舌の色はピンク
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2022年05月15日(日) 唾液と吐き気、妻誕生日前祝い、ピアノ弾き

5時起床。曇り。
吐き気で慌てて目が覚めた。
喉元まできたが吐かず。
胃液がどろどろと出た。
かなりびびった…。
どうやら唾液が出続けている。
その口中に溜まった唾液をまどろんだまま呑み込もうとして
器官で詰まってしまったようだ。
出しても出しても出続ける。眠れない。
はじめは逆流性食道炎を疑ったがどうも違うようだ。
気持ち悪さと恐れに耐えながら1時間2時間3時間と
ただただスマホをいじって過ごした。
8時半になってようやくほんのり眠れた。
9時に休日トーストを焼き、コーヒーとともに飲み下す。
ちょっぴりましになった気がするが
それでも10分に一回は唾液を吐き出す作業が続く。

体調は万全でないが、今日は踏ん張りどころ。
妻の誕生日は明日…とはいえ明日は残業日であるので、
今日が代替のお祝い日なのだ。


OKストアへ行き、さらにTSUTAYAへ。
妻のおふざけのリクエストに沿って、テニプリの3D劇場版を借りた。

帰宅後は洗濯物を干し、ケーキの飾りつけを済ませて、昼食を用意。
いつもより早い昼飯。
カツオの刺身と味噌汁とサラダ。美味しい。文句なし。

食後は読書。
妻はひたすら羊毛フェルト。
針を刺し刺ししている。

14時過ぎ、ケーキを食べた。
ムースキャラメルショコラのアントルメグラッセ。
なんて美味しいのだろ…。
チョコレートの口溶けにキャラメルの苦味がほろっと。
コーヒーともよく合った。
正直、今回はキャラメルを焦がしてしまって
部分的にはかなり苦かったのだが
妻はそれがいいのだという。
今や誕生日用に毎年のように食べさせているが、
今回のが一番美味しかったとまで言う。

それからすこし眠れた。1時間弱ほどか。
妻も寝室で休んでいた。
15時半になって、庭に出て妻の写真を撮った。
妊婦の腹の記録。
庭先で写真を撮る。
ぼってり膨らんでいてお饅頭のようだ。
面白がって、ちょっと多めに撮った。
あの中に人が…それも我が娘がいる、
というのはなんとも不思議だ。
出産の瞬間には、ようやく会えたね、
という感想を持つ気がする。
だから今は隠されてるような印象もある。
妻の腹に誘拐されている。


夕方を前にピザを注文。
今日ばっかりは妻の要望を最優先した。
ウルトラクリスピークラストで
ガーリック・マスターとジェノベーゼをハーフアンドハーフ、
レギュラークラストでドミノデラックスとチキンなんとか。
クーポン使用して4800円くらい。
けっこういくなあ…。


夕方はのんびり読書して過ごした。
18時過ぎ、部屋の態勢を整えていく。
サラダを用意。
いつピザが来てもいいようにしていたが、
18時30分を迎えてピザ屋の情報ページを見てみても
まだ配達員が出発されていない。
35分でもまだ。
…前例があるのでこの店なら30分遅れもありうる…
とだいぶ不安だったが
18時46分に到着してくれた。
なんとか間に合ったじゃねえか。
1分は勘弁してやる。

でジンジャーエール飲みながらアホ映画を見るというぜいたく。
リョーマ!
…テニスの王子様の劇場版3Dアニメ。
3Dの不自然さは割とすぐ慣れた。
狂った演出は…
まぁ狂ってるしツッコミどころ満載ではあったものの、
おそれていたほどではなかった。
ストーリーの大筋は王道だったし。
でところどころでハッチャけるという。
最後に連中が召喚されてくるとは思わなかったな。
なにより、ファンが喜ぶ集大成的なつくりになっていることに感動できる。
この作品を追ってきたファンへの供物として仕上がってるのだ。
僕はそう詳しくはないが、
テニスの王子様といえば2.5次元舞台…
漫画原作を模したミュージカルの先駆けだ。
いやもちろん、宝塚におけるベルばらとか、
漫画原作の舞台化、ミュージカル化については歴史がある。
ここでいうのは主だって腐女子をターゲットに据えた、
ここ十年ほどの一大コンテンツ。
それをテニミュは牽引してきた(と聞く)。
その集大成のような作品をこうして映画でまとめあげられたら、
さぞやファンとしては喜ばしいことだろう。
なんか勝手にその心情をトレースして、ジーンときた。

あとラケットを足に装着してのラリーは抜群によかった。
「ラケットを足に装着してはならない」
というルールがあるとは思えないが
明らかにダメだし
でもダメだと言い切れる根拠はないし…
という絶妙なバランス。
99:1でダメだろっていう。
画的にも映えてたしかっちょよかった。


見終えて一息ついたところで
畳を汚してしまっていたことが発覚。
引っ越し以来ずっと丁重に丁重に扱ってきたのに…。
正確には、汚れではない。
今朝がた、居間ででダウンしていた際に
ソファのすぐ横に水の入ったマグカップを置いていた。
その水がこぼれて、ソファの足の下に染み込んだものらしい。
水の濡れがソファの重みで畳を痛めつけたとみえて、
汚れじゃないからとれないし、もうどうしようもない。
箇所としては小さいのと、
普段はソファを置いている位置だから見えないのが救いか。
あと、いざとなれば畳の表裏をひっくり返して対処もできる。
「これから赤ん坊が生まれたら多分すぐ汚れていくから」
と妻は励ましてくれた。


それから掃除機がけをした。
ミヤタクラジオを聴きながらで捗る。
結局オレがTwitterをやらない、Twitter上で告知をしたくないのは
いいねを意識してしまうからなのだという意味合いのことを
ミヤが吐露していてなんだかほっとした。
いいねなんかに左右されたくない自分、
それでも意識せざるをえない自分、
その自分を否定したい自分…
という堂々巡りは僕にもある。
実際にはもうちょっと入り組んだ、複雑な感情なのだろうけれども、
あぁはじめっからいいねに全く興味関心を示さないでいられる孤高さを
保てているわけではないのだと思うと
そうだよねそうだよねそうだよね!とほっとできてしまった。


パソコンかたかたいじって、
調べものやら雑事やら済ませて、
部屋を整え直して、再びアイスケーキを食べた。
これほんと美味しい。
カンタン、というかシンプルなのにな。

妻は羊毛フェルト作業に戻った。
僕は割拠を書き進める。
物語のスジは書いてあるからやることは清書で、
ちょっとした言い回しを変えたり、語句を入れ替えたりする。
あとTwitter用に140字に収めるというのも
なにげに多大な時間のかかる作業。
面倒だけど、この「140字のリズム」を
とことん身につけるためにやってるようなとこもあるしな。
がんばろう。

22時半に入浴。

ピアノ弾きについての話をした。
先日我が家を訪れた妻の友人は、
小学生の時分のできごととはいえ、
ピアノのコンクールで全国優勝を果たしているらしい。
しかしほどなく辞めてしまい、今はすっかり足を洗っている。
同じコンクールで県内のいいところまでいった妻は、
もったいない、あいつは辞めるべき才能じゃないのに、
と惜しんでいた。
それについての話をした。
ピアノ弾きは、…ことにクラシックのピアノ弾きは、
果たしてどこまで表現者といえるのだろうか。
彼らそれぞれには楽曲への理解や解釈があり、
またそれを再現するためには技術のみならず、
その本人ならではの芸術性が、発揮されはするのだろう。
だが作曲家ではない。
言うなれば、絵描きが過去の絵画を正確に、
あるいはアレンジして模写し続けているようなもので、
これが作曲ならばわかるのだが、
どうにも芸術家、表現者というには物足りない。
ピアノの才能は音楽の分野においてかなり力強い基礎となると聞く。
それこそ作曲家への道や、あるいは講師、またはバンドにしてみても、
かなりの面でつぶしがきく。
“…のために”という枕詞をつけてみたとき、
ピアノ弾きは強い。
だが、“…のために”と言い出した時点で、
芸術性からは遠ざかる。
芸術性とはどこまでも、”それそのもの”が目的となる、
高純度が前提となるので。

まぁホンモノのピアニストが聞いたら怒ってくるだろうが、
僕がまず思うのは、
だからピアノの道を絶つ人が多いのは当然だよなという道理だ。
外圧的というか外部的というか。
ごくまれに美の到達点に触れる、
その一瞬の閃光のために弾いているような人は
別かも知れないが、
ほとんどの人は、自身の内部から湧き上がる何かを
表現したくて弾いているわけじゃないだろう。
っていう。


0時を迎え、妻の誕生日。
庭でその時間を過ごしたかったが雨が降っている。
廊下の窓を開けて縁側で会話をした。
濃密で大変な一年だったなと振り返る。
しかしこれから始まる一年のほうが、
比べものにならないほど濃密で大変だろうことは、
ほとんど間違いない。


眠気がすさまじかったが、
今夜だけは絶対に読み聞かせを怠らないという強い意志で、
昨日中断していた話を読みきった。
やや薄味だった。


れどれ |MAIL