2004年08月27日(金) |
flapper【塚不二】 |
ふたりきり。 ほかには誰もいない。
邪まな気分いっぱいに満ちた指先で、首筋に触れると跳ねるように身体が揺れる。 絶対にこんな時、好き、なんて言わない不二。 いつもは子供みたいな顔を装って制服なんて着てる。 けれど一枚ずつ、開いていけばもう比例するように、そのままどんどんと惹き込まれて何も判らなくなる。
堕落していくままに唇をよせれば、もうけして逃げようとはしない。 ただ、積極的な唇には反比例して瞳だけがゆらゆらと揺れて定まらない。 どちらが本心なんだ。
乞われて消してしまった灯かり。 窓から射す、街灯の光に照らされて…。 暗闇に慣れた目に映る、深い茶色の瞳。 まるでそれだけが子供のように、幼く見せる。 shyに照れたように背ける横顔。 何かまるで俺が悪いことをしているみたいに感じて、つい手を止めてしまいそうになる。情が移りそうになる。 でも、それが君の合図。 もう言い訳も聞かない。 ただ、怪しく触れる肌の熱さだけ。 身体を分け合えば、ただ暑い胸が弾けるように跳ねた。 合わせた掌のままベッドに押さえてしまえば、やっぱり逃げるように足がぱたぱたとシーツを蹴る。 身体の奥から、爆ぜるような思いが噴出す。もう蜜が流れてる。 そのまま。 何も判らなくなってくれ。裸のまま何もかもみせて。 繰り返し、繰り返し。耳元で何度も囁くと押さえられないように全身が蠢く。 外の灯だけ。よく見えないままの白い肌。 ああもうこのまま、一緒に生まれ変わろう。 君が何かを言いかけて唇をかむ。 ああ。 声を出したくないならそれすら全部貰ってしまうから。 愛し合いたい。 ただ、熟れるままに俺より遥かに細い体を抱きしめる。 背中に感じる痛みすら感じる。 耐え難い痛みとか、熱さとか、苦しいとか。そんなに言わないでくれ。 もう何も押さえられなくなるから。 裂け目から溢れるような愛しさに全て忘れてしまいそうになる。
「あ…っ」
やっと得た悲鳴のような音色。
このまま、暑いまま夜も朝も。 抱きしめていよう。 嫌だといわれても離さない。 抱きしめあうのに、必要なものなんて何もない。 傍に君がいればもう何もいらない。
誰もいない夜。
父と母は得意先のパーティで沖縄。帰宅は明後日。 祖父は所属している武道倶楽部の慰安旅行で、帰宅はやはり明後日。
うちに来ないか? そういったら不二はちっょと困った顔をしてやっぱり明後日の方向をぷいと見た。
ほら。 ほの暗い灯かりに浮かぶ、今の横顔と同じだ。
判ってたろう?
夜の明かり。
辺りには誰もいない。
誰もいない。
誰もいないから。 ふたりきり。
こうして。
end.
2004年08月26日(木) |
unposted letter【塚不二】 |
土曜日の昼。 出かけようと思って、玄関をでるとポストに白い封筒がふたつ入っていた。 同じ色。白地の封筒に、金色の扇子を模した封印。 秀麗な筆文字で書かれたあて先には姉さんの名前と、そして…。 もうひとつは僕宛だった。
『不二周助様』
なんて綺麗な文字だろう。 そして差出人の名前をみて、ああ…そうか…と納得する。 そうだよね。こんなことがあっても全然おかしい年齢じゃない。 姉をみていると、まだまだって気がしていたけれど、おかしい年じゃないよね。 でも、ひさしぶり。 本当に、久しぶりの名前だった。 印刷された、その名前をみるだけで噎せかえるような花の香りを思いだす。
いつも思い出すのは甘いアイリスの香水。 HERMESのイリスの香り。
そう。 あの夕暮れ。 フェンス越しに姉と一緒にいた貴方と会ったことを思います。 そんなに過去のことでもないけれど、なぜかな? とても昔のことのように思えます。 あの時、僕はまだ子供で…。本当にありきたりの子供で…。 貴方のしていることが判らなくて、許せなくて、悲しくもなったけれど。 それすらも今の僕には優しい思い出になってしまっています。
あの時、貴方には恋人がいた。 それは決して祝福される恋人ではなかったし、幸福なゴールなどありえないことだったけれど、貴方はそれでもいつも切なく綺麗に笑っていた。 そんな顔までして、昨日泣きはらしたままの目をして僕に微笑まれたって、僕はなんにも嬉しくない。 どうして僕には言ってくれないの?貴方のことが好きみたい、って僕は何度もいったのに。 貴方は一言も言わなかった。 当たり前だよね。 僕はまだ子供時代の甘ったるさを引きづったままの男の子だった。 貴方は充分過ぎる程に大人で…。同じ年の姉よりもずっと大人に見えた。 そういう恋をしていたからだって気がついたのはとっくに壊れてしまった後だったけれど…。
『やっぱり先の見えない愛って恐いよね。勇気ないよ…』
そういって髪を結い上げる貴方の後姿。 今でもはっきり覚えている。
『周ちゃんは胸はってみんなにいえる恋ができるといいわね』
あの時は、僕と一緒にいて今なんでそんなことをいうの?って怒ったよ。
そう。恋をしていたのは僕だけ。 貴方は少し疲れた心を一時休めただけだった。 その事に、暫くの間は何も手がつかないほどに腹も立てた。 不倫なんてバカじゃないの!ありえない!って怒っていた姉。 本当のことなんていえずに、僕もやっぱり同じように思ってた。 ありえないよ。人のもの、好きになってどうするの?って思ってた。
ああ。ほんとにね。 僕は当たり前だけど、何ひとつ知らない子供だった。
ごめんね。 今の僕ならほんの少しくらいは貴方のことが判ります。
ありえないことなんてない。 僕は彼に惹かれ、貴方とは少し違うけど、やっぱりはっきりとは人には言えない恋をしてしまって…。 そうしてほんの少しは大人になったし、手塚と2人でとても幸せで苦しくもある……でも、とても幸せだとも思える時を過ごしてきた。 そうして仕方のない恋もしてしまったし、とりかえしのつかない思いもした。 秘めなきゃならない傷みも、その喜びも知って…。 いつかは貴方のように終わるのかもしれないけど、それでも僕も貴方のように傷つくまでずっとこの思いを貫こうと思っているんだ。
そう。 だから、そんなに気にはしないでほしい。 きっとあの時、僕を傷つけたこと、今でも心のどこかにひっかかっているんだね。 大丈夫。 僕は元気でやっています。 ようするに相変わらずです。 僕達の道は遥かに離れてしまったけれど…。 それでも今のほうが貴方のことがよく判ります。 思い出すのは、貴方の香り。 貴方の気持ち。 はるかに優しいアイのようなものだけが僕の記憶に残っています。 あの頃、貴方に話していたこと。 今も僕はやっぱりテニスをしています。あの頃よりは少しはうまくなったと思います。 だから、今の僕からなら貴方に渡せるものもあると思います。
この葉書には、ただ「欠席します」に丸をつけよう。 そして、そのまま投函せずにそっとしまっておきます。 ただそっと胸の奥で願うから。
ちょっと生意気だけど…心から…。
君に幸あれ。
もうすぐ結婚する貴方に。
僕の永遠の人へ。
end.
2004年08月16日(月) |
over flow【塚不二】 |
少し歩こうよ。
そういったのは僕だった。
天王洲セントラルタワーで以前から凄く好きだった造形作家がディスプレイをしていると聞いて、どうしても行きたくて、ちょっと嫌がる手塚を引き釣り出した。 いつもならここから近いコートにいくところなんだけど、手持ちが厳しい月末だから、我慢に我慢したんだ。
まぶしい遅い午後の日差しを反射するシルバーのディスプレイに見送られながら、2人の帰り道。 かんかん照りのアスファルトと、むせ返るような照り返し。 横を時々通り過ぎるトラックの排気熱が歩道を歩く僕たちにありえない温度の風をふきかけてくる。 それでも澄み渡る空と、河沿いを吹く風が頬に心地よかった。 からだ全身に皮膚うっすら一枚増えた被膜は、微かに赤くなった肌のうえで太陽を弾いてきらきらと輝いてる。 天王洲アイルから、ふれあい橋を抜けていくと、高浜運河沿いに人気のあまりない道が続く。週末は休みになるオフィスが多いから、あまりこのあたりを歩く人も少ないみたいだ。
「あぁ〜風がすごくきもちいいよね」
うんと背を伸ばせば目の前に広がる運河がみえる。水草が映えて緑に染まる水面は風を受けて波立っている。 襟元を緩めて、ぱふぱふと風を含ませると、抜ける風はシャツと素肌の気温を1℃さげてくれる。
「夕方になって少し風が出てきたみたいだな」
割合足の速い僕たちだから、あっという間に楽水橋の入り口にきてしまう。橋の真ん中まできて、運河からふうっと吹き抜ける香りに2人して立ち止ま った。 欄干に手を置いて、西の空をみつめる。 まだ青い空に、ほんのり照れた色の羊の綿雲がぷわぷわ。 西の空に白い月が浮かんでいた。 柔らかな風は、運河独特の少し淀んだ癖のある匂いがする。 でも僕は案外嫌いじゃない。 この匂いが夏の記憶のひとつだから。
しばらくそうしていると、手塚が頭のてっぺんで、くしゃくしゃになった髪を摘んでは撫でつけてくれる。 風で巻き上がる長く伸びた髪が丁寧に元に戻されていく。
「随分伸びたな」 「そうだね」
肩に触れた手の熱さ。 夏には触れるだけ暑いと感じる。ああ、これが手塚の熱だなぁ…と感じる。意外と体温が高い、君の熱だ。 そう思って見上げれば、ついと触れてくる唇。 少し開いたままの瞼の、すぐ近く間近にいる彼の姿が歪む。ああ焦点が合わなくなるよ、手塚。 何より熱く触れてくる、くすぐるような5秒の熱風。 欄干が急に熱く感じて、手を離すと少し湿り気の抜けた髪にkissされる。
「ここまでならいいか?」
刷いたマンゴーオレンジの空。 手塚が笑う。 そっと耳朶を撫でる風に、肩を竦めると誰もいないのをいいことに手を取られる。 そのまま、ひっぱられるように歩き出す。
せわしない僕らの毎日。うまくはいかないことも色々あるけど、でも少しだけでもこういう静けさが分かち合えるといいね。 そう思う。
「これ位、風があると外を歩いてもいいな」 「ね」
そっと掌に集まる熱があふれる。こうして突然貰う君の気持ちを、収める場所は探しにくいね。 だから後5分。繋いだ手の間を風が吹いていくままにしていよう。 この橋を降りればせわしない喧騒が近づいてくるから、それまではこうして2人だけで風を感じていよう。
浜松町まで10分。 予定よりずっと倍の時間をかけて、君と歩く贅沢な時間。 ほら、日が落ちてきたよ。 鮮やかになるオレンジ色の光。 このまま、ゆっくり歩いていこう。
end.
夏の合宿というのはいい。 朝から晩までテニスばかり。教科書なんかはどこもひらかなくてすむ。 別に勉強が不得手なわけでは全くないが、真夏日の続く中、ほんの数日くらいは記憶もなくなるくらいに疲れ果てるのも気持ちがいい。 テニスを始めてから、そう思うようになった。
3日間の合宿に入る前日。 かわいい妹が『はい、これ使って』といって、みたことのない透明なプラシチックケースを差し出してきた。 丸いコンパクトケースのようなものだ。中には赤ちゃんに使うようなふわふわのパフが備え付けられている。そのカバーには金色の文字で『ベビーパウダー』とプリントされていた。 話を聞けばサッカーやってる妹のお友達が背中に皮膚病ができたらしい。 理由きいたら、毎日、部活で汗をかいてたらユニフォームと皮膚の間に黴ができたという…。 ちゃんと毎日洗濯して着替えてたんだよ! と妹が切実に訴える。 確かに汗なんて渇く間もなく次から次へと流れるものだけど…。この暑させいだろうか、そんなことがあるなんて聞いたこともなかった。
『だから練習前にこれを使って。ね』
だから練習開始前。 約束の通り、鞄からケースを取り出す。そして真っ白なパフを手に胸元、腕、襟足、背中と少しずつ叩きまぶしていった。 部室内に記憶には馴染みない、だが懐かしい香りが漂ってまだ数人残っているメンバーの注目をあびる。
「なんやそれ」
当たり前に隣で着替え始めていた仁王くんの不思議な顔がロッカーミラーに映し出されていた。
「ベビーパウダーだそうです。妹が絶対使ってくれっていいまして」 「ふうん〜」
いかに切実に妹に訴えられたかを伝えると、彼はへえええ〜と唸りながら、何度もその白く透明なケースを掌の中でくるくると転がした。
「皮膚がカビるなんてこと、あるんか」 「肌が白く斑点になるそうです」
そのまま彼はぱかっと蓋を開けると酷く小さくみえるパフを指で摘んだ。
「後ろ無理だろ?しちゃる。後ろ向きぃ」
そういって肩を掴んで体を入れ替える、ぺろっとユニフォームの襟を掴んだ。首筋の髪を掌でよけてくれ、ほふほふと柔らかく叩かれる。 白く、甘い香りが後ろから漂ってくる。
「うーん少し髪に残ってしまうのぅ」
そういうと、彼は予告もなく、ふうっと首筋に息を吹き掛けてきた。 より強い吐息で散らされた白い粉が目の前に、はらはらと舞い落ちる。 それはある意味、特別な熱が伝わるよりも遠まわしな感触を感じる。
「…仁王くん」
勘違いか?なんて、失礼なことはいいません。 だから声は小さめに。
「そういう確信的なことはよしなさい。対応に困ります」
けけけけ、と笑って彼はぽんと白い粉がパウダーを返してきた。
「いい香り。懐かしいな。色々と思い出すの」
そんな言葉には騙されません。 特に感慨なんてない彼に、ただのひとつの口実を与えたに過ぎないだろう。 そう思って知らないふりをしていれば、やっと誰もがいなくなった室内で、 慣れたやわらかい唇がそっと耳たぶを撫でる。
「まだついとる」
その感覚をやり過ごし、僕は指ですっと、その下唇ぬぐってやる。
「ついてますよ」
少し目を丸くした彼を置いて、白く濡れた指先のまま、ラケットを持つと 部室を後にする。
天花粉。
さあ、すべて忘れて。 はじめようか。
記憶がなくなるくらいの、暑い夏を…。
これからはじめましょう。
さあ。
2004年08月12日(木) |
silent noon【塚不二】 |
何もする必要のない時間っていうのは、どうやってやり過ごすものなんだ?
そんなことを考えながら、遅い午後の中庭を歩く。 治療のため、南に来てもう一週間。 はっきりいって自由な時間を満喫することなんて、ほんの3日もあれば飽きてしまう。 決まりきった時間の食事。医者との会話。トレーナーとのディスカッション。そんなものがある時はまだいい。 でも、何もない、ただ「休み時間」というものを与えられて心地よい気持ちでいられるのは、ほんのわずかな時間だけのことだ。 目覚める度に、ありきたりの時の流れにうんざりしてしまう。 判っている。これが必要な時間だということ。 それはちゃんと判っている。 だけど、なにもしないことに慣れていない体も、頭も、すべてが逆にひりひりと過敏になっているようだ。 この感じたことのない苛立ちをどうやって静めればいいのか。 ぼんやりする時間がこんなにも苦痛だってことを、オレは知らなかった。
あまり馴染みのない、南の色合いが満ちた空。 ブーゲンビリアが咲き乱れる庭に、冴えた青空に伸びる蘇鉄の緑。 午後2時からの「無の時間」。 大体の人は昼寝にあてるようだったが、オレは夜にちゃんと寝ているし、 いつもに比べればまったくといっていいくらいに動かしていない体には疲労もない。 横たわって、休息を欲しない体。 誰もいない庭。 静かな午後の日差しと、遠くに聞こえるラジオの音。 庭にしつらえられたrattanの椅子に腰掛けた。 ちゃんとわかっている。 すべて自分で選んだこと。 それでも一人だけで、この庭に佇むと、いやに孤独の色が濃くなる。 ただ足元にうつる自分の影だけが同じくらいに濃いなんて…。
空を見上げ、遠く離れた、あの顔を思い出す。 あの時、あの自分に出せる力のすべてをかけたことは今でも決して後悔はしていない。 何者よりもかえがたい、瞬間だったことは否定しない。 ただ、あの時。 帰りの電車の中で、無言のまま、やりきれない怒りを窓にぶつけていた君を覚えている。 瞳を閉じて、あのときの君を思い出す。 そんなに怒らないで。 充分には君の怒りも苦悩も享受することはできないけれど。 その感情を感じて、ただ嬉しいと思う俺がいる。 今、こうして君のいる時間はオレを残して過ぎていくけれど、それでも君の中にはいつもオレがいるだろう? 君の中にオレが生まれる瞬間、オレは君と一緒に物を見て、すべてを感じ、君の身体の一部となって動いているだろう。 そう思いたい。
こうして何もない時間には、じっと目を閉じて君のことを思い出すよ。 君がいつものように少しの苛立ちを隠したまま、ラケットを持ち、コートにはいっていく。 何度か、くるくるとグリップを握りかえして感触を確かめるしぐさ。 コートにたって、相手をみる前にいつも空をみあげる癖。 そのしぐさ。そのすべてを、いっぱいに思い描こう。 この静かで無為なひとときすら、鮮明な君の記憶と共にある時間にしよう。 それしか、今のオレにはできない。 この思いを…。
午後の回診を知らす鐘が鳴る。 また明日。君と会おう。
こうして……
end.
台風一過。 良い感じの青空に久しぶりにの部活も休み。 まったくの休日だった。
めいっぱい楽しもうということで、部屋で出かける準備をしていたら、急にちょこっと姉が顔を出した。
「ね、周ちゃん、ちょっと時間ない?」 「…何するの?」
お、勘いいねぇ〜って、その顔みたら判るってば。 そんな姉はいつもの仕事用とはちょっと違うボルドーのスーツを着ている。デートにしては化粧にやる気ない感じかな。
「時間つぶしにUNOやってるんだけど頭数微妙でね♪少しだけ付き合って。ね?」 「いいけど…ホント少しだけだよ。英二と出かける約束してるからさ」 「OKOK!こっちも明け待ちなのよ〜急患なんだって」
急患ってことはナースの恵さん待ちかぁ…。 ぼんやり姉の友達の顔を思い出していたら、ぐいって、まだボタンも全部嵌めていないBLのシャツを捕まれて、そのまま一気に捕獲されてしまった。 連れ込まれた姉の部屋には昔から見慣れた友人たちが座っていて、例のカラフルなUNOカードを扇状に広げて、皆でwelcomeしてる。
「これからねーインターコンチネンタルスィートに泊まりに行くのよ〜♪」
見慣れた彼女達がきゃっ♪きゃっ♪いってる。以前ドラマでみた部屋がやっと、とれたらしい。
「レディースプランって安くっていーけど何で彼氏と一緒じゃ高くつくのかしら」 「ねーっ」
なんて言い合う中に僕だけぽつん…て、混じらされてUNO。
「周助くんは彼女いないの?」
くるかくるかと思っていたら案の定ふられて苦笑い。
「部活やってるから難しいかなー。一緒にいる時間がなかなか…ね」
reverseのgreenをだしながら話ごとひっくりかえす。 えーいきなり返さないでよー!って、だったら、話ふらないでよ。
『こんな風に贅沢な女の子につかまっちゃだめよー』って笑う綺麗なオトナの塊。そんなこと、心配しなくても大丈夫。こっちはもうとっくに身持ちも性格も硬くて、ちょっとエロい誰かにとっくにつかまっちゃってるんだから。 誰かなんて言えないけど…。 カラフルなカードをみているうちにあの顔がダブってくる。 あのとき… ちょっと憮然とした、だけどいっぱいいっぱい照れた顔が思い出された。
・・・・・・・・・・・・ 最上級生になって、最初の部活の日。
新一年生が山のように部室の中を右往左往していた。 どこで、どのタイミングで着替えていいのか判らず、部屋の隅に溜まって、もそもそしている。 3年目。 これでやっと誰に気兼ねもすることなく、ラケット振っちゃえ! と思っているだろう、たくさんのメンバーの中に当然のように僕もいた。 新しく部長になった手塚は、大石と一緒に部屋の奥に据えられた専用のミーティングデスクで部誌を書いてる。
「おーいしぃ、まだぁ?」
ガタガタいわせて椅子をひきづってくると、とっくに着替え終わっていた英二はどかっとデスクに肘をついた。
「悪いな、英二。後10分」
「えーびみょーな時間」
まあまあとパートナーに宥められ、ぶすぶす言いながら英二は、カバンの中からちょっと角の刷れた黒いboxを取り出した。 ブラックに赤・青・緑・黄色。カラフルなUNOカードを取り出して僕を手招く。
「しよ」 「えー2人でやっても楽しくないんじゃない?」 「いいじゃん」
ばらっと英二がカードをデスクに散らばすと、不意に手塚が手を止めた。 やたら難しい顔でUNOをみつめて、黙ったまま。 ちょっと五月蝿いぞ英二、って言われるかと思い、覚悟してみる。 すると、手塚はただじいっと広げられたカードをみていた。 そして、何かを確認したそうように、僕をみあげて、こういった。
「なんだ、それ」
は? 当然ながら、部室内全域に渡って奇妙な沈黙が流れた。
「UNO」
当たり前のように、英二がカードの面指差す。 すると、手塚はまったくもって真面目な手塚部長らしい顔のまま、こういった。
「…資生堂?」
しぃぃぃぃ〜ん、とした。 ああ、どうよ。英二がフリーズ中だよ。ほらほら。 まさか冗談? って思っても、そりゃ手塚の顔みれば「違う。マジマジ」って判る。 手塚…。君って…君ってホントに…
「それはウーノ。綴りは同じだけどこっちはUNO」
そう僕が教えると、顔いっぱいに広がる ??????? の手塚に、もうもう僕は堪らず噴出してしまった。 同時に、部室中が意外な完璧部長の素顔にどっと沸く。 取り残されて、手塚はわからないまま、きょとんとしていた。
「な、なんだ、みんな知ってるのか??」
訳判らないまま、ちょっと恥ずかしいことだけはわかったらしい彼の、肩をぽんぽんと英二が叩く。
「テニスばっかしてるから、こんなになるんだよ。手塚。今度みっちり教えちゃるから覚悟しようねん」 「はい」
素直に手塚が頷くと、英二は満足げに頷いた。
・・・・・・・・
あのとき。
次の日は久しぶりにの部活も休みで、4人連れ立って僕の家に来たんだ。 やってしまえば手塚だもん。あっという間に一番強くなっちゃって、英二に可愛くないって文句言われてたけど…。 楽しい、そりゃ滅多にないcolorfulな思い出ですよ。ねえ?手塚。
最後の1枚を手に、僕は真っ青なカードを山の上に捨てた。
「UNO」
さ、時間だ。
end.
光を避けるために、ぐっと目深に被っていた帽子を外してみる。 2つ続けた台風の、やっと過ぎ去った夏の日。 真っ青な真昼の空。 噎せるような熱気と、突き刺さる午前11時の日差し。 見上げれば、目の奥がチカチカするくらいの、太陽の光だった。
乱れた髪をかきあげれば、指先に触れる汗の湿り気が髪の隙間から立ち上る。 あっちぃなぁ〜。 つい黙っていられなくていってしまう。 だけど口にすれば余計に気温が上昇する。 ただただ暑い。
どんなに暑かろうと元気の盛りと、河川敷を走る子供の姿。 どんなに暑かろうと今が見せ所と、腰を抱きあう恋人達の姿。 真夏の川なんて、あつっくるしいことだらけだ。
いつもはちょいと結ぶ後ろ髪をがじがじと掻き乱す。 零れる肌の熱を撒き散らして、どうにも誰の邪魔にもならない場所をみつけて、芝生に足を投げ出す。 ここまで暑っついんじゃあもうお楽しみ我慢大会に参加するしかないんや。 強がって涼しげな平気な顔でなんて、どうやったって歩けるか!
ああ〜息苦しい…
まるで風のない川岸。 日差しを避けて目を閉じ、ぱふぱふと帽子で仰ぐと生緩い風が頬を撫でる。 マジ気持ち悪いくらいに暑いのう… 肌の露出した部分がチリチリして、痛いくらいに焼けている。
遠くから、ぶぅぅんーと草刈機の音が響く。 この気温と雨で、うんと丈を伸ばした芝生を刈っているんだろう。 川の向こう岸から聞こえる調度いい感じに響くモーターの音。 こんなお天気の中にしんどい世界もあるもんだ。 ご愁傷様で、とつい口にして本格的に寝転がる。 顔面に刺さる日差しを避けようと、帽子を顔に被せようとした時。 汗ばんだ額を、ふうっと風が吹き去った。 それは涼を感じるよりも、もっと違う何かを思い出させる。 あれ?
気紛れな一瞬の風。 濡れた芝生の、駆り散らされた草露の匂い。 噎せかえる荒々しい緑の匂い。 還る記憶はもうひとつの姿しかなかった。
ああ、そっか…。 こんな季節に、こんな芝生の上で出会ったんだったか?
眩しさに耐えて目を開けてみる。 燃えるほどの真夏の熱。光。光。 そして、どこまでも何ひとつない空が世界いっぱいに広がっていた。 なんにもない。 雲ひとつない剥き出しの青い空。 世界いっぱい空ばっかしだ。
「なにやってるですか?仁王くん」
不意に眩しい光の真ん中に、記憶の顔がひょっこり飛び出してきた。
ああ…眩しいなぁ…
「よ、ヒロヒロ」
「なんの照れ隠しですか?ソレ。気持ち悪い…」
「嫌なやっちゃ。思い出し笑いしてただけだろ。お前タイミングが良すぎるんじゃ!」
迫力ない悪態をついても、少しだけ柳生の眉が動いて溜息が落ちてくる。 それだけだ。
見上げた空には雲ひとつない。 目の前にあるものは1つしかない。
口説き落とすつもりいっぱいいっぱいで吐き出した山ほどの言葉。 耳の片隅に隠してた真実だけ、上手にお前が拾ってくれたからやっぱり今日もこうしてるんだろうか。
上等な夏の記憶。
空一杯に。友に光。それが自分だけの夏の色。
end.
2004年08月07日(土) |
dawn valley【塚不二】 |
夜のモノレールが好き。
そういったら、手塚はいつも何も言わずにただ手を握ってくれた。
−−−−−
午後8時。
夏の日差しも落ちて、街の灯りが湾岸に眩く煌きだす。 モノレールの駅から程近いテニスコート。 ここまではあまり知り合いも来ないから、僕達は時々ココに来ていた。 何度も来て思うけど…そうだね。やっぱり夜のほうが好きかな。 初めてここに来たときも、夜だったから。
夕方まではプレイしていた天空橋あたりの住人も、夕食の時になれば散り散りに去っていく。 4面あるコートも、この時間になれば僕達2人しかいなくなる。 それからの独占感がたまらなく好きだった。
羽田から都心に帰るモノレールが夜の空をふたつに分けて走っていく。 モノレールラインからコートはとても近い。 よくみれば、中に乗っている人の顔だってみえそうなくらいだ。きっと窓からみれば、ここでこうしている姿もみえているだろう。
何十分ごとに絶え間なく走るモノレールの音を聞きながら、同じように何度も繰り返し、同じ音で正確に自分の元にに帰ってくるボールを打つ。 繰り返し。繰り返し。 つまんない。 同じ場所に帰るように打つことなんて、すごく簡単。簡単すぎてさめちゃう。 テクニックに酔えるのなんて、ほんの一瞬のことだよね。 誰かと交える喜びを知ってしまうと、シンプルな壁打ち練習なんて飽きてしまう。 そうでしょう? だってもう8時なんてすぎてしまった。もうさ。明日の予定はキャンセルだよ。 こんな気分で何も出来やしない。
最後の壁から戻ってきたボールを手に収めると、僕はクレイコートを降りた。 夜の飛行機の音は嫌い。こんな音が始終頭の上で、わんわんいっていたら騒音だ。
轟音が夜空に、見えない幕を張る。着陸態勢に入った飛行機のテールランプが定期的に瞬いている。 たくさんの人を乗せて降りてくる白い機体。 ああ…あれに乗っている人をきっと僕のように待っている誰かがいる。 うらやましい。待つ人はきっとちゃんと時間とか聞いてる。待つ場所はどこかにしても、きっとどこかで待っていられる。 こっちときたら予定もたたないから、つい時間つぶしに空を見上げてしまう。 ふん。
拭く汗もないから、何時の間にか投げていたタオルを拾い、大人しくケースにラケットも仕舞う。 むなしい感傷に浸るだけなら、それこそどこでだってできる。 鞄を待つと、僕はコートから出ようとした。
「なんだ、もうかえるのか?」
聞きなれた声がして、僕は顔をあげた。 夜のコートライトの下、白いシャツに大きめなオーバーナイトバッグ1つだけの、にくったらしい彼がいた。 どこもかわらない彼だった。せいぜいジャージじゃないくらい。
「…夜になるだなんていってなかったくせに」
オレンジがかった灯りの下でつい悪態をつく。 週末帰ったら行くよ。 それだけのメールで、僕がどれだけイライラするか。
「どの便に乗れるか判らなかったからな。なるべく早い便に乗りたかったんだが、もし明日にでもなったら困るだろう?」
いらつくヤツ。こんなヤツ。
コート脇にどさ、と、バッグを置くと、手塚がそっと抱き締めてくる。 髪に触れる感触とか。むかつく位、優しくて…つい蹴飛ばしたくなる。
「モノレールの窓から不二が練習しているのがみえたから慌てて降りてきたんだ。やっぱり見間違いじゃなかったな」
そう耳元でいって手塚はぎゅーって抱きしめてくる。 もう…。 触れる唇とかこっちはされるがままだけど、もういいや。 そんなこと、いわれたら許しちゃうにきまってるじゃないか。嫌なやつ。 いろんなこと、いってやりたいけど走ってきた何度めかのレールの音に掻き乱されてわかんなくなっちゃったみたいだ。
右手を握られて、強引にひかれて、僕らは肩を並べてコートを後にする。 明日は土曜日。 時間は丸々空いている。さっきキャンセルした予定も全部リセットしてあげる。 そして帰る前にはちゃんとここに来て、少しは僕の退屈を潰していってよね。 もちろんそれくらいは文句いわせない。
日差しも落ちて、街の灯りが湾岸に眩く煌きだした頃に…。 このテニスコートで君と2人で夜を分けよう。 ここまでは誰も来ないから。
こうして何度も来て。やっぱり思うけど…そうだね。 やっぱり僕は夜のほうが好きだ。
end
2004年08月06日(金) |
ハッピータイム【28】 |
週末のお部屋。うっさい弟のビデオの音に混じって、携帯が鳴ってる。 どこでなってんのか、えらいちっちゃい音。あっと気がついて慌ててカバンの中に手を突っ込んだ。 ディスプレイには「比呂士」。めっずらしいこともあるもんだ。
「珍しいの。どした?」
仁王君、今平気ですか?
「だいじょーぶ、珍しいなぁ。なんかあったん?」
ちょっとですね、お願いがあるんです。確か貴方、昨日のウィンブルドン録画したって言ってましたよね?
そりゃもう当たり前だけどやっぱりテニスのことかい。
「しとるよ。準々決勝だろ?」
そうです。まだ消してなかったら貸して頂きたいんですが…。
「そりゃいいけど…ビデオだぞ。確かお前んちDVDじゃなかった?」
ああ、それは大丈夫です。VHS搭載型ですから。ありがたい。間違って消してしまいまして…
柳生はわりかしコマめに試合を編集する達だ。きっと今年の全英も全部コレクションしてたんだろう。
「あの選手、少しお前に似てたなぁ」
エ?逆じゃないですか?私は貴方に似てると思いましたよ。
「ほぇ?そうかの」
弟の頭を軽く蹴ってテレビのボリュームを下げさせると、床に転がった。滅多にない柳生からの電話。
「私はあんなに気が荒くないです」
言ってくれる。 それから、しばし頭の中に残る、その試合についてひと盛り上がりしていた。ちょっと耳に付く液晶があっちぃかね?と思ったら… 突然。
「あ、30分たちました。じゃ仁王くん、また来週!」
ッテ、勝手さっさと自分だけ締めてプツッって! こらぁ!比呂士!ぶっつりいきなり切るか、お前ふつー!!
「週末のVフォンなんて嫌いじゃ…」
ああ、ハッピータイム。 せめて45分くらいくれや、と床に携帯をぶん投げてしまう。
そんな週末開始の夜。
こんなんアリですか? ちぇ。
2004年08月05日(木) |
telephone line【塚不二】 |
早起きはすごく苦手だ。 特に暑くなり始める夏なんて大嫌いだ。 暑くて布団からはみ出した足の、膝のうらに感じる汗とか首筋に少し張り付く髪の感じとか全部が苦手。
そう思ってた。
週末、携帯の電源は必ずoffにする。 朝の惰眠を誰にも邪魔されたくなかったから…。 だけど今年の夏はどうしてもそうはいかなかったけどね。
ほら。 今日も朝6:30。 新しくしたばかりの携帯のディスプレイが光る。 彼だけの着信音が鳴った。 それは少し前に2人で聞いた思い出の音。 10秒も聞いたら、ぱちんと開く。
「…はい」
おはよう。
「うん、おはよう。手塚」
週末の一瞬の至福。 少し音は遠く掠れているけれど、そんなことは平気。 彼の声だってわかるから。
そんな瞬間。 ほんとうに短い時間だけど、僕は幸せだ。
耳元に繋がる、少し遠くて近い距離の分だけ、この思いが届くように。 一言にすべてをこめて。
「好きだよ、手塚」
7日に1度の告白。 顔がみえないからこそ言えるから…。 今のうちに一生分、言ってしまえ。
好きだよ。ホント。
end
2004年08月04日(水) |
a short piece |
a short piece>小品。
話にもならないくらいに、ちいさなオハナシばかり。 どこからでも更新可能な環境を整えるため、こんな形で実行。 中身はごちゃ混ぜです。 タイトルに【original】【塚不二】等とチェック入れます。
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