獅々丸の雑記帳
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| 2005年12月20日(火) |
愛飲ってほどのものがあるなら、それは癒しになるかも。 |
『愛飲』ってのは好きでいつも飲むって事ですよね? 『〜する時はいつも飲む』じゃなくって、『何かを飲むならまずはそれ』って言うの が愛飲だと思っています。 志村けんは一体何を『愛飲』しているのでしょう? 獅子丸です。 皆さんご機嫌よう。 牛乳を愛飲する人は、ご飯にかけて食べちゃうくらいの人だと思っていました。
『最近癒されたいな〜と切に思うのですが、何か癒されることありませんか?』と聞 かれた。 俺の最も苦手とする質問。 そこらで散見する『癒されたい』とは明らかに違う理由を持つその質問に、出来れば ちゃんとアドバイスしてやりたかった。
癒し……ねぇ。
俺、分かんないのよ。(汗) 癒されたいとも思ったことも(多分)ないし、癒されるなぁって感じたことも(多分 )ない。 で、調べてみた。
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(1)病気や傷などをなおす。 「温泉で傷を―・す」 (2)悲しみや苦痛をなくす。 「恋の痛手を―・す」「かわきを―・す」
三省堂提供「大辞林 第二版」より **********
なるほど。 多分、巷に氾濫してるのは(2)の意味の方なんだろうな。特にメンタル面の。 ふむふむ。。 これじゃぁ、俺に理解できるわけがない。 俺の場合、精神面での痛手は、己自身で解決する術を既に持っている。 それは、効率的であったり、非効率的であったり、受動的であったり、能動的であっ たり、建設的であったり、反社会的であったり、その時その状況により手法は様々だ が、大きく振れた波を多少無理やりにでも収束させて平穏にし、日々を生きていける ようにする方法を知ってる。 第一、いま現在癒さなきゃならんほどの痛みも傷もない。(笑)
そんな俺の意見だから、的を外してる可能性大だけど……。
良いと思われる方法は、痛みを忘れていられる『何か』をすることだろう。 最初はほんのちょっと時間でもいい。 一瞬でも言いから夢中になれることを。 それと、大事なのは『忘れることは罪ではない』ことを自身に肯定させること。 忘れるとは消し去ることではない。 その引き出しを開けることが段々と少なくなっていくだけのことで、引出の中味を捨 ててしまうのとは違うんだよ。 開けたい時はいつでも開けられるのだから、忘れることに否定的になる必要はない。 そう思えるまでには、相当勇気が要るとは思うけどね。
心から『癒されたい』と思うのなら、まずは『動け』。 俺には良く分かんない『癒し』だが、『癒し』もまた向こうからはやってはこないぜ。 留まらずに、今は動こうや。
そうさな、なし狩りならぬ『癒し狩り』にでも行こう!(笑)
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