VITA HOMOSEXUALIS
DiaryINDEXpastfuture


2015年05月12日(火) 少年の孤独

 小学校に上がるときになると、私は郷里へ帰らなければならなかった。

 「わりゃぁ、こんなぁ、きなっちょるぁ」

 私は漁師町の子供たちが使う言葉が全然わからなかった。当然、遊びのルールも知らず、体も弱かったので、誰の仲間にも入れなかった。

 私は毎朝二キロの道を歩いて海沿いの小学校に通った。小学校は松並木の中にあり、古い木造の校舎で、むっとした匂いのする暗い昇降口から長い廊下を通って教室に行くのだった。便所はその建物とは違い、渡り廊下を渡って少し離れたところにあった。

 小学校の授業は面白くなく、先生の弾くオルガンに合わせて何か唄わされたが、私はいつもよそ見をしてろくに歌を唄わなかったので、よく叱られた。叱られるときにはゲンコツが飛んでくるのであった。

 私の半ズボンのポケットには穴があいており、私はそこから右手を突っ込んで授業中によくオナニーをした。子供の手は汚かったのに違いない。私は小学二年生の冬に膀胱炎になった。尿意を感じてもオシッコが出ず、苦しい日が続いた。あるとき私は熱が出て、ぼうっと気が遠くなった。それは冬の寒い日であった。そのとき、私は下半身に暖かいものを感じた。オシッコが漏れたのだった。漏れたオシッコは下着を濡らし、ズボンを濡らし、硬い木の椅子を濡らして木の床に染みを作った。

 「あぁ、こいつ、ションベンしちょらぁ」と誰かが頓狂に叫んだ。わぁっとはやし声が起こり、私の周りの子はみな立ち上がって私から逃げた。すぐに先生が飛んできて、怒ったような顔をして私を保健室に連れていった。そこで私は体操着に着替えさせられ、熱が出ていることがわかったのですぐに下校させられた。ませた女の子が私のランドセルを保健室に運んで来た。

 それから私はしばらく学校を休んだ。血尿が出て、熱はなかなか下がらなかった。

 一週間ほど休んで再び学校に出て行ったとき、皆が「しょんべん小僧、しょんべん小僧」と私のことをはやしたてた。

 私は怒りも泣きもせず、ぼんやりと松の木に寄りかかって海を眺めていた。


aqua |MAIL

My追加