獅々丸の雑記帳
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2006年03月27日(月) 愛車への想い(彼(彼女)等の真意はどうなのだろう)

お仲間が事故った。
いや、事故ったと言うより、事故を貰ったと言った方がいいか。
走行中なので過失ゼロとはいかんだろうが、贔屓目に見ての表現。
えこ贔屓だって?
構わんだろ。俺が贔屓したいヤツは贔屓するのがMyルールだ。(笑)

ところで、気になることがある。
こういう事故がネットで配信されるたび、それが自爆だろうが、貰い事故だろ
うが、『愛車がオーナーを守ってくれた』内容のレスがつくことだ。
俺はこの雑記帳を読んでくれれば分かるように、車に対してただの機械として
ではない感情を持って付き合っている。
そして昔は俺も件の言葉を発していたひとりだ。

しかしよぉ、事故に遭った人間を慰めるための言葉とは理解してるんだが、そ
うは言えない場合が俺の頭にはチラついてタマラン。

俺は以前、事故で愛車を潰した(参照:2002年07月24日(水)騎士(ナイト)よ
・・・)ことがある。
結果、俺にはごく軽いもんだが右の肩甲骨辺りに後遺症らしいモノが残った。
疲れているときや季節の変わり目に、酷い時にはそこから肩、首筋を伝って右
側頭部にまで、太い鉄筋を通されているかのような激しい頭痛が起こる。

んじゃ、俺の愛車はヘボだったのか?
違うだろ。
その程度で済んだのは、愛車が守ってくれたからだ、と慰めてくれるかい?

んじゃ、死んじまったヤツの愛車は、ヘボだったのかい?
オーナーを守り切れなかった役立たずだったのか??

否。

上手く言えなくてもどかしいが、そうじゃないんだよ。
その程度で済んだってことは、その程度で済む状況だったってことだ。


俺はクルマの『中』に乗っている。クルマはいつも俺の『外』側にある。
その状況で事故を起こせば、クルマは無傷なのに、俺が死んだ、なんて事態は
まずないだろう。
守るとか、守らない、とかじゃない。最初に疵付くのは、愛車だ。

『そんなこと、分かってる。』って非難されそうだな。
だけどさ、決して白けてる訳じゃない。
俺はクルマをただの機械と思ってないからこそ、貴方達の言い草だと『オーナ
ーを守り切れなかった、愛されていたクルマ達』を想って悲しい気持ちになる
んです。
彼らだってなんの落ち度も無い凄いヤツ(クルマ)らだったはず。

俺の暁さんにしたって、オープンカーだし、引っくり返りでもすれば、皆さん
の愛車に比べて脆いのかも知れない。
そんな事故で、もし俺が死んでしまったりしても、暁さんにいわれなき汚名だ
ぞ着せて欲しくないな、なんて思ったり。

よかったら、一度考えてみてください。

追伸

もしこれで愛車を手放すことになったとしても、愛車はYOUと出会えて楽し
かったはず。
機械であるクルマだけれども、俺達にとったら命あるものと変わりないよね。
飼い犬や飼い猫が死んでも、『きっと自分に会えて楽しい一生を送れたに違い
ない』って、そう思えるから『次』がまたあるんです。
そう思えないなら、もうクルマは止めた方がいい。
そう思えるようになったら、また続ければいい。
人のエゴだと言われようが構いません。
趣味ってのはそういうもんです。

もし復活したなら、また一緒に楽しもうぜ。


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