チフネの日記
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2012年10月31日(水) 跡リョ 何年後かの、二人の話(誕生日の話の数年後設定

頬に何かが触れた感触に、リョーマは目を開けた。

「……帰ってたの?」
「ああ。今戻ったところだ」
リョーマの頬から手を離して言った跡部に「ごめん、俺寝ちゃってた」と体を起こす。
「寝ててもいいぜ。今日も疲れただろ」
「別に。今日はトレーニングだけだったから。
途中までは起きていたんだけどな……」

大きく伸びをしながら言う。
跡部は苦笑して「無理して起きていることないだろ」と言った。
「たかが誕生日じゃねーか。祝ってもらえねえからって、不貞腐れる程子供じゃないぞ」
「ふーん。昔のあんたなら5分でも一緒に過ごしたいって拗ねてたのに」
「昔のことだろ……」
眉間に皺を寄せる跡部に、リョーマは小さく笑った。

あの頃は、自分達の気持ちだけではどうにもならないことが沢山あって、
我慢することもいくつかあった。
今だって全然思い通りになっているかといえば、そうでもない。
それでも二人が一緒にいられるという幸せは続いている。

「5分どころか、ほとんど毎日顔を合わせているじゃねえか。
不満なんて無いからな」
ちゅっと額にキスしてきた跡部に、でも、と返す。
「今日、俺が試合に出る日だったら、朝も顔を合わせられなかったと思う。
そういうのが続いたりしたらどうすんの。それでも一緒に暮らしているって言える?」
「言えるだろ」
「なんで?」
「俺のところに帰って来るのなら、それでいい。
他には、そうだな。お前が笑顔でいてくれたら、もう十分だ」

跡部は変わったと、思う。
以前なら数分でも会いたいと我侭言ったくせに、今は困らせるようなことは言わない。
いつからなのかは、気付いている。
家を出ると決めて独り立ちした時から、自分本位な発言をすることが無くなった。
それが時々、怖くなる。
跡部に我慢ばかりさせて、いいのだろうか。
リョーマは今もテニスを続けていて、好きな道を歩んでいるというのに、
跡部は後悔すること無いのだろうか。
これで本当に良かったのかと考える時がある。
あるけれど……。

「そう。だったら、いい」
跡部にそんなことは絶対に言わない。
口に出せば悲しむのはわかっている。
一緒に居られることだけを考えてくれている彼に、我慢しなくてもいいなんて言うのは失礼で、傲慢な考え方だ。

「俺も、帰る場所があるってわかっているのは安心する」
ぎゅうっと跡部の腕に抱きつくと、「そうだろ」俺はわかっていたぜ」と言って頭を撫でてくれた。


「そうだ。冷蔵庫にケーキ入っているんだった」
「おい。今から食べるつもりかよ」
「食べなくてもいいから。せめてロウソクは点けようよ。
願い事、今日中にしないと」
リョーマの言葉に瞬きをした後、
跡部は「そんなの、一つしかないけどな」と笑って言った。

「まあ、いい。ケーキ出せよ。折角だから歌でも歌ってもらうか」
「えー?」
「祝ってくれるんだろ?」

仕方無いなあという振りをしながら、リョーマは冷蔵庫のドアを開けた。

今日必要なのは後ろ向きな言葉じゃない。
この人が生まれたことを祝い、そして感謝をしたい。
一緒にいられる。それだけで幸せだと、自分も同じくらいそう思っているのだから。

終わり


2012年10月28日(日) 改善する話 跡リョ

部員達からの苦情を受けて、リョーマはサーブをする態勢を取った。
そしてフェンスに向かって思い切り打ち込む。

ものすごい音を立てて、ボールがフェンスにめり込むのが見えた
その向こう側では軽く体を引いて回避した跡部が、ニヤニヤ笑いながらこちらを満ちる。
ボールを回収する為、リョーマはフェンスへと向かった。

「そこに居られると危ないからどっか行って」
「危なくもなんともねえよ。俺様の反射神経なら、なんなく避けられる」
「……そうじゃなくて、邪魔だって言ってんの。あんたの存在に、皆が迷惑しているんだけど」

うん、うんと青学の部員達が頷いている。
しかしそれでへこたれるような跡部じゃない。

「なんだよ。練習に集中できねえとか、腑抜けた連中だな。もっと精進しろ」
「あんたに駄目出しされると更にムカつく気がする。いいからどっか余所行ってよ。
でないと一緒に帰らないよ」
最終手段を持ち出すと、跡部は未練がましい目をしながら、わかったとその場から退散する。
ほっとしたのも束の間、今度は樹の陰に隠れて見ている。
あれでばれないと思うのか。
いい加減にしろ、と脱力する。
最初の頃、跡部に説教していた手塚も近頃は何も言わなくなった。
何を言っても無駄だという境地に達したのかもしれないが、
そうでない部員達にとってはたまったものではない。

「今日も跡部は絶好調だね」
「不二先輩……」
困っているというより楽しんでいるという顔付きで話し掛けて来た不二に、
「なんとかする方法ってないっすかね」と聞いてみる。
この際、誰でもいい。迎えに来る度フェンスに張り付いてこちらを凝視する跡部を止める手段を教えてくれるのなら、悪魔だって構わない。
「なんとか、ね。僕は気にならないけど」
「俺は、嫌っす」
「そう。だったら彼にも同じ気持ちになってもらったら?」
「え?同じ?」
「自分も嫌だと思ったのなら止めるんじゃないかな」
頑張ってと笑う不二に、そう上手くいくか?とリョーマは首を傾げる。
しかしやってみないことには、何も始まらない。
どんな案でも活用するしかないのだ。




翌日。
タイミングよく青学の部活は休みだったので、リョーマは氷帝へと向かった。
いつもなら自主練習に励むところだが、今日は不二にアドバイスをされたことを実行しようと思った。
(期待はしてないけど……)
良くも悪くも跡部は人から注目を集めている。
誰かから見られることなんて、なんとも思わないだろう。
失敗で終わりそうだなと歩いていると、「リョーマ!」と大声で名前を呼ばれた。

「どうしたんだ。待ちきれなくて会いに来たのか?
言ってくれれば今日の練習は休みしてやったのに。今から休みだって連絡回すか」
「何言ってんの。とりあえず、離せ」
いきなり抱きついて来た跡部に、こんな所で見付かるなんてと、舌打ちする。
出来れば練習時間まで知られたくなかった。
「けど、俺に会いに来たのは事実だろ?
他に相手がいるっていうのなら、そいつを今すぐ締め上げてやるだけだ」
「そんなんじゃない!えーっと、そう!どんな練習してるのか分析しに来た」
「お前が?」
「そうっすよ。悪い?」
「いや、悪くはないが……。まあ、いい。
だったら特等席で俺様の華麗な姿を見せてやるぜ」
「特等席ってどこ」
「コート内にあるベンチだ」
「却下」
バカじゃないのと、リョーマは額に手を当てた。
他校生をコートに入れて見学させるなんて有り得ない。
「どうせ見るなら近くがいいだろう。大丈夫だ。俺が許可する」
「許可とかそういう問題じゃない!俺はコートの外から見学させてもらうから」
「それじゃ一緒にいられないじゃないか」
「……当たり前でしょ。あんたは部活に行って。さぼったら怒るから」
「仕方無えな」

ようやく跡部を追い払ったところで、息を吐く。
今のやり取りだけで、なんだか疲れてしまった。
もう帰りたいと思ったが、折角ここまで来たんだからと言い聞かせて、リョーマは氷帝テニス部のコートへと向かった。





氷帝はレギュラー専用のコートと、準レギュラーと他の部員達とのコートが別れている。
人数が多いのも大変だねと他人事のように呟いて、レギュラーがいるコートへと移動する。
もたれるのにちょうど良さそうな樹を見付けて、そこに背を預けて跡部を捜す。
目立つから、すぐに見付かった。
他の部員に指示している所だ。
熱心な様子に、(あの人も部長をやっている時は、まともなんだけどなあ)と考える。
普段の言動がおかし過ぎるけど、さすがに氷帝の部長としてコートに立っている時は、きちんとした対応をしている。
いつもそうしてくれ、とリョーマは思った。
それが聞こえたわけじゃないだろうに、ふと跡部がこちらを向いた。
視線が合ったのは、一秒か二秒くらいか。
すぐに跡部は他の部員の方を向いた。
(良かった。あそこで名前呼ばれたりしたら、どうしようかと思った)
こっちに来いとか言い出さずにいて、良かった。
驚くくらい、跡部の態度は普通だ。
ほっとしながら観察を続ける。

同じことをしてみたらと不二は言っていたが、
さすがにフェンスへ齧り付くような真似は出来ない。
こうして遠くから見ているだけって、やっぱり効果無いよなあと考える。

やがてコートに入った跡部が、ボールを上げた。
サーブはネットを越えず、地面へ落ちた。
ミスか、珍しい。それとも新しい技の開発中なのかもしれない。
そのままぼんやりと跡部を見ていると、「越前やんか」と声を掛けられる。
「あ。忍足さん」
「どないしたんや。そんな所で。
跡部を待つなら、中に入ってベンチに座ったらどうや?」
この人も同じことを言うのか、と肩を落とす。
「俺、他校生なんだけど」
「跡部が許可するんやから、ええやろ。遠慮する気持ちはわかるけどな。
でもそこに居ると集中出来んで困るんじゃないか」
「え、誰が」
「決まっとるやろ」
ニヤッと笑って、忍足はコートを振り返る。
するとこっちを凝視して突っ立っている跡部と目が会った。

「おー、怖っ。俺は退散するわ」
「ちょっと」
忍足が離れるのと同時に、跡部がすごい勢いでこっちに走って来る。
「リョーマ!」
ほとんどフェンスに激突しそうな勢いに驚いていると、
こっちに来いというように手招きされる。
「何?」
「やっぱり、中に入って来い。嫌なら部室行って待ってろ」
「あのさ、俺は視察に来ているんだけど」
「そんなのただの口実だろ。頼むからそこに立っているのは止めてくれ。
誰がお前にちょっかい掛けてくるかと思うと、テニスに集中出来ない。
このままだと部長としての威厳が無くなりそうだ」
あんたに威厳ってあったの?と言いたかったが、
必死な様子に顔を立ててやるかと思い直す。
これでも氷帝の部長だ。部長がこれでは、部員達が動揺するだろう。

「わかった。部室の方へ行く。でも」
「でも、なんだ」
「あんたもこれから青学に来る時は大人しく車の中で待ってろよ。
見てるだけでも練習の邪魔になるって、これでわかったでしょ。
条件を飲まないと、ここから動いてやらない」
「わかった!わかったから!頼むから移動してくれ」
「約束したからね」

わかった、と大きく頷く跡部に、仕方無いなと肩を竦める。
レギュラー専用の部室に置いてあるソファの寝心地は最高だ。
どうせならそっちで横になっている方が良いに決まっている。
いつも出入りしている為、入り口のパスワードもわかっている。
「じゃ、行くよ」
「おう」
ほっとした顔をする跡部に、軽く手を振って歩き出す。
不二の言葉に期待せず乗ったわけだが、結果として成功したようだ。

(これで大人しくなってくれればいいんだけど)

もし理解してくれなかったら、休みの度に氷帝に来てやるまでだ。

ふと振り返って、再び練習を始めた跡部を見詰める。

立ち止まった気配に気付いたらしく、思い切り空振りしてしまう。
バツが悪そうにしている跡部にくすくす笑って、
またすぐに背を向けて歩き出す。

(見られて動揺するなんて、可愛いところもあるじゃん)

そうさせるのは自分だけだと思うと、気分がいい。
良いアイデアを出してくれた不二に、明日お礼を言おうと想いながら、今度こそ部室へ向かった。


2012年10月24日(水) 触れる話 跡リョ

触れてくる跡部の手の感覚を、息をゆっくり吐きながらやり過ごす。
こんな時リョーマはどうしていいかわからない。
薄くらい部屋の中、自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。
跡部にも聞こえるのかと思うと居た堪れなくて、シーツをぎゅっと握り締めた。















「お前はまた遅刻か」
「ここに来る途中、子供が産まれそうな妊婦さんを」
「その言い訳は聞き飽きた。準備は出来ているから、コートに行こうぜ」
「っす」

よく晴れた日曜日。
リョーマは跡部の家へとやって来た。
コートが完備されている為、よく利用させてもらっている。
それは付き合う前からだった。お金掛からなくていいし、使いたい放題だから誘われるまま通っていた。
今思うと、跡部の作戦だったのだろう。
コートにつられてここに通っている内に親しくなって、付き合って欲しいと言われた時、いいかなと思ってしまった。

(後悔はしていないんだけどね……)

何度も来ているから、コートの場所はもうわかっている。
ただ屋敷内の方はまだ自信が無い。
何しろ部屋の数が膨大すぎる。
いつも行く跡部の部屋でさえ、一人で辿り着けるかどうかはわからない。

そこでふと、先日のことを思い出し、リョーマは慌てて首を振った。
今からやるのはテニス。健全なるスポーツだと、自分に言い聞かせる。

「越前、どうした?」
足を止めたリョーマに、跡部が振り返る。
「……なんでもない」
「そうか?起きた直後だから調子が出ないとか言っているんじゃないだろうな」
笑いながら言う跡部に、含んだところはない。
テニスをするのが楽しみで仕方無いという顔だ。
この間のことなんて忘れているみたいで、拍子抜けするのと同時に苛々する。

(あんたにとっては、大したことじゃないんだろうね)

予想していたけれど慣れてる手つきに、跡部の知らない過去を見た気がして胸が痛くなったのも事実だ。
勿論、そんな感情はおくびにも出したりしない。
跡部の方だけが余裕あるなんて、気に入らないからだ。
ただ、触れるだけ。途中までの行為もリョーマにとっては怖かったけど、それでも黙って耐えた。
この位なんでもないという顔は、最後まで通したつもりだ。
しかしその先となると、さすがにまだ覚悟は出来ていない。
望まれたらどうしようという思いで、今日はここに来たけれど、
跡部の表情からするとそういう事は無さそうに感じ取れる。

(いいんだけど、それもなんかムカつく)

気付かれないよう溜息をついて、コートへ向かった。




余所事ばかり考えているせいか、テニスの方は散々だった。
跡部に「具合でも悪いのか?」と心配される始末。
このまま続けても駄目だろと跡部が言うので、休憩を取ることになった。
リョーマにしては非常に不本意な展開だ。

「なあ。やぱり調子悪いんじゃねえのか?
お前があんなにミスするなんておかしいだろ」
「そういうこともあるっすよ」

なんなの、その言い方と、リョーマはそっぽを向く。
跡部が悪いわけじゃない。
だけど苛々してしまう。
今日はもう帰った方がいいかもと思った時、跡部の手が額に触れて来る。

「熱は、無いな」
「……!」

反射的にリョーマは跡部の手を振り払った。
嫌だったわけじゃない。
少し熱い手は先日のことを思い出させて、それがすごく恥ずかしかったからだ。
だけど跡部はそうとは思わず、傷付いたような目でこちらを見ている。

「やっぱり、そうなんだな」
「え?」
「俺のことが嫌になったんだろ」
予想もしない言葉に、リョーマはぽかんと口を開けた。
「え、違う」
「違わないだろ。この間から俺のことを微妙に避けているって、わかっていた。
メールをしても返事もねえし、迎えに行くと言っても断られる。
けど今日は来るって言ったから、まだ望みはあると思ったが……。
いつ別れ話を言うか、そんなこと考えていたんだろ」

勝手な想像をして話をしている跡部について行けず黙っていたが、
ここで否定しないと取り返しがつかなくなってしまう。
だから「別れるなんて考えてないっすよ」と、きっぱりと答えた。

「じゃあ、なんで避けてたんだ。
それに俺が触れたら嫌そうに振り払ったじゃねえか」
「あれは、別に」
「本心では俺のことが嫌なんだろ」
「そうじゃない!」
察しが悪い跡部に焦れて、大きな声を上げる。

「ただ……恥かしかっただけっす」
「恥かしい?お前が?」
きょとんとしている姿に、失礼だなと思いつつ頷く。
「この間あんなことしたから、なんか顔合わせ辛くてちょっと避けてた。
あんたにとっては、慣れたことだろうけど」
「なんだそれは。お前は俺のことなんだと思ってる」
心外だというように、跡部は苦笑した。
「慣れてなんかねえよ。
その、好きな奴に触れるのは初めてだったんだからな。
だから何か変なことしたかと思って気が気じゃなかった。
なのにお前はあんな態度を取るから、もう駄目かと思った」

はあ、と肩から力を抜く跡部を見て、リョーマは(なんだ)と笑った。

悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
跡部は跡部でちゃんと自分のことを気にしてくれていた。
慣れているからなて決め付けていないで、もっと話し合うべきだった。

「それで、どうなんだ」」
「どうって?」
「ああいうこと、嫌じゃないか」
顔を赤くして聞く跡部に、ちょっと可愛いとさえ思ってしまった。
戸惑っているのは、跡部も同じらしい。
だからプライドとか関係なく、素直に答えることにした。

「嫌、じゃないと思う」
「そうか」
「けど、先に進むのはまだちょっと怖い」

跡部はわかったと頷いた後、頬に手を添えてきた。
「キスは、してもいいか?」
嫌なら止めるという気遣いが見える。
大事にされてるんだなとわかって、嬉しくなった。

迷うことなくいいよというと、そっと唇が触れ合わされた。

触れ合うのは嫌いじゃない。
もっと慣れたら先に進むことが出来るだろうと、目を閉じて思った。

終わり


2012年10月21日(日) わかってもらえない話 跡→リョ

ベンチで退屈そうに欠伸をしているリョーマに、
「ほらよ」と跡部はファンタのペットボトルを差し出してやった。

「サンキュ」
「心が篭ってねえ言い方だな」
「でもさっきのゲーム、取った方が買いに行くって話だったでしょ。
そんで勝ったのが俺」
「可愛くない言い方だな。ったく、青学の連中はどういう教育しているんだ」
言ったって聞かないだろうと諦めつつも、跡部は愚痴を零した。
リョーマは聞いていないかのようにファンタを美味しそうに飲んでいる。

「休憩したらもう1ゲームやるぞ。次は俺が勝ってやる」
「それは無理。次も俺が勝つよ」
「お前なあ。俺をなんだと思っているんだ?ああん?」
「サル山の大将」
「いい加減そのネタ引っ張るの止めろ」

二人が会話している間に、周囲からくすくす笑い声が聞こえる。
携帯のカメラのシャッター音も。
決して馬鹿にされているわけじゃない。むしろ、その反対だ。

「あのさ。ゲームやる前にあれ、なんとかしてくれない?」

あれ、とリョーマがフェンスの向こうを顎で差す。
「なんだよ。気が散って集中出来ないとか言うんじゃないだろうな?
そんな言い訳通用しないぜ」
「そうじゃなくてあんたがちょっとでも相手してやればどっか行くんじゃないの。
ちょっとでも静かになった方が良いし」
「お前は俺に生贄になれと言うのか」
「そんな大袈裟なものじゃないでしょ。大体あれ、あんたのファンってやつじゃないの?」

コート周辺にいる女の子達はたしかに跡部目当てで来ている。
どこからこの場所が漏れたのかわからないが、先週リョーマと打った時よりもギャラリーが増えている。
放っておくと次はもっと増えるだろう。
これで嫌になったと、リョーマが会うのを止めると言い出したら厄介だ。
仕方無いと、跡部は立ち上がってフェンスの方へと向かった。

近付いて来る跡部を見て期待半分、何言われるかと身構えるの半分という女の子達に、
「お前ら、どっか行け」と跡部は言った。

「こっちは遊びで来ているんじゃねーんだよ。
テニスをする気がないのなら帰れ。というか、俺様の視界から消えろ」

その言葉に皆、さーっと引いて行く。
何あれ、偉そうにという声も聞こえた。
明日にはこの噂が広まって、見学に来る者も減るだろうなと思った。
だけどそんなことはどうでもいい。
折角、青学のルーキー・越前リョーマとテニスが出来る貴重な時間の方がずっと大事だ。
それにしても青学に近いからと、この屋外コートを選んだのだが(リョーマが来るのに楽だと思ってだ)、ギャラリーがこんなに集まるとは思わなかった。
次回からは邪魔されないような所にした方がいいかと考える。
いきなり自分の屋敷に呼ぶのは引かれると思って遠慮してたが、もうそろそろ招いてもいいだろうか。

「あそこまで言えって、言ってないんだけど」
跡部の声を聞いていたリョーマが、不満そうな声を出す。

「なだよ。追っ払ってやったんだぞ」
「あんな言い方だと後で何か言われるかもしれないっすよ。評判も下がったりして」
「別に、構わねえよ」
「はあ。他人事だからいいけど。
ちょっと愛想振り撒いて余所に行って欲しいって言えば、あの人達も引いてくれたんじゃないっすか?
あんたに気があるみたいだったし」
「俺にその気はねえよ」
「ふーん。全然、興味も無いの?」

じっと見詰めて来るリョーマに目を逸らし、「ああ」と頷く。

ここでお前以外に興味が無いと言ったらどんな顔をするのだろう。
わざわざ他校生と毎週待ち合わせてファンタを買ってやる為に、手塚加減してゲームを落としているなんて、好意がなければ出来るはずがない。
リョーマは全くわかっていない。


「……静かになったから、ゲーム再開するぞ」
「いいよ、いつでも」

ニヤッと勝気な笑みを浮かべるリョーマに、(テニス馬鹿)と内心で呟く。

どうやったらリョーマにこの想いをわかってもらえるのか、
それはゲームを取るよりもよっぽど難しい気がした。

終わり


2012年10月17日(水) 諦めない話  跡リョ

U-17の合宿招待の手紙を持って、リョーマは皆の前に現われた。

来るなら来ると連絡をしてくれれば良かっただろうと文句の一つも言いたいのだが、
跡部はそれをぐっと飲み込んだ。
会えたことが素直に嬉しいからだ。

「驚いた?」と尋ねるリョーマに、「ああ、驚いたぜ」と言って抱き締めた。
何してんのとリョーマは抗議の言葉を口にしたが、すぐに大人しくなった。
お互い数ヶ月の空白を埋めるスキンシップが必要なのはわかっているからだろう。

しかしその後リョーマが二人一組の対戦をすっぽかし、すぐに離れ離れになるとは思わなかった。
こんなことなら一日中見張っておくべきだったと後悔する。単独行動させるべきではない。
自分がコートに出ている時は樺地に任せて、それ以外はずっと手を繋いでおく。
どうしてそうしなかったと、跡部は頭を抱えたが全て後の祭りだった。

その後、負け組は黒いジャージに身を包んで帰還する。
リョーマの顔を見た時は、ほっとした。
これでまたリョーマと一緒にいられる。
どの位の時間が用意されているかはわからない。
だけど一秒でも長く居たいと思う。
合宿が終われば……、また離れ離れになうのはわかっているけど。








「何やってんだ、全く。連絡の一つくらいしやがれ」
「それどころじゃなかったんだって。自由時間なんて無いし、睡眠時間だって5時間もなかった!」
「……お前にとっては大問題だな」
「本当だよ!」

ふくれるリョーマに、まあ、そうだろうなと跡部は思った。
一度負けて(リョーマのはただの不戦敗だが)這い上がろうとするなら、息抜きする時間すら無かったに違いない。
わかっているが、割り切れない。
文句くらい言わせろと言うと、「もう、いいじゃん。戻って来たんだから」とリョーマは悪びれることなくそう言った。

「それよりあんたは少しは強くなったの?」
「誰に向かって言っているんだ。俺様の成長を見たら驚くぞ。
惚れ直して、皆の前でキスしたくなるかもしれねえな」
「次の試合っていつやるんだろ。俺、高校生とやりたいんだよね」
「おい、聞けよ」
「え?何か言った?」

こんなやり取りも久し振りだった。
いつもリョーマは跡部の言うことをスルーして、好きなように振舞っている。
ついこの間のことなのに、何故か懐かしく感じる。

「なんか、悪くねえな。こんな時間がもてるっていうのも」

今、部屋には誰もいない。
リョーマと相部屋になれなかったが、負け組が帰還したことで皆今日だけはお祭り状態で騒いでいる為、こっそり自室に連れて来たというわけだ。
鍵を締めたから、すぐに誰かが入っては来れない。
キスくらいはいいよな、と考えていることをリョーマは知らないだろう。

「でも明日からまた忙しくなるんじゃない。話が出来るのも、今だけだったりして」
「おい……。嫌なこと言うなよ」
「現実の話として言ってるだけっすよ」

ちょっと困ったようにリョーマは笑った。

「だって選抜メンバーに入れる人数って限られているんでしょ。
もしどっちかが入れなかったら、顔を合わせることもなくなる」
「だから入れるように頑張るしかないだろ。そうしたら一緒に居られる」

何言っているんだと、リョーマの手を握る。
だけど視線を逸らしたまま、跡部の方を見ようとしない。

「越前?」
「居られる、って言っても合宿の間だけだよ」
「……」
「終わったら、また俺はアメリカに戻る。
それこそ会話なんて出来ない」

離れていたのはたった数ヶ月。
送り出すときは平気だなんて言っていたけど、
この期間にリョーマも色々なことを考えていたかもしれない。

俯いたまま、リョーマは言う。

「ねえ。もし、あんたが嫌になったのなら」
「俺の所為にしようとするな」

鋭くそう告げると、リョーマはこちらの気持ちを察したらしく、口を閉じた。

「もし、とかくだらないこと言うな。
それよりどうやったら勝ち残るか、それだけ考えろ。
俺も必ず勝ってみせる。
まだ離れることを心配するような場合じゃないだろ」

跡部の言葉にリョーマは「そうかもしれないっすね」と、
やっとこっちを見て頷いてくれた。

握った手は少し汗ばんでいて、だから跡部は強く力を込めた。
そうするとリョーマも同じだけ応えてくれて、なんだかほっとする。


(俺は諦めたりしない。
別れたくなったのなら、自分から切り出すんだな。
それまで離してやらねえよ。絶対に)

リョーマがそうしたいというのなら、受け入れることを考えなければいけないが、
中途半端な言葉で、しかも跡部の負担を気遣っているだけなら、別れを認めるわけにはいかない。


どうせ駄目になるなら、二人共疲れ果てて、二度と会いたくなる位にまで傷つけ合う方がずっといい。
自分の心がずたずたになるまで、諦めるつもりは無いのだから。

でもそんな日が来なければいい。先の未来も二人で居られたらそれでいい。

リョーマの手を握り、
同じことを考えてくれればいいのに、と思った。

終わり


2012年10月14日(日) お弁当の話 跡リョ

部活も学校も休みだというのに、リョーマは制服を着て外出していた。
バッグの中にはお弁当も入っている。
それでいて、向かうのは学校ではない。
跡部の家だというのだから、妙な感じだ。

(あの人、一体何考えてんの)

家への誘いはいつものことだ。
広々としたテニスコートと美味しい食事や菓子が用意されるので、それについては文句はない。
おかしいのは、跡部の言動だけだ。

『明日、制服を着て来いよ。あと、弁当も持って来い』

意味不明な言葉に、「何それ」と聞き返しても、跡部は教えてくれなかった。
何故、休みの日にわざわざ制服?
疑問に思うリョーマ『いいから着て来い』と跡部は命令口調で言った。
「理由を話してくれないのなら、着ていかないよ」
『明日、話す』
「今、聞きたいんだけど」
『色々複雑な事情だ。電話では説明できねえな』
嘘付け、とリョーマは思った。
跡部がこういうことを言い出すのは、大抵しょうもない理由だ。
それで何度ケンカになったかわからない。
しかしここで引かないと、ごねて大変なのはわかっている。
すっぽかすのは簡単だが、その後青学にずっと通い詰めてフェンスに張り付き「何故、来てくれなかったんだ」と延々と訴えるという嫌がらせをする。
はっきり言って、性質が悪い。

リョーマは、一旦折れることにした。
制服着て行く位なら、どうってことはない。
まだマシな部類の我侭だ。
「わかった。でも明日、ちゃんと説明はしてくれるよね?」
ああ、と跡部は満足そうに言った。
そして弁当も忘れるなよと付け加えて、会話は終わった。

弁当持参、という意味もわからない。
跡部の家で働いている人達が、一斉に休みを取るというのか。
いや、それにしても変だ。
食事を出せないとしても、外に注文するとか食べに行くとかいくらでも選択肢はあるはず。

(もしかして、庶民の味を食べたくなったとか??)

いつも食事は跡部が用意してくれる。
それを文句言われたり、何か請求されたことはなかったが、
たまにはリョーマが普段食べているものがどんなのか、興味を持ったのかもしれない。
だったらそう言えばいいのにと思いながら、母親に少し多めの量の弁当を作ってもらうように頼んだ。






「よく来たな、越前」

待ってたぞと、ご機嫌な様子で出迎えてくれた跡部に、リョーマは目を瞬かせた。
跡部も制服姿だ。
学校に行くわけでもなのに、氷帝の制服を着ている。
一体、なんだ。目的がわからない。
しかも屋敷内にはいつも通り働いている人達がいる。
弁当を用意する必要ってあったのか?と疑問に思うリョーマの腕を引っ張って、
「昼食にするぞ」と、跡部は言った。
約束した時間は正午ちょっと前で、お腹は空いている。
だけど何かよくわからないがテンションが高い跡部に不安になる。

(こういう時、ろくな展開にならないんだよね)

いざとなったら、逃げよう。
そうしようと、リョーマは若干引き気味に、跡部の後ろを歩く。

連れて来られたのは、ガーデンテラスだった。
テーブルには何故か重箱とお茶が置かれている。しかも、一つだけ。
跡部の分の昼食だろうか。
ぼんやりと眺めていると、「座れよ」と、跡部が椅子を引いてくれた。
「弁当持って来たんだろ。出せよ」
「あ、うん……」
反射的に頷き、バッグの中から弁当を取り出す。
何これ。庶民の弁当との比較がしたいのか?
だとしたら悪趣味と思いながら、蓋を開ける。

「いただきます」
この際、跡部のことは気にしない。いないものとして弁当を食べよう。
箸を持っておかずを掴もうとすると、「それ、美味そうだな」と言われる。
「は?」
「一つ、もらってもいいか?」
「え、なんで」
あんた、すごく立派な重箱用意しているじゃん、と思った。
それなのに人のおかずを欲しがる理由がわからない。
しかし跡部は、「俺の弁当からも、欲しいのがあったら持ってっていい。
だから、それくれ」と言う。
弁当っていうレベルじゃない料理の数々をこちらに見せて、「なんでもいいぞ」と言う跡部に、
リョーマは「いいけど」と頷いた。
「そうか、じゃあこれ貰うな」
跡部は白身魚のフライを一つ抓んだ。昨日の晩御飯のおかずと同じものだ。
弁当を作って欲しいと言った為、母は多めに揚げて取っておいてくれた。
「うん、美味いな」
跡部が食べているものほどでは無いと思うが、妙に嬉しそうに美味い美味いと頷いている。
しかしそれは一度切りでは終わらず、他のおかずも交換して欲しいと、次々要求される。

(だったら重箱と俺の弁当を交換した方が早いんじゃない?)
なんでこんな回りくどいやり方をするのだろう。
面倒くさいと思いつつ、リョーマは跡部の重箱から遠慮なく料理を口へ運ぶ。
これを食べることが出来ただけ、良かったと思うしかない。













「で、一体なんなの。制服来て、弁当食べて、意味あるの?」

全てを食べ終わってから、お茶を飲む間に説明を聞くことにした。
もっと何か裏があるがあるかと思えば、食べて終わっただけ。
拍子抜けだ。
跡部の頭の中を理解出来たことは無いが、せめてどうしてこんなことをしようと思っただけかは聞いておきたい。

問い掛けに、「なんだ鈍いにも程があるな」と、跡部はどこか勝ち誇ったように言った。
イラッとさせられたが、「普通はわかんないよ」と答える。
「しょうがねえなあ。この状況見てもわからないのかよ」
思わずそこの重箱の蓋で殴りそうになったが、ぐっと堪える。

「いいから、教えてくれない?」
「ああ、わかった。まず、俺達は普段別々の学校に通っている」
「うん」
「学校で一緒に昼食を食う機会はない」
「うん」
「そういうわけだ」
「どういうわけだよ」
わかるように言ってくれ。
目で訴えると、跡部はやれやれというように首を竦める。
やっぱり殴ってもいいかともう一度思ったが、そこも我慢する。
こうして人は大人になっていくのかと、ぼんやり考えた。

「校内で待ち合わせをして昼食を取ることも出来ないよな。
お前にそんな寂しい思いをさせているんじゃないかと思って、せめてもの演出だ。
少しは満足したか?」
「満足って……」

寂しい思いはしていない。
むしろ跡部がいない方が静かだとは、口にしなかた。
騒がれてもも面倒くさい。

(ああ、でもそういうことか)

ここまで来て、ようやくわかった。
どうせ氷帝で仲良くお弁当を食べている恋人達を見て、羨ましくなったのだろう。
しかし別々の学校に通っている自分達には永久にそんな機会は訪れない。
だったら擬似的でもいいからと考え、制服を着て来いだの、弁当を持って来いだの言い出したわけだ。
休日だけど、跡部の頭の中では「お昼休みに待ち合わせて、恋人と一緒にご飯を食べている」という図に変換されているらしい。

なんていうか、しょうもない人だと思う。
それに付き合っている自分も、同じ位変わり者だ。
フッと笑うと跡部が「どうした?と不思議そうな目をして、顔を覗き込んで来た。

「いや、跡部さんらしいというかううん、意外かな。
あんたなら氷帝の制服を作らせるくらいはやるかなと思ったから」
適当な言葉を述べたのだが、跡部はショックを受けたように固まってしまった。
「跡部さん?」
「それだ!」
「え?」
立ち上がって跡部は「そうするべきだった!」と声を上げる。

「お前が氷帝の制服を着れば、校内でも堂々と一緒に居られる。
何故それに気付かなかったのか。チッ、俺としたことが……」
「あの、もしもし?」
「だが安心しろ。望み通り制服はすぐに用意させる。
明日にでも出来上がるだろ。昼休みには間に合うな。
よし、まずはサイズを測らせろ」
「……何考えてんの。氷帝にも行かないよ」

そこから跡部の暴走を止めるまで、時間をかなり費やすことになる。
余計なことを言うんじゃなかったと、リョーマはかなり後悔した。

しかし跡部が校内で一緒に弁当を食べるという野望を諦めるはずもなく、
後日青学の制服を着て現われ、ちょっとした騒動を起すことになる。
リョーマがそれを知るのは、もう少し先のことだ。

終わり


2012年10月10日(水) 流される話 跡リョ

部屋に入るなり抱きついて、そのまま床に押し倒そうとして来た跡部に、
「ストップ、ストップ」と、リョーマは力を込めて押し返した。

「なんでいきなりこういうことになるわけ!?俺、疲れているんだけど」
「だからテニスはほどほどにしようぜって言ったじゃねえか。俺の言うことを聞かないからだ」
「こっちが悪いみたいに言うな!とにかく一旦座ろう。さっき休憩するって言ったよね?」

逃れるようにリョーマはソファへ移動する。
すぐ隣に座ろうとして来た跡部に、「あんたはあっち」と向い側の椅子を指差す。

「なんで自分の部屋なのに、お面に指図されないといけないんだ」
「隣に座ったら、また触ろうとするだお。ほら、あっちに行って」

チッと舌打ちしながら椅子に座る跡部を見て、ようやく落ち着いたと胸を撫で下ろす。
全く。跡部の好きにさせていたら身がもたない。
立派なテニスコート(しかも貸切)で思い切り打てるのは良いが、終わった途端に体を触られるというのは考えものだ。
来る度これでは、さすがにうんざりする。

(俺もなんだかんだと流されているし……)

最初の頃は慣れなくて、嫌だ、無理と本気で抵抗していた。それを跡部も仕方無いと言って引いてくれた。
しかし近頃はどうだ。
触れ合うことの気持ち良さを知ってから、振り解こうとする手に力が入らない。
結局跡部の要求に応えてしまっている自分に気付き、これじゃいけないと思い始めた。

「おい、もうそっちに行ってもいいか?」
リョーマの気持ちなど知らず、跡部はすぐにもこちらへ来ようとする。
「5分も経っていないのに、もう、とか言うのはおかしいんじゃない?」
「おかしくもなるだろ。目の前にお前がいるのに触れられないんだぞ!」
「少し位我慢しなよ。毎回毎回、発情していて恥かしくないんすか?」
リョーマの言葉に跡部は少し黙ったあと、「言っておくが、体だけが欲しいわけじゃないぞ」と、神妙な顔をして言った。

「は?」
「いや、だから不安になったんだろ?体だけかもしれねえって、悩んでいたのか。気付かなくて悪かった。
けど、仕方無えだろ。好きな奴が目の前にいて、我慢出来るはずがない。
これでも理性には自信があるんだが、お前が可愛過ぎるのが問題だ。
側にいると無意識に押し倒したくなる。けど中身の方も同じ位愛しく思える。
生意気な言動も、俺には甘いスパイスみたいなもんだ」
「……。一体、なんの話?」

本気で意味がわからないと、リョーマは静かに尋ねた。
跡部の頭の中でどういう物語が進行しているのだろう。
前から変な人だと思っていたけど、甘いスパイスとか言い出す辺り、正気とは思えない。

「俺がお前をちゃんと好きかどうか、聞きたいんじゃなかったのか?」
「そうじゃなくって」
「安心しろ。付き合い始めた頃よりも、もっと好きになっている。
果てが見えなくて怖いくらいだ」
「……」

何故か胸を張って答える跡部に、日本語って難しいねと、リョーマは視線を逸らした。
良い事を言っただろ?という顔をこれ以上見ていたら、殴ってしまいそうだったからだ。

どうして自分は跡部と付き合うことになったのか、記憶を探る。
(そういえば、最初からこんな感じで、何言っても俺のことを好きだって返してきて、それで会話するの諦めたんだっけ。
で、あんまりしつこいから、じゃあまず友達からって流されて……)
今と同じだ。
跡部の言動に流されて、絆されて、許してしまう。

「おい。考えごとは終わったのか?」
「え。……って、なんで近付いてんの!?座ってろよ!
「もう待てるか。お預けするには十分だろ」
「いや、まだ我慢してろよ。なんでそんな堪え性がないんだよ」
リョーマの言葉に、跡部は当たり前のことを聞くなよ、とため息をつく。

「そんなの、お前が好きだからに決まっているだろ。
好き過ぎて我慢出来ない。理解出来るよな?」
「そんなこと言って、また言い包めようとしてるんじゃないの」
「なんでそんな言い方するんだ。……お前は、もう俺のことを好きじゃないのかよ?」

いつもとは違って自信なさげに尋ねて来る跡部に、
(ああ、もう)と、唇を噛む。

こんな時だけしおらしいなんて、本当にずるい。

「好きに、決まっているよ」
「リョーマ!

後はもう、跡部に翻弄されるままだ。

(結局、こうなるんだよな)

本気で抵抗しない自分のことは棚上げして、
跡部の背に腕を回して、ぎゅっと抱き締めた。



終わり


2012年10月06日(土) かわいそうな話  跡→リョで塚←リョ

※U−17合宿での話(手塚がドイツ行く前。時間的に厳しいけど、そういうことにして下さい)


跡部が手塚に絡むのはいつものことだ。
大会の時も手塚を見掛けては、わざわざ絡みに出向く位だ。
周囲もライバル視しているからだと、気にする者はいない。
だけどたった一人、手塚に近付くのを快く思わない奴がいるのを跡部は知っている。
そいつにわざと見せ付けるかのように、
「よお、手塚」と、一人で座っている手塚に声を掛けた。

「跡部か。どうした?」
「お前が暇そうにしていたから声を掛けただけだ。
合宿所まで来て勉強か?ずいぶん余裕だな」
断りもせずに手塚の前の席に座る。
青学の他の部員達は何か別のことをしているらしく、カフェスペースにはいない。
ただ、一人を除いて。

手塚は跡部が座っても気にする事もなく、「休息も必要だ」と答えた。
「むやみやたらに練習すれば良いというものではない。
それにこの施設は様々な資料が揃っているからな」
そう言った手塚の手元には’釣り〜いかにしてぬしを釣るか’という本がある。

「釣りか。当分出来そうにないな」
「ああ。しかしこうして本を眺めているだけでも気分転換になる」
「そうか。じゃ、次貸してくれよ」

ニッと笑って本を掴むと、手塚は動揺することなく「ああ」と頷いた。

なんてことの無い会話。
しかしさっきから苛立っているような視線を跡部は感じ取っていた。
右後方にいる、越前リョーマからだ。


(またそんな気付かれない所に座っていやがる。
手塚に話し掛けたいのなら、さっさと近くに寄って来いよ)

しかし跡部が知る限り、リョーマが積極的に手塚へ話し掛けるのを見たことがない。
今みたいに気付かれないところで、じっと手塚を見守っているだけ。
もっと親しくなろうとする気はないらしい。

まるで届かない月を眺めている子供のようだ。
それでいて手塚に近付く跡部のことは気に入らないようで、敵意のある視線を向けてくる。

(ムカついているのなら行動に起こせよ。
大体、てめえらしくないだろ。考えるより先に行動するんじゃないのかよ)

だけどリョーマはどんなに挑発しえも、手塚塚に近付こうとしない。
望みがないと思っているのか、それとも大切過ぎてそっとしておきたいと思っているのか。

(面白くねえ)

手塚のことだからきっとリョーマの想いには、ずっと気付かないままだろう。
そしてリョーマは遠くから手塚のことを想い続ける。
決着をつけるつもりがないのなら、諦めるまで何年も掛かるに違いない。
ひょっとしたら、ずっとこのまま片思いをしている可能性だって有り得る。

苛々した気持ちを隠して、跡部は手塚の腕に軽く手を触れた。

「跡部?」
「休みが取れたら一緒に釣りに行こうぜ。どっちが多く釣れるか競争しないか?」
「構わないが」
「よし、約束したぜ」

ぎりぎりと奥歯を噛むような音が聞こえた気がした。
kじょの会話を聞いて、煮えくり返るような気持ちになっているに違いない。
それでも邪魔することさえ出来ずに、動けずに座ったままでいる。

(かわいそうな奴)

顔を上げると、ほとんど殺しそうな目で跡部を睨んでいるリョーマが見えた。

(どんなに憎んだって、何も変わらないぜ。手塚には伝わらない。
……俺と同じだ)

リョーマの視界に入る為に手塚に近付いている自分も、同じくらいかわいそうな奴だと思った。

終わり


2012年10月04日(木) 誕生日の話 跡リョ

リョーマが怒るのはいつも自分の言動が原因だ。

突如切られた通話に、またやったと跡部は後悔した。
すぐに掛け直すが、繋がらない。
電源を切ったのかと肩を落とす。
謝罪に出向くしかない。それでリョーマに許してもらおう。いつものパターンだ。
でも今日だけはそんな余裕はない。

(馬鹿だ。……わかっていたはずなのに、リョーマに酷いことを言った)

誕生日にケンカなんてしたくなかった。
会えないのなら尚更だ。
跡部の誕生日には客を招いて盛大なパーティーが屋敷で行われる。
ただの誕生日パーティーではない。
仕事や家の繋がりといった利益が絡んだものだ。
これまでなら割り切って顔を出していたが、今年は事情が違う。
なにしろ口説いて口説いてやっと付き合えた恋人がいる。
二人でささやかなお祝いをして過ごしたいという人並みの願望はあった。
だがそんな我侭が許されるはずがない。この家に生まれた者としての責任は負うべきだと理解している。
ごめんな、とリョーマに謝ったとき、「仕方無いっすよ」とドライな言葉が返ってきた。
強がっているわくでもなく、誕生日に過ごせなくても問題ないという顔に、
がっかりしたことを覚えている。
それでも一緒に居たかったと、愚痴を零してから止まらなくなった。

面倒くさい。お前と二人きりで過ごしたいのにと何度も何度も跡部はそんな事を口にした。
その度にリョーマは「はいはい。でもどうしようも無いでしょ」と流していた。
だけど今日、部活に行く前のリョーマに最後だからと電話して掛けたのは失敗だった。

「今から家へ帰るが、パーティーなんて出たくねえ。青学に行ってお前の顔を見たい」
「何言ってんの。さっさと帰りなよ。準備だってあるんでしょ」
そっけない言い方にもう少し残念に思ってくれてもいいのにと拗ねた気持ちになった。

だからつい、「なんだよ。俺のことなんてどうでも良さそうだな。
誕生日なんて祝いたくないと思っているのか」と言ってしまった。

「それ、本気で言っているんすか?」
低い声に、しまったと思った。だけどもう遅い。
「俺がいつどうでもいいなんて言った?
大体俺がパーティーなんて行くの止めて、一緒に居たいって言ったら困るのはあんただろ!
なのに祝いたくもないとかよく言えるね。
ふざけんな!」

一方的に言って、通話は切られた。

(怒っていたよな……)

当然だ、と跡部は思った。
どうでもいいなんて言うべきじゃなかった。
好きでもない相手と付き合うような奴じゃないことはよくわかっている。
そっけなくしていたのは、跡部に家の用事を優先するよう促していたからだ。
リョーマ本当はお祝いしたいと考えていたかもしれない。
でもそれは口に出せない。
言えば跡部は困るだろうし、行動に移したら立場が悪くなるのはわかっている。


(何やっているんだ。俺は最低だな……)

謝罪に行く時間すらないのが恨めしい。
車のドアを開けて待っている運転手を見て、力無く前へと進む。
明日は朝一で謝罪に行こう。
こんな朝早くから何やってんのと、また怒られるかもしれない。
それでも許してくれるまで謝るつもりだ。
いつだってそうやって、仲直りしてきたのだから。













家へ到着するとパーティーの準備はほとんど終わっていた。
後は来客達が来るのを待つのみだ。
着替えをする為に跡部は自室へと向かう。
この日の為に用意されたスーツに身を包んで、跡部家の一員として相応しい振る舞いをしなければならない。
馬鹿らしいがこれも務めだ。
せめてこの位はこなしておかないと、またリョーマに叱られる。
言いたいことを飲み込んで素っ気無い態度を取り続けていたのは、跡部に責務を果たせるためだった。
だだをこねている場合じゃないと今更ながら気付かされる。

髪型を整え直したところで、ノックの音が聞こえた。

「なんだ」
「景吾様。お客様がお見えになっています」
「誰だ。まだ始まる時間じゃないだろ」
どこぞの家のお嬢様が媚を売る為に早くやって来たのかと、顔を顰める。
しかし「いえ、越前様がどうしてもと言って来ています」の声に、部屋を飛び出す。

「あいつはどこだ!?」
「ここにいるけど」
使用人の後ろからひょこっと出てきたリョーマに、跡部は目を見開く。

「リョーマ!?」
「景吾様。あまり時間はございません。ご注意ください」
一礼して使用人は去って行く。
ここまでこっそりリョーマを連れて来たのには感謝するばかりだ。
事情をよくわかっている者だから、跡部の為にするべきことだと判断したに違いない。
リョーマを部屋に引き入れて、ドアを閉める。
そして「部活はどうしたんだ」と尋ねた。
本当ならまだ練習時間のはずだ。ここに居るということは、部活をさぼったということになる。


「用があるって早退した。
けどさぼりだってバレているから明日グラウンド100周かも」
どうしてくれんのと笑うリョーマに、「だったらなんでここに来たんだ」と返す。
「……お前、怒っていたんじゃないのかよ」
「怒ってるよ。今だって。
けど誕生日にケンカするのもなんか嫌だし、だからここに来た。
俺の所為で不機嫌な顔を晒してパーティーに支障出るのもまずいかなと思って」

ハイ、とリョーマは肩に掛けたバッグから包みを取り出して跡部の手に渡す。

「俺にくれるのか?」
「他に誰がいるんすか。
まあ、俺の少ない小遣いで買えるようなものなんて限られているから、大したもんじゃないけど」
「いや、嬉しい。その、お前の気持ちが」
まさか用意してくれているとは思わなかったから、嬉しさで顔が赤くなる。

こちらの顔を見て、リョーマは小さく笑った。
「本当は明日渡そうと思っていた。
……祝う気持ちはあったよ。だからどうでもいいなんて、言わないで欲しい」
「リョーマ!」

感極まって抱きつこうとした所を、するりと逃げられる。
「おい、何故逃げる」
「スーツ、皺になったら大変でしょ。それに時間ないって言ってたよね?」
「キスするくらいの時間はある」
「馬鹿言っていないで、早く行きなよ。主役が遅れたら格好つかないよ」

俺は帰ると言って出て行こうとするリョーマの腕を掴んで、引き止める。

「あのさ。今はこんなことしている場合じゃ」
「ごめんな」

素直に謝った跡部に、リョーマは目を丸くする。

「お前に酷いことを言った。
祝いたくないなんて、決め付けて悪かった」
「もう、いいよ。あんたがだだ捏ねるのはいつものことだってわかってる」

穏やかに言うリョーマに、やっぱり離したくないなと考える。
どうして自分は一番祝って欲しい人がいないパーティーなんて出なければいけないのだろう。
理不尽だ。

だからつい、
「我侭、もう一個言っていいか」という言葉が零れた。

「え?」
「やっぱり今日、少しの時間でもいいから、お前と過ごしたい。
こっちが終わったら、家に行ってもいいか?」
「終わってって、何時に来れんの?」
「日付を越えることはないだろ」
「さすがに寝てるよ」

笑ってリョーマはドアを開けて、そして振り向く。

「まあ、起きている間に連絡が来たら、もうちょっとだけ待ってやってもいいけど」
「リョーマ!」
「じゃ、頑張って」

再び捕まえようとする前に、リョーマは出て行ってしまった。
それでも待っていてくれると言ってくれたのが嬉しくて、顔がにやけてしまう。

用意は済んだのかと確認しに来た使用人に指摘されるまで、
跡部の顔の筋肉は緩みっぱなしだった。

その後、お開きになると同時にメールを送り、車をすっ飛ばして越前家へと向かう。

出迎えてくれたリョーマはほとんど眠りそうになっていて、話もままならない状態だったけど、
ろれつの回らない声で「誕生日、おめでと……」と言ってくれた。
それだけでも、今年は良い誕生日を迎えたなと思った。


終わり


チフネ