チフネの日記
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2004年06月30日(水) 天使不二と王子 27

(なんで、あんたがそんな風に言うの・・?)

痛む傷に絆創膏を貼って、登校した。
いつもよりギリギリの時間。
桃先輩と会うことも無く、少し走ったりもした。
足が重い理由は、一つしか思いつかない。

(今日はさすがに、部長からの追及があるんだろうな)

運良く?昨日の騒ぎの時に、部長はいなかった。
大石先輩には転んだと主張して通したけど、
部長じゃそうはいきそうにない。
部長の耳にはもう、入ってる。

昨日。
家に帰った後、俺の顔を見て驚いた母さんに連れられ、
病院へと行くことになった。
いいって言ってるのに、聞かなくって。しかもかなり怒っているようだったから、従うしか他になかった。
留守にしている間、部長から電話があったと、菜々子さんに聞かされた。
掛け直す勇気は、さすがに無かった。
どうせ学校へ行けば、また問い詰められるからその時でいいだろうと勝手に決めて、
さっさと寝ることにした。
俺が寝てる間も、電話があったらしい・・・。
だから、一番に呼び出しされるのは間違いない。
その為、ちょっとでもぎりぎりに間に合うかの時間に来たんだけど、
あんまり意味は無いとわかってる。
どうせ練習前に呼び出されることになるだろう。

(また色々、言われる・・・・)

あーあ、と姿勢が俯き気味になる。

あの人、やたらと俺を気に掛けているようだから、
こんな軽率な行動をして怒っているかもしれない。
部員を庇った(つもりじゃないけど。人の学校で好き勝手してた阿久津が気に入らなかっただけだ)ことについては、
咎められないとは、思う。
ただ、どうして他の人を呼ばずに、一人で立ち向かったことの言及は免れない。

(面倒だなあ)
思い切り眉を寄せた部長の顔が浮かぶ。
揉め事起こした罰で、グラウンド走らされたらイヤだ。

そんなこと考えながら、部室へ早足で歩く。
いい加減にしないと、遅刻で走らされる時間になってしまう。

「越前っ!」

不意に聞こえた声に、顔を上げる。
そこにいたのは、しばらく俺に近寄ろうとしない不二先輩だった。

「こんな、ヒドイことっ!」
ぎゅっと肩を掴まれてしまう。
「あの・・・」
「阿久津って奴がやったんだろう?一体、何の恨みがあって君をこんな目に合わせたんだ。酷過ぎるよ・・・」

いつもの不二先輩らしくなく、声を上げて喋っている。
冷静な余裕はそこに無い。

(なんで?俺のこと、見ないようにしてたくせに。
怪我したくらいで、そんなに変わるものなの?)

「えっと、先輩?」
「全く、忌々しい。同じ目に合わせても許せるなんてもんじゃないよ!」

ぶつぶつと阿久津に対して、怒りを向けてるような発言に唖然としてしまう。
これじゃ、本当に俺が傷つけられたことを怒っているように見えるんだけど・・・・。

「あれ?おチビ、と不二?」

菊丸先輩の登場で、呆然としてた意識が戻る。
未だ、先輩の手は俺の肩を掴んでいた。
それに気付いて、さっと抜け出す。

「俺はただ転んだだけっすからー!」
部室へと、急いで駆け込む。

「なんで?」
先輩が掴んでいた肩を、手で触れる。
そこだけやけに熱い気がする。
「今更、俺に構うんだよ・・・」

わけわかんない。
不二先輩って、最初からそうだったけれど。
知れば知るほど、わからなくなる。

先輩のことだけじゃなく、俺の気持ちも。

急に避けられて、腹が立っていたのは本当だ。
けれど今、焦ったように声を掛けてきた先輩に対して、
嫌な感情は一欠けらも無かった。

それどころか、
(嬉しい、って思ってる?)

自分に問い掛ける。

先輩に心配されて、声を掛けてきたこと。
また前みたいに話せるんじゃないかって、どっかで期待してる。
まさか、と否定しても、一旦浮かんだ考えは消えない。

「わかんない・・・・」
どうして、自分がそんなことを思うのか。



「おチビ!着替えは終わったかにゃー?」

勢い良く開けられたドアに、びくっと体を揺らす。

「菊丸先輩?」
「こらー!まだじゃないか!早くしないと遅刻扱いで走らされちゃうぞ!」
早く、早くと急かす声に、俺は慌てて着替えを始める。
そうだ、今はそんなこと考えてる場合じゃない。急がなきゃ。

「あー、あった!」

俺の真後ろで、菊丸先輩が声を上げる。
どうやら、忘れ物でもあったようだ。

「おチビ、着替え終わった?」
「なんとか」
いつもの数倍のスピードで着替え、ラケットを握る。
「じゃ、急ごう!もうそんな時間にゃいよー」
「え、ちょっと!」
菊丸先輩が俺の手を握って、外へと走り出す。
なんか、やたらと良いみたいだ。

「ぎりぎり間に合ったにゃー!」
ちょうど集合の声が掛かったところで、コートへと入る。
その瞬間、部長の顔がこっちに向けられた。

(あ・・・眉間に皺寄ってる・・・)

憂鬱なことを思い出し、とっさに顔を背ける。

「おチビ、行こっ」
「ハイ」

列に並ぶ時、こっそり菊丸先輩の後ろに付いた。
こんなことしても無駄なんだろうけど、出来るだけ部長と顔を合わさずに済ませたい。

(そうだ。不二先輩、は?)
目線だけで列のどこにいるか確認する。
俺のいる位置から、離れた場所に立っていた。

(さっきは声を掛けてくれたけど・・・また元の不二先輩に戻るのかな)
どうしてかわからないけど、俺のことを避けようとしてた。
だから俺も先輩のことを、気にしてやるもんかって思っていたのに。
やっぱり、前みたいに接したい。

(思い切って、聞いてみた方がいいんだろうか)

俺を避けてた理由を、教えてくれそうに無いにしても。
なら、今までみたいにして下さいって。
無理、なんだろうか。

解散の声が聞こえ、皆それぞれ散らばって行く。

部活の時間に、いつまでも不二先輩のことばっかり考えている訳にはいかないから、
俺も自分のメニューをこなそうと歩き掛ける。

「越前。話がある」
「部長っ!?」
何時の間にか背後に回っていた部長に声を掛けられ、つんのめりそうになる。
なんとか堪えて、振り返る。
部長は瞬間移動でもしたのか?って早さでそこに立ってた。
驚いても、しょうがないよね。

「昨日の件だ。練習の邪魔になるから、向こうで話そう」
「・・・・ハイ」

やっぱり掴まっちゃったよ。
これから説教の後、グラウンド走らされるかと思うと足取りも重くなる。
先を歩く部長の背中を追って、コート端へと移動する。

「大石から、だいたいのことは聞いた。
その怪我は転んだというのは、本当か」
「・・・・・・・」
返事に困ってしまう。
だいたいのことを聞いて、何故転んだことが本当か尋ねるんだろう。
阿久津が来たこと、知ってるんでしょ。
ここで俺がそうですと言ったら、部長の目の前でばればれの嘘を付くってことになる。
それでも聞くって、どうしたいんだろ。

「転んだだけっす」

部長の目を見て、真っ直ぐに伝える。
ここで俺の決意を曲げる訳には行かない。
あの阿久津って野郎は、決勝でケリを着けるって決めてるからだ。
今になって、ケンカして殴られたことで訴えるなんて事態にする気は無い。
たとえ、部長に嘘を付くなと怒鳴られても、だ。

数秒、部長と見詰め合う。
目を逸らしたら、負けだ。
俺の意志をしっかりと伝えようと、目に力を込める。

「・・・・そうか。その怪我は転んで出来たものに、間違いないな?」
「ハイ!」
大きく返事すると、眉間に皺を寄せてた部長の顔から、ふっと力が抜けた。

「わかった。この件に関しては、それ以上何も言わない」
「部長?」
拍子抜けするような言葉に、目を瞬かせる。
もっと、問い詰められるかと思ってたのに。

「ただし、今回だけだ。以後は見逃すつもりは無い。そのつもりでいろ」
「はあ・・・」
「全く。お前が怪我をしたと聞いた時は、心臓が止まるかと思ったぞ」

怒った表情なんかじゃなかった。
どっちかというと、苦笑って感じ?

「そんな、大袈裟な」
心臓が止まるなんて、と言うと、部長は真面目な顔して「本当だ」と答える。

「あれほど、トラブルには気をつけろと言ったはずだ」
「そう、っすね」
たしかにその件では、なんの言い訳も出来ない。

「こんなことになるなら、昨日は生徒会に出るんじゃなかったな。俺がその場にいれば・・・・」

なんだか責任を感じてるような発言に、俺は首を振る。

「不測な事態だったから、仕方ないっす」
「越前。もしテニスを出来ないような傷を負っていたら、どうしたんだ。
仕方ないじゃ済まされないぞ」
「スミマセン」

あ、そうか。
青学の柱を託した俺が、テニス出来なくなったら困るもんね。
部長として、心配するのも当然だ。

「勿論、テニスだけの問題じゃ無いが・・・」
「え?」

なんか今、考えていたことと、全く違う発言を聞いたような。
部長の顔を見ると、気まずそうに視線を逸らされる。

「ただ・・・俺はいつでもお前が無事であって欲しいと思ってる。
だから、もう怪我をするな。どんな小さな傷でもだ。頼む」
「・・・はあ」

でも小さな傷って、紙とかでも出来るんだけど。
それに試合中に、故意でもなくボールが当たったり、スライディングして膝を擦りむいたり。
そういうのも含めてだとしたら、滅茶苦茶な注文だ。

けど、必死で訴えてくる部長に、そんなことは言えなくって。
俺は曖昧に頷いてみせた。

「折角、瞼の傷が治ったというのに・・・」
また怪我したことを嘆いているのか、部長はそんな風に呟く。
そして、そっと左手で怪我に当ててるガーゼに触れる。

「痛むか」
「まあ、それなりに。でもテニスやるには支障無いっす」
「当たり前だ。もしそうなら、コートには入らせん」
「うわ、本気っすか」
「ああ」

頷いて、部長は手を引っ込めた。

「話はそれだけだ。いつものメニューに戻るように」
「ウィーッス」

さっきまでの柔らかい雰囲気と違い、引き締まった表情に戻った。
そっちの方が、部長って感じするなあ。

なんかさっきの部長は、違う感じがして、正直戸惑ってしまう。





(あ・・・、不二先輩・・・・)

コートで打とうと移動する途中、不二先輩の姿を発見する。

なんか、菊丸先輩と会話してるみたいだけど、
何話しているんだろ?

もう朝練では、喋る機会無いのかな。

菊丸先輩との会話に集中してるので、ちらっともこっちを見ない。

(今度、先輩が俺を見てくれるのは何時なんだろう)

無理矢理視にでも視界に入りたくなる。
そんなことを、考えた。


2004年06月29日(火) 天使不二と王子 26

竜崎先生も、手塚も、昨日の件について何も触れなかった。
皆、知ってることだから返って不自然に思えたけれど、
公にしないって決めたんだと納得する。

(被害者の越前が転んだって主張してるから、なのか)

荒井と、もう一人怪我したっていう一年はどう思っているのだろう。
一番酷く怪我した越前が何も言わないから、彼等も黙っていることにしたのかもしれない。
都大会で決着をつけると、越前は言い張ったに違いない。
その思いを汲んでそうしたのなら、
(荒井も・・・後輩の意思を汲んでいるんだな)なんて思った。

各自のメニューをこなすようにと手塚の声が響き、それぞれに散らばる。

が、越前だけは手塚に呼ばれ、コートの隅へ移動して行く。
昨日、手塚は生徒会で不在だったはず。
越前のことを聞いて、問いたくなるのは当然のことだ。
相手は都大会で当たる他校生。
しかも越前はテニスで決着をつけると息巻いてる。
事情を聞くと同時に、一言言いたくなるのは当然だ。

当たり前のことなのに・・・僕はその光景を見たくなくて、すぐに目を背けた。
手塚と越前がいるのは当たり前なんだと思いながらも、
二人が一緒にいるのを苦しく思う矛盾。

いつ、解消出来るのか見当もつかない。
早く、二人がいることに慣れないと。
いずれ共に歩んで行く手塚と越前を見ても、笑っていられる位に。

「不〜二。何、ぼおっとしてるんだよ!」
「あ」
後ろから羽交い締めされ、僕は慌てて振り返る。
「おチビのこと、そんなに気になるのかにゃー?」
「そんなんじゃないよ」
背中に張り付いた英二をべりっと引き剥がし、小さく息を吐く。
「よく言うよ、さっき自分が何を言ったかちゃんと聞いてたし。
今だって、おチビのこと見ていたよな」
「英二・・・今、練習中だよ」
会話をしていたくなくて、僕はその場から離れようとする。

けれど、
「昨日の話聞きたくない?」
英二の言葉に、足を止めてしまった。

「おチビから直接話を聞いたんだよねー、俺。帰りも一緒だったんだ」
「英二・・・僕は」

そんなことに興味無い、と言おうとした。
でも続けることなく、ただ英二の顔を見る。

ここは否定するべきだ。
越前に興味も何も無いんだって。

「不二、知りたいんだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「後で、話してやるよ。今は、朝練に集中、集中っ!」

じゃ、っと英二はコートへと駆けて行ってしまった。

結局、僕は何も言えないでいた。
そうだよ。本当は知りたくてたまらない。
僕の知らないところで、昨日どんな事が起こったのか。知りたくてしょうがないんだ。
越前の、ことだから。

ふと視界に白い帽子が映り、顔を上げる。
手塚との話が終わったのか、越前が向こう側を歩いて行くのが見えた。

(結局、無視し切れないんだよね・・・)
すっぱり割り切れない自分に、溜息を付いた。



朝練が終了すると同時に、英二は僕の手を掴んで部室まで走って行った。
「早く着替えないと、話する時間無くなっちゃうよ!」
「英二、だから僕は話なんて」
「ほら、早く!不二も着替えて!」
急かされて、僕らはいつもよりずっと早く着替えを終えた。
そしてまた英二に腕を取られて、校舎へと走って行く。

「先生来る前だから、詳しいことは後でじっくりってことで」
「あのさ、英二」
「なーにー?」
大急ぎで教室に飛び込んで、すぐに席へと引っ張られた。
英二は僕の正面に来るよう、こちらに体を向けている。
「僕のこと、怒っていたんじゃなかったの?」
昨日の態度を蒸し返すと、英二は頭を掻いて笑った。
「あ、それもう取り消し!不二のこと、完全に誤解してたみたいで、悪かった」
「誤解、って?」
「とぼけんなよー」
ぱしん、と肩を叩かれる。・・・・ちょっと痛いんだけど。
「不二の本音はさっきちゃーんと聞いたもんね。そっか、おチビのことちゃんと想ってくれてたんだ」
「英二?話がよく、見えないんだけど」
「おチビを避けてたのは、自分の気持ちを知られたくなかったからだろ?
不二も好きな子に対しては、意外と臆病なんだにゃー」
「あの、それ違」
「大丈夫。おチビの反応見る限り、望みはある。俺が保障する」
ぶいっと、指を立てられて、僕は呆然とした。
「・・・・英二、望みってどういうこと?」
「もう、不二って鈍いんだから!言わないとわからないの?おチビもお前のこと気にしてるって」
「ええっ!?」
思わず立ち上がってしまった。
「不二?」
目を瞬かせた英二が、手で座るようにと指示する。
何人かのクラスメイトの視線を感じ、僕は再び椅子に座り直した。
「本当に、気付いていなかったんだ?」
「そんな、まさか。冗談だろ?」
「いーや。おチビは不二に気があるよ。間違いないね」
うん、うんと頷く英二に、僕は手で口を押さえた。

越前が、僕をだって・・・?
そんなこと、あるのだろうか?

「困るよ」

思わず本音を口にしてしまう。
勿論、英二が聞き逃すはずなく、「なんで?」と問われてしまった。
「不二だって、おチビのこと・・・好きなんでしょ?あ、もしかして先に告白されたら困るってこと?」
「そう、じゃなくって。だって、越前にはもっと相応しい相手がいるのに」
同じ位綺麗な魂を持つ、手塚。人である彼こそ、越前が選ぶ相手だ。
「はあ?不二、何言ってんの?相応しいとか、どうしてお前が決めるんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「おチビの気持ちが一番大事だろ?不二がどう思おうが、おチビが選ぶのならそれでいいじゃん」
「でも、僕は・・・」
例え越前が僕を選んでも、その恋は叶わない。
天に帰る僕を望んだら、悲しい想いをさせてしまう。
彼には幸せになって欲しいと願ってるのに、僕が泣かせてしまうようなことはあってはならない。
英二は僕だって決め付けてるけど、本人から直接聞いたようでは無さそうだ。
まだ気持ちが固まってないのなら、それを変えてしまうようになんとかしなければ。

「あれこれ考えるなって。自分の気持ちに素直になれよ」
ぱしぱしとまた肩を叩いてくる英二に、僕は頷いて見せた。
それだけで英二は納得してくれるだろう。
しょうがない、よね。
素直になったら、彼を不幸にするだけだ。


「で、さあ。昨日、おチビが怪我した件だけど」
「あ、うん」
そうだ。今の越前が僕に気があるとかで、すっかり吹き飛んでた。
この話を聞きたかったんだ。

「俺が部活に顔を出した時、もうおチビは怪我の治療をしてた。
後から、同じように怪我した一年から聞いたんだけど。
おチビはどうやら最初っから、狙われていたらしい」
「山吹中の、阿久津って奴だよね」
こくっと、英二は頷く。
「狙われたって、相手は越前のこと知ってたのか?越前はどうなの?」
「おチビは阿久津のことなんて、知らないって言ってた。
だから試合会場で、知ってたんじゃないかと思う」
「そうか・・・でもどうして越前を?」
「それはわからない。おチビのテニスを見て、潰してやろうと単純に思ったのかもしれないし」
だとしたら、許せないと僕は強く思った。
試合で堂々と渡り合いたいと思うならともかく、学校まで押し掛けて怪我させるなんて。
眉を顰めた僕に、英二は「そうそう」と話を続ける。
「でね。おチビはとにかく大会でケリを付けてやる気満々だから、訴えることも出来なくって。
その日の練習はそのまま終わったんだけどね。帰りに俺と桃とで寄り道してる間に、偶然見ちゃったんだ」
「何を」
「タカさんの恋人」
「え?」
タカさんにそんな相手、いたっけ?
首を傾げる。いたら気付きそうなものだけど。本当に付き合い始めとか?
「そしてなんと、阿久津と三角関係らしいんだ」
「阿久津と!?」
今度はもっと驚いた。
よりによって阿久津と、その彼女と?タカさんに限ってそんな・・・。
ああ、でも彼女が阿久津と別れたがっていたなら、有り得る話かもしれない。
タカさんが阿久津の彼女とは知らず慰めている内に・・・・って、メロドラマじゃあるまいし。

何故、そんなことを知ってるかと尋ねたら、英二はあっさりと話した。
タカさんがデートの為、レストランに入っていったこと。
それを後付けて(乾も一緒だったって・・・何やってんの)、一部始終を目撃したんだって。

「タカさんが待ち合わせしてる相手が、その彼女と阿久津で。
何か話している内に、阿久津の奴、タカさんに水を掛けたんだよ!」
ひどいだろ、と英二は拳を握り締める。
「で、そのまま立ち去ろうとした時に、俺らのテーブルに近付いて・・・」
「何があったの」
「おチビ、阿久津の足を引っ掛けちゃったんだ」
越前らしい、と笑う気になれなかった。
本当に、あの子は自分からトラブルに飛び込んで行くというか・・・。
「阿久津は?また殴られたりしなかったの?」
「うん。なんか笑ってた」
「どういう、こと?」
「んとねー、決勝まで上がってこいって。おチビに向かって、そしたら相手してやるとかなんとか」
「そう。それじゃ向こうもやる気満々って訳だ」
「そういうことになるねー」

英二は、越前に決着つけさせようと思っているだろう。
きっと何の咎めもなかったから、竜崎先生も、手塚も、大石も。

「あ、先生入ってきた!」
また後で、と前を向いた英二の背中を見ながら、僕は考える。

そんな相手、もう二度と越前に近付けさせたくない。
彼は決勝で山吹と当たり、阿久津に借りを返そうと思っているだろうが、とんでもない話だ。
今度はあんな傷じゃ済まない可能性だってある。
無事でいられる保障がどこにある?

ぎゅっと拳を握り締める。

越前に想いを打ち明けることも、応えることも出来ないけれど、
守りたい気持ちは本当なんだ。
彼の意思に背いても、絶対近付けさせたりなんかしない。

(山吹中か・・・)
行動は早い方が良い。
でもまず、英二に阿久津の特徴を聞いてからだ。
それから山吹中に行ってこよう。
(謝罪、しても遅いけどね)

痛々しい越前の顔に張られた絆創膏を思い出し、僕はぎゅっと唇を噛んだ。


2004年06月28日(月) 天使不二と王子 25

英二と仲直りする為のお菓子をちゃんと鞄に入れ、朝練へと向かった。
「おはよう」
今日は昨日よりも遅い時間のせいか、部室にいる人数は少なかった。
「不二先輩、おはようございます」
二年生達から挨拶され、適当に返して自分の荷物置き場の前に立つ。
遅刻する時間じゃないけれど、少し急いで着替え始める。

「・・・で、やっぱり先生には・・・・・?」
「・・・・に訴えれば、出場停止確実・・・・」
「・・・・・・・・怪我した越前が転んだとか・・・・・」
「バカだよな・・・・・」

聞こえてきた話に、僕は手を止める。

「今、越前が怪我したって言った?」

くるっと後ろを振り返ると、二年生の子達がびっくりして肩を揺らした。

「え、あ。ハイ」
「どういう話か、聞いてもいいかな?昨日、何かあった?」
「ええ・・・・・・・まあ」

しどろもどろになってる後輩達をじっと見ると、ゆっくりと今の話を説明してくれた。

昨日、僕が部活に出なかった間、越前が怪我をしたということ。
それもただの怪我じゃない。
今度の決勝で当たる山吹中学の阿久津って男に、ラケットで石を投げつけられた。
越前は同じ一年の生徒を庇ったので、怪我の具合もヒドイそうだ。
その場に居合わせた荒井も、その阿久津に注意した為に殴られたらしい。

「そんなの、先生に訴えるべきじゃないか」
大会前の妨害か?と考える。
選手を潰す為とはいえ、あまりにもヒドイ話だ。

「普通はそう思うっすよね。でも越前の奴が」
「訴えたくないって?」
「ええ。ただ転んだとか言い張ってて。誰が見ても不自然なのに」
「自分で決着つけたいってことか」

こくんと頷いた後輩達に、ありがとうと礼を言って背を向ける。

レギュラージャージを羽織りながら、越前のことだけを考えていた。

怪我の具合どの程度なんだろう。
病院に行くほど?

越前に怪我をさせた阿久津とかいう顔もわからない男に対して、
僕はかなり腹を立てていた。
テニスが出来ないような怪我をしたら、どうするんだ。
イヤ、そういう問題じゃない。
他校にやって来て、部員に怪我させるなんてとんでもない奴だ。
さっさと先生に訴えて、出場停止するべきだ。
越前は望まないだろうが、そんな奴を放っておけない。

部室を出て、僕は大きく深呼吸した。
とにかく、越前の具合をまず確認しなければ。
遅刻ギリギリで来るとしたら、もうそろそろ姿を見せてもおかしくない頃だ。


「あ・・・」

走ってくる小柄な姿を、見付ける。

「越前!」
「不二、先輩?」
顔中に貼ってある絆創膏に、頭に巻かれた包帯。
痛々しい姿に、顔を歪める。
「こんな、ヒドイことっ!」
思わず越前の両肩を掴んで、声を上げていた。
「あの・・・」
「阿久津って奴がやったんだろう?一体、何の恨みがあって君をこんな目に合わせたんだ。酷過ぎるよ・・・」
「えっと、先輩?」
「全く、忌々しい。同じ目に合わせても許せるなんてもんじゃないよ!」
怪我をした越前を前にして、それまで抑えていた感情が飛んでいった。
こんな真似してくれた阿久津をどうしてくれようか。
下界に下ろされたとはいえ元・天使が考えるようじゃないことが、浮かんで来る。

「あれ?おチビ、と不二?」

背後から聞こえて来た声に、黒い思考が止まる。
同時に越前はびくっと体を揺らし、僕の体を押し返した。
「俺はただ転んだだけっすからー!」
弾かれたように、越前は走りだし部室へ入ってしまった。
「あらら?お邪魔だったとか?」
「・・・・・英二」
楽しそうに笑いながら、英二は僕の前に立った。
「忘れ物取りに来ただけなのに、良いモン見ちゃったにゃ」
「何、ソレ?」
「不二の、本気顔。他人に対して声を荒げるなんて、珍しいじゃん」
「・・・・・・・」

絶句する。
僕は、今越前の前で・・・。

「さ、そろそろ集合時間だし?部室行って、ついでにおチビ引っ張って来よー」
そこに突っ立ってて遅刻すんなよ、と英二は右肩をぽんと叩き行ってしまう。

彼の前で、思ったままのの感情をぶつけてしまった。
その事実に気付き、僕は手で顔を覆う。

怪我をした越前を前にして、冷静でいられなかった。
自分が何を口走ったかほとんど覚えてないけど、越前はどう思ったのだろう。

「失敗した・・・」

とぼとぼと歩き出し、コートへと向かう。
のんびりしてたら英二と越前が出てくる。
あまり顔を合わせたくない為、端っこで大人しくする。

「あれ?不二、なんだか元気ないね」
いつでも優しいタカさんが、僕の態度にすぐ気付いて声を掛けてきた。
「なんでもないよ。ちょっと寝不足くらいで」
「そうか。無理しちゃだめだぞ」
「うん・・・」
やがて集合の声が掛かり、僕等は列になって並び始める。
当然、出来るだけ越前から遠い位置へと離れて立つ。
情けないけど、彼の前で今、どんな顔をしたら良いかわからない。
あのまま、越前も僕のことなど気に止めなければいいんだけどな。


2004年06月27日(日) 天使不二と王子 24

朝練が終了し、部室へと歩き出そうと僕は足を踏み出した。
「不〜二っ」
がしっと、後ろから肩を掴まれる。
この声は、英二だ。

「ちょっと、聞きたいことあるんだけど。いいかにゃ?」
フザケタ口調だけど、英二の目はまっすぐ僕を見ている。
「いいけど。遅れるのはまずいよね。歩きながら話してくれる?」
「うん」
並んで僕らは、歩き出す。
3年生は片付けをしなくてもいいけれど、それでものんびりしてはいられない時間帯だ。
朝練してたから、では遅刻の言い訳にならない。

「あのさ、気のせいじゃないと思うんだけど。
不二、ここのところおチビのこと避けてるだろ」
「僕が・・・?」
とぼけてみせたが、無駄だろう。
少し前までは会話を交わしてたくせに、今は一切接触が無い。
英二もそれに気付いているようだ。
「そのくせ、おチビのことはよく見てるよね?」
「そう?僕にはそんなつもりは無いんだけど」
これも嘘。
出来るだけ見ないようにしているけど、僕の目は無意識に越前を追っている。
もちろん目が合う前に、さっと逸らすのが常だけど。
「あのさ。もしかして、おチビとケンカでもしてんの?」
「まさか」
「だったらなんで?不二とおチビ・・・結構仲良さそうに見えたのに、最近一言も話してないだろ」
「会ったら挨拶くらいはするよ」
「不二!」
茶化した言い方が気に入らなかったのか、英二は声を上げた。
通り過ぎた部員達が何人か振り返る。
「本当に、なんでもないから」
「・・・・・・・」
「ほら、早く着替えよう。急がないと、後から来る一年生達が入れないよ?」
英二は無言で前を向き、早足で部室へ向かってしまった。

(これは怒らせた、かな)
へそを曲げた、が正しいかもしれない。
教えてもらえないので、拗ねている。
英二とこういうやり取りをするのは珍しくないので、放っておくことにした。
しばらくしたら、何事も無かったように話し掛けて来る。
それまでそっとしておくのが一番だ。

不二は、秘密主義だからなと知り合った頃からよく言われた。
自分の存在自体が秘密を抱えている僕としては、
あまり本音を語ったりしない。
その件で英二と出会った頃はよく衝突をした。
にこにこ笑っているけど、何考えてるかわからないともハッキリ言われた。
実際そうだったから、反論はしなかった。
しばらくしてから英二は、僕にも触れられたくないことがあると察して、
前ほど口出しはしなくなってきたけれど・・・・。

(英二はよく越前に構っているから、今の状況が余計気に入らないんだろうな)

けれど、前と同じように越前に接することは出来ない。
近付いたら、きっと僕はあの美しい魂に惹かれてしまう。
人として生きて14年、こんな気持ちは初めてで、僕は自分を止める自信が無かった。
間違っている気持ちを無理にでも諦めなければ、どうにかなってしまいそうだ。

本当は手塚が羨ましい。
越前に気に掛けてもらえる実力を持ち、人として一緒にいれる権利も持っている。
同じくらい美しい魂を持つ者同士、並んでいるのはとても自然に思える。
手塚が自分の気持ち通り行動して、越前が手塚を選んだら、二人は離れることはないだろう。
それが羨ましくて、妬ましい。
僕には決して叶えられないことなのだから。






「英二。大石には言ってあるけど、委員会へ出るから部活には出られないんだ」
放課後になっても、英二の機嫌は直らないままだ。
僕らは今朝からずっと口を聞いてない。
部活へ向かおうとする英二に声を掛けたけど、返事も無い。

(明日は、英二の好きなお菓子でも持って来ようかな)

このままでいるのも気まずい。
話の切っ掛けを掴むには、英二の好きな物で釣るのが一番だ。
それに二年ちょっとの付き合いから、英二が今何を考えているかわかってる。
今の態度はしまったなと、反省している頃だ。
僕から仲直りするよう働き掛ければ、すぐに元通りになれるはず。いつものパターンだ。

そうしよう、と鞄を掴んで委員会へと向かう。
廊下を歩いている途中、テニスコートが見える場所に差し掛かり、ふっと立ち止まる。
練習はまだ始まっていない時間なので、整備している一年しかいない。
その中に越前の姿は無かった。

つい、無意識に僕の目は帽子を被った彼を探してしまう。
苦笑して、また歩き出す。

遠くから見守る位は、許してもらえるだろうか。
決して、彼の人生に関わることはできないけれど。
彼には幸せになってもらいたいと、心から願っているんだ。

越前のことを考えていたくせに、僕はこの時彼がどうなっているか気付きもしなかった。
もしその場にいたら、越前を守っていた。
怪我させたりなんかしなかった。
翌日の彼を見て、僕はどうしてその日に限って部活に出なかったのだろうと、とても後悔することになる。


2004年06月26日(土) 天使不二と王子 23

昼まで寝ていようと考えていたのに、
くそ親父が起こしに来たおかげで台無しになった。
折角の休みなのに、なんだよ。
気分は最悪。

無理矢理車に乗せられ、到着するなり荷物と共に放り出される。
「キャー!リョーマ様よー!」
でかい声に、思考が固まった。
コーチしてもらいって・・・・この二人のこと?

後で親父を締めてやる、絶対にだ!

しょうがないから、二人のフォームを見る。
ちょっとの間だけなら、退屈凌ぎになるだろう。

その後、竜崎の飛ばしたボールでとんでもない事態になるなんて、
その時の俺は何一つ予想していなかった。








「おかえりなさい。リョーマさん」
「ただいま・・・・」
「おいこら、青少年!あのボールはどうするんだ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら後に続いて来た親父を無視して、冷蔵庫からファンタを取り出す。
聞いてんのか?と肩を捕まれた手を、払ってやった。

「いいじゃん。予備のボールを買ったと思えば」
「そうじゃなくて、誰が車から降ろすんだ!?」
「おじ様、どうしたんです?」

ただごとじゃない様子に、菜々子さんが目を瞬かせている。

「ちょっとね、ボールを大量にもらっただけ」
「まあ、どちらで?」
「そういえば名前聞いてない」

なんだったっけ、あの連中。
どっかの弱い学校だろ。もう2度と会うこともないから、気にする必要もないな。
え?と首を傾げる菜々子さんに、なんでもないよって返す。

「ちゃんと車から降ろしておけよ!わかったな!」
言い捨てて、親父は縁側に向かって行く。
「・・・・・・・・・・」
当然無視するに決まってる。
車使うのは親父なんだし、なんとかするだろう。
それより、ご飯前に風呂にでも入るかと考える。

コーチして帰るだけだったのに、思わぬ連中の相手して少し汗をかいてしまった。
やっぱり先に入った方がいいかな。

「菜々子さん、お風呂沸いてる?」
「はい。すぐに入れますよ」
「じゃあ、先入って来る」

どうぞ、と言った後、菜々子さんはちょっと待ってと俺を呼び止めた。

「そう言えば、先ほどリョーマさんに電話がありましたよ」
「え?誰から?」
「部長の、手塚さんって名乗られてましたが」

その名前にぎくっとして、風呂場に向かっていた足を止める。
やばっ。そういや昨日、ちゃんと休息を取っておけとか言われてたような。

呼び止められた時は、ばあさんの話してる間に欠伸してたのを怒られるのかと思ってた。
でも違っていて、部長は真顔で明日はきちんと休むようにと言ったんだ。
俺はそれに対して頷いたんだけど・・・。
今日やったことって、部長の言い付けを破ったってことになるのか?
即座に「グラウンド50周!」と言い放つ部長の顔が浮かぶ。

「菜々子さん。部長、何か言ってた?」
菜々子さんに尋ねると、
「また掛け直すって、おっしゃってましたよ」と返される。
掛け直し?
なんだろ。
緊急の用事でもあったのか?

そこへタイミング良く電話が鳴った。

「俺、出てみる」

多分、部長だって俺の勘が告げている。
噂をすれば、なんだっけ。
日本でそんなジンクスあったよなと思いながら、受話器を取った。

「もし、もし?」
「越前さんのお宅でしょうか?」
聞えてくる声は、紛れもなく部長のものだ。
「部長、俺っす」
何を言われるんだろ。
さっきまで出掛けていたこと、怪しまれてるのか。
それとも明日の部活のことで何かあるのか。
緊張しながら、受話器をぎゅっと握り締める。

「突然、電話などして済まない。
これは、その決してプライベートを詮索しようとか、そういう意味じゃないってことだけはわかって欲しい」
「は・・・あ?」

意味不明な前置きに、ぽかんとさせられる。
わかって欲しいって、何を?
あんたの言ってる言葉自体、わかんないんだけどと言いそうになるのを堪えた。

「えっと、何の話っすか?」

小さく咳払いした後、息を吐いているのが聞こえる。
そんな心構えが必要なこと言うのだろうか?
もしかして、また試合の申し込み・・・って、前の時は普通に告げていたような。

「今日は、そのしっかり休息を取ったのか?トラブルに巻き込まれていたりは、しないよな?」

やっぱりその件か。
ボールを大量に奪ってやった連中のことが頭に過ぎる。
まさか、見られていたってことは無いよな?
あ、でも見てたなら、部長は止めに来たはず。
じゃ、大丈夫か。

「何もありません」

さらっと答える。
明日、竜崎達に口止めしておこう。

「そうか・・・・そうだよな。良かった」

部長の声はものすごくほっとしているように、聞こえた。
そのことに、少しばかり心が痛むがもう取り消すことは出来ない。
でも、なんでこんなことわざわざ聞いてくるんだ?
他の部員、全員に休みを取ってるか確認の電話中?

「全員にそんなこと、聞いて回ってるんすか?」
素直に尋ねてみると、答えは返らず沈黙が続く。

「もしもし?部長?」
じれったくなって、呼び掛けてみる。

「・・・聞こえている。スマナイ。どう答えるべきか、迷っていただけだ」
「はあ」

なんか変なの。
部長って、普段はこんな風に迷ったような言い方をしないのに。
前に、送ってもらった時も話し方、変だった気がする。
一対一の付き合いが下手な人なのかなあ?

「明日、誰かに確認したらわかってしまうので言っておこう。
俺は、全員に休息を取っているかどうか確認を取っている訳じゃない」
「はあ。じゃあレギュラーだけ?」
「それも、違う」

また、それきり黙ってしまう。
段々、クイズのヒントを貰ってる気分になってきた。

「ええっと、じゃあ電話を掛けたのは、俺だけ?」
「・・・・そういうことになる」

なんで言い辛そうにしているのかが、さっぱりなんですけど。
要するに話半分聞いてるかどうかわからない後輩に、ちゃんと休息取ってるか確認してるだけなんでしょ。
心配症だなあ。
・・・・まあ、たしかに面倒を起こしてたけど。

「しょうがないっすね。部長から見たら、俺は問題児でしょうし」
「越前?」
「でも戦力に影響するようなことは、本当に何も」
無かったって、言うつもりだった。
けど先に部長の声に遮られてしまった。
「そういう意味じゃない。俺は部活やテニスに関係なく、お前のことが――」

そこでまた部長は言葉に詰まったみたいだ。
何度目かの沈黙を、俺からは何も促さず部長の言葉を待つ。
だって電話越しとはいえ、なんか焦ってるみたいな部長って面白いし。

「だからといって、詮索しようだなんてこれっぽっちも思っていない。それはわかるな?」
念押しされてもなあ。
そんなこと、部長に対して思うわけないじゃん。
ただ純粋に心配してくれてるんでしょ?わかってるよ。

だから素直に「ハイ」と答えた。

「そうか、ならいい」

詮索好きって思われるの、相当イヤなんだな。
はあ、なんて安堵の溜息がバッチリ聞こえてくる。

「済まなかったな・・・・色々、おかしなことを言って」
「気にしてないっすよ。俺の方こそ知らない間に心配掛けてるみたいだし。
こんな電話までしてもらって」

よっぽど俺のことで頭悩ましているに違いない。
もしかして俺が入学したせいで、眉間の皺が更に増えた可能性もあるんじゃないだろうか。

「いや、好きでやったことだ。その、電話して迷惑だったか・・・?」
恐る恐るといった声に、何で?と思いながらも否定する。
「別に迷惑とは思ってないっすよ。なんか面白かったし」
「面白い?」
「あー、えっとこっちの話」

支離滅裂な部長が面白いですとはさすがに言えない。

「だったら、また・・・電話しても、いいか?」
「え?別にいいけど」

また俺の行動の確認をするのか。
ここでイヤだって言ったら、今日のことも疑われそうだったので了承する。
それに部長だったら無駄な長話も無さそうだから、電話くらい構わない。

「そうか、ありがとう」
お礼言われるようなことかと首を傾げたが、まあいいかって適当に相槌を打った。

「それじゃ、明日の朝練に遅刻しないようにな」
「ハイ」

ふぅ。
受話器を置いて、一息つく。

今日のこと、ばれたら部長の血管は間違いなく切れるな。
気をつけよう。

お風呂に行く途中だったのを思い出し、歩き始める。

部長って、自分が一年だった時もこんな心配されたりしたのかな。
あ、でもあの人が問題なんて起こすわけないか。
きっとその時の部長は、安心していられたに違いない。

自分と違い過ぎるから、俺のことを気に掛けてるのかもね。
大変だな、なんてふっと笑いそうになる。

不二先輩に言われたせいで、俺を送ったり。
責任感がとても強い人だ。
その所為で損することも多そうだけど、本人は別に構わないって満足しそう。

少なくとも部長は・・・・不二先輩みたいに、ある日突然俺のこと興味なくなったなんて態度はしない。
そこにいるのに、見ない振りなんて。

って、なんで俺、部長と不二先輩を比べてんだろ。

そうだよ。
あんな中途半端に俺に関わってきて、知らんぷりしてる人のことなんて、もう考えるのやめるんだから。



『うん。誰とも、付き合う気は無いから』


それでも無視しきれないのは、あの時の先輩の顔があんまりにも寂しそうだったからだ。

不二先輩は、ずるい。
俺だけあの時の先輩の表情を忘れられずにいるのに、
俺のことなどこれっぽっちも見てくれない。

ずるいよ、と声に出して呟く。

どうしたら、俺も先輩のことを無視出来るんだろう。


2004年06月25日(金) 天使不二と王子 22




都大会決勝で毎日の練習は更に厳しくなっているが、
きちんと休息ことも必要だと竜崎先生は日曜の部活を無しにした。
そう言っても、自主練に励む奴もいるだろうけど。

僕は予定も無く、外を歩いていた。
欲しかった写真集が発売されているから、本屋には寄ろうと考えているくらい。

(少し前に、越前と会ったことがあったな・・・)

あの時も特にやることもなく、景色を眺めながら歩いていた。
愛猫のカルピンを必死で探している越前に出会って、一緒に行動を共にした。

今の僕は、あの時みたいに彼に手を伸べることは無い。
もう必要以上、関わらないと決めたのだから。

(そうすることが、越前の為でも、僕の為でもあるんだ)

いつか帰る場所を見上げる。
大丈夫。僕は特定の誰かに恋なんかしない。
僕は越前に相応しい人を、後押しすることを考えている。
だから安心して見ていれば良い。
自分の痛みに鈍くて、危なっかしいあの子を、見守っていきたいんだ。

「あれ・・・・?」

考え事をしていたら、いつの間にか本屋に到着していた。
そのまま店内に入って、お目当てのコーナーへ移動する。
と、そこに見知った人物が立っていた。

「不二?」
「手塚。・・・偶然だね」

手塚は、どこかの山の風景が表紙になってる写真集を手に持っている。
ずっと前に登山が趣味だって聞いたことを思い出した。

「君のことだから、てっきり休みをもらっても練習してるかと思ったよ」
自主練をしそうだと思っていたのは、手塚と海堂と、乾と・・・越前だ。

もしかして手塚が今日の休日、越前を誘っているんじゃないかって密かに思っていた。
手塚のやるだから、もちろんデートにって意味じゃない。
この男にそんな甲斐性があるくらいなら、僕がけし掛ける必要は無いんだけど。
随分な評価だが、本当のことだから仕方ない。
けれど最低限、「一緒に打ち合いしないか?」くらい、出て来てもいいんじゃないか。

昨日の帰り際、手塚が越前を呼び止めたのを、僕は見ていた。
どんなことを話しているかまでは聞くつもりは無かったので、勿論すぐに立ち去った。

これで何か進展するかもしれない。
そんな風に考えていた。

けれど、手塚は今ここに一人で立っている。
周囲にも越前がいる様子は無い。
もしかして手塚は越前に、誘いを断られてしまったのだろうか?
デートの誘いならまだわからない、手塚にテニスをしようと言われ、越前が断るなんてあるのか?

その答えは、すぐに判明した。

「竜崎先生が休息しろと言っていただろう。
今日は自主練習もしないことに決めた」
「あ・・・・そう」
真面目に答える手塚を前にして、一瞬僕の思考が固まった。

「不二?」

しかし怪訝そうな顔で僕を覗き込む様子に、すぐに持ち直す。
何でもないと答え、小さく咳払いして誤魔化す。

自主練習しないって決めたって・・・?
だったら、一体?

「昨日、越前を呼び止めたのは、練習に誘ったからじゃないんだ?」

見ていたのか、とも聞かずに手塚は答えを返す。
余計なお世話だが、少しは相手が何故こんなことを聞くのか考えた方がいいんじゃないだろうか。

「竜崎先生が話している間、越前は欠伸をしていたんだ。
だから今日はちゃんと休むようにと、俺から先生の意向を伝えたのだが・・・その時も眠そうにしていたな」
全く、と手塚は溜息をつく。

こっちが溜息をつきたいくらいだ。

それだけか。
休日を前にして、言うことはそれだけなのか。
疎過ぎるにも程があると、僕は頭を抱えたくなってきた。


「あのさ、手塚。越前にはそういうやり方は通じないよ?」
「どういう意味だ?」
「だから眠い時の越前は、人の話なんて半分も聞いていないんだって」
眉間に皺を寄せた手塚に、僕は小声で言い聞かせる。
「本当に休ませたいと思ってるなら、練習しないように見張っておくしかないよ」
「見張る?」
「そう。例えば気分転換にどこか連れ出すとか。
適当なこと言って、約束すれば良かったのに」
何故そんな必要がと、ますます手塚は皺を増やす。

この鈍感野郎は、それを切っ掛けに外で会おうとか思わないのか。
・・・・思わない、だろうな。

竜崎先生の横で、越前に視線を向けてた自分にすら気付かない。
手塚らしいっちゃ、らしいか。

だからわざとらしく、僕は肩を竦めてみせた。

「君ね、青学の部長だろう?そして越前は青学の大事なルーキー。
そこの所わかってる?」
「不二、何が言いたい?」
「だから、その大事な一年生を管理するのは君の役目だろう?それ、ちゃんと理解してる?」
「どうして、俺が」
うろたえる手塚に、僕はずいっと顔を近付けた。
もうちょっと押す必要がありそうだ。
手塚は責任とか、義務とかそういう言葉に弱い。
その辺を突ついて、丸め込めば越前に近付くようになるだろう。
「越前は部長の君には一目おいてるようだし。目の前で見張ってたら、無茶もしないと思うよ」
「そうか・・?」
「あーあ、でも今日は一緒にいない訳だし・・・越前、ちゃんと休息を取っているのかなあ?」
目を見開いた手塚が可笑しかったけれど、僕は真面目な顔を作って肩に手を置いた。
「電話してみたら?気になるんでしょ」
「あ、ああ・・・」
手に持っていた写真集を、手塚は慌てて元へ戻した。
「全く、ちゃんと部員の面倒くらいみなよ」
「そうだな」
あーあ、電話はするけれど、「今日は休んだか?」の一言で終わりそうかな。
それでも、構わない。
ちょっとでも二人が接点持つことが大事なのだから。

じゃあな、と手塚は足早に本屋を出て行った。
背中を見送りながら、僕は小さく苦笑した。

わかってる。僕は自分の感情を振り切る為に、手塚を利用しようとしてる。
だって越前が手塚とくっついてしまえば、もう何も考える必要はなくなる。

ただ黙って見守るだけに、なれそうだ。
多分。


写真集を見る気にもなれず、僕もすぐ本屋を出た。
そしてそのまま家へと帰ると、「早かったわね」と母の声が僕を迎えた。


2004年06月24日(木) 天使不二と王子 21

弟として生まれた裕太を、
僕は僕なりに大切にしているつもりでいた。
いつか天へ戻っても、
不二家の人達は家族だと胸を張って言える。

だけど。
常に僕と比較され続けていた裕太は、
いつからか僕に対して距離をおくようになっていた。
そして、ルドルフへの転校。
引き止めることすら出来なかった。

もっと、上手いやり方でもあったのか。
余計なことを言って、これ以上裕太に嫌われたくなかった。そう思うのは言い訳だろうか。


越前とコートで向かい合う裕太の顔を見ながら、考える。
最後に、楽しそうな顔をしてる裕太を見たのは、いつだったのか。
それすら、思い出せない。

(ちょっと悔しい、かな)

あっさりと裕太の素顔を引き出した越前に、
少しばかりの嫉妬を感じる。
それと、感謝と。

この後、裕太に声を掛けてみよう。
そして今日の試合のこと、今までのこと。
話したいことは沢山ある。

(その前に、やる事が残っているけどね)

ベンチコーチをしている対戦相手を睨み、
どうするのが一番効果的か考えた。





無事、僕らは関東大会への切符を手に入れた。
まだ大会は続くけれど、今日の勝利を皆、喜んでいる。

「手塚。先に帰っていいかな?」
裕太に声を掛けたら、態度はまだぎこちなかったけれど、
家には帰ると返事をしてくれた。
嬉しくて、自宅へ今から裕太と帰ると連絡したら、
迎えに行くから待っててと、姉さんの返事。
裕太と二人で姉さんの到着を待とうってことになった。
だめだとは言われないだろうけど、一応手塚に断りを入れる。

「もう帰るところだから、構わない」
多分、僕が弟と帰ることに気付いたのだろう。
何の詮索もなく、あっさり承諾された。

ふと、すぐ後ろで越前が大きく欠伸しているのが、目に入る。
今日の試合で、きっと疲れたのだろう。

「ねえ、手塚」
「なんだ」

‘手塚と越前の距離を縮めてやろう’
そんなことを考えていたせいか、僕は自分でも思ってもいないことを口に出した。

「越前のことだけど・・・」
「あいつがどうかしたのか?」
変わらないように装ってて、すぐに越前の名に反応する辺りが面白い。
「ちゃんと見ててあげなよ。随分疲れているようだから」
「そうか?」
「うん。気を付けないと、家に帰る前にその辺で寝てるかもしれない」
部活中でも疲れると、どこでも寝てる越前を思い出したのか、
手塚は神妙に頷いた。
「一人で帰れないようだったら、送ってあげなよ。
部長としての役目なんだから」
「そう、だな」
公私混同を嫌う手塚に、さりげなくこれは部長としてだと念押しする。
後は責任感に駆られて、勝手に越前の面倒を見るだろう。

「それじゃ、お先に」
越前の方を見ないようにして、その場から足早に去る。

「兄貴?なにか、言われたりしたのかよ」
待っていてくれた裕太が、怪訝そうな声を出す。
「え?そうかな」
「いや、別に」
さすが身内をやっているだけあって、僕の微妙な変化に気付いたらしい。
「気遣ってくれてるんだ。裕太は優しいね」
「そ、そんな訳ねえだろ!」
声を上げて否定する裕太に、笑顔を向ける。
裕太とこんな風に会話出来て、すごく嬉しいよ。
その気持は本当。

越前のことは、手塚に任せておけばいい。
そうだ。自分でけしかけておいて、落ち込むなんてバカげてる。
もうあの二人をくっつけようって、決めたんだから。









5−0からの逆転。
わざと相手に屈辱を与える不二先輩に、容赦無いなあ、なんて思ってた。
相手に同情なんてしないけどね。
関東大会へ進めることができるなら、問題無い。

閉会式が終わって、不二先輩は弟と帰るとかで先に帰って。
俺はその後、先輩達とバスに乗り込んだ。


「越前」
名前を呼ぶ声と、揺さぶられる肩に目を開ける。
「あれ?」
目の前には眉間に皺を寄せた部長。
やばい。練習中に寝てた?
慌てて体を起こすと、自分が制服姿だということに気付く。
あ、そうか。
都大会の帰りだったっけ。
バスの中で熟睡して・・・・記憶が飛んでる。

「起きたか」
すぐ前にいる部長の存在を思い出し、こくんと頷く。
ベンチに俺は座っているけど、なんで部長は立ってんの。
それと、同じバス停じゃなかった気がするし。
「部長。桃先輩は?」
俺と同じ方向なのは、桃先輩だけだ。
一緒のバスに乗ってた桃先輩がいないのは、変だよな。
「桃城なら用事があるとかで、先に帰った」
「そうっすか」
なんだ。
腹減ったから、何か奢らせてやろうと思っていたのに。ばれたかな。
「で、部長は?何してるんすか?」
続いて部長に質問すると、溜息が返ってきた。
「お前が起きないから、待っていたんだ」
「そーっすか」
用事があろうが、桃先輩に「起こしておけ」とでも言っておけばいいのに。
部長としての責任感が強いのか、要領悪いだけなのかわからないなあ。
「もう、歩けるな?」
「・・・っす」
そのまま部長はバスに乗っていくものだと、思っていた。
けれど自分の分と、俺のバッグを肩に掛けるのを見て、慌てて引き止める。
「部長、それ俺のっす!」
「そうだな」
「そうだなって・・・。持って帰ってどうする気なんすか!?」
取り返そうと、自分のバッグを掴む。
放っておいたら、返してもらえない気がしたからだ。
「俺の家に持って帰る訳無いだろう」
「だって」
「着いたら、ちゃんと返すから安心しろ」
「え?」
「お前の家へは、どうやって行くんだ?」
瞬きして、今の会話を思い返す。
着いたら、返すって。
俺の家に着いたら?
それまで、バッグを部長が担いでるってことは・・・。

「越前?どうした?」
沈黙した俺に、部長がまた眉間に皺を寄せる。
アレ、跡ついちゃうんじゃないかな。

「あの、俺。一人でも帰れますから!」
どうやら部長は俺を家まで送っていこうとしてるらしい。
それがわかったから、丁重にお断りを申し出る。
こんな所、誰かに見られたら(うるさそうな二年生の連中とか)困る。

「そうはいかない」
なのに部長は、聞き入れてくれない。
送るから、と繰り返す。
部長としての使命感かもしれないけど、ちょっとやり過ぎにも見える。
まっすぐ家に帰るだけなんだから、そんなに心配することないのに。
「本当に大丈夫です」
そう繰り返してもう一度バッグを引っ張るけど、部長は「いや、俺が持つ」と言って譲らない。
いや、じゃないだろ。

「どういうことなんすか」
じれったくなって問い質すと、部長の肩が少し揺れた。
びびってんの?違うか。
「さっき、不二が」
「不二先輩?」
なんであの人の名前が出てくるんだ。
「疲れているようだからって。ちゃんと見てやれと言われた」
「な、んだよ。それ」
不二先輩が部長にそんなこと言った?
俺のこと見ようともしなくせに。
俺の知らないところで、勝手なこと言うな。
「たしかに眠そうにしていたからな。ちゃんと家に帰るか、見届けておくべきかと。
荷物も重そうだから・・・持ってやろうと思っただけだ。」
「そーっすか」
それもよりによって部長に言うか?
真に受けてこんなんになっちゃってるじゃないか!

「越前?」
俺の低い声を不審に思ったのか、部長ははちょっとおろおろしてる。
…部長のせいじゃないんだけどね。
全部、不二先輩が余計なこと言うからだ。
あーあ、と小さく息を吐く。
「平気ですから」じゃ、通じないだろうな。
部長だし。
今も俺のバッグ離そうとしていないし。
「俺の家まで、行くってことっすよね?」
「そうだ」
「遠回りっすよ?」
「わかってる」
・・・・仕方ない。

「それなら、こっち」
家へ歩く方向を指差す。
部長がそっち向いた間に、自分のバッグをくいっと引っ張る。
「一緒に来てもいいけど、これだけは返して下さい」
「だが・・・」
「これ位、平気っすよ。本人が言ってるんだから、もういいじゃないっすか」
でしょ?ともう一度引っ張ると、渋々といった感じで返される。
後輩の鞄を、そんなに持ちたいなんて変なの。

「じゃ、行きましょうか」
ようやく自分の肩にバッグを担いで、歩き出す。
当然、部長も俺のすぐ横についてきた。

「部長って、大変な役割っすね」
しみじみと思う。
部のことを考えるのが部長だからって、これじゃお守みたいなもんだよ。
今回は不二先輩が余計なこと言ったのもあるけど、
誰かが何か言う度これじゃ身がもたないんじゃないの。
「そうか・・・?」
とぼけている風でもなく、部長はわずかに首を傾げた。
そうだな。この人なら苦労も苦労と思わないかもしれない。
「そうっすよ。こんな面倒なこと、誰かに押し付ければいいのにさー。部長権限とかで」
「面倒だとは、思っていないんだがな」
苦笑する部長に、そうですかーなんて思う。
ほら、この人は後輩の世話をやくことなんて面倒じゃないんだ。
「部長にしたら、当たり前のことっすか」
「そうでも無い」
「え?」
顔を上げて、横顔を見詰める。
どこかバツが悪そうに視線を逸らした部長は、口の中で何かもごもご言っている。
「あまり・・こういうことには慣れていない、と思う」
「そうなんすか?」
「ああ。どちらかというと、大石の方が手馴れている」
さすが青学の母ってとこか。
あれ?でもだったら、今日に限って何故部長が俺の面倒みているんだろ。
・・・もしかして、柱なんて言ったから?
期待の後輩は俺が面倒みる、なんて思いこんでいるのかもしれない。
有り得る。

ご苦労様だね。
責任感の強い部長に、内心で労いの言葉を掛けた。


2004年06月23日(水) 天使不二と王子20

予想通り、6−0で、越前は勝った。
S3の彼が勝ったことにより、青学は準々決勝へとコマを進めることになる。


「よくやった、おチビー!」
両校の挨拶が終わり、さっそく英二は越前に抱き付こうとした。
だけどさっとかわされる。
「なんで避けるんだよ!」
「重いから」
むっとしたような越前と、どうしてと騒ぐ英二。
いつもの光景に苦笑する。
と、そこへ電信柱のような人影が近付く。
手塚だ。
何か越前に一言だけ行って、すぐに立ち去ってしまう。
多分、「よくやった」と声を掛けたに違いない。
たったそれだけしか会話(にもなっていないんだけど)出来ないのか。
どこへ行くのか、歩き続ける手塚の後を追う。

「手塚」
振り向いた手塚に、早足で追い付く。
「試合前に、どこへ行くつもり?」
「・・・・・飲物を買うついでに、他校の試合を見ておこうと思って」
「へぇ」
越前に声を掛けた直後だからか、手塚がわずかに動揺していることに気付く。
最も変化に気付くのは僕か、データ収集家の乾くらいか。

「他校の試合なら、僕も見ておこうかな」
手塚は何も言わず、歩いている。
好きにしろってところか。
そのままお互い黙って歩いていると、すぐ前に見覚えのある光景が広がっていた。

「相変わらずのようだね」
「そうだな」
フェンスをぐるっと囲む応援。
氷帝学園だ。遠くからでもすぐにわかる。
ちょうどそこに休憩所があったので、手塚と一緒に座って試合の様子を眺めることにした。
騒がしい雰囲気の中、氷帝の選手は臆することなく試合に臨んでいる。
対して相手校の選手は落ち着かなさそうに、周りをちらちら見ていた。
これは勝負あったな。

「次は準々決勝だね」
コートを見ている手塚に話し掛けると、視線はそのままで頷いた。
「決まれば、関東に行ける。重要な試合だよね?」
「そうだな」
「竜崎先生がどんなオーダーにするか楽しみだな。
まさかとは思うけど、越前がダブルスを組んだりして」
けほっと、手塚はむせてしまう。
越前の名前を出されただけで、この動揺っぷり。
・・・・面白過ぎるよ。
「あいつにはダブルスは無理だ。そのオーダーだけはあり得ない」
「そうかなあ」
「そうだ」
きっぱりと告げる。
わかっているのかな。
そんなムキになって否定することは、今まで無かったって。
『それは無いだろう』位で、終わっていたはずだ。
変わったなあ、と思うのがこんな時だ。
「越前は面白い存在だね」
「は?」
「彼の影響は大きい。そう思わない?」
「そうだな。たしかに越前が入部してから、士気は上がっている」
そういう意味だけじゃないんだけどな。
まあ、いいかと僕は試合を見ているふりをした。

さっきの試合が始まる前、手塚と越前はほんの少しの間席を外していた。
戻ってきた二人に、隠すようなことは無かったってすぐにわかったけれど。

なにか嫌な気持ちが、僕の心を支配していた。
そんな感情は、間違っているのに。

人間の姿をしている僕が、気付いてしまうほど美しい魂の二人。
手塚は越前を。
越前だっていずれ手塚に惹かれるに決まっている。

それなのに何故、僕は二人の距離が縮まっていくのを、素直に喜べないのだ。
間違ってると、もう一度考え、僕はある決意を固めた。


さっさと手塚と越前をくっつけてしまおう。
二人が一緒にいることが当たり前になれば、きっとこんな感傷に似た気持ちは消えるに違いない。
誰にも・・・僕にも邪魔出来ないくらい、二人がくっついてしまえば良いんだ。

湧き上がる氷帝のコールに、試合が終わったと知らされる。

「予想通り、氷帝は勝ち上がって来たね」
「ああ」

氷帝の勝ちが確定して、手塚は立ち上がった。
「そろそろオーダーが決まる頃だな。戻るぞ」
「そうだね」

一日でも早く、手塚の隣に越前がいるようになるようにと。
自分勝手に、そんなことを考えた。






発表されたオーダーに、桃と海堂がお互い視線を一瞬だけ合わせ、
ふんと横を向いた。
ケンカばっかりの二人だけど、息は合っているよね。こっそり笑う。

「おチビ、俺の応援してよねー!」
懲りもせず、英二は越前に絡んでいた。
本当に彼のこと、気に入っているんだな。
気まぐれ猫が子猫に絡んでいる図、ってところか。
「ハイハイ、わかりました」
「気合い入ってないぞー!」
「どうすればいいんすか」
あーあ、と越前は溜息ついている。
「大きな声で応援しろよー。これに勝てれば関東大会だから、頑張ろうにゃ!」
「やるからには全力で行きますけどね」
「おー、やる気十分?」
「まあね」
「おチビの時もちゃーんと応援してあげるかんな!ねー、不二!」
「え・・・」
急に話を振られて、僕はびくっと体を揺らした。
「不二?」
「あ、っと・・・なんの話だっけ?」
「もう、聞いてなかった!?おチビちゃんの試合、張り切って応援しようねってこと!」
「そう、だね」
越前は黙って僕と英二の顔を交互に見ていた。
そしてすっと英二の手から逃げ出してしまう。
「おチビ?」
「ちょっとトイレ」
「試合までには戻ってくるんだぞー!」
駆け出した越前の背に、英二が声を掛ける。
振り向きもせず、越前は行ってしまった。

「なーんか、おチビ。変じゃね?」
「そう?」
「不二、心当たりは?」
「無いけど」
疑ってくる英二の目線に、もう一度否定する。

もしかしたら、ここの所の僕の態度に腹を立てているかもしれない。
急に突き放し、彼を避け続けていたから、当然かも。

寂しいけれど、これで良い。

これからは手塚と一緒の道を歩むことになるから。
僕のことなんて、見向きもしなくなるだろう。










あの場に居たくなくて、逃げ出した。
不二先輩は、俺のことで何か怒っているのか。
あんなにぎこちなく、返事するなんて。
さっきまで菊丸先輩達と会話してた時は、普通と変わらないように見えたのに。
俺がいると、あんなに余所余所しい。
原因は俺なんだって、嫌でも気付くよ。

もう振り回されたくないって思ったばかりなのに、
やっぱり気になってしまう。
なにか不二先輩の気に障ることしたのかって、一生懸命考えた。
けど、思い浮かばない。
鳩のことはもう言及をやめている。
避けられる理由は、他に考えられない。
それとも気付かないうちに、先輩を怒らせるようなこと言ったのか。

人にどう思われようと、今まで何の関心も持たなかった。
けれど不二先輩のことは気になって仕方ない。
どうしてだかは、わからないけど。
先輩に嫌われるのは、イヤだ。

ハッキリと。
その気持ちを自覚した。


2004年06月22日(火) 天使不二と王子19

越前の言葉から、手塚と試合したことを確信する。
そうか・・・やっぱり手塚を見る目が変わったのは、本当の実力を見たからなんだね。

全力から程遠い、手塚の今大会初の公式試合。
越前は釘付けになっている。

こうなるのは、わかっていたはずじゃないか。

手塚と越前と。
どちらも同じ位に輝く美しい魂。

少し切っ掛けを与えてやれば、傾いて行くのは当然。
二人がくっつけば良い。
そう思っていた。

なのに、どうして。

手塚の勝利に皆が沸きあがる中、僕はそっと後ろへと下がった。

どうしてか、今の越前の顔を見たくない。
手塚を迎える彼の眼差しを避ける為、横を向く。

越前と手塚が一緒の道を歩んだとしても、僕には関係ない。
いずれ僕は天に帰るのだから。

何度言い聞かせても、心に開いた小さな穴は塞がりそうになかった。









次の試合のオーダーを、隅っこで聞いた。
ふーん。不二先輩はダブルスか。
・・・・俺には関係無いけどね。

「越前」
ふと気付いたら、部長が目の前に立っていた。
いよいよ説教か?なんて思って部長を見ていたら、
やや目を逸らして小さく咳払いをした。

「さっきの試合は調子良かったようだな」
「はあ」
「次の試合でも期待している」
「・・・・ハイ」

それきり部長は黙ってしまった。
話はこれだけなんだろうか?
だけど俺の前から去ろうとしない。
一体、なんだろ。

「もう、話は終わったんすか?」
こっちから部長に話しかけると、慌ててるみたいに頷いた。
「・・・ああ」
「なんだ。てっきり説教されるかと思ったのに」

ぽろっと出た本音に、慌てて口を噤む。
が、遅かったようだ。
ひくっと頬を引き攣らせた部長が、俺を凝視している。
どうしようかと顔を隠すべく、帽子を深く被り直した。
自分の所為とはいえ、まずったな。

「越前」
「何すか」
始まる説教を覚悟して、顔を上げる。
この時ばかりは、ハッキリと物を言う自分の口が恨めしかった。
帰ったらグラウンド何周させられるんだろう。

そんなことを考えていたのに、
部長の口からは全く予期しない言葉が飛び出した。

「俺は・・・いつも怒っているイメージなのか?」
「え?」
ちょっと大きい声を出したようで、周囲が何事かと俺達に注目した。
それに部長も気付いたようで、「少しいいか」と、この場から離れようと促して来た。
断る理由も無かったので頷くと、ゆっくり部長は歩き始める。
俺もその後ろへ続く。
広くて大きな背中を眺めながら、俺はさっきのわけわからない質問の意味を考えた。

何かのアンケート?
怒ってるとでも苦情来たのかな。

ぴたっと足を止めた部長を見て、大変だねなんてぼんやり考える。


「越前。さっきの質問だが・・・・。俺はそんなに怒っているように見えるのか?」
「えーっと、確かに表情硬いし、かなり年上に見えるとは思いますけど」
部員の意見を聞きたいのであれば、真面目に答えてやるか。
そう思って一生懸命話したのだけれど、部長の肩がどんどん下がっていく。
またまずいこと言ったかな?

「でも怒ってるとは、思ってないっすよ。
部長がテニスに対して真面目に取り組んでいるとは思いますけど」
「そうか・・・」
複雑そうな顔して、部長が頷く。
少しは参考になったかな。

「誤解が無いようなら良いんだ」
「誤解って?」
何が?って首を傾けると、部長が俺の帽子に手を置いた。

「説教はしたくてしてる訳じゃない。
けれど他の部員の前、黙認するには示しが付かない」
「そっすね」
「それを人の顔を見て、条件反射のように‘説教されるかと思った’なんて思われたらたまらない」

あ、さっきの俺の一言か。
部長は気にしていたんだと、ようやっとわかった。
そんなことさらっと流しそうなのに。
わからないものだ。
それとも皆からそういうイメージに取られて、嫌になったかもしれない。
気に障ったことを言ったのは俺なのだから、謝罪はしとくべきだよな。

「スミマセン」
ぺこっと頭を下げると、部長は「いや、もういい」と言ってくれた。

「今回の件では、俺も注意しておくべきだったからな」
「注意?」
「ここの所、遅刻がなかったからうっかり忘れていた。
今日は念の為、迎えに行くべきだったな」
「そこまでしなくていいっすよ!」
真面目に考えている部長に、思い直すよう声を上げる。
部長の手をこれ以上煩わせたくない。
大体、いずれ抜かしてやる!って思ってる相手に、遅刻の面倒を見てもらうなんて。
格好悪過ぎる。

「だが次から遅刻はしないって、言えるのか?」
「・・・努力するっす」
「努力だけで結果が遅刻ではダメだ。やはり当日の朝は」
「わかりました!今度はちゃんと来ます!」

よし、と部長が軽く頭を撫でる。
確信犯か、あんたは。

だけど、思ってもみない優しい目に。
反論できずに、黙っていてあげた。



部長と一緒に戻ってみると、もうちょっとで試合が始まるところだった。

不二先輩に、菊丸先輩が楽しそうに話し掛けている。
それに応える不二先輩の顔は、いつもと同じような笑顔だ。

最近、俺には向けられないあの笑顔。

「越前?」
足を止めた俺を、部長が不審そうに振り返る。
「集合だ、行くぞ」
「ハイ」


今は、考えない。
試合に勝つことだけに集中しよう。

不二先輩を見ないようにする為、視線を下に向けた。


2004年06月21日(月) 久し振りの天使不二と王子18

「リョーマさん、朝ですよー!」
菜々子さんの声に、目を開ける。
えーっと集合は10時だったっけ?
今、何時だろう。

「げっ!!」
布団を跳ね除けて置き上がる。
カルピンがびっくりして逃げて行ったが、それどころではない。

これじゃ登録に間に合わないんじゃないか!?
と、とにかく連絡しないと!

電話に出た大石先輩に、上手い事言って会場へと駆け出す。
「何とかするから、とにかく早く来てくれ」
何とかするって、どうするんだろ。
でも大石先輩の言葉を信じて、走るしかない。

・・・きっと試合終わった後、「グラウンド50周だ!」って言い渡されるんだろうな。ハァ。





「グラウンド50周だな」
ぐりぐり拳を頭に押し付けてくる桃先輩に、痛いって抗議する。

しかし堀尾を身代わりにするとは。人選ミスも良い所だよ。
俺の振り調子こいていたんで、海堂先輩には悪いけどわざとジャージ汚してやった。
返却する時、困るだろうな。ザマミロ。
って言ってる場合じゃないか。
眉間に思い切り皺を寄せた部長が、こっち見ている。
「説教は後だ。すぐに試合できるな?」
「ウォーミングアップはバッチリっすよ」
「なら、行って来い」
「ハイ」

あーあ。この所、遅刻返上で頑張っていたけど、全て無に帰ってしまった。
部長も呆れているんだろうな。

あんまり部長を失望させることはしたくない。
あの高架下で、俺にとって大切なことを教えてくれた人だから、
部長の前ではちゃんとしていたかった。

だけど試合に遅刻じゃ・・・・フォローの仕様もないか。

せめて対戦だけはと思い、6−0で完勝した。






「おチビー!よくやったにゃ!」
菊丸先輩になんだか熱烈に迎えられ、ぎゅっと抱きしめられる。
「でも試合に来なかったら意味ないんだぞー」
「わかってるっすよ!」
ふぅ。当分言われちゃいそうだなあ。

「よくやったな」
「あ・・・ハイ」
突然、菊丸先輩の横から出て来た部長に、驚いて目を見開く。
それ以上、何も言わず部長はラケットを握ってコートに行ってしまった。
ああ、S1は部長なんだ。オーダー見てないから初めて知った。
初戦だし、地区大会の時みたいにてっきり補欠かと思っていたよ。

「珍しいー。手塚が褒めてたにゃ!」
まだ俺に抱きついたままの菊丸先輩が、なんだかうるさい。
「こりゃ、雨でも降るかも」
「どういうこと?」

目はコートの部長を追ったまま、尋ねる。
部長の公式戦。見るの初めてだな。
入った途端、周囲が静かになる。それだけ注目されてるってことか。

「んー、手塚って誰かを褒めることって今まで無かった気がするんだにゃー。
そりゃ、相手を引き上げる発言はするけどね」
「へぇ」

その間にもノータッチエースは続く。
ああ、でも力の差は歴然としているじゃないか。
これじゃ面白い試合展開にはならないだろ。

「すごい!相手に1度も触れさせていない!」
圧倒的な部長の力に、皆呆然となってるけどそれは違う。
相手が弱過ぎるだけなんだってば。

「部長の実力はこんなもんじゃないよ」

思わずぽろっと、本音が漏れる。
そうだよ。
俺が負けたくらいだから、この程度でスゴイなんて言われちゃ困るんだよね。


「へぇ」
ふと気付くと、不二先輩がこちらを見ていた。
久し振りに俺の近くに来た気がする・・・。

「うん、まだまだ今のは準備運動だね」
「ええー!そうなんすか!」
だけどすぐに不二先輩の目は、堀尾達に向けられてしまった。
騒いでる連中に、「そうだよ」なんて調子を合わせてる。

なんだよ。俺の方見てたくせに、そっちを構うんだ。
ふーん。

「おチビ?黙っちゃってどーかした?」
「どーもしません!」

振り回されてるのがバカみたいだ。


2004年06月20日(日) 久し振りの天使不二と王子17

「おい、越前!」
後ろから肩を叩かれ、振り返る。
「何ぼーっとしてるんだよ?疲れたのか?」
「桃先輩・・・」
「連日の早起きでスタミナ切れしてるんじゃないだろうな」
からかうような表情に、むっとして横を向く。
そんなんじゃない。
そりゃ・・ちょっと早起きは辛いけどさ。
「明日の都大会、そんな調子で大丈夫かよ」
「俺にそういうこと聞く?なんなら大丈夫かどうか、相手してやってもいいけど」
「賭けるか?」
「勝った方が」
「奢りだな!」

嬉しそうにラケットを振り回し、桃先輩は向こう側のコートへと歩いて行く。
そう簡単に勝たせてやるもんか。
見てろよ、と俺もラケットをぎゅっと握りコートへ向かう。

その途中、カラーコーン当てしている不二先輩が視界に映る。
いつものように涼しげな顔で、なんてことないように目標へボールを当ててる。

気のせいかもしれないけれど。
この2、3日不二先輩に避けられている。
前に・・・鳩の件ではぐらかされていたのとは違う。
もっとハッキリとした感じ。
不二先輩と・・・・最後に言葉を交わしたのはいつだったっけ?
その時、気に触るようなことしちゃったのかなあ。

「越前!何、簡単に抜かれてるんだよ!」
「あ・・・」
まずい。今日、財布にほとんど入ってないから、負けるわけにはいかないんだ。
とりあえず不二先輩のことは頭から追い出し、構え直した。

この状態が続くのなら、ハッキリ問い質してやれば済む・・よね?

おっと。集中、集中。

「こらー、越前!少しは容赦しろ!」
「冗談」
「くそっ、負けねーからな」

奢りを確定させるべく、力一杯ボールを叩き込んだ。


2004年06月18日(金) 天使不二と王子 16

傷が完治した俺を待っていたのは、
思いも寄らない「試合」だった。

「越前、お前は青学の柱になれ」
しゃがみ込んでいる俺に、部長は息一つ乱さずそう言った。




「おはよう、越前君。今日は早いね」
「あ、おはようございます・・・不二先輩」
今日は珍しく早く起床して、朝練の時間まで大分余裕のある到着だ。
真っ先に声を掛けてきた不二先輩は、早歩きで俺の隣を歩き始める。
「昨日と一昨日は」
「え?」
「急な休みだったね。具合でも悪くなった?」
「あ、いえ。ちょっと用事っていうか・・・」
心配そうな顔を向けてくる先輩に、嘘つくことが後ろめたくて目を逸らす。
昨日の試合の件、部長は言っていないらしい。
だったら俺が言い触らすのもためらわれるし、何より負けたってことが言いたくない。
しょうがなく誤魔化すことになるんだけど・・・。
「そっか、良かった」なんて言ってる先輩に、ますます罪悪感が大きくなる。
「偶然なんだけど、一昨日は大石も手塚も休みだったんだよ」
「え!?あ、ああ・・・・・二人も」
不意打ちの先輩の言葉に、思わずどもってしまう。
あれ?でも部長だけじゃなく大石先輩も?
「昨日は君と手塚だけが休みだったんだけど。用事が重なるってこと、あるんだね」
「はあ・・・・」
ひょっとして、何もかもわかった上で笑顔を浮かべているんじゃないだろうか?
そんな疑問すら浮かぶ。
だけどそれ以上先輩は昨日の件で何か言ってくることはなかった。


もういいけどね。
朝から無駄にテンション高いのにも、慣れて来た。
「おチビー、今日は早いじゃんー!」
ぎゅっと抱き付いてくる菊丸先輩の好きなようにさせておく。
下手にもがいても、力じゃ敵わないからだ。
「どうしたんだよ。昨日は1晩中起きてて、そのまま来ちゃったとかー!?」
「そんな訳ないでしょ」
一体、どんな思考してるんだよ。
心の中でツッコミを入れる。
「あ、大石ー!手塚、おはよ」
「おはよう、英二。と、越前・・・」
「・・・・・・・」
大石先輩は俺の顔を見て、少し驚いていた。
「見て見てー!今日はおチビちゃんがこんな時間に来てんのー。珍しいよね」
「早いな、越前」
「っす」
部長はずっと無言のままで、一瞬目が合ったけどふいっとどこかへ歩いて行ってしまう。
「雨かな?これは雨が降るのかな?」
「英二、その言い方はさすがに越前に失礼だろ」
「えー?そっかにゃー?」
頭上でごちゃごちゃ言っているけど、ほとんど聞えて来なかった。


部長を見た瞬間。

昨日の全てが、頭に浮かんでくる。

手塚国光の、テニス。


あまりにも衝撃的で、捕らえられた。






かしゃんという音に、俺は隣へ目を向ける。
不二先輩が、フェンスに背を凭れた音だったらしい。
それでハッと気付いた。
今はもう放課後で、俺はペットボトルを持ったまま突っ立っていたこと。
慌てて、ベンチにそれを置いて、ラケットを握る。
えっと、次が俺の番、だよな?

「心ここにあらずってところかな」
「え?」
聞こえて来た声は独り言のようだったけれど、不二先輩の方へ顔を向ける。
「ぼんやりしたままコートに入るのは、怪我の元だよ。
気を付けた方がいい」
・・・心配してくれてるってことかな?
軽く頷くと同時に、「次、越前!」の声が掛かった。

ラケットを握り直し、コートへ向かう。
雑念は外へ。
今は、目の前のボールに集中するべきだ。





昨日、一昨日の不在。
今日の越前の態度。
そこから僕が出した答えは、一つだった。
彼本人は気付いていないらしいが、
今朝からずっと手塚の方を見ていた。
どうやら手塚は自分が見られていることをわかっていたらしく、
なんとも不自然な動きで越前と目を合わすのを避けていた。
かなり不審だ。

手塚と越前が試合して、どっちが勝ったのかそれも予測できた。
今日の越前は手塚を見てる時はともかく、コートに入るといつも以上の気迫を見せた。
負けられないと、訴えているかのように。

彼は、手塚との試合を経てもっと強くなる。
予感ではなく、確信だ。

この先の青学を考えて必要なことを、越前に教えたのか。
いや。それにしても部長という枠は越えている。
きっと彼なら、全力で越前を負かしたはずだ。
肘のことすら、省みず。

そこには不純な気持ちなど一切入っていない。
ただ越前を導くだけの、伸ばされた手。

いずれ越前はあの手を取ることになるだろう。
遠くない、日に。

一段落したらしい。
越前は手の平で汗を拭いながら、無意識で手塚の姿を見ていた。

無理にでも彼の気を引きたくなったが、その衝動を堪える。
邪魔して何になる?

『先輩の前だけで』
勝気な瞳を向けた君。
顔を赤くして声を張り上げた君。
屋上で会った時、きょとんとした表情をした君。

これが正しい道なんだと、痛む心に気付かないよう蓋をした。


2004年06月17日(木) 天使不二と王子15 日付は6月ですが・・

気になってるなら声くらい掛ければいいのに。

越前の姿を追ってる手塚を見て、僕は溜息をついた。
心配しているのは、手塚の様子からわかっている。
でもあれじゃ伝わらないだろう。
その証拠に、越前は手塚の視線に気付いているみたいで、
胡散臭げな表情をしていた。
きっとさぼらないよう見張られている、越前はそう解釈しているところか。

「不二、何見てんのー」
後ろから声を掛けてきた英二は、そのまま僕が見てる方へ視線を向けた。
「なんだ。おチビちゃん、球拾い中かあ。つまんなさそうにやってるー」
そういう英二も、越前がここにいないのがつまらなさそうな口調だ。
「しょうがないよね。無理させることは出来ないから」
「・・・・早く、治るといーけど」
「うん」

瞼に張られた白いガーゼ。

練習中、それは何度も視界に映った。






「お疲れ様でした!」
今日の練習が終わった。
最後までボール拾いに徹してた越前君は、解散と同時に欠伸なんかしていた。

「つまらなそうだったね」
不意に声を掛けると、びっくりしたみたいで大きく口を開けてこっちを見た。
「・・・不二先輩」
「久し振りのボール拾いはどうだった?」
すると彼は帽子を深く被り直し、不機嫌そうな声を出した。
「つまんないっす」
「やっぱりね」
くすくす笑うのが気に入らなかったらしい。
越前は唇をきゅっと噛んだ。
「でも怪我が治るまでは安静にしていないとね。ほんの少しの辛抱だよ」
帽子の上から頭を撫でる。
嫌そうな声で「ういーっす」と返事が返ってきた。

「あれ、越前・・・」
ふと彼が顔を上げた瞬間に、気付く。
「ガーゼがはがれかかっているよ」
「・・・・・・」
それがどうしたという表情。
「代えないの?保健室行こうか」
「別にこの位・・・・」
なんでもない、と彼が後退りする。
「家でやるからいいっす」
「ダメだよ。それまでにバイキンが入ったらどうするつもり?
治り、遅くなるよ?」
「うっ・・・」
言葉に詰まった越前の腕を掴む。
「じゃ、保健室行こうか」
「一人で行けるっす」
「君の場合、途中で引き返してきそうだから付いて行くよ」
「・・・・・・はあ」

ちっと小さな舌打ちが聞こえる。
これはちゃんと見張っておいたほうが良さそうだ。


「不二、・・・と越前?どうしたんだ」
おしゃべりしていた僕たちに、大石が声を掛けてきた。
離れた後方に、手塚がいてこちらを伺っている。
気にしているのか。
「あ、越前のこれが剥がれそうだったから、保健室に行こうかって話していたところなんだ」
「そうか。不二、頼むよ」

一瞬、用事があるから手塚に付き添うよう言ってやろうと思ったけど、
彼はくるりと背中を向け竜崎先生と乾がいる方へ歩いていってしまった。

全く。誰より気にしているくせに。

「それじゃ、行こうか」
「・・・・・・・・・・」
面倒と、顔に書かれた越前を連れて保健室へと向かった。






「誰もいないみたいっすね」
「そうだね」
保健室に来たのはいいけど、先生は不在だった。
席を外しているようだ。
「それじゃ、帰ります」
「え、越前?まだ何もしていないよ?」
「だって先生いないのに、することないじゃないっすか」
出入り口から半分出ようとする体を捕まえ、椅子に座らせる。
「・・・・・・・先輩?」
「何、逃げようとしてるの?」
顔を近付けると、越前はぷいっと逸らした。
「別に。先生いないから、どうしようもないじゃないっすか。だったらさっさと帰ってしまおうかと思ってただけ」
「生憎と先生が不在の間でも、これの交換くらい出来るよ」
つんとガーゼしてる横をつつく。
「勝手に触っちゃまずいんじゃないの?」
「大丈夫。後で先生には事情を説明しておくから。
何度か顔あわせしているから、その点の融通は利くんだ」
「へえ」
「それより」

いつも先生が使ってる椅子を持ってきて、越前の前に座る。

「どうしてガーゼの交換くらいでそんなに嫌がっているのかな?」
「別に」
「嘘」
まっすぐ越前は僕を見ていたけど、どこか避けてるようにも見える。

「もしかして、まだ痛むから・・・・?」

痛いということを、彼は口にしない。
人に心配を掛けたり、弱点を見せたくないらしいってことは、気付いていた。
強がりなところは部内でも負けないんじゃないだろうか。

「・・・・・・・」
「越前?僕の前では」
「わかってるっす」
憮然とした口調だった。

溜息を吐いて、越前の視線はやや下に落ちる。

「先輩の前ではちゃんと痛いって言わないといけなかったんだよね・・・」
「そうだよ。約束、してくれたよね?」
「だから、嫌だったのに」
「越前?」
「先輩がいる前じゃ、痛いって言うしかなくなるから・・・!」

顔を赤くして、越前は少し大きな声を出した。


「え?それって・・・」
「慣れてないから。その、人の前ではいつも平気な顔してたし」

ごにょごにょ言う越前を前に、僕は自然と笑みが零れた。

あの時言った言葉を、越前は律儀にも守ろうとしているのだ。
本当なら何事も無い顔をして、怪我なんて大したことないって装うはずが、
僕の前では出来ないと。
それが嫌だから保健室に来るのを躊躇ったのか。

「じゃあ、まだ痛むんだね」
そりゃそうか。あれだけの血が流れたんだ。
一日で簡単になんともなくなるはずない。

「まあね」
渋々、越前は頷く。

「だったら尚更きちんとしておかないと」
立ち上がって、僕はガーゼのある棚に近付く。
何度か来ているので、どこに何の備品があるかは覚えている。
置いてある鋏を使い、越前の瞼にぴったりな大きさに切った。

「消毒もしておいた方がいいね」
「・・・・・・・・・・」
そっと瞼からガーゼを剥がしていく。
越前はもう抵抗しない。

「ちょっと染みるよ?」
痛い思いはさせたくないが、仕方ない。
ピンセットを使い、トントンと傷口の上で消毒液を含ませたコットンで優しく拭いていく。
両目ともぎゅっと瞑った越前は痛みに耐えているようだ。

「痛い・・・?」
「痛い、っす」
「もう終わりだからね」
「・・・・っす」

誰もいない保健室に僕と越前の息遣いだけが聞こえる。

ガーゼを張り替え、ようやく越前の目が開けられた。


「これで良し。大丈夫だった?」
「平気っす」
新しいガーゼが貼られた部分に手を触れ、越前は小さくおじぎをした。

「不二先輩、ありがとうっす」
「早く、治るといいね」

こくんと、越前は頷く。

「皆、そう思っているよ。越前が練習にいないと、つまらないって」
「へえ?それって英二先輩が言ったんすか?」
「たしかに英二が言いそうなことだけど。言わなくても、そう思っている奴もいるよ」
「え?」
本気でわかっていないようで、考えこんでしまった。

やはり手塚の心配はまるっきり伝わっていないようだ。
・・・・・・だから口に出せば良いのにって、手塚には難しいか。

もしも手塚がちゃんと越前を心配する態度を取ったなら。

越前は僕にじゃなく、手塚に痛みを訴えるようになるのだろうか。

馬鹿馬鹿しい。僕は何を考えているんだ。
それが「寂しい」だなんて。
一瞬、思ってしまった。

「先輩?」
何時の間にか顔を覗き込んでいた越前に気付き、僕ははっと体を後ろに引く。
「どうかしたんすか?」
「ちょっとぼんやりしただけ」
「へえ」

くすっと、越前は笑う。
「先輩でもそんなこと、あるんだ」


越前の笑顔を見る度、僕の心は苦しいような、楽しいような気持ちになる。

それはあってはならない感情だ。
越前は、手塚と。
美しい魂同士、いるべきだ。それが正しい。

僕はいつか帰るのだから。
空の上へ。
君達とは相容れない存在なんだ。


2004年06月16日(水) 天使不二と王子  14


「越前、練習は無理だと言っただろう」
あーあ。見付かった。
素早く近付いて来た大石先輩が、持っていたラケットを取り上げる。
こっそり自主練習しようとした目論見もこれでパアだ。
「完全回復するまで、球拾い。それは先生とも約束したはずだな?」
「・・・・・ハイ」
頷いてみたものの、そんなのやってられるかと内心で思っていた。
忌々しい左眼の傷。
これくらい大したことないのに。

「どうかしたのか」
背後から聞こえた声に、まずい人物が来たと俺は心の中で舌打ちした。
「イヤ、なんでもないよ」
すっと俺の横に立った手塚部長に、大石先輩は片手で否定した。
良かった。自主練しようとしたことは、黙ってくれるらしい。
部長に知られたら、話が大きくなるだろう。
何より説教がこれ以上長くなるのは勘弁して欲しい。

大石先輩の顔と手に持ってるラケットと俺の顔を見て、部長は「そうか」とだけ呟いた。

「手塚、ちょっといいかい?」
少し離れたところから乾先輩の声が聞こえて、部長はそちらを向いた。
「ああ、今行く」
返事をして、またこっちを向く。
何だろう?って部長の顔を見上げると、聞こえない位小さな声でもごもご呟き、結局歩き出してしまった。
内容、耳にまで届かなかったけど、いいのか・・・?
「手塚もあれで心配しているみたいだぞ」
ぽんって肩に大石先輩の手が置かれる。
「はあ・・・」
あれが心配している態度?
よくわからない。大石先輩はなんでわかるんだろう。
俺よりも長い付き合いだからか。
「さ、手塚も来たことだし、今度は抜け出そうなんて考えるなよ」
「ハイ」
もう一度釘を差されて、大石先輩から開放される。

「越前ー、こっちの籠よろしくな」
バカでかい声の堀尾を無視して、仕方なく黄色いボールを拾い始める。

球拾いなんてやってたのは、本当に最初の頃だったっけ。
すぐにランキング戦始まって、俺はレギュラー入りしたけど。
他の皆は未だに球拾い・基礎トレばっかりのメニューなんだよね。
きっと夏までこんなことやらされていたとしたら、俺は部活止めていたかもしれない。
怪我が治るまでの短い期間でも、ラケット握りたくてうずうずしてんのに。

やる気なく、転がってきたボールを拾う。
あーあ。面倒くさー。
腰を上げた瞬間、向こう側で腕組している部長と目が合った。
だけどすぐに視線は外される。
不自然なくらいに顔を逸らして。

何あれ。俺のこと見張ってんの?
抜け出そうとしたら、また「グラウンド10周」とか言う為に?

その後、何回か部長と目が合ったので、
仕方なくやる気も起きない球拾いを終了時間までこなしつづけた。

・・・・・早く怪我、治らないかなあ。


2004年06月15日(火) 天使不二と王子 13

お腹も一杯になったところで、急激に眠気が襲って来た。
少しだけ。
そう思って、机にうつ伏せになったところまでは覚えている。


薄く目を開けながら、左目の違和感にあれ?っと思った。
そうだ。眼帯しているんだっけ。
この怪我のせいでしばらく部活に出られないのも思い出した。
たいしたことないのに。
無理して出ようとしても、きっと止められるだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、まだ体は机に伏せたままだった。
このまま二度寝もできそうだ。

だけど、
「越前、起きているの?」
聞こえた声に、それまでぼんやりしていた意識が一気に覚醒する。
体を勢い良く起こすと、不二先輩が肘をついてこっちを見ていた。

「何してんすか」
さっきまでお寿司を食べていた席には、誰もいない。
皆どこいったんだろうと思うのと同時に、何故不二先輩だけが残っているのかが気になった。
「越前が起きるのを待っていたんだけど」
「え?」
「皆、2階にあるタカさんの部屋に移動したからね。
起きたら連れておいでって」
「・・・・どうして不二先輩が残っているんすか」
「酷いなー。目が覚めて誰もいなかったら、君が困ると思って残ったのに」
そうかな。俺としては、全然困らないと思うけど。
あ、誰もいないんだと適当に帰るだろう。
首を傾げた俺に、不二先輩はくすっと笑った。
「本当を言うと、目が覚めた君が勝手に帰るのを防ぐ為でもあるけどね」
読まれていたらしい。
「帰っちゃいけないんすか」
「君が来るの、待ってるよ。ゲームって気分じゃないなら、帰ってもいいけど、一言くらい挨拶はしてあげて」
「わかりました」
その言葉に従う気になったのは、たしかにあれだけたらふく寿司を食っておいて、河村先輩には「ごちそうさま」くらい言ってもいいかなと思ったからだ。後、ついでに他の先輩に挨拶すればいいんだし。
「あ、それと書いたのは僕じゃないからね。それだけは言っておく」
「何のことっすか?」
「家に帰って、確認したらわかるよ」
意味わからない言葉は気になったが、先輩が腰を上げたので、俺も続いて立ち上がった。




不二先輩の後ろについて、階段を上がる。
盛り上がっているようで、菊丸先輩と桃先輩の大声が響いていた。
あの人達、河村先輩の家だってこと、完全に忘れているよな・・・。

ガラっと不二先輩が襖を開けると、全員の目がこちらに向けられた。
「おチビ、やーっと起きたのかー!」
「遅えよ、越前」
こっち来いよと、桃先輩が手招きしている。
どうやらゲーム大会と化していたらしい。
海堂先輩までいるのは意外だ。
多分、他の先輩達の手前、先に帰ることができなかったのだろう。
「悪いけど、越前はここで帰るって。怪我している訳だし、皆いいよね」
俺がもたもたしている間に、不二先輩はさっさと断ってしまった。
「そうだな。今日はゆっくり休んだ方が良い」
すぐそこに座っていた河村先輩が、立ち上がって俺に優しい言葉を掛けてくれた。
「今日は沢山ごちそうになって、ありがとうございます」
「いいって。親父も喜んでいたからさ」
じゃあ、お大事にの言葉を言い終えた途端、菊丸先輩が「えー?」と不満声を上げる。
「おチビ、帰っちゃうの?つまんないー」
「英二。ほら、皆は気にせず続きやってて。越前、先に階段下りてて」
「はあ。あの、お先っす」
不二先輩に急かされて、来た階段を下りていく。
一番下まで到着した時、上から不二先輩が少し早足で下りてきた。

「さ、帰ろうか」
にこにこした笑顔を向けられ、一瞬頷きそうになる。が、堪える。
「不二先輩?」
「何?」
「どうして先輩まで帰るんすか」
俺が帰るのに、不二先輩がくっついてくる必要はない。
あそこで皆と一緒にゲームやっていればいいのに。
「俺、一人で帰れるっすよ」
ひょっとして、怪我している俺を心配して送って行こうなんて考えていないよな。
そう思って、不二先輩を見ると、さっきまでの笑顔が曇っていた。
「でもまだその状態に慣れていないから、危ないよ。
それに越前、ここがどこだかわかっている?」
「あ」
そう言えば、行きはおばさんに送ってもらったんだっけ。
どの辺りか見当はつくけど、バス停がどこにあるか正確にはわからない。
「でしょ。だから一緒に帰ろう?」

もう一度、二階に上がって誰かに帰り方を聞く手だってある。
だけど不二先輩の表情がやけに必至に見えて、「いいっすよ」と言った。
別に送られるくらい、どうってことないし。
「越前の荷物、これだったよね」
座敷に置きっぱなしだった俺のバッグを、不二先輩は引っ張り出した。
「え、俺が持つからいいっすよ」
「これくらい、させてよ」
先輩は、自分のバッグと俺のバッグを両肩に担いでしまった。
「持ってもらう程の怪我じゃないのに」
「いいから。僕の好きにさせて」
「はあ」
もう面倒くさくて反論するのを止めた。
持ってもらうの楽だし。

・・・でも先輩だって疲れているんじゃないかなあ。

ちらっと横に立つ先輩を見たけど、左側にいるせいで表情までわからない。








バスに乗って、越前の家の近くの停留所で降りた。
「ここでいいっす」
彼の言葉を無視して、僕は先に降りた。
「行こうか」
「・・・・・・」
はぁと息を吐いて、越前も歩き始める。
僕も小柄だけど、それよりずっと小さい越前の背丈。
その歩幅に合わせて、歩く。

「ねえ、越前」
「何すか」
欠伸しながら、彼は顔を上げた。
落書きされてる眼帯は、バスの中でも注目されてた。
これを見たらどんな反応するかな。
ちょっとその瞬間が見てみたいなんて、思う。

「傷、痛む?」
眼帯にふれないよう、頬の部分にそっと触れる。
「痛くないっす」
すっと越前の体が逃げた。
「嘘。あれだけ血を流して、痛くないほうが問題あるよ」
「本当に、もう痛くもなんともないっす!」
肩に伸ばした手も、払われる。
「一体、何に拘っているんすか」
越前はこちらに顔を向け、無事な方の目で僕をハッキリ睨んだ。
「俺が痛かろうが、先輩には関係ない」
「そう、だけど・・・」

流れてた赤い血。それでも試合すると言い張った強い意志。強いくらいの魂の輝き。

「今は試合の時じゃないよ?もう今は痛いっていってもいいから」
彼が痛いと言わなかったのは、試合に戻る為だけじゃない。
言えば、周りが騒ぐ、心配するからだろう。
「なんで不二先輩が痛そうな顔、してんの?」
「君が痛がらないからだよ」
「どういう理屈っすか」
右目を見開いた後、彼は表情を和らげ、小さく笑った。

越前の笑顔って、こんな可愛いものだったっけ?
ぼんやりと考える。

「ねぇ、越前。君がどうしても痛みを押さえてまで、試合したいと思ったのはわかるつもりだ」
「へぇ。本当に?」
「ああ。君は怪我なんかで試合放棄することは、望まない。キッチリ片を付ける。勿論君の勝ちでだ」
「・・・・そうっすね」
「でも今は試合中じゃない。痛い時は、痛いと言って良い。
君は弱みを見せる人じゃないだろうけど。いつもそれじゃ疲れる。
気を張り過ぎて君が壊れてしまうんじゃないかって、僕は・・・・」
何を言っているんだろう。
越前は真っ直ぐどこまでも強く突き進む。
支えなど必要無い。
隣にいるべきは、彼と高みを目指す存在で良いはずだ。

「俺のこと、心配してるんすか?」
へーっと、越前が僕の顔を覗き込んだ。
「そう、なのかな。あんまり君が無茶やるから」
「それはスミマセンでした」
また越前は笑う。今度は目の前で、声を上げて。

「それじゃこれから、痛い時は痛いって言います。先輩の前だけで」
「え?」
「これでいいんでしょ」
「ああ、うん・・・」
「ほんと、わけわかんない人」

僕の前だけで。
それを聞いた時、胸に何かがとさっと降りた感覚がした。

越前の笑顔を見る度、それは重くなっていく。





2004年06月13日(日) 不二リョ。

教室の隅っこでぼやっとしていた。
正確には、越前のことを考えていたんだけれど。
気を抜くと、彼のことばかり考えている僕は重症なんだろうか。

「フ・ジ!お客さんだよ〜!」
英二の声にはっと我に返り、丸めてた背中を伸ばす。
声がした方を向くと、英二がこっちこっちと笑って手招きしている。
「客って?」
英二の隣には誰もいない。もしかして担がれているんだろうかと思いながらも、席を立つ。
「どうも」
「越前君?」
「あ。おチビ、背中から出ちゃだめだって」
「そんなことして何になるんすか、それにチビ扱いされてるみたいでムカツク」
むぅっとした顔した後、すぐに僕の方を見て小さく笑った。
「どうしたんすか?不二先輩、何か固まってる」
「えーっとなんでもないよ。越前こそ、こんなところまでどうしたの?すぐ授業始まっちゃうよ」
三年生と一年生の校舎は離れている。
ということは、何か用事があってここに来たと考えるのが自然だろう。
「実は国語の辞書忘れちゃって。不二先輩、持ってる?」
「おチビったら忘れ物しちゃだめじゃん」
「英二、君だって人のことを・・・じゃなくて、うん、持ってるよ。ちょっと待ってて」
急いで席へ辞書を取りに行こうと背を向けた瞬間、ぐいっとシャツを引っ張られる。手の主は越前。
「越前?これじゃ辞書を取りに行けないんだけど」
「辞書というのは口実で」
「え?」
「ちゃんと持って来てます。ただ放課後まで先輩の顔を見れないのが我慢出来なくて、ここまで来ただけっす」
「うわぁ。おチビったら素直」
「うるさいっす。いつまでいるんすか」
「不二呼んでやったのに・・・」
泣き真似しながらも英二はその場から離れて行く。
僕はといえば、彼の言葉にめんくらって動けないままでいた。
「越前、さっきの意味なんだけど」
「言った通りっすよ」
平然と彼は言う。
「不二先輩に会いたいから来ました」
僕と彼の決定的な差はここにある。
会いたいと思っていてもそれを悟られるのが悔しくて動けない僕と、考えたまま惜しみなく行動する彼。
「そう、ありがとう。僕も会いたかったんだ」
僕がそう言うと、彼は嬉しそうに笑う。
「それじゃ」
「え、もう帰るの?」
「今から戻らないと間に合わないんで」
満足したし、と手をひらっと振る彼の腕を思わずつかんだ。
「先輩?」
「さぼっちゃおうか」
思わず、口走った言葉は半分冗談で半分本気。
越前の出方をみると、
「やめとく」あっさり断られた。まぁ、当然か。
「それじゃ部活が終わった後、僕の家に来るのはどう?」
「ファンタ付きで」
「OK」
今度こそ彼は教室に帰っていく。
また授業中も越前のことばっかり考えそうだ。
放課後までなんて待ち遠しいことか。


2004年06月12日(土) 天使不二と王子  12

流れる血の色に、会場は騒然となった。

地区大会、シングルス2。
不動峰の伊武との試合で、越前はラケットの破片で瞼を切って負傷した。

「痛くないっす」
止まらない血に平然としている越前に、大石は「早く手当てしないとだめだろう!」と無理矢理ベンチに座らせた。
あれが痛くないはずない。
正面に立って、僕は越前の様子を見た。
血が瞼から顔に伝わり、ウエアも赤く染まっている。
「うひー痛っそ」
顔をしかめて英二は越前の傷から目を逸らした。
痛い、だろうね。
「平気っすよ、このくらい」
とてもそうとは思えない。
いくらなんでも、試合は無理だろう。
この試合を棄権しても、恥じることじゃない。
それにシングルス1には手塚が控えている。
彼なら勝つだろう。
越前が勝つところは見たかったけど、怪我が悪化したら元も子も無い。
棄権、すべきだ。
皆だって、そう思っているはず。

「やるよ」

あーあ、騒ぎ過ぎと越前はベンチから立ち上がった。
呆然とする周囲を無視して、「続けるから」と審判に向かって言い放つ。
「リョーマ!ちょっとおいで!」
竜崎先生の手当てで、一時的に瞼から流れる血は止まった。
しかし完全に左目の視界は遮断されている。

そんなハンデまで負って、どうして試合に臨みたいと思うのか僕には理解できない。

「10分だ!10分で決着がつかなければ棄権させるぞ。いいな」
そしてこんな状態で試合続行を許した手塚も。
わからない。
彼らしか理解しあえないことなのか。
天を降ろされた僕が見えてしまうくらい、美しい魂を持つ二人にしか入れないことなのか。

10分の間、僕はずっと食い入るように越前を見ていた。
瞬きすら忘れるくらい、輝く魂を見ていた。


「寝ちゃっているよ、うちのルーキー」
「本当だ。疲れていたんだな」
「腹が膨れたから、眠くなっただけじゃないっすか?」

打ち上げは、ご好意でタカさんの寿司家で行われた。
それぞれお腹をいっぱいにして、さあゲームでもするかとなった段階で、
隅っこで寝ている越前に気付いた。

「英二先輩、何やってるんすか?」
「イヒヒ。油断大敵ってね」
鞄から持ち出したサインペンで、英二は越前の眼帯に文字を書き出した。
「英二、いたずらは良くないよ」
「いいじゃん。起きない方が悪い」
あーあ。勝手にそんな落書きしちゃって。
俺も俺もと、桃が英二から借りたペンで何か書き足す。
「これで良し。鏡見てのお楽しみっ」
「しかしこいつ、起きねーな」
騒がしい周囲にも、越前はぐっすり寝ている。
「どうしようか?さすがに越前を置いては、行けないよな」
「えー、ゲームしたい!おチビ、起きろ!朝だにゃ!」
「やめなよ、英二。越前は疲れているんだから」
だって、と不貞腐れる英二に、僕は一つ提案した。
「皆はタカさんの部屋に行っていいよ。僕がここに残るから」
「え?不二が?」
「うん。越前が起きたら、上に連れて行くから。それならいいよね?」
「でも不二はそれでいいのか?」
いつの間にかノートを取り出しながら、乾が尋ねてくる。
一体、何をメモしているのやら。
「うん。僕もちょっと疲れたから、休んでおくよ。
ここにいてもいいかな?」
後半はタカさんを見て、言った。
「ああ、勿論」
「それじゃ決まりだね」
「わかった。不二、頼むよ」
それじゃ皆、行こうかとタカさんの声に二階へ移動していく。
最後に残った英二が「なーんか、この間から不二とおチビって変なんだよな」
それだけ言って階段を上がって行った。

やれやれ。
静かになった座敷に、僕は越前の真正面に座った。
初めて見た寝顔は、さっきまで力強い試合をしてたと思えないほど押さないものだ。
睫毛、長い・・・。
眼帯のしていない方の瞼に指でそっと触れると、
越前の眉がぴくっと動く。
だけど反応はそれだけで、未だ眠りの中だ。

瞼の傷、残るだろうか。
不意に、力を使って治してあげたくなる。
痛くないと越前は言ったけれど、しばらく痛むはずだ。
僕なら一瞬で、傷を塞ぐことは可能だ。

―――決して、人に見られないこと―――

わかってる。
僕は決してこの力を使うことは出来ない。
急に傷が消えたら、越前も他の人もおかしく思うだろう。

疑われてはいけないんだ。

唇を噛んで、僕は必死で耐える。
お前は結局何も出来ないんだと、こんな時思う。

越前が血を流した時だって、僕は見てるだけだった。
大石のように引き止めることすら出来ずに、突っ立っていた。

血を流しながらも、コートに戻ることを望んだ越前。
そこまでしなくても、いいのに。
何が君を駆り立てたの?

試合を終えた越前はベンチに戻ってくる時、手塚の方を見ていた。
「よくやった、おチビー!」
「この野郎、本当に10分で決めやがって!」
桃や英二に囲まれる中、確かに手塚を見ていた。

続けさせてくれて、ありがとうございます。

口には出さなかったけれど、心の声が僕には聞こえた気がする。
手塚も、結果を出した越前によくやったと言っているようだった。

そうだ。
この二人は近づけば、誰よりもわかり合える存在になる。
僕だって思っていたじゃないか。
手塚と越前の魂は近いものだから、一緒にいた方が良いって。

手塚は越前を求めて、越前だって手塚の実力を認めれば、惹かれることになるだろう。
それが一番、良いことなのだ。

だから疎外されているなんて思う、僕が間違っている。
この感情は間違っている。

眠りの中に漂う越前の頬をなぞり、僕は溜息をついた。


2004年06月11日(金) 天使不二と王子 11

試合に勝ったというのに、越前も桃も正座をさせられてしまった。
「お前が譲らないから、こういうことになるんだよ!」
「桃先輩だってこっちのコートに入って来たじゃないっすか!」
「やめんか!」
竜崎先生の声に、慌てて二人は口を噤む。

勝算がある試合って、こういうことだったんだ?
手塚の顔をちらっと見ると、なんだか疲れているようだった。
さすがの部長もあんなちぐはぐなダブルスをするとは思っていなかったらしい。
全く、型に嵌らないにもほどがある。

「リョーマは次の試合、補欠にする」
「なんで俺が」
「ぷぷっ、黙って俺達の応援していろよ」
「桃城はその次の試合、補欠だ」
「ええ!?そりゃ無いっすよ」
「応援、よ・ろ・し・く」
「いちいち可愛くねーな!可愛くねーよ!」
「そっちが先に応援しろって言ったくせに」
「なんだと!」
「また正座させられたいようだね」
「「スミマセン」」
二人のやり取りを見て、英二は盛大に笑い、皆もつられて笑った。

「手塚?」
そんな中、どこかへ行こうとしている手塚が目に入り、僕は思わず声を掛けた。
「どこか、行くの」
「柿ノ木中の試合を見てくるだけだ」
「へぇ」
手塚が敵情視察なんて、珍しい。
そう思って後ろからついて行くと、「なんだ?」と手塚が首だけ振り返った。
「僕も見ておこうかなと思ってね。一緒に行ってもいいだろ?」
「好きにしろ」
素っ気無く、前を歩いていく。
やや足を速めて、僕は手塚の隣に並んだ。
「しかしあの二人には驚かされたよね」
僕の言葉に、ぴくっと手塚の眉が動いた。
「手塚は、ああなることを知っていた?」
「知るわけがないだろう」
知っていたら止めたという口振りだ。
「もう越前にはダブルスはさせない方がいいんじゃないかな」
「俺がどうこう言うよりも、竜崎先生が反対するだろう。全く、あいつらときたら・・」
おや、と僕は手塚の横顔を見た。
咎めているような言葉だけど、本気で怒っているようには聞こえなかったからだ。
手を焼かされるけど、そんな越前が可愛くて仕方ないとでも言っているみたいな。
なんだか僕の方が照れてしまう。

二年以上も一緒にいて、こんな手塚は初めてだ。
無言でじろじろ眺めていたら、「何かついているか?」と手塚は居心地悪そうに聞いてきた。
「別に何も」
「そうか・・?」
「うん、気にすることないよ」

手塚の魂の色は恋を知ってもキレイだなって、思っていただけだよ。


2004年06月10日(木) 天使不二と王子 10

汗だくになった体を引きずって、部室のドアを開ける。
「終わりました」
報告すると、多分待っていたのだろう、部長は「そうか」と頷いた。
「明日、遅刻したらもう10周増やす。そのつもりでいろ」
「は−い」
顔を拭いたタオルをロッカーに投げ入れて、着替え始める。
遅刻に続く遅刻によって、今日は帰りも走らされた。
このままだとテニスする時間はゼロになるんじゃないかと、考え首を振った。
冗談じゃない。
学校生活で唯一楽しみな時間なのに、テニスができないとなると登校している意味がなくなる。
明日はちゃんと起きよう。
決意を固く誓ったところで、唐突に腹の虫が鳴った。
大きな音だったので、静かな部室によく響いた。
そっと後ろを振り返ってみると、部長はこちらを見て硬直している。
やっぱり、聞かれていたか。
いつも眉間に皺を寄せた顔とは全く違う、呆然とした表情。
珍しいもんみたな、とこっそり思う。

「・・・腹が減っているのか?」

話し掛けられると思わなかったので、びくっと反応した腕がロッカーに当った。
「まあ・・・」
曖昧に返事を返すと、部長は立ち上がりすぐそこのベンチにおいてあった鞄を探り出した。
「食べるか?」
部長の手の中にあるそれがなんなのか、確かめるために近くまで移動する。
包みには、ご丁寧にリボンが結んである。手作りお菓子らしい。
「これ、部長が作ったんすか?」
多分違うだろうなと、一応確かめる。
部長はまさかそんな質問をされると思っていなかったようで、肩が少し落ちた。
「違う」
「じゃあ、プレゼントっすか?」
「そうだが、変な物は入っていないだろうから安心しろ。
今日の調理実習で作ったそうだ」
「それ、俺が食べてもいいんすか?」
「ああ」
簡単に、部長は頷く。
これを渡した人は、どんな気持ちであげたのだろう。
ただの知り合い?
それともちょっとでも部長に近付きたくて、差し入れとしてあげたのか。
どっちにしろ、俺に食べられるとは思ってもみなかっただろうな。
押し付ける形で手に乗った包みを開け、中から出てきたカップケーキに遠慮なく被り付く。
「美味いか?」
また座っちゃった部長が顔を上げ、尋ねてきた。
頷くと、そうかとだけ返ってくる。
「部長は、食べないんすか?」
包みにはまだ2つある。
「ああ、甘いものは苦手なんだ」
「そうっすか」
名前も顔も知らない人が作ってくれたカップケーキ。
もう一つ、口に放り込む。
「こんなに美味しいのに」
残ったもう一個を、部長へ差し出す。
「一口くらい食べてみたら?あんまり甘くないし、いけるかもしれないし」
だけど、部長は受け取ろうとしない。
「腹も減っていないし、遠慮しておく」
「そうっすか・・・」
周りについている紙を剥がし、最後の一個も口に入れた。
結局部長が誰かからもらったお菓子は、全て俺の腹に収まった。
作る人の気持ちがこもっているから、ちょっとでも食べたら?
そんな事、俺が言うはずもなかった。
俺だって見も知らない人に押し付けられたプレゼントに、応える義務はないと考えるほうだし。

それでも気になったのは、この間の件があったからだ。
誰かに告白されている部長と、それを見ていた俺と不二先輩。

「どうした?」

不躾な視線に気付いたんだろう。
部長はペンを置いて、こちらを見た。
「えっと・・・・部長って女子から人気あるみたいだけど」
「いきなり何を言い出す」
また皺が増えてしまった。
このままだと、跡がはっきりつくんじゃないか。
「ちょっと思う所があって。
テニスに操立てているから、告白受けても付き合わないんすか?」
「・・・越前、そんな言葉どこで覚えてくるんだ」
操って、と部長が頭を抱える。
これは不二先輩が言ったと、教えない方が良さそうだ。
「ねぇ、どうなんすか?」
もう一度問い掛けると、部長はコホンと咳払いをした。
「操がどうとか、関係は無いが。
そうだな。今は大会のことだけを考えていたいとは、思っている」
「それじゃ、大会が終わったら考える余裕は出てくるってことっすね」
部長にはハッキリした理由がある。
全国大会で優勝という目的に全力で向かっている間は、
そんなことが入る隙間がない。
だけど、終わったら誰かと付き合う可能性が出てくるって訳だ。
「そこらが違うんだよな・・・」
あの人は、誰とも付き合う気は無いって言った。
部活動で余裕が無いから、なんて理由じゃなさそうだ。
その理由は何?
どうしてそんな悲しそうな顔をしていたんだろう?

「越前?さっきからお前の話に、どういう意味があるんだ?」
部長の声で、考え事から意識を戻す。
「別に、ちょっと聞いてみただけっす」
「もしかして、告白されたとか」
ぼそっと言う部長の声に、ぎょっとして目を見開く。
「違います!」
「勘違いなら、すまない。ただお前が悩んでいるような顔をしていたので、
もしかして誰かの意見が聞きたいのかと。そう思った」
悩んでいる?俺が?
そんなのあるはずない。
大体、不二先輩のことでどうして俺が悩まなくちゃいけないんだよ。
「悩んでいることも、告白も無いっす」
「そうか」
「色々、おかしなことを聞いてスミマセン」
「いや、いい」
そのままぷっつり途絶えた会話に、なんとなく気まずい思いをして、鞄を取りにロッカーへと歩く。
「部長お先に。お菓子、ごちそうさまでした」
ぺこっと軽く頭を下げ、部室のドアを開けるのと同時に、部長の声が被った。
「越前」
「何すか?」
明日は遅刻するなとか、そう言われるのかと予想する。
「もし困ったことがあって、一人で解決できないようなら。
いつでも相談してくれ。俺で出来る範囲なら力になる」
「はぁ」
全然予想と違う言葉に、頷くしかできない。
「・・・・・それじゃ、また明日」
「気を付けて、帰れよ」
眉間には皺が無かった。
どこか機嫌良さそうな部長の顔に、
それこそ一体なんだよと考えたけどさっぱりわからなかった。






地区大会が始まった。
一番の心配は、越前の遅刻だろうと僕は密かに思っていた。
しかしそれに反して、彼は桃と一緒に会場にやって来た。
「おはようございますー」
朝から元気の良い桃と反対に、越前は黙っている。
別に具合が悪いわけでもなさそうだ。
試合を前に、緊張しているのとも違う。
静かに闘志を燃やしている。
「越前と桃。なにか変だと思わない?」
隣にいた英二の肘をつつく。
それまで無駄話してた英二も、僕の声に越前と桃の方に目を向ける。
「うーん、たしかに」
こそこそと二人は隅っこで、肩を寄せている。
「これはなんかありそうだにゃ」
「そうかもね」
彼の魂から見え隠れする炎みたいな光を、僕は気付かれない角度から見ていた。

綺麗な、色。

ランキング戦の時も、越前の魂はこんな色で輝いていた。
彼の性格そのままに、力強く迷いが無い綺麗な色。


「ダブルス!?」
「越前と桃城が組んで?」
嘘だろ、と発表されたオーダーに皆がざわめく。
「静かに!まだ全部言っていないだろうが!」
竜崎先生が大声を出し、静かになる。

今回手塚は補欠で、僕がS1。
たしかに地区大会第一試合で、手塚が出るほどじゃないと思う。
それはわかるけど。

「どうしてあの二人がダブルスを組むことになったんだい?」
納得がいかなかった。
無謀にもほどがあるからだ。
手塚に尋ねると、俺は関知していないと首を振った。
「竜崎先生のところに、頼みに行ったそうだ」
「だからって・・・」
無茶苦茶だ。
第一、ろくすっぽダブルスの練習もしていないじゃないか。
「なにか勝算でもあるのだろう」
「そんな暢気なこと、言ってていいの?」
思わず責めるような口調になったけれど、手塚は動じなかった。
「本人達がやる気になっているんだ。勝ち目がないとは、思わない。
あいつらなら、何かしてくれるだろう」
「・・・・・・・・」
真っ直ぐな手塚の視線に、僕は目を伏せた。
そうか。
君は信じているんだ。
越前の力を。
「わかったよ。君も先生も納得していることなら、もう口出しはしない」
「不二」
「彼らがどんな試合を見せてくれるのか、見届けるだけだ」

越前の公式第1戦は、こうして奇妙なダブルスから幕を開けた。




2004年06月09日(水) 天使不二と王子 9

久し振りに屋上へ足を運んでみた。
ここに来たのは、あの時以来だ。
不二先輩と、会話するようになったきっかけの場所。

少し重い扉を開ける。
(良い天気・・・・)
あの日と同じように、青い空が広がっていた。
周りを見渡しても、誰もいない。
――――――怪我をして、飛べない鳩もいない。

今でもあの鳩に、先輩が何かしたんじゃないかって疑問はある。
魔法みたいに傷を治した?なんて自分でも笑ってしまいそうなこと、
少しだけ考えていた。
そんなの映画や本の中の話だってわかっているから、誰にも話したりしない。
笑われるか、見間違いだろと言われるだけだろう。
誰か別な人が話してきたら、俺だってそんな風に答える。
この件は、納得いかないけれど俺の勘違いってことで片付けようと思う。
しつこく先輩に問い詰めても、答えは返ってこないだろうし。

だからもう、先輩に近付く必要はない。
知りたいことは、もう無くなったのだから。
俺の中で一区切りついたのに。

今は、違う意味で先輩のこと知りたいと思ってる。


『良かったら抱っこさせてもらえる?』
カルピンの様子を見ると、暢気に尻尾を揺らしていた。
良いらしいと判断して、先輩に渡す。
『どうぞ』
『ありがと。うわ・・・ふわふわだね』
機嫌良さげに、カルピンは喉を鳴らしている。
『可愛い』
そう言って俺に笑いかける先輩に、俺は動けなくなっていた。
いつも見てる笑顔なのに。
今まで一番優しく見えて、どきっとした。

変な人なんだけど。
嫌いじゃない。

カルピンを探すことに、先輩は一生懸命付き合ってくれた。
そして二度も、受け止めてくれた。
自分も怪我するかもしれないのに。
なんでもないように笑っていた。

嫌いじゃない。

むしろどっちかというと・・・。


そこまで考えて、ハッと我に返る。
なんだかまずい方向に進んでいきそうだった。


昼寝する気分にもなれず、フェンスに近付き裏庭を見下ろす。
(部長?)
ちらっと見えたけど、あの横顔はたしかに部長だ。
もう一人、知らない女子生徒と一緒に歩いている。

(もしかしたら、この状況って)
桃先輩から(別に興味も無かったんだけど)聞いたことある。
部長はそりゃ校内・校外問わずもてるんだって。
でも全部「今は部活に専念したいから」と断っているらしい。
さすが部長だよなと、桃先輩は感心したように悦に入っていた。
その時は、ふーんで済ませたんだけど。

人気の無い裏庭。
俯いている女子生徒。表情を崩さない部長。
・・・告白の場面なんだろうな。
当然ここからは、二人が何を言っているかさっぱり聞こえない。
向こうが顔を上げない限り、見えないのを良い事に俺は二人の様子をじっと伺った。
あの部長が女の子から告白されて、どんな顔するのかちょっと見てみたいじゃないか。
照れたりするのかな・・・。
自分の想像に有り得ないとツッコミ入れながら、部長の表情が良く見える角度へとそっと移動をしてみる。

しかし下に気を取られていたおかげで、背後の気配に全く気付かなかった。「越前君」
「・・・っ!?」
不意に肩に手を乗せられ、飛び上がりそうになる。
「そんなに驚かなくても。こっちがびっくりしたよ」
「不二先輩・・・・・」
目を瞬かせて、先輩は首を傾げた。
「何、見てたの?知られちゃまずいこと、かな?」
「そんなんじゃないっすよ」
覗き見していたのは、ちょっとばつが悪いかもしれないけど。
否定すると、先輩も下を覗き込んだ。
「なんだ手塚か」
ふーんと、先輩は面白そうな声を出した。
「気になる?」
「え?いえ・・・」
気になるって告白が受け入れられるかどうか?
それなら多分、ダメなんじゃないかなと思う。
あの女子生徒が部長の片思いの相手だったというオチなら、別だけど。
「うーん、それじゃ質問を変えてみようか。あの子と手塚が付き合うってことになったら、どう思う?」
「はい?」
言ってる意味がわからなくて、しばし考える。
部長が女の人と付き合う、か。
「どんな会話するかちょっと聞いてみたいかも」
思ったことを口にしてみた。
すると先輩は、俺の顔をまじまじと凝視した。
何か、おかしなこと言っただろうか。
「これは・・・困難かもしれない」
ハァと呆れたような溜息までついてる。
「不二先輩?俺、変なこと言ったっすか?」
「いや、いいよ。答えてくれてありがとう」
「はあ」
俺達が噛合わない会話をしている間に、下の二人は話を終えてしまったみたいだ。
女の子が俯いて、顔に手を当ててる。
「あー、だめだったみたいだね」
「・・・・そうっすね」
走って去っていく女の子を、部長は引き止めもせずその場に突っ立っている。
遠くからしか見えないけど、あまり表情に変わりは無い。
グラウンド10周。
そう言ってる時と、ほとんど同じだ。
女の子の姿が見えなくなってから部長も歩き出し、誰もいなくなった。

「手塚に告白しても、無駄なのにな」
呟いた不二先輩に、俺は思わず尋ねてみた。
「部長って誰か好きな人でもいるんすか?」
「いや、知らないけど?」
「でも今、無駄って・・・」
そういう意味じゃないのだろうか?
「ああ、好きな人とかじゃなくって、手塚はテニス一筋だからね。
大会を控えて、誰かが告白しても結果は一緒じゃないかなって思っているんだ」
「例え部長の好きな人が告白してきても?」
「そうだね・・・。せめて全国大会が終わるまで、保留にしてくれないかと言うんじゃないかな」
それはありえそうだ。
俺は納得して頷いた。
「あ、じゃあ。不二先輩は?」
「僕?」
桃先輩情報によると、不二先輩も部長に劣らずもてるって聞いてた。
ま、三年の先輩はほとんどもてるみたいらしいけど。
「誰か告白してきたら、やっぱりテニスのことだけ考えたいなんて言うんすか?」
これもちょっとした好奇心だった。
部長と違い、不二先輩には女の子と付き合っているイメージはある。
・・・・・・でも部活の無い日に、ふらふら一人で散歩している時点でフリーかなと思うけど。

「僕は手塚みたいにテニスに操立ててるわけじゃないから。
その言い方はちょっと無理だよ」
「だったら?」
「普通に、断るよ。誰とも付き合う気はないって」
「誰とも!?」
意外、だった。
それなりの女の子とだったら、付き合いをOKしそうな感じなのに。

「うん。誰とも、付き合う気は無いから」

どうしてっすか。
聞こうとしたけれど、出来ずに黙った。

先輩が言いたくなさそうだから。
横顔が、寂しそうにみえて。
何か人に言えない理由を抱えているんだって、思ったから。

「・・・良い天気。今日はこのままさぼりたい気分だね」
「そうっすね」

昼休みの終了のチャイムが鳴るまで、
俺達は空だけを眺めていた。






2004年06月08日(火) 天使不二と王子 8 

着替え終わって、英二と一緒にコートに出ようとしたところだった。
ドアに手を伸ばしかけた瞬間、勢い良くそれが開かれる。
「あ、いけね。不二先輩、大丈夫だったすか?」
どうやら向こう側から開けたのは、桃だったらしい。
急いで来たのか、額にうっすらと汗を浮かべている。
「大丈夫だよ。でも気を付けてね」
「はいっ」
「そうだぞ、桃ー。こんな時期に怪我したら大変だろ」
英二にまで注意されて、桃は申し訳無さそうに身を縮めた。
やれやれ。
こんな事に時間を取られている場合じゃないだろう。
「早く着替えなよ。もう少しで遅刻になるよ?」
桃を助けるつもりで言った台詞ではない。
後ろにいるであろう、越前の為だ。
さっきから見え隠れしている魂の輝きを、僕はとっくに気付いていた。
「おっと。おら、越前。お前も急げよ」
「桃先輩が入り口塞いでるんじゃないっすか」
ようやく入って来た越前は、僕の方を見て一瞬足を止める。
そして少しだけ、頭を下げた。
「おはよう、越前」
「おはようっす」
僕らのやり取りを見て、英二も越前に声を掛けた。
「おチビ、おはよっ!」
「・・・・・おはようっす」
少しめんどうくさそうに答え、越前はさっさと自分のロッカーへ向かってしまった。
「なーんか、不二と俺とじゃ態度違うくない?」
うるうるした目でこちらを向いた英二に、「さあね」とだけ返事して今度こそコートへと向かった。
「おチビと何かあったの?」
「何もないよ」
「嘘ー。じゃあ、なんでおチビは不二に対してだけ、あんな素直なんだよ」
「普通だと思うけど。英二がそう見えるなら、人徳の差って奴じゃない?」
「なんだよ、それー。おチビの奴、この間から不二のことやけに気にしてるし・・・一体、どうなっちゃってるんだよ」
ストレッチ中もしつこく食い下がる英二に、知らん顔で通す。
大したことじゃないけど、誰かにぺらぺら話すつもりは無い。

「どうしたんだ、英二。騒がしいな」
「うー、大石〜。不二が意地悪する〜」
英二があんまり騒ぐから、大石が声を掛けてきた。
それにしても意地悪だなんて、人聞き悪いな。
ただ聞かれたことを黙っていただけなのに。
「別になんでもないよ。英二が勝手に騒いでるだけ」
「そうやって肝心なところ隠すつもりなんだろう。
ずるい、俺だっておチビと仲良くしたいのに」
「え、英二」
足踏みしてだだをこねる英二を、大石は宥めるようと必至だ。
「不二もなんとか言ってやってくれよ。一体、どういう状態なのか俺には見当つかないんだし」
「・・・・・・・・」
相手する気もなく、僕は明後日の方向を向いた。
ずるいずるいと言われようが、話す義理はない。
越前だって、他の人に昨日の件をあれこれ話をされるのは、好きでもないだろう。
「あれ・・・?」
余所見した方向に、ちょうど手塚が立っていて目が合った。
しかし彼は途端にふいっと目を逸らしてしまう。
不自然な動きに、何だろうと首を傾げる。
ひょっとして僕達の会話が聞こえた・・・・?
英二の言い方は、越前と僕が隠れて仲良くしているように取れるかもしれない。
それで気になって、こっちを見ていたのか。
わかりやすい態度だなと、僕はこっそり笑った。
「ほら、英二。その位にしておこう。もう集合時間になるぞ」
「うーん、でもー」
「でもじゃない。部活の時は部活のことだけを考えろ」
「不二ー」
「ほら、行くぞ」
まだ愚図っている英二を、大石は引きずって行ってしまった。
なんだかんだと、大石って言う事聞かせているよね・・・。

英二はその後、越前に直接詮索していたけれど、思った通り無視されていた。
「何があったんだよー!ねぇ、おチビってば!」
「英二先輩、今部活中っすよ?静かにして下さい」
あんまり騒ぐものだから、英二は手塚に「グラウンド20周してこい!」と言われてしまった。
すごすごとグラウンドに歩く英二を見て、こればかりは仕方ないなと思う。
越前の方を見ると、英二の追及から逃れてあからさまにほっとしている様子だ。
「越前」
声を掛けると、彼はタオルで汗を拭いながらこちらを向いた。
「英二に絡まれて、災難だったね」
「まあね。全く、あの人少し静かにして欲しいっすよ」
英二がこれを聞いたら、また騒ぐんだろうなと思い、少し笑ってしまう。
「何すか?」
怪訝そうな顔をして、越前は眉を寄せた。
「いや。英二は君がお気に入りだから。構いたくてしょうがないんだよ」
「ふうん?」
「特にいつの間にか僕と仲良くしているのが、どうしてだか知りたいんじゃないかな?」
目を見開き、越前は僕をまじまじと見た。
「越前?どうかしたのかい?」
「俺と先輩って・・・」
「え?」
「仲良いんすかね」
帽子を被り直し、目線を合わさないまま、越前が問い掛ける。
その問いに、彼自身も戸惑っているかのようだ。

「僕は、仲良くしてるつもりだけど」

昨日からいつも素っ気無い越前の色んな表情が見れて、
僕はとても嬉しかった。
だからこの言葉は、本当のことだ。

「そう・・っすか」
越前はなにやら考え込んでしまったようだ。

どうしたのか聞こうとする前に、
「不二っ、次コートに入れ!」
手塚の声が響いてしまった。

「ハイハイ。じゃ、越前また後で」
「・・・・」
返事は無いけれど、僕はラケットを持ってコートへと歩いた。
いつもより眉間の皺を増やして、手塚はこちらを睨んでいた。
後、もう少し無駄話が多かったら、英二みたいに走らされていたかもしれない。
私情を交える手塚じゃないけど、今日はこれ以上刺激しない方が賢明だ。

朝練の最中、手塚はいつも以上に越前を目で追っていた。
そんなに気になるなら、さっさと行動に起こすなりすればいいのに。

自分の気持ちを自覚しているかどうかも危うい手塚に、歯痒くなった。


2004年06月07日(月) 天使不二と王子 7 

きょろきょろと辺りを見渡す。
名前を呼ぶと大概飛びついてくるカルピンは、今日に限って遠くまで逃げたのか、中々見付からない。

「カルピンー!」
少し大きい声を出して、茂みを覗く。ここにも隠れていない。

「あーあ・・・・」
ふぅっと息を吐いて、またとぼとぼと歩き出す。
もうすぐお昼ご飯の時間だ。一旦、家に帰るべきか考える。
でもカルピンもお腹空かせてどこかで鳴いているかもしれないし・・。
もうちょっとだけ探すか。
折角の休日、愛猫捜しに費やされているのも情けない気がするが、仕方ない。

「カルピンー!」
学校まで行ってたりしないよな?
嫌な想像に眉を顰め、念の為学校の方角へと足を進め始めた時だった。
曲がり角から不意に出てきた人影に、ぶつかりそうになりさっと避ける。
脇に逸れ、何気なく顔を上げるとそこに良く知った人が立っていた。

「え?」
「やっぱり越前の声だった」
「なんで?」
思わず声に出してしまったが、目の前の人物は気に求めずに、にこにこ笑っていた。
「君の声に似てるなぁと思ったけど、本人だから当然だよね」
うんうんと勝手に納得して頷いている。
「どうしてここに不二先輩がいるんすか!?」
不二周助。屋上の一件以来、『得体の知れない人』と勝手にレッテルを貼った先輩だ。
避けられてたはずなのに今度は近づいてきたりと、真意が全く見えない。

「そんな警戒しなくても」
無意識に距離を取ったのを見て、先輩はくすっと笑った。
「先輩が急に現れたりするから」
まだ距離は保ったまま答える。本当、どこから沸いて出たんだ?
「僕だって散歩くらいするよ。ここで会ったのは偶然。わかった?」
「はぁ・・」
本当かよ?
「君の方こそこんな所まで歩いて来たの?」
「まあ、そうっす」
「名前を呼んでいたみたいだけど」
「えーっと、」
追求してくる先輩に、逃げ出したカルピンのことを話した。
天気が良いからと従姉がお風呂に入れたけれど、タオルドライの時に窓から脱走したこと。
そして現在捜索中だということも。
「ふーん、越前ってカルピンのことが好きなんだね?」
「は?」
「だって可愛くてしょうがない。話をしている時、そういう表情をしていたよ」
どんな顔だというのだろう。
くすくす笑う先輩を前に、困惑してしまう。
「ま、そういう事なら早く探しに行こうか」
「何が?」
「何がって、カルピン捜しに行くんでしょう?」
頷くと、先輩は俺の腕を掴んだ。
「さ、行こう」
「ちょっと、先輩まで付き合うことは無いっす」
抵抗するが、先輩の力はさすがに強い。
「一人より、二人で捜す方が早く見付かると思うよ。カルピンの特徴を詳しく教えてくれる?」
引っ張られる形で、歩き出した。




「中々、見付からないね」
「はぁ・・・」

おかしなことになっていた。
カルピンを捜しに来ただけなのに、途中で不二先輩に会って一緒に探してもらっている。
とりあえず二手に分かれてこの辺りを捜したが、カルピンは見付からなかった。

「もしかしたら、家に帰っているかもしれないっす」
そこまで言って、まだ昼食も取っていなかったことを思い出す。
なんだか急に腹が減ってきた。
ちょっと探しに行くだけと行って出て来たから、帰ってこない俺を菜々子さんは心配しているかもしれない。
一度、戻った方がいいのかも。

「自宅の方、もう一度探してみる?」
「ハイ。あの、不二先輩。手伝ってくれてありがとうございました」
「ううん。特に予定も無かったから。気にすること無いよ」

屈託なく先輩は笑う。
予定が無いって、休日くらいデートの一つ二つでもしてそうなものなのに。
俺が聞く限り、不二先輩は部長に次いで青学で女子の人気が高い人だ。
青学だけじゃなく他校の生徒からも告白されているらしいぜと、桃先輩も言ってた(そういう自分は他校の女子生徒が気になっているみたいだ)
まじまじと先輩の顔を見ると、「どうかした?」と聞かれる。

「なんでも・・・。それじゃ俺、家に帰るんで」
「あ、越前。ちょっと待って!」
「はい?」
「お腹、空いていない?」
先輩が質問した途端、タイミング良く俺の腹がくぅと鳴った。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
お互い沈黙した後、先輩はぷっと吹き出した。
「聞くまでもないみたいだね」
「悪かったっすね!」

ああ、顔が熱い。大声でどなって、体をくるっと翻す。
ずんずん家に向かって歩き出すと、後ろから先輩が慌てて追い掛けてきた。

「つい笑っちゃっただけなんだ。別に悪かったなんて思っていないよ」
「・・・・・・」
「良かったらお昼ご飯食べに、どこかに入らないかって誘うつもりだったんだ。
ほら、僕もお腹空いていることだし。ね?」
一生懸命誘ってくる先輩に、無視するのを止める。
さっきまでカルピン探しを手伝ってもらったことだし、そうそう邪険には出来ない。
「でも俺、手ぶらで出てきちゃったから」
「誘ったのは僕だから、今日は奢ってあげるよ」
「やった!」
家にだけは連絡したいというと、先輩は携帯を貸してくれた。
どこまで探しに行っているのかと、菜々子さんはやっぱり心配していたようだ。

「途中で、テニス部の先輩に会って。一緒に探してもらっていたんだ」
「そうでしたか」
「それで、今からお昼ご飯食べて来るから。もう少し遅くなる」
「わかりました。私もこの付近をもう少し捜してみますね」
「うん。俺も帰り道、捜してみるよ」

カルピンはまだ家にも帰っていないようだ
お礼を言って携帯を渡すと、先輩も会話を聞いていたようで眉を寄せた。
「まだ帰っていないって?」
「はい」
「さっと食べてまた捜してみよう。きっとどこかにいるはずだよ」
励ましてくれるような言葉に、俺は頷いた。





ファーストフードでお腹を満たした後、また二人でカルピンの捜索を始めた。
「越前って見掛け以上の食欲だよね。あれだけの量、どこに消費されたのかなあ?」
「育ち盛りなんで」
「・・・・そうだね」
「今、何か失礼なこと考えてない?」

だらだらと会話しながら、俺達は歩いていた。
きょろきょろ辺りを捜しながらだから、速度はゆっくりだ。
家に着いてもいなかったら、今度はどこへ捜しにいこうか。
時間が経過するにつれて、段々俺は焦り始めていた。どうしよう、見付からなかったら。

「ねぇ、越前」
「何すか?」
「あれ」

隣を歩いていた先輩はぴたっと足を止めて、上を指差した。

「カルピン!?」
「やっぱり。ヒマラヤンがいるからそうじゃないかって思ったけど」
知らない人家の大きな木に、カルピンはしがみついていた。
「あれ、降りられなくなったのかな」
「わかんない。おーい、カルピンー!」
名前を呼ぶと、カルピンもこちらに気付いたようで「ホァラ」と泣き声を上げた。
「どっから入ったんだ。こっち、来れるか?」
手を差し延べるが、到底カルピンのいる枝に届くはずがない。
また一声鳴いて、カルピンはじっと動こうとしなかった。

「やっぱり降りられなくなっている・・・・?」
「そうかも」
どうしようかと、先輩と顔を見合わせる。
まさか勝手に塀を乗り越えて、木に登るわけにもいかない。
「家の人に事情を言って、はしごでも借りようか」
「そうっすね」
ぐるっと玄関のある方へと回る。
インターフォンを押すが、返事は無い。
「留守かな?」
「それっぽいね」
ぱっと見たところ窓も閉まっているし、誰もいないみたいだ。

「どうしよう」
このままにしておけないと、拳をぎゅっと握り締める。
「越前」
肩に先輩の手が触れた。顔を上げると、いつものニコニコした笑顔が目に入る。

「大丈夫。なんとかカルピンを降ろそう」
「なんとかって・・・・」
「たしかさっきの道に、交番があったよね」
「はぁ?あ、そういえば」
「急ごう」

早歩きした先輩の後を、慌てて追う。

「あの、不二先輩」
「何?」
「まさか猫を降ろすのに、お巡りさんを呼ぶの?」
「まぁね」
そんな無茶な。あまりの突飛な発案に足を止めたが、先輩は先へと行ってしまう。
「無理っすよ」
「無理かどうかは説得しないとわからないじゃないか。僕ら二人だけで、どうこうしようとしたらまずいことになるかもしれない。こういう時きちんと大人を通していれば、後々面倒がなくなるからね」

絶対、こんなくだらないことでと、怒られると思った。
話を聞いてたお巡りさんは最初面倒そうな顔をしていた。当然だ。
でも先輩がせめて梯子を掛ける許可だけをお願いしますと何度も頭を下げたら、
最後には「しょうがないなぁ」と溜息をついて立ち上がった。
梯子は、隣の家の人から借りることになった。
「こんなので良かったら、どうぞ」
お巡りさんと中学生二人の組み合わせにどうしたのかと事情を尋ねられ、訳を話すと快く物置から梯子を出してくれた。
「あの上に、ねぇ。犬にでも追い駆けられていたのかしら」
飼い主の俺が梯子を昇り、下は二人に支えてもらった。
他の人だと、カルピンが逃げて余計上に登ってしまうかもしれないし。
「カルピン、おいで」
ようやくぎりぎりのところで枝に手を伸ばす。
「よーし、いい子だ」
おずおずとこちらに近づいてくるカルピンを、じっと待つ。
「ほら、早く。おいで」もう後、二歩、一歩。よし。
「掴まえた」
ふぅっと息を吐く。胸の中に抱き込んだカルピンの体温に、ほっとする。
「越前ー、ゆっくり降りておいで」
片手でカルピンを支えながら、慎重に降りていく。
全く、今回の件では不二先輩には世話になりっぱなしだ。
「それもお前のせいだぞ」
小声で叱っても、カルピンは暢気な顔して胸にしがみ付いているだけだ。
「ゆっくりとね、もうちょっとだから」
心配そうな先輩の声に、少し笑ってしまう。もうほんの数歩だ。
「えっ、あ」
確かに足は梯子を捉えていた。それなのにずるっと滑り、体が傾いていく。

「越前!」

どさっという音と共に、俺は地面に叩きつけられていたはずだった。
「前にもこんなことあったね」
「先輩!?」
しっかりと後ろから抱きしめられ、俺は激突を免れていた。
「なんで!?先輩、怪我は?」
「大丈夫。この間と同じで無傷だよ」
「君、大丈夫かい?」
「怪我は?」
青くなってるお巡りさんと奥さんに、先輩は俺の体を引き寄せる形で立ち上がる。
「この通り、なんともありません」
「良かった・・・・・」
「ええ。猫も無事、救出出来たことですし」
その言葉に、全員がカルピンに視線を集める。
「ホァラ」
ゆらりとしっぽを揺らし、カルピンが無事を報告した。





「ああ、もうびっくりした」
「そんなに何度も言わなくても、いいよ」
「だって先輩が怪我したかと思ったから、本当に驚いたんすよ」

是非、家に寄ってくださいと越前が熱心に誘うので、断りきれなかった。
愛猫カルピンを抱きかかえ、越前は僕の隣を歩いている。

「怪我してたら、越前は心配してくれてた?」
少し意地悪な質問だったかもしれない。
越前はふいっと横を向いて、「きっと俺が怪我すれば良かったと思う」と言った。

君に怪我などさせられる訳ないじゃないか。
そう言い返そうと思ったけど、やめた。
彼の顔が、泣きそうに見えたのは気のせいかもしれないけど。
そうか。自分を庇って、誰かが傷付くのを良しとしない子だったな。

「とにかく、カルピンが無事戻ってきて良かったね」
名前を呼ばれたのがわかったのか、越前の腕の中にいる猫は鳴き声を一つ上げた。
「そうっすけど。ここまで人騒がせな奴だとは思わなかった」
そう言いながらも、越前の目は優しい。
「先輩」
「何?」
「色々とありがとうございました」
「どうしたの、急に」
改まってお礼を言われ、僕は驚いた。不意打ちに素直な言葉を聞いたものだから、ドキドキしている。
「俺一人だったら今頃、木の下で困っていただけだったすよ」
「別に・・・・、そのくらい」
「先輩に会えて助かったっす」
「大げさだな」
不思議な感覚だった。
警戒心の強い猫に懐かれるのって、こんな感じだろうか?

慣れない言葉に照れたのか、俯き加減の越前にふっと笑う。

手塚。君は彼のどういう所に惹かれたの?




2004年06月06日(日) 天使不二と王子 6

委員会でテニス部に行くのが遅れた僕の前を、見慣れた背中が歩いていた。

「手塚、今から?」
「ああ」

大股で手塚の隣に追いつく。
特に話がある訳じゃないけど、一緒に部室へと向かう。

「毎日大変だね、部活を生徒会との両立」
「そうだな」
疲れたという顔をして、手塚は頷いた。
生徒会も大変らしい。
毎日、手塚は部活の始まる時間に顔を出した試しがなかった。
「本当ならこの大切な時期、テニス部の方だけに専念したいのだが・・」
そう言って、息を吐く。
彼が愚痴を零すのは珍しい。

そんなに忙しいのだろうかと、僕は少し心配になった。
手塚も真面目過ぎるからな・・・。
そこが彼の美点でもあるが、気を抜けない性格っていうのは厄介なものでもある。
少しくらい手を抜けば楽になれるのに。
言っても手塚はそうはしないだろう。
呆れる程に真面目で、一本気な性格。
彼の魂が曇りないものなのも、頷ける。

「生徒会、そんなに忙しいんだ?」
「出来るだけ、分担してやっている。それでも追いつかない」
「そっか。でもほどほどにしておきなよ。根を詰めて体を壊したりしたら、元も子もない」
「ああ。今年が最後の大会だからな。その辺りは気を付ける」
「最後の大会か・・・・」

そこで一旦話を終え、僕らは部室に入った。
手早く着替えて、コートに向かう。
隣を歩く手塚の視線が、コートのある一点に集中していることに気付く。
越前がそこでストロークの練習をしていた。
正確なラケットさばきで、ボールを相手コートに返している。
無駄の無い綺麗なフォームだ。
手塚でなくても、見惚れてしまう。
「ねぇ、手塚」
「何だ」
「僕らは、全国に行けると思う?」
そこで手塚は僕の方へ顔を向けた。
「ああ。このメンバーで必ず」
力強く頷く手塚の魂が、一際輝いて見えた。



手塚と越前か。
コートの端で言葉を交わしている二人を観察する。
うん、悪くない組み合わせだ。
手塚が越前を気にしているのは、一目瞭然だ。
同性同士だからとかそんなのはどうでも良かった。
手塚が越前に引かれるのは、自然にも思える。
この二人の魂は他の人間と明らかに違う。
天使じゃなくなった僕にさえ見えるくらいの、強い綺麗な魂。
案外、越前の方でも手塚を気にする日がその内やって来るかもしれない。
何事か話をする手塚に、越前は頷いている。
手塚はいつもの無表情だが、越前を見ている目は優しいと感じる。
少し手を貸してやることにするか。
手塚はあんなだから、気持ちを自覚しているのも怪しい。
越前はテニスの事しか考えていないお子様だし、この調子でいったらいつまでも進展しそうにないだろう。
ちょっとだけ後押しが必要だよね。
天使の使命とかそういうものではなく、個人的な楽しみだ。
上手く二人がくっついたら、からかってやろう。








なんだか今日の不二先輩の視線は、露骨だ。

「何か用っすか?」

ベンチに座っている俺を、少し離れた場所で立って見ている。
空いているんだから、勝手に座ればいいのに。
探るような視線は、苦手だ。

「用って訳じゃないんだけどね」
苦笑しながら、先輩はようやく隣に腰を降ろした。

「越前って家でもトレーニングしている?」
「・・・・・まぁ、ちょっと」

何を聞いてくるんだと、身構える。
しかし全く予期せぬ言葉が飛び出す。

「そっか、練習熱心だね。ところでテニス以外ではどんな事して過ごしている?」
「は?」
「休みの日とか。まさか一日中テニスだけってことじゃないんだろう?」
「・・・・・・」

一体、この人何。
そんな目で睨むと、両手を振って言い訳をしてきた。

「別にデータ取るとかじゃないから」
「だったら聞く必要も無いんじゃないの?」
「それはちょっと・・・理由があるんだ」
「理由?」
「うん。そうだな、越前の事が知りたいから。これじゃだめ?」

だめに・・・決まっている。
俺が知りたいことは答えてくれなかったくせに、自分ばっかりなんだよ。
調子良過ぎ。
そう思っていたけど、屈託の無い綺麗な笑顔を間近にして、口篭もってしまう。

「なんで知りたいんすか・・・」
きっぱり断ってやるつもりだったのに、俺はそんな言葉を口にしていた。
「色々と大切なことなんだよ。その内わかるから」

またはぐらかす。
だけど何か楽しいことを企んでいる先輩の顔を見て、
文句を言う気は失せていた。


2004年06月05日(土) 天使不二と王子 5

斜め前に座っている越前は、ハンバーガーに被りつきながら時々僕の方をちらちら見ていた。
「―――で、おチビ聞いてる?」
「は!?えっと何だっけ」
「・・・俺の話なんかどうでもいいんだ」
いじけた話し方をした英二に、越前は困ってしまったようだ。
「誰もそんな事言ってないっす」
「じゃあ、さっき何の話をしてたか言える?」
「えっと、それは・・・」
「ほら、やっぱり!」
おチビが冷たいーとまた英二は騒ぐ。
越前が話を聞いてなかったのは、僕の方に気を取られていたからだろう。
そういう僕も越前のことを観察していて、英二の話はちっとも聞いていなかったのだけど。
「俺は悲しい・・・。こんなにもおチビのことを可愛がっているのに」
まぁまぁと桃が宥めても効果はないようだ。
越前はどう声を掛けたら良いか戸惑っているかのようだ。
その顔がなんだか可愛らしく見えて、僕は思わずくすっと小さく笑ってしまった。
「何すか」
どうやら聞こえていたらしい。
ハッキリ睨みつけている越前に、「なんでも無いよ」と肩を竦めてみせた。
「英二、お店の中だから少し静かにね。
越前だって別に英二の事を嫌いって訳じゃないんだから。
ただ、ちょっと食べる方に集中していただけだよね?」
「別に、俺はっ」
がたっと席を立ちかける越前に、英二も桃もどうした?って顔を向けた。
「・・・・・・スミマセン」
越前は二人の視線に気付いて、また椅子に座り直した。
「あー、その」
静かになった座を取り直すように、英二はぽんと手を叩く。
「おチビ、そんなにお腹減ってんのならナゲット一個あげる」
「・・・ども」
英二が差し出した箱に越前は手を伸ばし、ナゲットを一つ取り出した。
「食べ終わったら話聞いてくれる?」
「うっす」
頷いて、むしゃむしゃナゲットを頬張る。
英二も桃もほっとして、自分の分に手を伸ばす。
また越前はちらっとこちらを見て、英二の方へ顔を向けた。
それ以降、越前は僕に視線を向けることはなかった。

「英二は越前のこと、気に入っているね」
桃の自転車に乗って帰る越前の後姿を見送って、
僕と英二は家へと歩き出した。
「だって小さくて可愛いじゃん。ちょっと生意気だけどさー。
懐かせたら嬉しいよね、きっと」
「野生動物扱い?」
「あはは、近いかも。手のかかる弟みたいなもんかな」
「ふぅん」
そういえば英二は末っ子であることを、何度も愚痴っていた。
弟か妹が欲しいとも。
「不二は?おチビをどう思う?」
「僕は・・・わからないな」
「何それ」
うーんと、英二は首を捻る。
「おチビって不二に関してはなんか変なんだよねー。
おかしなこと聞いてきたり」
「おかしなこと?」
「うん。不二が嘘をつくかどうかって」
あの時のことだと、気付く。
鳩の怪我を治したことを、最初から怪我していないと主張した。
「不二っておチビに何吹き込んだの?」
「人聞きが悪いな、僕は別に何もしてない」
「そうかあ?」
まだ疑っている英二の視線を無視して、少し足を速める。
不謹慎かもしれないけど、越前に関心を持たれているのは悪くない気分だ。
本当に面白い存在だね・・・・


「あの人ってなんでいつもニヤニヤしてんの」
「なんだ、お前急に」
「前から、あんな感じ?」
「人の話聞けよ。何言ってんだ」
「だから不二先輩」
「ニヤニヤしてるとか本人の前で言うなよ」
「で、どうなの?」
「・・・俺が入学した時も今と同じ感じだったな」
「ふぅん」
「不二先輩と何かあったのかよ?さっきから変だぞ」
「別に」
ただ見透かすような視線がうざいだけ。


2004年06月04日(金) 天使不二と王子 4 

人の魂を運ぶ時、僕らは歌を歌う。
その人間だけの歌を、魂から読み取って歌にする。
歌によって、地上での死の苦しみや悲しみから魂は解放されるんだ。
だけど僕は歌を歌うことを止めてしまった天使だ。
つまらない歌を読み取っても、歌う気にはなれないからだ。
人間ってなんて小さな生き物なんだろう!
これが君の人生?君の歌?こんなもの歌えやしない!
もがき苦しむ魂を救うことなく、出てくるのを待つだけ。
機械的に天に運ぶだけの仕事。
当然、天使としての自覚が無いと僕は糾弾された。
なりたくて天使に生まれた訳じゃない。
内心で不満を抱えいた僕は、とうとう神様から勅命を下されることになる。
人を理解する為、人として生きなさい。
僕は天から降ろされ、今ここにいる。


一応、ノックをしてドアを開ける。
「不二か」
目を通していた書面から一瞬、顔を上げすぐにまた手塚は目線を下に下げた。
「休憩しても、いいかい?」
「好きにしろ」
断りを入れたのは、挨拶みたいなものだ。
イヤだと言っても、手塚は僕が引かないのを知っているから、もう諦めている。

生徒会が使っている執務室で、僕は時々休憩をしていた。
ここは静かでいい。
手塚以外、昼休みは誰も入って来ない。
早速僕は、日当たりの良い椅子に腰掛けた。
手塚は黙ったまま、机に向かって何か書いている。
昼休みなのに、ご苦労なことだ。

「あ・・・」
この部屋の窓からは、テニスコートが見える。
何度か大石や英二、桃が使っているのも目撃していた。
昼休みにまで、体力余っているなあと少し感心もする。
今日、コートに入っているのは越前と桃だった。
越前か・・・。
そういえば朝練で、桃が昼休みにコートに来いだと、越前の近くで騒いでいたのを思い出す。
肘をついて二人がテニスしているところを観戦する。
さすがに足は速いよね・・・
生き生きとボールを追う越前の表情に、僕は釘付けになっていた。
テニスしている時の越前の魂は、ここから見てもはっきり輝いている。
本当にテニスが好きなんだな。

ふと、気が付くと結構な時間が経過していた。
なんか越前だけを見ていた気がする。
苦笑いして何気なく手塚の方へ視線を向けると、手を止めてじっと窓の外を見ていた。
「手塚?」
「・・・何だ」
もしかしたら手塚も越前のことを見ていた?
「今年は頼もしい一年が入ったね」
僕がそう言うと、
「ああ」とだけ返し、また手を動かし始めた。
だけど、その表情は今まで見たことのない位優しいものだった。


「桃先輩、お昼の分とさっきのでバーガー2つっすよ」
「わかってるわー!お前、念押しするよ」
「全く、無謀な賭けするから」
「先輩に対しての態度を少しは改めようとか思わねぇのか?」
「思わない」
「即答か!」
コートから出てきた桃と越前が、会話をしている。
この二人は割と仲が良い。
越前に積極的に構うのは、桃と後一人いる。
「面白そうな話してるじゃんー」
ぴょんって桃の背中に、英二が乗っかった。
「おチビと賭けてんの?俺もやるー!良いよね、おチビっ」
「良いけど、今日の分は確保したんで明日にして下さい」
「ほー。桃、全敗?」
「塩、塗る気ですか・・・」
しょげてしまった桃に、英二はまぁまぁと肩を叩く。
「でもどっか寄っていくんだよね?俺も一緒で良い?」
「英二先輩、ごちそうさまです」
「馬鹿。お前の分は、お前で払えよ。後、おチビのも」
「そうっすよ」
「この世には神も仏も無いんすか?」
くぅっと桃は泣き真似をする。
「んじゃー、帰りはマックに直行な」
そこで英二は、少し離れたフェンスで立っていた僕に声を掛けた。
「ねーねー、不二も行く?」
「え、僕は・・・」
越前が僕を見ている。
図書室での一件以来、越前は僕に探るようなことは一切しなくなった。
会話も当然無く、以前と同じ関係に戻っていた。
それでいい。
余計なことに触れたら、秘密が漏れる可能性がある。
このまま越前とは部活の間だけ、関わっていれば良い。

「行ってみようかな」
それなのに、思っていることと逆の言葉が出た。
「決まりっ。4人で行こうね、おチビ!」
「はぁ」
英二に抱きこまれた体勢のまま、越前はこっちをまだ見ている。
あれだけ避けてたくせに、どうしてだって訴えているようだ。

どうしてかな。
僕にもわからない。
ただ二年少しと近くにいて、手塚のあんな顔始めて見た。
目の錯覚なんかじゃない。
手塚の魂が揺らいだのを、僕ははっきりと感じた。
その原因である越前を、もう少し知りたくなったのかもしれない。


2004年06月03日(木) 天使不二と王子 3

鳩の怪我がきれいに治って、飛び立つなんて。
そんなバカなことあるはずがない。
あれは俺の勘違いだって言い聞かす。
そうだよ。
きっとあんまり眠かったから、夢でもみたんだ。


「こんにちは、越前君」
カウンターに近付いてにこやかに笑う先輩に、俺は眉を顰めた。

「何の用っすか」
「本、返しに来たんだけど」

これ、と一冊の本を先輩を差し出す。

こっちから探りだそうとしていた時は近付けさせてももらえなかったのに、
一体どういうつもりだ?
貸し出しカードを取りだし、乱暴と言える動きで机に叩きつける。

「どうぞ」
「ありがと。越前は毎週この曜日が当番」
「まぁ、大体」
「ふぅん。知らなかった」

それだけ言って、不二先輩は棚の奥へと消えた。

なんなの。
知っていたら来なかったとでも言いたいのかよ!?
むかついている俺に、もう一人の当番の先輩がカウンターに戻って来た。

「越前君。あっちの整理終わったから、次お願いね」
「ういーっす」

たまっている本を手に取って、棚の方へ歩く。
カウンターでじっとしているより、返却してる方が楽だ。
次々に元の場所へ本と返していく。
最後に残った一冊を片手でぶらぶらさせながら、洋書コーナーへ移動する。
そういえば、これ。不二先輩が借りてたやつだな。
ふぅん。お勉強ってわけ?
そんなことを考えながら角を曲がると、そこに不二が立っていた。

「本を戻しているところ?」
「そうっす」
また洋書を借りるつもりだったのだろう。
だが不二はリョーマの邪魔になると思い、本棚からそっとどいた。

どいたのは良いけど。
あの位置。届かない、かも。
ラベルを見ると、戻さなければいけない位置はかなり高いところだ。
不二だってそんなに背は高くないのに、どうしてこの本を借りたのだろう。
むかむかしながら、近くにあった梯子を持ってくることにする。

「越前、僕がやろうか?」
「いいっす。このくらい」
梯子を使いながら、片手は本を棚へ押しこんでいく。
もう一方の手は本棚を掴んでいたのだけれど。

「えっ?」

不二が後ろから見ている苛立ちからか降りる瞬間、
手が滑った。
同時にバランスを崩す。

「越前!」

ふらつく体を立て直そうとするが、間に合わない。
とっさに受身の態勢を取る。
怪我をして部活に支障をきたすのは避けたい。

どさっと床へ、倒れ込む。

しかし体を受けとめたのは床ではなく、不二の体だった。

「良かった・・・」
「先輩!?」

抱きしめられている態勢で、後ろに振りかえると不二の笑顔が目に入る。

「なっ、危ないじゃないっすか!」

無理に助けに入って不二が怪我でもしたら。
そんな風に思ったのに、逆に注意を受けてしまう。

「危なかったのは君の方。気を付けないとダメだよ」
ね、と体を支えらえた状態で、一緒に立たされる。

「痛いところは無い?」
「無いっす」
そう、と不二が笑う。
今まで見せていた受け流す笑顔ではなく、心からほっとしたようなもの。
「大会を控えて、怪我でもしたら手塚に怒られるよ。注意しなよ」
「・・・っす」
ぺこっと頭を下げ、じりじりと後ろに下がる。
どんな顔をしたら良いかわからず、早くこの場を離れたいと思う。
「先輩」
「ん?」
「アリガトウ」
それだけ言って、早足で本棚の角を曲がる。

いつもあんな笑顔だったら、うさんくさい奴なんて思わないのに。
あれが本当の不二の表情なんだろうか。
いや、まだ信用しちゃいけない。
さっきのは助けられたとしても。本気で・・・心配してたみたいだけど。
まあ、先輩を追求してやるのは、もうやめてあげてもいいかなと思う。
そんなに悪い人じゃないみたいだし。多分。
やっぱりあれは気のせいだったんだ。



離れてしまった越前の熱に、僕は少し寂しい気持ちになっていた。
やっぱり君の魂は心地よい―――
越前の魂を運ぶ時は、僕が運んでやりたいと少し不謹慎なことを思う。
魂を運ぶ、それはその人間の死を意味するのだから。
大体、僕がいつまた天に戻れるかなんてわからない。
人の心を知るまで、人として生きる。
それが僕に課せられたもの。
14年不二周助として経過しても、まだ理解できていないらしい。
地上にいるのがその証拠だ。
このまま人として死んだら、僕の魂を運ぶ天使は来るのだろうか。

図書室の窓から、空の上を見る。
今は届かない、僕のいるべき場所。


2004年06月02日(水) 天使不二と王子 2

「不二先輩」
つんっと僕のシャツを引っ張られた。

「何?」

越前に話し掛けられたのは、初めてだ。
僕も彼とは必要なことしか話したことはない。
昼休みの屋上での会話を除けば。

「一緒に帰りません?」
にやっと越前は笑った。
さぐるような目に、やっぱりまだ気にしているのだと理解する。

天使の力。
決して人には見られてはいけないもの。
失敗したなぁと内心で苦笑する。

風に当りたくて屋上へ足を向けたら、怪我をした鳩がいた。
誰もいないし良いだろうと判断したのが甘かった。
まさか越前が先に鳩を見つけていたとはね。
持っていた箱は鳩を保護するためだったのだろう。
優しいところあるね、と感心している場合じゃない。
怪我をしていたはずの鳩が元気に空を飛び回ったら誰だって不審に思うだろう。

一緒に帰ろうと言ったのは、きっと追求の為。
さてどうしようか。

適当に断るべきか考えていると、
「何、なにー。おチビと不二って寄り道してくの?」
すぐ側にいた英二が声を掛けてきた。

英二は越前のことを気に入っている。
よく構っているが、越前の方では鬱陶しい思っているらしく態度も冷たい。
まだなついてくれないと泣きついて来ることもある。
その越前が今までに接点がなさそうな僕を誘って来た。
何故という好奇心と、ちょっとばかり面白くない気持ちを抱えてるようだ。

「寄り道じゃなくて、そこまで一緒に帰ろうって言っただけっす」
「えー、そんなハズ無い。俺に内緒で美味しい物食べようって考えているんだ!」
俺も行くーと英二は騒ぎ始める。
こうなった英二を止められるはずもない。
英二を交えてならいいか。
越前が英二の前であの話しをすることは無さそうだし。

しかし、
「もう、いいっす。だったら二人で行けば」

ふいっと越前は僕らから離れて、自分のロッカーの方へ行ってしまう。

「え?おチビってば。一緒に行こうよー」
「面倒だからパス」
「なんでー!?」
纏わりつく英二を無視して、越前はバッグをひょいっと肩に担いだ。
「お先にっす」
「こら、おチビー!」

バタンと、扉が閉まる。

「ねぇねぇ、俺っておチビに嫌われてんのかなぁ?」
速攻大石に飛びついて、英二は目をうるうるさせている。
「そんなこと、無いさ。越前は・・・しつこくされるのが嫌みたいなようだな」
「え、俺ってしつこい!?」
ますます泣きそうな英二を慰めようと、大石はおろおろしながら必死で声を掛けている。
「お先に」
それを横目に、僕も部室を出た。

越前リョ―マの魂はとても綺麗だ。
もう一人、綺麗な魂を持つ人間がいる。
手塚だ。
癒しの力以外、もう僕には天使としての能力は持っていないと思っていたけれど、
二人の魂の色だけは見ることができた。
まさか同じテニス部にこんなに強い輝きを持つ人間が二人もそろうなんて。
偶然かな?と考える。
僕ら天使は魂を天に運ぶのが役目だけど、全部が全部天に運べるものじゃない。
運べられない魂を穢れと呼んでいる。
僕らは穢れに触れることが出来ない。
穢れかどうかは見ればすぐにわかる。
生きている内からも。
でも不二周助という人間に生まれ変わってから、魂の見分け方もわからなくなっていた。
だから手塚と出会った時は本当に驚いたよ。
ほぼ普通の人間になってしまった僕がわかるくらい、綺麗な魂。
まさか二度目はないと思っていたけれど・・・・

鳩が飛び立った時の越前の顔。
普段見られない新鮮なものだったな。
思い返して、笑いを堪えた。


2004年06月01日(火) 天使不二と王子 1 

昼寝をする為、俺はいつものように屋上に来ていた。
ぽかぽかした陽射しの中での昼寝は、至福の時間といっていい。
ここのところ、ほぼ毎日俺は屋上に足を運んでいた。
テニスバッグを枕代わりにして、体を横たえる。
時間にしてコンマ二秒で眠りにつけるが、今日は違っていた。

ばさっばさっと羽音がどこからか聞える。
音はどうやらここから死角になってみえないところから、聞えているようだ。
無視を決めて眠ろうかと思ったが、ずっとあんな音がしていたら気になってしかたない。
立ちあがって、それに近付く。

「鳩か」

懸命に羽を動かす鳩が、そこにいた。
「どうしたんだ?」
動かすだけで飛び立とうとしない鳩の体を捕まえてみる。
逃れようと暴れるが、慎重に押さえ込む。
よく注意すると羽のところに枝のようなものがささっていた。

これ、抜いちゃってもいいかな。
鳥を飼った経験がないから、どうしたら良いのかわからない。
だけど刺さったままにしておくのも、可哀想だ。
しかし抜いた後、消毒とかしなくていいのかな。
これは困ったぞ。
力を緩めた途端、鳩はまた羽を動かし始める。
「あ、こら」
飛べるはずもなく、俺の手から落ちて地面に激突しそうになる。
なんとか受け止めて、激突は回避した。
このままって訳にはいかない。
とりあえず箱か何かにいてといて、
授業が終わったらペットショップかどこかに持ち込むか。
それから怪我を見てもらおう。
「痛いだろうけど、我慢するんだぞ」
適当な箱あったかなと考える。
飛べないんだから大丈夫だよな。
鳩をとりあえず床において、教室で探して来ようと走り出した。





「あれ・・?」
ティッシュの空箱をもらい、屋上にまた駆け上がるとそこには人がいた。
「不二先輩」
青学テニス部NO2。
いつも笑みを絶やさない(俺に言わせれば得体の知れない笑顔)不二先輩が立っていた。
腕にはあの鳩を抱いている。
この人何やってんの?
傷付いた鳩を俺と同じように見付け、保護しようとしてるのかな。
疑問を口にする前に、不二先輩が話しかけてきた。
「やぁ、越前」
「どうも」
「お昼休みはここで休憩しているの?」
「最近は、いつも」
「そう。天気が良いし屋上は気持ち良いかもね」
ふぅっと空を仰ぎ、不二先輩は両手を広げた。
「あ、先輩」
その鳩は怪我しているのにと思った瞬間、羽ばたいて空へ飛んでった。
ぐんぐん遠くへ飛んで行く姿にあっけに取られ、小さくなるまで黙って見ていた。
風が柔らかく吹いて、俺の髪と先輩の髪を揺らす。
そしてハッと我に返る。
「先輩!あの鳩、怪我してましたよね?見ました!?」
たしかに枝が刺さっていた。抜いたとしても、すぐに飛べそうなものじゃない。
幻じゃないことを確認する為、先輩に詰め寄る。
「怪我?ああ、大したものじゃなかったけどね」
「そんな・・飛べるような感じじゃなかった」
「だったらもう治ったんじゃない?」
「え?」
真面目な顔をしている不二先輩に、俺の思考が一瞬飛ぶ。
本気でそれ言っているわけ?
「それじゃ僕は教室に戻るから。ごゆっくり」
呆然としている俺を置き去りにして、先輩は屋上を後にした。
そんな、そんなハズない。
ティッシュの空箱を握り締め、俺は自分の見たことが夢じゃないと頷いた。
だったら不二先輩が嘘をついてる?
嘘を付く理由なんて・・・ないけど。

部活の時間が始まっても、昼休みのことばかり考えてて不二先輩をずっと目で追っていた。
俺の視線に気付いているはずなのに、先輩は知らん顔してこちらを振り返りもしない。
あくまで無視を決め込むつもりか。にゃろう。
「おチビー、今日はなんだか不二に熱い視線送っているねん」
がしっと後ろから菊丸先輩が抱き付いて来た。重い・・・。
「先輩、邪魔」
「ひどいー。おチビと仲良くやりたいだけなのに」
「だったらどいて下さい」
ちぇっとか言いながらようやく、背中が軽くなる。おんぶおばけめ。
「でー、不二を見てる理由は?まだ聞いてないけど」
面白そうな顔をしている菊丸先輩に、やっかいな奴に感付かれたと帽子を被り直す。
待てよ。菊丸先輩と不二先輩は同じクラスだったよな。
仲も良いし。ちょっとだけ聞いてみるか。
「ねぇ、先輩」
「ほいほーい」
「不二先輩って理由もなく嘘を付く人っすか?」
「はい?」
意味がわからないと菊丸先輩は目をぱちくりさせている。
「こっちが事実を言っても、違うって言えちゃう人?」
「んー、おチビが言ってるのがどういう状況かわからないけど。
人を担いだりはするね。俺なんてさー、もう同じクラスになってから大変なんだから!」
そこから苦労話が始まって、部長が注意するまで延々聞かされた。
ふぅん、やっぱりさっきのは嘘か。
あれ?だけどそうしたら鳩が怪我してたのは事実だってことだよな?
それなのに飛んでいったのは、どうして?
ちらっと不二先輩の方を見たら、ちょうど向こうもこちらを向いてて慌てて横を向いた。
なんだよ、こっちがこそこそしてるみたいで気分悪っ。



まさかあそこで越前が来るとは思わなかった。
肝心なところは見られていないけど、彼はどうやら疑問を抱いているようだ。
まずいな・・・。
露骨な視線を感じて、僕はこの先どうごまかし続けようか考えた。




王子はこのまま不二に興味を持ってはまっていくという展開で。
アニメの不二・天使を見て思いついた小ネタでした。
不二の正体天使・・・吹き出しそうになるのは何故。



チフネ