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2007年01月04日(木) 笑う沖縄 / 曽我部司(メモ)

お正月は珍しく本を読んでました。笑う沖縄ユリイカ

ユリイカは去年映画を初めて見てノベライズされてるというので文庫を買いました。読んでみて映画でカットされた部分がわかったりとかはあったんだけど、まあ映画だけでいいかなあという感じです。あれは完璧な作品だった。役所広司や宮崎将・あおい兄妹等(あと国生さゆりがよかった)の存在感につきると思うんだけど。

それとは別に、青山真治の作品に連続して出てくる秋彦君というキャラクターがとても気になっていたんだけど、やっぱ文字だけだと印象が弱い。やっぱり自分としてはそれを演じた斉藤陽一郎の存在感が気になるんだなーと思いました。あのずけずけしゃべる声が好きだ。その前のHelplessも浅野忠信よか一生懸命見てたし(笑)。実は一番普通の価値観を持ってる人物なんだけど映画の中では鮮烈なノイズ効果をもたらす装置になっていて、そのあり方がおもしろいんですよね。青山真治の小説にはもっと出てくるらしくて読んでみたいんだけど、ちょっと面倒。なんか自分には小説を楽しむ感性に欠けてるんですよねー。青山真治の文体が好きじゃないのかなあ。

笑う沖縄はクリスマス頃に仕事帰りにTSUTAYAで見かけて買ったものです。沖縄の芸能においてとても重要な人物である与那覇舞天(よなは・ぶーてん)の評伝というかルポルタージュ。まとまった形で紹介されるのはこの本が初めてなんじゃないかと思います。地元の出版社からも出ていないはず。私も照屋林助さんの思い出話とか断片的かつ伝説化されたイメージしかなくて、興味はあるんだけどなかなか知ることができない話でした。21世紀を過ぎて、しかも沖縄の方ではない著者によって、しかも沖縄フリークではない方(だからこそ、という気もする。芸能関係はいろいろしがらみがあると思うし)によって書かれたというのがとてもおもしろいと思いました。

今日は簡単なメモで。だいたい沖縄の本というと書いてる方がだいたい決まってて、特に芸能関係だとやっぱり先ずファンというか、沖縄が好きという大前提がありますよね。でもこの曽我部さんはそういう方じゃない。略歴(Wikipedia)を見るとユーゴの民族紛争とか警察の汚職とかすごい硬派なテーマで本を出されていて、それがなんで今、与那覇舞天なんだろう?というのにひかれて手に取ったんだと思います。

著者がこのテーマについて書くようになったきっかけというのがまたおもしろくて、あるタクシーの運転手に出会って(実名で載ってるんですが)話をしているうちに見つけて書きたいと思ったというのが導入部で、与那覇舞天のことを語る人たちの笑顔にひかれて、ということでした。チャップリンやエノケンを語る時にも人はこんな笑い方をしない、そういう笑いを誘う人物とはどういう人なのか、というのが今回のテーマであったわけです。

布石のような形で岡本太郎の著作沖縄文化論〜忘れられた日本が何度か出てきて、その中のモチーフでもある、死や絶望と隣り合わせの美や、生命力の発露としての笑いという構図が前提されているようでした。そのコアの部分までには迫ることができていないように思ったのですが(やはりルポという形では難しいのかな。もっと強引な方法・力が必要なのかも)、著者は与那覇舞天という人物にとてもひかれていて寄り添おうとしているのが伝わりました。

それは著者が自ら書いているように、ずっと実際に戦場で生活していたり、戦うように取材をして書き続けてきて、ふと与那覇舞天の笑いの世界に出会い引き込まれていく経緯が、与那覇舞天やそれを見ていた沖縄の人たちの人生とシンクロする部分があったのかもしれません。(あなたの歳では戦争のことはわからないねと言うお年寄りに自分は戦争体験があるんだと伝える場面があったな)与那覇舞天のことを笑いを必要としている人に与える人、というふうに表現しているんだけど、裏返せば著者自身が笑いを求めていて、ルポという方法で与那覇舞天のもとに赴いたんだなと思った。

与那覇舞天については、若い頃、もともと医者になるために東京に渡り、学びながら浅草の漫談などの芸能に触れて刺激されたこととか(私としてはこの辺に一番共感して興味がある所なんだけど)、敗戦後米軍の協力を得て沖縄の芸能を残そうと尽力する所とか、プロデュース業の先駆になったこととか、捉え所は多い。ただ原点としてどうして周りの人を笑わせる人になったのかということで、これについても与那覇自身の人生の中で災難や絶望に抗する方法として笑いが見出されたということが一番言いたいのかなあと思った。

特に戦争が終わって疲れきって悲しみに暮れる人々に向かって、生き残ったお祝いをしましょうと歌って回ったという伝説的なエピソードを資料を巡って修正する所が印象的でした。実際は先ず自分のために歌っているだけで、そこに人が集まってきたんだという話で、本当はどうなのかというのはわからないけど、そういう造形の仕方、捉え方がおもしろいと思いました。実は与那覇舞天はもっと大らかな人で悩まず好きなことをやり続けただけなのかもしれないし。本当のことというのはずっとずっと後でわかることなのかもしれない。


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