獅々丸の雑記帳
INDEX|過去|未来
| 2006年07月28日(金) |
スピリチュアルな話とは次元が違う |
この雑記は『2006年07月25日(火)野生動物との共存』から内容的に続いている ものです。 掲示板に意見をくださった方へのレスという形で、改めて考えを述べてます。
>要は殺生の仕方の問題。 >命に対する感性の問題。 >情緒や愛情という人間の基本的問題のことなのだ。
確かにそこだけ引用すれば、そういうことでしょう。 ただね、あれをネットで広げてどうせいっていうの? 『あのホテルは酷いことをするホテルなんで泊まらないようにしよう!』とか 言うの? 袋詰めした人が悪いの? その仕事を頼んだ人が悪いの? そこで働く人、全てが悪いの? そういうことを踏まえて、あの記事は書かれてるんでしょうかねぇ?
確かに俺の感性からすれば、『惨いことをしたなぁ……。』です。 しかしそれを責めることは俺には出来ませんよ。 俺はゴキブリをきちっと駆除してくれてて、夜中に間違ってもチョロチョロ出 てこない宿泊施設が大好きですから。 さらに言うと、あの記事を読んで得るべきこともないと思った。 あんな記事を読まなくたって、俺はあんな惨い殺し方を『今なら』しないから。 あんなもんを読んで、子供に『こんな風に生き物を殺しちゃダメよ。』と教え る親なんていないでしょうから。 『こんな風に殺しちゃダメなんだ?』ってあらためて思い直す大人もいないで しょうから。
断言しますが、要は、あれは『誰かを非難する』ための記事です。 引用文3行で尤もそうなことを書いていますが、ああいう風な書き出しで流れ を作っちゃったあとでは、少なくとも俺には付け足しの『飾り言葉』にしか思 えん。
ねぇ、ネズミの駆除って知ってる?ゴキブリホイホイのデカいやつで捕まえて、 息があろうがなかろうが、そのまま捨てるんだよ。 その恩恵には預かってないのかい?
『この国の人間社会において、野生動物との共存は無理。』 『動物の命に色を着けるのも嫌。着ける人も嫌。』
どういう生活してんだか知らないけど、ある側面だけ見て声高に他人を非難す るのもどうかと思う。
殺してから捨てれば文句言われなかったんかねぇ。 泣きながら作業してたら文句言われなかったんかねぇ。 その場だけでも殺さないようにすれば良かったんかねぇ。 そのままにしておけば本当によかったんかねぇ。
あのホテルの従業員のお子さん達、ことが大きくなると苛められたりしないの かねぇ。 親が勤めてるところが悪いんだから、仕方ないのかねぇ。 害虫駆除を生業としてる人のお子さんは、苛められないのかねぇ。 親の仕事は困ってる人の味方だから、自慢に思ってるのかねぇ。
『この国の人間社会において、野生動物との共存は無理。』 『動物の命に色を着けるのも嫌。着ける人も嫌。』
だから、俺にはなにも言えんのです。 だから、俺が大切にする命だけは他人にとやかく言われても守りたいのです。 その為には残酷なことをするかもしれません。
>以前獅子さんもいってたよね。 >「いただきます」は命を戴くという意だと。
はい、だって『俺が』食べるんですから。 例えば、俺がいたずらに生き物を殺すとして、その時に『いただきます。』と いうほど悪趣味じゃないよ、俺は。
生きたまま『湯に入れられた』命であっても。 鮮度を保つために『血抜きをされた』命であっても。 如何に効率よく作業するかだけを目指した手法で『締められた』命であっても。 殺され方は問題じゃない。 俺が喰うから『いただきます。』なんです。
ただ、これも書いたと思うけど、それとは別の感謝の言葉でもあるんです。 俺の代わりにその『○○○らしい』作業をしてくれた人に感謝を込めて『いた だきます。』と言うんです。 俺の感覚だとあまり『命』と思えない植物についても、そこに従事してる人へ の感謝も入るから、ご飯粒を永谷園のお茶漬けで食べるにも『いただきます。』 と言うんです。
『いただきます。』は己が喰う『命』と、それを供給してくれた方の『命』へ の感謝の言葉です。
俺は野生で命を自給自足してるんじゃないですよ。 人間社会で命を供給して貰ってるんです。 ブログなんつーのが流行ったせいか、この辺↑を分かってないんだか、棚に上 げちゃってるんだか、履き違えちゃってるんだか知らないけど、随分と自分本 位な意見が散見されて、少し寂しい近頃のネット界。 どうしたら己に迷惑がかかるはずもない人様の所業を、あんなに真面目に追及 できるんすかねぇ。(これは皮肉的表現です。)
お門違い=見当違い、というよりも、話の論理がズレてるかも。 ま、俺の論理はちょと普通じゃないのは自分でも分かっています。 ただ、冷静に読んで頂ければ、そんなにおかしいことを言ってる訳でもないこ とは分かって頂けるんじゃないかな。
ご意見ある方は、引き続き掲示板へどうぞ。
|