過去日記倉庫(仮名)
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フリフリのおれ的わたし的ベスト2007はこちらより
七夕ですね。家人はお墓の掃除に出かけ、私は猫の番と仕事でした。もう一年の半分をとっくに過ぎているな。こんな感じで年末まで過ごしていくのでしょうか。さすがにさびしいなそれは…あれをあげようこれをあげようという熱を感じなくなったかわりに、自分がほしいものがちょっとずつ出てきた。そういうこともあるんだな。
でも毎日が、ロボットでした、という感じ。(これもゆら帝の曲になるのですが…おそるべき悲しいロボットの歌なのです)一日の発声量を数時間で使い果たしてしまい、自分のために使うことができない。歌ならまだ歌えるのに、話すって何であんなに体力がいるんだろう。脳のつくりが人と違うのかもしれないな。
その反動で話さない言葉がたくさん中にたまって、形を成していくのがちょっとおもしろい。その感覚は昔を取り戻した。雑誌をつくるために、友人と打ち合わせしたりとか、これについて書く予定なんだと告知し合ったり、書きかけの原稿を見せてもらったりとか、締め切りに向かって気分を追い込んで行ったりとか、そういうことをしてた。のを思い出した。久しぶりに。
ここに書いてるように、見たものとか聴いたものをコラージュして、他人のつくったものと自分の感覚を照らし合わせたり錯覚したり、ずっと前からしていたんだなあ。これからもやるんだろうな…友人が書いたものを読むのも好きで(私信もいいけど、その人がひとりで考えたことに直接触れられるのがたまらなくスリリングでいいんですよね)、今は雑誌をつくってないのでそれができないのが残念だなと思う。おっ、残念なのか。まだ何かつくりたいのだろうか。
もう7月が終わり、8月もたぶん月末まで余裕が無い。エリエリレマサバクタニのためにずっと青山真治の映画について考えていて、ユリイカとかhelplessとか見ていて、そろそろ何かまとめて書けるはずなんだけどその機会をつくれない。メモりながら待とうと思う。豊かではない、美しくもない時間の中で、ギリギリの狭い隙間にねじこまれたもの、捨てられなかったもの、何とか伝えてしまったこと、見苦しくても手を伸ばして取ってしまったもの、があったらそれについて書き残す意味はあるだろう。それだけ大事なものを見てほし
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