舌の色はピンク
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| 2022年01月09日(日) |
不快にさせないコメント、ちんどん屋、家を買う話 |
早寝しただけあって妻もちょっとだけ早く起きてきた。 飯食ってほんのちょっぴりノンビリしてから、 洗濯もの干してOKストアで買い物して帰ってきて 風呂入ってミュークルドリーミー。 久しぶりのミュークルドリーミー。 俺の心を乱し落ち着けるミュークルドリーミー。 今日も皆イイコだった… ちあちゃんがプリンセスだと明かされたが そんなプリンセスをあのお空の国の女王二人は 地上めがけて放り落したのか…相変わらずヤベエやつらだな。
昼飯はぶっかけと辛ラーメン。 どちらも美味い。 男子ご飯で特集していたレシピも美味しそうだったけど 結局ぶっかけのうどんが美味しいんだよなあ。 これより美味しいもんそんなにはないからなあ。
昼過ぎ、原神やってから 先に夕飯の肉じゃがをつくってしまった。 味をしみこませたいからとかなり早めに着手したのだ。 玉ねぎはたっぷり2コ。 ごま油でじっくり炒めて、 一口大にしたニンジン大をたっぷり2コ分追加で炒めて、 さらに豚バラ肉。こちらは少なめ。 肉にまで火が通ったら水、酒、みりんを入れて いちど沸騰させてざっとアクをとったら しらたきと醤油、めんつゆを加えて 今日はじっくり1時間ほど煮込んだ。 ジャガイモは傷みやすいから、 ジャガイモだけは夕方に入れる。
その間に映画鑑賞。 ぼくの伯父さん。 この前のプレイタイムの監督。なんとかタチさん。 やっぱわからんな。 でもめっちゃ画面面白い。 そして考えごとが捗る。 あと眠くなる。
夕方、掃除機がけ。 週に1回の掃除機がけ、 頻度は別に誇れもしないだろうけど、 引っ越して以来 どんな週末でも欠かさず週に1回かけつづけてるのは エライと思う。 ちゃんと15分くらいはかけてるし。
ふと思ったこと。 人に嫌われないように、人を不快にさせないように心がけた発言は 言うまでもなくたいてい面白くなくって そのぐらいだったらガンガン不快にさせてしまえよと思うわけだけど 人を不快にさせないように心掛けた発言が 人を不快にさせてしまってることがままあり これはもう最悪。 で 人を不快にさせないように、ていうのは コメント にあらわれることが多い。 相手が何か言った、何かしたから、一言差し出さなきゃいけない、 っていう決まりごとみたいなパターン。 テレビ、芸能人から広まった悪の文化だと思う。 かつて欽ちゃんは、タレントたるもの 「とりあえず何か返せ」 と指導したそうだ。 それはたしかにテレビ番組に求められる能力であり、 というか不可欠な機能であり、 ある言葉やある事態が発生したら まごついたりせず 「とりあえず何か返せ」 っていう。 しかしこれは常套化しすぎた。 しすぎた結果、 とりあえず何か返していない場合に、 ヘンな空気になる という状況が生まれだした。 一般人の会話にも。 多くの人が、 何か言われたり何か事態が発生したら、 「とりあえずなにか言う」。 ヘンな空気になるのを避けるために。 その定型にのっとるのがコミュニケーションだと カンチガイしているような考えなしは もういっそ黙ってろよ。 口を開かなくたっていいんだから。 黙ってたっていいんだよ。 コミュニケーションて そんなに丁重に扱ってやらなくちゃいけないような か弱いもんじゃない。 暴言にも無言にも意味を与えてくれるもんだろう。
18時頃、 遊んで遊んでかまってかまってと繰り返す妻に付き合って 久しぶりにカードゲームをした。 その最中のBGMが難しかった。 テレビからスグにYoutubeを起動できるようにはなったものの 見たい動画もなければかけたい曲もない。 僕は延々Lo-fiでいいのだが妻は陰気臭くて嫌だという。 知らない歌手の知らない曲をかけ続けていたが いずれもピンとこなかった。
夕飯はきっかり19時半、 ダーウィンがきたに合わせて。 虎の回。 毎年恒例、年始の一発目は干支に因んだ動物を特集している。 そして大河ドラマの宣伝をかねる。 それさえなければいいんだけどな。 虎はめちゃくちゃかっこよかった。 ネコ科の動物で、 あれだけ筋肉むきむきで重感のある生きものいないからな。 のしのし歩いてるだけでカッチョエーし 走っても飛んでも見とれる。 そして超怖い。
吉見俊哉編の路上のナントカいう本読み進めてる。 ちんどん屋の話、すごいよかった。 よく知らなかったけどちんどん屋は広告宣伝業で、 楽奏しながら街を練り歩くことで ある店舗やサービスを周知させる、商いの一種らしい。 異界の他者が賑々しく街に登場するというのは いかにも現代的じゃないけれど この本では若手の参入が途絶えはしないと問いていた。 そのうち、早稲田大学のサークル活動として ちんどん屋の真似事?をしている学生たちに インタビューをしていたのだけどこれがよかった。 街に登場してちんどん屋の振る舞いをしていると、 道行く人が笑顔を向けてくれる。 その様相を表す言葉として 「本当に笑顔で」が何度も登場する。 「本当に、本当に笑顔で」。 現代ではウソや気遣いというほどでなくとも 追従や愛想笑いに敏感すぎて、 “そうではない”と確信できる、 体感的な”本当に笑顔になってくれた”という現象が、 どれだけ価値あるものかが表れている。 街と一体化した感じがあって、と表現している学生もいた。 スバラシイ。 街を生きる理想的なありかただ。
本ではその後、サウンドデモに触れていた。 こちらも共感できる内容で、 車に占有された道路の実状を嘆き 路上開放をかかげる人々が 音楽を演奏したりあるいは路上で踊りまくることで 抗議を示すデモなんだそうで、 こちらもスバラシイ。
で 僕は踊りとか歌とか演奏とか そういう原始的なおこない、 世界との通信しようとする態度が好きだし敬慕してるから、 見聞きするたんびにスバラシイスバラシイと感動するのだけど、 じゃあ自分自身はどうか と向き合ってみたときに、 つまり ちんどん屋を体験してみたらいいじゃないか とか 路上で踊るお祭り騒ぎしてみたらいいじゃないか とか 検討しようとしてみても 絶対やろうとは思わない。
たぶん やってる人は言うだろう、 「大丈夫大丈夫、そういうの苦手な人とかいっぱいいるから。 でも難しいことなんにもないし、とりあえずやってみればいいから。 やっちゃえば、ああこんなもんかってなるから。 悩んでるならやったほうがいいよ」 が そういうことではない。 そういうことではないんだな。
この そういうことではなさ の複雑系が僕の文学意識の根っこだと思う。 なかなか言語化はしえない。 というか した途端にウソになる。 だからこそこれは 文学の領分で取りざたされるべきもの。
妻は正月からかかりきりだった革細工を ようやくほとんど完成というところまでこぎつけた。 が母子手帳にはめるにはサイズにやや難があり、 何より革のカバーを装着させると 表紙が見えなくなって これは いざ というときに 他人が一発で母子手帳と判別できず 困るんじゃないかと懸念して、 結局お薬手帳の方に装着する運びとなった。
23時前に入浴。 家を購入するプランについて練りたいと妻が持ちかけてくる。 正直なところ そういう大きな話からは逃げたい。 実際自分は、資本主義社会が前提とする 未来志向型の(虚像、共同幻想型の)人生観が好きではない。 というか 世の多くの不幸の元凶とすら見なしてるから 憎悪の対象とすらいえる。 ただ実際問題、 「持ち家はほしい」という夫婦単位の意志がある。 となると、ローンを組むにあたっては 年数の勘定がシビアとなってくるから いつまでも放っておけない。 待ちの態勢でばかりはいられない。 妻の方でもそのあたりを熟知しているから、 僕の考えかたがどうであれ、 ソレはソレとして早く話を進めましょう、となってくる。 嫌だな。 が、 嫌だなと思っている僕をつつくような振る舞いを 妻自身もしたくない、させないでほしいと思っているだろう。 なにぶん一人で生きてるわけではないから 折り合わないといけない。
間接照明について検討。 居間が暗いので。 とりあえずピンライトを当ててみた。 おしゃれではないが 読書しやすくはなる。
0時過ぎに寝室へ。 30分くらい本読んで1時前に寝た。
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