ひとりごと
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2週間ほど前から目の調子が悪く、気になってはいたのだけれど 医者にかかるのは億劫だった。 でもだんだんつらくなってきたので、思い切って出かけることにした。 駅前に眼科医があったのを思い出し、 HPを探し出して「土曜日・午前中診療」の文字を確かめた。
金木犀の香りの風が気持ちいい。 こんな日は、歩いて行こう。 去年、夫が駅までの近道を見つけ出したのだ。 森の脇や原っぱの横を通る道はとても楽しい。 花や緑の香りや虫たちの営みの中を、ゆっくりと歩く。
畑の中の分かれ道に来たとき、いつも歩く左の道ではなくて 何かに呼ばれたような気がして、森に続く右の道に進んだ。 すると、目の前に広がる赤い花の群れ。 森の入り口の土手に彼岸花がすくすくふわっと咲き乱れていた。 アゲハチョウが私を追い越して、その中の一輪にとまった。 肩にかけたバッグからデジカメを出して、その姿を撮ろうとした。 でもアゲハチョウはもっと森の奥へと飛んでいってしまった。 夢を見ているような気持ちで佇んだ。
「曼珠沙華ですか?」と、突然声をかけられて振り向いた。 いつからいたのだろうか、箒を持ったおじいさんがにこにことこちらを見ていた。 真っ白な髪と、真っ白な長いあごひげ、チェックのシャツにデニムのパンツ。 少し腰は曲がっているけれど、健康そうな顔色と優しいまなざし。 「はい、偶然通りかかったのですけれど、あんまりきれいなので写真を…。」 私はあわてて、デジカメを持ち上げて答えた。
おじいさんは、森の脇にある古い家の前を掃きながら話してくれた。 「前はね、もっといっぱいあったのですよ。向こうからあっちまで真っ赤でした。」 「それはきれいだったでしょうね。今でもこんなに見事なのですものね。」 「そりゃもう、きれいでしたよ。」 と、おじいさんは嬉しそうに懐かしそうに笑った。 「でもね。触っちゃいけません。これには毒があるのです。私が小さい頃、母によく言われました。」 「そう…。毒があるのですね。触らずにこうして眺めていますね。」 と、私は答え、白い長いひげを見ながら、おじいさんのお母さんの時代を思い浮かべようとした。
「それにしても、お彼岸にこうして咲く不思議。自然の素晴らしさ。彼岸花とはよく言ったものです。」 おじいさんは力強く語った。 本当だ。今日はお彼岸のお中日、そして彼岸花は花の盛り。 「ここの曼珠沙華も刈られて少なくなりましたけれどね、毎年きちんとお彼岸に咲くのですよ。 私はここに住んで40年になりますが、ずっとずっと見てきました。」 遠くを見るように、おじいさんは言った。 私は、もっと緑が濃かったであろう40年前のこの森と隣の家を思った。
「うちの庭はこんなですけれどね。」 と、おじいさんは振り返って、古い家の前の庭を箒で指しながら、照れたように笑った。 野草や背の高い雑草がいっぱいに茂っていて、野原のようだった。 「それでも、自然のままにしておくのもいいかと思っているのですよ。 手を入れてしまったらもう戻らないから。」 おじいさんの言葉に、私は深くうなずいた。 「それでは、お邪魔しました。どうぞごゆっくり。」 道を掃き終わったおじいさんは腰をかがめ、にこやかに家の中に入っていった。
ふたたび夢から覚めたような気持ちになった。 おじいさんの庭の緑の野草たちの中に、鮮やかに一輪だけ彼岸花が咲いていた。 きっとおじいさんが大切にしているだろう彼岸花。
森の入り口の彼岸花の写真を何枚か撮って、私はもと来た道を戻った。 左側のいつもの畑の道は明るかった。 野の花が咲き乱れ、人影はなく、蝶やトンボやバッタの気配だけが満ちていた。
この地に住んで8年、駅まで歩いて25分かかるのは不便だとよく思うけれど 長い道のりの分だけ、たくさんの風景や、いろいろな人に出会える。 ここでは、物語の中に迷い込んでしまったような不思議な出来事が時々ある。 今まで出会った出来事や人や、たまたま見つけたお店や風景のことを思いながら歩いた。
やがて駅が近づき、現実に戻った。 目的の目医者さんは、駅前ビルの2階。 夢を見ながらのお散歩にうっすら汗をかきながら階段を上がったら、 入り口にはシャッターが閉まっていた。 すぐに気がついた。 今日はただの土曜日じゃなくって、祝日だった…。 またやっちゃった〜。
いいわ。 今日の午前中は、あのおじいさんと彼岸花に会うためにあったのだもの。 ゆっくりと歩きいて花や深い森や広い野原を眺めて、目の具合も少しよくなったような気がする。
昨日から咲きだした金木犀がもう満開になった。 街も庭も部屋の中も金木犀の香りでいっぱい。
大好きな香りなのに、この中にいると 少しあせるような落ち着かないような気持ちになる。 桜が咲いたときと少し似ている。 ほんの短い間の盛りの花を惜しんでいるのか。
それでも、桜のときほど 哀しくはならないのはなぜかな。
パソコンに向かっていた顔を上げたら お向かいのマンションがオレンジ色に光っていた。 夕焼けだ! 外に飛び出した。
空が光っていた。 ざーっと吹いた風は涼しく首筋に爽やかだった。 森からツクツクホウシの声が風に乗って流れてきた。 お向かいの窓から、トントントンとリズミカルな包丁の音がした。
気持ちのいい空の下を私は歩いた。 刻々と変わっていく空の景色を自分の心とカメラに収めた。 泣きなくなるようなきれいな夕方だった。
こんな美しいものを見るとき、私は自分の子どもがほしくなる。 子どもに見せたいと思う。 「空がきれいだよ。夕空を見に行こう!」と、子どもと外に出たい。 一緒に空を眺めたい。
その子が大きくなったとき、風に吹かれたり、本を読んだり、誰かと話したり、 そんななんでもないときに、ふと思い出してくれるだろう。 美しい夕空のことを。 風の音やセミの声や母の手のことを。 「夕空を見に行こう」と言う言葉を。
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