獅々丸の雑記帳
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| 2004年12月01日(水) |
暴走族について語ろう |
年代は関東ベースで書きますね。
50年代に「カミナリ族」が生まれた。これは私も記録でしか知らない存在。爆音で疾走したり すでに曲乗りもしたとの記録もあるので、今の「走り屋」と変わらない存在だったと思われる。 乗るのはオートバイであったが、これは当時の若者に車を買えるほどお金が自由にならなか っただけだと想像している。
60年代も後半になると「サーキット族」が出現。これは現在の「埠頭系ドリフター(走り屋)」の 祖先のようなもので、ギャラリーと共に朝までお祭り状態な連中。
70年代に入ると所謂「暴走族」が生まれる。特攻服姿でご存知な方も多い、昔の暴走族です。 この辺りで運転技術自体を追い求める「走り屋」との分離も起きたはず。もっとも、以降も ずっとどっちとも言えない勢力が存在し続けることにはなるんですが…話がややこしくなるので ここでは割愛。
で、78年に共同違反行為禁止の法規制が入る。この70年代からの「暴走族」は80年代終 わり頃まで勢力を各地で保ち、族同士の抗争が頻発したはず。ですが、先の法規制で解散 に追い込まれた強大グループがたくさんあります。で、ついでに書いておくと、私の記憶だと、 この当時の「暴走族」までは「一般人には手を出さない」って不文律があったような気がする んですよねぇ。
85年に騒音運転の禁止規定が出来る。この80年台後半から「暴走族」の事情が少し変わ る。暴〇団との癒着です。推測するに先の法規制により「統制の取れていた暴走族」が次々 と解散し、ただの暴走集団と化した連中が、後ろ盾として暴〇団と手を結んだのだと思いま す。で、別々な勢力を集めて「連合」を作る。「〇〇連合」なんてステッカーを見たことありませ んか?これらが暴〇団の資金源となった。
そしてこれは皆さんにも記憶にあるんじゃないかな?92年のマフラー改造規制。でもこの年 にもうひとつ大きな法改正があった。これが暴対法。これにより暴〇団の資金源が激減し、 暴走族から上納金を取るようになる。もうステッカーを売ってチマチマでは追いつかなくなった のでしょう、手っ取り早く資金を得るために「暴走族」は恐喝・リンチなどを行う「犯罪集団」と なったんだと思う。
「珍走団」と言われるようになったのは最近のこと。上の「犯罪集団」を指す場合もあるし、昔 の「カミナリ族」的「若気の至り集団」を指してることもあるみたいでイマイチ対象がはっきりし ない。ただ、我が家に聞こえるような場所で排気音を演奏してる音が耳に入ったりすると、我 が母は『暴走族ならこんな場所で走らずに、正々堂々と国道を走ればよいのに。』と批判しま す。この批判自体はかなり論点ズレてますが、我が母はツッパリ君達を可愛がっていた変わ った母なので、その行動にも「筋の通った」ものを希望するようなのです。これには私も同意 見で、暴走族ならポリ公の相手をしてナンボのもんじゃ!だと思います。そういう行動を出来 ないのは「珍走団」なのかもね。
以上、間違っていたり、意図的に端折ったりしていますが、独断的『暴走族について』でした。
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