなみひとつないプールの水面に浮かんで、
空を見上げているような、
ぬるい水が、耳元でぴしゃぴしゃと音をたてているような、
よくわからないけれど落ち着かない気持ちです。

一人で何もかもやってきたわけではないし、
これからも一人で何もかもやるわけではないのに、
叱られた時の不穏な空気や、
どうしようもなく、突き放されたような感覚が、
ひゅっと蘇ってきて寂しいのです。


これを不安と呼んでもいいなら、
私は今、不安な気持ちです。


どうしよう。




2004年09月08日(水) 秘密をもつということ

台風一過。
晴れ晴れしい晴天。

でもどうしようもなく体がだるい。
気分転換にと思って読んだ漫画がよくなかった。
夢中になって5冊一気読みをしてしまった。
こーふんして夜中眠れなかったし。
眠い…。


そんなわけで今朝も相変わらずの疲労モード。
夏バテが終ったと思ったら寝不足です。





街を歩いている時に物思いにふけるのが私のくせで、
今朝もみちみち、秘密をもつということについて考えていた。

秘密。

秘密と嘘は、半ば同義だと私は思っている。

そうして、他人の秘密を守るためにつく嘘は、
なんだかやるせない。

極力、秘密は持ちたくないと思っている。
秘密を持つことで、誰かの心をマイナスな気分にさせるのなら、
こんなちっぽけな私のことなど、全てされけだしてしまえばいいと思う。
秘密なんて必要がない。
私のことが知りたければ教えてあげる。
だから嘘なんてつかなくていい。

そういう状況に、きちんといたい。


秘密をもっているその人の、
その気持ちはいったいどんなものだろう?

秘密にしなくてはいけない事柄をもちながら、
毎日生活するというのは、
心苦しいことではないのだろうか?


それでも秘密にしておかなくてはいけないというのは、
ちょっぴりつらいですね。



「つまづく石でもあれば、私はそこでころびたい」


つまづいた拍子に、秘密もぽろっと吐き出してしまえば、
案外気持ちが楽になるかもしれません。

あんまり慎重に慎重に歩きすぎて、
つまづく石をよけてばかりいたら、
それは返って、息の詰まることかもしれないですね。




2004年09月07日(火) 最後のナンパ/私にはまだ他にやることがある

ナンパという言葉自体古いかもしれない。
私がナンパしたんじゃないよ。



昨日、仕事帰りにテレテレと歩いていたらナンパされた。

独身最後のナンパかなぁとぼんやり思う。

それにしても、
なんかもっと明るい気持ちになるような
そんな声のかけかたってないのかしらん。
やれやれ。




だってさー、夜の9時くらいに夜道で一人歩いてるところにさー
この前から何度か見かけてて・・・
よかったらお茶でも・・・
って。

それで一体どこの誰がお茶を飲みにいく???

失礼かもしれないけど、
きもちわるいよーーーーと、思うわさー。

土日の昼日中に、暇をもてあまして友達とぷらぷらしてる時に
お姉ちゃん、ちゃーしばかへん?とか、
ひっかけ橋で言われるならまだしもさー・・・
(最近はそういう人いないのかな?)


なんか困惑する。


ええっと。。。
一応やんわりと婉曲で断わるべきだろうか?
もっと恥ずかしがって喜ぶべき?

きつく断わって刺されても嫌だし。。。


で、今回は、
「結婚してるんです」と、言っておいた。


これはかなり使える。
あっさり諦めて去っていった。


もし、ナンパされて困ることがあったら、
結婚してるんです。と、言ってみてください。
つかえます。





私はなんのアドバイスをしてるんだろう・・・。
やれやれ。





結局ゴザンスの卒業文集には間に合いませんでした。
まぁいいやー、と思う。

私には他にもまだやるべきことがある。


だからいいのだ。





2004年09月06日(月) 電車の中でも涙が出るんです

試験勉強で徹夜をした朝のような、
妙にさえた頭と気だるさを従えて電車に乗る。
ハロー。

ゆうべの地震はすごかったね。

けど目覚めたら、いつもとかわらない紫色の朝。


ーーー


あれとこれと、あれらを片付けたら、
長期のお休みに入ります。10日間ほど。

日記もしばらくお休みです。


ーーー


それにしても結婚っていうのは、
あの人もこの人もみんな家族になって、
新しいコミュニティに加わることだ、と、思う。

ずいぶん前に、彼の家族になりたい、と、切実に思った。

彼のお父さんやお母さんの娘になりたい。
そうして、彼の見てきたもの、そそがれてきた愛情を知り、
これから一緒にひとつのものを見ていきたい、と。

なんだかバカみたいに家族、親子、
というものに惹かれる。
強く感情を揺さぶられる。

どうしよう。
どうしたらいい?

彼の布団にもぐりこんで
一緒に小さくなって眠りたいと思う。
彼の呼吸に合わせて、一緒に眠りに落ちていく。



いまは、早く、早く、と思う。
早く一緒に暮らしたい、と。


どうしよう?
困ったものだなぁ。

ホルモンバランスのせいにしても、
多少はいいかもしれない。
あんまりひどすぎる。
電車の中でも涙がでる。

やれやれ。




2004年09月04日(土) がっくり、ぐったり

昨日の夜、
800字小説を読み返してみてがっくりしました。
あああぁぁぁ〜〜
ぜんっぜんっ!!おもしろくないの。

書きたい方向からずれていくの。
自分の中だけにしかないイメージなの。
それが表に出せないの。
はぁぁぁ〜〜。

ふみみみみ。



今日は土曜だというのに朝からお仕事。
9時半から2時まで働く。

そこからランチ、美容院、エステ。

なんだか優雅なお嬢様のようだけど、
予定が多い状況に慣れず、
ぐったり。







2004年09月03日(金) 800字小説「さびしいって気持ちは、好きって気持ちと少し似ている」

ゴザンス800字小説
お題は(卒業の日に/教室で/わたしが)






「さびしいって気持ちは、好きって気持ちと少し似ている」





三月。
朝の光でゆるく目覚めた空気が、いつもの台所を満たしている。
やかんのお湯が沸くのを立ったままじっと待ちながら、私はさびしさを持て余している自分に気づく。
紺色のセーラー服。モスグリーンのリボンタイ。そして白い靴下。
それらは全部明日には思い出になる。

「おはよう。」
父がキッチンに現れる。続いて弟が、そして母が朝食を並べ始める。
それは冬の朝の日常。特別なことはどこにもない。
いつもの時間にアッコが呼び鈴を鳴らし、いつもの時間に玄関を開ける。

「おはよう。」
吐く息も白く、でもよく晴れた冬の日の朝は、陽射しがとてもあたたかい。


教室には、少し高揚した様子のいつものみんなの顔がある。
「ねぇ、昨日のテレビみた?」
だけど交わす会話はいつもと変わりない。
今日で最後だけれど、それが永遠の別れではないと、みんな知っている。

卒業生入場の時間だ。
廊下に二列に並んで体育館へと進む。
在校生のざわめく声。
体育館の上履きの匂い。

私は背筋を伸ばし、あごを心もち上にあげ、深呼吸をする。
深く。長く。

ピアノの前奏が軽やかに響いて、校歌が流れ始める。
はじめの一音を口にしようとした途端、それは再びおとずれた。
体中の水分が中心に集まって、ぐずぐずとわだかまる。
さびしい。
耳慣れた校歌を歌いながら、涙がこぼれそうになるのをとめられなかった。
私は持て余したさびしさを、涙にかえてあふれさせる。

いつのまにか卒業式は終っていた。
体育館からあふれでた卒業生は、正門の前で写真を写している。
けれど私はひとり、教室へと引き返す。

教室はがらんとして静かだ。
私は入口で立ち尽くし、誰もいなくなった教室を眺める。

この教室でたくさんの授業を聞いた。
あの黄ばんだカーテンも、
あの黒板も、
ぜんぜん吸い込まない黒板消しクリーナーも、
ガスストーブのホースも、
窓から眺めたあのグラウンドも、
みんな思い出になる。

結局、教室の中には踏み込まないまま、私は帰っていく。

「アッコ!一緒に写真とろう!」

さびしいという気持ちは、好きって気持ちと少し似ている。
間違わないように、間違えないように……。
私はもう一度深呼吸する。
深く、長く……。



ーーーーーーーーー


締め切りがせまっています。
まだ卒業文集もできてないよ!!
やばいなぁ。




2004年09月02日(木) 大人たちは優しい

昨日の夜、
長期の休暇をとるのでご迷惑おかけします、ごめんにょ。
というメールを数人の大人たちに出しました。

今朝、その大人たちのうちの何人かから返事が来ました。

あんまり優しい言葉に、じ〜んとなる。
大人の男たちは優しい。

やさしくて涙がでる。

見知らぬ赤子にやさしくする大人の、懐の大きさ、温かさ。
そういう、やさしさのぬくもり。

私は小さな子供になったような気持ちで、
その言葉をありがたく受け取る。

現実的にはいろいろ面倒をかけるだろうに、
そのことも無いことにしてしまえそうに、やさしい言葉。

ほんとうに、大人たちは優しいなぁ。
感謝の気持ちを忘れないように。
ありがとうって言わなきゃ。





さて、
外はしのしのとした霧雨。
秋だなぁ。

今年はとても規則正しく季節が流れていると思う。
6月の梅雨の時期にはきちんと雨が降り、7月8月はとても暑く、
9月には台風が来ている。

きちんと涼しくなってる。

昨日から、世間では二学期が始まった。
大学生はまだ夏休みか。
そういえば大学生の頃って2ヶ月も休みがあったんだね。

あの頃私はいったい何をしていたんだろう?
さみしいさみしいと、そう思っていたように思う。
自分の存在が不確かであいまいで、とても希薄なものに感じていた。

たしかそうだった。
それで、ぼおっとしてる間に夏休みが過ぎていた。
そんなだったなぁ。

今は「夏休み?なにそれ」だもんなあ。
やれやれ。





外はまだ霧雨だ。
やみそうにない。



ーーーーーーーーーーーー

ゴザンス800字に「待ち合わせ」というタイトルで投稿したけど、
それとはまた別に、今日またひとつ800字を書いた。

タイトルは「寂しいって気持ちは好きって気持ちと少し似ている」

一度長いタイトルの800字を書こうと思っていて、
昨日書いた日記からヒントを得て書いてみた。

けど、800字しかない物語にあんまり長いタイトルをつけると
中身を読まなくても内容が分かってしまうね。
はは。

まあいいや。
あと少し文字数を削って投稿かな。




2004年09月01日(水) 寂しいってこと/忘れてはいけないのは、ありがとうって言葉

遠くの空に見えている花火を、
ぽん、ぽん、という微かな音だけを頼りに、ひとりで見つめている、
あの、なんともいえない、寂しい感じ。

それに似た寂しさを感じる。

寂しいってことは、好きって気持ちと似ている。
あんまり似ていて困るくらいに。





忙しかったりすると、つい忘れがちになる、
ありがとうって言葉。

忘れないように言わなくてはいけない。

ごめんね。の代わりに、ありがとう。って。






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