a short piece

2006年02月14日(火) too sweet cool days【塚不二】

まるでお菓子の工場の回し者ばかりだ。



半ばうんざりしながら、空を仰ぐ。

いつもどおり制服から着替えて、普段通りにテニスコートにいく校庭をみれば、

まったくもって普通じゃない光景が広がっている。

予測はしていた。

練習にもならない、放課後の運動部があちこちで年に一度の浮かれ話にうつつをぬかしている。けしからんことだ。

だが、みればテニス部はいつもと変わりなく、練習をしているようだ。

コート自体が基本的に関係者以外禁止だから、さすがに邪魔者たちの気配はない。



だが、今年はなかなかの強者がいたらしい。

一体、どこから入り込んできたのか。

チョコレートによく似た色のマフラーから覗く頬は少し赤みを帯びている。随分と早くからここに的を絞って待っていたらしい。

2月の空はまだひんやりとした冷気を含んでいた。



こちらをじっとみている。

かぎりなく黒に近いチョコレートカラーのラッピングに、サーモンピンクのタイをかけたような箱を持った生徒が、ひとり。

なんてことだ。つい目が逢ってしまった。

まずい。

目を見れば、わかる。これはちょっと真剣だ。



こちらにこないでくれ、と思いつつ、近づいていくと、案の定だった。

肩に付く髪を綺麗に梳いた髪は規則正しく、真っ直ぐ。きちんと結んだタイに、磨かれた靴。

行き届いた制服の襟についた学級章は1年のもの。

正直、顔もしらない女の子だった。



「手塚先輩、貰ってください ! 」



手のひらにきちんと納まるくらいの、小さな箱を力いっぱいに差し出してきた。

多分、邪魔にならない程度の大きさを必死で考えてくれたのだろう。

去年、小さい箱ばかりを選んで受け取ったことが、どうやら全般的に知られてしまっているらしい。



「すまないが今年は遠慮している」



2月14日。

もう何回同じ台詞をいったことか。

オレの疲れを察してか、そういったとたん、じわぁ…となんともいえない潤みが彼女の瞳を満たす。

ああ、参った。

あっさりと、『ダメもとだからいいです』と、いって退いてくれる子はまだいい。さほど心が痛まずに済む。

だが、こういう真面目な人は扱いづらい。

すまなさが増すからだ。



「すまない」



差し出した掌に包まれる箱に、震える指に、ただ痛ましげに謝罪する。

金も気持ちもいっぱいかけてもらったうえの結果がこれでは申し訳ないことだ。

だが、貰う意味も理由も義理もなくなった俺にとっては、ただただ丁重にお断りするだけだった。

これほどあやまり続けることもうはない位に。



「そうなんですか…やっぱり彼女とかいるんですか?」



「君が渡す理由が、そういうことを希望するのだとしたら、俺は貰えない立場だ。相手は他にいる」



彼女、という言葉が適切ではないことは判っている。はっきりいってしまっていいが、相手も巻き込んで

冒険をするほど俺は幼くはない。

ありがたいことに、目の前の彼女は正しく言葉を理解してくれた。



「やっぱり誰かいるんですね…先輩、あまり彼女みたいな人とか一緒に歩いていたりしなかったから

ウワサかなーなんて思ってたんですけど…」



「申し訳ないがお断りさせていただく」



「…はい」



彼女は好ましいほど、慎ましく、珍しいほどに大人しかった。

今年経験してみてわかったことだが、本当のことを本当にいうと、9割がたの相手はあっさり引いてくれる。



「あの、あの感謝チョコとでも、やっぱり駄目ですか?貰ってくれるだけでいいんです」



あ。これは相当真剣だ。

食い下がる彼女の必死さに、俺はついラケットを、グリップを握り締めた。



「重ねてお断りする。理由は何にしろ、ここで君から貰うと、今まで断りをしてきた方達にも申し訳ない」



「そうですか」



まだ幼く、華奢な肩が項垂れるのを見るのは辛いが貰う訳にはいかなかった。

別に受け取っても、あいつは何ともいわないだろう。

きっとこうして断っていることを知れば心底驚くに違いない。

だが、これは別問題だ。

これは俺の勝手な理由からだ。

相手に敬意と謝罪をこめて、頭を下げる。これ以上、時間を延ばすのに酷なことだ。

重ねて辞して、一礼をし、脇を過ぎようとしたとき。



「先輩の好きな人って、どんな人なんですか?」



風より小さな、微かな声で、意外なことを聞かれて、足がとまる。

オレの好きな相手。



「そうだな。温和そうな見掛けとちがって、警戒心が強くて、猜疑的で秘密が多くて…情が厚くて、厳しくて…

でもやっぱり優しいかな ? 」



「なんだか判りにくいです」



「そうだな。オレもそう思う」



きっと目の端にオレを探してくれているだろう、あの人が待つコートにむかう。

この先に見えるのは、不二だけ。



笑うしかない。

多分、あの人は一生、オレをだまし続けようとするだろう。

でも、それより強く、深く、ずっとオレにだまされようとしていくつもりなんだ。

薄い絹で目隠しをして、ぼんやりとした視界のまま、長い未来の、橋から橋を渡り歩いていくようかのように。

それでもいつもオレのために、迷いこんだ迷路の先に、目指す出口の旗を振るように。

誘い込んだのはオレなのに。

勝手に迷い込んだのはオレなのにな。

不実で優しい、愛しいひと。

俺に出来ることはただ正直であることだ。

この思いがこうしてここにある限り、誠実でいようとおもう。



どんな日も、君の成すまま。

君に誠実を尽くそう。

可能な限り、永遠にそうしていくだろう。

君が諦めるまで。



君が信じるまで。







p.s



「なぁ、不二」

「ん?」

「感謝チョコってなんのことだ?」

「…なにそれ。会社でもあるまいし、誰かにそんなこと言われたの?」

「ああ」

「義理チョコのことだって、姉さんがいってたけど ? 君、知らないで、断ったの
? !」

「普通、しらないだろう?」

「ふふ…部長だもんね。なんだか手塚らしいかも…」

「笑うな」

「はいはい」




2006年02月13日(月) sweet cool day 0214【28 仁王編】





まるでお菓子の工場のまわしもんばっかだ。



うんざりしながら、天を仰ぐ。

いつもどおり制服から着替えて、普段通りにテニスコートにいく校庭をみれば、

まるで普通じゃない光景に校庭中が浮かれとる。

まあ、そりゃ予測はしちょったけどのぅ。

部活にならない、連中があちこちで女の話にうつつをぬかしとる。

テニス部は、やたらとある多面コート自体が基本関係者以外立ち入り禁止になってるから、そんなこともないんだろうが…。

なんせ管理も根性も硬い副部長がおるから、女子はコートに近づきたくても近づけん状況だろうさ。そう思ってたが…これがまたまた。

今年はなかなかの強者がいたらしい。

たったい、どこから入り込んできたのか。

制服のスカートから覗く膝がちょいピンク。かなり早くからここに的を絞ってポジション取りしていたらしい。

よくみつからなかったもんだ。

2月の空はまだひんやりしてて、すっぴんな足に冷えが堪えるだろうに。

よくがんばるねぇ。



俺がラケットまわしながら、気づかないふりして、ぷらぷら歩いていく。

うーん、やっぱ、こっちにくるんかのぅ。

じっとみている。チョコ色にサーモンピンクのタイをかけたようなBOX持ちが、ひとり。

つい目が逢ってしまった。

やば。

目を見れば、わかる。これはちょっとマジなんかのぅ。



こっちにくるなよ、めんどくさい〜と思いつつ、近づいていくと案の定だった。

学級章は1年か。顔もちーっとも知らん女だった。



「仁王先輩、貰ってください」



手のひらにきちんと納まってる小さな箱を差し出してくる。

真田にみつかっても隠せるくらいの大きさに、考えてたのだろう。

サイズ的にはちっさめ、高値って感じがする。



「すまんが今年は遠慮しとるんよ」



2月14日。

あーもー何回同じ台詞をいったことか。



そういった途端、じわぁ…となんともいえない潤みが瞳を満たす。

ああ、参った。うざいのう。

あっさり駄目もとだからと、退いてくれるやつはまだいい。

こういう真面目な人が正直一番扱いづらいんじゃ。



「やっぱり…やっぱり駄目ですか?」

「すまん」



差し出した掌に包まれ、隠れる箱に、痛ましげに謝罪するしかない。金も気持ちもいっぱい

かけてもらったうえに申し訳ないのう。

貰う必要もなくなった俺にとっては、ただめんどくさいイベントになってしまっただけ。

この俺が、なんで今日ほどこんなに謝り続けにゃーならんのよ。



「そうなんですか…やっぱり彼女とかいるんですか?」



「そうだなぁ…くれる理由が『付き合って』っていうことならやっぱり貰えんな。好いた相手は他におるんよ」



彼女、じゃないけど、まさか彼氏というわけにもいかんし。

相手も巻き込んで、でんじゃらすな賭けをするほど俺はアホじゃない。



「やっぱり誰かいるんですね…先輩、あまり彼女みたいな人とか一緒に歩いていたりしなかったから

ウワサかなーなんて思ってたんですけど…」



「マジすまんね」

「…はい」



今年断り続けてわかったが、ぶっちゃけ本当のことをいってしまうと、9割がたの相手はあっさり引いてくれるもんだ。



「あの、感謝チョコとでも、やっぱ駄目ですか?」



あちゃー。これは案外相当真剣なんだねぇ。オレにねぇ。

食い下がる物好きな彼女の必死さに、俺はついラケットをまわした。

ありがたいんだがー



「んー感謝されるイワレもないしのぅ…ほんと勘弁な」

「そうですか…」



華奢な肩が項垂れるのを見るのは俺なりに辛いもんもあるが、こればっかしは貰う訳にはいかんのよ。

ひとつもらえばもう後がめんどくさくて。

別にひとつもふたつも、いくつ受け取っても、はっきりいってあいつは何ともいわんだろうさ。これは俺の勝手な理由だ。



「先輩の好きな人って、どんな人なんですか?」



風より小さな、微かな声で、意外なことを聞かれて、足がとまる。



オレの好きな相手。



「そうだのう…温厚そうで誰にでも公平でジェントリィな外見とまーったく違っててなぁ、警戒心が薄くて…情が厚くて、

めちゃめちゃお堅くて厳しくて…隙がなくてのう。でもやっぱりどこかぽっかり抜けてて、そこがめっちゃかわゆいな


「……なんだか判りにくいです」



「そうだな。オレもそう思う」



こんな日でも、きっとオレの心配なんぞ、まったくしとらんだろう、あいつが待つコートにむかう。


「でも、あいつでなきゃダメなんだ…」



笑うしかないね。

多分、いつもずっとどっかですれ違ってそうじゃねぇ?

オレは一生、あいつをだまし続ける。それをあいつが由としてくれる限り。

ずっと、オレにだまされようとしてくれるつもりなんだろ?

なにより公平な天秤で物事を量るくせに、自分のことはわからんままに。

そのきれいな目がどんどんオレのせいでみえなくなってしまえばいいさ。オレが手を引かなきゃ何処にもいけないくらいにみえなくなってしまえばいい。

そうしたら、盲導犬よろしく一生、オレが歩ける限りどこまでも、その手を引いて好きなところに連れて行ってやる。



誠実で優しい、残酷なまでに誰にでも公命正大なやつ。

俺に出来ることはただ我儘なこと。

この思いが消えない限り、いつまでだって傲慢なまでに奪ってやる。

どんな日も。

おまえを奪い尽くそうとしてやる。

可能な限り、そりゃあ、もう永遠にそうしていくさ。

柳生。だから諦めなって。

それを望んでいるのは自分だって早く気が付けばいい。

そうしたら、オレたちは対等になる。



そのときが楽しみだ。

イライラするほど、オレをみてくれればいい。

そうさ。

こうしてお前しか見てない、オレみたいに。



こんなふうに。









p.s


「はい、仁王くん」

「なんじゃ、このチョコは ? !」

「妹からです。rすばらしい出来の手作りですよ。感謝していただくように」

「・・・・・・・・散々断ってきたっつーのに、オチがお前かい…」



やっぱり愛を伝えんのは難しいもんだね。



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