週末の大河ドラマのあとで、何気なく検索して知ったことです。
おんぞうし ―ざうし 3 【御曹司/御曹子】 〔「曹司」は部屋(へや)の意〕
(1)名門の子弟。 「社長の―」 (2)公家の子息でまだ独立していない者。 (3)(平家の「公達(きんだち)」に対して)源氏の嫡流で、独立していない子息の敬称。特に、源義経。
(エキサイト国語辞典より)
これ見ると、どうやらこの言葉はもともと義経個人を指す言葉だったようですね。それがやがて、一般的な用法に転化していったという流れのようで。これ一事をとっても、日本人にとって源義経がどれほど重要な英雄であったかがよくわかります。
以下つらつら考えたことです。 あの時代にもっとも語り伝えられたのは「平家物語」……平家の物語であって源氏の物語ではありません。題名かぶったからじゃないのとかいう事情は置いておいても、より中間的な見方である源平合戦記でもなく、よくは知りませんが勝者である源氏の側に立った物語でもなく、一時的に隆盛を極めて、やがて消えていった平家という一族の物語、敗者の物語として、我々は一時代をとらえています。 考えてみれば歴史が移り変わるとは、勝者が移り変わるということです。ある時によしとされた価値観が、別のものにとって代わられるとき、これを時代が変わったと称します。そうなったとき、それまで勝者であったものは、敗れ去って消えていく以外にありません。そういう目で見れば、歴史というものはすなわち敗者の歴史であると言えるでしょうか。無論それは、全く同時に勝者の歴史でもあるわけですが。
源平の時代というと、もう800年も前のことです。これだけ離れてしまうと、もう歴史なのやら物語なのやら分からないレベルではありますが、この二つが本質的に同じものであることを考えると、論議としては一緒にしてしまってもいいのかもしれません。 ところで、しょうがないんでしょうが、源義経がモデル眉毛なのはなんとかならないんでしょうか。
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