VITA HOMOSEXUALIS
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2016年08月31日(水) 春の焦り

 専門学校を中退してしまった私には高卒の学歴しかなかった。

 同じ時期に大学に入った友人たちは卒業して就職する時期になった。

 我も我もと県庁や市役所の役員になったり、地元の銀行員になったり、商社や製造業に入ったりした。私は自分だけがひどく遅れているような気がした。その頃はまだ政治運動にかかわっていて、帝国主義政策を進める大企業と官僚機構への反発を持っていた。ではどうやって生きるのか? 

 運動の先輩たちは肉体労働のアルバイトをした。そうして、就業条件に難癖をつけて、一時金をせしめて退職し、また別のアルバイトに就き、また同じことをする。要するにジゴロなのであった。その生き方も私には出来なかった。

 夜でも朝でもない薄明の空を飛んでいるような気がした。私は高校の同級生と瀬戸内の島に旅をした。その子は役人になることが決まっていた。

 私たちは小さな島の尾根に着いた。南側の斜面には一斉に除虫菊が咲いていた。北側の斜面は棚田になっていた。私はそこで幻影を見た。遠くから、獲物をかついた漁師がこちらに向かって歩いてくる。ドビュッシーの『祭』の音楽がかすかに響く。その人の群れはだんだん大きくなる。祭の音楽は昼間部の行進曲になり、音がぐんぐん大きくなってくる。その一番の大音響のとき、獲物を抱えた祭の列は私の側を通り過ぎた。オトコたちは大きな魚を抱えて、赤銅色の顔を輝かせていた。女達はそんなオトコを夢見るように見、捧げ物を持っていた。

 やがて幻影は消えた。取り残された自分。どこへも行けない自分。何も役に立たない自分。私はぽろぽろと泣いた。彼が私を優しくなぐさめた。

 「オレらはなあ、今の時点で自分の棺桶の大きさが決まってしまうんよ」、「それが決まらんおまえはいいよ」と彼は言った。

 その夜、民宿で枕を並べて寝た。少し寄っていた。私の手は彼の股間に伸びた。最初は柔らかだった股間は私の手を感じると硬く、大きくなった。

 「あれ?」と彼は小さい声を出した。

 私は彼のペニスを握り続けた。彼は何も抵抗しなかった。彼のペニスからはガマン汁が流れて濡れた。しかし彼は射精しなかった。彼の勃起は次第に落ち着いてしまった。

 私は二重に負けたのだと思った。就職の決まった彼に負け、射精させられなかったことで彼の克己心にも負けた。私は本気で泣いてしまった。彼は私の手の甲にキスをした。それが彼の精いっぱいの行為の表現だった。

 それ以来40年、彼は新聞の人事欄に写真が出るほどの大物になった。


aqua |MAIL

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