ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2009年01月31日(土) めもはまみむのつぎ

雨がふつか降り続いて気温が急に変化したせいだろうか。

なさけないことにからだがおもうようにならない。

書きたいことがいっぱいあるというのに・・・・。



今日は。初詣に行っていた例のお寺さんに行ってきた。
昨年喜寿だった姑さんのお札を返納し終えてほっとする。
奥之院にも行ってとても清々しい気持ちになれてよかった。

そして今日は。父の仏壇を彼に内緒で買ってしまった。
サチコが買いなさいよって言ってくれて一万円くれる。
それから床の間に飾っていた姑さんに貰ったお年玉と。
きのう職場でもらったお駄賃とあわせて三万円で買えた。
ちっちゃいけれどすごくいい。さいこうだよねお父ちゃん。

彼にちゃんと言わないと・・ってずっと夕方まで悩んだけど。
言えないまま夜になった。たぶん明日も言えそうにない・・。

まっいいか。そのうちバレるだろう・・。


なんとかいまは。まみむ。今夜はめもが書けてよかった。






2009年01月30日(金) 雨雲さんへ

おもいよ なんだかくるしいよ

おもいよ すこうしふあんだよ

どこかへいっちゃえって思った

でもそうしたらどこかの誰かが

おもくなるのかもしれないよね


空をみあげて悲しくなったりするの
私だけにしておいてくれませんか?

どこにもいかないでここで消えちゃえ

いっぱい涙を流したらここで消えちゃえ



2009年01月27日(火) そのなにかを信じて・・・

寒気が緩んでくれたおかげで久しぶりの小春日和となった。
梅の蕾も膨らみ始め。思いがけずもう咲いている木を見つける。

そんな朝の道。例の菜の花は日に日に咲いてくれて心がなごむ。
立春も近くなった。まだまだ寒い日があるだろうけれど。春が。
ゆっくりと訪れて来てくれていることをありがたく思うばかり。

寒さなければ花は咲かずというけれど。それは桜だけに限らず。
すべての命にもいえることではないかと。人である自分も思う。

咲けない人生もよし。蕾のままの人生もよし。枯れる運命もよし。
そう思うと。日々があるから季節が巡る。冬には春の希望がある。




仕事から帰宅すると一通の手紙が届いていた。見慣れない文字に。
もしや?と思った通りだった。先日のながい手紙が届いてくれて。
すぐに返事を書いてくれたのだろう。ありがたくてならない手紙。

会った事もない顔も知らない人だというのに。不思議な縁を感じた。
この言葉に出来ないこと。何かが伝わりあい何かがともにそこに在る。

その何かを信じて。これからもともに歩んでいけそうな気がしてならない。



2009年01月25日(日) 氷オバケとあんず

明け方のあまりの寒さにすっかり朝寝坊。日曜日をありがたく思う。
最低気温がマイナス四度だったらしい。いちめんの霜の朝となった。

けれども青空に恵まれ。庭に陽射しがあたり始めるとほっとしてくる。
やっと外に出て洗濯物を干していた時。犬小屋のあたりから異様な音。
どうしたことだと慌てて駆けつけると。あんずがのたうち回っている。

どこか痛いのだろうか必死で暴れているふうに見えてとてもおどろく。
水入れの容器をひっくり返してしまい。そこでびしょ濡れになっていた。

「あん!あん!」っと叫びつつ声をかけると。やっと我に返った様子で。
とにかく何かを捕まえようとしていたらしい。それが犬小屋の下に居る。
いったい何がいたのだろう。その姿は見えず首を傾げるしかない不思議。

濡れたからだを拭いてあげようとしたけれど。よほど興奮していたのか。
何か怖いものを見た後のように。すっかり臆病になり小屋に篭ってしまう。

やれやれ。しかたなくそのままそっとしておくことにして水の補給をと。
その容器を手にとってはじめてその何かがわかる。たぶん氷に違いない。
水を飲もうとしたけれど凍っていて。足でそれを割ろうとしたのだろう。

そうしたらそこから氷オバケが飛び出して来た。かくかくしかじかの諸々。
本人の口からそれを聞いたわけではないが。そう思うとそれも愉快になる。

氷オバケはよほどすばしっこい奴だったらしい。硬くて冷たくてツルツル。
けれども何としても捕まえてやろうと思ったのだろう。すごいな。あんず。


お昼前には犬小屋のあたりも陽だまりになり。彼女も日向ぼっこが嬉しそう。

朝の大騒ぎが嘘のように。のほほんとしながらとても平和な顔をしていた。






2009年01月24日(土) きっとまた会える

小雪がちらつく寒い朝だったけれど。朝陽がとてもまぶしかった。
そうして青空が一気にひろくなる。冷たい風も心地よく空を仰ぐ。

洗濯を済ませ居間の掃除をしている時だった。ちりんちりんと鈴の音。
おや?っと窓の外をのぞいた時には。もう読経の声が響き始めていた。

急いで玄関の戸を開ける。そうして思わずその場に跪き手を合わせていた。
お布施をさせて頂いたのだけれど。そのお遍路さんはただ黙々と頭を下げ。
そのまま冷たい風の路地を去って行った。ちりんちりんと鈴の音だけが響く。

不思議なことにあんずはまったく吠えなかった。こんなこともあるのか。
なんだかキツネにつままれたような気分になりつかの間放心状態になる。

そうしてどっと涙があふれてくる。自分でもよくわからない不思議な涙だった。
また私の欲を貰っていただいた。父の遺影に手を合わし嗚咽が止まらなくなる。

これはほんとうにありがたいことなのだ。欲深き者はこうして救われるのだと思う。



午後。少し気だるくもありとろとろと怠惰に過ごす。いつのまに届いたのか。
ポストに郵便物が差し込まれてあった。もしや?と思いそれを慌てて手にする。
先日メールで住所を訊ねてきてくれたのだった。初詣の日に出会ったお遍路さん。

あの日もとてもありがたい日だった。あの日だったからこそ出会えたひとがいる。
私に出会ってくれたこと。そうしてつかの間でもともに過ごしてくれたこと。

初対面だというのになんだか懐かしさを感じる。それこそが縁なのだと信じている。
少しも緊張感がない。そばにいるとほっとする何かがそこに満ち溢れていた。

心のこもった手紙と。あの日の野宿の写真。荷物にぶら下げてあった靴下。
その靴下がそこにそろえて干されているのが。なんだか嬉しくてならなかった。

ほんとうは私も手紙を書きたくてならなかったけれど。届きましたとメールをする。
日常の事を何も知らないのだ。もしかしたら手紙はいけないような気がふっとした。

いつになるかわからないけれどきっとまた会える。それが私の励みにもなって。
なんとしても長生きをしようと思う。くよくよ思い詰めている場合ではないと。

ありがたいことがこんなにたくさん。もうじゅうぶんに恵まれているからこそ。
生きて恩返しをしたいと心から思う。それをし尽くすまでは死ぬわけにいかない。

もしも生きていられなくても。私は土になり道になり足音をずっと憶えているだろう。



2009年01月22日(木) いっぱいのありがとう

ささやかに雨が降り続く。冷えもせずやわらかで優しい雨だった。
植物にとっては恵みの雨になったことだろう。枯れ草のあいだから。
よもぎの緑を見つけられる日も近いのかもしれない。散歩が楽しみ。



午後から市内の損保会社で研修があったため。山里へは行かずにいた。
サチコが昨夜から熱があり心配していたけれど。お昼前には起きれて。
熱々のおうどんを美味しいと言って食べてくれた。熱も下がっていて。
ほっとする。私が家に居られた日でよかった。ホットケーキもつくる。

無理をさせたくはないけれど。明日はどうしても休めないとのこと。
去年の病院通いを思い出すと。ふっと不安がよぎるけれど仕方がない。


研修はとても大切な内容だった。集中していたせいか少し眩暈がする。
もうすぐ家業が忙しくなるというのに。このままではとても対処できない。
掛け持ちをする自信も今年はなくって。どうすれば良いのだろうと気が重い。

いちかばちかと意を決し相談をしてみて救われる。我が家で業務が出来る方法。
インターネットが出来る環境さえあれば。それが可能だとわかりとてもほっとする。
いわば職場の出張所のようなもの。もうひとつのIDを頂ける事になった。
これでなんとかなるだろう。家で仕事が出来るなんて願ってもないことだった。


帰宅した頃には雨がやんでいたけれど。今日のお散歩はお休みにする。
昨日も帰りが遅くなり行けなかったけれど。まあどんな日もあってよし。
窓からそっと犬小屋をのぞくと。あんずもうたた寝をしているようだった。
私も少し横になろうと。そのまま炬燵にもぐりこみ少しだけうとうととした。


すっかり薄暗くなったころ郵便が届く。東京のめいさん。友人の咲月さん。
東京は遠いけれどめいさんの個展を見に行けたらどんなにいいだろうかと思う。
神田の手書きの地図があたたかく。めいさん独特の筆跡がとても愛しかった。

咲月さんは。なんと去年の暮から入院していたという。元旦には年賀状も届き。
ずっと元気に日々頑張っているものと思っていただけに。ひどく驚いてしまった。
今は自宅療養しているので遊びに来てねと書いてくれていた。近いうちに会おう。

そうして時を同じくして。例の愚安さんから一週間ぶりのメールが届く。
いまは松山にいるとのこと。二十日ぶりのお風呂は道後温泉だったらしい。
どんなにか心地よく寛げたことだろう。明日も托鉢修行頑張ってください。


わたしはきょうも恵まれて。ぬくぬくとしているばかりだった。

なんだかもったいなくて。いっぱい手をあわせてきょうもありがとう。




2009年01月21日(水) 耳を澄ませば春の足音

今にも雨が降り出しそうな空を仰ぎつつ。いつもの峠道を行く。
山里の民家が見え始めた途端。ぽつりぽつりと雨粒が窓を濡らす。

いつもは畑に見える人影も見えず。対向車にさえも出会えずにいると。
なんだか山里がすっぽりと眠りの底に沈んでしまったのではないかと。
ふっと心細さをおぼえた。あの道端に繋がれていた犬はどうしたのだろう。
やはり死んでしまったのかもしれないと思うと。寂しさがよけいにつのる。

空はまるでもう暮れ始めたかのように薄暗く。あたりは静寂に包まれていた。
とにかく吹っ切って行こうとスピードをぐんとあげたちょうどその時だった。
道端にあるちいさな畑に。菜の花がひとつふたつ咲いているのを見つける。

昨日の朝は気づかなかったけれど。小春日和のおかげで咲いてくれたのだろう。
げんきんなもので一気にこころが明るくなって。思わず歓声をあげてしまった。

ゆっくりとほんとうにのんびりとしながらも。春の足音が聴こえてきている。
日々そのことを忘れずにいて。耳を澄ましていたいものだとつくづく思った。

また週末には寒波が襲ってくるという。けれども負けないでいてね菜の花さん。



仕事が暇だったおかげで。昼休みも利用しながらながい手紙を書く事が出来た。
昨日手紙を届けてくれたお遍路さんのご実家へ。奥様宛にそれを綴り終える。
奥様がそれを電話で読んで。しっかりとご主人に伝えてくれるのだそうだ。

やがて春がきてまた夏がくる。そうして秋になりまた冬が巡ってくる。
けれども家には帰れない。また春をまち三度目の冬を待つしかないのか。


『たんぽぽ』という名の美容室へ。その手紙を送った・・・。








2009年01月20日(火) ありがたきぬくもり

二十四節気のひとつ『大寒』一年で最も寒さが厳しい頃というけれど。
昨日からの暖かさをそのままに。思いがけないほどの小春日和となる。

ありがたきぬくもり。こんな日はずっと日向ぼっこをしていたいものだ。
そうして芽をだすようにむくむくっと空を仰いで。深呼吸をしたいと思う。



早目に帰宅できたおかげで。庭先の花達に水をやることが出来た。
すると突然バッタが跳び出してきてびっくり。冬篭りしていたのか。
我が家で冬を越してくれているのかと思うと。小さな命も愛しくて。
まだまだ寒いよ春になるまでおやすみねとパンジーのお布団に放つ。

そうしてふっとポストを見ると。青空と白い雲の模様の封筒があった。
『愛』という字の切手が貼ってある。一瞬どきっとして目が星になる。

「大師堂でお会いした遍路より」なんと思いがけないことだろう。
つい先日の朝。我が家を訪ねて来てくれたお遍路さんからだった。
台所の床に正座してそれを読む。あたたかい言葉に感極まり涙が。
あとからあとからあふれ出す。出会えたことに感謝しているのは。
私のほうだというのに。出会えてほんとうに良かったと言ってくれ。
ささやかな縁がこんなにも尊いものだと。胸がたまらなく熱くなる。

名も知らぬひとだったというのに。その名を知ることも出来た。
そうして姑の名が書かれた金剛杖の写真。遍路姿の『影』の写真。
その『影』を見ながら。ときどきわたしを思い出してくださいと。

ときどきだなんてそんなことありえない。いつだって忘れはしない。
やがて巡りくる春。そうして夏がきて秋がきて。また寒い冬がくる。
そうして三度目の冬が来るまで。家に帰れないというひとのことを。
どうして想わずにいられようか。旅の無事を祈り続けていたいと思う。




大寒の頃にとどいたぬくもりは春の希望の影法師なり








2009年01月19日(月) 思いがけない花を見つけるように

大寒を前にしてほんの少し寒気が緩み。ふっと春を感じた一日。
薄雲におおわれた空が霞んで見えて。まるで黄砂のようだった。

そんなはずはないのだけれど。春を待つ心が芽吹いてきたらしい。
固い蕾をふくっとさせながら。思いがけない花を見つけるように。

山里は今日ものどか。トンビがくるりと輪を描き空の在りかを教えてくれる。
あくせくとするのはよそう。かたのちからをぬき空の一部になってみたい。

あしたが冬でもよいではないか。氷雨だろうが雪だろうがよいではないか。






土曜の夜また不思議な出会いがあった。ひとって繋がっているのだな。
それってすごい感動。縁には糸のようなものがかならずあるのだと思う。

たぐりよせてもらっているのかな。たぐりよせているのかな。

わからないけれど。ほんとうに偶然のようにしながら。

その糸がつながる。その糸が輪になり和になる。ふしぎ。

初対面だというのに。やはり懐かしさを感じてしまった。

出会ってくれたのだと思うと。やはり感謝せずにいられない。




ふっとこれまでずっと感じていた不安がずいぶんと薄れている事に気づく。
思いがけなく嬉しいことがあり過ぎると。冥土の土産なのだと思っていた。
あした死んでしまうのかもしれないと。それが怖くてならなかったけれど。

その時がくればそれがその時だ。生きてある日々を精一杯に送りたいと思う。

そうしてもう何度も言うけれど。ひとが好きでひとを愛しく宝物におもい。
その縁を大切に忘れずにいよう。死んでしまえば記憶も死んでしまうなんて。

わたしはけっして信じない。記憶は永遠に生きてまたきっと巡り会えるものだ。

「はじめまして」が懐かしい。それがなによりの証だと信じてやまない。



2009年01月17日(土) せいいっぱいのおんがえし

ほんの少し寒気が緩んでくれたらしくほっとしている朝だった。
風はまだ冷たいけれど。青空を仰ぎつつ心地よく洗濯物を干す。

昨日はこの冬一番の冷え込みだったらしく。雪こそはなかったが。
あたり一面霜に覆われ凍りついたような寒さだった。南国のこと。
北の地の寒さを思えばささいなこと。これも恵まれているのだろう。

そんな真冬らしい朝。約束どおり出会ってくれたひとが訪ねて来てくれる。
前日に遊んでもらったばかりだというのに。あんずが吠えて申しわけなく。
そのうえすぐ向かいの路地からやっとこさと歩いて来る姑を迎えてもくれた。

もうあと少しのところで姑が転んでしまう。すると真っ先に助け起こしてくれる。
私がそれをするといつも嫌がり。なんとしても自力で歩き出そうとする母だった。
けれどもさすがにその朝は嬉しかったのだろう。とても素直に微笑んでくれた。

玄関でお経を唱えていただき。寒さも忘れただただ清々しいぬくもりをいただく。
お布施もお弁当も快く受け取ってくださりありがたくてならない朝となった。

そのうえ思いがけないことに。金剛杖に姑の名前を書き込んでくれるという。
「一緒に歩きましょうね」と優しい言葉に。母は手を合わせて涙ぐんでいた。

何年先になるのかわからないけれど。きっとまた会いましょうと約束をしてくれ。
霜の路地で手をふって別れた。京都のかただという。今年が前厄にあたるそうで。
だからなのか三年帰って来るなと命じられたそのわけがわかるような気がした。

名は・・そうだった。肝心の名前を訊き忘れていたことに後から気づいたけれど。
もうじゅうぶんなのだとつくづく思う。出会ってくれたこの恩を忘れずにいよう。



思い起こせば。ここ数年の自分はほんとうにひとの縁に恵まれ過ぎている。
あえて過ぎていると言わずにいられないほど。身に余ることに他ならない。

たとえ一期一会であっても。生涯忘れることはないだろうありがたき縁ばかり。

いまの自分に何が出来るのだろうとふっと思い悩む。もっと尽くしたいと。
なんとしても繋ぎ止めたいと願うきもち。それこそが『こだわり』かもしれない。

なにがあってもどれほど時が流れても。決してその縁を忘れないでいること。

もうそれいがいかんがえらない。それがじぶんにできるせいいっぱいのおんがえし。



※※もしよかったら聴いてください※※

徳永英明 『ことば』



2009年01月15日(木) あしたの約束

やっといつもの山道。見慣れた山並みが待っていてくれたように。
ぐんぐんと間近に迫ってきてくれると。ぎゅっと抱きよせられて。
頬ずりをしてもらっているようなくすぐったさ。愛しいきもちは。
言葉にはできない。けれども心がとても素直にそれを感じてくれる。

おかげで穏やかに一日を始められる。この道はほんにありがたき道。


静かで平和な一日だった。閑古鳥も白鷺に見えてしまうくらい美しい。
のほほんと仕事をしながら。前歯のない母の笑顔と向かい合っていた。
同僚も暖をとりつつ手持ち無沙汰のようで。私の漫才の相方を務める。

相方のくせにお腹をかかえて笑ってばかり。その笑い声が嬉しくて。
もっともっと笑わせてやりたくなる。明日のネタも考えておきたい。


今日のギャラはなんとお米だった。ちょこっとで良いのに重くって。
「ありがとさんでごぜえますだ」と頭を下げつつタイムカードを押す。
諭吉さんのことなんてもう忘れてしまった。あれは過去の恋だった。


ご機嫌で帰宅して玄関で叫ぶ。「おとっつぁん今日は米をもらっただよ」
「おお!そうかそれはでかしたのぅ!」嬉しいね。たんと白まんま食べよ。


スキップしながらあんずとお散歩。なんとナイスな夕陽だね。眩しいね。
そのまんまの勢いでお大師堂の扉を勢いよく開けたところびっくりした。
入り口に靴がないというのに。なかにはお遍路さんがひとり佇んでいた。

正面からではなく横の庭のほうから入ったのだそうだ。慌てて挨拶をする。
気を遣わせてしまったのだろう。すぐに外に出てくれてあんずと遊んでくれた。

その声を微笑ましく聴きながら。無事に今日のお参りを済ませることが出来た。
じぶんが今日もここに存在していることのありがたさ。ただただ合掌するのみ。


そうして夕陽に染まりながらしばし語り合う。「三年間帰ってくるな」と。
そのひとは師に命じられ修行の旅に出たのだそうだ。托鉢をするようにと。
最低限の所持金と自炊の道具。家族に髪を削ぎ落としてもらい丸坊主になり。

けれども五日目でもう野宿に耐えられず。とうとう民宿に泊まったそうだ。
その時。温かなお風呂で頭を洗いながら。送り出してくれた家族を想った。
なんと申し訳ないことをしているのだろうと涙が止まらなくなったそうだ。

それ以来ずっと野宿を続け年を越し。今日でもう50日目だと言う・・・。


別れ際に明日の朝の約束をする。お大師堂を出立したその足で我が家へ。
今日いただいたお米でおにぎりを作りたい。卵焼きも作りたいとおもう。

彼もサチコも大賛成してくれて。姑さんもそのひとに会いたがっている。


もしも今日。靴を見つけていたら会えないままで終わってしまっただろう。
そう思うと。縁とはほんとうに儚くもあり。これほど尊い糸はないと思う。




2009年01月14日(水) いつだってひとが恋しいくせに・・・。

久しぶりに雀たちの歌声を聴いた気がする朝のこと。
どんなに冷え込んでいても青空は嬉しくてならない。

朝陽が土手に射し始め。いちめんの霜が輝いてくれる。
まさに雀色に薄絹をまとい誇らしげに微笑む姿のよう。



四日ぶりの仕事だった。雪のおかげとはいえもう充分。
寛ぎすぎて怠けすぎた気がして。職場が恋しくもなる。
お弁当を作り洗濯物を干したらすぐに出掛けるつもり。
だったけれどまた母から電話がありしばし待機となる。

いつもの山道は危ないので西回りの国道を走るように。
朝はとても苦手な道だった。信号待ちや通勤ラッシュ。
一気に気が重くなってしまったけれど勇気を出して行く。
そのぶん緊張がひどく。無事に職場に着くと力が抜けた。

しゅわっとなったまま久しぶりに母や同僚と会えると。
いつものひょうきんな自分になりおどけて笑いあえる。
母の前歯は見事に抜けていた。なんだか死んだ祖母に。
そっくりな顔になっていた。ふっとせつなくなる笑顔。

今日も歯医者さんには行かないと言う。明日こそはと。
言っても行かないという。大丈夫だと言ってきかない。
気遣っているつもりだけれど。うまく伝えられなかった。

仕事は先週よりずっと暇で。ずいぶんと楽だったけれど。
話し好きの常連さんが来てくれて世間話のお相手をする。
ここ数日あまりにも静かに過ごしていたせいなのだろう。
相槌をうったり愛想笑いをしているとひどく疲れてしまう。

ひとが好きだというくせに矛盾しているけれど。疲れた・・。
穴を掘って独りぼっちで膝小僧を抱いていたい気分になった。

わたしくらい身勝手なひとはいないなと・・少し反省をする。

人恋しいくせに。いつだってひとが恋しいくせに・・。



帰宅して「ただいま」と声をかけると「おかえり」と彼が応えてくれる。
「今日のお駄賃は朝採れのブロッコリーだよ」「そうかそれはよかった」

「じゃあ行ってくるね」「おぅ!」例のごとくあんずと夕暮れのお散歩。

今日はちょっと反省です。でもおかげさまで無事に一日を終えました。

ありがとうございます。いまはとても穏やかな夕暮れです。

お大師堂には夕陽が差し込み。みかん色の光が満ちあふれていた。



2009年01月13日(火) 愛しき日々に

明け方からみぞれが雪に変わりしばらく降り続く。
夜明けの窓辺から見る川向の山はすっかり雪化粧。

にわか雪のこと道路凍結はないだろうと思いつつ。
少し不安になりしばし自宅待機をしていたところ。
母から電話があり山里はかなりの雪だと言うこと。
無理に来ないようにと言われ。急遽お休みを頂く。

思いがけない四連休になり。少し気が抜けた気分。
気遣っていた歯も。抜けたものはしょうがないと。
電話の向こうで笑ってくれ。ほっと気が楽になる。

手伝えるのもあと少し。家業が忙しくなってしまうと。
今の私の体調ではとても掛け持ちは無理だろうと思う。
なんとかなるのだろうかと。やはり心配になってしまう。



お昼前。姑さんの仲良しさん達の新年会があるということ。
手押し車を押して誘いに来てくれたお仲間さんと路地で会う。
けれども姑は行っても皆に迷惑をかけてしまうからと言って。
少し迷っているふうだった。不自由な足が寒さで固まっている。

ちょうど私が休みで家に居られてほんとうに良かったと思う。
迷いがふっきれた様子の笑顔がとても嬉しくてならなかった。
すぐ近所だったけれど送って行くと。皆が大歓迎をしてくれる。

私にはふたりの母がいてくれる。それはとてもありがたい事だ。

夕方その母を迎えに行き。楽しかった様子にほっと安堵しては。
待ちかねている様子のあんずと。またいつもの散歩に出掛ける。
ほんの少し日が長くなったようだ。向かい風は冷たいけれども。
明日の青空を約束するかのようにお陽さまがゆっくりとしずむ。


お大師堂につかの間こもっては。いちにちの平穏に感謝をする。
ひとは信心だとかご利益だとか言うけれど。私はそんなことを。
一度だって思ったことはない。ただそうしていると心が落ち着く。

どんな日もあるのがあたりまえで。ざわざわと渦巻く日だってある。
その渦に気づき。その時の心の在りかに気づけるじぶんでありたい。

気づくと楽になる。ありのままの自分が好きになる。

ありがとうってこころから言える。そんな日々が愛しいのだった。




2009年01月12日(月) 透明な糸へ

朝から雪が降ったりやんだりでとても寒い一日となった。
けれどもその晴れ間の陽射しのなんと眩しいことだろう。

自室にこもり何度も窓をあけてはそれをたしかめていた。
雪と風と光る空。自然の織り成すドラマを観ているよう。

ぽつねんといる。なにひとつ思い煩うことのない平穏さ。
そうしてゆっくりと時を織る。透明な糸のありがたさよ。



夕方には雪もやみ。昨日は行けずにいた散歩に出掛ける。
あんずが嬉しそうにはしゃぎ。ぐんぐんと私を引っ張る。
とても老犬には思えず。このところ元気を頂くばかりだ。

私は駆けるつもりはない。一緒にはしゃぐ気力もないと。
リードをぐいっと強く引き寄せると。つまんないなあと。
私の顔を恨めしそうに見上げるけれど。すぐに素直になる。

あとは歩調を合わせてくれるのだ。とぼとぼとふたりで歩く。
今日の夕陽はいちだんと眩しく。風は肌を刺すように冷たい。


お大師堂の日捲り暦は10日のままだった。あらまあと一枚捲る。
帰宅してから今日がもう12日だということに気づき頭を掻いた。
まあいいか。毎朝お参りに行っているひとが沢山いるのだもの。
もしもそのままだったら。私がまた捲ればいい。それでいいさ。
そうして暦に拘っている自分に気づき。ふっと可笑しくなった。

暦がなくても陽は昇り沈むのだもの。今日が終われば明日がくるさ。


晩御飯は昨夜の残り物。大根と厚揚げの煮たのがまだたくさんあった。
サチコにはもう3日目のハヤシライス。せめてもう一品とフライドポテト。
彼の酒の肴に冷凍室にあったイカを解凍し。甘辛くささっと照り焼き。

食に関して彼は何ひとつ文句を言わない。あるものでいいさと言ってくれる。
おかげでとても楽をさせてもらっている。ありがたいことだとつくづく思う。

大相撲を観ながらふたりで早目の夕食をしている時に。『善根宿』の話しをした。
ずっと昔のこと。彼がまだ幼い頃の事。祖父母と同居していた時期があった。
古い家の片隅に『ちんまい部屋』というのがあって。その小さな部屋こそが。
歩き遍路さんの一夜の宿だったのだそうだ。五右衛門風呂とせんべい布団。
畳三畳ほどのちいさな部屋があったことを。嫁いだ頃の私も記憶している。
その古い家を取り壊してもう16年。その場所はちょうど今の台所のあたり。

「俺たちが年老いたらまた善根宿をするか」それはとても思いがけない言葉だった。
私が言い出せずにいたことを。彼は察してくれていたのだとわかりとても嬉しかった。


例の愚安さんからメールが届く。昨夜は卯之町という所で一夜の宿に恵まれたらしい。
今夜は八幡浜の手前まで辿り着き公園で野宿をするのだという報せがあった。

伊予路も今日は小雪が舞いとても寒かったらしい。今夜もどんなにか冷える事だろう。


私は暖房の効いた部屋でぬくぬくと寝酒を飲みつつ。これを書いているというのに・・。




透明な糸よ。そのままでいい。けれどもふるえられるかぎりふるえてみなさい。





2009年01月10日(土) ひまわりおばさんと青い鳥

早朝には晴れていた空がにわかに時雨れだす。冷たいみぞれ。
午後には西風が強くなり青空を垣間見ながら小雪が舞う一日。

仕事始めの日からずっと忙しかった職場を気にしながらいて。
じぶん一人身勝手に三連休をいただく。行こうと思えば行ける。
それをあえてしないでいると。後ろめたくもあり解放感もある。

猫のように炬燵で丸くなり。そのまま起き上がれずにとろとろ過ごす。
メールの着信にはっとすると。母からの例のごとく件名だけのメール。
山里も朝から雪が降ったりやんだりでとても寒いらしく今日も忙しい。
おまけに昨夜、前・・長過ぎた件名のせいかそこで途切れているのだ。

昨夜何かあったのだろうかとすぐに電話をしてみようかと思ったけれど。
声を聴いてしまうとよけいに後ろめたくなりそうで。ちまちまとメール。
「母上様。本日は大変申し訳なく思っております云々」とそれを送った。

しばらくして今度はちゃんと本文ありのメールが届いて。ヤレバデキル。
なんと昨夜。前歯が6本もポロリと落ちてしまったのだそうだ。大丈夫。
「自然現象でトレマシタ。ハプニングです」ええっ!っとそれを想像する。
いったいどんなふうになっているのだろう。笑っている顔を思い浮かべる。

私まで笑ってはいけないけれど。ついつい笑いが込み上げてきてしまっては。
とにかく来週には歯医者さんに行かせてあげなくてはいけないなと気遣った。
御飯もろくに食べられないことだろう。どんなにか不自由なことだろうと思う。

無理をしてでも仕事に行くべきだった。さぼってしまいほんとうにごめんなさい。



このところ母とメールのやりとりをするようになって。ふっと懐かしく思い出す。
少女時代に出会った『ひまわりおばさん』のことを。ひまわりおばさんは。
病気でながいこと療養生活をしていたのだった。いつもラジオを聴いていた。

私はその頃『青い鳥』という名で。ほぼ毎週のように地元の放送局に通っていて。
もちろんリクエスト葉書も出し。目の前でその葉書を読んでもらうのがすごく嬉しく。
ある日その生放送の真っ最中に。思いがけず飛び入りでマイクの前に座れたのだった。

ひまわりおばさんもその時の私の声を聴いてくれていたのだろうと思う。
その日から毎週のように私宛てにと葉書を送ってくれるようになった。
「この曲を青い鳥さんに贈ります」って。私の好みの曲もよく知っていた。


お母さん?ぜったいにそうに違いない。日に日にそう信じずにいられなかった。
「ひまわりおばさんへ」私も葉書を書いた。母に呼びかけ母に曲を贈り続けた。


生き別れて7年目。私はもう20歳になっていたけれど。やっと母と再会出来た。

けれどもいまだに「ひまわりおばさん」が母だったのかと訊ねたことはない。
確かなことは母がながいこと療養生活をしていたという過去の事実だけだった。


ずいぶんと歳月は流れ。母の仕事を手伝うようになりもう20年が過ぎてしまった。
その間どんなにか反発を繰り返し。嫌悪感を募らせ自ずから渦に飛び込んだ事だろう。


ひまわりおばさんはこんなにもちかくにいてくれる。

青い鳥は彷徨い続けたあげく。やっと母に気づいたのかもしれない。




2009年01月08日(木) こころ穏やかに平安な日々を

つかの間の青空。午後からすっかり曇りやがて静かな雨となる。
ずっと空気が乾燥していたせいか。雨の匂いを心地よく感じる。

お昼休みのクルマのなかは。午前中の陽だまりが温もりを残し。
ありがたくまた文庫本を開いた。日常らしさをやっと取り戻す。

かと思えば事務所に来客があり。慌ててクルマを飛び出していく。
自動車保険の説明をし終えて。しばらく世間話のお付き合いをした。
娘さんが入籍をしたのだそうだ。もう孫も出来てしまったと嬉しそう。
そんな笑顔と会っていると自分も嬉しく。お昼休みがなくってもとか。
まあこんな日もあってよしとか。後からため息をつくことさえなかった。

そのくせまだ20分あるって喜ぶ。そうしてまた急いでクルマにこもる。
そうしたら今度は携帯電話が。私の好きなメロディーを奏でてくれて。

大晦日にお大師堂で出会った例の『愚安さん』からでびっくりしてしまう。
休憩中にメールを送信したけれど。アドレスをどこか間違えていたらしくて。
「返ってきた〜送れない」とぼやいていた。「そっちから送ってや〜」って。
なんだかずっと昔からの友人みたいな口調で。ほんとうにそう感じるくらい。

今日は南予(愛媛県)の遍路道を歩いているそうだ。枯野の小道の写真に。
『越し方も末行く身をも定まらず唯一心に南無阿弥陀仏』と歌を添えてくれた。

微笑みつつも返信が出来ないまま午後からの仕事がもう始まってしまった。
そうして日が暮れた頃またメールが届く。「テントの準備出来ました」と。

愚安さん。よほど寂しがり屋さんらしくついつい微笑まずにいられないひと。
ありがたい縁をいただいたのだもの。尽くせる限り尽くしてあげたいひとだ。

おかげで私も歩ける。ともに歩いているような日々を過ごせるのだと思う。


出会ってくれた旅人。昨日メールを届けてくれた彼も無事に家に帰り着いた事だろう。

そうしてまた遍路道を歩き始める日がきっと来てくれる。会うことが叶う。
そう信じられる縁をさずかったことに。心から感謝しながら私はわたしの。

日々を全うしたいと思う。こころに希望を。こころ穏やかに平安な日々を。



2009年01月07日(水) 出会ってくれた旅人へ

のんびりと歩き始めたつもりだったけれど。無意識のうちに。
駆け足になっていたのかもしれない。ほんの少しお疲れさん。

朝の道を駆け抜けないように心がけ。ゆっくりと山道を行く。
民家の庭先にたくさんの大根が干してあるのを見つけたりして。
美味しい沢庵が出来そうだなって思ったりしては心を和ます。

のろのろ運転の軽トラックには紅葉マーク。無理に追い越さず。
スピードを落としひたすら後を付いて行く。のどかな朝だこと。

冬けやきを仰ぐ。今朝は曇り空だけれどそのしなやかな枝先が。
何ひとつ求めずにいるように感じてはっとするくらい凜と映る。

そんな存在。そんなふうに佇んでいたいものだとつくづく思う。


職場は今日も大繁盛。後から後から来客が絶えず嬉しい悲鳴をあげた。
外回りの仕事もあり村外に出たついでにコンビニで好きな豆大福を買う。
最近無性に小豆物が食べたくてならない。もうすっかり餡子姫になった。


お昼休み。文庫本を開いたものの集中出来ずにぼんやりとクルマにこもる。
かといって眠くもならず曇り空を見上げてばかりいたところメールが届く。

ずっと気になっていた例のお遍路さんからだった。今は松山にいるという。
今朝は道後温泉に浸かれたそうでとてもとてもほっとする。旅のあいだは。
野宿続きでお風呂どころではなかったことだろう。どんなにか心地よくて。
疲れた身体を癒すことが出来たことだろう。安堵と嬉しさでいっぱいになった。

ふっと過ぎ去った夏の日のJさんを想った。Jさんも旅人だったのだなって。
今は何も伝えられない。とても大きな壁があって向こう側にそっといるひと。
けれどもかけがえのない縁のあるひと。私はその縁をなんとしても繋ぎ止めたい。

偶然は必然なのだ。そうでなければ出会えない縁というのもが必ずあるのだと。
信じている。負けないで、どうか今を乗り越えてきっと光を見つけてと祈っている。


縁というものはほんとうにありがたいものだ。何度だって言うけれど。
その日その時その瞬間でなければ出会えない縁が。私の『宝物』なのだから。

ひとが好きです。誰になんと言われようと。私はひとが好きでならない。








2009年01月05日(月) 始まったから・・また歩きましょうか。

もう明けて五日などと数えるのはよそう。あたりまえのように日常が。
おはようと声をかけてくれる。無理に微笑み返すことをしないでいても。
不思議なくらいにふふっとなれる。ほんの少しのえくぼを見つけたあさ。

きのう下った峠の道を今朝は上る。昨日は気づかずにいたのだろうか。
こんなにも冬枯れていたのかと山里の風景を眺めた。けれどもひと際。
緑一面の畑が見える。ブロッコリーの苗がずいぶんと育ってくれては。
人影も見えてもう収穫を始めているらしかった。寒い朝の仕事を思う。


職場に着くなり窓から母の姿を見つける。背中を丸めてちいちゃくて。
いったい何をしているのだろうと気になりながらドアをそっと開けた。
「よいお年をとりましたかね?」と声をかけても振り向きもしないで。

「めだかちゃんどこ?どこにいるの?」と水槽を覗き込んでいる最中だった。

「ああ、いたいた寒いから隠れていたのかね」ってやっと私を見てくれた。

なんと穏やかな仕事始めだろう。ずっとずっとこんなふうでいたいなと思う。


同僚も揃いお神酒は『やぶ隠し』盃にちょこっとずつ注ぎ皆で乾杯をして陽気に仕事を始めた。

ありがたいことにすぐに仕事の電話が入る。バッテリー上がりが二件続き。
オイル交換のお客さんも来てくれる。わざわざお年始に来てくれた常連さんも。

負けないように頑張れよと声をかけて頂く。過ぎた年はほんとうにどん底だった。
けれどもこうして今年も営業が出来る。お客さんのおかげだと感謝するばかり。
船は荒波にもまれながらもまだ沈まずにいる。燃料はもうない。とにかく漕ごう。



午後。役場の駐車場でとても人懐こい犬と会った。住民課の人が写真を撮っていた。
どうしたのかな?と訊ねてみると。迷い犬らしく飼い主が見つからないのだそうだ。
村の有線放送でも流してみて。何軒か心当たりの家にも電話をしてみたらしい。

今日が御用始では・・と思ったけれど。よけいな口を挟むことも出来なかった。
もうすぐに保険所へ連れて行くのだと言う。せめてもう2.3日それも言えない。

僕らも辛いんですよ・・その言葉を聴くともう何も言うことは出来なかった。

栗毛の犬は尻尾をふって甘えている。お腹も空いているだろう・・可哀想に・・。

保険所でのリミットは一週間だという。飼い主さんどうか必死で捜してあげて下さい。



仕事を終えて帰宅する。あんずの栗毛をいっぱい撫でてあげたくてならない。

ふたりてくてくと夕陽の道を歩く。あんずは幸せなのだろうか恵まれているのだろうか。


今年初めてのお大師堂だった。例の『愚安さん』は昨日の朝。旅立ったらしい。
お大師ノートでその事を知る。ほんとに愉快なひとだった。きっとまた会えるだろう。


きのう出会った青年は。「今日は快調」とメールを届けてくれほっとする。
無事に足摺岬に着いただろうか。今夜の野宿もぐっすりと眠れたらいいな。

そうして目覚めたらお湯を沸かして好きな珈琲を美味しく飲んで欲しいな。










2009年01月04日(日) ひとはあたたかいひとはこんなにも尊い。

明けて四日。穏やかな晴天に恵まれつかのまのひとり旅。
ほんの隣町だというのに旅のようにおもうありがたき時。

そうだお弁当も持って行こうと途中でおにぎりを二個買う。
遠足のようでもあり心が弾む。独りぼっちがやはり好きだ。

思った通りお寺は人影も少なくひっそりと静かでとても落ち着く。
本堂にお参りをしておみくじを引いたらなんと『大吉』をいただく。
そんなもったいないことをと感謝をしつつ目頭が熱くなる年頃なのか。

水子地蔵さん。あのこは今年34歳になります。ひと目会いたいです・・。
眼洗い地蔵さん。去年洗った彼の眼を今も守ってくれてありがとう。
今年は私ひとりで来ました。彼のことを忘れないでいてあげて下さい。

そうして奥の院へと歩く。お寺から田畑の続く野道を少し歩いて行くと。
小川が流れていて小さな橋がある。山に囲まれたところにその祠がある。
小川には鷺がいた。はっとしながらその姿を目で追っているちょうどその時。

恵ちゃんからメールが届く。津波注意報が出ているよ大丈夫?って言って。
音信不通で良いのに。メールなんかしてこなくてもいいのにしてくれたんだ。
奥の院のすぐ手前の畦道に座り込んで。ずっとしないでいた電話をかける。
ほんとうに久しぶりに笑い声を聴いた。少し鼻声だったけれど元気そうで。
「今年もガッツだぜ!」と言って「ありがとう!」って言ってそれが切れた。

涙がほろほろと溢れ出す。苦しかったふたりとても苦しくて辛かったけれど。
乗り越えられたような気がする。もう救われているような気がしてならない。

奥の院の冷え込む祠にしばしこもり手を合わす。読経の声が祠にこだまする。


さあ裏山に登ろう。深呼吸をして山道を歩き始める。ゆっくりと進もう。
今年こそはなんとしても八十八体の石仏に手を合わせなくてはならない。
誰も待たせてはいないことがこんなにもありがたいことだったのだろうか。
おかげでお賽銭は余らずに済んだ。このうえない達成感でほっとして山を下りる。

ゆっくりだったとはいえよほど空腹だったのか。よろよろと境内を歩いていた。
お遍路さんが独りベンチで昼食をとっていて。目が合いにっこりと挨拶をかわす。

その瞬間。なんだかいつものピピっとしたものを感じ。一緒にお昼を食べたくなる。
クルマに置いてあったおにぎりを急いで取りに行ったのは言うまでもなく。
さりげなく近くのベンチに腰を下ろし。ぺこぺこのお腹におにぎりを頬ばる。

話し掛けたかったのだ・・なんだかそうせずにはいられない何かがあって。
そうしてみてほんとうに良かったと思う。そのお遍路さんは足を痛めていた。
歩き通しているとどんなアクシデントだってあり得る。もう少しなのに。
思うように歩けないもどかしさ。這ってでも辿り着きたい場所があること。

話しているうちにすっかり意気投合してしまい。遍路地図も見せていただく。
クルマでの『お接待』だとそのひとは言ってくれたけれど。私はいつだって。
『おせっかい』なひと。とにかく少しでも目的地近くまで連れていってあげたい。

逆打ちの遍路地をつかの間ともに行くことに決め。『真念庵』を目指した。
その道は私がいつも毎朝通る山里経由の道だった。今日は峠を下って進む。


ほんとうに思いがけない出会いがあるものだと。今日の一期一会を想う。

無事に大分の家に帰りついたら真っ先に知らせてくれるという。
なんとありがたいことだろう。ひとはあたたかいひとはこんなにも尊い。































2009年01月03日(土) 月の砂漠をはるばると・・行くか・・。

あけて三日。なんだか気が抜けたようにだらだらと過ごす。
今年の抱負とかそういうのもなく。ただただ心穏やかにと。
頂いたお休みをありがたく広げてみては触れているようだ。

思い悩むこともないわけではない。心配事だってあるけれど。
じぶんがあまりにもちっぽけなものだから。それをみとめる。

みとめると楽だ。ラクダのこぶのようにぽっこりと丸くなる。
これなら月の砂漠をはるばると。ながい旅が出来そうに思う。



暮の29日の仕事帰りに食料品を買い溜めして以来人混みを避けていた。
けれどもとうとう食料が尽きる。卵も牛乳も納豆も食パンもなくって。
無性にインスタントラーメンも食べたくなり。意を決して買物に行った。

よかった。予想外にお店が空いていてゆっくりと買い物が出来てほっとする。
とりあえず明日の分もとあれこれ買い込む。今夜は定番の野菜炒めにした。
姑さんから金柑の煮たのと白菜のお漬物を頂く。それがやたら美味しかった。


明日はなんとしても初詣に行こうと思う。八十八個のお賽銭を提げて行く。
毎年どうしたわけか十個余る。今年こそはしっかりとそれを納めたいと思う。

独りでゆっくりと行って来いよと彼が言ってくれ。それがありがたくてならない。
毎年クルマの中にいて待ってくれていた。だからなのかついつい急いでしまう。

明日は急がなくていい。心ゆくまで八十八体の仏像に手を合わせられそうだ。


霊場の裏山の『ミニ八十八ヶ所』を独りで歩く。

「歩く座禅もあるんやからな」と言ってくれた『愚安』さんの言葉を胸に抱いて。




月の砂漠・・なんかとても懐かしく聴きました。



2009年01月02日(金) 裸の心にあたらしき衣を

明けてふつか。静かな時をありがたく三日月の夜空を仰ぐ。
平穏であることはやわらかな絹に似て裸の心にそれを纏う。

それはいつだって新しき衣に成り得る。汚れていても破れていても。
とにかく裸になるのがよい。そうして直にその感触を憶えておこう。



元旦は思いがけずに雪の朝となった。湿り気をおびた雪がどかどかと。
みる見る間に川向の山が真っ白になる。予期せぬこともあってよしと。
そんな雪を受け止めて。朝陽を待ちわびるように空を仰ぎ見るばかり。

つかのまの雪のこと。雪雲を押しやるように新しい朝の光が微かに届く。
足摺岬のかのひとを想った。やっと辿り着いたのだもの。ささやかな陽も。
彼にとってはどんなにか新鮮に輝かしく映ったことだろうと。私は信じる。


日中は元旦恒例の身内の宴会。毎年昼の部から夜の部へと続くのだけれど。
今年は夫である彼の配慮のおかげで。昼から夕方までで終える事が出来た。
甥っ子にお年玉もあげて皆が解散すると。どっと肩の荷が下りた気がする。
なんと私も姑さんからお年玉を頂く。もったいなくて神棚にお供えをした。
長いこと長男の嫁をしているとこんなありがたいこともある。嬉しい事だ。



大晦日から帰って来ていた息子君も。独り暮らしの部屋へと早々と去っていく。
サチコも今日が『初売り』だと仕事に出掛ける。もうすっかり日常が戻ってきた。

私もいつも通りにあんずと夕暮れ散歩に出掛ける。お大師堂から少しその先まで。
お大師堂には大晦日から滞在している歩き遍路さんが居て。どうやらもうひとり。
お仲間のお遍路さんが来てくれたようだ。ふたつの靴が仲良く並んでいて心が和む。

実は大晦日の夕暮れ時に。すっかり意気投合して話し込んでしまったのだった。
俳句を詠む粋なお遍路さんで。もう八回目の遍路旅なのだそうだ。名は『愚安』さん。
己の愚かさに平安を授けるという思いが込められているらしくて自慢の名だと言う。

なんと穏やかな笑顔の男性で。いちねんの終りにほんとうにありがたい縁を頂く。


愚安さん。私もとても愚かです。欲深くいつまでたってもぐるぐるしています。

けれどもこうして生かせてもらえる。それだけでじゅうぶんなのだと思います。



裸のこころにこうして纏える衣があること。
このあたらしき衣を肌身離さず愛おしみたいものだ・・。






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