ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年03月31日(木) 空よ

早咲きの桜の花が咲いたという

そこにも嬉しそうな笑顔があった

どんなに悲しくても

どんなに辛く苦しくても

そこには春を待ち望むひとたちが

かたをよせあって生きているのだった

空よどうかそんなひとたちを見守って

あげてください春の光を届けてあげて

くださいほんとうの春をほんとうの春を






今日は久しぶりの山里だった。
母のことを懐かしいと思ったいちにち。
月末の仕事をこなしながらあれこれと語り合う。

せきを切ったように話し出す母。
うんうんとうなずくばかりの私。

それでいい。何もかもがいつもと変わらない。

変わらないということが今はとてもありがたい。




2011年03月30日(水) 茜色

それぞれのいちにちが暮れていく

夕陽が空を染め茜色が胸に沁みる

泣いているかもしれないひとをおもう

心ぼそく不安でならないひとをおもう

だいじょうぶよとかたをぎゅっとして

抱きしめてあげられたらどんなにいいだろうか





散歩道を歩きながらゆったりと流れる川を眺める。
きらきらとまぶしい。こんなに光に満ちているというのに。
私はこわくなった。ふとすべてを失う日がみえたような気がして。

平穏であることが心苦しい。それはあの日からずっと。
けれどもそうして生きていくことを与えられているのだとしたら。
いちにちいちにちをかみしめるようにありがたく受け止めなければ。

おかあさんどうしたの?とあんずが振り向く。

だいじょうぶ。なんでもないよと微笑みながら歩いた。



2011年03月29日(火) 微笑むひと

そこには梅の花が咲いていた

あたり一面瓦礫の山だというのに

生きている証のように咲く花がある

嬉しいですねえと微笑むひとがいる

たくさんの大切なものを失っただろうに

そのひとは目に涙を浮かべ微笑んでくれた

ちいさな春がささやかな希望につながる

そのひとは微笑んでいるのに私は泣いた







髪を切りにいく。
春は髪を切る人が多いんですよと美容師さんが言った。
ほら、いろんなことがこれから始まるでしょと。
さっぱりとして心機一転になりますからねと。

私もさっぱりした。身も心も清々しくなった。

微笑まなくちゃとおもう。どんな時もこころから。



※『エンピツ』のサーバーエラー復旧しました。
 今朝、管理人さんのサポート日記を読みとてもほっとする。
 災害時に迷惑をかけてはいけないと力を尽くしてくれていたようだ。
 被災されていても利用者への心遣い。ほんとうに頭が下がる。
 管理人さんほんとうにありがとうございました。



2011年03月28日(月) 桜前線

東京にも桜が咲いたというしらせ。

桜前線はかくじつに北上している。

きっと咲く。

かならず咲くから待っていてください。



※サーバーエラーのためPCから日記の更新が出来なくなっています。
今まで知らずにいましたが、『エンピツ』のサイトは岩手県にあるのだそうです。被災されているのだろうと思います。
心配です・・・。



2011年03月26日(土) 出来ることを

土手のつくしの坊やたち

とてものんびりとしている

おとなになりたくないのかな

こどものままを楽しんでいるようだ

こんなにかなしい春はないのに

ほほえむことを忘れないでいる

かたをよせあって空へとのびる

ほほをよせあって空へとのびる




悪夢のような大震災から二週間が過ぎた。
被災地からのニュースをくいいるようにみる日々。
少しずつ少しずつだけれどほっとするような事もある。
みんながちからを合わせて乗り越えようとしている。
失ったものは計り知れないくらい大きいのだけれど。
生きていることがありがたいのだと声をそろえて言う。

見守ることしか出来ない心苦しさもあるけれど。
祈ることは出来る。応援することは出来るのだと思いたい。



昨夜。長年運営していたバドクラブがついに廃部となった。
思い出のいっぱいつまったクラブ。
かけがえのない仲間達に恵まれて。
私はほんとうに幸せ者だと思った。

残った運営費をすべて被災地への義援金にすることに。
みんながうなずきながら賛成してくれてうれしかった。

出来ること。ほんのささやかなことだけれど。
少しでも役に立ててほしいと願っている。



2011年03月24日(木) 空に

冬のあいだ何もしてあげられなかった庭の

紫陽花の枝先にふっくらと緑が芽吹く

手と手を合わせているようなしぐさ

空に向かって一心に祈っているようだ


無力感に苛まれ続けている自分を思う

誰も責めてはくれないから自分で責める

ふとそれがおおきな間違いのように思った

自分を見失ってはいけないこんな時だからこそ


何も出来ないと嘆くのではなく出来ることを

それがどんなにささいなことだってかまわない


空はどこまでもつながっているのだもの

祈りはきっと届くそう信じて祈り続けたい


みんなが空をみあげてくれたらいいな

みんなが空をみあげてくれたらいいな




2011年03月23日(水) カタツムリ

どんなにおもっていても

なにも伝えられない夜がある

そんな時はカタツムリみたいに

あたまだけ出してじっとしている

むりょくだなとつくづくおもう

けれどものろのろとすすみだす

ふりむくとささやかに光ってる

これが我が道なのかとふと思う


ごめんなさいごめんさいと

あたまをふれるだけふって

すすむすすむ夜のしじまへ


ごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい

なにもできなくてごめんなさい





2011年03月22日(火) 桜咲く

桜が咲いたというしらせ

よろこびよりも心苦しさ

けれども桜は咲きながら

祈るように空を仰ぐことだろう




日々無力感におそわれているこの頃。
こんな時だからこそ言葉が大切なのだと。
ある記事を読みながら救われるような気持ちになった。

決してなにも出来ないのじゃないかもしれない。
そう思うと綴りたい気持ちでいっぱいになってくる。

魔法の言葉とあるひとは言った。
ちちんぷいぷいとつぶやきながら。

私もそんな魔法使いになりたいなと思う。



2011年03月21日(月) 雪柳

それは枝垂れ咲き遠くからみると

ほんとうに雪の積もった柳のよう

近寄ると小さくて愛らしい花が

肩を寄せ合って励ましあうように

互いの事を気遣うように咲いている

だいじょうぶみんながここにいるよ

だから笑顔をわすれないでいようね

その枝をそっと手のひらにのせてみる

雪なのにあたたかい雪なのにやさしい





メモ。

夕方息子がひょっこり帰って来た。
あり合わせの夕食をともにする。
魚なんて久しぶりだなと言って。
鯖の干物を美味しそうに食べてくれた。

仕事はどうしても限界らしい。
辞めてどうするというあてもないけれど。
父も母も引きとめるつもりはもうなかった。

いつでも家に帰って来ればいいさと父は言う。
だいじょうぶなんとかなるからと母も言った。

おおきなコドモが悩んでいる。

おおきなコドモが苦しんでいる。

どんなにおとなになっても愛しさはかわらない。



2011年03月20日(日) 生産

わずかに残った海苔を収穫する日々。

これは生産なのだと自分に言い聞かす。

ささやかなこと。なんの役にもたたないかもしれない。

けれども目の前にそれがある。

いまはそんな目前のことに精一杯でいたかった。



瓦礫の中から16歳の少年とその祖母が救出されたニュース。

テレビの前にひざまずくようにして手を合わし泣いた。

奇跡はきっとある。あきらめないで。どうかあきらめないで。



2011年03月19日(土) ありのまま

ざわざわと落ち着かない気持ち。

ふと平穏を感じる時の心細さだったり。

ありのままの自分で良いのだと認めたけれど。

言葉が逃げていく。どこへいくのだろう。

待って。待ってとすがるように追いかけるばかり。



お大師堂の道端に咲くたんぽぽの綿毛が

ゆらゆらと風に揺れては旅をしたがっている。

いっておいで。自由なのはとてもありがたいこと。

いっておいで。きみを待っているひとがいるかもしれない。





2011年03月16日(水) ちっぽけなわたし

ほっとしたとあるひとが伝えてくれた。

その言葉にどんなにか救われたことだろう。

綴ることはむつかしい。今の私にはそれはとても。

けれども綴りたい気持ちを抑えられなくなってくる。

不器用でうまく言葉に出来ないことばかりだけれど。

たとえばひかりのようなこと。

たとえばあかりのようなこと。

あおいでくれるだろうか。

手をかざしてくれるだろうか。

ほっとしてくれるだろうか。


ちっぽけなひかり

ちっぽけなあかり

ちっぽけなわたし


手をあわす。沈みかけた夕陽が降りそそぐお堂で。

手をあわす。南無大師遍照金剛。なむだいしへんじょうこんごう。





2011年03月15日(火) 野スミレ

あたりが薄暗くなれば家の明かりを灯す。
食事をし入浴をしあたたかな布団で眠る。

それが当たり前だと思っていた日常のことが。
こんなに心苦しく申し訳ないと思ったことはない。

これでいいのだろうかと自問する。
答えは出ない。とても言葉には出来そうにもない。

ただただ祈る。罪悪感を薄れさすかのように。



ブロック塀の隙間から生きたいといって野スミレが咲く。
土は見えない。水さえも与えてはあげなかったというのに。

野に咲くスミレが我が家に咲いた。


こうして綴ることさえも不謹慎に思えるけれど。

ゆるしてください。こうしながら生きているわたしを。



2011年03月12日(土) 祈り

なんと悲惨なことになってしまったのだろう。
テレビは被災地の様子を生々しく伝えている。
あまりにも酷いありさまに胸が苦しくなった。

とても他人事ではなかった。
明日は我が身かもしれないと思うと不安がつのるけれど。

いまはただ祈ることしかできない。

どうか光を。一刻も早く光を届けてあげてほしい。



こちらの津波など比べものにもならない。
命がある。家があるだけで幸いと思いたい。

海苔はほぼ全滅状態となったけれど。
それも仕方ない事だとすでに諦めがついた。

暮らしはきっとなんとかなるだろう。

生きてさえいればそれだけでじゅうぶんだと思っている。



2011年03月10日(木) 息子

あいかわらず風は冷たいけれど。
たっぷりの陽射しは春のそれだった。

作業場の庭で日向ぼっこをしながらお弁当を食べる。
味気ないコンビニのお弁当でもとても美味しく感じた。



昨夜は息子が晩ご飯を食べに来てくれた。
いつでも帰れる場所。今の息子にはそれが救いらしい。

家族会議のようなこと。愚痴も真剣に耳をかたむける。
仕事の悩みが痛いほど伝わってきてともに悩んであげたくなる。

いまを乗り越えてほしいと父も母も願っているけれど。
もはや限界ならばそれをしっかりと受け止めてあげたいと思う。

またいつでも帰って来なさいね。晩ご飯一緒に食べようね。

そう言って見送ると胸に熱いものが込み上げてきた。


幼い頃。息子を背中におんぶしていた頃を思い出す。
やたらと重たい子だった。けれども少しも苦ではない重み。

その重みががとても懐かしい。その重みが愛しくてならない。



2011年03月08日(火) うぐいす色

あいかわらずの風の冷たさ。
三月の声をきいてからずっと寒い日が続いている。

けれどもかくじつに春は来ている。
冬の後姿に春が手を振っているように感じる。

今日はうぐいすの声。それはとてもにぎやか。
ほらあそこと彼が竹薮を指差しておしえてくれて。
なんとも可愛らしいその姿を間近に見ることが出来た。

うぐいす色。もっと鮮やかな色だと思っていた。
少しくすんでいる。緑と茶色を混ぜたような色。

そんなうぐいす色が竹薮をちょんちょん飛び交う。
そうして仲間を呼ぶようにしきりと鳴くのだった。



午後から山里の職場へと駆けつける。
昨日は朝から行けたのでずいぶんと仕事がはかどったけれど。
うっかりミスをしていて今日はその後始末に追われていた。

そそっかしいのは誰に似たのだろう。
母から電話があり「それはそれはご苦労様」と笑われた。

母は術後の経過も良く病室で退屈している様子だったけれど。
入院ついでにもう片方の眼も手術をすることになったそうだ。
だからすっかりまな板の上のお魚みたいな気分になっている。

心配していた仕事のことはなんとかなるよと母の言ったとおり。
昨日も今日もなんとかなった。あんずるよりうむがやすしだった。

しばらくはあちらもこちらもと気忙しくなりそうだけれど。

わたしはだいじょうぶ。やってやれないことはないのだもの。



2011年03月05日(土) 一喜一憂

今朝は真冬のような寒さだった。
粉雪のように霜がおり氷が張る。

けれどもいちめんの菜の花畑を見ていると。
そんな寒さも忘れてしまうほど心が温まる。


どんなときもあるものだ。
最近つくづくとそう思うことが多くなった。

そのたびに一喜一憂しているのだけれど。
つらいことがあるからこそよろこびにあえる。

そう思うと涙も笑顔もおなじように愛しくなる。


泣いたり笑ったりの人生はたのしい。

そんなたのしい人生をとことん生きてみたくなる。



2011年03月04日(金) 弥生つめたい風

むかしむかし『弥生つめたい風』という歌があったけれど。
その歌のように今日も冷たい風が吹くいちにちだった。

春の陣痛が続いている。もうひとふんばりだ。がんばれ春。



母の手術日。今回は眼の手術だったので短時間で無事に済んだとの事。
付き添ってくれた弟嫁より連絡がありほっと胸を撫で下ろす。
母は例のごとくであっけらかんとしている様子。
「ぴんぴんしているよ」と弟嫁も笑いながら知らせてくれた。

あとは退院を待つばかり。しばらく会っていない母が少し恋しい。


心配事はそうしてひとつずつ解決していくのだけれど。
あとからあとからと押し寄せるように舞い込んできたりするもの。

昨日は息子のことでいろいろとあって。
近いうちに家族会議のようなものが必要になった。

親離れ子離れがすっかり済んだものと思っていたけれど。
子を想う気持ちは変わることはなく。
なんとしても救ってあげたいのが親というものだろう。

だいじょうぶなんとかなるよと息子に言ったら。

ありがとう!ってほっとしたように言ってくれた。



2011年03月02日(水) 寒の戻り

冬の名残の北風が吹き荒れたいちにち。

今朝の新聞を見ていたら『寒の戻り』
それは春を生むための陣痛のようなものだとあった。
なるほどとうなずく。陣痛があるからこそ春が生まれるのだ。

そんな痛みのような寒さ。それもまた感慨深くおもう。


今日は海苔の初出荷の日だった。
それは娘を嫁に出すような気持ちに似ている。
殆どは佃煮屋さんに引き取られていくのだけれど。
緑のままの海苔を娘のように愛しく思ったりもする。

たくさんのひとに食べて欲しいそう願いつつ送り出す。



いつもの散歩。今日も路地で桜の木を仰いだ。
真っ青な青空にその花が宝石のように輝いて見えた。
どんなに北風が吹き荒れようとそこはもう春だった。

お大師堂で手をあわす。
今日は母が大学病院に入院した日でもある。
母からは何も連絡が来なかったけれど。
明後日が手術の予定らしかった。
付き添ってあげたいけれどそれも出来ず。
なんだかひどく親不孝をしているような気がした。

散歩から帰宅するなり義父より電話がある。
来週早々になんとか一日だけ助けて欲しいとの事。
もちろん承諾する。なんとしても助けてあげなくてはと思う。

ずっとあれこれと思い悩んでいたけれど。

なんとかなるときがきっと今なのだとやっと思えるようになった。



2011年03月01日(火) 弥生

午前中は雨。霧のようにやわらかな雨だった。
春雨に濡れる。しっとりと潤うのが心地よく思う。


午後。散歩に出掛けた道の途中の民家の庭に。
早咲きの桜がもう咲いているのを見つける。

寒桜というのだろうかその名は知らないけれど。
桜にはちがいなくなんとも可憐で美しい光景だった。

その香りがほんのりと路地に漂う。
しばし立ち止まり深呼吸をするように香りを浴びた。

こころのなかでなにかがほぐされていく。

もつれそうになっていたそのなにかが。

ゆるやかな線になりなびいているよう。

ゆらりゆらり。いつまでもそうでありたい。



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