獅々丸の雑記帳
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| 2008年06月11日(水) |
昨日の雑記へレスがついたことから、もう少し書く。 |
自分もこうやって駄文を書いているので気をつけているんだけど。 人の憤りは誰かに伝えると収まっていく傾向にあると思う。
ああいう事件に対して即座に反応できる人はある面で素敵だと、自分とは違う 人(良い意味で)なんだと思います。 だから、どうか一時の憤りで終わらないで欲しいなって思う。
それとね、こうやって駄文曝してると、ネタが欲しくなるでしょ。 全ての人がそうだとは思ってないけど、あの事件ですらネタとして対応してる 人がいるでしょ? ここ↑で怒らないでよーくよく考えてみてください。自分も徘徊先のWebも。 そういうネタを欲しがる体質がこの日本の社会にもあるでしょ。 だから親で出てくることにまでなっちゃう…ってのは言い過ぎかな。
あの事件の被害者でB型肝炎の方がいらっしゃったそうで、当日救護にあたら れた方は連絡をしてくれるよう情報が出た。 あの事件で今の時点で最重要情報だと俺は思うのね。 でもニュースでの取扱は軽い。 おかしいでしょ。
あれだけの事件です。 テレビや新聞で状況を知ることは可能なはず。 事実ネットを全くしない俺の母も当然事件のことは知ってます。 だからああいう事件において画面上で繋がる感情の共有なんていらないと思う のですよ。 いらないって言うか反って危ないと俺は考えちゃうのです。 何も感じないのは怖いけど、感情を公開するのも危ないと考えます。 文章を読めば人は必ず心を煽られます。連鎖します。 そして多くの人が忘れ去ります。
キーボードなんて叩いてないで、身近な人と顔見て体温感じて話し合ってみま しょうよ。 そういうのが希薄だって、皆さんご自分で仰ってるのにな。 ご自分の書かれた文章、好きな人や愛する子供に読ませられます? 共有が必要なのは感情でなく情報じゃないのかな。 そんな風に考えながら、俺はこの雑記を書いてます。
俺の文章は駄文だけど、望むまた望まない『力』を有していることを忘れるな。 カギのかかった日記帳でなく、世界に発信されてることを忘れるな。
左様ならば是にて。
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