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うたかた
sakurako

2010年05月14日(金)
カウントダウン

単純計算で17回も年を越していれば大晦日と言ったってとりわけて珍しいわけでもなく。
面子だって普段からなんとはなしに付かず離れず顔を突き合わせている連中なのだし。
だいたいが高校生ともなると、それも探偵なんていう特殊な事情があったりすると特に、深夜に外を出歩く機会というのも少なくはないのだけれど。
それでも、三つが一緒になると少なからず祝祭的なムードを帯びてくるのだから不思議なものだと思う。
たとえ会場が近所のしょぼい公園のベンチで、乾杯が服部の買ってきた缶ビールで、カウントダウンは白馬ご自慢の懐中時計によって厳密過ぎるくらい厳密に行われ、年明けの合図として用意されているのが黒羽お手製のいささか不恰好なクラッカーひとつだったとしても、だ。
ちなみにオレは服部と連れ立って酒屋でカワキモノを調達してきただけだから文句の言える筋合いではもちろんない。
そもそも外でカウントダウンをやろうなどと言い出したのは黒羽だった。何でも大晦日の晩に部分月食が起きるのだという。だからって野郎4人が寄り添って天体観察もないだろうし、今はもう月食がはじまっているはずの時刻だが、夜空を見上げてみても妙に煌々とした満月のどのへんが欠けているのかも定かでない。ネットで調べてみても、黒羽に訊いても「ほんのちょっと」欠けるだけ、というのが本当のところらしく、そもそもが肉眼で確認できるものではないのかもしれない。だったら今の宴は全く無目的の集いと化してしまうわけだが……まあ、いいか。
いつになく気楽になっているのも祝祭ムードの魔法だろうか。

23時59分ジャスト、と白馬が厳かに、まるで死亡時刻の宣告みたいな声で告げる。
何秒前からカウントダウンを行うべきかという深淵かつどうでもいい議論を酒の回った残り3人で真剣に戦わせているうちに40秒が過ぎ、気付いたら今年も残り20秒となってしまっていた。
「いいからもう数えようぜ、20、19……」
「いえ、すでに13秒を切っています工藤くん。12、11……」
白馬が乏しい街頭の明かりで懐中時計の針を確認しながら言う。
黒羽と服部はなぜだか肩を組み(酔っているのだ、たぶん)、応援団みたいに左右に身体を揺らしながら声を揃えてじゅーう、きゅーう、と間の抜けた声を上げた。案外仲いいよなこいつら、なんて呆れていたら、
「何、妬いてるの新ちゃん」
「何や妬いとんのか工藤」
同時に言い放ちやがった。妬いてねえよ。つうかオマエら仲良しさん決定。気持ちの中でだけ中指を突き立てて悪態をついているうち残り3秒。いろいろあったような、なかったような今年ともあと3秒でお別れだ。1個しかない上にプールで使う安っぽい水鉄砲か発炎筒みたいだと不評極まりなかった黒羽手作りクラッカーの紐を4人で掴む。

「「「「3、2、1……A HAPPY NEW YEAR!!」」」」
ぱんっ。
クラッカー、というよりは爆竹に近い音が弾けて、新しい年はなんだか平然とした表情でやってきた。飛び出した紙吹雪が頭上からはらはらと舞い落ちる。どうやら中身までお手製だったらしく、大きさも紙の質もまちまちな紙吹雪は、おのおのが好き勝手な動きをして深夜の公園に散った。ひときわ大きな一片をてのひらに納めた服部が頓狂な声を上げる。
「何や「ハズレ」て」
「ああ、それね」
零時を過ぎて吐く息をますます白くしながら、黒羽がにやにや笑って言った。
「当たりは新ちゃんとキス1回」
「聞いてねえぞそんなの!」
オレが叫ぶより早く、白馬と服部は競って紙吹雪の奪い合いをしている。ハイ、オマエらお馬鹿さん決定。服部だけ仲良しさんの上に馬鹿が被っている気がするがヤツが同性と仲良しさんだろうが頭の中身がちょっと軽かろうがオレには関係ない。

くるくると回りながら目の前に落ちてきたピンクの紙片を何の気なしに手に取って月光にかざすと、そこには赤のマーカーで子どもっぽい文字が記されていた。

「大当たり。WISH YOU A HAPPPY NEW YEAR!!」

キスは御免被るけれど。
"WISH YOU"の"YOU"が複数形、つまりここに居る全員に幸福を、と思えるくらいにはオレは上機嫌で、けれどその紙片をこっそりポケットに隠したのは言うまでもない。



あけまして、おめでとう。
今年も、来年も、ずっとずっと、ずっと先まで。
新しい年をこんなふうに、一緒に歓迎できますように。